♪ラジオ放送・文字版「世の光」

    キリスト教会がスポンサーで全国民放ラジオで毎日60年も放送されている
「世の光」を文字で

■愛は演技ではない / 関根弘興

2012年05月28日 | Weblog
22012/5/21放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興です。今日も最初に聖書のことばを紹介しましょう。

 ローマ人への手紙12章9節 「愛には偽りがあってはなりません。

 私たちに必要なのは誠実さです。誠実さというのは偽りではないということです。「愛には偽りがあってはならない」と聖書に書かれていますけれど、この「偽り」ということばは「演技」とも訳されることばです。

 もう大分前ですけれど朝のドラマを見ていた時がありました。そのドラマの主人公はとても清楚でしっかりしていて、そうですねえ、野に咲く一輪の花のような優しいイメージの役柄でした。しかし、しばらくして別のテレビ局の製作したドラマを見たら驚きました。今度は全く正反対の悪女を演じていたからです。女優さんは、まあいろんな役柄を演じる訳ですよね。そして見ている人を楽しませるわけですが、それらはみな演技な訳です。

 ドラマの世界では演技が大切です。しかし愛には偽りがあってはならない、愛には演技があってはならないと聖書には記されているんですねえ。

 考えてみてください。もし愛することを偽りで固めていく人生ってあるならば、結局どこかで大きなしっぺ返しを食らうでしょうね。私たちは自分を立派に見せようと、時には背伸びをして演技してしまうかもしれません。また自己保身のために偽りで覆ってしまうことがあるかもしれません。でも結局それは疲れていくだけの人生となってしまうでしょう。

 ぜひ知っていただきたいんです。神様の愛は決して演技や偽りではないということです。神様は私たち一人一人をそのまま愛してくださるお方です。そしてご自分の独り子なるイエス・キリストをこの世に遣わし、私たちの汚い罪のために十字架につけるほど命をかけた愛を私たち一人一人に示してくださっています。

 ですから私たちに必要なことは、神様の前に偽ることなく誠実にそして正直に自分のありのままの姿を認めてこの大きな大きな神様の愛を受け入れ、愛された者として生きていくことなんです。そんな人生を歩み始めるときに、更に愛に生きるということの大切さを学んでいくはずです。

 愛には偽りがあってはなりません。繰り返しますが、神様がイエス・キリストを通して示されたあなたへの愛は実話でもなければ演技でもありません。十字架で命をかけた大きな大きな愛です。この偽りでない大きな愛が今番組を聴いてるあなたにも注がれていることをぜひ知っていただきたいと思います。

  (PBA制作「世の光」2012.5.21放送でのお話しより)

***

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

***

このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblica.info 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。



 
コメント (0) | 

■エステルの勇気とイエスの愛 / 羽鳥頼和

2012年05月26日 | Weblog
2012/5/19放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 羽鳥頼和です。今からおよそ2500年ほど前にギリシャを戦場としたペルシャ戦争がありました。この戦争の時、ギリシャの戦場から3000キロ以上離れたペルシャの都での出来事が旧約聖書のエステル記に記されています。そこには歴史に働かれる神様の摂理が記されています。

 ギリシャとの戦いで敗北続きのペルシャ王は体制を整えギリシャと戦う準備をしました。今度こそ勝なければなりません。王がギリシャに出陣する決意をしました。そして帝国全土の指導者を都に集め盛大な宴会を開いたのです。並々ならぬ決意で臨んだ戦いでしたがまたまた敗北をしてしまい、王は都に退却、戦争はギリシャの勝利に終わります。
 
 その頃ペルシャ帝国には多くのユダヤ人が住んでいました。その一人が主人公のエステルです。彼女は失意の中にあるペルシャの王を慰めるために行われた王妃選びに連れて行かれ図らずも王妃となってしまったのでした。そんな中、あるペルシャの権力者がユダヤ人への個人的な恨みからユダヤ人全員を虐殺する計画を立てたのです。彼は王のお気に入りでした。虐殺計画を知ったエステルは勇気をふりしぼって王に嘆願したのです。王は賢明にもエステルの願いを聞き入れてくれました。そして首謀者は処刑されユダヤ人たちは助かったのです。エステルが王妃となったことは神様の不思議な摂理でした。このように神様は一人のか弱い女性によってユダヤ民族を救ってくださいました。

 それからおよそ500年後、今からおよそ2000年前に神様は一人の人によってユダヤ民族だけでなく、世界のすべての民に救いを与えてくださいました。そうです。すべての民・私たちを救うお方、まことの人でありまことの神であるイエス・キリストです。

 今でもユダヤ人はエステルによって自分たちが救われたことを記念してプリムの祭りを行なっています。そしてキリスト教会ではイエス・キリストの十字架の愛によって自分たちが救われたことを感謝して日曜日に主を礼拝しています。あなたもぜひ教会にいらしてください。

 ( PBA制作「世の光」2012.5.19放送でのお話より )

***

このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblica.info 
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

***

東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

***

東海地方での世の光/さわやか世の光/ジェネレーションXの放送に協力してくださるキリスト教会・キリスト者の皆様の献金は、

  郵便振替 00890-3-111071 東海福音放送協力会   まで

  お問い合わせは、
  電話 052-762-2196 (自由ケ丘キリスト教会内)  東海福音放送協力会 へ
            
 
コメント (0) | 

■礼拝とは / 岩井基雄

2012年05月25日 | Weblog
2011/5/18放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。キリスト教会で使われている用語には分るようで分りにくいことがありますよね。今日も、ちょっと分りにくいキリスト教用語を学んでみましょう。
 
 今日は「礼拝」です。よく耳にする「礼拝」とは、神聖な存在に敬意を表して拝むことを意味しますが、本来は「価値を何々に帰す」という意味で偉い人や様々な物に対しても使うことばだそうです。その人が何に価値を置いているのかが現れるのが礼拝なのですね。

 聖書の時代にはギリシャのアテネの町に様々な神様が祭られていましたが、その中に「知られない神に」と刻まれた祭壇がありました。それを築いた人は御利益さえあれば何でもいいと思ったのでしょうか。それを見たパウロという人がアテネの人々にこう語っています。

私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に。』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。」 新約聖書使徒の働き17章23節から25節

 パウロは本当に礼拝されるべきものは人の手による物や天地に存在するものではなく、命を与えすべてのものを創造された神様であると紹介したのです。

 キリスト教の礼拝はまことの創造者であり導き手である神様を心から誉めたたえ讃美を歌い神のことばである聖書から学ぶ時です。それは神様に最上の価値を帰す時なのです。

 自分の欲望に振り回され時には周りの人も自分をも傷つけてしまう自己中心的な私たちが揺り動かされない確かな人生を歩むために正しく神を礼拝し人生の基盤を明確にする必要性を聖書は語ってのです。

 あなたが価値を置いているものは何ですか? 何をあなたは礼拝しているでしょうか。そのあなたが礼拝するすべてを創造されたまことの神様を正しく礼拝するものとされませんか? その礼拝からこそ本当の人生が始まるのです。

   (PBA制作「世の光」2011.5.18放送でのお話しより)

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

******


 
コメント (0) | 

■神の御子キリスト / 福井 誠

2012年05月24日 | Weblog
2012/5/17放送
 
 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「神の御子キリスト」です。それではマタイの福音書16章15節、16節から読んでみましょう。

イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」

 イエスがピリポ・カイザリヤの地方に出かけられた時のことです。ピリポ・カイザリヤはエルサレムから約200キロ北にある町です。ユダヤ人の町ではなく、異邦人の町として知られていました。そこでは様々な宗教が入り込み、パレスチナの土着信仰であるバアル礼拝が盛んな町でもありました。さらにこの町にヘロデ大王は皇帝礼拝を強要するローマ皇帝アウグカトゥスのための神殿も建てていました。そんな町でイエスが弟子たちに質問し「人々は自分のことを誰だと言っているのか」と。彼らは昔の有名な預言者の名前を挙げて「ちまたではそういう人達の再来であると噂されている」と答えました。しかしイエスは、「ちまたの人がどう言うのではなくてあなたがたはわたしをどう理解しているのか」、とツッコミを入れるのです。そこで弟子の一人ペテロが言いました。「あなたは生きる神の御子キリストです。」 ペテロは率直に「あなたは神の子---神様---であると言うのですね。

 さてこれまでラジオを通してイエス様についてのお話を聞いて来られた皆さんは、イエス様をどのように受け止めているでしょうか。偉大な教師であるという人もいます。キリスト教の創始者であるという人もいます。偉大な博愛主義の倫理実践家であるという人もいます。しかしあなたはイエスを誰だと受けとめ理解しているでしょうか。

 ナルニア国物語を書いたC.S.ルイスという人は、私たちはイエスの前で彼がどういう方かと言うことへの判断を迫られている、と言っています。ご自分を神とするこの人物について彼をそのことば通り神として認めるのか、それとも精神異常者として見ていくのか、どちらかの選択であるというのです。聖書を読む中で、イエスについてのはっきりとした理解を持ち、救い主として信じて行きたいところですね。

  ( PBA制作「世の光」2012.5.17放送でのお話より )

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

******

このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblica.info 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

コメント (0) | 

■豊かさ故の争い / 板倉邦雄

2012年05月23日 | Weblog
2012/5/16放送


 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「豊かさゆえの争い」という題でお話ししましょう。

 私たちは極貧であるために争うこともあります。が、しかし豊さのゆえに争うということもありますね。旧約聖書の創世記13章に入ります。

 アブラムは妻とすべての持ち物を携えエジプトを出て約束の地へ帰ったのです。弟の子ロトの家族も一緒でした。まず、アブラムは家畜と金銀に富んでいた、とあります。正当な労働と神様の恵みによってアブラムは豊かになりました。豊かになり富むことは問題ではありません。問題となるのは財産や富の豊かさを誇り自慢しそれらに頼ることではないでしょうか。しかしアブラムは初めに築いた祭壇の所に行き、その所で主なる神の名を呼んだ、と描かれています。豊かになりましてもアブラムは主なる神様を第一にし信頼していたということですね。

 さて一方、アブラムの弟の子ロトも羊・牛・使用人を持つようになりました。ロト一族を持つようになったのです。いわゆる豊かな財産を持つようになりました。不動産ではなく動産である牛や羊も持つことになりました。そこで問題が起こってきました。豊かさゆえの争いです。土地はアブラムとロト一族を支えて共に住むことができなくなってきたと聖書に書いてあります。そして豊かさのゆえの争いが始まりました。牛や羊の牧草地の取り合いです。アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちの間に争いが始まりました。牧草地だけではなく井戸水の取り合いも起こりました。自分たちの羊や牛に食べさせたいのです。また飲ませたいのです。共同牧草地はいいようですが、問題をはらんでいたようですね。貧しいから争いが起こる。豊かになれば争いはなくなるのでしょうか? いいえ、豊かになればなるほど私たちはもっと豊かになりたいのです。そのために争いが起こります。私たちは満足することはないのです。

 聖書のことばです。

 「あなたがたの中の戦いや争いは、いったい、どこから起るのか。それはほかではない。あなたがたの肢体の中で相戦う欲情からではないかあなたがたは、むさぼるが得られない。そこで人殺しをする。熱望するが手に入れることができない。そこで争い戦う。
         ヤコブの手紙 4章1節と2節 口語訳

( PBA制作「世の光」2012.5.16放送でのお話より )

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書
通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくは
PBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっ
そり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大
抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なし
でもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹
介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

******

このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblica.info 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。


コメント (0) |