無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

真下慶治記念美術館でのコンサート

2017-02-13 10:44:06 | 音楽・芸術・文学

真下慶治記念館の館長さんから「杜の室内楽」のお誘いを受けたので、日曜日に出かけてみた。

最上川を渡る。

国道47号線、片側通行なのは事故があったからで、パトカーも現場に来ていた。雪の中に信じられない形で車が入っていた。

この後、国道13号線を走り、東根の安達農園に向かったのだが、バイパスはエラク混んでいた。5分で通過できる距離が20分経っても走れず、ちょっと焦ってきた。信号のある交差点で、これも交通事故が発生していた。東根から真下記念館には旧道を走る。

今年の降雪は面白い。新庄や尾花沢は例年よりも少ない感じで、村山や東根の方が想像よりも多かった。山形も米沢も多いと聞いた。場所によって降り方が違ったのだろう。

真下慶治記念美術館は何度も通ったが、最上川の大淀と呼ばれる川が蛇行している見晴らしのよい場所に建っている。私はここが大石田町だとばかり思っていた。「皆さん勘違いするけど、ここは村山市なんですよ。」と館長さん。言われて見ればそうだった。使っている石材にしても、設計者にしても、村山に縁のあることばかりだった。

駐車場に車を停めて、玄関に向かう。

アポローチから眺める雪。

展示室では無い奥の部屋でコンサートは行われる。そこから眺めた大淀。雪の為に、アトリエは見えない。

始めて冬に訪れた時よりも、積雪量は少なかった。積み上げられた雪の重さで、何層にも渡って見えた雪が青かったのが印象に残っている。

東北で活動しているメンバー。

なかなか素敵な演奏だった。第一バイオリンの方の楽譜を見ながら、演奏を聴いた。演奏中の撮影は出来ない。これは演奏が終わってのトークで、4つの楽器の内、どれが一番古いか、何時ぐらいの時期に作られたものかを話している。チェロは日本で言う江戸時代、凡そ300年ほど前の楽器らしい。

アンコールに、シューベルトのアベ・マリアを聴き、家路を急いだ。

走っている途中から、まだ行く先々で、耳に残った曲が薄れていった。余韻のある内に家に着くのがベストなのに。

 

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まつやま大寒能

2017-01-11 10:49:47 | 音楽・芸術・文学

1月28日(土)松山城址館で、まつやま大寒能が開催される。

この日は、私は酒田にいないので、残念ながら観にいけない。

現在、酒田市役所のロビー脇で、塚越氏の松山能の写真展が開催されている。

 

 

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ペン太のこと

2016-12-16 14:26:36 | 音楽・芸術・文学

ここ数日、楽しみにしている片倉真二著 漫画「ペン太のこと」の第983話「虹の橋のペン太」シリーズに涙が止まらない。

一日1度の更新に、期待と切なさが入り乱れる。虹の橋を渡った飼い犬や猫たちも、私が想っているほど思い返してくれるのかはわからないが、そうあって欲しい願望が伝わる。

 ほわほわした生き物が傍にいればいいな。水槽の中のメダカやエビは、なでたりできないし。

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ヒンメリ作り

2016-12-05 06:57:07 | 音楽・芸術・文学

今年のきーぷらんの望年会では、北欧のモビール「ヒンメリ作り」に挑戦する。講師はいつものNさんだ。

私が着いた頃には、もう完成に近い人達がいた。

ヒンメリとは、ストローを繋げて作ったモビールである。

いつものように、皆が同じ物を作る気は、さらさらない。しかも、1個目を完成させて、2個目に挑戦している人が居る。夕食後も2次会に突入するも、制作の手は止まらず、午前1時過ぎにに解散となる。朝食後も再開すると言う熱のいれようだった。

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住宅モデル成案懇親会

2016-12-03 14:59:35 | 音楽・芸術・文学

協同組合やまがたの木乾燥センターの主催による、庄内在住の女性達の懇談会が、出羽遊心館で開催された。

要するに、酒田産材を含む庄内の木材を、住宅建築に取り込みたいとする物なのだが、将来の夢の住宅以前の木材の問題点が多く露出した。普通のメンバーなら提案通りの木材を使った住宅のあれこれが話されると思うのだが、私を呼んだのがそもそもの間違いで、最初から本題から外れての話になった。

酒田も鶴岡も合併して面積が広くなった。その多くが実は山林なのである。林業関係者との話し合いになると、木が売れない+安い+林業の後継者がいない+山が荒れるなど、様々な問題点が出てくる。地元の木材を使うことは、実に良い話なのであるが、土壌の関係か杉の芯が黒く木材の見栄えや質が良くない。すぐに使いたいとなっても製材された数量が少ない。そして高い。特に酒田市は、北港を使ったロシアや南洋材の貿易港だった為に、躊躇することなく地元産以外の木材に走る。これを打破するにも、どこから手を着けて良いのか分からない。そして、悪いことに吉村山形県知事の脱原発政策で、バイオマスの発電が持ち上がった。

酒田北港に、素晴らしく大きな倉庫が建設中だが、あれはバイオマスの燃料用の倉庫らしい。山林の木も建築用材ではなく、いきなり2mピッチに切って木材出しをすると、このチップやペレット用の材料にしかならない。結構立派な断面の杉材も、どんどんチップ用に山で切られて搬出されているとのこと。バイオマス発電を広げれば広げるほど、伐採ばかりで植林をせず、山が死んでいくらしい。日本の大手がこのバイオマスで山形県に乗り込んできているが、甘い顔の対応だと、禿げ山ばかりが後に残り、笑い話にもならない。

まぁ、住宅に付いての内容は、皆さん自分の立場から発言はしたのだが。

御茶の時間となった。出羽遊心館での会議だから、普通の茶ではなく、こんなお点前を頂けるのは嬉しい。私の和菓子は柚子だった。皆さんそれぞれ違うお菓子だったが「私のは赤蕪だしぃ」の声も聞こえた。味は同じでも、目で見る容姿で、味が変わる気がするのは、日本人特有なのだろうか。

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唐津焼 五代目中野陶痴氏講演会

2016-10-17 10:05:04 | 音楽・芸術・文学

萬谷さんの2階で、唐津焼五代目中野陶痴氏の作品展と講演会が開催された。それに先だって、添え釜(茶会)も行われた。まったく学習能力の無い私は、またしても懐紙無しで向かい、隣の方に分けて貰う事になる。(懐紙は無地のが良いな。私の唯一持っているのは、月にススキが描いてあって、秋しか使えない。春に持っていった時には恥ずかしい思いをしたことがあった。)

さて、唐津焼の話である。唐津焼は佐賀県唐津市周辺の焼き物で、古くは400年ほど前の室町時代末から桃山時代にかけて、岸岳城主波多氏の庇護の元に雑陶を中心に焼かれていた。そこに文禄慶長の役で多数の朝鮮陶工達が日本に連れてこられた。有田の祖と言われる李三平も、その中の一人で、最初は唐津を焼いていた。つまり、最初の唐津は焼き物全般を指していたようだ。一緒に連れてこられた学者達は朝鮮に帰ったが、陶工達は身分も保障され扱いがまるで朝鮮とは違っていたので戻るのが嫌で逃げ隠れし、ついには日本にそのまま残る道を選んだ。朝鮮では物を造る職人は最下層の身分なのである。

朝鮮陶工達が来る前の日本では、ロクロは手で回す手ロクロであり、窯は地下に潜った穴窯や半分地上に出た半地下窯だった。これは多量の薪を喰い効率が悪かった。朝鮮から伝えられたロクロは蹴りロクロで、窯は登り窯だった。登り窯は熱効率も良く、大きな作品も作ることが出来た。この技術は優れていたが、作品そのものは煌びやかな物ではない。豊臣秀吉の金ピカ大好きと違い、千利休は素朴さを良しとした。朝鮮の焼き物の普通さを良しとしたのである。

唐津の辺りは良い土が取れたのだろう。李三平は白い土を発見し、有田焼に枝分かれする。

唐津の土は「砂目」だと言われている。砂が混じっている訳では無く、質が荒い事を意味する。また非常に粘着性の高い細かい砂目の物もあり、鉄分を多く含んでいる土は、黒褐色に焼き上がる。ともかく沢山の種類の土が、この唐津辺りで搬出されるようだ。

この花瓶は、粉引き唐津と呼ばれる物で、褐色の土を使い、素地が生乾きの時に化粧土を全面にかけて乾燥させた後、長石釉薬や木灰釉薬を掛けて焼き上げる。(水引草とホトトギスで、こんなバランスの取れた生け花になるのかと驚く、花瓶のお値段はゼロが2個取れたら買えるかもと驚く。)

唐津焼は種類が多く、絵唐津、朝鮮唐津、斑唐津、三島唐津、黄唐津、青唐津、黒唐津、刷毛目唐津、櫛目唐津、彫唐津、蛇蝎(じゃかつ)唐津、瀬戸唐津、二彩唐津、献上唐津、奥高麗などなど幅が広い。

唐津は幾分低い温度で焼き上げる。その種類に応じて、焼く温度が違う。登り窯の中でも、置く位置で温度が違う。それを利用して作品を並べ、薪を入れるのだが、温度加減が難しい。絵唐津も1200℃から1300℃だが、温度が変化せぬように絶やさず薪をくべ、冷やすのにも時間を要する。斑唐津の白い釉薬はケイ酸分を含んでおり、朝鮮唐津は高い温度を好むが、とても歩留まりが悪く、良い物を完成させるのに難しい。出来の悪い物はバンバンと割るそうだ。

絵唐津。絵唐津の絵は、自然の草・花・鳥などを描いていると思うのだが、一見何だか分からない絵が特徴なのだそうだ。中野さんは面白い。さてさて、生け花が見事である。

古くから茶碗を「一井戸、二楽、三唐津」と呼ばれて来たが、唐津が3位なのでなく、語呂の良さで親しまれていたらしい。唐津焼は大名の加護の元で作られてきたが、徳川時代末期から明治にかけて、中野焼きは中絶に直面したらしい。しかし、唯一御茶碗窯として生き残った。

魯山人の絵だ!お値段はいかほどか!

ちなみに、唐津駅前の獅子の祭りの山車(実物の70%の大きさ)は、中野窯の作品だそうだ。個別に部分を作り、焼くのに20日間も掛けた。冷ますのに1週間を要した大物である。

 

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渡部昇一『書痴の楽園』 #14 時代小説の大家 藤沢周平 完結編

2016-10-12 19:21:50 | 音楽・芸術・文学

渡部昇一『書痴の楽園』 #14 時代小説の大家 藤沢周平 完結編 

これでやっと一安心した。TV放映では#16まで進んでいるのに、肝心な#14に出逢えなかった。

この完結編では、「蝉しぐれ」とは違った本を話題に上げているのだが、渡部昇一氏と鶴岡の繋がりの深さが確認出来て、ほっこりとなった。これを機会に、鶴岡に訪れる観光客が増えてくれれば良いなと思う。前鶴岡市長とお友達だったのか。

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ルカ・チャルラ ヴァイオリン・ナイト

2016-10-07 20:16:12 | 音楽・芸術・文学

10月6日の夜、酒田市出羽遊心館で開催された、イタリアのヴァイオリストのルカ・チャルラのコンサートに出かけた。

SNSで、若葉旅館の矢野さんが、心を細かく砕いてCMを流してくれていた。そして原則無料のコンサートである。

日伊国交樹立150年を記念して、また熊本とイタリアの震災復興支援として、コンサートを行ったのだが、このルカさんは矢野さんが留学時代の友人だそうで、庄内の良さを染みるほど聞いていたらしく、来日の初めてのコンサートを東京ではなく、是非酒田で行いたいとの申し出があったそうだ。

出羽遊心館は、和風の酒田の迎賓館のような物である。酒田がまだバブルだった頃に建築され、まあ使っている材料の見事なこと、大工さん達は京都から来た人達で、繊細な造りで仕上げられている。会場は椅子式だったが、唯一の板の間のホールで、溢れんばかりの聴衆が集まった。

楽器そのものは、ヴァイオリンとオカリナと、あとブーブー鳴らすのこれ何だっけ?

出来るだけ前に詰めろとばかりに席を移動し、私はちゃっかり2番目に席を取る。ヴァイオリンはアコースチックだが、それにルーター・エフェクターを繋いでループさせて演奏をしている。

ヴァイオリンから出る音、弦だけではなく、側面や裏を叩いたり、声を入れたりした音をループさせて、重ねていく。

シンセサイザーなら、この方法は普段でも見られるが、ヴァイオリンのコンサートでは初めてだ。その為アコースチックなんだけどエレキのような味わいもある。

プログラムは無かったが、前衛的な音楽から、中近東を彷彿とさせる民族音楽、即興酒田の曲。勿論イタリアの曲に、ヨーヨー・マのチェロで聞き覚えのあるリベルタンゴと、曲目は幅広かった。

フラッシュやシャッター音がしなければ、演奏中の撮影も可の、太っ腹なコンサートだった。

私のカメラは、小さく出来ても音は消せない。

そして今夜は、遊佐の語り部の里でのコンサートで盛り上がっているだろう。この語り部の里は、秋篠宮様と悠仁親王もお出でになった「杉沢比山で有名な杉沢熊野大社」の近くにある古民家を高断熱高気密に改造したナンチャッテ茅葺きの公民館である。

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唐津焼のお話を聞きながら

2016-10-07 20:06:48 | 音楽・芸術・文学

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唐津焼五代目 中野陶痴士の講演を聴きながら、作品を目で楽しみ、御抹茶を頂く。

心を豊かにする三拍子揃った催し物のお知らせです。平成28年10月13日~15日の3日間、午前と午後の部に分かれて申し込みが出来るようです。

詳しくは、(株)萬谷茶道具部0234-23-2222 へ

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岩手さんさ踊り

2016-09-05 08:56:59 | 音楽・芸術・文学

平成28年度 東北ブロック女性委員会いわて大会の懇親会で披露された、岩手さんさ踊りだが、踊っているメンバーは盛岡さんさ踊りで2016年度最優秀賞を受賞した「いわてさんさの会・加藤家」の皆さん。

子供達のキレッキレの踊りが素晴らしかった。中学生、小学生、幼稚園、2歳児と、まぁまぁとても可愛い方達だった。舞台では大人に混じって子供とすぐ判るが、私が中学生の横に並んだら、ずっと背が高かった。

盛岡とさんさ踊りの説明をしてくれた。

徳島の阿波踊りでは、参加する団体は「連」が着いている。さんさ踊りでは、「家」を付けるのかなと思った。加藤家って他にもどんな素敵な踊りをするのだろうとググったら、YOUTUBEに沢山映像が出ていた。笑ったのは、ドリフの加トちゃんが大好きなメンバーで作られているので、加藤家らしい。そして、毎年奇抜な衣装で登場するので、楽しみにしている市民も多いらしい。

 

盛岡さんさおどり、加藤家、舞い踊る

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伊東忠太

2016-08-15 14:18:21 | 音楽・芸術・文学

 

先日、米沢図書館の伊東忠太展で、基調講演をされたジュラルディリ青木美由紀著の「明治の建築家・伊東忠太オスマン帝国をゆく」を買った。興味深く読んでいるのだが、なかなか進まない。やっとイスタンブルに着いた三章目に突入しただけである。最近、本を買うことが多いが、途中で一休みしたままになっている本が多い。簡単に読み飛ばしたのが「カエルの楽園」だけだったと言う情けなさである。

何が原因なのかと考えてみたら、目がよく見えなくて読書をするのが苦痛だったのに気がついた。右目の飛蚊症が進んでいる。黒い粒の邪魔物の他、ぼやけた灰色の不透明な部分も出てきた。それが難しい漢字の上に被さるとまったく読めなくなる。左目にはそのようなことはないが、利き目が右目なので辛い。もしかしたら視力も合わなくなってきているかも知れない。

本の表紙を写真で撮ったのは良いが、帯が上に上がりすぎて、着物の帯のようになっている。そんな所が情けない。

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けんぞの落語会

2016-07-12 11:10:20 | 音楽・芸術・文学

今年もけんぞの落語会のお知らせが入ってきました。残念ながら講談師のひまわりさんは不参加のようです。

八幡タウンセンターは、 酒田市観音寺字寺ノ下41番地 TEL (0234)64−3111 です。

入場は無料ですが、おひねりを期待しております。

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土門拳記念館

2016-07-11 10:28:43 | 音楽・芸術・文学

海洋センターの本棚に並んでいた写真集の写真家「濱谷 浩」の写真展が7月13日から行われる。

人物を撮っても、まったく違う作品になっていた。土門拳は、撮されている人物の内面を暴き出そうとするし、濱谷は美しく撮ろうとするように見える。

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土門拳写真記念館

2016-05-06 14:05:47 | 音楽・芸術・文学

5月3日は、土門拳記念館で、堤勝雄ギャラリートークが開催される。午後の3時から行われるのに、寄り道をしたので15分ほど遅れて着いた。

今回のギャラリートークは、教室で行うような講演会ではなく、実際にローマ展用の写真を見て歩きながら説明してくれるので、よく判る。堤氏は土門拳の内弟子だそうだ。最初の15分を聞き逃したのは勿体なかった。私は土門拳自身には会った事が無かったが、彼の写真集や書籍を見ていたせいか、言わんとすることは伝わったと思う。ただ、何でもかんでもリアリズムの巨匠と言うのも、おかしいなと感じる。堤氏は土門の風景写真も、一瞬を捉えたリアリズムだと説明したが、いつだったかの売店で販売されたいた風景だけのカレンダーの写真は、ポイントが掴めないほどぼやけた物だった。私は風景よりも人物や町並みの作品が好きだ。

作品が戦前から戦後に移り、「ヒロシマ」の画面になると、原爆に対する土門の思いに上乗せされ、堤氏のトークは反原爆から福島の反原発、果ては安倍政権への批判とヒートアップしていく。差し詰め、どこかの団体のアジ演説風になっていくのを聞きながら、批判するなら現政権ではなく、原爆を落としたアメリカだろうにと思う。

売店で1冊の本を買いながら、池を眺めると景色が良い。そこでも写真を撮させて貰ったが、土門拳記念館の中では、作品だけ写さなければ、室内などは撮影可能だそうだ。それを知っていれば、もっとスナップを撮れたのに残念だった。ギャラリートークと連休が重なって、展示室がこんなに人がいると思う程、混み合っていたのだ。

この第2展示室に向かう廊下の窓は、一箇所毎に大きさが違う。どんどん売店側に近づくに従って幅が狭くなってくる。人間の目の錯覚も使った面白い空間となる。

その窓から、外に人が見えた。そうか、あの滝の上に行くことが出来るんだなと、玄関から横に回ってみることにした。

竹の植え込みが見える。近寄って良く見ると。。。。

筍が無数に出ていた。わぁ、美味しそう!!

池では、いつもの通り、人間達が鯉に遊ばれていた。

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山形市の春

2016-04-27 13:23:05 | 音楽・芸術・文学

会議で山形市に向かう。国道13号線、西バイパスから工業技術センターに行くまでの間、白とピンクのハナミズキの街路樹並木がとても綺麗だった。

道路がこんなにも華やぐのかと感嘆する。

会議は建築士会の常務理事会と理事会のダブルヘッダーなのだが、常務理事会が紛糾して時間が大幅に押され、急いで冷たくなった昼食をかき込む。

理事会では、会長が熊本地震の為の緊急東北ブロック会に出るとて退席した後、諸処の意見が持ち上がり、6月の総会の為の理事会だったのに、もう一度集まらざるを得ないようになった。そろそろ改革が必要な時期になったのかとも言える。

さて、夜のJIAの集まりまで時間があったので、山形美術館に行く。遠くに見えるのは、霞城セントラルビル。

山形美術館は、山形城城跡の堀の傍にあり、大手門からすぐだった。

逆光で写真を撮った為に、オレンジの丸が取れない。

城跡の桜はすでに葉桜になっていた。

美術館へ向かう。

美術館内は撮影禁止であるが、2階のロビーから公園内を撮した。霞城セントラルは山形駅の西口に建っている。

さて、今回の催し物は、スタジオジブリでも活躍した山本二三(やまもと にぞう)氏である。

1階の一部屋だけ、撮影可だった。勿論それようの印刷物である。

実際撮影に使われる絵は、正味A4程度の大きさである。それに花も草も見事な細密画で描かれている。

今回の山本二三展を記念して、山形市の文祥館を描いている映像と、作品があった。それもそれで見事なのだが、私は彼の描いた月山が素敵だったので、ショップで探したが売られてはいなかった。すごく残念。

彼の描く雲と、草が巧い。特に草むらは風を感じる。才能と言うか、仕事だからと言うか、何ともアニメの風景画家は勿体ないと思う。

特別展を見終わった後に、長谷川コレクションの常設展示室に入る。私はこの部屋の作品が好きだ。涎の出るような印象画の巨匠の作品が並んでいるのだ。下手な美術館では真似の出来ない作品群だと思う。

 

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