♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■ むなしさをもたらすもの

2010年11月30日 | Weblog
2010/11/30放送

 世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか。 関根弘興です。 

 ま、今を生きる私たちに何かこう空しさのようなものを与えてしまうことが幾つかあると思うんですね。

 それは、第一は、物です。 もちろん私たちはたくさんの物に囲まれて、これはとても大切ですよね。 でも時々、物質優先の世界ではたくさんの物を持っていることが人生の勝利者だと勘違いする人もいますし、物の多さがその人の価値を高めるかのように錯覚する人もいますね。 そしていつの間にか、人間そのものもまるで商品化されるかのように格付けされてしまうなんてということがある訳です。 

 そして二番目は、点数ですね、点です。 先日あるテレビのインタピューの番組で、「あなたの今迄の人生に点数をつけるとしたら何点ですか?」と質問されていました。 ま、何でも点数にすることは私たちは好きですよね。 でも私たちの人生を本当に点数で例えるとすると、高ければいいですけれど、低いと何か自分なんて価値がないのかなって思ってしまいますよねえ。

 第三は、核です。 今、世界の流れは核兵器廃絶に向けて進んでいると言われます。 しかし残念ながら、この地球を何個も吹き飛ばすことのできる核兵器は存在していますよね。 ひとたび人間の愚かさが暴走すれば、世界の終末はすぐにもたらされてしまうでしょう。 そう考えると、いくら頑張ったって所詮この世界が終わったら空しいじゃないですか、というような虚無感が漂うこともある訳です。

 さて私たちはこうした時代にどのように生きていけばいいんでしょうか。

 その第一は、あなたそのものは決して比べることのできない、点数では計れない大切な存在であるということを聖書から知るということです。 

 イエス・キリストは、「たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。」(マルコの福音書 8章36節)と言われました。 そして天地を創造された神様はあなたを御覧になって「わたしの目には、あなたは高価で尊い。」(イザヤ書 43章4節)と語っているんですねえ。
 ですから、まず知っていただきたいのは、あなたの存在そのものに価値があるのだ、大切なのだ、ということです。 

 第二は、あなたを永遠まで守り導く方がいる、ということです。

 イエス・キリストはこう言われました。 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネの福音書 14章6節) イエス・キリストは大胆なことをおっしゃったんですねえ。 「わたしこそ道だ、わたしを通してでなければ父のみもと・・・まさに天国へ至る道はないのだ」とおっしゃったんですね。 あなたの人生はこのイエス・キリストの手の中に握られていくときに、天国へ至るまで保障されていくのです。 

 (PBA制作「世の光」2010.11.30放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■牢獄の中でも賛美を

2010年11月29日 | Weblog
2010/11/29放送

 世の光の時間です。 お元気でしょうか。 村上宣道です。

 えー、昨日の日曜日からクリスマスまでがアドベントと言われるんでねえ。 アドベントというのは待降節とも言って、主イエス・キリストの降誕日・クリスマスを迎える準備の期間のことですねえ。

 で、この季節になりますと、なぜかっていうぐらい日本ではベートーベンの第九が演奏される旅またはその合唱に加わったりというふうなことがあちらこちらで行われますですねえ。 で、その第九が日本で初めて演奏されたのは、今から92年前、大正7年1918年のことなんだそうですけれども。

 その記念すべき初演なんですが、実は意外な場所で意外な人たちによってなされたんですねえ。 当時四国の徳島に坂東(俘虜)収容所(http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/town/175_2/index.html)っていうのがあって、そこにはドイツ人捕虜たちが収容されていたんですねえ。第一次世界大戦の頃だったんですけれども。  その坂東収容所のドイツ人捕虜たちによって徳島オーケストラが編成されてですねえ、第九がそこで演奏された。これが日本初演の第九だったんだそうですねえ。 まあ本当にこのようなことをご存知ない方も多いかなと思うんですけれども、それが日本で流行り始めた最初のことだという訳ですね。

 で、この第九の中には、合唱の部分が入っていて、いわゆる「歓喜の歌」--「喜びの歌」ですね-- と呼ばれていますですねえ。  捕虜としてねえ収容所に入れられていても演奏したり「喜びの歌」など歌えるっていうのは素晴らしいことだなあというふうに思いますねえ。

  そう言えば聖書の中にもですね、牢獄の中で讃美をしたという記事がありまして、パウロとシラスという人が牢獄に入れられていてですねえ、その時に神に祈りつつ讃美の歌を歌っていると、そこにいる他の囚人たちもずうっと聞き入っていた。 ところが突然、地震が起きてですねえ、獄舎の土台が揺れて、そしてたちまち扉が全部開いて、で、みんなの鎖も解けてしまった、というので、その時に看守はびっくりしてですねえ、「これはもう全部囚人が逃げてしまうだろう」というふうなことだったんですけれども、パウロは「大丈夫ですから」というふうに言ってですね。

  そのパウロたちの姿を見た時に彼は「私が救われるためにはどうしたらいいでしょうか。」っていうふうに平伏して聞いて、「イエス様を信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒の働き16章31節参照)と言われてですね、彼ら(彼と家の者)は全部救われた。 つまり、牢獄の中での讃美を聞いて、これはほんとの救いがここにあるに違いない、とそう思ったからだというふうに言えると思いますねえ。

  ( PBA制作「世の光」2010.11.29放送でのお話しより)

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■人生を振り返る時に/山中

2010年11月27日 | Weblog
2010/11/27 放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。山中直義です。

自分の人生を振り返ってみるとき、あなたの心にはどんな思いが湧き上がってくるでしょうか。 本当うに幸いだ、と思えるそんな人生を歩みたいですよね。

 旧約聖書創世記に登場するアブラハムという人物に、ある時、次のような知らせがありました。創世記22章20節のことばです。

 「ミルカもまた、あなたの兄弟ナホルに子どもを産みました。

 アブラハムの兄弟ナホルは神様を信じずに歩んでいた人であり、アブラハムとは長い間音信が途絶えていました。 そのナホルとミルカとの間に子供が生まれた。 それも8人もの子供が生まれたと聖書は言います。 その知らせを聞かされた時、アブラハムの心には複雑な思いがあったのではないかと思わされます。 アブラハムとその妻サラとの間には、たった一人の子供しか与えられませんでした。 ですから、表面的に見れば、神を信じないナホルの方がよほど豊かで幸せな歩みをしていると思えたかもしれません。

 人との比較の中で自分を見て一喜一憂してしまう。 私たちには確かにそんなところがあるように思います。 しかし本当に幸いな人生、それは人との比較や目に見えるものや状況に左右されることのない人生ではないかと思うのです。 本当の喜びと感謝が常にある人生、それこそが真に幸いな人生だと思わされます。

 では一体どうすればそんな人生を歩むことができるのでしょうか。 それは神様に目を留めることにあると聖書は教えています。

 あのアブラハムの生涯は苦難と失敗の多いものでした。 目に見える何かを獲得したとも言いがたい人生であったと思います。 ですが、それらの苦難の中でアブラハムは神様に目を向けること、何があっても変わらずに愛してくださる神様の愛と恵みに心を留めることを学んで行きました。 そしてその信仰によって彼は人の思いを超えた確かな喜びと感謝を持つ者に変えられていったのです。

 神様の確かな愛に目を向けることで、あなたも変わることのない確かな喜びと感謝を味わってくださいますように。

       (PBA制作「世の光」2010.11.27放送でのお話しより )

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■私は羊の門です

2010年11月26日 | Weblog
2010/11/26 放送

世の光の時間です。お変わりありませんか。岩井基雄です。今日もイエス・キリストが「私は何々ですです」とご自分を何かに例えられた箇所から学びましょう。今日は新約聖書ヨハネの福音書10章7節から8節です。お読みします。

そこで、イエスはまた言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼らの言うことを聞かなかったのです。

 ここで言われている門というのは、私たちが目にする頑丈な門とは違うようです。 石や岩で作られた少し高い垣根の入口に羊飼いは自ら番をして、まさに自分自身が門になる。 そういう門を指しているのだそうです。

 羊の敵たちはその門である羊飼いを倒し乗り越えなければ羊を襲うことができませんでした。 まさに羊飼いは命がけで羊を守ったのです。 羊を襲おうとする存在には羊たちは従いません。 本当に羊を守る方、命がけで自分たちを守る方の声に聞き従うからです。

 この門の例えはこう続いています。
 「わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」 9節と10節 

 この門であるイエス・キリストを通して中に入る者は救われ、豊かにその中で過ごし、生きることができるのです。そして私たちが本当のいのちを得、それを豊かに持つためにキリストは来てくださった、というのです。イエスキリストを通してのみ、私たちは神との素晴らしい交わりの中に入ることができ、そこで豊かないのち、永遠の命を得ることができます。 それはイエス・キリストが命がけであなたを愛し、あなたに豊かないのちを与えるために、自らを犠牲として十字架にかかり、あなたの罪が赦される道、救いの道を開いてくださったからです。

 あなたもこの本当の門であるイエス・キリストを心から信じ、永遠のいのち・救いをご自分のものとされませんか? キリストはあなたを愛し、あなたを命がけで守り、導いてくださるのです。

 それではまた聴いてください。

   (PBA制作「世の光」2010.11.26放送でのお話しより)

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■知恵は顔を輝かす /福井 誠

2010年11月25日 | Weblog
2010/11/25放送


 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「知恵は顔を輝かす」です。それでは、伝道者の書8章1節から読んでみましょう。

 「だれが知恵ある者にふさわしいだろう。だれが事物の意義を知りえよう。人の知恵は、その人の顔を輝かし、その顔の固さを和らげる。

 以前会社で働いていた時の事、上司とうまくいかずにぎくしゃくした時を過ごした事があります。あの時は随分大変な思いをしましたが、今になって思い返してみれば、何ともぎくしゃくしてしまった理由もよく分るような気がします。つまり、今の自分だったらあんなふうな人間関係にまでにはならなかっただろうと思うところがあるのです。

 「知恵は、その人の顔を輝かし、その顔の固さを和らげる。」 まさにその通りと言うべきではないでしょうか。

 何とも知恵がなさすぎて顔を強張らせて生きているということがあります。知恵が足りないために物事がうまく処理できない。人間関係の難しさに対処できない。そして緊張感にさらされながら、その場を過ごさざるを得ないということがあるものですねえ。

 ただ、知恵は一朝一夕(いっちょういっせき)で身につくものではありませんから、やはりそういう未熟な時も過ごさねばならないということなのかもしれません。ああいう時を過ごしたからこそ今があるということがあるでしょう。いつでも物事を正しく理解できて適切に物事を判断し対処できれば、申し分のない人生を生きることができるものですけど、そうではないからこそ人は謙虚に知恵を求め続けて生きなくてはならないのだと思います。

 イエス様も言われました。「真理はあなたがたを自由にします。」(ヨハネの福音書 8章32節) 本当に分かるべき事を分かっていく、知恵を身につけていくということは私たちの人生を楽にするものです。今日も聖書を開いて神様から大切な知恵をいただきながら歩んで参りましょう。

  ( PBA制作「世の光」2010.11.25放送でのお話より )

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■Oさんの洗礼 /羽鳥頼和

2010年11月24日 | Weblog
2010/11/24放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか。羽鳥頼和です。

 教会ではイエス・キリストを信じた人に洗礼を授けます。洗礼とは、創造主である神様を信じ、イエス様を救い主と信じ、神のことばである聖書の教えに従って歩むことを決心した人がクリスチャンとして歩み始めるにあたって行われる儀式です。

 今日は最近洗礼を受けられたOさんの事をお話しします。

 Oさんは教会の近くにある精神科の病院に入院していました。お母さんをなくし、その深い悲しみのために心のバランスを崩してしまい、入院していました。毎日、悲しみと不安な気持ちでいっぱいでした。

 ある日、心にぽっかり空いた穴を埋めたいと思い、電話帳で教会を探し、電話をかけました。教会の牧師は電話を受けて閉鎖病棟にいるOさんを訪ねました。それから週に1回の病院の面会室での聖書の学びが始まりました。Oさんは毎朝ラジオで世の光を聞き、そこで語られたことをノートに書き込みました。ラジオで聖書が読まれると、聖書箇所を書き留めました。「両親を敬いなさい」とのことばに、自分が親と喧嘩をしたこと、よかれと思ってしたのに逆効果であったことを思い出し、自分に罪があることに気づいて、イエス様を信じると共に、お父さんのことをもっと大事にしようと決心をしました。

 ところがそのお父さんが亡くなられたという知らせが入院中のOさんのところにあったのです。Oさんをまた深い悲しみが襲いました。しかしその時は、以前お母さんをなくした時とは違い、ラジオの世の光のメッセージでOさんは慰められ、立ち上がることができました。

 Oさんは洗礼式の時に言いました。

 アブラハムについてこのように聖書に書いてあります。「彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。」ローマ人への手紙4章18節。 私もアブラハムのようにどんな時にも神様に信頼して希望を持って歩んでいきたいと思います。

 Oさんは愛するご両親をなくされました。深い悲しみの中にあるOさんは洗礼を受けることによって教会の一員となり、神様にある新しい家族を持つことができたのです。あなたも神の家族である教会にいらしてください。

  ( PBA制作「世の光」2010.11.24放送でのお話より )

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■愛 その6つの内容 /関根弘興

2010年11月23日 | Weblog
2010/11/23放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。

 神様はあなたを愛しています。神様はあなたを心から愛しています。そしてこの愛ということの中身は、少なくとも六つの内容が含まれています。

 一つは、愛は理解する。愛は相手の思い、心、願い、訴え、痛み、相手のすべてを理解しようとします。

 二番目、愛は思いやる。愛はあなたと同じ立場に立って喜びを悲しみを共に感じようとします。

 そして三番目、愛は受け取る、受け入れる。愛は相手のありのままを受け入れようとします。受け取ろうとします。

 そして4番目、愛は諭す。愛するがゆえに、あるときには相手を戒め、時にはですね、愛しているからこそ鞭を加えることがあるでしょう。

 五番目、愛は最善を期待する。愛はいつも相手の最善を期待します。たとえ失敗したとしてもその人の最善を願い、期待するのです。

 そして六番目、愛は犠牲を惜しまない。愛はいつも愛する者のために犠牲を払います。

 ですから人は愛なくして本当に生きられないんです。愛なしに人は前向きに生きていくことはできません。

 さて神は愛ですと聖書が語るとき、先ほど言いましたように、この六つの内容がすべて含まれていることを是非知っていただきたいんです。あなたを理解し、思いやり、受け入れ、諭し、最善を期待し、犠牲を払う姿、その姿こそ神様が私たちに示している愛の姿なのです。

 そしてその愛の姿はイエス・キリストの姿の中に、愛の極みとも言われる素晴らしい姿を見ることができるんですねえ。

 ヨハネの福音書の15章13節に、「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」と書かれています。一体これはどういうことなのでしょう。

 それは罪のない神のひとり子なるイエス・キリストがあなたのために命を捨てる程あなたを愛してくださっているということなんですねえ。

 私は高校生の時、イエス様があなたの罪のために十字架で死んでくださったのですという牧師の語ることばに心を動かされました。イエス様なんて無関係だと思っていた私のためにイエス様が命を捨ててくださる、それもわたしの汚い罪を身代わりとなって背負い、神の罰を受けてくださったと言うんです。こんな大きな犠牲はどこにもありません。

 あなたはこの命を捨てる程の大きな愛に愛されていること知っていますか。この愛を知り、この愛に生きる人生こそあなたに最もふさわしい人生なんです。

 (PBA制作「世の光」2010.11.23放送でのお話しより)

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■「ごめんなさい」と「ありがとう」/村上宣道

2010年11月22日 | Weblog
2010/11/22  放送

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道です。

 いつか山形県のある教会に行きました時に、40代の御夫婦が私の所にやってきてですね、「私たち--まあ向こうのことばで『おらんだよう、もう少しで離婚すっとこだったんだのよう。』-- 離婚する所だった。」と。 「二人は仲が悪くて、いつもお前が悪い、お前が悪い、ってこう言いながらいがみあってきたんだけど、教会に来てお話を聞くようになって、二つのことばを言えるようなって、なんかそれで救われたような気がする。」ってこうおっしゃったんですねえ。

 「二つのことばって何ですか?」ったら、「いや恥ずかしい話だけど自分は自分の奥さんに『すまなかった。悪かった。』って言った事がない。で、両方で『お前が悪い。』『あんたも悪い。』とかそういうふうな話でいつもやり合っていた。だけど教会に来て、何だかああ私はわがままだったなあって、で家内にも迷惑をかけてきたなあと素直に思えて、そして隣にいる奥さんに『お前にいろいろ迷惑をかけて悪かったなあ。堪忍してけろな。』って」 ---向こうのことばでこう言った。『堪忍してけろ』って。--- 「そうしたら奥さんがびっくりしちゃって、『父ちゃん。悪いのは父ちゃんだけじゃない。私も悪いから堪忍してけろ。』って。『そんなことはない。私が悪いってんだから、お前はいいんだよ。』『いや、そんなことない。私も悪かった。』って、両方で『悪い』『悪い』って言ってたら悪くなくなったのよう。」ってまあそんな話をしてましたね。

 「それからもう一つは何ですか?」ったら、「いやあこれも恥ずかしい話だけど、自分の気持ちでは本当は思っていても一度も『ありがとう』って言ったことがない。ところが教会に来て話を聞いてて、いや、こんなわがままな者でもちゃんと神様は赦して愛してくれてんだなあって分かったら、『神様、どうもありがとうございます。』ってこう言えるようになって、それが何か素直に自分の奥さんにも『母ちゃん、いろいろお前に迷惑かけてきたけれども本当は感謝してる。ありがとうね。』ってこう言った。そんなことばを一度も聞いたことがない奥さんがびっくりしちゃって、『父ちゃん、私も感謝してる。ありがとう。』って。何のことはない、『ごめんなさい』というのと『ありがとう』ということばで私たちは仲良くなれたのよう。これも神様のお恵みで。」

 やっぱり神様の前に素直に「ごめんなさい」と言って神様はこんな者でもちゃんと愛してしてくださってんだなあと分かったら「ありがとう」と言えて、それが夫婦の間でも言えるようになって、というふうなこと。

 これは私たちの毎日の生活の中でやっぱり大事なことではないかなあと思うんですねえ。

 今日11月22日、「いい夫婦の日」だそうですね。夫婦に限らず、私たちの毎日の生活の中で素直に「ごめんなさい」が言えて「どうもありがとう」が言えたら良いコミュニケーションを持ってですね生活をすることができるのではないかなとそんなふうに思います。
 
  ( PBA制作「世の光」2010.11.22放送でのお話しより)


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■一番大切なこと/山中直義

2010年11月20日 | Weblog
2010/11/20放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、山中直義です。

 人が生きる上で一番大切なこととは何でしょうか。大切な教えが数多くある中で最も大切な教えについてイエス様はある時、次のように言われました。新約聖書マルコの福音書12章29節からのことばです。

 「一番たいせつなのはこれです。
『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
  心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
次にはこれです。
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』
この二つより大事な命令は、ほかにありません。
」(29-31節)

 全力を尽くして神様を愛し、自分自身のように隣り人を愛すること、これよりも大切な教えは他にはない、と聖書は言います。

しかし、神と人を心から愛する、というこの教えは現実的には私たちにはどうしても実践しきれない教えであるようにも思えてしまいます。

ではイエス様は実践不可能な教えを私たちに命じられたのでょうか。いいえ、そうではありません。先ほどのイエス様のことば、その最初の部分をもう一度良く確認したいと思います。

 「イスラエルよ。聞け。」 イエス様が一番大切なこととして強調されたのは「聞く」ということでした。神様の語りかけ、聖書のことばにようく耳を傾けること、それこそが何よりも大切だ、言われたのです。

 不思議なことですが、心を込めて聖書のことばに耳を傾けるなら、その人は神と人を心から愛する者に変えられていきます。聖書に示されている神様の深い愛を知ることによって人は本当に変えられるのです。 神と人を愛する、そんな幸いは聖書のことばに耳を傾けるというところから始まります。一番大切な教え、聖書のことばに耳を傾けるということをあなたもぜひ実践してみてください。

 聖書のことば
一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。・・・
マルコの福音書12章29節

       (PBA制作「世の光」2010.11.20放送でのお話しより )

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■聖書の信頼性(統一性)/岩井基雄

2010年11月19日 | Weblog
2010/11/19放送

 世の光の時間です。 お変わりありませんか? 岩井基雄です。 

先月の第3金曜日は聖書の統一性から聖書の信頼性を考えましたが、今日は写本という視点から聖書の信頼性を一緒に考えてみましょう。

先月と同じ聖書の箇所ですがお読みします。
聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。」新約聖書 テモテ第二の手紙 3章15節 

 聖書が与える知恵というのは不思議です。この知恵に生かされ励ましと救いを受け取ってきた人々が聖書を正確に書き写し、保管してきました。印刷機もコピーもない時代です。人間の手で聖書は書き写され広がってきたのです。

古代の本の信頼できるかどうかの条件の一つはその写本の数や時代にあります。古代の文献は写本が多くありません。パピルスや羊皮紙に動物の骨や角また松の木等のすすから作ったインクで丁寧に書き写されてきた写本もその保存には多くの問題があったようです。

しかし、古代の文献は最初に書かれてから数百年後の写本であっても有効なのです。例えば紀元前5世紀に活躍したツキディデスの『歴史』は残っている写本が8つですが、いずれも紀元900年頃のもの。すなわち執筆されてから1300年以上も経っている写本です。紀元前50年頃のジュリアス・シーザーの『ガリア戦記』も写本は10ありますが、やはり1000年後の写本です。聖書の次に写本の多い方ホメロスの『イリアッド』も643の写本がありますが、やはり400年後のものです。

それに比べ聖書が新約聖書だけでも5600を超える写本があり、今見つかっているもので新約聖書の最古の写本は紀元125年のジョン・ライランド写本と呼ばれるものです。主イエスの弟子ヨハネが記したヨハネの福音書の断片です。ヨハネの死後わずか30年の資本が発見され、現在私たちが手にしている聖書がいかに正確に写され大切に保存されてきたかを知ることができるのです。古代の文献の中で聖書は圧倒的に信頼できる本なのです。

聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

次回は預言の成就という視点から青春の信頼性や影響力について考えてみましょう。

   (PBA制作「世の光」2010.11.19放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書
通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しく
はPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。
日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。
予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。
問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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