♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■罪人を招くために

2006年09月30日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さあ今日の世の光は皆様からお寄せくださる「心に残る聖書のことば」の御紹介です。東京都三鷹市にお住まいの後藤さんは新約聖書マルコの福音書2章17節のことばをお寄せくださいました。

「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

 私の育った家庭は、父は軍人でした。富山県の出身で、大きな仏壇を家の誇りとしておりました。19歳の時に、聖書もまことの神様のことも何も知らないまま、誘われるままに大森(?)にある教会の日曜礼拝に出席させていただきました。それかに一生懸命教会に通うようになりました。私が熱心になるにつれて父は洗礼は受けないようにと注意しました。私を教会に誘ってくれたのは現在の主人でした。父は娘のことを心配して親戚のクリスチャンの家に彼を連れていくようにと申しました。その親戚の人が、素晴らしい好青年だと彼を誉めたので父も納得したようです。受洗して40年目にマルコの2章17節のお言葉にぶち当りました。「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」私は本当にこの罪人なのか。この自覚を与えてくださいと祈りました。すると神様は私に罪に穢れた姿を見せてくださいました。こんな私の罪を赦し、きよめるためにイエス・キリスト様は十字架にかかり、苦しみ
、血を流してくださったのだという信仰が与えられ、私は心から感謝しました。

 後藤さんの心に残る聖書のことば。
イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
 新約聖書マルコの福音書2章17節のことばです。

 それではまた聞いてください。
 ( PBA制作「世の光」06.09.30放送のお話しより)


*****

さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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■生きる目的を持つ

2006年09月29日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気ですか? 安海靖郎(あつみ・やすお)です。今日は「生きる目的」ということについて考えてみたいと思います。

 人生の目的とか、生きる目的と言うと難しいっていうイメージがありますね。ま、それは、何か本当に生きる目的というものと目先のものとか目的でないものと混同してしまっているからってこともあるのではないでしょうか。例えば良い学校に入るとか、良い仕事に就く、結婚、これは目的ではなくて、その中で豊かな生きる目的を意味を味わっていくその手段である訳ですね。

 じゃ、生きる目的とは何なんでしょうか。旧約聖書で、ダビデ王はこんなふうに言っています。
私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。」(詩篇 27篇4節)

 彼は羊飼いから身を起こし、逆境や試練の全半生をひたすら神に拠り頼んで30歳で王になった人です。王になるのが目的ではない。ま、そうなら王様になったら目的はなくなってしまう。そうではなくて、毎日毎日の生活の中で愛と力と恵みの神様を見上げていく。心の中で思う。心が平安と喜びで一杯になる。そんな心で思いで生きていく。それが生きる目的、人生の目的なんだ。だからそれが最大の願いなんだ。そういう生き方をしていく時に敵をも破っていく力や領土も拡大し、そして王となっていた。だから、そんな生きる目的は一生続いていくんだという訳です。

 ですから私たちもこんな理解をします時に、どんな状況にあっても、例えば今はうまく行かなくとも、苦しくとも、挫折したように見えるようなそんな中にも、毎日毎日ダビデ王のような心・願い・生きる目的をしっかり持っている所に、生きる目的は豊かに果たされていく、味わわれるということではないでしょうか。

 ウェストミンスター大教理問答の第一問には、こんなふうに謳われています。「人間の主な最高の目的は何であるか。人生の主な最高の目的は、神の栄光を現わし、永遠に神をまったく喜ぶことである。」こんな人生の意味を持って豊かに生きていけたら幸いですね。


  (PBA制作「世の光」2006.09.29放送でのお話しより )


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■神は導いてくださる

2006年09月28日 | Weblog


 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日は聖書の中のピリピ人への手紙から読んでみましょう。

 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。  (ピリピ人への手紙 3章12節)

 信仰というのは生涯の営みです。出発点で何から何まで分かって立派に歩めるものではありません。紆余曲折することもあるでしょう。

 ある女性は高校時代、教会へ行き始め、特に感動もなく信仰を持ちました。その後、特に理由もなく教会から離れ、社会人となりました。そこで長距離通勤の疲れもあってか、職場の先輩との関係がうまくいかなくなってしまうのです。何とかうまくやろうと努力すればするほど自分がぼろぼろになって自分自身が分らなくなってしまい、更に気持ちをコントロールすることすら出来なくなったと言います。仕事を退職し、勧められた御見合いで結婚をすることにしました。今度は何とか生き生き暮らしたいと、結婚生活に期待を持ち、人生をやり直そうと神様に祈ったといいます。結婚してすぐに子どもを授かりました。それは大変な喜びでした。しかし子育てが始まると、深く悩むようになりました。まったく思い通りにならない。子どもとの毎日で困り果てたある時、近くの教会に引き込まれるように入って行って聖書の話しを聞きました。教会を離れて既に8年。しかし、こうしてこの人は悔い改めと共に再び教会に戻っていくのです。

 教会を長く離れ、もう自分は戻れないと思っている方はいませんか。どうぞ、そうは思わずに教会を尋ねてみてください。神様はあなたの傷を癒し、あなたの弱った膝を真直ぐにされることでしょう。神様は祝福してくださいます。信仰の歩みは一生の営みなのです。

 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。 ピリピ人への手紙 3章12節

 
 (PBA制作「世の光」2006.09.28放送でのお話しより)

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■福音の四季 - 人は水と御霊によって生まれなければ 

2006年09月27日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さあ今日の世の光は、まず皆様からのお便りの紹介です。栃木県佐野市にお住まいの長瀬さんから戴きました。

 羽鳥牧師さんの御本、届きました。ありがとうございます。これから読みますが、ワクワクしております。今日はお祭りに行き、太鼓をちょっと聞きました。やっぱり生はいいですね。月見草が角っこのほうで咲いていました。

 ・・・お祭りに行って生の太鼓の音を聞き、月見草を見つけたのですねえ。お葉書ありがとうございました。

 さ、今日の福音の四季のことばです。旧約聖書創世記1章31節。

「神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。」

 長瀬さんも久しぶりに生の太鼓の音を聞き、宵待草の花を見て満足だった。神様の造られた自然は、ありのまま、そのままで本当に美しいもの、良いものだと感じたんでしょうねえ。

 安藤仲一先生は、ある夏、松原湖から八ヶ岳・八千穂高原の白駒池に行かれてノートに記したといいます。

 とんぼスイスイ白駒の池 かく手に停まる人なつっこさよ

 人擦れしないとんぼたち 自然のままでいておくれ

 自然は自然のままで美しいのですねえ。そこに人間の罪、自己中心が絡むと、人間の反逆によって被造物は虚無に服すると聖書にはあります。そこで被造物も切実な思いで神の子どもたちの現れを待ち望むと聖書には書いてあります。その世界の夜明けが、どんなに待たれるでしょうか。

 イエスはイエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか。」イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。
  新約聖書ヨハネの福音書3章3節から5節までのことばです。

 それではまた聴いてください。

 ( PBA制作「世の光」2006.9.27放送でのお話しより )

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■パンと魚

2006年09月26日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興(せきねひろおき)です。今日も一日さわやかに過ごしていきたいものですね。

 ある時イエス様が、ガリラヤ湖を見渡す小高い丘に行った時、ま、そこに約5千人の人々がついて来たと書かれています。ま、これは男性の数だけですから、女性や子どもを入れると、1万人以上いたかもしれませんね。この大群衆を御覧になってイエス様は弟子に、「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。」(ヨハネの福音書 6章5節)と言われたのです。すると弟子は大変合理的な答えをしました。「イエス様、めいめいが少しずつ取るにしても、二百デナリ ---この二百デナリというのは当時の二百日分の労賃にあたるんですねえ--- 二百デナリのパンでは足りませんよ。」まあ、こういうふうに言ったんです。「まあどう見てもこの人たちに食料を与えるなんて無理だよう」っていうことですよね。その時に、弟子の一人でアンデレという人が、弁当を持った少年のことをイエス様に報告しに来たんです。ま、ところがその弁当は、大麦のパン5つと干した小魚2匹で、ま、当時の最も粗末な食事だったんですねえ。アンデレ自身、イエス様に報告した後、「しかしこんなわずかなものでは何の訳にも立ちませんよね」と何となく罰が悪そうな様子です。

 しかしこの出来事は、私たちに大変勇気と麗しい光景を見せてくれるものになりました。それは、どんなに役立たそうにない粗末なものでもイエス様はそれを用いてくださるという素晴らしい真理なんです。考えてみてください。この弁当は少年が持っていたものです。イエス様に食べていただこうと差し出したものではないかと思うんですね。まさかアンデレが無理矢理、子どもの弁当を取るはずもありませんからねえ。粗末な弁当です。でも少年にとっては大切なものです。それを差し出せば自分は空腹のまま我慢しなければならないのです。しかしこのわずかなものを差し出す勇気をイエス様は最大限に用いてくださいました。何とそのパンと魚をみんなに裂いて分けるようにと弟子たちに命じられたんです。するとそこにいた大勢の人たちが満腹になったっていうんですねえ。イエス様に差し出した粗末な弁当が何千人という人を養うことになったんです。

 何とダイナミックな出来事でしょう。出発は、捧げるという小さな小さな少年の行為から始まったんです。自分のものは自分のもの、人のものは自分のものとしてしまうような生き方もあります。でもそんな人生は結局貧しくなるだけです。でもあなたの持てるものを、イエス様お使いくださいと差し出す時、結果的に豊かにされるんですね。与えることは失うことではなく、豊かさの入り口でもあるんですよ。

 ( PBA制作「世の光」2006.9.26放送でのお話しより )

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■いつまでも変わらないもの

2006年09月25日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道です。

 えー、作家の三浦綾子さんがおっしゃっておられましたねえ。戦争中、学校の先生をしておられたそうですけども、自分が正しいと思って教えていたことが戦争が終わったらそれが全部嘘だったっていうことになって、教科書を墨で消さなきゃならない。真っ黒に消したという。それが本当に自分自身の、何といいましょうか存在そのものさえも崩壊させられていくような大きなショッキングな出来事であったということを言っておられますよねえ。
 えー、私も小学校のころ戦争中だった訳ですけれども、学校の先生が、「天皇陛下は神であって、そして日本は神国・神の国で日本は絶対に戦争に負けない。アメリカ・イギリス、あれは鬼畜米英、鬼や獣のようなものだ」というふうなことをですねえ教えておりました。で、戦争が終わったのが8月15日、夏休みの最中でした。夏休みが終わって新しい学期が始まって学校に行きますと、その場で先生が、「アメリカは鬼畜米英と言っていたけれども、あれはクリスチャンの国で、いい国らしい。天皇陛下が神だってのは、あれは実は違うんだ。神国日本というのも、これも単なるお話しに過ぎない」というふうなですね、まるで夏休みの前と後とではガラッと違うのに驚いたことがありますねえ。「これで冬休みが終わったら今度はどうなるんだろうか」なんていうふうなことを思ったぐらいですが、こんなふうなものは真理とは言わない訳ですねえ。時代によって変ってしまうものであってはならないですねえ。
 イエス・キリストは、「わたしが真理である」と言われた時に、その真理というのはキリストの語られることばはいつでも変らない真実であるということを意味していますよね。そしてイエス・キリスト御自身が「わたしが真理だ」とおっしゃるのですから、イエス・キリスト御自身がいつまでも変らない普遍的なお方だということを意味していますよね。人間がいつまでも変らないなんてことはありませんね。永遠に生きるなんていうことを言える人はありませんね。イエス・キリストは神でしたからそのようなことをおっしゃることができるお方でした。そして神が「私たちを愛する」、イエス・キリストが「私たちを愛する」とおっしゃったら、その愛は絶対に変らない。どこまでも真実を貫かれるという。「真理」と訳されている「アレセイヤ」というギリシャ語は「真実」とも訳することができることばですねえ。イエス・キリストこそは真実そのもの。私の罪を赦し、私たちを愛し続けてくださる永遠のいのちまで保証してくださる、それはまことに真実・真理そのもの。それがイエス・キリストであるということを聖書は教えています。

 ( PBA制作「世の光」2006.09.25放送でのお話しより)


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■絶えず祈りなさい

2006年09月23日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さあ今日の世の光は皆様からお寄せくださる「心に残る聖書のことば」の御紹介です。

 徳島県徳島市、美馬さんから新約聖書テサロニケ人への手紙第一5章17節のことばをお寄せいただきました。
絶えず祈りなさい。

 聖書は、絶えず祈りなさいと教えていますが、本当にお祈りは素晴らしいことです。実は私たちには孫がおりました。おじいちゃんが大好きで、「徳島のおじいちゃんの所へ行く」と言って夏にはよく泳ぎに来ました。その孫が三歳の時、検査の結果、白血病と宣告されました。医者は、母親である娘に「長くても命はあと三年ぐらいだろう」と言ったそうです。本人は何も知らないから嬉しそうに「おじいちゃん、おばあちゃん」と言ってくれるのです。おじいちゃんから聖書の話しを聞いたり、一緒に讃美歌を歌ったりしました。「じゅんちゃん、どうして日曜学校が好きなの?」と聞くと、「だって、みんなの人が優しいんだもの」と言うのです。徳島からお家に帰ると「日曜学校が無い」と寂しがるから近所のおばさんに聞いたら、あそこにあるよと教えてくれたので、嬉しくて喜んで娘と共に行ってました。孫は頭の毛をなくしたので帽子をいつもかぶっていました。よく帽子を取って、「お前、毛がないんだなあ」と言う人がありました。「僕、あれ嫌なんだなあ」と言っていました。孫の病気がどんどん悪くなって、非常に辛い痛みに悩まされるようになっても、「僕は天国に行くから大丈夫」(と)。看護婦さんは「あんな子を見たことがない」と言っていました。今、孫は天国に帰りました。寂しい悲しいことですが、「いつも神様に祈っていたあの子、いま天国」とはっきり思います。七転八倒の苦しみの中にも不平一つ言いませんでした。私は孫の天国での輝きを見て、いつものように「絶えず祈りなさい」ということばの通り祈っています。

 美馬さんの心に残る聖書のことば。
絶えず祈りなさい。
テサロニケ人への手紙第一5章17節のことばです。

 それではまた聞いてください。
 ( PBA制作「世の光」06.09.23放送のお話しより)


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 ===『世の光』のつどいのお知らせ ===

さわやか世の光・板倉邦雄ラジオ牧師さんに会える


2006年 世の光のつどい・ラジオラリー 予定

東海地方のリスナーの方々、友達を誘って気軽にでかけよう!


9月20日(水) 朝10:30 於 多治見中央キリスト教会
 〒 507-0063 岐阜県 多治見市 松坂町 1-44
 電話 0572-29-4885 牧師 山本 陽一郎


9月20日(水) 夜 7:30 於 稲沢キリスト教会
9月21日(木) 朝 10:00 於 稲沢キリスト教会  

 〒492-8143 愛知県稲沢市駅前2-8-1
 電話 0587-23-0722 宣教師 ベルンス


9月22日(金) 夜 7:00 於 揖斐キリスト教会
 〒501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪1039-4
 電話 0585-22-0857 牧師 安西幸男


9月23日(土) 朝10:30 於 虹ヶ丘聖書教会
 〒465-0094 名古屋市名東区亀の井1-188
 電話 052-701-4177 牧師 池上 泉


9月23日(土) 夜 7:30 於 北方キリスト教会
 〒501-0425 岐阜県本巣郡北方町加茂73-4
 電話 058-324-5660 牧師 臼井信博


9月24日(日) 朝10:15 於 信愛キリスト教会
 〒442-0884 豊川市光明町2-50-1 牧師 世古篤子(せこ・あつこ)
 電話 0533-89-3295


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■耐えられない病を乗り越えて

2006年09月22日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気ですか? 安海靖郎(あつみ・やすお)です。

 今日は性同一性障害と闘っている友人についてお話しします。ま、最近よく知られるようになった病気ですね。ま、いろんな人が自分もそうだと公にして話題になったり、また金八先生のドラマにもなって多くの人に知られるようになりました。しかし実際は、なかなか理解されにくい病気ですね。ま、これは嗜好・好みとしての同性愛とか女装趣味というのとは少し違うんですね。むしろこれは精神的な面の病気と言われています。

 私の友人のMさんは、高校時代は甲子園に出て活躍するというスポーツマンでした。結婚して子どもにも恵まれたんです。でも仕事で海外赴任中に発病し、心がだんだん女性になっていったんですね。それはなかなか理解できにくい、想像できにくいことです。例えば背広を着てネクタイを締める、そして男性用のトイレに行く。それがとてつもない苦痛になる。ちょうど女性が男装して男性のトイレに行くような緊張・苦痛だと言うんですね。ま、そんな所から、女性の下着を着けたり、女性的な洋服を身につけないと心が耐えられない、情緒不安定になってしまう。ま、そういう中でMさんは会社も辞めさせられるという悲しい目に遭いますが、たまたま現地の部下の一人に教会の礼拝に誘われ、そんな苦しみの中に礼拝で讃美歌を聴いている時に不思議な体験をします。心が熱くなり、涙がとめどもなく流れ、そして自分のそばにイエス様がいてくださるというふうに感じたそうです。帰国して東京の私たちの教会でバプテスマ・洗礼を受けられました。そしてまた不思議なようにアメリカの大きな企業に再就職でき、そして今、前の赴任地と同じ所に海外駐在員として元気に働いておられるんです。

 このMさんはこんなふうに自分の経験を話しています。「私は性同一性障害で心が病み、自殺まで考えました。でも自分は男でも女でもない、神に愛されてる私なのだと悟った。キリストの愛によって救われた神の家族なのだと悟ってから、自分は神の愛とキリストの救いを人に伝えるために仕事をし、生きています。」こんなMさんの赤裸々な体験談・経験、それは多くの人々に感動を与えています。この一年間に、彼のこの体験談を聞いて同じく神の救い・キリストの愛に触れた人が5人もいるんです。

  (PBA制作「世の光」2006.09.22放送でのお話しより )


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9月20日(水) 朝10:30 於 多治見中央キリスト教会
 〒 507-0063 岐阜県 多治見市 松坂町 1-44
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9月21日(木) 朝 10:00 於 稲沢キリスト教会  

 〒492-8143 愛知県稲沢市駅前2-8-1
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9月22日(金) 夜 7:00 於 揖斐キリスト教会
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■自害してはいけない

2006年09月21日 | Weblog


 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日は聖書の中の使徒の働きから読んでみましょう。

 「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」と言った。ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言った。 使徒の働き16章30節、31節

 ある朝、このスタジオに来る途中の事、しばらく電車がホームで停止してしまいました。人身事故・飛び込み自殺のためでした。日本の自殺者は毎年3万人程だと言われます。本当に沢山の人が病んでおり、絶望して命を絶ってしまっているのですねえ。また、統計には表れない、自殺を試みた人たちが大勢います。しかし、私はどんな時にも望みを捨てないで欲しいと切に訴えたいのです。

 聖書には、パウロとシラストという伝道者が囚人になった時の出来事が書かれています。突然、大地震が起こって、獄舎の扉が全部開いて囚人の鎖が解けてしまいました。看守は囚人たちに逃げられたと思い、自殺を試みます。そこに、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる。」と大声が響きました。看守はその声の主であるパウロとシラスのもとに近づき「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」と言うのです。二人は言いました。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」

 自殺の理由は様々でしょう。そうなる要因も様々で、この看守の例のように、不可抗力によって追い詰められていく者も多いのではないでしょうか。しかし、たとえそうであっても自害してはいけない。望みを捨てないでいただきたいのです。目には見えませんが、最善をなしてくださる神様がいます。最善をもって、あなたばかりか家族のことまで気を配ってくださっている方がいます。その主イエスを信じましょう。そうすれば、あなたに新しい望みが与えられましょう。

 「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」使徒の働き16章31節


 
 (PBA制作「世の光」2006.09.21放送でのお話しより)

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9月20日(水) 朝10:30 於 多治見中央キリスト教会
 〒 507-0063 岐阜県 多治見市 松坂町 1-44
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9月20日(水) 夜 7:30 於 稲沢キリスト教会
9月21日(木) 朝 10:00 於 稲沢キリスト教会  

 〒492-8143 愛知県稲沢市駅前2-8-1
 電話 0587-23-0722 宣教師 ベルンス


9月22日(金) 夜 7:00 於 揖斐キリスト教会
 〒501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪1039-4
 電話 0585-22-0857 牧師 安西幸男


9月23日(土) 朝10:30 於 虹ヶ丘聖書教会
 〒465-0094 名古屋市名東区亀の井1-188
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9月23日(土) 夜 7:30 於 北方キリスト教会
 〒501-0425 岐阜県本巣郡北方町加茂73-4
 電話 058-324-5660 牧師 臼井信博


9月24日(日) 朝10:15 於 信愛キリスト教会
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■福音の四季--あなたの高ぶる波はここで止まれ

2006年09月20日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さ、今日の世の光は、まず皆様から戴くお便りの紹介です。東京都板橋区にお住まいのT・Nさんこと匿名希望の方から戴きました。

 先月送って戴いた『野の花のように』は私にとっては忘れられない小冊子となりました。長い間ガンで闘病生活だった父が病院で死去したからです。そうした悲しみの中で、どんなにかこの羽鳥明先生の書かれた『野の花のように』の小冊子が私を慰め・癒し・励ましてくれたことか。この冊子や聖書が気持ちの落ち込んだ時、私の心を前向きにしてくれました。どうもありがとうございました。

 ・・・T・Nさん、お役に立てて良かったと嬉しいでした。ありがとうございました。

 さあ今日の福音の四季のことば。
「ここまでは来てもよい。しかし、これ以上はいけない。あなたの高ぶる波はここでとどまれ。」と。
   旧約聖書ヨブ記 38章11節のことばです。

 台風のシーズンですね。台風に襲われると、風速30メートル、35メートルの強風に揉まれて、見たこともないような高い波が押し寄せ、何もかも物凄い力で壊し、持ち去ります。しかし神は、そんな大風、大波の前に戸惑っているヨブにこう声をかけて励まし慰めてくださいました。神はヨブの前にその大波が高く強く押し寄せても、その波は一定の間隔でもう一回押し戻されて帰っていく。どんなにひどい高波も鉾を納めて静かに引いて行くのです。ガリラヤ湖上で万策尽き、恐れに囲まれた弟子たちに主キリストは夜明けの3時頃、波の上を歩いて近づき、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」(マタイの福音書14章27節、マルコの福音書6章50節)と仰せられて、嵐を静め、波を穏やかにし、望む港に導かれました。

聖書の中でのヨブに対する主のことば。
「ここまでは来てもよい。しかし、これ以上はいけない。あなたの高ぶる波はここでとどまれ。」
      旧約聖書ヨブ記 38章11節のことばです。

 それではまた聴いてください。

 ( PBA制作「世の光」2006.9.20放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会に行ってみるというのもいいんじゃないかなあ。近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として http://yonohikari.biblical.jp 
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。



 ===『世の光』のつどいのお知らせ ===

さわやか世の光・板倉邦雄ラジオ牧師さんに会える


2006年 世の光のつどい・ラジオラリー 予定

東海地方のリスナーの方々、友達を誘って気軽にでかけよう!


9月20日(水) 朝10:30 於 多治見中央キリスト教会
 〒 507-0063 岐阜県 多治見市 松坂町 1-44
 電話 0572-29-4885 牧師 山本 陽一郎


9月20日(水) 夜 7:30 於 稲沢キリスト教会
9月21日(木) 朝 10:00 於 稲沢キリスト教会  

 〒492-8143 愛知県稲沢市駅前2-8-1
 電話 0587-23-0722 宣教師 ベルンス


9月22日(金) 夜 7:00 於 揖斐キリスト教会
 〒501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪1039-4
 電話 0585-22-0857 牧師 安西幸男


9月23日(土) 朝10:30 於 虹ヶ丘聖書教会
 〒465-0094 名古屋市名東区亀の井1-188
 電話 052-701-4177 牧師 池上 泉


9月23日(土) 夜 7:30 於 北方キリスト教会
 〒501-0425 岐阜県本巣郡北方町加茂73-4
 電話 058-324-5660 牧師 臼井信博


9月24日(日) 朝10:15 於 信愛キリスト教会
 〒442-0884 豊川市光明町2-50-1 牧師 世古篤子(せこ・あつこ)
 電話 0533-89-3295


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