松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

大谷と宮澤賢治

2024-10-02 14:06:40 | 日記・エッセイ・コラム
 実在する大谷翔平は、宮澤賢治とも接点がありました。忘れていました。宮澤賢治は花巻で生まれ、亡くなったのですが。大谷は3年間、花巻東高校野球部の男子寮で生活していました。

 寮の場所は知りませんが、学校のそばか敷地内でしょう。するとJR花巻駅から北西方向になります。一方、賢治ゆかりの観光地は東の方。駅を超え、北上川の方向です。イギリス海岸があり。川を少し下ると「下ノ畑ニ、居リマス」の畑。賢治ゆかりの碑。

 大谷が賢治の作品を読んでいたかどうかは知りませんが、最低「雨ニモ負ケズ」は知っていたでしょう。

 何となくですが、物事に対するアプローチの姿勢。それが二人は似ているんじゃないでしょうか。そしてあの北上川沿いの風土。これが根底にあるような気がします。風土とは土地であり、人のことです。盛岡を含め、あの辺に居ると、景色のせいか内部の時間の流れがゆったりと落ち着いて感じます。川越しの岩手山ですよ。あの大きさに向かうには、心も大きくないと。

 しかも中世は都だったんですから。平泉近辺は。NHK大河ドラマ「光る君へ」にも説明に出て来ましたが「毛越寺(もうつうじ)」。曲水の宴(ごくすいのうたげ)
 あの曲がりくねった水の流れの途中途中で。盃が通り過ぎる前に歌を詠む。

 周りに建物の無くなった池の大きさにはビックリしましたけどね。

 そのあたりを考察しながら。まんず、カギでも、食ってみでケロ。
コメント (2)
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