無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

十文字町道の駅

2016-11-30 21:17:27 | 酒田

あまりに沢山の道の駅を渡り歩く。この十文字町道の駅では、ポリフェノールに特化した野菜や果物をゲットする。

赤い蕪や赤い大根、それと赤大根の種で作ったのだろう、茎が赤いカイワレ大根も買った。白菜の隣の緑の塊がそうである。

その中で一番目に付いたのが、黒柿だった。小さいが甘柿だそうだ。実の中の種が4粒以下は渋いが、それ以上だと甘くなるらしい。通常は8個ほど入っているそうだが、実その物も小さいので、さぞかし食べる所が少なかろうと思う。黒柿は、建築用材では茶室の炉縁によく使われる。とても固くて、柿の木1本倒すのに、ノコギリが2-3本駄目になるそうである。植えてみようかしら。

カウンターにさりげなく置いてあった水槽に。

あきらかにウーパールーパーのような生き物が。

静かにこちらを伺っていた。

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西馬音内(羽後町)

2016-11-30 20:40:17 | 酒田

盆踊りで有名な西馬音内を目指す。

目的は、昼食の蕎麦である。中身が見えないほどの大きな掻き揚げが載っていた。

かき揚げをパキパキと箸で折ると、中から蕎麦が顔を出した。掻き揚げ大き過ぎ!!

店名は、羽後町の彦三と言う蕎麦屋で、仏壇のある二間続きの和室で、入れ替わりの激しい客達と一緒に食す。有名な店らしい。

せっかく西馬音内に来たので、盆踊りの行われる町の通りまで行って見ることにした。

右側が、西馬音内盆踊り会館。自由に入って見ることが出来る。

 

戸袋の細工が綺麗だった。

このような建物が周りを囲む町のお祭り広場で、盆踊りは行われるようだ。

これは広場に隣接する図書館。

西馬音内盆踊り会館では、受付の2名の女性が色々と教えてくれる。入るのは無料だ。ここは盆踊りのステージ。実は、このスクリーンの後ろに素敵な盆踊りの絵を染めぬいた幕があった。

2階の大広間。

その広間の畳の縁に刺繍で施された盆踊りの絵

ついで、最近出来たらしい羽後町の道の駅に寄ってみる。端縫いの里とあるのがキーポイントである。

これは道の駅

ここの盆踊りは、このような衣装を着けた女性が編み笠を被って踊る。浴衣や単衣の着物に、色取り取りの端切れ布を縫い付けて衣装にする。

普通の着物では、似つかわしくない。

 

編み笠を被る女性と、目の部分をくり抜いた黒い布を顔に被せて踊る二通りがある。踊りの動きも綺麗だが、溜息が出るのは、撓った手の動きである。

蕎麦も、独特の製法らしい。

道の駅のレストランで、綺麗な東向きの田んぼを見ながらジェラードを食べた。寒いのに。しかもダブルで、お腹がパンパンになった。そっか、掻き揚げも食べ切れなかったんだ。

 

 

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鳥海山の背が高くなった

2016-11-04 08:17:46 | 酒田

土門拳写真記念館と東北公益大学の間の通りも、紅葉が進んできた。

公益大で31日に開催された「港町の再生、日本と世界」のシンポジウムは、ブラタモリなどに出演されていた岡本哲志氏の基調講演が面白かった。氏は前日の酒田港の散策にも参加された。賑わいの面で酒田港は現在大型客船の誘致を行っているが、酒田北港に停泊しバスで市内や県内に移動する方式は、あまりに動線が短くて、せっかくの酒田の街を蔑ろにしている。出来るなら大型船から小型船に乗り換えて、酒田本港から市内に乗り込む姿勢の方が良いと仰った。酒田本港が本来の酒田の玄関とするやり方である。クルーズ船が、賑わいのある本港に停泊できず、工業港の作業口の北港へ入港するのは、あまりに殺風景なのである。

日本の港の魅力のランク付けの話も興味深かった。1-2位を争う神戸港と横浜港は、まぁ妥当だと言えるが、あんなに努力している門司港がかなりの下のランクなのに驚いた。酒田港なんて、どうやったら魅力なんて出来るのさ。それと、港湾事務所長のB/Cでガックリに拍車がかかる。日本は京浜港と阪神港を重点的に発達させる。物資の荷下ろしに便利な櫛形の埠頭は、もはや時代遅れで(博多港の櫛形埠頭を否定された。)コンテナの荷下ろしに必要な広いバックヤードを持つ港に移行している。コンテナヤードは人々が入り込む空間はなく、荷揚げの為だけの施設である。賑わいを求めるなら、それ相当の設備のある波止場が必要なのだそうだ。それを造る予算はない。トイレやシャワー(大浜海岸)も、B/Cで吹っ飛んだ。夢は木っ端みじんだ。来週からのデザインスタジオは、うまく行くのだろうか。

これは水曜日の鳥海山。雪が随分と降りてきて、背が高くなった。出羽大橋を渡るとて、この勇姿を何としても撮したいと、京田川のこちら側に車を突っ込む。ちなみに、この場所は通行止めの柵が道路に刺さっている。

千畳ガ原は辛うじて紅葉のままだが、ここ数日の低気圧でますます白い化粧は進むのだろう。

 

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酒田大火40周年・町歩き

2016-10-31 13:58:10 | 酒田

酒田大火から40周年の節目を迎え、酒田大火シンポジウムの前段で町歩きを行った。時間までに酒田市役所に着くと、驚くほどの人がいた。せいぜい20人程度だと思っていたのだが、渡された資料も足りなくて仏壇の佐藤さんはコピーしに走った。参加者は勿論酒田市民もいたが、遠くから参加された人も多いのに驚いた。特に太平洋側からの方は、震災復興のヒントになるかと考えたそうである。

JC酒田青年会議所 7月例会「酒田大火」 5分50秒

40年前の酒田大火とはどんなだったかを、少しだけ紹介した動画があった。酒田JCさん達の物らしい。NHKではドキュメンタリーとして30分か1時間番組を作っていた筈だ。以前、別のシンポジウムでそれをお借りした事があった。

若干の説明の後、移動する。信号を渡るにも大勢過ぎる。

まずは、火元のグリーハウスの辺りで説明を受ける。グリーンハウスは、とても素敵な木造の映画館だった。残念なことに、そこが火元となり、折からの30km/sの強風に煽られ燃え広がるのだが、鉄筋コンクリートの大沼デパートに囲まれ延焼までは時間が掛かった。大沼デパートが突破されると、ト一屋方面へ横に火が走った。もう一団はアーケードを煙突のようにして風下に向かう。

上空を真っ赤にした炎は、大きな川の流れのように遙か彼方へ火の塊を運んだ。火の粉なんて可愛い物ではない。木材が燃えながら飛んで行く。

防火帯となり得るだろう広い道路は軽々と突破され、新井田川に陣取った山形、新潟、秋田の応援を貰った消防は、川の水を水源にして水の壁を作った。新井田川の傍の建物は、燃えない内に延焼を防ぐ為に取り壊された。さながら江戸時代の火消しである。風下から消火の放水を行っても、強風の為に水が戻ってきて火に届かない現象が起きた。風上から燃え終わった所へ消火を行っていたが、これではらちがあかないと最後の新井田川の水の砦を築いた訳である。もし新井田川が存在していなかったら、バイパスまで燃え広がったと思われる。

さて、復興も早かった。火事に慣れている市民は、歳末商戦まで仮設の店舗を柳小路に建築する。仮設住宅は火災が済んだ3日目には出来ている。復興はスピードが命だ。新たな公園や道路を造る為の敷地の減は各家に及び、敷地を売り払って郊外に引っ越しをする人もいた。大火後の都市計画では防火地域が設定され、個別に造るのでは無く共同で店舗を繋げる計画も進んだ。被災者は諸手をあげて酒田市の提示する復興に賛成した訳でもない。特に酒田商人は一国一城の主の感覚が強い。それが我慢する所は我慢し、復興に協力した。その手法は「酒田方式」と呼ばれ、その後の阪神淡路や東日本大震災でも参考にされた。ところが、被災者の気持ちを汲むこと無く、強引な手法のみが一人歩きし反感を買った地域もあった。

「飼い主を待っているのでございます。」

地下を駐車場にし、地上は公園にした。この道路は、現在は車両の通行可になっているが、復興当時は先進的な歩行者道路にした。いかに地下駐車場を造ったとて、地方都市における車社会には対応出来ず、折からの郊外大型店舗の出店と共に、空洞化現象に拍車がかかり、商店街はシャッター街へと変わって行く。

今回の町歩きの先導の先生は、町の中心部の空洞化は全国的で、逆に大火後40年を経て商店街が生き残っているのが珍しいとも仰られたが、それは商店街の人々の血の滲むような努力の賜物だとも思う。復興時は借金するにも利子が高い時代であり、木造から耐火建築への移行で固定資産税も高かくなった。随分と無理な中で、頑張ってきたのだと思う。日本が高度成長時代やバブル期を迎えても、山形県は酒田市のせいで土地の値段は下がり続け、経済も停滞する。その痛手は今でも引きずっている。まだ若者が多かったから復興が出来たのではとも考える。今、同じ事が起こったら、復興は無理だろう。数年前の今町での数件を焼く火災では、1軒のみ新築したが、空き地は残ったままだ。

助かった薬師さんの神木。

 

延焼を免れた本間家本邸は、西側に土塀、土蔵、防火林で、母屋を防いでいる。昔からの工夫だ。

ちなみに、酒田のお金持ちの家の屋根は、特殊な赤瓦である。赤松は400年もの。神社仏閣にも、この瓦が使われている。一般の町屋は黒瓦か杉皮の石置き屋根だった。現在の建築基準法では、この石置き屋根では建築できない。復元された石置き屋根は鐙屋さんで見ることが出来る。

本間家本邸。南側が酒井藩主を迎える武家の書院造りになっており、奥が町屋と2つの形式で造られている。当主の光丘さんの部屋が驚くほど小さい。光丘さんは公益の走りで、自らは質素に励んだ。本来なら藩主が行うべき公益の事業も、本間家が先頭に立って行った。日和山の造成や黒松林の植林も手がけ、庄内平野を防砂から守った。

酒田は冬の季節風が台風並みの強さである。江戸時代は5-7年毎に、何百何千軒と燃える大火を繰り返している。驚くのは復興する力と速さだ。明治の庄内地震を境に、大火は納まったが、酒田市民のDNAに火事の記憶が残っている。酒田市の消防も優秀で、「強風の時には火事は起きない。起こさない。」のジンクスがあったが、今回の大火でそれは消えた。

 

お社があるのに気がついた。

長屋門。その板戸がケヤキの一枚物である。

 

 

 門の扉の金物。

 本町通りの長屋門は、藩主の物。この中央の門が男門。もっと奥に女門があって、人によって分けられている。

本間家の横には、昔堀があった。

新井田町の歩行用の道路。中町もそうだが、車社会の地方に置いて、車の出入りを閉め出すのは、致命的である。

資料館で、丁度酒田大火40年の記念の展示があった。

 

 受付に申請すると撮影は可である。ただ、資料は公開不可だと思った。

本町で見かけた元米屋さんの建物。町屋の造りの店。和風の小物が置いてあり、今度ゆっくり行ってみようと思う。

お昼は三日月軒にした。ここは基本的に大中小のラーメンしかない。酒田のラーメンである。

 

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九州へ 9 門司港レトロ散策

2016-10-26 18:29:10 | 酒田

バスはひたすら高速道路を北上し、門司に着く。

バスが門司港に着くと、かちどき橋が跳ね上がっているのが見えた。急いで走る。

門司の港である。

まずは、門司港レトロハイマートの展望台を目指す。

高いビルディングもひとっ飛びと、エレベータは高速だった。

カウンターで見かけた地ビール。

門司港が一望出来る。

まさか、あの吊り橋が関門大橋なの!瀬戸内海の橋を見てきた者にとっては、小さい。

すると対岸は下関なのか。凄く近い。まるで海ではなく、幅が川のようである。

この中央の建物はホテルだそうだ。

かちどき橋は、歩けるようになっていた。

門司駅の脇に、北九州鉄道博物館が見える。

この2階建ての建物がそうだ。

クレーンが上がっているのが巌流島の辺りだそうだ。

こちらにも高い塔があるが、下関も負けずに建っている。本当に近い。

この中央の洋館が、今日の昼食会場で、重要文化財の三井倶楽部である。

さて、地上に降りた。

まずは一番離れた関門海峡ミュージアムを目指し、岸壁を早足で歩く。

ハロウィンにピッタリの洋館だ。コウモリが飛んで出てきそうだ。

おっちゃんがエンジン音を立てて通り過ぎて行った。

橋を渡る。

これが先の地ビールの工場なのか。

上から見かけた遊覧船。

かちどき橋と、門司港レトロハイマートを見る。ちなみにこの塔は黒川紀章の作品である。上の円柱を横に切った部分(ヘリポート)は、如何にも彼らしいデザインだ。

船のチケット売り場。対岸にも巌流島にも行く。

福岡県警の船。

海上保安庁の船。

ここが目的地。

時間が無い中、Nさんがうまく交渉してくれて、誘導員とエレベータを使い、最速で中を見学する。

展示施設は撮影禁止である。巌流島から下関条約に及ぶ関門海峡の歴史を、映像や人形で表していたが、恐くてきちんと見られなかった。私は人形恐怖症である。

さて、展望デッキからの眺め

関門大橋を含むロケーションは、こちらの方が良い。と言うのも、直接外で見られるからだ。

屋根のついた、こんなデッキである。

急いでエレベータで1階に降りる。せっかくだからと、昭和レトロ館を通過する。

門司は横浜とも違うがいち早く西洋文化を取り入れた場所でもある。

2階部分もあったのかと、いまさらに思う。

なかなか趣のある警察署。

旧大阪商船の建物。この中に「海賊と呼ばれた男」の出光美術館がある。入ってみたら、残念な事に新しく建てられた美術館への移行の最中で、しかも10月29日にオープンだと言う。1階にわたせせいぞうギャラリーがあったので、これで済ませた。

門司港では、焼きカレーが有名なのだそうだ。この帆船もカレーの店だった。

こちらが三井倶楽部である。ただし、裏側になる。この隣接する木造の和風住宅も興味深い。

こちらが表側で、2階はチケットを購入して入場出来る。

靴を脱いで階段を上がる。

大きく、アインシュタイン夫妻が宿泊した部屋は撮影可だが、林芙美子資料室は不可だった。

リビング

寝室

アインシュタイン直筆

トイレに

バスルーム。

そして食事。

魚料理である。

コーヒーカップの模様が全員違うと言う。

食事を終えて移動する。

漆喰塗り。左官職人の腕の見せどころである。

玄関ホールへ

良い物を見せて頂いた。

屋根瓦の特に棟瓦に特徴があった。

何だか、面白い細工がしてあるのだが、ここは立ち入り禁止でもあった。

同じく観光地であっても、湯布院は張りぼて感のある観光地であり、門司港は重要文化財が多く立ち並ぶ観光地だった。建築的には後者の方が嬉しいが、古い建物を維持して行くには大変な努力がいる。それに比べて新しい建物の劣化が早い。

湯布院は、観光客のリーズに併せて、どんどん変えて行けるエネルギーを持つ。果たしてどちらが観光地として生き残るのかは分からない。門司港は素敵な場所と私の目には映った。

こうして門司港を後にする。

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渡部昇一『書痴の楽園』 #13 時代小説の大家 藤沢周平②

2016-10-04 23:10:32 | 酒田

渡部昇一『書痴の楽園』 #13 時代小説の大家 藤沢周平② (30分・CMあり)

鶴岡弁はテロップが出ないと、判らないだろうなと思う。渡部先生は未だに鶴岡弁は達者だ。

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渡部昇一『書痴の楽園』 #12 時代小説の大家 藤沢周平①

2016-09-29 21:16:54 | 酒田

 

渡部昇一『書痴の楽園』 #12 時代小説の大家 藤沢周平① (30分番組・時々CMも有り)

藤沢周平が鶴岡出身なのは承知していたが、渡部昇一が同郷だったのに驚いた。しかも年が近い。もしかすると若い頃に逢っていたかも知れない。

今回は特別に鶴岡への取材も行われていたが、映像で観る鶴岡は綺麗な町なのである。良い所だなと思わせる紹介になっている。

私は時代小説では山本周五郎が好きで、藤沢周平はちょっと女々しくて読めなかった。まだまだ大人になっていない証拠なのだと思う。これから徐々に触れていこうと思う。

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第36回全国豊かな海づくり大会・酒田港

2016-09-12 11:38:37 | 酒田

 

酒田海鮮市場の第2駐車場を拠点に、ゆたかな海づくりフェスタが開催された。

タッチプールは、いつもよりも豪華で、巨大なヤドカリもいた。

酒田港では、黒鯛とトラフグの稚魚の放流行事が行われるが、同じ頃鶴岡市の鼠ヶ関漁港では、その2種に加えてヒラメの放流も行われる。

 

あなたもイヌワシになりませんか。

イヌワシの缶バッチ。欲しい!

 

 

スペアリブは1パックを買う。「おまけしてね!」と声を掛けるのを忘れない私。

 

 

 

 

ブログに載せられるのは嫌だと言うWさんを捕まえた。日焼けで痛々しい。

 

酒田は美人が多い。

 

ステージでは一輪車の妙技がおこなわれ。

酒田のラーメンフェスタでは、延々と行列が出来。

もう終わっているし。

この行列を克服し2杯食べるのは難しいと思われ。

別の物に走る。烏賊焼きは400円から300円に値下がりしたのを2杯ゲットする。味は付いていると言う。プロが焼くと柔らかで美味しい。

オランダ煎餅の新しい商品。びりびりでぅは、暑いから持って来ないのだと言う。

スカートがひるがえって目のやり場に困る踊りも終わり。可愛いね。

飛島の大きなサザエは、お一人様1コの試食を貰い。(きちんと中から実も取り出してくれた。)

 

リアルな鮭の模型。型どりした物に着色し、重さも本物に近づけている。

さて、メスとオスの違いが判るかな。繁殖期以外ではあまり見分けが付かないが、尾びれの前のひれで違いが判るのだという。そのひれは鮭の種類にしかつかない特別のヒレだそうだ。

車の上のタンクから稚魚を取り出す。

もの凄く元気のよいトラフグ。

おれ、なんでここにいるん?と泳ぎ回る黒鯛の稚魚。

石黒県議会員を中心に、せ~ので放流する。

続々と一般の人達もバケツを抱え

滑り台式放流台に流す。

元気で大きくなって帰ってきてねと河豚のママが言ったとか。

さかなクンの絵。うまい!

ぎょぎょぎょ!さかなクン人形。欲しい。

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日和山公園から港へ

2016-09-12 11:33:26 | 酒田

日曜日は絶好の天気だった。水平線がくっきりとみえる。

こちらは常夜灯。つまりは昔の灯台である。

注射している車の数が半端ではない。対岸にも臨時駐車場が出来て、シャトルバスで人々を運んでいる。

目指すは、真ん中のみなとオアシス。

海上保安庁の船が対岸にも停泊している。

多くの子供達も参加しているので、事故のないように、保安庁のボートが警戒している。

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天皇皇后両陛下・御来県

2016-09-12 11:24:01 | 酒田

9月10日-11日、山形県では天皇皇后両陛下ご臨席の元、第36回全国豊かな海づくり大会が開催された。町中に国旗が掲揚されるのは勿論のこと、全国から応援の機動隊が入り、上空ではヘリコプターが延々と飛行している。

出羽大橋にて、S氏撮影

 

砂越駅・お召し列車。S氏撮影

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火事?!

2016-09-01 17:12:34 | 酒田

消防車のサイレンの音が聞こえた。近くらしい。市役所のHPで確認したら、日吉町2丁目だと言うでは無いか。これは大変だ。

光丘文庫脇の山王亭に行くと、先日お世話になった光丘文庫の方々が同じく「どの辺だろう?」と市内を見おろしていた。山王亭の方が光丘文庫よりも高さが1mほど高い。しかし煙は見えない。先発隊のS氏が石段を降りて行った。

市内を眺めていると、南禅寺屋さんの前の辺りの人の動きが多い。消防署員の姿も見える。みんなで、あ~だこうだと話し合ってみたが、どちらにしても鎮火したかボヤだろうと結論を出し、解散することにした。S氏によると、場所は日吉町2丁目と3丁目の境、信号機のある交差点でファミマの前の角の店らしい。消防車の数は多いが、大事にはならなかったようだ。

帰りがけに、花の香りがしたので近寄って撮してみた。何だか、あまり美しくない。

子供の広場の前では、秋の七草の萩が咲いていた。

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台風一過

2016-09-01 17:02:30 | 酒田

大きな被害を受けた東北地方の太平洋側や北海道と違って、日本海側の酒田市は冬の季節風よりも風は弱かった。北海道は、本当に気の毒に思う。滅多に台風など訪れない地域なのに。

さて、かる~い被害を受けたのは私の唐辛子の鉢だけ。頭が重いのでひっくり返ったのだが、この唐辛子は困ったなと考えている。実は青い内に摘んで、ミキサーで細かくし塩と一緒に漬け込もうと思っていた。ところが、私が間違えて買ってきた珈琲の豆を挽くとて、ミキサーを酷使してモーターを焼き付かせた。このミキサーはハンドミキサーで、色んなパーツを使って泡立てやガラス器に接続して使用できるものだった。肝心のモーターが壊れたなら、他の部品はゴミにしかならない。そんな訳で頭を抱えている。メーカーに修理をして貰ったらいいのだろうか。モーターを取り替えると済む問題だと思うのだが。

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酒田市斎場現場

2016-08-24 09:03:33 | 酒田

看板が出来てきた。これは現場の仮設防護柵に貼られる予定。

広いのか狭いのか判らない敷地。今日は会議の他、現場では杭芯検査が行われた。

 

全部の箇所を確認。

長さ30cmの鉄筋を杭打ちの中心に設置する。微調整をしている様子。

杭はこの芯に向かって施工する。テープの色違いは、杭の直径の種類別による。

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シン・ゴジラ

2016-08-14 09:01:07 | 酒田

シン・ゴジラを観てきた。Twitterで知り合ったゴジラ大好きな女性が先に観て、「凄く面白い!」と次々にネタバレと言うか重要なポイントを拾ってきてくれるので、これは間違いないだろうと、12日の午後に三川まで出かけて見た。

私はゴジラシリーズの中で、最も好きなのは1954年の初代ゴジラである。子供の頃に観た「とにかく恐かった。」から、大人になってこれは敗戦と原爆を落とされた国だから出来た映画で、ツッコミ処は多々あるものの、巧く出来た映画と感心していた。

その後のゴジラ映画は、大人向けから子供向けになり、子供だましに成り下がり、ハリウッドに移って恐竜になり、今回最初の大人向けのゴジラ映画に戻った。これはゴジラvs日本の戦いで「事件は現場で起きている。」の他に、事件は会議室でも起きていた。政治家達の戦いと、御用学者の使え無さなど、あり得るだろう事がてんこ盛りだった。

初代のゴジラが敗戦を引きずっているとすれば、今回のシンゴジラは東日本大震災だろう。日本が国家的危機に陥ったら、どのように政治が動くのか自衛隊を動かせられるのか、法律の壁や日本の弱みにつけいる米国と国連など、ゴジラと戦う日本側のつらさや動きがよく判った。出てくる小物も震災と原発事故を彷彿とさせた。国会と自衛隊の画面が多いので、左翼の方達には不評だそうだ。

ゴジラはね、「なんだこりぁぁ~~。」だった。東京湾から現れて東京の街を歩くだけで、経済も街も国の信用も破壊されていく。非常に面白い映画だった。エバンゲリオンやナウシカの巨神兵、進撃の巨人など、オタク要素がびっしりで、2度3度観に行くリピーターが多いのも頷ける。DVDを手に入れるのが最終目的だけど、大画面で観る東京の街は、雰囲気が出ないだろうなと思う。

 

『シン・ゴジラ』予告 

Shin Godzlla

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暑い!

2016-08-08 08:43:40 | 酒田

外を歩くと、汗が噴き出る。

土門拳記念館の近くなので、南州神社(西郷隆盛を祀った)にも寄ってみる。入り口の戸に、でかい蛾が止まっていた。

お参りして駐車場に戻ると、地面に1円玉と10円玉が落ちていた。熱くて拾えた物じゃない。南州神社にあった会報の上に載せ戻り、賽銭箱の中に入れた。私のじゃないし、私のはもっと多いし。←こらこら

そうそう、土門拳記念館に置いてあった夏のイベント。

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