♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■汚れた霊よ、出て行け(1)  悪霊を追い出す権威

2008年11月29日 | Weblog


世の光の時間です。 いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。

 あなたは権威ということばを聞いてどんなことを思い浮かべますか?  聖書はイエス・キリストのことをこんなふうに紹介しています。 

 「それから、一行はカペナウムにはいった。そしてすぐに、イエスは安息日に会堂にはいって教えられた。人々は、その教えに驚いた。それはイエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。」 マルコの福音書 1章21節、22節

 律法学者というのは、当時の人々が立派な社会生活や宗教生活を送るために必要な教えを説いた人々です。 特に先祖からの言い伝えや慣習を教え、社会的に権威のある指導者でした。 それに対し、キリストは律法学者の社会的権威と違っていた、というんです。 会堂で語るキリストのことばからは、まるで神ご自身が語っておられる、と感じたのです。 社会的権威ではなく神の権威を感じたのです。

 実際この時、会堂に一人の人がいました。 この人は「汚(けが)れた霊 --悪霊-- につかれていた」とあるんですが、大声をあげました。 「ナザレの人イエス。 あなたは神の聖者だ、と知っているが、一体何をしに来たのか。」 その時キリストはこう一喝しました。 「黙れ、汚れた霊よ出て行け! 」 すると汚れた霊はその人をひきつけさせ、大声をあげて出ていったのです。
 人々は驚きました。 キリストのことばの中に神の力と威厳が満ちていたからです。 キリストはこの会堂にいた一人の男の自由を奪っていた力を打ち砕き、悪霊を追い出したのです。  これこそこの男の人にとって大きな救いとなりました。

 このキリストの権威への驚きは、神への信仰の入り口なのです。 キリストはあなたにも言われます。 「黙れ。 自由を奪う力よ、出て行け!」 あなたがこのキリストのことばを心の中に受け入れるなら、あなたを苦しめていた悪しき力から解放されるでしょう。 そしてあなた本来の輝きを取り戻すのです。 

 聖書のことば
 「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。」 ガラテヤ人への手紙 5章1節


 
  ( PBA制作「世の光」2008.11.29放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■いのちの冠  〈 いのちの糧(4)〉

2008年11月28日 | Weblog

 世の光の時間です。 お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 今年はオリンピック・イヤーでした。 北京に於いて第二十九回オリンピック競技大会が、そしてハンディを背負った方々による第十三回パラリンピック競技大会が行われました。 感動を思い出す方も多いのではないでしょうか。 

 様々な競技大会は栄冠を目指します。 でも、ある意味では参加されたすべての人に、またその大会を支えたすべての人に冠を贈りたいですねえ。 どんな競技にも大変な試練や戦いがあり、それを準備することにも苦労があるからです。 

 さて聖書には「いのちの冠」という表現があります。 そしてこういうことばがあります。 
 「試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。」(ヤコブの手紙 1章12節)と。

 人生には様々な試練がありますが、一方でそれに耐えることの素晴らしさを聖書は語っているのです。 それぞれに与えられた人生の課題を歩む私たち。 それを見つめていてくださるお方がいらっしゃいます。 それはあなたを創造し、あなたに豊かな命を与えようとしている神様です。 神様は、あなたの苦しみ・痛みをすべて御存知です。 そして神様はあなたに「いのちの冠」を与える道を用意してくださいました。 それはイエス・キリストの十字架によって備えられた道です。 

 聖書はこう語っています。 「イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。」(ヘブル 2章9節)と。 

 イエス・キリストはあなたのために十字架の死を味わわれました。 そしてその十字架の苦しみ・死を通られ、栄光と誉れの冠を受けられたのです。 そしてその冠をあなたにも与えようとしていらっしゃるのです。 あなたの今の苦しみも痛みもすべて御存知で、あなたに「いのちの冠」を与えるために十字架で苦しまれた方がいらっしゃいます。 あなたもこのお方のもとに行きませんか? イエス・キリストはあなたに豊かな力といのちを与えてくださいます。

 ではまた聴いてください。

(PBA制作「世の光」2008.11.28放送でのお話しより)

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■信じてバプテスマを受ける

2008年11月27日 | Weblog

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。 今日のバイブル・メッセージは「信じてバプテスマを受ける」です。

 それでは聖書の中のマルコの福音書16章16節から読んでみましょう。
 「信じてバプテスマを受ける者は、救われます。

 キリスト教会ではバプテスマ式あるいは洗礼式と呼ばれるものがあります。 いろいろなやり方がありますが、牧師さんが「父と子と聖霊の名によってバプテスマを授ける」と宣言して、水の張った水槽に全身を沈めるというのが一般的なものです。 

 このバプテスマ式を受けることで自他共にクリスチャンになったと認める訳ですが、そこには三つの意味があります。 

 まずお葬式の意味があります。 これまでの自己中心で罪の奴隷になっていた古い自分にさようならをする時です。 ちょうど水に全身沈めるというのは土の中に葬り去る象徴的な感じがしますねえ。 もう古い自分よバイバイ、という訳です。 

 次に入学式の意味があります。 イエスが新しいいのちに復活したように、私たちもイエスの新しいいのちに満たされて罪の墓穴から抜け出て、新しい人生をスタートさせる時です。 
 例えて言えば、それはちょうど登山口に立ったようなものですねえ。 これまでは遠目に信仰の山を眺めて、信仰というものはいいものだ、と思っていたかもしれませんが、これからは実際に信仰の山を登り始めるのです。 時には息切れするような急な斜面を登ることもあるでしょう。 けれども登り切った時にはすがすがしさを味わって山登りの素晴らしさを味わいます。
 信仰も同じで、最初の一歩を踏み出さなければ、その素晴らしさは分かりません。

 最後に、結婚式の意味があります。 神様は、信仰を持った私たちの肩を叩いて「さあ、頑張って」と突き放すような方ではありません。 むしろ、これからはどんな苦労も一緒に乗り越えていこうね、と堅い約束を交わして一緒に最初の一歩を踏んでくださるお方です。 信仰の歩みを守ってくださる方がいるのですねえ。 

 ぜひ神様を信じてパプテスマへ進み、信仰の第一歩を踏んでいただきたいと思います。
 
 (PBA制作「世の光」2008.11.27放送でのお話しより)

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■福音の四季 :あなたが歩む一歩一歩、わたしはあなたの前に道をひらく

2008年11月26日 | Weblog
 
 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さあ、今日の世の光は、まず皆様からのお便りの紹介です。 栃木県壬生町にお住まいの鈴木さんからいただきました。

 千歳の岩よ 我が身を囲め 裂かれし脇の血潮と水に 罪もけがれも洗いきよめよ

 --讃美歌260番ですね。--  今日もこの讃美歌を口づさみます。羽鳥先生の体験談のメッセージ、感動しました。

 鈴木さん、いつもお便りありがとうございます。さあ、今日の福音の四季、聖書のことばは、「あなたが歩む一歩一歩、わたしはあなたの前に道をひらく」聖書箴言4章21節。シリヤ語訳のことばです。

 私たちの事務所の入っているこのO.C.C.センター(お茶の水クリスチャンセンター)は、故(アイリーン・)ウェブスター・スミス先生によって建てられました。先生は、英国から日本に来られた女性宣教師で、その生涯をかけて日本の人々のために働いてくださいました。初期には関西で日ノ出女子いえん(遺園?)という女の子の孤児の施設を建てて身寄りのない子どもたちを愛育し、後には東京に住んで大学生伝道に励み、O.C.C.を建てられました。しかしその生活はつつましい非常に質素なもので、生涯独身を通され、先生の持ち物は信仰以外何もありませんでした。そういう人でした。その何も持たない先生が、愛と信仰だけで子どもたちの世話をし、施設を建て、キリスト教センターを建て上げられました。年老いて英国に帰り、スコットランドに講演に行く車の中で気分が悪くなり、そのまま自動車で病院に連れていかれましたが、数時間後には天に召されました。私は先生にかわいがっていただき、O.C.C.の裏の小さな小屋のようなお宅に招かれて、質素なお食事を共にさせていただいたことは忘れることができません。先生のその生きざまは私の人生に大きなインパクトを与えました。このみことばの通りでした。

 聖書のことば。
 「あなたが歩む一歩一歩、わたしはあなたの前に道をひらく」旧約聖書箴言4章21節、シリヤ語訳聖書。

 それではまた聞いてください。

 ( PBA制作「世の光」2008.11.26放送でのお話しより )
※ 事情により2006.11.29放送の再放送

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■信じる者への約束

2008年11月25日 | Weblog
 
  世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。 今日も一日さわやかに過ごしていきたいですね。

 今月は聖書中の聖書・万人の聖句と呼ばれている有名な聖書のことばを紹介しています。 
 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」 ヨハネの福音書 3章16節

 聖書は私たちへの神様からの約束の書です。 このヨハネ3章16節には信じる者への素晴らしい約束が記されていますよね。 それはイエス・キリストを信じる者は「永遠のいのち」を持つと約束されているんです。 

 さてこの「永遠のいのち」とはどのようないのちなのでしょう。  これは単なる長生きではありません。 イエス様を信じてもこの地上の生涯を短い期間で閉じる方もたくさんいます。 ですからこの「永遠のいのち」とは長生きということではないんですねえ。 

 ヨハネの福音書の17章3節という所には、このように記されているんです。
  「永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」 

 こう書かれているんです。 神様を知りイエス・キリストを知ることが永遠のいのちなのだと教えているんですね。

 どういうことかと言えば、イエス・キリストとの出会いは、神との出会いは、それはいのちの出会いなんだって言うんです。 そしてこの出会いは途切れることもなく尽きることもない永遠に続くものなんだ、って教えているんですね。

 ですからこの永遠のいのちを持つということは人生の生きる意味や目的を見失ってしまう人生からそれを見出す人生の出発になっていくんです。 自分はどう生きていったらいいのだろうかという迷いの人生から、あるべき魂の監督者・羊飼いのもとに帰る人生とされていくっていうことなんですね。 自分なんてどうなったっていいというような浪費する人生から、自分を大切に神様に愛されている生涯として神様に役立つものとして生かされてく人生をもたらしていくんです。 自分を破壊し人を破壊していくような人生ではなく、互いに愛し合い赦し合い、重荷を負い合う人生を形作っていく、そういうものとなっていくというんですねえ。

 生きるということは、そこにいのちがあるということです。 人として生きるっていうことは、単に心臓の鼓動・肉体のいのちがあるというだけで生きるということではないんですね。 この神様を知り、救い主イエス・キリストを知ること。 もちろんこの「知る」ということはただ頭で理解するということではなく、人生の救い主として受け入れ信頼することなんです。 そこに豊かな永遠のいのちが注がれると約束しているんですね。 このいのちは肉体が朽ちても絶えることのないいのちなんです。

 (PBA制作「世の光」2008.11.25放送でのお話しより)

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■愛は人を生かす

2008年11月24日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道(のぶみち)です。

 えー、私にとって大切なことばの一つなんですが、ヨハネの第一の手紙の4章の中に、「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。」(1ヨハネ 4章9節)って、これは口語訳聖書で訳されていることばなんですけれども、「それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされた」・・・「それ」は何かというと、神は御自分の独り子を世に遣わされたということと、そのことによってその彼によって、 ---イエス・キリストによってですね--- 、私たちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされた。 

 私は牧師の子どもで、そういうふうに育ったんですけれども、中学二年の頃に反抗してですね、神なんかいない、神はいない方が都合がいいとか言ってですね、そして勝手な生活をし始めたんですが、始めは何かこう自由になったような気持ちでいたんですけれども、しかしその神を否定してしまった時に自分自身の存在が分からなくなり、結局、生きる意味とか目的とかが分からなくなってですね、非常に悩み苦しんだんですねえ。 で、その頃少年時代、誰もそうかもしれませんが、文学に心惹かれてですね、そして夏目漱石なんかの小説を幾つか読んだりして『こころ』なんていう小説では決局最後は尊敬していたその先生が自殺するという所で終わる訳ですね。 結局何だか望みがない、というふうな。 で、心惹かれていた太宰 治とかですね、芥川龍之介って、これなんか随分心惹かれて小説を読んだんですけど、結局この人たちも自殺をしていった。 突き詰めていくと死ぬ他ないんだというふうな、そんな思いになってですねえ、牧師の子どもでありながら恥ずかしいんですけれども、遺書なんか書いてですねえ、死に場所を転々と求めたというそんなことがあったんです。 生きる意味がない、生きる意味が・目的が分からずに生きるってことは本当に辛いことだというね、そして自分には生きる価値がないんじゃないかと思っていた。 しかしそういう私に対して神は御自分の独り子を犠牲にする程に私を事実愛して下さったという、あの十字架を通して。 そのことを知った時に、まさに衝撃的でありましたけれども、それは私を生きるようにするためだ。 私は神様の愛によって生きるようにされた。 これは本当に素晴らしいことだと思うんですね。 

 ( PBA制作「世の光」2008.11.24放送でのお話しより)

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■未来達は微笑む(2) -- 過去・今を手放すなら

2008年11月22日 | Weblog


世の光の時間です。 いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。

  小椋 佳(おぐら・けい)が創った「愛燦燦(あい・さんさん)」にはこんなフレーズがあります。
   「未来たちは人待ち顔をして微笑む」
 たとい夢をなくしたとしても未来はある、と優しく歌いますね。 (私は)若い時、人は変われるだろうか、と真剣に考えました。 少し歳を重ねた今、人は変われる、と言うことができます。 けれどもそれは環境の変化や幾らか歳を重ねたからという訳でもないんです。

  イエス・キリストがガリラヤ湖で漁をした二人の漁師を御自分の弟子として呼び出された場面の中に、その答えを見るのです。 キリストは漁をしているシモンとシモンの兄弟アンデレをじっと見つめて、思いがけないことばを言われたのです。 「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」 マルコの福音書 1章17節です。 

 「人間をとる漁師」というのは、キリストと一緒に行動し、人を救いに導く働きに就くということです。 その呼び掛けにシモンとアンデレは網を捨て置いて従いました。  

  けれどもこの網は彼らの生活の手段です。 仕事そのものです。 そんな彼らの生きる術を置いて従うことは決して易しいことではなかったと思います。 それでも彼らは従いました。 なぜですか? キリストのことばに力があったのです。 キリストの内にいのちの光が輝いていたからではなかったでしょうか。 

 ある神学者の話した空中ブランコの話を思い出します。 空中ブランコは自分が握りしめている安全なブランコから手を離してこそ反対側に移れるものです。 何もない空間に、勇気を出して身を投げ出さなくてはなりません。 反対側のブランコの人が必ずキャッチしてくれると信じて手を離さなければなりません。 そのようにあなたも握りしめている過去や今の自分を手放すことが大事です。 そしてキリストの手の中に身を任せる時、未来が微笑む人生をあなたも手にするのです。 

 あなたもこのキリストのことばを聞くために、キリスト教会へ一度行ってみてください。

  ( PBA制作「世の光」2008.11.22放送でのお話しより )

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■いのちのパン、いのちの泉 〈いのちの糧(3)〉

2008年11月21日 | Weblog

 世の光の時間です。 お元気ですか? 岩井基雄です。

 収穫感謝の時を迎えています。 アメリカなどでは来週の木曜日をサンクス・ギビングデーとして祝います。 食べる物があること、収穫があることは何と素晴らしいことでしょうか。 毎日の食事・日々の糧を与えてくださる神様に心から感謝をさせていただきたいと思います。 

 けれども私たちの胃袋だけでなく、心の深みを潤し満たす本当のパンがあることを聖書は語っています。 
 「 イエスは言われた。『わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。』 」 (ヨハネの福音書 6章35節)と。
 心を満たし、いのちを満たし、魂を満たすいのちのパンはイエス・キリストだと言うのですね。 

 この直前には、こんなことばがあります。
 「 神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。 」 (ヨハネの福音書 6章33節)と。
 このイエス・キリストは天から下ってきたお方であり、この暗い世の中を歩んでいらっしゃるあなたにいのちを与えてくださるお方なのです。 だからこそ、この方のもとに来る者、すなわち、イエス・キリストを救い主として信じる者は、決して飢えることも渇くこともない人生へと変えられて行きます。 なぜならば愛である神様のかたちに創造された私たちは、本物の愛でしか、心を、その深みを満たされることはないからです。 あなたがどんな虚しさや孤独を抱えていても、誰にも理解してもらえない悲しみや痛みを感じていても、本物の愛はあなたの心を満たします。 

 聖書はこうも語っています。 
 「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。」(ヨハネの手紙第一 4章9節)と。
 あなたにもこの神様の愛が現わされています。 あなたも、満ち足りた、また渇くことのない人生を歩むことができます。 神様があなたを愛し、あなたのために神のパンであるイエス・キリストをこの世に送ってくださったからです。 

 今度の日曜日、あなたも近くのキリスト教会にいらっしゃいませんか? あなたにもこのいのちのパンを受け取っていただきたいのです。 

 ではまた聴いてください。

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■ごまかさずに苦しまれた

2008年11月20日 | Weblog

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。 今日のバイブル・メッセージは「ごまかさずに苦しまれた」です。

 それでは聖書の中のマルコの福音書15章23節から読んでみましょう。 
 「そして彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしたが、イエスはお飲みにならなかった。

 イエスが十字架につけられた話はよく知っておられることでしょう。 しかし、その苦しみのほどを立ち止まって考える人は少ないのではないでしょうか。 

 以前、メル・ギブソン監督の『パッション』という映画が上映されたことがありましたが、そこには全身血だらけのイエスが描かれていました。 確かにイエスが受けた無制限の鞭打ちの刑のむごさは、想像を絶するものであったと思います。 その上、皮膚が裂け、めくれあがった背中に粗削りの十字架を背負わされて刑場まで歩かされ、そして十字架に張り付けにされる苦しみ。 考えてみると本当に心が痛み、悲しい思いをさせられる状況です。

 当時そのような死刑囚の苦しみに対して兵士たちは、少しでも苦しみを和らげるために、没薬(もつやく)を混ぜたぶどう酒を飲ませることがありました。 没薬というのは麻薬のようなもので、苦しみを和らげてくれるのです。 ところがイエスはそのぶどう酒を飲もうとはなさいませんでした。

 ある人がこの箇所を読みました。 いやなことや苦しいことがあると、すぐにお酒に手を出す人でした。 イエスが私たちの罪のために罰せられた、十字架の苦しみを受けた、ということはよく知っていました。 しかしその際に、没薬を飲もうとせず、その苦しみを少しもごまかそうとしなかったイエスに気づかされたのです。 イエスは最後の最後まで生身の体で苦しみをしっかり受けとめられたのです。 そんなイエスの苦しみの息づかいが心の奥底まで感じられました。 それからというもの、その人は嫌なことがあっても、苦しいことがあっても、ごまかさずに苦しみを忍んだイエス様を思い、お酒に手を出すことはしなくなったのです。 

 イエスの苦しみは私たち一人ひとりのためのものです。 あなたもイエスの苦しみによって赦され救われているのです。 

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■福音の四季 : 明日の10より今日の1つ

2008年11月19日 | Weblog
 
 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さあ、今日の世の光は、まず皆様からのお便りの紹介です。 秋田県秋田市にお住まいの、せきやさん、女性の方からいただきました。

 入院中の父を見舞うため、48歳で運転免許を取りました。特に礼拝の前に父と共に先生の世の光のカセットテープを聞いています。父の魂のためにお祈りください。東京にいる二人の娘たちも親の後を継いで医者の道に進もうとしています。

 せきやさん、嬉しいお便り感謝です。これからもまたお祈りします。

 さあ、今日の福音の四季のメッセージです。私たちの家の木々のもみじももう散り始め、一風で払い落とされて坊主になってしまうでしょう。寒い冬の訪れも間近です。ところが枯れ果てたかに見える木々にももう若葉が準備され、春になると一斉に緑になるのですねえ。自然界にあらわされる活き活きとした姿です。私も86歳になり、体の機能があれこれ次々に失われてきて少々寂しいことです。老人期の冬がすぐそこに来ています。やはり90歳近くで天に帰られた私の尊敬するA牧師は、芭蕉の「野ざらしを心に風のしむ身かな 」の句を記し、その後に「明日の十より今日の一つ」と書き添えて遺しました。

 若い頃は私も「明日の十」に心を燃やしビジョンに燃えたものです。しかし今になってしみじみとA先生の「明日の十より今日の一つ」のことばを噛み締めています。けれどもこの前のお達者仲間の会で、70歳過ぎのN先生は、私に「老人は夢を見る」と聖書のことばを色紙に書いてくださいました。そこで私も年寄りながらも聖書のこのことばで自らを励ましています。

 聖書のことば。「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」コリント人への手紙第二 4章16節のことばです。

 それではまた聞いてください。

 ( PBA制作「世の光」2008.11.19放送でのお話しより )
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