♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■義のために迫害されている者は幸いだ

2010年06月30日 | Weblog

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2010/6/30放送

 世の光の時間です。 いかがお過ごしですか。 板倉邦雄です。

 今日は「義のために迫害されている者は幸いだ」という題でお話ししましょう。 

 いよいよキリストの八福の最後になりました。 全文をお読みします。

 「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである。わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
   マタイの福音書の5章の10節から12節 (口語訳聖書)

 キリストのためではなくても、この世では互いに苦しみ苦しめられるものです。 私たち人間はお互いに傷つけあいながら生きていくしかないようですねえ。 ののしりあったり、様々な悪口を言ったり、中傷を言い合いながら生活してゆくのでしょうか。 そして互いに傷つけ合って生きて行くのです。 どこに幸いがありますか?

 しかしイエス・キリストのために苦しめられる、ののしられる、偽って様々な悪口や中傷を言われたら幸福なのだ、とイエス様は言うのです。

 私たちは実際に傷つきますか? その傷はやがて栄光に輝くのです。 受けた傷は誇りにさえなります。 喜びに変わる、と言うのです。

 なぜなら、イエス・キリストを自分の救い主として信じているからです。 イエス・キリストは、人を傷つけないでは生きていけないこの私のために傷ついてくださった。 罪のないお方がののしられ、悪口を言われ、中傷されて、実際十字架の上で肉を裂かれ、血潮を流されたからです。

 このイエス・キリストのために私が苦しめられ、ののしられ、中傷されるとき、それは私たちにとって勲章となるのです。 私もキリストの弟子の一人となった、という誇りです。 昔の預言者たちの仲間に加えられた、という誇りです。

 やがて私たちの受けた傷はイエス・キリストによって癒され、栄光の輝きと変えられていくでしょう。 
 
 聖書のことばです。 
 
 「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。それによって私は神のおきてを学びました。」 詩篇 119篇71節(参照)

 キリストのために苦しみにあったことが私にとってしあわせでした、そのような告白ができる人生とさせてくださいますように。 アーメン。

  ( PBA制作「世の光」2010.6.30放送でのお話より )

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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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■命を捨てるほどに

2010年06月29日 | Weblog
2010/6/29放送

 世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか。 関根弘興です。 今日も一日、爽やかに過ごしていきたいですね。 

 今日はですね、私の個人的なこと、私がどのようにしてクリスチャンになったのかをお話ししたいと思うんですねえ。

 私はキリスト教会の牧師の息子として育ちました。 小学生までは何の反発もなかったんですけど、中学になるといろいろと反発をしました。 日曜日が自由に遊べないとか、また少し貧しかったのでバスケット・シューズが買ってもらえないとか、そして父と母は教会に来られる方々のためには一所懸命だけど私のことなど気にもかけていない、愛されていない、と思ったんですね。 

 そんな中学時代を経て高校一年生の夏のことでした。 友人と一緒に教会が主催する高校生のバイブル・キャンプに出かけることになったんです。 ま、聖書を学びたいと思ったのではなくて、そのキャンプが何と軽井沢で開かれるということだったので、ああ新しい出会いでもあればと思って、ま、気軽に友人を誘い、出かけていきました。 

 私の友人は聖書には全く興味がありませんでした。 夜になると牧師の説教はまるで子守唄のように聞こえたんでしょうねえ。 友人はみんな説教中は寝ている始末でした。

 でもその軽井沢のキャンプの二日目の夜の集会の時でした。 説教されている牧師先生がですねえ、「今日この中でイエス様を
救い主として信じ受け入れる人はいませんか?」と尋ねたんです。 すると私と一緒に参加した友人の一人が手を挙げるではありませんか。 まだほとんど聖書の話など聞いていないのに手を挙げたんですね。 そしてその友人はとても喜んで、イエス様を信じ受け入れることができたことを感謝しているんです。 私は考えてしまいました。 そして、よし、次の日の聖書の話は真剣に聞こう、と思ったんです。

 でも次の日の説教はイエス様が十字架につけられた話で、牧師の家庭に育った私は何度も何度も聞かされていた話でした。 でも説教者が最後に何度も何度も何度もこう言ったんですね。 「イエス・キリストはあなたの罪のために十字架について死んでくださった。 あなたのためにいのちを捨ててくださった。 いのちを捨ててくださるほどあなたを愛しているのだ。」と何度も語ったんです。

 私はそれを聞きながら考えてしまいました。 「誰が一体背中を向けているような人のためにいのちを捨ててくださるだろう。 自分はそんなことは到底できない。」と思ったんです。 その時私はイエス・キリストが私のために命を捨ててまで愛してくださっていることが本当なら、無視しながら生きていくことは最低の態度だと思ったんですね。 私は「イエス様、私の心にお入りください。 救い主としてお迎えします。」と小さな声で祈り、クリスチャンとしての生涯がそこから始まりました。 命を捨ててくださるほど私を愛してくださるお方、その方を受け入れ、クリスチャンになったんです。 

 (PBA制作「世の光」2010.6.29放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■再生の名人

2010年06月28日 | Weblog

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2010/6/28放送

 世の光の時間です。 お元気でしょうか? 村上宣道です。

 今はエコということばが何かに(つけ)こう使われるようにですねえ、地球の環境保全のために努力をするということ、それから資源を無駄にしない。 限られた資源を最大限生かしていく、とそういうふうな気運が高まってきているということ、実際にそういうふうなことのシステムが機能していっているということ、これは素晴らしいことだなあというふうに思いますねえ。  
 昔だったらとっくに捨てられてしまっていたもの、ゴミとされていてしまったもの、そういうふうなものが本当はそうではない、これらのものは幾らでも活かすことができるのだ、というふうに再生されるということ、これは素晴らしいことだなあというふうに思いますね。 

 この間もトラックが通って、そこにですね「ゴミは宝」ってこう書いてあったんですねえ。 今までだったらこれはもう捨てるしかないというそういうようなものが、いやあ実はこれは宝なんだ、幾らでも活かすことができるんだ、というふうに言われているってことは素晴らしいことだなあというふうに思いましたですねえ。 

 で、聖書の中にですねえ、エレミヤという人が民たちの不信仰とか不従順とかそういうことで本当に悩まされて、これはこのまま行ったら滅ぼされてしまうなあというふうな、そういう絶望感の中にありました時に、神様はエレミヤという人を陶器師の所に連れて行って、で、その陶器師がしそこなった作りそこなったそれを毀してもう一度練り直して、そして新しいものに、気にいった器に作り変えて行く、その様子をお見せになってですね、このようにわたしもこの民たちをもう一度再生することができるんだ。 してあげようとしているんだ、というようなことで諦めないで彼らを導くようにというふうに励ましたという、そういうことがエレミヤ書の18章という所に書いてあるんですね。

 ああ神様って方は本当にそういう方なんだなあというふうに思うんですね。 自分でも自分に愛想を尽かして私はもう駄目なんじゃないか、と思ってしまうこともある。 または人のことも、もうあいつは箸にも棒にもかからない、もう駄目だ、というふうなそんなふうに断を下してしまったりするようなことがありがちな訳ですけれども、でも神様は私たちをリサイクルしてくださる。 もう一度再生してくださるということですね。 イエス・キリストによって罪赦していただいてイエス・キリストの復活の力によって私たち人間を新しくよみがえらせて、生かしてくださって、そしてもうどうにもならないと思っていたものが神様のお役に立つ人に神様がしてくださることがてぎる、そこに神様の私たちに対する素晴らしい福音がある、救いがある。 そう思うんですね。


  ( PBA制作「世の光」2010.6.28放送でのお話しより)

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■一杯の水に対して

2010年06月26日 | Weblog
2010/6/26放送

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 山中直義です。

 神様の愛とあわれみの深さを示すためにイエス様はある時、次のように語られました。 新約聖書マルコの福音書9章41節のことばです。 
 「あなたがたがキリストの弟子だからというので、あなたがたに水一杯でも飲ませてくれる人は、決して報いを失うことはありません。

 一杯の水を提供すること、それはそれほど大した行為ではありません。 しかし神様はそんな行為にさえ豊かに報いてくださる。 それほどに憐れみ豊かなお方だ、とイエス様は言われました。 実はこの教え、イエス様の弟子の一人、ヨハネのことばに対する応答として語られました。

 ヨハネはこう言いました。 
 「先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました。」(マルコの福音書9章38節)

 ヨハネはこの時、イエス様の弟子として3年ほどの期間を過ごしていました。 イエス様を信じ、イエス様に従って歩むために多くの努力を重ね、たくさんの苦労をしてきた、そんな自負があったのでしょう。 自分と同じ努力や苦労をしていない人に憐れみを示すことができず、冷たく退けようとしてしまいました。 

 しかしイエス様はそんなヨハネに「やめさせることはありません。」(マルコ9章39節) と言われ、一杯の水にさえ豊かに報いてくださる神様の憐れみを説かれました。

 この世界を造られた全能の神様からすれば、神様に対するヨハネの努力や苦労も一杯の水にも満たない行いであったと思うのです。 しかしそれでもなお神様はこのヨハネを始めとするすべての人に豊かな愛と憐れみを示し続けてくださいました。 そして御自分の一人子イエス・キリストを十字架につける、という人の思いを遥かに越えた深い愛と憐れみを示してくださったのです。

 私たちの人生を神様のために差し出したとしても、それは一杯の水程度のものに過ぎないかもしれません。 しかし神様を信じて従おうとする者に対しては、神様は最愛の一人子イエス・キリストの血潮、そのいのちまでもお与えくださる、と聖書は言います。 他の人との比較に一喜一憂することなく互いに愛しあい、神様の愛と憐れみを心に深く覚えて歩みたいですね。 

       (PBA制作「世の光」2010.6.26放送でのお話しより )

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  お問い合わせは、
  電話 052-762-2196 東海福音放送協力会へ
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■感謝の心を持つ

2010年06月25日 | Weblog
2010/6/25放送

 世の光の時間です。 お変わりありませんか? 岩井基雄です。 

 バイオリニスト千住真里子さんを御存知の方は多いでしょうね。 2歳の時からバイオリンを弾き始めた彼女は10歳で全日本学生コンクール小学生の部で優勝。 12歳でプロデビュー。 15歳で日本音楽コンクールバイオリンの部門で第一位、と素晴しい成績を納め、天才少女と呼ばれました。 しかし彼女は思春期を迎え、心と身体のバランスが危うくなり、ついに重荷を背負うことができなくなり、バイオリンと数年決別したことがあるそうです。

 苦しみの中で自分と向き合い、少しずつ心に穏やかさが戻ってきたある日、真里子さんはホスピスの患者さんのためにバイオリンを弾くことになりました。 プロのバイオリニストとしてではなく、あくまでも一人の人間としてのボランティアです。 彼女はそこで予想以上に弾けなくなっている自分に驚き、不安と後悔と苛立ちを覚えます。

 しかしそんな心の痛みを和らげたのは、死を間近に見つめている患者さんたちだったのです。 患者さんたちはとても熱心に彼女の演奏に耳を傾けたのです。() その時の感謝の気持ちが真里子さんに再起を決意する大きなきっかけとなり、演奏活動を続けることができているのだそうです。 小さなことを感謝して受けとめること、それは何と素晴しい力を人間に与えるのでしょうか。 

 聖書はこう語っています。 
 「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」 ピリピ人への手紙4章6節、7節

 どんな場合でも小さなことに感謝し、心の中にある心配事や思い煩いを神様に委ねる歩みは素晴しい歩みへと繋がります。 あなたの思いをはるかに超えた神様の平安があなたの心を守り導くのです。 あなたも人生を歩む中で、行き詰まる事や悩む事、思い煩う事があるかもしれません。 しかし神様にすべての願いや心配事を知っていただき、小さな感謝を探してみませんか? 本当の平安があなたを包むのです。 

 それではまた聴いてください。

   (PBA制作「世の光」2010.6.25放送でのお話しより)

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■神はご自身を明かされる

2010年06月24日 | Weblog
2010/6/24放送

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。 今日のバイブルメッセージは「神はご自身を明かされる」です。 それでは詩篇19篇の1節から読んでみましょう。

 「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。

 私はいつも朝5時には起きて聖書を開き、神のことばを聴くことを習慣としています。 教会の執務室は地下にありますので、それはひっそりと静まりかえった大変貴重な時です。 しかしいつでしたか、あるホテルに泊まり、いつものように朝5時に起きて聖書を開いていましたら、窓から美しい朝焼けが見えました。 いつもの地下室では見られない美しい光景に、つい聖書から目が奪われて眺めておりました。 実に素晴しい。 暗い木立の向こうが赤く染まり出し、そしてやがてゆっくりと朝日に照らされて目の前に広がる森林が息づいてくるのです。 そこに何か神々しいものを感じるというのは、やはり日本人だなあと一瞬思いましたが、そうではありません。 そこに私たちのために宇宙万物を守り、今日も秩序正しく朝日を昇らせてくださる神様の存在が明らかにされているのだ、と思わされたのです。

 詩篇の記者は語ります。
 「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。
 自然を見るときに、これを造られた神が働いておられる痕跡を確かに見てとることができるというのです。 自然を眺めながら人は神を感じることがあります。 しかし自然と神は明らかに違うものです。 むしろ自然をお造りになった神をこそ、そこで私たちは知らなくてはなりません。

 詩篇の記者は続いて次のように言っています。
 「太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。」(詩篇19篇5節)
 太陽はその灼熱の力を表し、神々しく天の軌道を闊歩していきますが、太陽は神ではありません。 神のしもべとして神の秩序に従って軌道を回っているのです。 そのような秩序正しいこの宇宙をお造りになった神様がいます。 神様はすべての人が悟ることができるように御自身がお造りになった自然を通して語りかけているのですねえ。 自然をお造りになった偉大なる聖書の神を謙虚に心から信じさせていただきたいものです。 

  ( PBA制作「世の光」2010.6.24放送でのお話より )

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■平和をつくり出す者は幸いだ

2010年06月23日 | Weblog

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2010/6/23放送

 世の光の時間です。 いかがお過ごしですか。 板倉邦雄です。

 今日は「平和をつくり出す者は幸いだ」という題でお話ししましょう。 始めに聖書のことばを紹介します。 

 「彼らののどは、開いた墓であり、彼らは、その舌で人を欺き、彼らのくちびるには、まむしの毒があり、・・・彼らの足は、血を流すのに速く、彼らの道には、破壊と悲惨とがある。そして、彼らは平和の道を知らない。」 ローマ人への手紙3章の13節から17節 (口語訳聖書)

 この世界は詐欺と苦々しいことばと殺人と破壊と悲惨で満ちているのです。 まさに平和の道を知らず不幸な中に私たちは置かれているのではないでしょうか。 しかし、もし私たちが幸福を欲するならば平和を作りだす人にならなくてはなりません。 平和は自動的に来るものではないからです。  平和は作り出す努力を伴うのです。 徒労に思える努力です。 気が遠くなるような努力です。 地雷を埋めた後に地雷処理機で地雷を一個ずつ破壊していく作業です。 私たちは血を流すのに早く、破壊と悲惨を直ちに招くような存在だからです。 国際平和などと大げさになる必要はないでしょう。 まず私の心の中から、家族の中から、平和を作り出しませんか? 千里の道も一歩から始まります。 

 イエス・キリストのことばです。
 「平和をつくり出す人は幸福です。 なぜならそういう人は神の子どもと呼ばれるのです。」(マタイの福音書 5章9節参照)

 この世界は平和とか心の安らぎとかを味わったことのない人、味わいたくない人がいるようです。 人や社会への憎しみと呪いに満ち溢れているのです。 自らを傷つけ、人を傷つけることで自分の生きている証しを護っている人がいるようです。 

 最初の聖書のことばを書いたパウロという人もそのような人でした。 他の人を迫害することを生きがいにする人でした。 しかしそれは「とげのある棒を蹴り続ける」(使徒の働き 26章14節参照)自らを傷つけ血を流しながら傷んでいる人生でした。 

 そのパウロは救い主であり復活された平和の君、イエス・キリストにお目にかかりました。 そして悔い改め、今度は平和の使者となったのです。 神の子どもとなって平和を造り出す者となりました。

 私たちも破壊と悲惨の人生から、平和を作り出す神の子どもにさせていただきましょう。

 聖書のことばです。
 「すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。」 ローマ人への手紙8章14節 (口語訳聖書)
 
  ( PBA制作「世の光」2010.6.23放送でのお話より )

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■孤独の痛み

2010年06月22日 | Weblog

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2010/6/22放送

 世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか。 関根弘興です。 今日も爽やかに一日を過ごしていきたいですね。 

 ま、私たちは孤立したままでは人間らしい生き方はできません。 人間は、いろんな関係性をもって造られ、ま、時には一人静かに孤独になることはあっても孤立的に生きることは決して勧められていません。

 定年退職した御主人が退職後妻から言われたショックを受けたことばのベストテンというのがあるのだそうです。 第一は、こんなことばです。 「あなた、仕事どうするの?」だそうです。 「長い間お勤め御苦労様。」という労(ねぎら)いのことばがあってもいいですよねえ。 次はですねえ、「あなた、一日三度家で食事するの?」 これもきつい一言ですよね。 続いて「散歩したら?」とか「趣味でも持ったら?」「旅行にでも出かけたら?」というような、ま、突き放すことばが並んでいるんです。

 でもこうしたことばの前に、「一緒に」とか「共に」ということばが付け加えられるなら、その光景は全く違うものになると思いませんか? 人間の基本的な欲求は、生理的欲求 ---食べたり飲んだりするそういう欲求--- と共に、人間の充足するための欲求というのは、傍らに誰かが共にいて欲しい、という欲求なんですねえ。 

 しばらく前ですが、在宅ホスピスの働きをしている先生と話したことがありました。 「関根さん。 痛みにはいろんな痛みがあるんですよ。 ねちろん肉体的な痛みがありますよね。 また社会人なら病気になり、しばらくその社会の一線から退かなければなければなりませんから社会的な痛みもあるんです。 医療費もかさみますよね。 だから経済的な痛みもあるんです。 そしてそれだけじゃなく、病と自分一人で向き合わざるを得ないとき、孤独から来る痛みもあるんです。」と言われたんです。 孤独の痛み、それは現代人が抱える痛みの一つかもしれません。

 でも人がほんとに安心して生きていくためには、もちろん衣食住は必要ですが、しかしあなたの傍らに「共にいてくださる」存在を知ること、これがですねえ最も大切なんです。 それではいつも共にいてくださる方、そんな方はいるのでしょうか。

 聖書は私たちに約束していることは、「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブル人への手紙 13章5節)と力強く語るイエス・キリストがいてくださる、ということなんです。 この方は私たちの汚い罪を背負われ、十字架につけられ、何と三日目に復活なさいました。 そして、今も生きておられる、と聖書は約束しているんです。 そしてイエス・キリストを信じ受け入れる一人ひとりに、「わたしはあなたを離れず、あなたを決して捨てない。いつも共にいる。」と約束してくださっているんですね。 

 (PBA制作「世の光」2010.6.22放送でのお話しより)

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■剪定の名人

2010年06月21日 | Weblog

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2010/6/21放送

 世の光の時間です。 お元気でしょうか? 村上宣道です。

 えー、私の知っている方で木を育てたりお花を育てるのがとても上手な方がいてですね、その方のお庭はもう果樹園みたいであったり、そしてほんとに四季それぞれに咲く花がいっぱい植わっていてですねえ、ほんとにそれぞれに楽しませてくれる、そういうふうな美しい庭を手入れしていらっしゃるんですけれどね。

 で、その方に見せていただいた椿の花なんですけど、「えーっ? 椿にこんなに大きな花が咲くんですかあ?」って私初めて見ました。 まるで牡丹の花かと思われるほど大きなその花がですねえ咲いている訳ですねえ。 「いやあこれはね、手入れ次第で、剪定次第でこういうふうに大きな花を咲かせることができるんです。」っておっしゃっていましてね。 で、そのまま放っといたらこの椿は年に何回も花が咲くんだそうですけれども、小さな花しか咲くことができない。 そして木も段々弱っていくばかり、っていうふうにおっしゃってました。 その剪定の大切さということをね、いろいろお話してくださったんですね。

 ある方がおっしゃってたんですけども、御自分の庭にレモンを植えたそうで、そして植えてしばらくして幾つか実が成ったので、もっと良い実を今度はその次に実らせようと思ってあちこちチョキンチョキンと剪定をしたそうなんですね。 そしたらその次の年には全然実が成らなかった。 で、はあー、これは剪定というのは難しいんだ、だからその実を結ぶはずのその枝まで切ってしまったんだな、っていうことが分かったっていうことをおっしゃってましたけど、確かにそうなんだなあって思いましたですねえ。 

 で、聖書の中でイエス様がお話なさった所に、「わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。」(ヨハネ福音書 15章1節)っていうことばがありまして、そして(父が)「実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。」(ヨハネ福音書 15章2節)っていうことばがあるんですね。 これは剪定ということですね。 もっと多く実を結ぶために刈り込み・剪定をします、っていうことですね。 で、そうなんだ、剪定ってのはただ切ればいいって訳ではなくって、その剪定次第で実を結ばなくなることもあるし、というのでそのことの加減が大切だという訳ですけどね。  

 まさに神様こそは最も剪定の名人でいらっしゃるのではないかなあというふうに思うんですね。 切られるってのは時には痛かったり、ああもったいないと思ったりすることがあるのかも分かりませんけども、私たちの人生の中で時には痛みを感じたり、辛い経験をしたりすることがあるかもしれませんが、それは神様がより良く実を結ばせるためになさっていることなんだなあ、と受け留めたら私たちはそういう中でも神様を信頼してですね、歩むことができるのではないかな、そんなふうに思います。 

  ( PBA制作「世の光」2010.6.21放送でのお話しより)

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■この世を去るそのときに

2010年06月19日 | Weblog

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2010/6/19放送

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 山中直義です。

 この世を去るその時に、あなたは一体何を想いどんなことばを口にされるでしょうか。 

 「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」(ルカの福音書 23章46節)

 イエス・キリストは十字架の上で最後にそう叫ばれました。 「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」 この世を去るその時、自分の魂を安心して神様に委ねることができるならその人はどれほど幸いか、と思わされます。 

 それでは私たちは自分の魂を神様に安心して委ねることができるのでしょうか。 何一つ罪を犯さなかったイエス様とは違い、私たちはみな神様の前に悪を行ったことがある身です。 死後のことに不安や恐れを覚え、この世の生に執着してしまうのは、そんな罪責感を抱えているからではないか、と思うのです。 

 しかし聖書はそれでも私たちに「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」と言うように教えています。 (詩篇 31篇5節参照)

 私たちがその魂を安心して神様に委ねることができる理由、それはイエス・キリストの十字架にある、と聖書は言います。 神の御子イエス・キリストは何一つ罪を犯さなかったにも関わらず、十字架にかかって死んでくださいました。 それは本来ならば私たちが受けるべきすべての裁きをその身に負い、私たちの罪の身代わりとなるため。 そのようにして私たちを罪の負債と束縛から救い出すためであった、と聖書は教えています。 

 魂の救い、それは私たち人間の努力や善行によるものではありません。 神様の恵み、イエス・キリストの十字架によってのみ救いは成し遂げられるのです。 私たちはみなこのイエス・キリストの十字架を信じるとき、平安と確信をもって全てを神様に委ねることができます。 

 「父よ。わが霊を御手にゆだねます。

 あなたにも真心からそのように告白する人になっていただきたいのです。 もし毎日このことばを告白し続け、その延長に最後の一日を迎えるなら、神様はあなたの魂をしっかりと受けとめてくださり、聖書に約束された永遠の歩みへとあなたを迎え入れてくださいます。

       (PBA制作「世の光」2010.6.19放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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            (自由ケ丘キリスト教会内)



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