♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■求めなさい そうすれば受ける

2009年04月30日 | Weblog

世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 福井 誠です。 今日のバイブル・メッセージは「求めなさい そうすれば受ける」です。

 それでは聖書の中のヨハネの福音書16章24節から読んでみましょう。 
 「あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。

 祈るだけでいいのか、そんな疑問を持ったことはありませんか。 確かに神は私たちの意志、決断、行動を祝福されるのですから、祈ることに加えて何かをしていくということがあるものでしょう。 しかし実際に祈ることしかできない、何も決断できない、何も行動できない、ということもあるのではないでしょうか。 すべて物事というのは単純には行かず、それぞれ複雑なものがケース・バイ・ケース、ということがあると思いますねえ。

 ともあれ私たちが今日、神様に勧められていることは、求めなさい、ということです。 イエスの名によって求めるということです。

 そう言えばクリスチャンは祈りの終わりの方で「イエス様のお名前によってお祈りします。 アーメン」と付け加えますが、これがまさにイエスの名によって祈ることの実践ですねえ。 

 で、イエスの名によって求めるならばそれを受ける、というこれほど嬉しい約束、素晴らしい約束はありません。 けれども多くの人はこの素晴らしい約束を、つまらない個人的な目的のために使っている、あるいは殆ど使っていない、ということがありはしないでしょうか。 

 世界を広く見渡す時に、私たちは、何とかならぬものか、と思う光景にたくさん出くわすものです。 貧困、戦争、災害、・・・誰もが平和を願いながら十分なことができない。 いや、何も為せないという問題があるのです。 また私たちの身近な家族や友人・知人の間にも、私たちには何も為せない、と思うような問題がありはしないでしょうか。 

 そこで私は祈りを大切にしてみてはどうか、と思うのです。 神は、「求めなさい。そうすれば受ける」と言います。 その素晴しい約束を人類の複雑な問題解決のためにこそ使うのです。

 そのためには、まず教会へ行き、素晴しい約束を与えられる神様を信じていただきたいものですし、そして素晴しい約束を一緒に祈っていきたいものですね。 

  (PBA制作「世の光」2009.4.30放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■学習力を与える神

2009年04月29日 | Weblog
 
世の光の時間です。 いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。 今日は「学習力を与える神」という題でお話ししましょう。 

 私たち人間には、生きていく上で三つの力が必要とされます。 体力、知力そして精神力の三つです。 天の神様はこの三つの力を私たちに与えてくださっています。 私たちはこの三つの力を活用し、訓練していくことによって神様と自分、そして社会に役立つ人間になっていくのでしょう。 旧約聖書のダニエル書の続きです。

 さて、少年の時、ダニエルと三人の友人たちはふるさとのユダヤから遠くバビロン、今のイラク地方の国に連行されて行きました。 捕囚の地で彼ら四人を待っていたのは、まず体力の三年間の訓練でしたね。 少年の時にまず育てなくてはならないのは知力よりも体力ではないでしょうか。 子どもの頃から勉強漬けの毎日はどうでしょうかねえ。 

 さて体力の訓練と並行して四人の若者は当時の文学や科学を修得していきます。 神様はこの四人の若者に優れた学習力をお与えになったとダニエル書は書いてあります。 体育と共に知育も神様が人々を通して与えてくださったことが分かります。 また神様はダニエルには夢や幻の意味を知る特別な能力をお与えになったようです。 

 さて、三年に渡る訓練期間が終えると、口答試問を受けさせるために若者たちは王様の前に連れていかれました。 その時、ダニエル、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの四人は他の訓練生よりも群を抜いていました。 王様に深い感銘を与えます。 そこで四人の若者は王に仕える常任補佐官に取り立てられます。 情報を得て分析したりバランスの取れた判断をする分野で優れていたからでしょう。 この四人の若者の意見は国中の熟練した呪法師や知恵のある先生学者の意見よりも十倍優っていることを王様は知っていたのです。 

 ところで、体育・知育・徳育のこの三つの分野がバランスよく育っていくことを神様がどんなに願っていることでしょう。 体力・知力をそして精神力をバランスよく与えられるように私たちも祈ってまいりましょう。 そして神と自分と人々のために有益な人とさせていただきたいのです。 

 聖書のことばです。 

 「(神)を恐れることは知識の初めである。」  箴言 1章7節 

 ( PBA制作「世の光」2009.4.29放送でのお話しより )

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■罪なき者が打て

2009年04月28日 | Weblog

世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。 今日も一日、さわやかに過ごしていきたいですね。

 さて新約聖書のヨハネの福音書の8章という所に姦淫の現場で捕らえられた一人の女性が、ま、当時の宗教指導者たちによってイエス・キリストのもとに連れて来られたことが記されています。

 それは何とかしてイエスを告発するための口実を得たいがために、ま、仕組まれた罠のようなものでした。 そして指導者たちはイエス様にこう問い正したんです。 「律法ではこういう女は石打ちにすることになっているが、あなたはどう御考えになりますか。」

 いかにもイエス様の意見を尊重するかのような口ぶりでした。 しかし、イエス様は「石打ちにしなさい」と命じたら彼らは「なあんだ、イエスは愛と哀れみを説いているくせにこの罪深い女を死刑にするなんて。お前はこの罪人を救えないのだから救い主なんかじゃない。」と批難できたんです。
 それではイエス様が「石打ちにしてはならない」と答えたらどうでしょう。 彼らは即座に、「イエスよ、お前はモーセによって与えられた律法を守らない奴だ。聖書のことばに従わないのだからお前は救い主であるはずがない。」 ま、いずれにしてもイエス様を訴える口実を得ることが出来たんです。 

 ところが、しばらくの沈黙の後、イエス様は、「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」(ヨハネの福音書 8章7節)と言われたんですねえ。すると年長者たちから始めて、ひとりひとり帰ってしまったんです。 そしてもはや残っているのはイエス様とその女だけでした。

 この女は逃げようと思えばすぐに逃げることができたでしょう。 しかし彼女はそのままそこにいたんですね。 この女は、このままどこかに逃げても問題の解決はない、と感じていました。でも目の前にいるこの方こそ石打ちにされてもしかたのない私の人生の解決を与えてくださるかもしれない、そう感じていたんでしょうね。

 そしてイエス様はこの女に、「わたしはあなたを罪に定めない。」(ヨハネの福音書 8章11節参照)と赦しを宣言なさったのです。 

 イエス・キリストこそ罪なき方として来てくださいました。 石を投げ付けることができる方はイエス・キリスト以外にはいません。 でもイエス様は人に石を投げるのではなく、自らの身にすべての人の罪を背負い、身代わりとなって十字架で死んでくださったのです。 この絶望的な女性の人生は、イエス様の「罪に定めない」との一言で生き返っていきました。

 人が本当に生かされるためにどうしても必要なことは無条件の赦しと愛なんですねえ。 イエス・キリストの十字架こそ、その赦しと愛の溢れている姿なのです。

 (PBA制作「世の光」2009.4.28放送でのお話しより)

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■だからベストセラー

2009年04月27日 | Weblog

世の光の時間です。 お元気でしょうか? 村上宣道です。 

 えー、私は本屋さんに入るのが好きで、ぶらっと、---ぶらっと言ったら悪いですけれども---。 特にですねえ入ったらすぐの所に目立つ所にベスト・セラーのコーナーってのが設けられていますよねえ。 で、最近はどんな本が読まれてんのかなあと思いながら、こうざっとながめているだけでも興味深いものがありますねえ。 

 でもそういうコーナーの中に決して置かれることがなくてもずうっと世界でベストセラーを続けている本がある、というのを御存じでしょうか。 それが聖書だと知ったらあなたは以外に思うでしょうかねえ。 えー、朝日新聞の文化面でも隠れたベストセラーとして紹介されたことがあるんですけれども、聖書は日本でもね、その隠れたベストセラーになっているんですよ。 

 で、グーテンベルクが印刷機を発明したのは15世紀だっていうように言われているんですが、最初に印刷したのがルターの訳したドイツ語の聖書だったそうですね。 何とそれ以来ですよ、聖書は世界のベストセラーであり続けているって言うんですから驚きますよねえ。 

 で、どうしてなのかって思うんですけれども、それはもちろん聖書の持つ優れた文学性とか思想の深さ、興味ある歴史物語などのせいもあると思うんですけれども、それ以上の理由があると考えなきゃならないと思うんですねえ。

 で、それは聖書が人間の最も深い所にある普遍的なニーズ(必要・求め)に応えるものだから、っていうふうに言えるのではないかと思うんです。 そうでなければこんなに違う人々のいる世界でですねえ時代を超えてベストセラーであり続けるはずがありませんですね。

 その人間の最も深い所にある普遍的なニーズ・求めってのは何でしょうか。 今さら言うまでもなくそれは生きる意味であり、その死の解決であり、「死に至らせる病い」と言われる根源的な罪の問題の解決以外ではないはずですね。 その答えこそが救いでなければならないと思うんです。 

 聖書にはこういうふうに書いてあるんですねえ。 
 「聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。」(テモテへの手紙第二 3章15節)って書いてあってですね、聖書はいろんなことを教えていますけれども一番肝心なことは、救いを受けることができるようにするには神はいったい何をしてくれたのか、私たちはそれを受け取るのにはどうすれば良いかということが書いてあるんですね。 

 で、これを得ることが人生にとって一番大切な答えなんだということ。 そういう意味で聖書はベストセラー。 ぜひあなたも手にして、このベストセラーを読んでみていただきたい。 そう思うんですねえ。 

 ( PBA制作「世の光」2009.4.27放送でのお話しより)

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■本当の豊かさ

2009年04月25日 | Weblog

世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか? 山中直義(なおよし)です。

 豊かさとは何でしょうか。 ある時イエス様は一つの例えを話されました。 

  ある金持ちの畑が豊作であった。そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』 そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』 しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』 (ルカの福音書 12章16-20節)

 この金持ちは豊かさについて大きな思い違いをしていました。 お金さえあれば、物さえあれば、豊かに生きていける。 ・・・ この金持ちのように考えている人は決して少なくないと思うのです。 しかし聖書は言います。 「いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではありません。」(ルカの福音書 12章15節参照) そうです。 お金や物をどれほど持っていたとしても、それは真の豊かさではないのです。

 それでは何が本当の豊かさなのでしょうか。 イエス様は例え話の最後でこう言われました。 「自分のためにたくわえても、神の前に富まない者は愚かです。」(ルカの福音書 12章21節参照) 神の前に豊かな生き方をするということ、すなわち自分というものに必死でしがみつくことをやめ、神が喜んでくださる生き方に努めるということ。 それこそが本当の豊かさ、状況によって左右されることのない真の豊かさなのです。 本当の豊かさとは私たちから遠く離れたものではないことを思わされます。 

 私たちを愛し、私たちの必要のすべてを与えてくださる神に信頼する。 そして神が喜んでくださる生き方を心掛けて生きる。 そんな豊かな生き方が皆様にも約束されています。 どうぞ聖書のことばをお読みください。

  ( PBA制作「世の光」2009.4.25放送でのお話しより )

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  電話 052-762-2196 東海福音放送協力会へ
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■心の休みのために

2009年04月24日 | Weblog

世の光の時間です。お元気ですか。岩井基雄です。

 来週からゴールデン・ウィークですねえ。 皆さんはどんな計画を持っていらっしゃるでしょうか。 ゆっくりとした休みになると良いと願いますが、休むために忙しくなる方も多いのではないでしょうか。 皆さんはどんなことが本当の心の休みになるのでしょうねえ。 

 イエス・キリストは、疲れの中にいる私たちに対して次のように語られています。
 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイの福音書 11章28節)

 私たちの疲れは体の疲れもそうですが、心の疲れ・魂の疲れが根底にある場合が少なくありません。 体を休めただけでは拭い去ることができない疲れを私たちは積み重ねてしまっていることがあります。 あなたはいかがでしょうか。 

 しかし、どんな疲れがあろうと、どんな人生の重荷を背負っていらっしゃったとしても、あなたが神の独り子イエス・キリストのもとに行くとき、イエス・キリストがあなたに本当の休みと平安を与えてくださる、というのです。

 なぜでしょうか。 それはイエス・キリストが二千年前の十字架において私たち人間が受けるべき罪の罰のすべてを受け、私たちと神様との本当の和解の道を開いてくださったからなのです。 どんな状況があろうとも、神様の平安が与えられるとき、その人は嵐の中でもぐっすり休むことができるような平安と心の休みを与えられるのです。 そこに私たちの人生の本当のゴール、天国への道、ゴールデン・ゴールがあるのです。 

 あなたも、この休みの時、本当の平安・魂の休みについてぜひ考えてみてください。 この本当の平安への道は、イエス・キリストがあなたのために地上に来てくださったクリスマスから始まりました。 そして十字架と復活によってすべてが用意されました。 今度はあなたがこのイエス・キリストのもとに行くのです。 イエス・キリストはあなたに語りかけています。 
 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイの福音書 11章28節)

 ぜひあなたも、このイエス様のもとに来てください。

 それではまた聴いてください。

(PBA制作「世の光」2009.4.24放送でのお話しより)

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■互いに愛しあう

2009年04月23日 | Weblog

世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 福井 誠です。 今日のバイブル・メッセージは「互いに愛しあう」です。

 それでは聖書の中のヨハネの福音書15章12節から読んでみましょう。 
 「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。

 人間関係に悩む、・・・誰しもが経験することだと思いますが、どうも自分は出会いが悪くっていつもいつも難しい人間関係を通らされるように感じることはありませんか? 自分に問題があるということもあるでしょうが、どうも巡り合わせが悪いといいますか、性格的に難しい人たちのドロドロとした人間関係に巻き込まれて苦しめられるっていうことがありますねえ。

 いずれにせよ私自身も難しい人間関係を幾度も通らされながら、最近は苦しい所を通ることが決してマイナスばかりではない、と思うようになりました。 というのも、そういう人間関係で逆に学ばされるというか、自分自身が成熟させられていく所があるからです。 

 イギリスの詩人ホイットマンは「寒さに震えた者ほど太陽の暖かさを感じる」と言いました。 いろいろな厳しさを通る所で当たり前に思っていたことがそうではなくて、大変な恵みであるし、深く感謝すべきであると気付かされることはあるのですねえ。 そしてそのように気付く所から逆に自分自身も人に対して寛容になり、優しくなることがあるでしょう。 人生において気付くということは本当に大切なことですねえ。

 私たちがイエスの十字架の愛に気付けば、私たちもイエスのように人を愛することができるようになるはずです。

 しかし実際には私たちはイエスの十字架の愛をそれほど分かってはいない。 表面的にしか理解していない、ということがあるのではないでしょうか。 ですからなかなか私たちの内に愛の関係が実現しないということがあるように思います。 神の愛の深さに気付くことが互いに豊かに愛し合うことの秘訣です。

 ぜひ聖書を読んでいただき、あなたを愛しておられる神の愛の深さを知っていただきたいと思います。

  (PBA制作「世の光」2009.4.23放送でのお話しより)

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■苦しい立場

2009年04月22日 | Weblog
 
世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 板倉邦雄です。 今日は「苦しい立場」という題でお話ししましょう。 

 自分の信念に反する立場に追い込まれたら、私だったらどうするでしょうか。 実はダニエルと三人の若者たちは苦しい立場に追い込まれました。 旧約聖書のダニエル書の続きです。 

 ダニエルと三人の若者たちは今やバビロンに捕らえ移されていました。 紀元前5世紀頃の初め頃です。 何とダニエルと三人の若者はバビロン王様の参議官候補に選ばれました。 そして三年間の訓練を受けることになりましたね。

 まず食事による訓練が待っていたのですが、ダニエルは、王様の支給する食物とぶどう酒を断じて口にしない、と決心したのです。 理由は、料理の中にモーゼの律法で禁じられた豚肉料理が入っていたようですし、ぶどう酒もバビロンの偶像にお御酒として捧げられたものだったからでしょう。

 そこで他の食事をとることができるようその許可を監督官に願い出ました。 すると神様はこの監督官にダニエルを特別に配慮し、その苦しい信仰の立場を思い遣る心をお与えになったのです。 それでも監督官はダニエルの申し出には頭を痛めました。 そして恐る恐る言いました。 「他の訓練生の若者と比べてあなたがたの顔が青白く痩せ細ってしまったらどうなるだろう。 職務怠慢のかどで私は首を切られるかもしれない。」 そこでダニエルは、監督官が自分たち四人につけてくれた世話役とそのことについて話し合いました。 そしてともかく十日間、野菜中心の食事をさせてくれるように頼みました。 その試験期間が終わった段階で王様のごちそうを食べた者と比較し、野菜中心の食事を継続するかどうかを決める、ということにしたのです。 世話役はダニエルの願いを聞き入れました。

 十日後、ダニエルとその三人の友人は王様のごちそうを食べた若者よりも健康で顔色も良かったのです。 世話役は、野菜中心の食事をダニエルたちに与えました。

 さてダニエルもそして王様の監督官も世話人たちもお互いが苦しい立場に立たされましたね。 でも神様が、お互い苦しい立場にありながらも相手を思い遣る心をお与えになったのです。 これを神様の恵みと言うのでしょう。 

 聖書のことばです。 
 「人の道が主 -(神)- を喜ばせる時、主はその人の敵をもその人と和らがせられる。」 箴言16章7節


 ( PBA制作「世の光」2009.4.22放送でのお話しより )

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■生ける水の川

2009年04月21日 | Weblog

世の光の時間です。 お元気でお過ごしですか? 関根弘興です。 今日も一日、さわやかに過ごしていきたいですね。

 聖書の中に記されたお祭りの一つに、仮庵(かりいお)の祭というものがありました。 この仮庵の祭は毎年まいとし行われました。 祭りの七日間は毎朝、祭司を先頭にした行列がエルサレムの南東にあるギホンの泉という所まで下っていくんです。 そして祭司がその泉から水を汲み、神殿にある祭壇に注ぎ込むんですねえ。 この水が天から雨をもたらすと信じられていたからです。

 さあ、その終わりの大いなる日に、イエス・キリストは大声で人々に語られたことがヨハネの福音書に書かれています。 まあ祭りの一番盛り上がったクライマックスにイエス・キリストは人々にこう語られたんですね。 

 「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」 ヨハネの福音書 7章37節、38節)

 ま、イエス・キリストはこう言われたのです。 「あなたたちは熱心に渇きを満たすために水を求めてエルサレムにやってきていますねえ。 でもあなたが渇いているのなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 わたしを信じる者は心の底から生ける水の川が流れ出るようになるのだから。」と語られたんです。

 まあ人々はどれほど驚いたことでしょう。 でもこのイエス・キリストの語られたことばの中に、イエス・キリストが来られた明確な意味と約束が豊かに含まれているんですねえ。 

 今日私たちの問題は一体何でしょう。 それは、心の渇きといっても良いかもしれません。 いろいろなことを行っても満たされない。 自分の人生の目的は何だろう。 私は本当に生きている価値が、そして意味があるのだろうか。 また、ある人は自分の心を見て、過去の後ろめたさや罪責感の中でどうすることもできずにいるかもしれません。 

 イエス・キリストは、あなたが渇いてるなら飲みなさい、と言われたのです。 イエス様はまず、私たちが自分を正直に見つめ、自分に素直になることを求めます。 そうすれば誰の心の中にも心の渇きがあると感じてくるからです。 そしてイエス様は単純に私を信じなさい、と言われました。 本当に信頼できる人を信じ生きることは人生を豊かにします。 そしてイエス・キリストが与える水は、渇きを癒すだけではなく、その人のうちで泉のように溢れ出てくるようになる、と約束しているんですねえ。 

 あなたは人生の渇きを感じているかもしれません。 どうでしょう。 イエス様はあなたに、わたしから飲みなさい、と伝えているんです。 イエス・キリストを信頼し、イエス・キリストの約束を信じ受け入れるときに、あなたの心にいのちの水は流れ出すんです。

 (PBA制作「世の光」2009.4.21放送でのお話しより)

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■愛は非売品だが

2009年04月20日 | Weblog

世の光の時間です。 お元気でしょうか? 村上宣道です。 

 あのう、変わった本の題名でですねえ『生協の白石さん』という本、これが何と93万部も売れたっていうんでお読みになった方もいらっしゃるかもしれませんけれども。この方はですね、東京農工大の生協に勤務しておられた白石さんという方が利用者アンケート用紙にですね、一言カードというのを用意しておられて、それに書かれた要望とか質問に対して真面目にしかもウィット溢れる回答で話題となってですね、それが『生協の白石さん』というタイトルで出版されたということなんですねえ。

 で、その問い合わせの一つにですねえ、「愛は売っていませんか?」と、あったそうなんですよ。 で、その回答に白石さんは、「愛は非売品です。もし売っていたら何かの罠かもしれません。」と答えていらっしゃるということなんですけれども、まあ面白いですねえ。 「生協は何でも売っているって、愛は売っていませんか?」っていう、それに対して答えも「愛は非売品です。もし売っていたらそれは・・・」というようなね答えも面白いなと思うんですけれども。 しかし本当に人々はやっぱりこう、愛が欲しい、まさか買えるとは思わないけれど、ほんとにもし愛が売ってたらというふうな気持ち、それは分からないことはないような気がいたしますよね。でも愛というのは売ったり買ったりできるようなものではありませんよねえ。 

 聖書の中に、「愛には偽りがあってはならない。」(ローマ人への手紙 12章9節 口語訳聖書)ということばがあるんですけれども、愛は非売品、もちろん。そして愛はいわゆるその偽りということばはですねえ演技というふうに訳すことができることばなんですけれども、愛は演技であってはならない。でも皮肉なことに愛というテーマほど芝居化されているって言いましょうかねえ演技されているテーマはないんじゃないかなあ、というふうに思いますよね。

 で、どこまで演技なのか、どこまで本物なのかが区別がつかないような状況の中で、しかしぜひ知っていただきたいですよねえ、聖書の中で、「ここに愛がある。」(1ヨハネ 4章10 節 口語訳聖書)、「ここに愛があります。」(新共同訳聖書)ということばがヨハネの第一の手紙の中に出てくるんですけれども、聖書こそが私たちに対する神様からのラブレターだ、ということをぜひ知っていただいて、その中に本物の愛は何かということをはっきりと書かれている、という。 そしてその愛を知ることによって、その本物の愛を生きることができるようになるんだ、ということですね。 神様からの愛のじつはラブレターである聖書を手にしてまことの愛を見い出して欲しい。 そう思います。 


 ( PBA制作「世の光」2009.4.20放送でのお話しより)

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