無題・休題−ハバネロ風味−

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

シメジ

2009-10-30 20:46:19 | 動物・自然
今年は異常気象なのだろうか。いやいや、今年も異常気象なのだろう。例年なら11月に入らないと採れなかったシメジが、多量に採れた。もっとも、まだ小粒と言うのか、開きすぎてお化けの傘のようになったものはない。綺麗なままのキノコの形をしている。



2-3日前にも、1回目の収穫があった。その時、小さな粒を残しておいたのが、今回膨らんで食べ頃になったのだ。



シメジ系は、生きている樹を中心に円を描くように姿を見せる。その円が大きくなりすぎて、消えてしまった所もあった。



今年はいつもの年より、しめじが生育するのに好条件が続いたのだろう。あきらかに量が多い。落ち葉をのけると、白い頭が団体で現れた。



このキノコは香りが素晴らしい。味も濃厚で豆腐と一緒にすまし汁にしたり、シメジご飯にする。収穫した物を4名で分けたが、今回は水煮にして冷凍しようかと思う。旬の物を旬に食べるのが一番なのだが、今年は2度目になるので、瓶詰めにして冬になったら食べようと思う。香りがそのまま残ってくれれば良いな。
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崩壊の続き

2009-10-30 20:27:02 | 建築・都市・港
長期優良住宅、木造3階建ての崩壊実験の映像を、今朝(10月30日)の「とくダネ!」で流したのを見た。揺れ始めは、耐震等級2の方が持ちこたえているように見えたが、後半あっと言う間に1-2階の柱上部が全て折れ、2−3階部分が転げ落ちるように吹っ飛んだ。この結果を「E-ディフェンス」のHPや、国土交通省のメールマガジンでも公表するかと思ったが、何の音沙汰もない。「とくダネ!」では、E-ディフェンスの係員からのコメントも取っていた。実験では、耐震基準の1.8倍の震度6強の揺れで動かしたからこの様な結果が出たが、基準法には何の変更もなく、実験結果にも問題はなかったと話した。おほほほほ(←私の笑い)国が認めている長期優良住宅3階建ては、震度6強でぶっ飛ぶけど、安全だそうだ。国が認めてくれたのだから、潰れたときには、さぞかし補償をしてくれる事だろう。

ちなみに、この同じE-ディフェンスで耐震実験を行った伝統工法の木造2階建ては、震度7でも倒れなかったようだ。
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長期優良住宅の崩壊

2009-10-29 09:36:57 | 建築・都市・港
度重なる地震のおかげで、建物の耐震が重要視されるようになった。鉄骨構造や鉄筋コンクリート構造は勿論の事、木造の建物にも略式の構造計算を行うようになった。通常は筋違計算と言われているものだ。それで地震に耐えうる壁量のバランスと量を決定する。その他にも木材の駆体を繋ぐ金物も計算で求められるようになり、計算書や図面だけでなく、実際に指定の金物が取りつけられているのかを現場でチェックしなければならなくなった。

古来から存在する日本の木造建築では、木材と木材を組み合わせる継ぎ手・仕口などで組んでいき、金物を用いなくても数々の地震を通り抜けて来た物も多い。これを在来工法の中でも、伝統工法として位置づけ現在も作られている。これは使用する木材も多く、大工の腕も必要で工事費も高い。2x4法や安価な建物のように、組み立てればよいとか、釘さえ打てればよいと言う建物ではない。

世の流れは、工事費は抑えられ、法律に遵守するままに、木材を金物で補強する工法が圧倒的に多くなった。昔からの大工はこの金物に違和感を持っている人も少なくない。それでも国が中心になって「10年保証」「長期優良住宅」など、どんどん新しい法律を作って規制を掛けられるもので、建築業はそのやりくりに喘いでいる。。

私がよく行くブログに、この長期優良住宅の記事が出ていた。耐震試験に立ち会ったレポートを載せてくれているのだが、予期せぬ結果に私も驚いた。木造建築は剛構造であってはならない。当たり前の事を忘れている結果がそこにあった。

コロコロコラム「長期優良住宅」E-ディフェンス実証実験(震度6)で完全倒壊・横転!
日本経済新聞の記事のPDF
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JIN 仁

2009-10-28 17:22:16 | 映画・TV
1週間に1度位、楽しみな番組があるのは良いなと思う。10月から始まった日曜劇場「JIN 仁」は、私の大好きな大沢たかおが主演しているだけでなく、現代と江戸時代末期を繋ぐSFで、原作が漫画なのには驚いたが、時代考査も良く、とても面白いものだった。

恋人を自分の手術ミスで植物人間にしてしまった医師の南方は、緊急で運び込まれた謎の人物の不思議な腫瘍摘出後、江戸時代にタイムスリップしてしまう。そこは丁度幕末の頃で、歴史的にも知られた勝海舟や坂本龍馬らと近しくなるのだが、怪我人や当時流行したコロリ(コレラ)の治療に取り組むなど、現代の医学の知識を「歴史を変える事になりはしないか」と案じながらも、生かす事になる。そして、自分の恋人に瓜二つの女性が、吉原の花魁となって、そろそろ出てくる筈なのだが。

と、私のいつもの悪い癖が出て、原作があるなら、どんなあら筋なのだとググッて、楽しみが半減してしまった。「おくりびと」のメーキングを先に見た、あの失敗を又してもやらかしたようだ。
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失敗

2009-10-28 16:52:12 | 社会
某総会の司会をした。建築士会の全国大会の開会式の時にも、「原稿をやるから司会をせよ。」と言われ、気軽に引き受けたら原稿も自分で考えなければならなかったのだが。初めてだったら、どんなに不安だったろう。それも数をこなすことで、少しずつ慣れてくるものだ。それが良い事なのかどうかは判らない。

今回の某総会は、きちんと原稿があった。まるで結婚式のセレモニーのような、音楽が入ったり、情感を込めたりと難しく、何度か練習もさせられたが、いやはや他人が書いた原稿となると、読みにくい所が多々あるものだ。私本人に言語障害があるのではと思うほど、タ行ラ行、疲れてくるとサ行まで怪しい。本番が始まって早速つまづいてしまった。しかし、間違えてポッと顔を赤らめるほど初々しくもなく、失礼いたしましたと、一呼吸置いて続ける事が出来た。

今週は身内のお葬式があった。本来なら悲しくてハンカチが絞れるほどになる筈なのに、通夜ではお坊さんのパフォーマンスに驚き、お葬式では大変上手に弔辞を読まれた内容に心を打たれていたら、「心安らかにお眠りください。」と閉める所を「心安らかに、おねまりください。」との読み間違えに、「ぶっ」っと鼻から音が出て、堪えるのに大変だった。ねまるは酒田弁で座ると言う意味で、それはそれで意味が通じるのだ。だから余計に堪えきれなかった。
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ガマズミ

2009-10-25 16:42:30 | 動物・自然
昨年暮れの柚子酒を作ったのが切っ掛けで、十何年ぶりかで果実酒造りを始めた。コクワ(サルナシ)も漬けてある。私が今まで何十種類も漬けた果実酒の中で、これは美味いと思ったのは、そんなに数は多くない。天然のホップのカラハナソウも美味だったが、色香り味共に良かったのが、ガマズミ酒である。

そんな訳で、ちょっと時期が遅れたかなと思いつつ、休みにガマズミを採りに行った。散々山を巡って見つからずに、諦めた頃、大きな道路の道ばたにそれを見つけて、拍子抜けした。これならまっすぐここに来れば良かった。でもちょっと恥ずかしい。「ガマズミなんて採ってどうするの。そんなの食べるの?」と小馬鹿にされそうな木の実なのだ。



赤い実がガマズミで、赤くて爽やかなお酒になる。
右がムカゴなのだが、実物を見せても、家族の誰も解らなかった。山芋の蔓に着いている小さな芋なのだが、両親さえ知らないのに驚いた。茹でたり、ムカゴ飯にする。食べると、ちょっとヌルッとしてジャガイモと山芋を足して2で割った味だ。



じつは、木の実を採りに姪と一緒に出かけたのだ。道路を歩いていると、姪が草むらに「黒い実がある」と、この実を見つけた。葉を見るとサルトリイバラに似ているが、あるはずのトゲがない。それどころか、サルトリイバラの実は赤いはずなのに、この実は黒い。(正確には濃い紫)飾るのも良いな、と実の付いている蔓を折って、車に帰ったら思い出した。

これはシオデだ。しかも太くて大きなタチシオデに違いない。うぉーー、凄い大きさだ。実もこんなに大きいとは思わなかった。よし、種を植えてみよう。

私の頭の中は、シオデ畑が広がっていた。
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香辛料

2009-10-25 16:28:32 | 食べ物
マリナーズのイチローは、毎朝欠かさずカレーライスを食べると言う。カレーの香辛料は薬用にもなるほどだから、身体によいのだと思う。もう日本食と言っても良いほど、カレーは国民食になっているのだが、世の中にカレーの香辛料はない。色々のスパイスを混ぜ合わせて、カレーの風味を作っているのだ。

フーディズTVのカレー特集を見ても、ジェイミーのカレーを見ても、必ずこれだけは必要だと言うスパイスが3種類あった。まぁ、それに唐辛子と胡椒も必要なのだが。その3種類のスパイスとは、クミン、コリアンダー、ターメリックだった。

一昔前までは、酒田のスーパーでも、沢山の種類のスパイスを買うことは出来た。最近は本当に揃えるのが難しくなり、何軒も回ってやっと手に入れた。カレーを毎朝食べるのは、身体に良くて、メタボリックの解消になるのだと言う話も聞いたが、カレーそのもののカロリーがとても高くて、中年女性のメタボ対策にはならんだろうとも考えた。ま、取りあえず、一日くらいは良いだろうと、レトルトのマレーシアカレーなるものを暖めて、3種類のスパイスをかけてみた。とっても危険な香りがした。

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かぼす

2009-10-25 16:17:32 | 食べ物
青森の棟方志功美術館に行った時に、買ってきた絵はがきを、額に入れて飾ってある。彼の作品は、いつも暖かな雰囲気がして、ふくよかな女性と淡い色合いが似合っている。その作品をバックに、今年始めて買ったりんごの紅玉と、かぼすを飾ってみた。



様々に改良されて美味しくなったリンゴも多いが、私は昔ながらの紅玉が好きである。料理に使うにもこのリンゴの酸味は欠かせない。ジャムにするにも、アップルパイにするにも、この紅玉が美味しい。

昨年の建築士会の徳島大会で、すっかりスダチの虜になり、その後の柚子のマイブームに移行した私だが、今年は八百屋の店先で、カボスなるものを見つけて買ってみた。スダチや柚子ほど香りに癖もなく、とにかく絞るとジュースが多いのに驚いた。焼き魚にかけたり焼酎に垂らしてみたりと、充分に味を楽しめた。我が家の鉢植えで実っている柚子も収穫したいのだが、かぼすが無くなってからにしようと思う。
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芹沢げ陲寮こε

2009-10-23 20:45:36 | 音楽・芸術・文学
さて、ここで問題です。「芹沢げ陲寮こε検廚箸△蠅泙垢、げ陲箸浪燭汎匹爐里任靴腓Α



型絵染の人間国宝 芹沢げ(せりざわ けいすけ・1895-1984) の世界展が酒田美術館で開催された。心にゆとりなど無く、最終日の4時頃になって仕事をさぼって現場から美術館に走った。この方の暖簾は、よく目にする作品だと思う。人間国宝の作品に向かって、「赤の使い方が上手いな。」とか「絵が思ったより下手だな。」とか、沖縄をモチーフした着物には「私は着れないな。」など、勝手なことを思いながら観て回った。彼の沖縄に対する並々ならぬ想いも伝わってきたし、素敵な作品も多かったけど、観るに値しないと腹が立った事に出くわした。彼の作品に対してではない。美術館の照明設計に対してだ。硝子ケースに照明が反射して、作品が見えないのだ。以前からここの照明の仕方には非難もあったのだが、目の当たりにして、これではイカンと声を出さねばと思った。照明の当て方が下手なのか、ケースの設計が拙いのか、おそらくどちらもだろうと思う。もう一度検討して貰いたいものだ。



布に型押しする染色を見ていると、青森市に行ったときに見た棟方志功の版画を思い出した。自分の思いの丈を表現する棟方志功の方が、私には合っているのかも知れない。無性に懐かしくなった。



美術館のホールから外を見ると、大きな虹が架かっていた。カメラを取り出し外へ飛び出そうかと思ったが、見る間に虹の色が褪せてきた。窓の硝子面に後ろの照明が反射しないようにと身体を捻ったりしたが、思うようには写せなかった。実物の方がずっと綺麗だった。
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2009-10-20 15:15:00 | 社会


全国大会の始まる2日前に髪を切った。2年も3年も我慢をして伸ばしてきた髪ではあったが、垂らすのが似合うほど私の歳は若くはなかった。自分でも「恐いよ、妖怪だよ。」と思えるほどだったし、後ろで1本にして結わえると、切れてしまう本数も多く、本流に逆らい好き勝手に風になびく髪も多くなった。ピンで押さえれば事は済むのだろうが、生活に疲れたようなヘアスタイルに急に嫌気が差し、「あまり極端に短くしないでね。」と馴染みの美容院に駆け込んだ。髪を切って顔に馴染むのが1週間ほどかかるのに、無謀な選択でもあった。

全国大会で顔を合わせても、「髪を切ったの?」と言ったのは2名だけ、伸ばしてストレートパーマを掛けたときには、「わぁー、伸びたね。」と珍しがられて、みんなに引っ張られたのだから、短めの髪が私の定番だったと言うことなのだろう。

写真は、全国大会の時に、佐賀県のブースから頂いた物。木彫りの蝶のイヤリングだ。ここでは、畳の縁を使ったバックなども飾っていた。なかなか素敵だった。
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田村寛三さんの話

2009-10-18 15:59:05 | 建築・都市・港
10月17日、庄内でのエキスカーションが始まった。山形からバスで最上川の舟下りに向かう。エキスカーション参加に限らず、この大会で山形を訪れたかなりの団体が、一斉にこの舟下りに向かったらしい。予約はしていたのだろうと思うが、非常に混雑して、予定時間をはるかにオーバーして一行は酒田に到着した。NKエージェントの小幡見学を繰り上げて、相馬楼へ昼食に入るメンバーを、酒田支部の面々でお迎えする。



食事が終わった人から、今日のセッション会場の山王くらぶへ向かう。遊心館で行えればと企画したが、酒田の合同活け花展が先客で、会場が取れなかったのだ。



「酒田・本間家と芭蕉の来酒」と言う演題で、講師の田村さんはお話くださったが、時間があまりないのだと判ると、どんどん端折って話を進めていく。膨大な話のつまみ食いと言ったら失礼にあたるのだろうか、特に芭蕉の話では、仏教の内容が判らないと難しい内容だった。出羽三山を参ることによって、明らかに俳句の内容が変わっていくのだそうだ。出羽三山の湯殿山を開いた空海上人のくだりになると、酒田の飯森山の話が出てきた。椀に盛った飯を伏せたような形が元だもと言われている一方で、古くは祈り山と呼び、それが飯森山となったと、田村さんは話を続けられた。

昔、空海上人が、生きている仏がある所を見つける為に、飯森山で護摩たきをして祈り続けた。3日目に、月山の方角に光が見え、その中に阿弥陀如来が現れたそうだ。そこで、最上川から赤川を遡り、梵字川をさらに登った所、お湯の沸く湯殿山に辿り着いたのだそうだ。出羽三山の羽黒山は現世を、月山は死を、湯殿山は生を表している。出羽三山縁の即身仏の名に、海と言う文字が着いているのは、この空海上人との関わりからだそうだ。

元々酒田の町は、現在の位置ではなく、飯森山などがある宮野浦地区にあった。最上川の洪水の為に、港が使用できなくなり、向こう酒田と呼ばれる最上川の北側に、町全体を移す事にしたらしい。その為、酒田の守り神である日枝神社は、宮野浦のものが最も古く、新たに上と下の日枝神社を置くことにした。空海上人がこの地を訪れた頃には、酒田は飯森山の並びにあり、ここで祈っても不思議はない。

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第52回建築士会全国大会 山形大会の会場から

2009-10-18 15:04:54 | 建築・都市・港

平成21年10月16日、山形市に於いて第52回建築士会全国大会・やまがた大会が開催された。開催地に人気があるとか、交通の便が良いとか、廻りに人口の多い大都市を抱えているなどで参加人数も異なってくる。昨今の景気の悪さから、やまがた大会は申込者が目標を下回り、3500名ほどではと言われていた。蓋をあけてびっくり、会長がTVで呼びかけたのが功を奏したか、一般の方も加わって5000名近くになったも言われ、会場はどこもかしこも大賑わいになった。


これは式典の表彰風景。アリーナは、地区別に会員が並んでいる。山形県は2階の後部の堰で、ピンク色のスカーフを巻いてスタッフと判るようにした。このスカーフは、紅花やサクランボのイメージで、華やかさを出そうと女性部が色を提案したものだ。壇上で賞状運ぶお手伝いをしてくれているのは、今年のミス花笠の方達で美人なのは勿論だが、「今年は特別に綺麗な人が選ばれた」と評判だったらしい。


彼女達をエレベーターで捕まえて、写真を撮らせて貰った。


ここは、私が担当した「まちづくり交流プラザ」で、50の屋台ブースの他、子供の建築の絵画展、設計展があり、右奥に見えるのがプラザステージで、ミニフォーラムが入れ替わり立ち替わり行われている。


これは青年建築士が主催の地域実践活動発表風景である。午前中には、私がコーディネータを務めた東北ブロックの女性建築士のフォーラムが行われた。冷や汗かきつつも、無事に終了した。続いて連合会女性委員会のクイズ知ってるつもりなど、分刻みで行われていく。式典会場を除く、小体育館などでは、4つのセッションが同時に進行していた。残念ながら、そちらを覗くことは出来なかった。
まちづくり交流プラザでは、1000部作っていた攻略本が午前中で品切れになるなど、時間が経つ毎に人が増えていった。


懇親会は、パレスグランデールで行ったが、総人数はどれほどだったのだろう。1500-2000人はいただろうと思われる。会場も3つに分かれ、第2会場は茣蓙が敷かれ、屋内での芋煮会と言った所だ。左奥に進むと、メインの本会場に入る。県内の様々な銘柄の地酒が振る舞われ、名物の米沢牛を始め、だだちゃ豆(冷凍物じゃないか!季節が違うので仕方がないが)芋煮などが並んでいた。


こちらがメインの本会場。
山形大学の学生達による、若さとスピード感に溢れた花笠踊りが披露され、私たちが昨年習った正調花笠踊りとは比べものにならない迫力だと感心しきりだった。傘回しが早すぎるため、写真はブレブレでお目に掛けられない。
その後、次期開催地の佐賀県が、お皿を2枚カチカチと鳴らしながらの踊りを披露してくれた。詳しく聞くと、茶碗蒸しの蓋なのだそうだ。


佐賀大会のシンボルマークは、人と人をアレンジしたらしい。
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建築士会全国大会・やまがた大会

2009-10-14 12:50:04 | 建築・都市・港
日曜日あたりから、よく見たポスターがTVで流れるようになった。建築士会全国大会・やまがた大会のCMだった。「皆さん、来てけらっしゃい。」と平吹会長が呼びかけていた。



「山の向こうのもう一つ日本」と言う言葉は、親日家だった元駐米大使のライシャワー博士の言葉である。山形を訪れた彼は、本来の日本が残っている地域として、山形を表現した。三川町のアトク先生の家にも、彼は訪れていた。
と言う訳で、明日の朝早くから、山形へ集合して大会の準備を行う。3日程は事務所に帰らずに運営にあたる事になる。


そんな事など、つゆほども知らない金魚達は、さぞかしやせ細ってしまうだろう。
メジャーの上のメモリは尺、下がセンチ。
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南州神社

2009-10-14 06:48:50 | 建築・都市・港
庄内藩と薩摩藩には、深い繋がりがある。明治維新の際、元々は徳川の家老であった庄内酒井藩は、官軍に激しく抵抗した。同じく徳川に味方した会津藩は、取りつぶしに遭い、重要な人物は青森などに流されてしまった。それに引き替え、庄内藩がお咎めも少なく免れたのは、西郷隆盛が政府に口添えをした為である。



西郷隆盛に恩義を感じた庄内の人達は、この地に南州(西郷隆盛)神社を建立し、その徳を広める活動を行ったのである。


さて、入って見ることにしよう。手を洗い、口を濯ぎ、本殿へと進む。


風の強い酒田の地を考えての事だろう。拝殿(?)は木製の硝子戸で覆った建物になっていた。欄間の近くに、○に十の島津家の家紋が見える。


左手に張ってあった、庄内と薩摩との縁の説明文。


本殿は、極めて小さい。


西郷隆盛と管実秀の座像。


その碑文。

小さな神社ではあったが、ここには鹿児島からお客さんが大勢いらっしゃるのだそうだ。戊辰戦争で戦死した兵士の墓が、日和山公園に残っているが、こちらは知る人が少ないせいか、訪れる人も少ない。ちょうど、南州神社には、兵庫からのご夫婦と一緒になった。鹿児島へ行って庄内を知り、ぜひ訪れたいと思ったのだそうだ。
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飯森山

2009-10-13 15:29:55 | 建築・都市・港

土門拳記念館の背後に見える山は、飯森山と呼ぶ。
飯森山と言うと、会津若松が有名で、悲しい白虎隊の最後が目に浮かぶ。
この飯森山を挟んで東側に、南州神社が建っている。飯森山地区と言う名前同様、あの明治時代の戊辰戦争に、その由来がある。


フェンスを張り巡らした飯森山の周辺を歩いてみた。酒田市民でありながら、実はここに来るのは始めてだったのだ。土門記念館の傍を通って、飯森山の遊具のある辺りまでは登った事があったのだが、こちら側にも鳥居と山道が続いていた。


あまり時間がなかったので、山頂へは目指さずに、周辺だけを歩いてみた。山とは反対の地面は、以前は田んぼであっただろう荒れ地が続いていた。これも減反政策の為なのかと、その荒れ具合にカメラを向けるのを止めた。アスファルト舗装の道路には、大きな粒のドングリが沢山落ちていた。


見上げた先にもドングリが・・。こんな実が沢山あったら、動物たちも喜ぶだろう。


飯森山の松の幹には、無数の蔦が絡まっており、手入れが良いのか悪いのか、判断が付かなかった。藪の中には山葡萄の葉が見え、人の通った足跡も付いていた。道路を歩きながら見上げると、ちょっと小高い枝に、黒いものが見えた。立派な山葡萄だった。近くに民家もあるし、ちょっと採取するには気が引けた。写真だけ撮すことにする。
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