♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■神なるものとは

2007年11月30日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気ですか? 安海靖郎(あつみ・やすお)です。

 今日は、心の支えとしての宗教についてお話しします。

 日本人の宗教意識を調査したデータがNHK出版の『救いの構造』という本にまとめられ、また報告されています。その本の冒頭に、こんなふうに書いてあります。「宗教というものをキリスト教やイスラム教徒のように真面目に考えるなら、それは私たちが日々生きる上での心の支えになり、死ぬ時には覚悟を与えてくれるものでなければならないのである。神なる者とは、日夜祈ることによって出会っていなければならない。」 ま、「そのように私たちの魂に深く浸み入り、心の糧となっている教えとして日本人の宗教はあるのだろうか」と。ま、「その答えは、全体としては殆どの人はないと答えざるを得ない」と言っています。確かにそうでしょうねえ。

 ま、ここで興味深いのは、本当の宗教というのは日々の生活の心の支えとなるものであるっていうのです。そして、死への覚悟を与えるもの。また神様というのは、日夜祈ることによって出会うことができるそういう存在、そしてまた心の糧を与えてくださる方だって言うんです。そういう神様を知り体験すること、大切ですよね。

 聖書の中の旧約聖書 詩篇の23篇という所では、ダビデ王が自らを、迷いやすい羊にたとえ、主なる神様を力強い羊飼いにたとえて、こんなふうに歌っています。
 「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。」 

 生活と心の支え、死に直面しても共にいてくださる神。そして日々祈る時に、交わることが出来る。生きる力を与えてくださる神様。その神様を心に信じて体験している歌です。

 あなたもこんな体験をしてみてください。

  (PBA制作「世の光」2007.11.30放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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■塩味を効かせた歩み

2007年11月29日 | Weblog

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。福井 誠です。今日も皆さんと御一緒に聖書を開いてまいりましょう。

 今日はマタイの福音書5章13節です。
あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。
 
 塩は料理の必需品、塩なくしてどんな料理の味つけも始まりません。また塩は、淡白な食材に味つけをするのみならず、しばしば肉など生物にすりこんで腐敗を防ぐ防腐剤として使われます。味なきものに味つけをし、腐敗していくものを腐敗しないようにしていく。塩はそれを用いる物とはまったく異なった性質を持つものですが、イエスはこの塩の特徴をとりあげて、神様を信じるクリスチャンもそうではないか、と語っているのです。

 パウロはこの世の中の人々の状況を語って言いました。「彼らは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、 わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。」(ローマ 1章30、31節) そのような人々の中に散って、クリスチャンというのは神様を愛し、神様を喜ぶ人です。また人を大切にし、恵み深く、親を敬い、自制することを教えられている人々です。なるほど、生き方の姿勢・態度には大きな違いがあります。

 しかし問題は、クリスチャンが教えられている通りには生きていないということ。クリスチャンもまた争いと欺きに満ちていたり、高ぶやわきまえのない者になっていたりはしないか、ということです。もしそうならば、クリスチャンとして存在する意味がないことは言うまでもありません。

 クリスチャンとして社会の隅々にまで神の愛ときよさを浸透させ、接する者すべてに天国の前味を滲み渡らせ広がらせていく、そのような者として神様が召してくださっていることを今日も覚えて歩ませていただきましょう。

 ( PBA制作「世の光」2007.11.29放送でのお話しより)

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東海福音放送協力会へのお問い合わせは、
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 電話052-762-2196 へ

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■福音の四季 : 私に高い所を歩ませる

2007年11月28日 | Weblog


 世の光の時間です。お元気でしょうか? 羽鳥 明です。

 今日の世の光はまず皆様からのお便りの御紹介からです。宮崎県西臼杵郡日之影にお住まいの88歳の婦人牧師の??さん(※聞き取れず)から戴きました。

 お祈りと尊い会堂建築献金を心より感謝し、御祝福をお祈りします。皆様の愛と信仰に、より頼んでおります。先生のお身体のために祈ります。

 ??先生は、76歳で牧師になり、すぐ目と鼻の先が高千穂高原、そこに88歳になってキリストの教会堂を300坪の土地に建てられたのです。まだ完成に至ってはいないのですが、ただただ脱帽です。心から完成を祈っています。

 さあ今日の福音の四季のメッセージです。聖書のことばは、旧約聖書ハバクク3章18節、19節です。お読みしましょう。

 「しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。

 私の尊敬する宣教師ウェブスター・スミス先生は、学生の町・お茶の水駅前にキリスト者学生会館を建てられた信仰の人、学生たちの母となって生涯を日本人のために尽くしてくださった方です。その当時でも莫大な土地・建物の費用のために、ただひたすら神に祈り、その大事業を成し遂げました。1971年、英国に帰られ、召天されました。現在お茶の水クリスチャンセンターとして立派な建物になっていますが、基礎を築かれたあのウェブスター・スミス先生は、生涯独身で、神と共に高い所を歩まれた方でした。

 「私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。」 旧約聖書 ハバクク書 3章19節のことばです。このことばはウェブスター・スミス先生にふさわしいと思いますね。

 それではまた聞いてください。
 (PBA制作「世の光」2007.11.28放送でのお話しより)

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■ただ

2007年11月27日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興(せきね・ひろおき)です。今日も一日さわやかに一日を歩んでいきたいですね。

 私たちはいろいろなものを得ながら人生を送っています。普通私たちは何かを得るためには二つの方法を選択します。一つは自分が努力して計画してがんばって何かを獲得するというそういう方法です。まあ私たちはたくさんのものをそうして得てきましたよね。しかしもう一つはあなたのがんばりやあなたの努力とは無関係な贈り物・ギフトとして得るということなんです。

 さあ、聖書は私たちに永遠の救いが与えられると教えますけれども、どのようにして私たちはそれを受けることができるんでしょう。聖書にはこう書いてあるんです。「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」 エペソ人への手紙 2章8節 あなたがイエス様を信じ、受け入れる時、いただく救いも永遠のいのちも、みんな神様からの賜物・ギフトだって言うんですねえ。ギフトですからあなたのがんばりや修行や努力で得るということとは全く別の分野なんです。

 もしあなたが大変高価なものを「ただであげますよ」って言われたらどうでしょう。普通は信じませんよね。きっとただより高いものはない、何か裏があるはずだ。あとが恐いぞって考えます。しかし神様というお方は素晴らしい方ですねえ。私たちを愛するがゆえに何と自分の独り子なるイエス・キリストを私たちの罪の身代わりに十字架につけてくださったんです。そして私たちの罪を赦し、永遠の救いを贈り物として与えようとおっしゃるんですねえ。それは私たちのがんばりや私たちの努力では到底得ることのできないものだからなんです。

 私たちができることは何か、それは自分の弱さを素直に認めることです。人は高慢な心を持っているものですよね。自分では、何でもできる、知っている、分かっている、というそんな態度をとることがあります。神様なんかいるものなんかと、神様のお世話になんかなるもんかと、神様に背中を向けて歩むこともあります。だから正直に自分の弱さを認め、罪を認め、向きを変えて、心から神様ごめんなさい(と)、そしてイエス様は私のために十字架で死んでくださるほど大きな大きな愛をもって救いを完成してくださったその救いをありがとうございます、と心を開き、受け入れることなんです。

 本当に大切なものはただです。贈り物、イエス・キリストのこの救いという贈り物をあなたも受け取ってください。

 
 


 


 ( PBA制作「世の光」2007.11.27放送でのお話しより)

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■涙の谷も泉に

2007年11月26日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか? 村上宣道(のぶみち)です。

 えー、今月はですねえ「幸い」シリーズのようにしてお話しをしてきたんですけれども、旧約聖書の詩篇の84篇という所に、「なんと幸いなことでしょう」ということが3回繰り返されているんですねえ(4、5、12節)。

 で、「なんと幸いなことでしょう」と言ったらもう何かこう何をしてもハッピーないいことばかりが続く、そういうような情景が普通なら考えられることなんですけれども、ここを見ますとですねえ、その「なんと幸いなことでしょう」というのは必ずしもいいことばっかりあって順調にすべてが進んでいっているからというふうなことではなくって、こういうことばがそのあとに続いているんですねえ。「彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。」(6節)ということばが続いていくんですねえ。

 で、谷っていうのは低い所ですよねえ。で、神様はその泉というのを谷のそういう低い所に湧きあがらせてくださる。つまり人間はこう高ぶったような思いの時でなくって、ああ私っていうのは本当にダメな人間だなあと思わせられたり、そして自分自身が神様の前に頭を低くさせられるそういう所に泉を湧き起こしてくださる。

 谷というのは日の当たらない、何となく暗い所ですよねえ。私たちの人生にちっとも日が当たらないなあなんて思ったりするようなことがあるかもしれませんけれども、神様は日が当たって人々からちやほやされるようなそういう場所では必ずしもなくて日が当たらないと思われるような暗いと思われるそういう所に泉を湧きあがらせてくださる。

 この所では、その悲しみや苦しみや悩みを象徴するような意味で「涙の谷」って言われているんですねえ。私たちの人生には本当に涙の谷を通るようなことがある訳ですねえ。でも神様は、「なんと幸いなことでしょう」というのは、そのままでは終わらせない、そういう谷にこそ泉を湧きあがらせてくださるのだと。そしてその泉は私たち自身の心を生かし、それだけではなくって、その所から泉は湧き出て他の人々を潤し慰めていくというような所へ変えてくださる。

 私たちは「なんと幸いなことでしょう」、本当は悲しい筈の「涙の谷」も神様によって泉の湧く所に変えてくださる。

 そういう意味で私たちは幸いな日々を歩むことができるってことなんですねえ。
 
 ( PBA制作「世の光」2007.11.26放送でのお話しより)

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■心の貧しい者

2007年11月24日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか? 羽鳥 明です。

 今日の世の光は、皆様からお寄せくださる心に残る聖書のことばの御紹介です。

 東京都府中市にお住まいの藤崎さんからは新約聖書マタイの福音書5章3節のことばをお寄せくださいました。お読みしましょう。

 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」新約聖書マタイの福音書5章3節のことばですね。イエス・キリストのおことばです。

 思いきってお便りします。私は毎日、電話「世の光」を聞かせていただき、日々励まされたり、またハッとしたりして感謝しつつ歩んでいます。ある哲学者の方が解説で、「心の貧しい者」とは神様のくださる物を物乞いをしている者のように何でも有り難いと言って戴く人、と教えられ、それ以降私は何かうまくいかないことがあっても、でもこういう恵みがあったから感謝、と、あまりくよくよしなくて済むようになりました。今85歳の認知症の母の世話をさせてもらっていますが、子どものようになっている母を見ながら、子どものいない私に神様からのプレゼントかなと思いながら、感謝しています。

 藤崎さん、電話「世の光」を毎日聞いてくださるので本当に励まされております。心の貧しい者の歩みをされているお話し、ありがとうございました。

 聖書にこんなことばがあります。「神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。」 新約聖書ペテロの手紙第一 5章5節、6節のことばです。

 心の貧しい者(と)は、力強い神の御手の下にへりくだって神から恵みを豊かに与えられる人のことなんですねえ。

 藤崎さんの心に残る聖書のことば
心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」新約聖書マタイの福音書5章3節のことばです。

 それではまた聞いてください。

 ( PBA制作「世の光」2007.11.24放送でのお話しより )

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東海地方での世の光/さわやか世の光/ジェネレーションXの放送への協力、
そしてテレビでのライフ・ライン放送の再開のために協力してくださる場合の献金は、

  郵便振替 00890-3-111071 東海福音放送協力会
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  ラジオ放送指定とテレビ放送指定の区別を明記してください。
  テレビ放送はただ今資金が溜るまで積立中です。
  ラジオ放送の方が、放送料の値上げにより、一層の協力を必要としております。

  お問い合わせは、
  電話 052-762-2196 東海福音放送協力会へ
(自由ケ丘キリスト教会内)

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■大丈夫、希望ある

2007年11月23日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気ですか? 安海靖郎(あつみ・やすお)です。

 今日本では、100万人以上の人が閉じこもりと言われる状況にあると言われています。引きこもりの人たちに積極的に関わりをつくり、その自立を支援している働きについてお話しします。

 名古屋にあります「青少年生活就労自立サポートセンター名古屋」(※http://www.youthsupport.jp/)というNPOです。中心になって働いておられる青木美久(あおき・よしひさ)さん自身もかつて中学時代に不登校となり、引きこもってしまったそうです。ま、そこからクリスチャンの方に助けられ癒されました。ま、そんな経験からこのサポートの働きを始めたそうです。今18人のスタッフで40名近い人たちをケアし、サポートをしています。そしてそのスタッフの方は皆引きこもりだった人とその家族の人たちだそうです。難しいこの対応をま、御自分たちの経験に基づいて一所懸命働いておられる。そして実を結んでおられるという訳です。

 青木さんによると、引きこもりの人に共通する特徴は、自信を失い希望が持てないことだと言います。ま、これは私たち誰もが多かれ少なかれ感じることでもありますよね。ですからこういう人たちに大切なのは、大丈夫、希望はあると励まし続けること。そして実際に実感を持ってもらうこと。そしてその大丈夫な根拠を示すこと、だそうです。

 それが大切な訳ですが、根拠とは何でしょうか。それは愛。神の愛だと言います。そのままでいい、大丈夫だと認め、受け入れ、評価してくれる愛です。聖書ではそういう神の愛をこんなふうに言っています。「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。 ----主の御告げ。---- それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」 ( エレミヤ書 29章11節 ) そしてその後に、こんなふうにまた言っています。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。おとめイスラエルよ。わたしは再びあなたを建て直し、あなたは建て直される。」( エレミヤ書 31章3、4節 ) こんな愛が希望を与える根拠となっていく時、癒されていくというのです。

  (PBA制作「世の光」2007.11.23放送でのお話しより )

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■なぜ自分の力を誇示するのか?

2007年11月22日 | Weblog

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。福井 誠です。今日も皆さんと御一緒に聖書を開いてまいりましょう。

 今日は創世記の11章4節です。
 「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。
   創世記11章4節

 古代のメソポタミアでは高さ100メートルにも及ぶ「ジグラット」と呼ばれる巨大な塔がたくさん造られました。今日、取り上げられた聖書の箇所に出てくる「バベルの塔」もその一つです。

 もともと、これらの塔は祭壇として使われ、礼拝者たちが高き所で神のそばにある事を覚えるために造られたと言われます。しかし、いつしかその初めの意味は忘れられ、高くそびえる荘厳な塔に人間は自分たちの力を誇るようになったのですねえ。

 聖書には、バベルの塔を築き上げた人々のエピソードが記されています。彼らもまた、「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。」と語り、自分たちの力を誇示しようとしました。なぜ人間は自分の力を誇示しようとするのでしょう。なぜ名をあげようとするのでしょうか。

 人間は塔のみならず様々なもので名をあげようとします。イスラエルの王様であったダビデは言いました。「ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。」(詩篇 20篇7節) 人によっては良い収入、財産を誇り、名をあげるということがあるでしょう。あるいは著作や研究によってスポーツの技能や音楽・美術の才能を誇ることによってということがあるかもしれません。

 しかし忘れてはいけません。それらを与え保証してくださる神様がいることをです。イスラエルの王国の最盛期に王位に着き、富と繁栄を極めたソロモン王は言いました。「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。」(詩篇 127篇1節) 私たちの富も誇りもすべては神の保証があればこそ成り立つものです。本当に誇るべきものは私たちの力ではなく、それらを守り祝福し、一切を守ってくださる神様であることを今日も覚えさせていただきましょう。

 ( PBA制作「世の光」2007.11.22放送でのお話しより)

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■福音の四季 : あなたが食物をお与えになる

2007年11月21日 | Weblog


 世の光の時間です。お元気でしょうか? 羽鳥 明です。

 11月23日は勤労感謝の日で国民の休日になっています。米国でもサンクス・ギビング・デイ、この日はどこの家庭でも御馳走をして祝います。

 私が米国で留学生の時、よく招待を受け御馳走を戴いたものです。50年以上も昔の話ですが、戦後間もない日本から行った私にとって(は)七面鳥など初めて見る大御馳走、珍しいものばかり、おいしいものばかりでした。米国人はもとは英国を中心とした多くのプロテスタントのクリスチャンたちが新天地を求めて大西洋を渡り、米国に上陸しました。しかし彼らは先住民の助けを得ながら文字どおり一からの厳しい生活でしたが、神様は彼らに必要を備えてくださいました。畑に作物が出来、動物を飼い慣らして初めての収穫を得た時、彼らはまず初物を持ち寄って神様に感謝の礼拝をささげました。これが収穫感謝のお祝い、サンクス・ギビング・デイの始めです。その時の感謝を忘れぬようにと、今では豊かになって何でも食べることが出来るけれどもやはり食べる物は七面鳥であり、かぼちゃやとうもろこしなどは祝いの宴のメイン・ディッシュなのですねえ。

 旧約聖書詩篇104篇27節、28節にこうあります。
 「彼らはみな、あなたを待ち望んでいます。あなたが時にしたがって食物をお与えになることを。 あなたがお与えになると、彼らは集め、あなたが御手を開かれると、彼らは良いもので満ち足ります。

 私たちは農地を開墾し、種を蒔き、労苦して作物を育てます。そして収穫を喜びますが、これはみんな神様からの賜物です。私たち人間は米粒一つ、麦粒一つ(でも)創造することができません。種を土地に蒔き、雨が降り、日が照って初めて種は成長して種と同じ実が実ります。種を与え収穫を与えてくださるのはみな神様なのです。そのことを心にとめて感謝したいものです。

 それではまた聞いてください。

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■愛と配慮

2007年11月20日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興(せきね・ひろおき)です。今日も一日さわやかに一日を過ごしていきたいですね。

 私が高校生の時でしたけれども、ちょうど弁当を食べていた時のことでした。私の友人が、私の弁当の中身を見てこう言ったんですねえ。「関根。お前クリスチャンなのに肉食っていいの?!」 まあ言われた私も驚いてしまいましたが、私の友達は、クリスチャンは肉は食べない、菜食主義者だと思っていたようですねえ。

 ま、いろんな誤解がある訳ですけれども、ところでイエス・キリストの福音が伝えられていった時に、ユダヤの社会そしてアジア、ギリシャへと伝わっていきました。住む世界が違いますから、それぞれ習慣も大分違った訳ですね。特にユダヤの社会から回心したクリスチャンたちは旧約聖書の教えに従って様々な細かい戒めを守っていました。特に食べ物については、食べて良いものと食べてはいけないリストをはっきり持っていました。牛肉は食べるけれど豚肉は食べません。鱗のある魚は食べますけれども、鱗のないものは食べません。いろいろな規定があってユダヤの人たちはそれを区別することが当たり前の世界で育ってきた訳です。

 国が変われば生活習慣も違うんですよねえ。ある国の人にとっては豚肉を食べようが何を食べようが、何も感じません。しかしある国の人にとっては、その姿は非常に不快な、眉をひそめてしまう姿でもある訳です。イエス・キリストの福音は全世界に広がっていきました。しかしそれぞれが生活している世界においてお互いがお互いの配慮をしていかないと、せっかくのイエス・キリストの福音も、届けられなくなってしまうと聖書は教えているんですね。

 新約聖書の使徒の働き15章には、教会の指導者がエルサレムで会議を開いたことが記されています。それは異邦人の世界に福音が広がっていることはとても嬉しいことだ、しかし世界に散っているユダヤ人たちが彼らの姿を見てつまずかないように最低限のユダヤ人たちへの配慮を実践していこうということを話しあったんですねえ。

 私たちは時々、自由をふりかざして相手への気配りや愛の配慮を怠ってはいませんか? 時々、正論をふりかざして正義の旗は振ってはいるものの相手への配慮をまったく欠いてしまうということがあるものです。

 聖書はこう教えます。第一コリント10章23節。「すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。

 今日一日、愛と配慮をもって歩んでいきませんか?

 ( PBA制作「世の光」2007.11.20放送でのお話しより)

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