♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■恵みを数えてみよう / 関根弘興

2012年12月31日 | Weblog
2012/12/31放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興です。

 2012年も残すところ今日の一日だけになりましたね。この一年をどんな思いで閉じるかは、新しい一年を迎え備えるためにまた大切なことです。あなたはこの一年の中に神様がどれほど大きな愛を注いでくださったかを御存知ですか?

 聖書には、神様は悪い者であっても良い者であっても太陽を昇らせ雨を降らしてくださる方だと書かれています。ですからこうして私たちが生かされてること自体、神様の大きな恵みの中にあるんだということですねえ。でもそんなことはすっかり忘れてしまい、出てくることばは当たり前すべてが当たり前のように思ってしまうということもあります。

 でも何でも当たり前というふうにしか考えられない人生には生まれないものがあります。それは感謝です。感謝を表すことばは何ですか? 「ありがとう」ですね。日本語で「ありがとう」を漢字で書くと有ることが難しい(「有り難し」)と書きます。つまり本来なら無くて当たり前なのにそこにあるからこそありがとうなんです。

 聖書を読むと聖書の書き出しは「初めに、神が天と地を創造した。」(創世記 1章1節)と書かれているんです。神は愛なるお方です。ですからこの世界がこうして生まれたと言うことは神様の愛に覆われたからこそ生み出されたと言っても過言ではありません。そして神様は私たち一人ひとりを、あなたはこの世界に有りなさい、この世界に存在しなさい、とあなたを生み出してくださったのです。ですから私たちがこうして存在していること自体それは奇跡なんですね。だから一年を閉じる時、まあいろんなことがあったとしてもお互いに「ありがとう」のことばをもって閉じることができたらどんなに素晴らしいことでしょう。あなたの関わりのある一人ひとりに「ありがとう」。そして天地を創造された神様に向かって「ありがとう」を語るんです。

 でもいろいろ悲しみや辛さがあって感謝などできないと考える人もいるかもしれません。先日、ある方の講演を聞いていましたら心に沁み祈りのことばを聞きました。こんな祈りのことばです。
 天のお父様。どんな不幸を吸っても吐く息は感謝でありますように。すべては恵みの呼吸ですから。

 聖書の中にこんなことばがあります。第一テサロニケ5章の16節から

 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(第一テサロニケ5章の16節から18節)

 神様が一人ひとりに望んでいること、それは当たり前の人生ではなくて感謝の人生です。時には辛い避けたい現実があるかもしれません。でも勇気をもって「神様、感謝します。」と告白してこの一年を閉じませんか?


(PBA制作「世の光」2012.12.31放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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http://yonohikari.biblica.info 
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  お問い合わせは、
  電話 052-762-2196 (自由ケ丘キリスト教会内)  東海福音放送協力会 へ
 

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■ハレルヤ / 羽鳥頼和

2012年12月29日 | Weblog
2012/12/29放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 羽鳥頼和です。今年もあとわずかです。どんな気持ちで今年の最後を迎えておられるでしょう。この一年はどうでしたか? 悲しいこと苦しいことが多い一年だったのではないでしょうか。聖書はそんな私たちに希望を与えています。今日はその事をお話ししたいと思います。

 ハレルヤということばを聞いたことがあると思います。ではその意味を御存知でしょうか。ハレルヤのハレルは「誉めたたえよ」、そして残りの「ヤ」は聖書のまことの神様の名前です。つまりハレルヤとは「まことの神様を誉めたたえよ」という意味なのです。日本ではハレルヤということばをふざけて使うことがあると思います。お天気の「晴れる」と引っかけてダジャレのように使われるのはとても残念です。でもハレルヤの意味をこう覚えてください。神様によって心が晴れやかにされた人は神様を誉めたたえよ、ハレルヤ、と。

 もう少しこの「ハレルヤ、まことの神様を誉めたたえよ」ということばについてお話ししたいと思います。旧約聖書の詩篇148篇は、すべてのものが神様をほめたたえるように呼びかけています。神に仕える天使たち天にある太陽も月も星も地に住む生き物も植物もそして鳥も魚もそしてすべての人々も神様を誉めたたえよ、と呼びかけているのです。これらすべてのものはまことの神によって造られ神によって存在することができているのです。ですから、すべてのものは神様をほめたたえるべきなのです。

 そしてこの詩篇148篇では人が神様をほめたたえる理由をもう一つ語っています。人が神様をほめたたえる特別な理由それは神様が私たちを救ってくださる方であるということです。神様は私たちを救ってくださいます。悲しみや苦しみの中にある人に希望を与え平安を与えそして救いを与えてくださるのです。ですから、救いを与えてくださる神様を私たちは誉めたたえべきなのです。神様はイエス・キリストによって私たちに救いをお与えになりました。私たちはイエス・キリストを自分の救い主と信じることによって、神様からの救いを得ることができるのです。

 明日は今年最後の日曜日ですぜひお近くのキリスト教会にいらしてください。そしてまことの神様を誉めたたえましょう。

 (PBA制作「世の光」2012.12.29放送でのお話より )

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■あなたの先を進まれる主 / 岩井基雄

2012年12月28日 | Weblog
2012/12/28放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。

 一年を振り返る年末を迎えています。この一年はあなたにとってどのような一年だったでしょうか。この一年、社会にも世界にも様々な悲しみや苦しみ痛みがあり、多くの失望や孤独が人の心を包みました。しかしどんな中にあっても聖書が語る神様は私たちを見捨てず愛し守り続けてくださったのです。あなたが意識しようとするまいと神様はあなたの家族や友人などの様々な出会いを通し、太陽や水や大自然の恵みの中であなたを守り、あなたのいのちを支え続けてくださったのです。そして目には見えないまことの神様はあなたを愛し、あなたをこれからも力ある御手で導き続けてくださるのです。

 旧約聖書にこんなことばがあります。
 「主ご自身があなたの先に進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。
  旧約聖書 申命記 31章8節

 私たちは恐れ易いものですね。苦しみや悲しみや痛み失望や喪失の到来を恐れます。しかし、どんな中にも共にいて私たちを支え私たちを導いてくださる神様を知るとき、私たちは恐れる必要がなくなるのです。神様は決してあなたを見放さず、あなたを見捨てないからです。

 この一年を振り返り、一つ一つの小さな出会いや神様の不思議な祝福を思い起こし、恵みを数えて感謝を神様にささげませんか? あなたの周りの方々にそれらの感謝をことばにして表現し、愛のプレゼントとして届けませんか? 年末の忙しい中でこそ私たちは恵みを数え、感謝に満たされることが大切なのですね。

 そしてもうすぐ始まる新しい年もあなたの先を進んでくださる神様を見上げ、その愛と恵みの中を恐れることなく雄々しく感謝と共に進ませて頂きましょう。

 先程の聖書の箇所をもう一度お読みします。

 「主ご自身があなたの先に進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。

(PBA制作「世の光」2012.12.28放送でのお話しより)

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こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■目を覚ましていなさい / 福井 誠

2012年12月27日 | Weblog
2012/12/27放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブルメッセージは目を覚ましていなさいです。それではマタイの福音書25章13節から読んでみましょう。

 「目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

 イエス様は花婿を出迎える10人の娘の喩え話を語りました。10人の内5人は愚かな娘で5人は賢い娘であったと言います。何が賢く何が愚かなのかと言えば、賢い娘はいつでも花婿を出迎えることができるように十分な備えをしていましたが愚かな娘はそうではなく、結局祝宴に参加する機会を逃してしまったというお話です。

 イスラエルでは結婚すると新婚家庭を一週間開放し祝宴を設ける習慣がありました。その間新婚夫婦はまるで王様とお姫様であるかのような扱いを受け、まあ、一生の間では大変楽しい時を過ごすわけです。愚かな娘たちが参加できなかったのはこの祝宴でした。

 彼女たちは花婿を待つ花嫁の付き添いで、花婿が来る時には先触れの男が現れて、さあ花婿だという合図を送るのがお決まりであったようですが、それがいつであるかは知らされなかった訳です。油断してその時に付き添う準備ができていないと祝宴には参加できない事態になります。

 イエス様がこの喩えでお話ししようとしたのは、私たちはいつでも神様にお会いする備えをしておくべきだということです。確かに私たちは備えをすべき時に備えを怠り、失敗することが多いものですね。抜き打ち試験を受けてあるいは突然の来客を受けて日頃の備えを怠ったと悔やむことは多いものですね。

 天の御国つまり天国に入ることも同じです。確かに神が私たちを天に召される日などあらかじめいつであるかということは予測できないものです。何も今信じなくても死の間際に悔い改めて信じても天国に入れるのだからあとで信じるという人がいましたが、自分の死がいつ訪れるかということは分からないものですね。救いの時恵みの時と言われている今日神様に心を開いて罪を赦して頂き、天の御国に入ることができるという確信をいただいておきたいものです。神の御国の祝福も備えあれば憂いなしです。

(PBA制作「世の光」2012.12.27放送でのお話より )

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■私の幸せを授け / 板倉邦雄

2012年12月26日 | Weblog
2012/12/26放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「私に幸せを授け」という題でお話ししましょう。

 知らない土地での花嫁探し、しかしその花嫁はご主人アブラハムの親族から、という条件でした。今のように住所もない、どこに住んでいるか分りませんでした。アブラハムの年長のしもべはどうしたでしょうか。創世記の24章の続きです。

 まずしもべはラクダを町の外の水の井戸のそばに伏させます。時は夕暮れで女たちが水を汲みに出て来る時刻だったからです。目的を達成するために私たちはまず考えるということです。理性を働かせることでしょう。しもべはラクダに水を飲ませるため人々が集まる夕刻の井戸端で待つことにしました。そうすれば、ご主人様アブラハムの親族のことが分るからです。

 次にしもべがしたことは神様に祈りを捧げました。将来ではなく今日私に必要な幸せを授けてください、という切なる祈りです。祈りは万事を好転させる、ということばが私は好きです。私たちは万事を支配し導き処理される、そして神を愛する者のために万事を用いて益としてくださる摂理の神様を信じています。ですからすべてのことに先立って神様に祈ることです。

 第三に、しもべの祈りは非常に具体的でした。「私は泉の井戸のそばに立っています。町の人々の娘たちが水を汲みに出てきた時娘に向かって『お願いです。あなたの水瓶を傾けて私に飲ませてください。』と言います。娘が答えて『お飲みください。あなたのラクダにも飲ませましょう。』と言ったらその娘こそご主人様の息子イサクのために定められた嫁ということにしてください。」 神様への祈りは具体的でありたいですね。父親は子どもが何を欲しいか知っています。しかし親は子どもが自分の口ではっきりと欲しいものを言って欲しいのです。同様に天の父なる神様も私たちが何をして欲しいのかを知りたいのです。

 天の神様は私たちに今日、幸せを授けたいと待っているのではないでしょうか。
 「父よ、日用の糧を今日も与えてください。」(参照 マタイ 6章11節)

( PBA制作「世の光」2012.12.26放送でのお話より )

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■二つの幸せ / 山中直義

2012年12月25日 | Weblog
2012/12/25放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 山中直義です。
 先週と今週の二週間に渡り、クリスマス特別番組としてクリスマス・メッセージをお届けしています。

 今から約2000年前、異なる方法で人を幸せにしようとした二人の人物がいました。一人は時のローマ皇帝アウグストです。彼は、全世界の住民登録をせよ、との勅令を出し、人々を上から力をもって治めようとしました。彼は自らが思い描く世界、自らが思い描く幸せを真面目に実現させようと格闘しながらも、どうしても叶えることができなかったと言えます。自分の思い描く幸せを自分の力で、そう願ったアウグストの姿に私たちの生き方も重ねられるように思います。

 一方、そのアウグストの時代にベツレヘムの馬小屋で一人の嬰児(みどりご)がお生まれになりました。このお方こそ神の御子イエス・キリストです。このイエス・キリストは私たち人間の傍らに立つためにすべてを捨ててくださった、と聖書は言います。偉大な支配者としてではなく弱く貧しい一人の人としてお生まれになり、すべての貧しさ、弱さ、苦しみを私たちと共に味わってくださった。上から力をもってということではなく下から愛をもって私たちを幸せにしようとしてくださった。そして何よりも私たちを罪と絶望の闇から救い出すためにご自分のいのちまで十字架にお与えくださった。それが救い主イエス・キリストであると聖書は言います。

 本当に幸せになるために必要なのは、より強くなることでもより豊かにより偉くなることでもない。いのちを与えるほどに私たちを愛していてくださる神の愛をしっかりと受け取ること、それこそが私たちが本当に必要としてること、私たちが本当に幸せになるための道であると聖書は教えています。あなたを愛しあなたを幸せにするために神様はイエス・キリストをあなたにお与えくださいました。クリスマスのこの時、どうぞあなたも心を開き、このイエス・キリストを迎え入れてくださいますように。

 聖書のことば 
 「すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。
  新約聖書 ヨハネの福音書 1章9節

(PBA制作「世の光」2012.12.25放送でのお話しより )

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■命をかけた救い主 / 関根弘興

2012年12月24日 | Weblog
2012/12/24放送

 世の光の時間です。クリスマスおめでとうございます。関根弘興です。聖書のことばを紹介しましょう。
 「今わたしはこのたび全体のための素晴らしい喜びお知らせに来たのです。今日ダビデの町であなたがたのために救い主が終わりなりました。この方こそ周知リストです。」

 イエス・キリストの誕生は歴史を二つに分けてしまうほど大きな影響を与えました。今年は西暦2012年ですけども、イエス・キリストが終わりなって2012年という意味で西暦が使われるようになりました。それだけではありません。この方との出会いは人生を変える出会いとなっていくんです。それはイエス・キリストが真実な、命がけの愛を私たちに示すために来てくださったからなんですねえ。もし人が真実な愛に触れるなら、人は必ず変わることができるのです。

 三浦綾子さんのお書きになった小説『塩狩峠』の一節を引用しましょう。この小説のモデル長野政雄(ながの まさお)が雪の降る札幌の街角で聞いた牧師の説教が載っています。

 「・・・皆さん、本当の愛とは自分の最も大事なものを人にやってしまうことであります。最も大事なものとは何でありますか。いのちではありませんか。このイエス・キリストは大事なその命を我々にくださったのであります。彼は決して罪を犯さなかった。我々は自分が悪いことをしながら自分は悪くないというものでありますのに、何一つ悪いことをしなかったイエス・キリストはいや良いことばかりしたイエスはこの世のすべての罪を背負って十字架にかけられたのであります。彼は自分に罪は無いと言って逃げることができたはずであります。しかし彼はそれをしなかった。悪くない者が悪いものの罪を背負う。悪いものが悪くないと言って逃げる。ここにはっきりと神の子の姿と罪人の姿があるのであります。・・・」

 この小説を書いた三浦綾子さんは、このイエス・キリストの十字架の圧倒的な愛に心を動かされた一人でした。彼女はこう書いています。「この私自身の心のきたなさ、醜さのために罪のためにイエスは十字架に架けられたと知った時、私の生活は変わったのだ。」

 クリスマスはなぜお祝いするんでしょう。それはあなたを愛しあなたのために命を捨てることさえ厭わず、十字架であなたの罪を背負って死なれ、三日目に復活されたイエス・キリストが今も生きておられるからお祝いするんです。死んでしまった人の誕生は祝いません。誕生を祝うのは生きている人のために祝うのです。イエス・キリストは今も生きていてあなたを救うことができる方なんですねえ。

(PBA制作「世の光」2012.12.24放送でのお話しより)

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■救い主はロバに乗って / 羽鳥頼和

2012年12月22日 | Weblog
2012/12/22放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 羽鳥頼和です。

 もうすぐキリストの誕生を祝うクリスマスがやってきます。預言者でゼカリヤはキリスト誕生の480年ほど前にキリストのことを預言してこう言いました。

 「見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」(ゼカリヤ書 9章9節)

 キリストは王様として来られるというのです。普通、王様と言えば権力を傘に着て人々から税金を絞り取り、また過酷な労働を課して国民を苦しめて支配する、そんなイメージがあります。しかしキリストは全く違います。キリストは良い王様なのです。キリストは正しい方で人々に救いを与えるのです。キリストは柔和です。キリストは優しく人々のことを思いやるお方です。そしてキリストはロバに乗って来られます。このことはキリストが人々に平和をもたらすことを表しています。

 昔、馬は戦争の道具でした。王様は戦いの時には馬に乗り、平和の時にはロバに乗ったのです。その王が子ロバに乗ると言うことは、その王様のヘリ下った姿、謙遜さを表しているのかもしれません。そうです。キリストは決して威張らず、おごらず、むしろ人々を愛し、そして人々に平和をもたらす良い王様なのです。

 そしてそのキリストは今の私たちにも平和をもたらすお方です。キリストはあなたの心に本当の安心、平和を与えるために来られました。人の心の平和を日本語では平安と言います。ヘブル語ではその平和も平安もシャロームという同じことばが使われます。イエス・キリストはあなたに平安を与えるために来られました。

 ですからキリストは言われました。
 「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。」(ヨハネ 14章27節)と。

 キリストの与えてくださる平和・平安をぜひ受け取ってください。明日、キリスト教会ではクリスマスの記念の礼拝を行なっています。ぜひ教会へいらしてください。

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■すべての人を照らすまことの光 / 岩井基雄

2012年12月21日 | Weblog
2012/12/21放送

世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 あなたは暗闇を経験したことがありますか? 自分の手も見えないほどの真の暗闇の中では夜空に輝く星々の美しさに感動することがありますね。闇が深ければ深いほどどんな小さな光でも美しく、大切なものとして輝きます。

 人生の闇についても同じようなことが言えるかもしれません。それが本当に人を生かし真のいのちを与えるまことの光であれば、その喜びや美しさはどれほどでしょうか。クリスマスの喜びはそこにあるのです。

 聖書にはクリスマスについてこう記されています。
 「すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。・・・すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
 新約聖書 ヨハネの福音書 1章3節から10節 (3-5節、9-10節)

 すべてを創造された神の独り子イエス・キリストこそすべての人を照らすまことの光であり、人の心の闇をいのちの光で輝かせてくださるのです。キリストの誕生を最初に礼拝した羊飼いたちは人口調査の時も人として数えられることもなく盗人扱いされていた存在でした。彼らの冷え切っていた心は天使たちの賛美によって喜びに満たされました。人々に忘れられた存在の彼らを神様は消して忘れず、彼らの心を喜びといのちで満たされたのです。

 先程の聖書はこう続いています。
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(ヨハネ1章12節)

 この神の子どもとされる特権はあなたにも用意されています。あなたも自分の心にまことの光である救い主を受け入れませんか? あなたが自分の心の闇を認め、その闇をいのちに輝かせるために来てくださった救い主イエス・キリストを受け入れるとき、あなたも神の子どもされ、永遠の喜びといのちの人生が始まるのです。

(PBA制作「世の光」2012.12.21放送でのお話しより)

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■クリスマスの中にある希望 / 福井 誠

2012年12月20日 | Weblog
2012/12/20放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。 今日のバイブル・メッセージは「クリスマスの中にある希望」です。

 それではルカの福音書2章11節から読んでみましょう。
 「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。

 クリスマスが何の日なのか意外と知らない人は多いと思いますね。ケーキを食べる日だとか、プレゼントを贈る日だとか、愛を告(こく)る日だとか、何となくいいムードになれる日ではないかというイメージで捉えていて改めて考えてみたことは無いっていうことはあるでしょう。年中行事なんて言うのはそういうものかもしれませんね。今日はクリスマスがイエス様の誕生日であり、これがすべての人の希望の日であることを知って頂きたいと思っているんです。

 そもそも世界で最初のクリスマスはどんなものだったのか、聖書はその様子を書いています。イエスがお生まれになった時に、その喜びの知らせは野宿をしている羊飼いたちに真っ先に伝えられました。これは驚くようなことです。当時羊飼いはユダヤ人が守る聖なる習慣を殆ど守ることができない仕事でしたので、宗教的には落語者のレッテルを貼られ、社会からはつまはじきにされているような人達でした。

 ところが世界の救い主であり王であるお方の誕生は真っ先にそういう社会から見下げられ相手にされないような人たちに伝えられたのです。社会のエリートではありません。身分の高い人や立派な人、要領の良い人でもないのです。これは大切なことですね。

 私なんかは生きていたってしょうがない。そんなふうに思うことが人生のどこかであったりします。何となくつまらない人生を生きてきた。何のために生まれてきたのか分からない。社会からはじき出されて沈むような思いでいる方はいることでしょうね。しかしまさにそういう人にそういう人にこそ神様は目を留めておられるのです。クリスマスというのはそういう日だったんですね。

 救い主イエス様はまさに「失われた人を捜して救うために来たのです」(ルカ19章10節)という聖書のことばは真実です。あなたもクリスマスの日に教会へ行ってみませんか。そこであなたに目を留めてあなたに新しい人生の展開を用意しておられるイエス様を知って頂きたいと思います。

(PBA制作「世の光」2012.12.20放送でのお話より )

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