無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

松山能

2017-06-13 10:53:49 | 音楽・芸術・文学

松山能の演目には24曲残されていると言う。今年の松山薪能の始めの挨拶に、酒田市副市長より、文化の伝承として小学5年生を対象に授業に組み込み、能や狂言を次世代に伝えていくと言う話があった。それはとても大事な事だと思う。教育の専門家が集まって、小学5年生と決めたからには、それなりの理由があったのだろう。単に踊りや動きを真似るだけでなく、歴史を背景に伝えるとなれば5年生か。私は酒田港女みなと会議の、探検隊の経験から、画期的に能力が伸びるのは4年生だと思っていた。せめて観るだけでも低学年に、楽しくて大切な事なのだと知らせて欲しい。出来るだけ、教わったことを、一般の人々にも観せて、感動を伝えて欲しいと思う。

松山城址館には、こんなに立派な能舞台があるのだから、単なる飾りではなく、上手に大事に使って欲しいと思うのだが。

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松山薪能 屋島

2017-06-12 11:18:26 | 音楽・芸術・文学

 

20分の休憩を挟んで、薪能「屋島」が始まる。寒くて20分は長いとカメラマン達(私も)はグズグズ言った。

太鼓が鳴り止むと、裃を着けた男性が2名、松明を持って登場した。

薪は赤松を乾燥させた物で、上から火を付けようとすると・・。

幕の後ろから「下から、下から!」の声が掛かる。

先に歩いて行った方はベテランのようだ。

テントが吹き飛ばされる程の強風の為、火事を心配した消防団が、蚊帳の外と言うか塀の外で待機している。寒い中、終わりまで待っていてくれた。

数カ所に火がともり、心なしか暖かくなった気がする。

日本版オーケストラの面々の登場

舞台の背景の松の木とが素敵だ。大手門の白壁もライトアップで赤くなった。

だけど、寒い。

二人の旅の僧が現れる。

二人の僧が都から四国へ渡る。

この方は、以前に弁慶を演じられた方かなと思う。

讃岐の国、屋島の浦に到着した。

そこに若い漁夫と

漁翁が現れる。

私は、松と大手門が背景のこの位置が綺麗だと思うのだが、舞台に向かって右側が舞台の正面になるので、そちらの席に座る人が多い。

火の粉が飛ぶので、消火作業をしながらの薪能である。

 

二人の僧は漁翁に、一晩の宿を所望する。

客席の後ろには、カメラマン達が陣取っている。

宿に泊めるのは、最初断ったのだが。

都の話も聞きたいと、宿を貸すことになった。

漁翁は、夜の徒然に旅の僧に乞われ、昔の源平合戦の模様を語り出す。

義経をかばって、敵の矢を受けて亡くなった佐藤継信や菊王の振る舞いなど

まるで見てきたように翁は語る。

翁に、旅の僧は、名を尋ねると、

自分が義経であるかのようにほのめかし。

翁は消えて行く。

そこに、宿の主と名乗る男がやって来て、何故僧達がいるのかと、いぶかしげに尋ねる。

僧達は、自分たちが見たことを話すと、それはきっと義経だろうと宿主は答える。

この宿主は、役者の中で唯一の女性で、彼女の声は非常に聞き取りやすい、良い声の持ち主だ。

夜半になり、義経の幽霊が現れる。

この義経の役者さんは、身体が大きくて舞台が狭く感じるほど、見栄えが良い。

松山大寒能で、静御前を演じられた方だと思う。

実は、宿の主が現れた頃から、雨がポツポツと降り始め。

義経が現れると、傘が欲しくなるほどの振りになった。

舞台の上も濡れてきたが

演ずるのを止めることはない。

義経は修羅道の苦しみを語り。

陸と海の合戦が忘れられないと

 

 

 

 

 

 

「今日の修羅の敵は誰ぞ。」と能登守教経の戦いを思い出して舞う。

 

判官贔屓という言葉があるが、日本人は本当に義経が好きなのだと思う。

 

やがて、消えて行く。

 この垂れ幕の引き上げ方も面白い。

濡れた舞台で、長袴は滑らずに歩きにくそうだった。

後半は歯がガチガチなるほど寒かった。薪能では売店も開かれ、松山の名物のお菓子やお弁当、飲み物に玉こんにゃくも売られていた。能が終わって、残った最後のおまんじゅうを買い求め、店の女性との会話の中、「あまりに寒くて、大寒能かとおもった。」と言ったら「座布団1枚!」と答えが返ってきた。御茶を点てていた和服の女性達は、雨が降ると早々に帰っていったが、この気温だと何人の人が風邪をひくことだろうと思った。

能を演ずる人だけでなく、舞台を設置してくれた人々、蔭で火事を心配して見守ってくれた消防団、最後まで粘ってくれた売店の人達と、沢山の人の手で成り立つ薪能だと痛感した。

 

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狂言 鬼清水

2017-06-12 01:55:13 | 音楽・芸術・文学

舞台の設置が整った。

ライトアップも整ったが、そばにあったテントが風で吹っ飛んだ。やれやれ

舞台はOK。

客席もOK。

舞台の清めの式が始まる。花鎮の儀とも言うらしい。

舞台を清める。尚、右の高杯にある物は、無農薬米で育てた供米だそうだ。これは能が終わった時に、客にお土産となるようだ。

松諷社会長の挨拶。この狂言や能を取り仕切っている方だ。

酒田副市長の挨拶。その場に於いて、見事な話ぶりに感心する。酒田市内の小学5年生に、地元の文化伝統を必修するらしい。

狙い目は4年生なのだがと思う。

松山薪能奉行(右)と副奉行(左)

客もカメラマンも集まったのだが。

能舞台には、松の木と枝振りが重要だ。ここは、設えたような枝振りの松とバックの大手門が、その背景を締めている。

演じられているのは、狂言の「鬼清水」である。

時は太平で、茶の湯が流行している中、主人は茶会を催しようと、太郎冠者に野中の清水を汲みに行けと命ずる。事細かに水を汲む手立てを注意するが、その時の桶は主人が大事にしている宝物だ。

太郎冠者は、そんな子供でも出来るつまらない仕事で嫌気がさし、清水の所で鬼が出たと嘘をつき桶を投げ出して帰る。

主人はそれを聞き、大切な宝の桶を取り戻そうと、清水の所へ行こうとする。

さぁ大変。一足先に清水へ着いた太郎冠者は、鬼の面を被り主人にもの申す。

そちの所にいる太郎冠者はなかなか良い人物である。夏には酒を冷やで、冬にはお燗をして飲ませるように。そうそう夏には蚊帳を、そして給金はちゃんと支払うようにと鬼が言う。恐ろしさのあまり主人は承諾するが。

途中、主人は鬼の声が太郎冠者に似ていることに気がつく。

 

鬼の「がお~う」を

太郎冠者に同じように言えという。小さな声で「がお~。」と言うも、もっと大きくと何度も促され、すっかりボロが出る。

この狂言を演じている二人は、親子である。息がピッタリなのも頷けよう。

 

 

 

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入場無料。ただし投げ銭を準備してね。

2017-05-25 11:23:35 | 音楽・芸術・文学

 

 

 

夜の7時からなのね。雨よりも蚊や虫の方が心配だわ。

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山戸能と山五十川歌舞伎

2017-05-08 00:45:33 | 音楽・芸術・文学

鶴岡市五十川では、毎年この時期に河内神社に能と歌舞伎の奉納をする。

新緑と桜の花の下をくぐって、神社へ向かう。

一の鳥居をくぐり。

二の鳥居をくぐって、石段を登る。

急に見えるが、楽な階段だ。左に見えるのは、小峰神社。

すでに、舞台は始まっている。

にも関わらず、伝承館に入る前に、奥の神社を撮す。

山戸能は、山形県指定無形民俗文化財に指定されている。

 

演目は式三番かと思われる。

面を着けている翁は、国家安隠、天下泰平を祈り舞う。物語性はなく、能にして能にあらずと呼ばれる古いタイプらしい。

 

 

 

次は、番能「春日龍神」

 

 

 

山城の国(京都府)栂尾の明恵上人が唐天竺に渡ろうと暇乞いに春日明神を訪れる。宮守の老人は驚き、上人に日本を去ることは神の意志に背くことと止める。しかし上人は霊地や仏跡を巡拝するためだからと答える。老人は、「春日山は釈迦が説法をされた霊鷲山で、入唐渡天が無用である」ことを告げる。さすがに上人もこれはご神託と思い、老人に名前を聞く。老人は、春日神社の使者で時風秀行と名乗り、「入唐渡天を思いとどまれば、釈迦の誕生から入滅までの一代記を見せよう。」と言い、姿を消す。

春日山は奈良の神聖な場所だ。今で言うパワーポイントで、昨年の夏を思いだし、懐かしいなと思う。

山戸能は、河内神社のお祭りで献納される。いつも思うのだが、舞台の上で役者さん達が一生懸命演じていても、その囃子や地謡が聞こえないほど、客席後ろで行われている酒盛り宴会のざわめきが大きい。祭りなんだもの酒飲みは仕方がないさと思われるのだが、役者さん達は可哀想だ。客が舞台の前の方に寄って、かぶりつきで見るしかないと思う。

さて、一度幕が降りて、次は山五十川歌舞伎となる。能のお囃子の人達は舞台を降り、三味線と浄瑠璃の2人となる。

 

歌舞伎が始まると、伝承館の中はガラッと変わる。能の時はあんなに騒がしかった宴会が鳴りを潜め、酒の肴を役者に替える。

 足利直義公

高武蔵守師直

桃井若狭之助安近:演目は仮名手本忠臣蔵「大序 鶴ケ岡社頭兜攻めの場」である。

塩治判官高貞

客席の奥で呑んでいる住民も、昔は役者だったのだろう。演目のあらすじを知っているもので、次のシーンで「そいつは○○するから、気をつけろ!」だの、「成田屋!」と声を掛けるのが本名を叫んだり。もう・・・・ったら。面白い。その都度客席から笑いと歓声が上がる。

 櫝から次々と兜を取り出す。この中に、新田義貞の遺品の兜があると言う。それを美人と誉れ高い塩治判官の妻の顔世御前が検分役として登場する。

 これが例の兜。ちっちゃい。

 では、帰るぞ! ははぁ~~。m(__)m

 この2人の間には、因縁が。

「そいつは、横恋慕するぞ!悪い奴だぞ、気をつけろ!」と声が掛かる。

きゃつ(高武蔵守師直)は、恋文を他の人の女房(塩治室 顔世御前)に渡すが、彼女にぽいと捨てられる。

そこをやって来て止めるのが、若狭之助。

「なに邪魔すんねん。」

悪態雑言を浴びせられ、若い若狭之助はカッとなって刀の柄に手を掛け斬ろうとするも、「還御!」と叫ぶ声に怒りを抑えながら、この日は過ぎた。う~ん、そうか忠臣蔵か。

 

なにこれ、綺麗! 地元民にしか配られないみたいだけど、縁起物なんだろうな。

石段を降りて、駐車場へ向かう。

マンホールに農集と書いてあった。

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平成12年に行われた出羽庄内の伝統芸能から

出羽からの祈りと再生1 黒川能と高寺八講

出羽からの祈りと再生2 蕨岡延年

出羽からの祈りと再生3 黒森歌舞伎

出羽からの祈りと再生4 岡野 弘幹氏と森 繁哉氏(舞踏)

想像する伝統芸能    平成13年:舞台は撮影不可

杉沢比山

庄内では主立った物ですが、他に隠れた芸能はあるはずです。山形県内に広げると、数は俄然多くなります。寒河江の慈恩寺の門の舞台が見てみたいなと思います。

おまけ

山戸能 番能 竹生島 2014

山五十川歌舞伎 義経千本桜 2014

松山大寒能 2014

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辻井伸行リサイタル

2017-04-07 16:20:11 | 音楽・芸術・文学

TVでチラッとコンサート情報が流れた。さくらんぼTVとタイアップで、7月23日に山形市で行われるようだ。

辻井伸行リサイタル

4月7日より10日迄、ローソンにてチケットの先行販売が始まっており、私は悩む悩む。

全席指定で、一枚 9500円だそうだ。シクシク。私は悩む悩む。悩んでいる内に動き出すのが遅いと、3階の一番後ろの席になる。それどころか、すぐにソールドアウトになると言う経験をした。

 

☆ヨシ、決めた。

先週、お葬式が2つあった。同じ日で1時間の時間差があったが、どちらにも参加するのは無理だと判断し、先の式にはお水とお線香とお香典のみとし、後の式に向かった。そこで、はたと考えた。自分が亡くなってから頂いてもと思い、生きている内に使うことにする。

 

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真下慶治記念美術館でのコンサート

2017-02-13 10:44:06 | 音楽・芸術・文学

真下慶治記念館の館長さんから「杜の室内楽」のお誘いを受けたので、日曜日に出かけてみた。

最上川を渡る。

国道47号線、片側通行なのは事故があったからで、パトカーも現場に来ていた。雪の中に信じられない形で車が入っていた。

この後、国道13号線を走り、東根の安達農園に向かったのだが、バイパスはエラク混んでいた。5分で通過できる距離が20分経っても走れず、ちょっと焦ってきた。信号のある交差点で、これも交通事故が発生していた。東根から真下記念館には旧道を走る。

今年の降雪は面白い。新庄や尾花沢は例年よりも少ない感じで、村山や東根の方が想像よりも多かった。山形も米沢も多いと聞いた。場所によって降り方が違ったのだろう。

真下慶治記念美術館は何度も通ったが、最上川の大淀と呼ばれる川が蛇行している見晴らしのよい場所に建っている。私はここが大石田町だとばかり思っていた。「皆さん勘違いするけど、ここは村山市なんですよ。」と館長さん。言われて見ればそうだった。使っている石材にしても、設計者にしても、村山に縁のあることばかりだった。

駐車場に車を停めて、玄関に向かう。

アポローチから眺める雪。

展示室では無い奥の部屋でコンサートは行われる。そこから眺めた大淀。雪の為に、アトリエは見えない。

始めて冬に訪れた時よりも、積雪量は少なかった。積み上げられた雪の重さで、何層にも渡って見えた雪が青かったのが印象に残っている。

東北で活動しているメンバー。

なかなか素敵な演奏だった。第一バイオリンの方の楽譜を見ながら、演奏を聴いた。演奏中の撮影は出来ない。これは演奏が終わってのトークで、4つの楽器の内、どれが一番古いか、何時ぐらいの時期に作られたものかを話している。チェロは日本で言う江戸時代、凡そ300年ほど前の楽器らしい。

アンコールに、シューベルトのアベ・マリアを聴き、家路を急いだ。

走っている途中から、まだ行く先々で、耳に残った曲が薄れていった。余韻のある内に家に着くのがベストなのに。

 

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まつやま大寒能

2017-01-11 10:49:47 | 音楽・芸術・文学

1月28日(土)松山城址館で、まつやま大寒能が開催される。

この日は、私は酒田にいないので、残念ながら観にいけない。

現在、酒田市役所のロビー脇で、塚越氏の松山能の写真展が開催されている。

 

 

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ペン太のこと

2016-12-16 14:26:36 | 音楽・芸術・文学

ここ数日、楽しみにしている片倉真二著 漫画「ペン太のこと」の第983話「虹の橋のペン太」シリーズに涙が止まらない。

一日1度の更新に、期待と切なさが入り乱れる。虹の橋を渡った飼い犬や猫たちも、私が想っているほど思い返してくれるのかはわからないが、そうあって欲しい願望が伝わる。

 ほわほわした生き物が傍にいればいいな。水槽の中のメダカやエビは、なでたりできないし。

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ヒンメリ作り

2016-12-05 06:57:07 | 音楽・芸術・文学

今年のきーぷらんの望年会では、北欧のモビール「ヒンメリ作り」に挑戦する。講師はいつものNさんだ。

私が着いた頃には、もう完成に近い人達がいた。

ヒンメリとは、ストローを繋げて作ったモビールである。

いつものように、皆が同じ物を作る気は、さらさらない。しかも、1個目を完成させて、2個目に挑戦している人が居る。夕食後も2次会に突入するも、制作の手は止まらず、午前1時過ぎにに解散となる。朝食後も再開すると言う熱のいれようだった。

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住宅モデル成案懇親会

2016-12-03 14:59:35 | 音楽・芸術・文学

協同組合やまがたの木乾燥センターの主催による、庄内在住の女性達の懇談会が、出羽遊心館で開催された。

要するに、酒田産材を含む庄内の木材を、住宅建築に取り込みたいとする物なのだが、将来の夢の住宅以前の木材の問題点が多く露出した。普通のメンバーなら提案通りの木材を使った住宅のあれこれが話されると思うのだが、私を呼んだのがそもそもの間違いで、最初から本題から外れての話になった。

酒田も鶴岡も合併して面積が広くなった。その多くが実は山林なのである。林業関係者との話し合いになると、木が売れない+安い+林業の後継者がいない+山が荒れるなど、様々な問題点が出てくる。地元の木材を使うことは、実に良い話なのであるが、土壌の関係か杉の芯が黒く木材の見栄えや質が良くない。すぐに使いたいとなっても製材された数量が少ない。そして高い。特に酒田市は、北港を使ったロシアや南洋材の貿易港だった為に、躊躇することなく地元産以外の木材に走る。これを打破するにも、どこから手を着けて良いのか分からない。そして、悪いことに吉村山形県知事の脱原発政策で、バイオマスの発電が持ち上がった。

酒田北港に、素晴らしく大きな倉庫が建設中だが、あれはバイオマスの燃料用の倉庫らしい。山林の木も建築用材ではなく、いきなり2mピッチに切って木材出しをすると、このチップやペレット用の材料にしかならない。結構立派な断面の杉材も、どんどんチップ用に山で切られて搬出されているとのこと。バイオマス発電を広げれば広げるほど、伐採ばかりで植林をせず、山が死んでいくらしい。日本の大手がこのバイオマスで山形県に乗り込んできているが、甘い顔の対応だと、禿げ山ばかりが後に残り、笑い話にもならない。

まぁ、住宅に付いての内容は、皆さん自分の立場から発言はしたのだが。

御茶の時間となった。出羽遊心館での会議だから、普通の茶ではなく、こんなお点前を頂けるのは嬉しい。私の和菓子は柚子だった。皆さんそれぞれ違うお菓子だったが「私のは赤蕪だしぃ」の声も聞こえた。味は同じでも、目で見る容姿で、味が変わる気がするのは、日本人特有なのだろうか。

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唐津焼 五代目中野陶痴氏講演会

2016-10-17 10:05:04 | 音楽・芸術・文学

萬谷さんの2階で、唐津焼五代目中野陶痴氏の作品展と講演会が開催された。それに先だって、添え釜(茶会)も行われた。まったく学習能力の無い私は、またしても懐紙無しで向かい、隣の方に分けて貰う事になる。(懐紙は無地のが良いな。私の唯一持っているのは、月にススキが描いてあって、秋しか使えない。春に持っていった時には恥ずかしい思いをしたことがあった。)

さて、唐津焼の話である。唐津焼は佐賀県唐津市周辺の焼き物で、古くは400年ほど前の室町時代末から桃山時代にかけて、岸岳城主波多氏の庇護の元に雑陶を中心に焼かれていた。そこに文禄慶長の役で多数の朝鮮陶工達が日本に連れてこられた。有田の祖と言われる李三平も、その中の一人で、最初は唐津を焼いていた。つまり、最初の唐津は焼き物全般を指していたようだ。一緒に連れてこられた学者達は朝鮮に帰ったが、陶工達は身分も保障され扱いがまるで朝鮮とは違っていたので戻るのが嫌で逃げ隠れし、ついには日本にそのまま残る道を選んだ。朝鮮では物を造る職人は最下層の身分なのである。

朝鮮陶工達が来る前の日本では、ロクロは手で回す手ロクロであり、窯は地下に潜った穴窯や半分地上に出た半地下窯だった。これは多量の薪を喰い効率が悪かった。朝鮮から伝えられたロクロは蹴りロクロで、窯は登り窯だった。登り窯は熱効率も良く、大きな作品も作ることが出来た。この技術は優れていたが、作品そのものは煌びやかな物ではない。豊臣秀吉の金ピカ大好きと違い、千利休は素朴さを良しとした。朝鮮の焼き物の普通さを良しとしたのである。

唐津の辺りは良い土が取れたのだろう。李三平は白い土を発見し、有田焼に枝分かれする。

唐津の土は「砂目」だと言われている。砂が混じっている訳では無く、質が荒い事を意味する。また非常に粘着性の高い細かい砂目の物もあり、鉄分を多く含んでいる土は、黒褐色に焼き上がる。ともかく沢山の種類の土が、この唐津辺りで搬出されるようだ。

この花瓶は、粉引き唐津と呼ばれる物で、褐色の土を使い、素地が生乾きの時に化粧土を全面にかけて乾燥させた後、長石釉薬や木灰釉薬を掛けて焼き上げる。(水引草とホトトギスで、こんなバランスの取れた生け花になるのかと驚く、花瓶のお値段はゼロが2個取れたら買えるかもと驚く。)

唐津焼は種類が多く、絵唐津、朝鮮唐津、斑唐津、三島唐津、黄唐津、青唐津、黒唐津、刷毛目唐津、櫛目唐津、彫唐津、蛇蝎(じゃかつ)唐津、瀬戸唐津、二彩唐津、献上唐津、奥高麗などなど幅が広い。

唐津は幾分低い温度で焼き上げる。その種類に応じて、焼く温度が違う。登り窯の中でも、置く位置で温度が違う。それを利用して作品を並べ、薪を入れるのだが、温度加減が難しい。絵唐津も1200℃から1300℃だが、温度が変化せぬように絶やさず薪をくべ、冷やすのにも時間を要する。斑唐津の白い釉薬はケイ酸分を含んでおり、朝鮮唐津は高い温度を好むが、とても歩留まりが悪く、良い物を完成させるのに難しい。出来の悪い物はバンバンと割るそうだ。

絵唐津。絵唐津の絵は、自然の草・花・鳥などを描いていると思うのだが、一見何だか分からない絵が特徴なのだそうだ。中野さんは面白い。さてさて、生け花が見事である。

古くから茶碗を「一井戸、二楽、三唐津」と呼ばれて来たが、唐津が3位なのでなく、語呂の良さで親しまれていたらしい。唐津焼は大名の加護の元で作られてきたが、徳川時代末期から明治にかけて、中野焼きは中絶に直面したらしい。しかし、唯一御茶碗窯として生き残った。

魯山人の絵だ!お値段はいかほどか!

ちなみに、唐津駅前の獅子の祭りの山車(実物の70%の大きさ)は、中野窯の作品だそうだ。個別に部分を作り、焼くのに20日間も掛けた。冷ますのに1週間を要した大物である。

 

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渡部昇一『書痴の楽園』 #14 時代小説の大家 藤沢周平 完結編

2016-10-12 19:21:50 | 音楽・芸術・文学

渡部昇一『書痴の楽園』 #14 時代小説の大家 藤沢周平 完結編 

これでやっと一安心した。TV放映では#16まで進んでいるのに、肝心な#14に出逢えなかった。

この完結編では、「蝉しぐれ」とは違った本を話題に上げているのだが、渡部昇一氏と鶴岡の繋がりの深さが確認出来て、ほっこりとなった。これを機会に、鶴岡に訪れる観光客が増えてくれれば良いなと思う。前鶴岡市長とお友達だったのか。

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ルカ・チャルラ ヴァイオリン・ナイト

2016-10-07 20:16:12 | 音楽・芸術・文学

10月6日の夜、酒田市出羽遊心館で開催された、イタリアのヴァイオリストのルカ・チャルラのコンサートに出かけた。

SNSで、若葉旅館の矢野さんが、心を細かく砕いてCMを流してくれていた。そして原則無料のコンサートである。

日伊国交樹立150年を記念して、また熊本とイタリアの震災復興支援として、コンサートを行ったのだが、このルカさんは矢野さんが留学時代の友人だそうで、庄内の良さを染みるほど聞いていたらしく、来日の初めてのコンサートを東京ではなく、是非酒田で行いたいとの申し出があったそうだ。

出羽遊心館は、和風の酒田の迎賓館のような物である。酒田がまだバブルだった頃に建築され、まあ使っている材料の見事なこと、大工さん達は京都から来た人達で、繊細な造りで仕上げられている。会場は椅子式だったが、唯一の板の間のホールで、溢れんばかりの聴衆が集まった。

楽器そのものは、ヴァイオリンとオカリナと、あとブーブー鳴らすのこれ何だっけ?

出来るだけ前に詰めろとばかりに席を移動し、私はちゃっかり2番目に席を取る。ヴァイオリンはアコースチックだが、それにルーター・エフェクターを繋いでループさせて演奏をしている。

ヴァイオリンから出る音、弦だけではなく、側面や裏を叩いたり、声を入れたりした音をループさせて、重ねていく。

シンセサイザーなら、この方法は普段でも見られるが、ヴァイオリンのコンサートでは初めてだ。その為アコースチックなんだけどエレキのような味わいもある。

プログラムは無かったが、前衛的な音楽から、中近東を彷彿とさせる民族音楽、即興酒田の曲。勿論イタリアの曲に、ヨーヨー・マのチェロで聞き覚えのあるリベルタンゴと、曲目は幅広かった。

フラッシュやシャッター音がしなければ、演奏中の撮影も可の、太っ腹なコンサートだった。

私のカメラは、小さく出来ても音は消せない。

そして今夜は、遊佐の語り部の里でのコンサートで盛り上がっているだろう。この語り部の里は、秋篠宮様と悠仁親王もお出でになった「杉沢比山で有名な杉沢熊野大社」の近くにある古民家を高断熱高気密に改造したナンチャッテ茅葺きの公民館である。

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唐津焼のお話を聞きながら

2016-10-07 20:06:48 | 音楽・芸術・文学

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唐津焼五代目 中野陶痴士の講演を聴きながら、作品を目で楽しみ、御抹茶を頂く。

心を豊かにする三拍子揃った催し物のお知らせです。平成28年10月13日~15日の3日間、午前と午後の部に分かれて申し込みが出来るようです。

詳しくは、(株)萬谷茶道具部0234-23-2222 へ

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