♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■人間の愚かさ

2008年10月31日 | Weblog

 世の光の時間です。 お元気ですか? 岩井基雄です。

 オーストリアのウィーン美術史美術館にネ−デルランドの巨匠ピーテル・ブリューゲルの代表作『バベルの塔』という絵があります。 彼は生涯で三枚のパベルの塔を描いたのだそうです。 最も新しい三枚目の絵は失われてしまいましたが、先の二枚の絵の違いは明らかです。 後代の絵はその塔がもっと空へと伸び大きくなっているのです。 彼はその両方の絵に聖書の世界だけではなく、彼が生きた16世紀当時の世界を描きました。 時代が変わっても普遍的な人間の愚かさと苦悩をその絵の中に盛り込んだのです。 

 聖書はこのパベルの塔を建てる時の様子を、こう記しています。 
 そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。」(創世記 11章4節)
 と。

 神様に造られ、すべてを与えられているにも関わらず、彼らは自分の技術や能力を過信し、神など必要ない!、とその塔を建てたのですねえ。 人間の愚かさはいつの時代も変わりません。

 この塔が「バベル」と呼ばれたのは、神様がその町や塔の建設をやめさせるために、人々が用いたことばに「混乱」を与え、互にことばが通じないようにしたからです。 「バベル」とは「混乱」という意味です。 それは神様のさばきでもありました。 ことばという大切なコミュニケーションの手段を失った人々の間には混乱が起こりました。

 人間の問題の中心は、思い上がりや傲慢さであり、人の心や痛みを理解しようとしない所です。 そんなバベルという人間関係の混乱は今も続いていると言って良いかもしれませんねえ。 神を否定し、自分たちの力を誇示しようとする私たちの傲慢さは同時に、他の人の存在や価値をも否定してしまうことになりやすいですね。

 そうならないためには創造者である神様を正しく知り、正しく恐れ、心からへりくだる必要があるのです。 

 聖書はこう語ります。 
 あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。
(伝道者の書 12章1節)

 あなたも聖書が語る神様を正しく知り、本当の喜びをあなたのものとしませんか?

 ではまた聴いてください。

(PBA制作「世の光」2008.10.31放送でのお話しより)

******

さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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このサイトは URL名として 
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■神に感謝をお返しする

2008年10月30日 | Weblog

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 福井 誠です。

 今日のバイブル・メッセージは「神に感謝をお返しする」です。 それでは聖書の中のマルコの福音書12章から読んでみましょう。 

  するとイエスは言われた。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」 彼らはイエスに驚嘆した。 (マルコの福音書12章17節)

 現代の私たちにとって、お金は売り買いの道具です。 しかし当時のお金は、権力の象徴としての政治的な意味あいを強く持つものでした。 つまり誰かがある国を征服するならば、その征服者は即座に自分自身の貨幣を発行したように、お金を使う者が誰の支配下にあるかを(お金は)明らかにしたのです。 

 イエスが「見せなさい」と言ったデナリ銀貨にもローマ帝国の皇帝ティベリウスの肖像が描かれ、表には「アウグスティヌスの子、聖なるアウグスト、ティベリウス・カイザル」という文字が、またその裏にはポンティフェクス・マキシムスつまり「ローマ国民の大祭司」という意味の文字が刻まれていたのです。 

 そこでイエスが、「カイザルのものはカイザルに。神のものは神に返しなさい。」と語ったことは、当時の人々に、自分たちがカイザルの支配下にあることを覚えさせると同時に、もう一つ別の支配下にあることを考えさせるものとなったのです。 

 つまり、あなたがたはカイザル(※ローマ皇帝の呼称)と同時に神の支配のもとにある。 天地万物をお造りになった神の支配のもとで生きていることも忘れてはならない。 カイザルに返すべきものがあるし神に返すべきものがある、という訳ですねえ。 

 どうも私たちは目に見える世界だけがすべてと思って生活している所があります。 しかしイエスは言いました。 「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。」(マタイの福音書6章26節)

 毎日の生活の中に、目に見えない神の守りと配慮がある。 日々、神に対する素直な感謝の気持ちを持ちながら歩ませていただきたいものです。 
 
 (PBA制作「世の光」2008.10.30放送でのお話しより)

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■福音の四季 : そういう人は多くの実を結びます 

2008年10月29日 | Weblog
 
 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さあ、今日の世の光は、まず皆様からのお便りの紹介です。 島根県隠岐の島(おきのしま)にお住まいの松岡さんからいただきました。

 『親の心』という本を読んでいます。父が購入した本です。親たちの愛情に、泣けて泣けてしようがないのです。

 松岡さん、良い本に出会われましたねえ。恐ろしい本がたくさん出ているので良い本に出会うと本当に心があったかくなりますねえ。

 さ、今日の福音の四季のメッセージです。聖書の箇所は、新約聖書ヨハネの福音書15章5節です。お読みします。「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

 いよいよ11月。日本には11月23日、勤労感謝の日があります。同じ11月にアメリカではサンクス・ギビング・デイがあります。豊かな実りを神様に感謝する日です。それにも関わらず人々は自分の力で何でもできるかのように思い、神を無視して勝手気ままに生きています。しかし神は言われます。「わたしを離れては、あなたがたは何もできない」と。神様は私たちが永遠に残る花も実もある豊かな人生を送るようにと望んでおられる。またそれを可能にしてくださる方なのです。

 どのようにしてでしょうか。継ぎ木です。もし私たちが神を信じ、今までの自分勝手な罪深い人生をスパッと悔い改めて切り捨て、その切り口をイエス・キリストの十字架の血の流れる愛といのちの切り口に差し出すなら、神様はしっかりと受けとめて豊かな実りある人生に造り変えてくださるのです。

 イエス・キリストのことば。
わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」新約聖書ヨハネの福音書15章5節のことばです。

 それではまた聞いてください。
 
 ( PBA制作「世の光」2008.10.29放送でのお話しより )
※ 事情により2006.11.1放送の再放送
 
***

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(自由ケ丘キリスト教会内)



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■新しく生まれる

2008年10月28日 | Weblog
 
 世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興(せきね・ひろおき)です。 今日も一日、さわやかに過ごしていきたいですね。

 ヨハネの福音書の中に、ニコデモという人が登場します。 彼は当時のユダヤの最高議会のメンバーでもありました。 彼はたくさんのものを得て、遂に老年を迎えたんです。 でも彼の心には本当にこのままでいいんだろうか、そんな思いを持っていたようでした。

 そこでニコデモは夜、こっそりイエス・キリストのもとに訪れたんです。 彼は社会的に地位も名誉も尊敬も得ていましたけれども、自分の心の中にある後ろめたさや、私は本当にこのまま神の国に入れるだろうかという永遠の世界のことを考えると、確信を持つことができなかったんです。

 そんなニコデモにイエス様はこう言われました。 「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネの福音書3章3節) こう言われたんですねえ。 

 「新しく生まれる」とはどういうことでしょう。 私たちは確かにこの肉体は心臓の鼓動がある限り生きている訳ですねえ。 でも本来、人として本当に生きているだろうか・・・。 心の中を覗いて見ると、偽りがあり妬みがあり、争いがあったり分裂があったりしますよね。 どうも私たちは肉体のいのちはあっても本当の人としてのいのちが失われているように思うんです。 まして死んだ先はどうなるんだろうと考えると、ニコデモ同様に「わからない」って考えてしまいます。 

 聖書は、人は肉体のいのちはあっても心の奥深い所が死んでいる状態なんだ、別のことばで言うと、罪の中に死んでいる状態なんだと教えているんです。 「死んでいる」ということは、「いのちがない」ということです。 ですから聖書は、人は新しいいのちを得て「新しく生まれなければならない」、と教えているんですね。 

 聖書には、こう記されています。 ヨハネの福音書1章12節(、13節)。 「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。

 ですから人は二度生まれるということを教えているんです。 一回目は母親の胎から生まれるというこの肉体のいのちの誕生です。 そしてもう一つはイエス・キリストを信じ受け入れる時、キリストがあなたのいのちそのものになってくださる、そういう意味での新しく生まれるという誕生があるんですね。 そうしてこの新しいいのちこそ私たちの人生に愛や喜び、そして死を乗り越えた希望を与えるいのちの源となってくださるんです。

 (PBA制作「世の光」2008.10.28放送でのお話しより)

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■ピグマリオン効果

2008年10月27日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道(のぶみち)です。

 あのー、心理学でピグマリオン効果っていうのがあるんだそうですねえ。

 で、そのピグマリオン効果というその由来はですね、ギリシャに、---ま、これは伝説ですけれどもね---、キプロス島にピグマリオンという王様がいたんですね。 その王様に女の子の赤ちゃんが生まれて・・・、ところが誰が見ても本当に猿そっくりというようなですね、とてもかわいいという感じではなかったらしいんですけれども。 でもこのピグマリオンという王様はですね、「なあんてかわいい子なんだろう、この子は絶世の美人になるよう」っていつもそれを口癖のように。 そして他の人にも、「ほら見てごらん、かわいいでしょう、この子はー」って。 正直の所、周りの人たちはそういうふうには思えなかったんですけれども、でもいつも会う度に「かわいいでしょう、この子は。なんて・・・。そして大きくなったら素晴らしい美人になるよ」っていつも口癖のように(王様が)言っているので、周りの人も「ほーんとにかわいいお子さんですねえ。絶世の美人になりますねえ。」っていうふうに言うようになって、いつもそれを聞いて育ったその女の子が「私はかわいい。かならず世界一の絶世の美女になる。」って、そういうふうに思い込んで育ってですね、そして大きくなったら本当にまあ世界一の美女になったというようなそういう「お話」な訳ですね。

 そのところからピグマリオン効果という。つまりいつもどういうふうに言われているか、いつもどういうふうに言うか、というそのことによってその人の人格形成というものに大きな影響を与えていくっていうことなんですねえ。 

 箴言の18章(20節)というところにこういうことばがありまして、「人はその口の結ぶ実によって腹を満たし、そのくちびるによる収穫に満たされる。

 どういうことばをその人がいつも口にしているか、ということによってその人自身の中にそれは収穫となってですね、結果となって現われてくる。 で人に対してもそうなんですよね。 

 で、聖書の中で「わたしの目には、あなたは高価で尊い。」(イザヤ書43章4節)という有名なことばがありますけれども、本当にこれをですねえ、「私は神に愛されている。私は神の目には高価で尊い存在なのだ。」と、いつも自分に言い聞かせていたら、人に対しても「あなたは高価で尊い存在なのよ」というふうに言ってあげれるとしたならば、結果的にそれがその人の収穫、その人の結果に現われてくるということですよね。 

 それじゃ、今日も一日、どういうことばを口にするか、どういう思いでもって生きるか。 「今日も私は神に愛されている。高価で尊い存在なのだ。」 そう信じて歩めたら素晴らしいなと、そう思いますね。 

 ( PBA制作「世の光」2008.10.27放送でのお話しより)

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TBA 2008 世の光ラリー(リスナーの集い)が 協力教会を会場に
10/29-11/3 東海各地で連日開催されます。

詳しくは ここをクリック--->●TBA 2008世の光ラリー日程

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■荒野で叫ぶ声を聴け(4)

2008年10月25日 | Weblog

 世の光の時間です。 いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。 

 聖書の中には時々風変わりな人が出てきます。 ヨハネという人もその一人です。 マルコの福音書1章6節をお読みします。 

 「ヨハネは、らくだの毛で織った物を着て、腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。

 らくだの毛で織った衣服を着て荒野で生活をしていた、というのはいかにも訳ありです。 確かにらくだの毛で織った衣服というのは寒さと暑さの厳しい荒野にぴったりです。 けれども、それ以上にこの風貌は神のことばを伝える預言者そのものだったのです。 

 「いなごと野蜜を食べていた」というのも、街中にいる現代の私たちにはびっくりする話です。 しかし食糧の少ない荒野では「いなごと野蜜」はうってつけの食糧でした。 

 ヨハネは荒野で何をしていたのでしょう。 マルコの福音書1章4節をお読みします。

 「バプテスマのヨハネが荒野に現れて、罪の赦しのための悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた。

 つまり、罪を悔い改めなさい、とヨハネは人々に語っていたのです。 ヨハネが語っていた「罪の悔い改め」というのは、しまったあ、と後悔することとはちょっと違います。 もっと大きな心の変化を表すものです。 「悔い改める」というのは、「心の向きを変える」ということなのです。

 それは朝日を背にして歩いていた人が180度向きを変えて、朝日に向かって歩き出すようなものです。 人は朝日を背にして歩いている限り、自分の目の前にはいつも陰がつきまといます。 けれども、朝日に向かって歩き始めた瞬間、陰は自分の後ろへゆきます。 そのように、悔い改めるというのは、神に背を向けていた人が神の方に向きを変え、人生をやり直すということです。 

 今の多くの人が自分の人生をやり直せたら、と思っていると言いますが、出来ないのです。 どうしてよいか、わからないからです。 

 しかしヨハネは荒野から今も私たちに叫んでいるのです。 「罪を悔い改めなさい! 自分の暗い陰を見ながら歩き続ける人生を離れて、光である神の方に心の向きを変えなさい!」 そう叫んでいるのです。 ここに人生を変える秘訣があるのです。 

  ( PBA制作「世の光」2008.10.25放送でのお話しより )

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■約束の虹

2008年10月24日 | Weblog

 世の光の時間です。 お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 雨が上がって太陽の光の中に輝く虹に感動したことがある方は多いのではないでしょうか。 虹って本当に美しいですよね。 辞書には、「大気中の水滴に太陽の光が屈折反射して太陽の反対方向の空中にできる七色の弧状した帯」とありました。 外側が赤で内側が紫色の第一の虹の外側には、稀に色の順序が反対の第二の虹が見られ、さらに過剰虹(かじょうにじ)という薄い虹が見られることもあるのだそうです。 そんな二重や三重の虹を見た方もいらっしゃるのでしょうね。

 さて聖書の中には、その虹は神様の約束の証・恵みの契約のしるしとして登場します。 その当時の世界への水によるさばきとノアの箱舟による救いのわざが行われたあとで、神様はノアたちに美しい虹をお見せになりました。 それは、もう二度と水によって人を滅ぼすことはしない、という契約のしるしでした。

 神様は聖書でこう語っています。 「わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。・・・虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。」(創世記 9章13節、16節)と。

 人間同士の契約は、どちらかが破ればその契約は反古(ほご)となってしまうものですが、神様との契約は、神様が私たちに一方的に結んでくださったもので、私たちの状況にかかわらず神様が誠実に守ってくださる完全なものなのです。 あなたがどのような問題を抱えていても、神様はあなたとも契約を結んでくださっています。 もしあなたが自分の罪を悔い改めて神様のもとに行くなら、神様はそのあなたを完全な愛で愛し、あなたにも御子イエス・キリストによる完全な救いの道を用意して待っていてくださるのです。 

 虹を見上げる時、神様からの助けがあったこと、神様が私たちを愛し、救いの道を用意してくださったことをどうぞ思い出してください。 そして神様の所に、教会にぜひいらっしゃいませんか? あなたにも完全な希望の約束が用意されているのです。 

 ではまた聴いてください。

(PBA制作「世の光」2008.10.24放送でのお話しより)

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■確かに答えられる神

2008年10月23日 | Weblog

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 福井 誠です。

 今日のバイブルメッセージは「確かに答えられる神 」です。 それでは聖書の中のマルコの福音書11章24節から読んでみましょう。 

 「祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。

 イエスが空腹を感じられた時のこと、何か食べるものがないか、とそばにあったいちじくの木を御覧になりました。 しかしその木には一つの実も見つからなかったので、イエスはその木を枯らしてしまうのです。 何ということでしょうか。 ずいぶんイエスというのはわがままで身勝手ではないか、と驚かれる方もいるかもしれませんねえ。

 ところでイスラエルでいちじくが収穫されるのは、6月と、8月から9月の二回とされています。 イエスがいちじくの実を得ようとしたのは、イスラエルの過ぎ越しの祭りの時期にあたりますから、ちょうど4月になります。 実がないのも無理がありません。 しかしいちじくが実を結ぶかどうかは、すでに4月頃には判るのだそうです。 つまりこのいちじくの木は、葉は茂っていても実を結べない木、病気になった木でした。 普通は、放っておいたら他の木まで駄目になってしまうかもしれない、と斧で断ち切られる木だったのです。 ですからイエスの行為は、自然の摂理に逆らって自分の欲を満たす身勝手な行為というものではありませんでした。 むしろイエスは病気の木を斧ではなくことばで一瞬にして枯らされて除いてしまわれたという訳ですねえ。 
 となればこのお話しの中心は、イエスの超自然的な力、神の力の偉大さを語っています。 木が枯れるというのは時間のかかる出来事ですが、それを一瞬にしてなしてしまう力が神にあるということですね。

 ですから神に祈り期待するということは実は大変なことです。 神のそのような恐るべき力が現わされることを祈り求めている訳ですから。 そして神は、祈り求めるものは何でも受けたと信じなさい、と祈りの祝福を約束されています。 聖書を読み、確かに答えてくださる神を知っていただきたいと思います。 

 (PBA制作「世の光」2008.10.23放送でのお話しより)

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■福音の四季:寄り添う心

2008年10月22日 | Weblog
 
 世の光の時間です。お元気でしょうか。羽鳥 明です。さあ、今日の世の光は、まず皆様からのお便りの紹介です。栃木県佐野市にお住まいのナガセさんからいただきました。

 「今日のおことば、ありがとうこざいました。私は10代の頃から羽鳥先生とは世の光の放送でのお交わりです。ありがとうございました。」

 ナガセさん、今、何歳になられるのでしょうか。とにかく長い長いおつきあいらしく、嬉しく思います。私、ラジオを始めて45年になるのです。さあ、今日もまた福音の四季のメッセージです。聖書のことばは旧約聖書詩篇73篇28節。

しかし私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。私は、神なる主を私の避け所とし、あなたのすべてのみわざを語り告げましょう。

 花たばには中心のある花と、それに添える花がありますね。私の見た花束で、カトレア胡蝶蘭という主役がドカンと真ん中にあり、香りの高いジャスミンの小さな十字架の花が添えてあり、レジメに鑑葉植物、それにリボンです。華やかなカトレヤに添え、「ジャスミンの白き十字架の花がふるらし」と歌が添えてありました。

 寄り添う恵みを考えてみたいと思いますねえ。寄り添うとは信頼することです。

 第一、 「主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。」詩篇34篇22節

 二、「これを信じる者は、あわてることがない。」イザヤ書 28章16節

 三、「しかし、主に信頼する者には、恵みが、その人を取り囲む。」詩篇32篇10節

 神に寄り添う、神の身近に寄り添う人は罪から遠ざけられる。神に信頼する者は神の恵みに取り囲まれる。

 何という素晴らしいことでしょうか。神の近くではなく、神に遠く、悪魔に近く住む者は心に痛みを覚えるとあります。(詩篇 32篇10節参照)

 聖書のことば

 「しかし私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。私は、神なる主を私の避け所とし、あなたのすべてのみわざを語り告げましょう。」旧約聖書 詩篇73篇28節のことばです。

 それではまた聞いてください。
 
 ( PBA制作「世の光」2008.10.22放送でのお話しより )
※ 事情により2006.10.25放送の再放送
 
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■良いことを伝えるための足

2008年10月21日 | Weblog
 
 世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興(せきね・ひろおき)です。 今日も一日、さわやかに過ごしていきたいですね。

 イエス・キリストの弟子の中の一人にアンデレという人がいます。 彼の兄弟は有名なペテロです。 アンデレはペテロに「私たちはキリストに会った」(ヨハネの福音書1章41節参照)と言ってイエス・キリストを紹介した人物でもあるんですねえ。

 アンデレという人は、ま、ペテロの兄弟なんですけれども、あまり表舞台には出ない人でした。 弟子たちの中では殆ど目立たない、ま、素朴な人物です。 自分が最初にイエス・キリストに従った弟子であるにもかかわらず、また自分がペテロをイエス・キリストのもとに導いたにもかかわらず、そのことを自慢したりしませんでした。 ペテロや他の弟子の方が目立っても、決して不満を持つようなことはありませんでした。

 そして彼は人々をイエス・キリストのもとに連れてくることに、とても熱心な男でした。 アンデレが新約聖書の福音書の舞台に登場するのは、ほんのわずかです。 でも、どの場合にも共通しているのは、イエス・キリストのもとに人を連れてきたということなんですねえ。

 もちろん兄弟のペテロをイエス・キリストのもとに連れてきました。 そしてイエス・キリストが歩まれる時、たくさんの群衆がついてきましたよねえ。 ある時イエス・キリストは、これらの人々に食事を出しましょう、と弟子たちに言うんです。 弟子たちは驚きました。 なぜなら五千人以上の人々がいたからです。 いくらお金があっても足りませんよね。 途方に暮れていると、何とアンデレが、五つのパンと二匹の魚を持った少年をイエス・キリストのもとに連れてきたのです。 さあどうでしょう。 イエス様はそのパンを取り、分け与えると、何と五千人以上の人たちが満腹したのです。 パンくずを集めると十二かご一杯になったと言うんですねえ。 

 ま、アンデレはとても地味ですけれども、とにかくイエス・キリストのもとに連れてくるということのために自分の足を使うことに熱心な人でした。 

 聖書の中にこういうことばが出てきます。 
信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。『良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。』
(ローマ人への手紙 10章14、15節)

 悪事千里を走る、ということばがありますが、私たちの足が悪事を伝えるための足であったら残念なことです。 良い知らせを伝える足でありたいですよね。 「良い知らせ」、いったい何でしょう。 それはイエス・キリスト御自身のことであり、この方を信じ受け入れる時、赦しと新しいいのちが与えられるという素晴らしい福音のメッセージそのものなのです。 

 (PBA制作「世の光」2008.10.21放送でのお話しより)

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