♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■食前の祈りがもたらす幸せ(1)

2009年01月31日 | Weblog


世の光の時間です。 いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。 
 
 最近、「先生、少しお痩せになられましたか?」って聞かれることがあります。 そうなんです。 この1年10ヶ月で約12キロ痩せました。 実は医者から「少し血圧が高いよ」って言われて、食事を少しづつ調整したからなんです。 食事調整の初めの頃、玄米をよく食べたんですが、子どもの頃のように妻や友人に「よく噛んで食べてくださいよ」と言われる始末でした。 けれどもその結果、随分スリムになりました。 

 ところでイエス・キリストは私たちに一つの祈りを教えてくださいました。 「天にまします我らの父よ」で始まる「主の祈り」と呼ばれる祈りです。 その中に、「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」という祈りのことばがあります。

 食べ物のために祈るなんて、って思うかもしれませんが、戦争中のひもじい時を過ごした方や、今も飢饉や紛争などで食べるものに困っている人たちの写真などに接すると、食べ物は決して当たり前にあるのではない、ということに気づかされます。 

 食べ物について聖書はこんなふうに教えています。 
食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。神のことばと祈りとによって、聖められるからです。」 新約聖書テモテへの手紙第一  4章3節から5節

 食べ物はみな私たちが楽しみ感謝する毎日を送れるようにと神様が備えてくださったものなんです。 だから捨てるべきものなんか一つもないんです。

 食べ物があってもそれだけで幸せとは限りません。 争いが起こります。 だから謙虚に、「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」と祈り、「今日の糧をありがとうございます」と祈ることです。 そうして今日も食べ物によっていのちを頂いていることを心から神様に感謝するのです。

 いかがでしょう。 あなたも食べ物や必要なものすべてを与えてくださる神様に心を向けてみませんか? 「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」と神様にお祈りをしてみてください。 きっと食前の祈りがもたらす幸せを味わうことでしょう。 

  ( PBA制作「世の光」2009.1.31放送でのお話しより )

***

さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

***

このサイトは URL名として http://yonohikari.biblical.jp 
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■賛美と力と奇跡

2009年01月30日 | Weblog

世の光の時間です。 お元気ですか? 岩井基雄です。

 あなたはゴスペルと呼ばれる歌を聞いたことがありますか? もともとは自由を奪われ支配されてきた人々の心の奥から溢れてきた希望の歌であり、神への讃美です。 讃美は人に力を与えます。

 さて今日は詩篇71篇5節から8節です。 ここにも讃美の歌があります。 聞いてください。

 「神なる主よ。・・・ 私は生まれたときから、あなたにいだかれています。あなたは私を母の胎から取り上げた方。私はいつもあなたを賛美しています。私は多くの人にとっては奇蹟と思われました。あなたが、私の力強い避け所だからです。私の口には一日中、あなたの賛美と、あなたの光栄が満ちています。」(詩篇71篇5節から8節 抜粋)

 この詩篇の作者は自分の存在の根源が神様にあり、神様にあって今の私があるのだ、と告白しています。 私たちの存在には意味も目的もあります。 神様が愛によってあなたという人間を創造されたのです。 この作者は自分が神様の御手に抱かれてきたことを感謝し讃美しています。 そして神様が力強い避け所であることを知りそれに生かされる人生は人の目には不思議な力と喜びのある人生なのだ、と歌っています。

 多くの方がゴスペルの歌やその讃美に不思議な魅力を覚え、心の深みから溢れる喜びを経験するのも、ゴスペルの歌が神様にある人生の力強さや希望を表しているからなのでしょうねえ。

 先程の詩篇はこう続いています。 
 「神よ。・・・ あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、会わせなさいましたが、私を再び生き返らせ、地の深みから、再び私を引き上げてくださいます。」 詩篇71篇19節、20節(抜粋)

 あなたがどんな苦しみを経験されていても、その苦しみと悩みの深みから引き揚げ、あなたにいのちを与えてくださるのは神様です。 神様のもとにこそあなたが本当に輝いて生きる道があるのです。 あなたも神様の愛で満たされ生かされる人生へと歩み出しませんか? 神様はあなたが神様の御もとに来るのをずうっと待っているのです。
 
 ではまた聞いてください。

(PBA制作「世の光」2009.1.30放送でのお話しより)

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■心の奥底に湧き上がる泉

2009年01月29日 | Weblog


 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか。 福井 誠です。 今日のバイブル・メッセージは「心の奥底に湧き上がる泉」です。

 それでは聖書の中のヨハネの福音書7章37節、38節から読んでみましょう。
 「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
  わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、
  その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。


 人間には様々な必要があるものですが、しばしば私たちには人間の力を超えた神の力そのものが必要であるということがあるかもしれません。 人間関係に行き詰まった。 仕事に行き詰まった。 そういう八方塞がりの状況を打ち破る神的な力がない限りもう一歩も先に進めない、そういうことがあるものではないでしょうか。そんな時に聖書は私たちにとって力強い味方になってくれるのです。

 多くの人は、聖書というのは為になることが書いてあって学ぶべきもの、と受けとめているのではないでしょうか。 しかし聖書はそれ以上のものです。 それは私たちの生活の内に働き、助けを与え、慰めを与え、いのちを与えてくださる神のことばなのです。 学ぶべき教えというよりも、力ある神のことばとして信じていくべきものなのですねえ。

 いつでしたか、心に平安がなかった時に、私は何とか平安を取り戻そうとして努力すればするほどに泥沼に陥る思いになったことがあります。 そこで聖書を開いてヨハネの福音書を読みました。 そこに「わたしはわたしの平安を与えます」(ヨハネの福音書 14章27節参照)とイエスが語られているのを発見しました。 その時私は、心の平安というのは自分で作り出すものではなくて神様が与えてくださるものだ、と改めて気付いたのです。 そこで素直に祈りました。
 「神様、私には平安がありません。
  このことばの通り、あなたの平安を与えてください。」
そしてゆるがない平安が自分の内に与えられていることに気付かされた経験があります。

 聖書を学びたい、という人は結構いるものです。 しかし聖書は神のことばですから、学ぶよりも信じていくべきもの、私たちの生活でその力を味わっていくべきものです。 あなたにもそのような聖書の素晴らしさを本当に味わっていただきたいと思います。

 (PBA制作「世の光」2009.1.29放送でのお話しより)

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■みこころが天で行なわれるように、地でも行なわれますように

2009年01月28日 | Weblog
 

 世の光の時間です。 お元気ですか? 安海靖郎です。
 お祈りについてシリーズでお話しをしております。 イエス・キリストがお祈りの模範として教えられた『主の祈り』のことばを取り上げています。

 今日は、「みこころが天で行われるように地でも行われますように」という一節です。

 「みこころ」・・・神のお心のことです。 神の意志・計画と言っていいでしょう。 では神の計画とはどんなものなのでしょうか。
旧約聖書のエレミヤ書には、神を敬い信頼する人に神はこのような計画を持っておられるとこう言っています。
それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ書 29章11節)
 人は誰も将来を確定することができません。 むしろ将来がどうなるのかという不安・不確かさがつきものですね。 まことの神はそんな私たちに平安と希望を与える計画を用意していてくださる、というのです。 将来大丈夫、と言って保証してくださるのは神様の真実と約束なのです。

 また新約聖書では、神様が望み願っている、すべての人への計画、それはこういうことだと言っています。 テモテへの第一の手紙 2章4節です。
神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」って言うんです。

 ではどうして私たちが救われるのでしょう。 その確かさ・保証・真理はどこにあるのでしょうか。 聖書全体が示している真理、神の救いとはこのように言われています。
 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書 3章16節)
 このような素晴らしい神の計画が天で・天国で完全に行われるようにこの地上でも行われますように、というのです。

 この地上ですから今日私たちの心の中に家庭の中に仕事の中にこのイエス・キリストにある平安が希望が新しい力が現実なものになりますように、というそういう意味のことばです。

 そんな理解をもってあなたもぜひ「みこころが天で行われるように私の内に行われますよう」と祈ってみてください。

 ( PBA制作「世の光」2009.1.28放送でのお話しより )

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■素晴らしい陶器師

2009年01月27日 | Weblog
 

世の光の時間です。 お元気でお過ごしですか? 関根弘興です。 今日も一日さわやかに歩んでいきたいですね。

 えー、聖書の真ん中へんにイザヤという人が書いた書物があります。 イエス・キリストが生まれる約七百年も前の人物ですが、このイザヤはこう記しているんですねえ。
 「今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。 私たちはみな、あなたの手で造られたものです。
 イザヤ書 64章8節

 ま、ここで言う陶器師とは天地を創造された神様のことなんですね。 そしてその方の手の中にある粘土があなただ、という訳です。 

 私は時々、お宝を鑑定するテレビの番組を見ます。 先日も見ていましたら、フリーマーケットで買った絵が紹介されていました。 フリーマーケットですからほんとに安く買ったんですねえ。 しかし何とスタジオにいた人がみんな驚いてしまう程の高価な値段がつけられていました。 その絵だけを見ていたら、どこにそんな価値があるんだろう、と思ってしまいます。 また番組では、いろいろな陶器も出てきますねえ。 高額なお金を出して買ったものが二束三文の価値しかなくてがっかりする時もあれば、その逆もあります。 

 でもどれも共通していることがあるんですね。 それは誰が書いたものか、誰によって作られたものなのか、そのことによって決定的にその物の価値が決められている、ということなんです。 

 そう考えると、あなたという存在はどんなに価値があると思いますか?

 イザヤという人は、人々に伝えたんですねえ。 私もあなたも神様の作品なんですよ、天地を創造された神様が私たちを造りあげてくれたんです。 この方こそ陶器師で、あなたは粘土に過ぎないんですよ、と言ったんです。 

 でも粘土も素晴らしい陶工の手の中で練られ形造られていったとき、それは大きな大きな価値あるものとされていくんです。 あなたの心には、あなたを形造った神様の銘が刻まれているんですねえ。

 他人を見て劣等感に陥ったり、逆に優越感に浸ったりすることはよくあるものです。 ちょうど風に揺れる葦のようにこちらになびき、そしてあちらになびく、といった具合です。 でも私は神様によって造られた、世界でたった一人の存在として生かされている、神様の作品としての意識を持って生きていきませんか?  陶器師の作品は一つひとつ皆違うんです。 だからあなたが、あなただからこそ素晴らしいんです。 

 「今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。 私たちはみな、あなたの手で造られたものです。
 イザヤ書 64章8節

 (PBA制作「世の光」2009.1.27放送でのお話しより)

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■リジョイス

2009年01月26日 | Weblog

 世の光の時間です。お元気でしょうか。村上宣道(のぶみち)です。

 えー、「さわやか世の光」という10分の番組があるんですけれども、そのアナウンサーの四本(よつもと)さんという方がですねえ、こういう寒い何となく縮こまりやすい時にはフルフル作戦でいきましょう、ってこう言われたんですねえ。 フルフル作戦って洋服に言うフリルでもたくさんつけてなのかしらと思ったら、そうではなくって、ジョイフル・チアフル・パワフル・ワンダフルのフルフルで過ごしましょう、ということだったんですねえ。
 で、確かにジョイフルっていうのは楽しい気分で、チアフルというのは元気、そしてパワフルでワンダフルなんて、そういう生き方はいいかなあって思いますよねえ。 寒い時にブルブルしてるよりはフルフルっていうふうにしていたらいいのかなあというふうに、ほんとに思わされましたねえ。

 で、ジョイフルってのは、ジョイってのは「喜び」という意味のことばな訳ですけれども、それにフルがつくと何か喜びが溢れてというふうなそういう感じがしますねえ。 

 聖書の中にですねえ、ピリピ人への手紙というのがあって、その中にパウロという人が、 ---これは牢獄の中にいてそして教会の皆さんにというので書いた手紙なんですねえ。---  牢獄の中にいるのにこの人はこのピリピ人への手紙の中で、「喜び」「喜び」「喜び」というようなことを4章しかない中で16回または17回繰り返して言っているんですね。 その中の一つに
 「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」(ピリピ 4章4節)
というふうに勧めている訳なんですね。

 で、この英語の聖書では「喜びなさい」というこのことばはリジョイス rejoice ということばが使われているんですけれども、あの大江健三郎さんですね、ノーベル文学賞を貰ったこの方が『燃える緑の木』という小説の一番最後の所を「リジョイス」ということばで締めくくっているんですね。 で、この小説のテーマは知的な重い障碍を負ったお子さんとの共生、そういう生活のことを書いていて、テーマとしては重い訳ですよね。 ですけども最後のことばは「リジョイス」ということばで結んでいるということは励まされるなあというふうに思うんですね。 決して楽観視している訳ではないとおっしゃっています。 でも前向きに喜びをもって取り組んでいく、そういう姿勢は大事なんではないかなあというふうに思う訳ですね。 

 えー、私たちも毎日いろんなことがあってちっとも喜んでいられないってことがあるかもしれないけれども、喜ぼうというそういう前向きの生き方は大事だなと思いますね。

 ( PBA制作「世の光」2009.1.26放送でのお話しより)

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■ともに食事をすることが幸せ(3)  

2009年01月24日 | Weblog

世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。 

 先日、この三月に長男が結婚するというので二つの家族が集まって食事をしました。 これまで互いに見ず知らずの家族でしたから、この機会に親睦を深めようという訳です。 そのために食事を共にするというのは、とても都合の良いものでした。 

 この共に食事をするというのを詰めて書くと「共食」となります。 ところがこの共食ということばの後ろに一文字ひらがなの「い」をくっつけると、どうなります? 「共食い」になっちゃうんです。 共食いになると、「かまきりの共食い」と言うように、互いに食いあって共に生きようということを目指す共食とはまったく意味が逆になります。 

 ことわざに「食べ物の恨みは恐ろしい」というのがあります。 食べ物は私たち人間の生存に欠かせないものです。  それだけに食べ物から人の本性が現わになりやすいものなのです。 きっと誰にでも身に覚えがあると思うんですが、喧嘩したあとの食事のまずさ。 文字通り、あと味が悪いものです。 いくら御馳走が並んでいても、愛が冷え争いばかりで心が通わない夫婦・親子・友人の家では少しもおいしくなんかないのです。 これが民族と民族、国と国との争いに発展すると、国交断絶、紛争になり、遂には戦争になりかねません。そう考えるとすごく平凡なようですが、共に食事ができるということ自体が本当に幸せなことなんだなあと思わされます。

 旧約聖書、箴言17章1節のことばです。
 「一切れのかわいたパンがあって、平和であるのは、ごちそうと争いに満ちた家にまさる。

  「一切れのかわいたパン」とあるように、もう古くなっておいしくないかもしれない、そういうパンが一つ。 それだけ生活に困っているということでしょう。 けれどもたった一つのパンであっても、家族みんなで分け合って食べる家のほうが、いくら御馳走が並んでいてもいがみあっている家よりもはるかに幸せだというのです。

 さてあなたは今日、誰と一緒に食事をしますか? その人とどんな気持ちで食事をしますか? 今日のあなたの食事が幸せなものでありますように。 

 あなたも一度お近くの教会を訪ねてみてください。 そこには本当に共に食事をすることの喜びを知っている方々が集っています。

  ( PBA制作「世の光」2009.1.24放送でのお話しより )

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■詩篇を味わう (4)重荷を担ってくださる方

2009年01月23日 | Weblog

世の光の時間です。 お元気ですか? 岩井基雄です。

 私たちは様々な人生の重荷を負っています。
その重さに耐えかねて押し潰されそうになってしまったり、疲れ果ててもうすべてを投げ捨ててしまいたいと思っている方もいらっしゃいませんか?

 さて今日は、様々な重荷を抱えているすべての人にぜひ味わっていただきたい詩篇です。 お聞きください。

ほむべきかな。日々、私たちのために、重荷をになわれる主。
 私たちの救いであられる神。
 神は私たちにとって救いの神。死を免れるのは、私の主、神による。
」 詩篇 68篇19節と20節です。

 私たちの人生の重荷、苦しみや悲しみをそのまま受けとめ担ってくださる方がいらっしゃるのだ、と語られています。 その方はどなたでしょうか。
それは私たちの救いであられる神様です。 神様があなたの重荷を担い、あなたの苦しみを背負い、助け出してくださるというのです。

 旧約聖書のイザヤ書にこう書いてあります。
 「あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。」(イザヤ書 46章4節)

 重荷を担っているあなたを、苦しみを抱えているあなた自身を背負ってくださる方、そしてその苦しみから救い出し助け出してくださる方がいらっしゃるというのです。

 あなたも神様のもとにすべての人生の重荷を降ろしませんか?
神様があなたの重荷を担い、重荷を抱えるあなた自身を背負って、どんな苦しみや痛みの中からも救い出してくださるのです。
 たとえあなたが死に対する恐れ、不安やとまどいを抱えていらっしゃるとしても、神様はそこにも助けを与え、いのちを与えてくださいます。
神様のうちに永遠のいのちがあるからです。

 詩篇 68篇19節と20節
ほむべきかな。日々、私たちのために、重荷をになわれる主。
 私たちの救いであられる神。
 神は私たちにとって救いの神。死を免れるのは、私の主、神による。


 ではまた聴いてください。

(PBA制作「世の光」2009.1.23放送でのお話しより)

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■いのちをもたらすもの

2009年01月22日 | Weblog

 今日のバイブル・メッセージは「いのちをもたらすもの」です。 それでは聖書の中のヨハネの福音書6章63節から読んでみましょう。 

 「いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。

 私がクリスチャンになったのは御利益がきっかけでした。 小学校5年生の頃に洗礼を受けてクリスチャンになったのですが、その当時は喘息が癒されるという御利益に惹かれて信仰を持ったのです。 イエス様の十字架の救いや聖霊によって新しく生まれることなど聞かされていてもあまりよく理解できていなかったと思います。 

 ですから中学・高校と、クリスチャンとは名ばかりの生活を送っていました。 聖書もあまりよく読まないし、祈りもしませんでしたが、人前でクリスチャンらしく振舞うということがクリスチャンなんだ、と思って生きていた時代がありました。 

 しかし体裁を繕って生きるなどなかなか大変なことですねえ。 クリスチャンとして生きることは堅苦しいし、しんどいものだなあと随分悩んだことがあります。 性格改造に一生懸命取り組めば取り組むほど失望感に満たされる、そんな時を過ごした記憶があります。

 しかしそのような出来事を通して分かってきたのは、結局生まれながらの人間というのは神様が期待されるように生きることなどできない、ということでした。 どこかでそういう神様の目に適わぬ古い自分に死んで新しく生まれることが必要なんだ、ということです。

 まさに今日の聖書のことばが言うように、肉は何の益ももたらさない。 つまり、生まれながらの体には私たちを変える力がない、ということです。 
 
 ですから、聖霊なる神の働きによって新しいいのちを与えていただく。 私たちの性格も心もまったく新しくしてくださる聖霊なる神の働きに与ることが信仰を持つ第一歩になるのです。

 キリスト教信仰を持つということは、性格を改造することでも人前で立派に振舞える人間になることでもありません。 神様の力によってまったく新しい人とされることなのです。 あなたにもその祝福を知っていただきたいと思います。

 (PBA制作「世の光」2009.1.22放送でのお話しより)


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■御国が来ますように

2009年01月21日 | Weblog
 

 世の光の時間です。 お元気ですか? 安海靖朗です。 このコーナーでは、お祈りについて、シリーズでお話しをしています。

 今日は、イエス・キリストが、このように祈りなさいと教えた『主の祈り』の三番目のことばです。 「御国が来ますように。」というのです。

「御国」とは「天国」または「神の国」のことです。 この天国や神の国の「国」とは国家や領土のことではなく、「権威」とか「支配」という意味です。 ですから神の国とは「神の権威・神の支配」ということになります。

 そして聖書では「神の救い」という意味でも用いられます。 これは聖書の中心的な教え・テーマでもあります。 それは神がイエス・キリストを通して人の心の中にまたはこの世界に、その権威に基ずく神の救いをもたらすということです。
それは「すべての悪や不正が裁かれ、正義と公正と愛の支配する神の権威が来ますように」ということになります。

 それはキリストの再臨 ---再びおいでになる時--- に完全に実現するものです。
ですからこの世界に本当の平和と愛と公平がキリストによってもたらされるように祈れ、というのです。

 さらにそれはイエス・キリストによってもう既にもたらされた神の国・神の救いということでもあります。

 イエス・キリストは不治の病の人・悪しき霊にとりつかれた人を癒した時、こう言いました。
「神の国はもうあなたがたのただ中に来ているのです。」(参照 マタイ 12章28節、 ルカ 11章20節、 ルカ 17章21節)

 ということは、神の国・救いは人の心の中に、私たちの生活や仕事のただ中に、イエス・キリストによって、すでにもたらされている、ということなのです。

 ですから、毎日のストレスの多い生活の中に、私たちの心の中に、また不安な将来、そして時にはどうすることもできないような苦しい状況の中にでも、「御国が来ますように」と祈ることです。 そこに人知では計り知ることのできない神の愛と平安が、そしてまた具体的な力・助けがキリストにあって実感できるんです。

 あなたも今日、心を神様に向けて、キリストを信じ、祈ってみてください。 「今日、イエス・キリストによる神の国・救いが私に来ますように。」と。 

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