♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■「わたしはある」 / 羽鳥頼和

2023年01月31日 | Weblog

2022/8/2放送

 「世の光」の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今日もイエスの言われたことばからお話しします。

 イエスは言われました。「わたしはある」

 イエスはユダヤ人とこのような議論の中で「わたしはある」と言われました。
 イエスはユダヤ人に言われました。
 「まことに、まことに、あなたがたに言います。だれでもわたしのことばを守るなら、その人はいつまでも決して死を見ることがありません」
 
 すると、ユダヤ人たちはイエスに言いました。
 「あなたは悪霊につかれている。アブラハムは既に死んだのにあなたは『だれでもわたしのことばを守るなら、決して死を味わうことがない』という。あなたは、私たちの父アブラハムよりも偉大なのか。アブラハムは死んだ。あなたは、自分を何者だというのか。」
そして、イエスは言われました。「まことに、まことに、あなたがたに言います。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある』なのです。」

 イエスが言われた「ある」は存在を意味しています。「わたしはある」というのはそれ自体だけで存在していることを意味します。つまり、他に何も存在しなくてもそれ自体だけで永遠に存在することができるということです。

 この絶対的な存在を示す「わたしはある」という表現は、旧約聖書で神がご自分のことを教えられたことばとしてユダヤ人はよく知っていました。イエスは、ご自分が「神である」と言われたのです。

 それで、ユダヤ人たちはイエスが神を冒涜していると考えて、イエスを殺そうとしました。ところが、イエスは身を隠して神殿を出て行かれました。

 怒ったユダヤ人たちは、イエスがその前に語った重要なことばに気づきませんでした。永遠に存在する神であるイエスはこう言われていたのです。
 「だれでもわたしのことばを守るなら、その人はいつまでも決して死を見ることがありません」

 イエスはご自身の十字架と復活によって、信じる者に永遠のいのちを約束されたのです。イエスの十字架と復活を「自分の救い」と信じる者には永遠のいのちが与えられるのです。


    ( PBA制作「世の光」 2022.8.2放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


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■真理はあなたがたを自由にします / 羽鳥頼和

2023年01月30日 | Weblog

2022/8/1放送

 「世の光」の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今日はイエスの語られたことばについてお話ししようと思います。

 イエスはご自分を信じたユダヤ人たちに言われました。
  「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」
 この真理とはなんでしょうか。イエスの言われる真理とはイエスの教えであり、人々に語られてきたイエスのことばです。

 イエスは「わたしは神から聞いた真理をあなたがたに語った」と言われました。イエスの教えは、神の教えなのです。

 ユダヤ人たちは「あなたがたを自由にします。」ということばに引っかかりました。
  「わたしたちはアブラハムの子孫で、ずっと自由です。今まで誰の奴隷になったこともありません」

 そんな彼らにイエスは言われました。
  「まことに、あなたがたに言います。罪を行っている者はみな、罪の奴隷です」

 さらにイエスはユダヤ人たちに言われました。
  「子があなたがたを自由にします」
 子とは、神の御子であるイエスご自身のことです。イエスが罪の奴隷となっている人々を自由にするというのです。
 
 彼らはイエスに言いました。
  「わたしたちの父はアブラハムです」

 すると、イエスは彼らに言いました。
  「アブラハムは神からの真理を語る者を殺すはずがありません。アブラハムの子もそうするはずです。
   ところが、あなたがたは神からの真理を語っているわたしを殺そうとしています。
   そうであるならば、あなたがたの父は悪魔です。」
 イエスは彼らが罪の奴隷となって悪魔の言いなりになっていると教えられたのです。

 この後、彼らはイエスを殺そうとしますが失敗します。しかし、その後イエスは十字架にかけられて殺されるのです。

 その十字架の出来事こそがイエスの言われた「あなたがたを自由にします」ということばの実現となるのです。このイエス・キリストの十字架が罪の奴隷である人々を罪から解放して自由としたのです。

 罪から解放され自由となるためにイエスを信じましょう。そしてイエスに従いましょう。


    ( PBA制作「世の光」 2022.8.1放送でのお話しより )


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■よい休みを / 山本陽一郎

2023年01月28日 | Weblog

2022/7/30放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。

 先日、わが家の車を検査に出しました。じつは少し調子の悪かったところがあったんですが、そこもすぐに直してもらって非常に滑らかに走れるようになりました。やっぱり信頼できるところで見てもらうのは大事ですねえ。

 ところで、私たち自身も「ちゃんと休むことができているだろうか」「メンテナンスをしているだろうか」と考えさせられます。この行き詰まっている社会の中で、心の余裕もなく、疲れ果て、自分がすり減っていく・・・ そんな状態になっていないでしょうか。人間も、ずっと走り続けていたら壊れてしまいます。ちゃんと生きるためには、ちゃんと休むことが必要です。

 イエス・キリストは言われました。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」 
            マタイの福音書11章28節

 現代人は大人も子どもも疲れていると言われますが、実はイエスさまの時代の人々も、宗教的な束縛、ローマ帝国の圧政などで非常に疲れていました。心身ともにいろんな重荷を抱えていたのです。

 けれどもイエス様は十字架によって私たち人間の罪の重荷をすべて代わりに負ってくださいました。「あなたの代わりにわたしがその重荷を持つよ。だからわたしのもとへ来なさい。」と語りかけてくださるのです。

 時々、地域の方と話している中で、「毎週日曜日に教会の礼拝へ行くのって大変じゃない?」と聞かれることがあります。「日曜日くらい休みたくない?」とお考えになるからかもしれません。

 言いたいことはわかりますよ。でも、実は逆なんですよね。イエスさまのもとへ行き礼拝すると、本当の意味で休息を与えられ、解放され、力づけられるのです。

 「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」
 このイエスさまのことばを、大袈裟ではなく、毎週、私は実感させられています。

 明日は日曜日です。お近くのキリスト教会の礼拝に出席してみてはいかがでしょうか。教会は初めてという方も、何十年ぶりという方も、文系の人も理系の人も、何歳の人でも、イエス様はすべての人を招いておられます。本当のよい休みをあなたも味わってみてください。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.30放送でのお話しより )


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■あなたがたいせつ / 山本陽一郎

2023年01月27日 | Weblog

2022/7/29放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。

 数年前から若い人たちの間で「尊(とうと)い」という表現が使われるようになりました。たとえば「推(お)しが尊い」という使い方です。「推し」というのは、自分が応援しているタレントやキャラクターのこと。それが「尊い」というのは、その存在が自分にとって「もうとにかく素晴らしい存在だ!」ということを表しているわけです。

 ところで、聖書にはこういうことばが出てきます。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」
             イザヤ書43章4節

 まるでプロポーズのことばみたいですよね。これは誰が誰のことを「尊(たっと)い」「尊(とうと)い」と言っているのでしょうか? それは、この世界をお造りになり、すべてを治めておられる神様が、あなたや私のことを「尊い」「大切な素晴らしい存在である」と言ってくださっているのです。

 先日、ある学校の先生と食事をしました。彼は教会に通っている人です。その日、自分がどうやって聖書に出会ったのかを話してくれました。

 「自分はずっとこの世の価値観にどっぷり浸かって生きていました。でも周りの優秀な先生方と比較して、いつも自分は価値のない存在だと感じていました。このままじゃだめだ!と思った時に、本屋さんでキリスト教の本を手に取ったんです。それが聖書との出会いでした。聖書には誰も教えてくれないことが書かれていました。自分は神様に愛されている。生きる価値があると知ったんです。変わりましたねえ、そこから。」

 そうなのです。私たちが自分らしく生きるために必要なのは、実は、私が私をどう見ているかではなく、神様が私をどう見ているかを知ることなのです。驚くべきことに、神様は私たちを「尊い」と言ってくださいます。罪深く、神様に背いて生きてきた私たちのために救いの道を与えて、ご自分の愛するひとり子救い主イエス様を送ってくださったのです。

 「あなたが大切だ。」そう誰かに言ってもらえるだけで人はどれほど力づけられ、生きていけることでしょうか。あなたも私も、神様から「あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」と言われているのです。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.29放送でのお話しより )


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■神の平安が守ってくれる / 山本陽一郎

2023年01月26日 | Weblog

2022/7/28放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。

 時々、ご年配の方からこんな声をお聞きします。「前はもっとしっかりしていたつもりなんだけど、この年齢になって、なんだか不安になったりすることがあって・・・。しっかりしなくちゃと思うけど・・・」 私もやがてそういう経験をするかもしれません。もちろん若い人も、周りからは何も問題がないように見える人も、おそらくみんながそれぞれ不安や思い煩いとの闘いを経験しているはずです。

 今日は聖書のこのことばに心を留めましょう。

 「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」
            ピリピ人への手紙4章6~7節

 「あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」とありますね。「神の平安が守ってくれる」とありますね。神様を知らないと、「私がしっかりしていなくちゃいけない」ということになります。でも、私がしっかりできなくなったら? そもそも、私たちはそんなに「しっかり者」なのでしょうか。立派でしょうか。

 不安や思い煩いがあるなら、聖書のことばを思い出しましょう。神様がともにいてくださり、守ってくださいます。自分がしっかりできないときも、しっかりできなくなっても、絶望する必要はありません。神様に委ねていけるからです。これは本当に大きいことです。本物の「しっかり者」は実は神様だけだからです。

 思い煩いで心が一杯いになっている状態だと物事をはっきりと見極めることができません。思い煩いは大抵、さらなる思い煩いを呼びます。

 ですから、祈りましょう! 私たちが祈るなら、それは確実に、確実に神様のもとに届いています。そして、「すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれる」と約束されています。神様を信頼して、心にあることを正直に伝え、思い煩いではなく、神様の平安を心に満たしていただこうではありませんか。

 今日一日、あなたの心と思いを神様の平安が守ってくれますように。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.28放送でのお話しより )


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■土づくり / 山本陽一郎

2023年01月25日 | Weblog

2022/7/27放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。
時々、地元の方が、自分の畑で収穫した野菜を持ってきてくださいます。採れ立ての野菜で食べる料理って本当においしいですよね。また、秋には教会の皆さんと一緒に、近くの畑へ芋掘りに行かせてもらうのも毎年の行事になりました。

 野菜がよく育つために欠かせない大事なことは土づくりです。水はけがよく、保水性もあり、通気性がよい土を作っておくこと。そのためには土をしっかりと耕す必要があります。私たちの人生においても、この土づくりに当たるときというのがあるように思えてなりません。

 旧約聖書に登場するヤコブは、いろいろなことを経験した人です。視力の衰えた父イサクを騙して兄になりすまし、本来なら兄が受ける神様の特別な祝福を横取りしました。怒った兄からいのちを狙われたヤコブは、伯父のラバンのもとへ身を寄せ、一生懸命に働きます。

 ところが、この伯父、一癖も二癖もある人物でした。ヤコブはラバンの下の娘ラケルを愛していました。ラバンはそれを利用し、娘との結婚の条件として、7年間ヤコブを働かせます。約束を果たした7年後、ラバンはなんとラケルではなく、長女のレアをヤコブのもとへ送るのです。朝起きてヤコブが隣を見ると、ラケルではなくレアだった!

 「あなたは私に何ということをしたのですか。私はラケルのために、あなたに仕えたのではありませんか。なぜ、私をだましたのですか?」 創世記29章25節に書かれているヤコブの訴えは悲痛です。ラバンは何食わぬ顔で、今度はラケルと結婚する条件として、さらにあと7年間働くようにヤコブに言うのでした。

 騙されたのです。かつて人を利用し騙したヤコブが、人から利用され騙される痛みを知ったわけです。


 私たちも、人との関係を通して自分の姿を振り返らされ、時には自分の罪を示される経験へと導かれることがあります。それは、神様による土づくりの大切な過程です。神様は私たちを愛し、取り扱ってくださるお方。手間暇かけ、さまざまな人や出来事を通して私たちを入念に耕して、豊かな実りをもたらしてくださることを忘れずに歩みたいものです。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.27放送でのお話しより )


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■出会いの旅 ② / 山本陽一郎

2023年01月24日 | Weblog

2022/7/26放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。

 自分と関わってくれる人、一緒に過ごしてくれる人がいる。それは決して当然のことではありません。特に、弱さを覚えるとき、苦しいときなど、そのありがたさを身にしみて感じますね。

 聖書の創世記に登場するヤコブは兄の恨みを買ってしまい、家を逃げ出しました。孤独な旅を経て、遠く離れたハランの地に辿り着きました。そこに伯父のラバンがいたからです。

 町の井戸で人々と話していると、ラバンの娘のラケルが羊を連れてやって来ました。ヤコブはすぐに駆け寄り、彼女の羊にせっせと水を飲ませ、「ヤコブはラケルに口づけし、声をあげて泣いた」と創世記29章に書かれています。その後、ラバンの家に迎え入れられたヤコブは自分が父を騙したことや家族の問題、そしてここへ来る旅の途中で神様を礼拝したことなど、すべてを隠さず話しました。

 いのちを狙われ孤独だったヤコブは、この時、人に受け入れてもらえる幸いを実感したのでしょう。それは以前の彼にはあまりなかったことです。
 
 自分を受け入れてくれる人と出会えたとき、人はありのままの自分を認めることができるのかもしれません。弱さや問題は、なかなか自分では向き合えず、受け入れられないものです。でも、私自身も振り返ってみると、人に受け入れてもらったから、少しずつこんな自分を受け入れることができるようになっていったのだなと感じます。

 「陽ちゃん、元気になるまで、俺ん家(ち)で一緒に暮らそう。朝、一緒に学校に通おうよ」

 高校時代、不登校になって元気を失った私に対して友人が言ってくれたことばです。彼の家族もみんな嫌な顔ひとつせずに、弱った私を家に迎えてくれました。「狭いけどこの部屋使って」とお父さん。「たくさんおかわりしてね」とお母さん。こうして私は3ヶ月ほど友人の家で居候させてもらったのです。おかげで元気を取り戻し、卒業も一緒にできました。

 苦しみのときにも寄り添ってくれる存在を通して人は支えられ、神様の変わらない愛に目が開かれていきます。受け入れる者、寄り添う者、支える者。そんな人に私たちも少しでもならせていただけるようにと心から祈ります。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.26放送でのお話しより )


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■出会いの旅 ① / 山本陽一郎

2023年01月23日 | Weblog

2022/7/25放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。

 先月、友人が自分の足で東海道を歩きました。東京を出発し、何日も何日もかけて京都へ辿り着きました。いろいろな出会いもあったようです。「でも、帰りの新幹線が2時間10分で東京に着いちゃった」と驚いていました。

 さて、聖書の創世記に登場するヤコブも一人で長い旅をしました。彼は神様に大変祝福された人でした。ただ、良くも悪くも非常に人間臭い人物で、ずるいところもあったんです。たとえば、視力の衰えた父イサクを騙して兄になりすまし、本来なら兄が受ける神の特別な祝福を横取りしました。怒った兄エサウからいのちを狙われたので、ヤコブは何百キロも離れた伯父ラバンのもとへ逃げ出したのでした。

 旅の途中にはどんなことがあったのでしょうか。聖書は一つの出来事だけを伝えます。それは、この孤独な逃亡の旅の中で、ヤコブが初めて個人的に神様と出会い「礼拝をした」ということでした。それだけ神様との出会いの経験が彼の人生の中で決定的な意味を持っていたわけです。

 その時、神様はヤコブに約束されました。
 「わたしは、あなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしは、あなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫に与える。」創世記28章13節

「見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」創世記28章15節

 神様がともにいてくださり、約束を成し遂げるまで決して見捨てない。この約束がヤコブの人生の力、また支えとなりました。そして、ついに伯父のラバンのいる町ハランに着き、その娘ラケルとの感動の出会いを体験します。ラバンに迎えられたヤコブは、事の次第をすべて話しました。人生は神様の約束と守りの中にある。それを学んだ大事な大事な出会いの経験でした。

 神様と個人的に出会うとき、神様がともにおられるというかけがえのない祝福を知るのです。自分の手で奪い取るのではない確かな希望を神様から受け取って生きていきましょう。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.25放送でのお話しより )


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■すべてを知った上で / 田中共之

2023年01月21日 | Weblog

2022/7/23放送

 「世の光」の時間です。今日、番組を担当する秋芳(しゅうほう)キリスト教会牧師の田中共之です。

 教会を訪れる方から、「聖書を一度もちゃんと読んだことがないのですが、教会に通ってもいいんですか?」「家が仏教ですが大丈夫ですか?」といった質問をよく受けます。私は「もし、イエス様がここにおられたら喜んであなたの友達になるでしょう」とお答えします。神様の愛が大き過ぎるので私たちは神様に対して「自分は愛される価値がない」と大きな勘違いをしてしまうことが多いのです。

 私は中学生のときいじめを受けていました。私は彼らを赦すことができず、いつも怒りと憎しみに震えていました。私は自分が正しく、彼らが悪だと考えていました。

 ところがある時、「兄弟に対して怒るものは裁きを受ける」という聖書のことばが心に響いてきました。その時私は、「あぁ、私はこんなに罪深い。ほかの人を赦さない自分を神様が赦すはずがない。私はもう駄目なんだ。」と自分を裁いてしまいました。しかし、それは聖書の語ることとは正反対の結論でした。

 聖書の神様はそんな私の罪や弱さを知った上で、このように語りかけてくれたのです。

 聖書にあるローマ人への手紙5章8節をお読みします。
 「しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。」

 なんとイエス様は私が信じているときも信じていないときも、正しいときも正しくないときも、すべてを知った上で十字架の上で私を受け入れてくださっていたのです。

 そうです。今、イエス様はあなたの弱さもあなたの問題も、あなたの罪もすべてをご存じです。そしてその上で、あなたがまだ信じる前から十字架でその裁きを負い、赦しを与えてくださいました。私たちにできることは「感謝します」「信じます」とこの神様の愛を受け取ることだけです。

 どうぞ、大きな神様の愛をそのままお受け取りください。

 最後に一言お祈りします。

 イエス様、あなたの十字架の赦しを感謝して受け取ります。あなたの愛を心に受けとめます。イエス様、私の心の中に今、お入りください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.23放送でのお話しより )


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■私の助けはどこからくるのだろうか / 中上真由美

2023年01月20日 | Weblog

2022/7/22放送

 「世の光」の時間です。今日、番組を担当するキングスチャペル岩国、牧師の中上真由美です。
本日は、旧約聖書の詩篇の中から「私の助けはどこからくるのだろうか」という問いかけに答えを見つけていきましょう。

 詩篇121篇1節
 「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのか。
  私の助けは、天地を造られた主から来る。」

 私たちの人生では様々な問題があります。家族の中の問題、人間関係の問題、経済問題、健康問題、老後の心配など。人間は何とか自分で解決しようと努力しますが、お金や弁護士やお医者さんでも助けにならない時があります。

 詩篇の作者はエルサレム巡礼の時にこの歌を歌いました。巡礼は沢山の困難に遭遇する危険が伴います。そんな中、作者は自分に問いかけます。「私の助けはどこからくるのだろうか」「どこに助けを求めたら良いのだろうか」 そして、目の前にある山々を見上げるのです。その時に、この山々を造った創造主なる神様を思い出すのです。

 神は天と地を創造され、人間も動物もすべてのものを創造されました。神様は人間のように眠ることはなく、いつもどんな時も助け守ることができるお方です。作者ははっきりと「私の助けは、天地を造られた主から来る」と告白します。

 私の家族は神社とお寺に信仰があったので、熱心に家族で神社やお寺にお参りしました。小さい時から仏壇に手を合わせて「神様、仏様、ご先祖様」と毎日お祈りしました。しかし祈りは答えられず、いつしか家族の中の問題も「しょうがない」と思うようになりました。

 私は20歳の時にイエス・キリスト様に出会い、罪の赦しを受けて救われました。そして、人間が作った偶像や先祖ではなく、天地を造られた神様が私を助け守ってくださることを知りました。

 問題は無くなったわけではありませんが、諦めから神様への信仰へと、希望へと変えられました。「私の助けは、天地を造られた神様から来る」からです。

 あなたの助けはどこからきますか? 今日、イエス様を救い主として心にお迎えしませんか? 全地を造られた神様の助けを受け取ることができます。神様は、すべてのわざわいからあなたを守り、あなたのいのちを守ることのできるお方です。

 祝福がありますようにお祈りします。

 

    ( PBA制作「世の光」 2022.7.22放送でのお話しより )


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