無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

ニューフェイス登場

2007-12-30 18:12:47 | 動物・自然
地域猫のベッカムが、何処かで子猫を産んだらしい。元々ベッカムは野良の子だったので、近づいては来るが、人間に触られるのを嫌う。デブ猫のダイヤが、ひっくり返ってお腹を撫でて貰うのが好きなのとは正反対だ。そのベッカムが、やっと1匹子猫を連れて来た。何匹生まれたのかは判らないが、高い所から落ちたらしい死骸もあったと言う話を聞いた。残った子猫は元気な黒猫で、何でも遊び道具にして、はしゃぎ廻っている。ただし、人間が近づくと、一目散に逃げていく。



人間が近づいただけで逃げるので、カメラを向ける事さえ出来ない。そこでS氏が望遠レンズを使って撮す事に成功した。猫は面白い。産まれる猫が何色で、どんな模様になるのか、想像も出来ない。まさか、こんな全身黒猫が産まれるなんて、思っても見なかった。せっかくカメラで撮るのだから、顔の汚い部分を拭いてやりたいが、捕まえるのは無理だろう。この真っ黒クロ助は、かなりすばしっこい。

写真はイメージです。

「黒猫がいるんだって!」
「どこどこ?」
「あたちにも見せて!」
「あ、ホントだ!」

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吉泉食堂

2007-12-29 16:19:04 | 食べ物
暮れの掃除の最中、TVから「三川町」と言う声が聞こえてきた。見ればお婆ちゃんが畑からネギを採っている。このお婆ちゃんは95歳で、ラーメンを作っているのだそうだ。店の名前は吉泉食堂、どうやら番組はドキュメンタリーらしい。話す言葉に字幕が着いているので、全国放送のようだ。調べてみると、10月に放送された番組のアーカイブだった。

(財)民間放送教育協会

この可愛いお婆ちゃんは、毎日限定20杯のラーメンを作る。95歳なのに、とても元気だ。お客さんも地元の人が多いのだろうか、まったく口が悪いのだが、本心は暖かい。
お婆ちゃんが一人暮らしなので、「毎日、店の前を通る時、花輪が出てないか心配する。」と言う客や、「ここのラーメンは、10回に3回しか美味くない。その3回の為に7回を犠牲にする。3割だもの充分だ。バッターだったら、ジャイアンツに入られる。」そんな会話が、庄内弁でポンポン飛び出す。

最近、郵便局長を退職した人が、お婆ちゃんの弟子になった。秘伝のスープを伝授されていたが、様々な煮干しや削り節と昆布の入った、魚だしのようだった。1日限定20杯、食べに行ってみようかな。行った人の感想は、「普通だ。」そうだ。
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ペレットストーブ

2007-12-27 11:39:01 | 建築・都市・港
朝のTVで、北海道の奥尻島の様子が映し出されていた。原油の高騰により、輸送費のかかるこの島では、ガソリンが1L180円を上回るのだそうだ。漁業のイカ漁も、イカの価格の暴落と、燃料費の値上げから、灯りを消して漁をするようになった。家庭の暖房費も直撃を受けて、日中は家族で近くの温泉施設で1日過ごすようになり、一ヶ月4万円を超える暖房費を、なるだけ少なくしようと考えている人が増えたようだ。地域格差、持つ者持たざる者との差がどんどん広がっている。

昔、冬の野菜と言ったら、大根ネギ白菜キャベツ等を貯蔵して少しづつ食べた。少しでも野菜を取ろうと、北の国では沢山の漬け物を漬けた。暮らしが豊かになり、トマトやキュウリなど、季節に関係なく何でも店先に並ぶようになった。それは暖房を用いた温室栽培に寄る事が大きい。そんな温室栽培にも、暗い影が忍び寄ってくる。安い輸入野菜、農家の高齢化に加え、原油の高騰が拍車を掛けている。

今朝の河北新報の記事で、「地域エネルギー導入検討協議会」の酒田での取り組みが載っていた。松喰い虫の害で倒れた黒松をペレットにし、石油に変わる燃料として暖房費の削減をする話だった。ペレットを使うと、石油の2/3の費用で済むとの事だった。温室にペレットストーブを置き、実験的にどれだけ石油と違うのか、今年の冬に行うのだそうだ。

KOLNETの記事

酒田市では、家庭でもペレットストーブを使うのに補助金を出している。また数年かけて、市内にある小学校の暖房を、ペレットで賄おうとしている。ペレットストーブには、まだまだ改良の余地があるが、地球の温暖化防止にも役立っている。ペレットや薪は、自分が生育するのに吸った分の二酸化炭素しか排出しないのだ。
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急げ、急げ!

2007-12-26 16:24:43 | 社会
25日までに投函すると、元旦に届くと判っていたのに、やはり年賀状は土壇場にならないと書けない。自分の分は書けないのに、父のはさっさと印刷して渡したのが数週間前なのだからおかしなものだ。絵柄をあれこれ貼り合わせて、文章を書いてみる。いつもの年賀状に較べて少し大人しくなった。

去年、年賀状を出した後に、目上の人に書いてはいけない言葉があるのを知った。今まで散々使っていた「迎春」なども駄目なのだと判った。「寿」などの1文字や「迎春」などの2文字は、目下や友達には送っても良いのだそうだ。私はいったい何十年、年賀状を書いてきたのだろう。
無知と言うのは恐ろしい。
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メリークリスマス

2007-12-24 13:48:34 | 社会

Merry Christmas

クリスマスイブの夜・・・・

優しいあなたへ 動画を送ります。 お帰りなさい
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BSB

2007-12-23 17:11:16 | 音楽・芸術・文学
ついでにと言ったら失礼になるだろうか、BSBの事を書いてみようと思う。BSBとは米国のポップグループで、バック・ストリート・ボーイズと呼ぶ。先のBOYZ Ⅱ MENもそうだが、幾つまでBOYと呼んだら良いのだろうか。まぁ、日本にだって、男なのに筋肉少女隊がいるから、名前は何だって良いのだろうけど。

先月か、BSBが来日して、TV各局を巡っていた。私も何枚かはアルバムを持っているので、聴くとはなしに聴いていたら、何だか音がおかしい。改めて画面を見ると、メンバーが4名になっていた。私が持っているCDは、いずれも5名のメンバーで、勢いのあった頃の物だから、R&Bにしてもなかなかの出来である。たった1名が欠けただけで、こんなにも音が違うのかと唖然とした。私がこのメンバーの中で好きなのはAJだが、彼をもってしても、以前の音には成れ切れていない。驚いてしまった。

ふくよかだったニックは、ダイエットに成功したのか、昔通りののイケメンに変わっていた。ただし、曲そのものの喪失感は否めない。BOYSが大人になって、スピードも出なくなったとでも言うのだろうか。存在感のなかったと思っていたケビンがいなくなったせいなのだろうか。
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BOYZ Ⅱ MEN

2007-12-23 14:11:52 | 音楽・芸術・文学
2006年10月に発売されたアルバム「The Remedy」を引っさげて、2007年1月BOYZ Ⅱ MEN のJapanツアーが行われた。いつも思うのだが、彼らのツアーの場所はどうやって決めるのだろう。都会で2箇所行うのは人口の関係で判るのだが、東北ではいつも盛岡と仙台で行われる。岩手県が音楽に対して特別な県だと言うのは判るのだけど、この人間も少なく、おとなしくて盛り上がりに欠ける地方で、2箇所公演はちょっとキツイのではと思っていた。

12月も入ると、TVで盛んにチケット販売のCMが流れていた。彼らの音楽は、それぞれがソロで唄えるほどに上手いが、バラードのハーモニーはもっと素晴らしい。彼らの曲を彼らと認識していなくても、きっと何処かで聴いた事がある筈と思うほど、日本では流れている。今回のアルバムの「The Remedy」では、ちょっと彼らには珍しくヒップホップ系の曲がメインになっていた。TVのCMでも、キャップを前後逆にかぶった彼らの写真が写っていた。その為、チケットはなかなか完売しなかった。1月に入ると、ついにバラードを唄っていた頃の写真に取って変わって、しつこく流れていた。

実は、私はこの現象に、ヒヤヒヤしていた。何故なら発売と同時にチケットを購入し、誰にも言わずにこっそりと行く事を決めていたからだ。TVでCMが流れる度に、心臓は高鳴った。当日、会議にでも行くような格好で、「仙台へ行く。」と告げた時、姪が「私も行く!」と言い出した。悪い事は出来ないものだ。こうして一緒に行き、幾ばくかの口止め・・アワワを渡し、駅前付近で別々行動を取る事になった。会場のサンプラザは駅の裏側にある。

BOYZ Ⅱ MEN のコンサートは初めてだった。と言うか、こんなお祭り騒ぎは始めてだった。舞台の上でおとなしく歌っているものと思っていたら、さにあらず、舞台の上を所狭しと動きながら、舞台の端に座り客席に脚をぶらぶらさせる。彼らの音楽=バラードのイメージは、最初から覆された。大音量にも拘わらず、観客は歌い踊り、ほんの僅かなバラードを除いては、大合唱で揺れるようだった。「みんなで楽しもうぜ~!」「お~~!!」まさしくそんな感じだった。彼らは赤いバラの花束を持って客席に降り立ち、客に配り始める。アーチストに近寄ったりプレゼントをする事さえ禁止しているコンサートもあると言うのに、もみ合いへし合い奪い合いが1階では繰り広げられている。2-3階の客は悔しさに打ち震えていると言った具合だ。しかし、益々メタボになっていくWanya(ウァンヤ)にだけ、客が寄っていくのはどうしてだろう・・って、私だって行きたいわい。

観客が、こんなに彼らの曲を一緒に唄える程知っている事に驚いたし、この楽しいお祭り騒ぎには、リピーターが尽きないのだろうなと感じた。何遍でも行ってみたいと思わせるコンサートだった。彼らの曲をじっくりゆっくり聴きたい方は、CDに頼るしかないんだろうなとも思った。
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SONGS

2007-12-22 19:17:17 | 音楽・芸術・文学
ある日、いつものようにTVのリモコンを、カチャカチャこねくり回していたら、綾戸智恵とBOYZ ⅡMENがコラボしているのを見つけた。「ええっ、うっそ~!」と画面の前にしがみつく。いつ日本に来たのだろう。何故知らなかったのだろう、と焦る事しばし、あっと言う間に番組は終わった。

それは、NHKのSONGSと言う番組で、これから2回ほど再放送が予定されている。

12月26日(水) BS2 午前8:30~
1月8日(火)総合 午前1:50~
--セットリスト--
WHITE CHRISTMAS  綾戸智恵
END OF THE ROAD  BOYZ ⅡMEN
LET IT SNOW    BOYZ ⅡMEN&綾戸智恵
家路        綾戸智恵
JUST MY IMAGINATION (RUNNING AWAY WITH ME) BOYZ ⅡMEN


SONGS NHK
こんな音楽番組があるとは知らなかった。これまでの内容を見ても、聞きたかった惜しかった内容が盛り沢山だったのだ。BOYZ ⅡMENも、この放送の為だけに、来日したのかな。勿体ないなと思った。
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硬貨

2007-12-22 00:45:39 | 社会
財布の中の小銭入れを見たら、ピカピカの十円玉が2枚入っていた。手に取ってみると、平成19年の年号が刻まれていた。もう十日余りしか無いというのに、今年の硬貨を始めて見たような気がする。

十円玉は、私が子供の頃から変わっていない。お小遣いが1日十円の期間が長かったので、一番馴染み深い硬貨でもある。硬貨に年号が刻まれているを見て、「自分と同じ年の物だ」と、ちょっと避けて小箱へ残しておく事もあった。しかし、お金が足りなくなれば、そんな事はどうでも良いと、使ってしまって現在は残ってはいない。こんな記憶があったから、自分の同じ年の十円玉はあるものだとばかり思っていた。ところが、現在も使われている十円玉は、作ったのが1951年で、発行したのが53年なのだそうだ。すると50年生まれの硬貨はないことになる。実に残念だ。十円玉が出る前は十円札が使われていたのか。どんなお札だろうと調べてみた。

今も使える古い紙幣

戦後の紙幣のA号券の中で、五円札はまったく記憶がないが、他のは何だかうっすらと見たような気もする。五円玉が発行されたのは1949年、一円玉は1955年だから、一円札に見覚えがあっても、五円札にはないと言うのも肯ける。アルミで出来た軽い一円玉に、大人達が「何だか価値が落ちたような気がする。」と話していたのも覚えている。ところが、このアルミの一円玉、作るのに1.6-1.8円かかるのだそうだ。ただし材料費としては0.7円程、潰して売っても儲けにはならない。それどころか、貨幣損傷等取締法でしょっ引かれてしまうので注意しなければならない。

以前、一円玉が落ちていたら拾うかと言う話の中で、拾うのに費やすエネルギーを計算すると二円程かかるから、拾わない方が良いと言われていた。イヤイヤそんな事は言わないで、どんどん拾って流通させようではないか。一円玉は造れば造るほど、赤字になるのだそうだから。

現行硬貨の紹介

穴の開いていない五円玉も五十円玉もあったのだ。
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歌い手

2007-12-21 23:50:23 | 音楽・芸術・文学
最近評判の徳永英明のカバーアルバムを聴いている。知っている曲ばかりなのに、歌い方でこんなにも違うのかと驚いてしまう。彼は本当に歌が上手な人だったんだと、改めて感心する。力まず、語りかけるように唄うので、心にストンと入り込んでくる。昔と歌い方が変わったのかも知れない。思えば、大病もし、色々あったようだし、それが彼の人間の幅を広げたのだろう。女性ボーカルの曲を、違和感無いどころか、見事に変身(?)させてしまった。

12月も押し迫ってくると、年間を通じてのCD売り上げやネットからのDL等を対象に、様々な歌謡祭が繰り広げられる。売り上げとはまったく関係のない某国営放送の紅白も行われるが、何故2年続けて「千の風になって」が歌われるのかとか、疑問も多い。知らない若い歌手や、知りすぎた昔の歌手や、ほんのちょっぴり聞いてみたい歌手もいるが、きっとまともには見ないんだろうなと、今から結論づけている。
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星野じゃぱん

2007-12-17 15:59:32 | 社会
東北限定の情報番組「るくなす」に、伊奈かっぺい氏が出ている。彼は、青森放送に在籍していた時から、タレント活動をしており、その軽快な喋りで茶の間を賑わしていた。先々週のるくなすの中の、「かっぺいの学校ごっこ」のコーナーで、何故日本をジャパンと呼ぶのかと言う話をしていた。黒板には「日本日」と書かれており、日本と本日をそれぞれ読んでみる事になった。

日本は「にっぽん」または「にほん」だが、本日は「ほんじつ」と読む。これは、中国から漢字が伝わった時に、読み方として北方系の漢音と南方系の呉音が入ってきた。漢音は比較的読み方として固く、呉音は優しい。日を「にち」と読むのは呉音で、「じつ」と読むのは漢音の性である。中国が唐の時代、日本ではそれまで慣れ親しんだ呉音を、唐の音(漢音)にするように、桓武天皇が勅令を出した。日本の読み方も、「にっぽん」と「じっぽん」の併用がされていたが、マルコポーロが中国に渡った頃には、「じっぽん」と読まれていたようだ。そして「じゃぱん」が世界に広がる事になったのだそうだ。

こうして、私はまた一つ利口になっていく。
参考文献
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くるねこ

2007-12-17 13:48:47 | 動物・自然


私のブックマークにも載せている、くるさんのblog「くるねこ大和」で、とうとう書籍化が決定し、来年の1月15日に発売の予定だと言う。数多い動物のマンガの中でも、くるさんの描く猫達のしぐさや擬音には、うなずけるモノがあり、爆笑したり、ウルウルしたりと忙しい。くるさんは、単なる猫好きではなく、捨て猫を拾っては里親が見つかるまで、世話をして、病院へ連れて行きと、労力を惜しまない。そして、「この子は病気がちで、貰い手がないだろうな」と思う猫達と暮らしている。その優しさには頭が下がる思いだ。

いつでも、ネットで見られるのだが、本になったら手元に置いて、何度も眺めてみたい一冊になるだろう。現在の猫は5匹、まったく個性の違う猫達で、それぞれにファンが付いている。私は、くるさんにウザイ(?)と言われている黒のボン兄が大好きだ。時々、写真を載せてくれるけど、その表情には毎度笑ってしまう。心に隙間風が吹いたり、悲しい事があった時には、くるねこを読むのが一番だ。
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師走の街

2007-12-16 18:39:36 | 社会
まだ、クリスマスには間があると言うのに、デパートの中はお正月用品が一杯で、クリスマスの飾りは隅の方へ追いやられている。おもちゃ売り場もさほど混んでいる様子もない。季節の移り変わりの速さに、前倒しするように商戦は行われている。催事場の隣には、酒田の傘福と一緒に、お雛様が飾ってあったような気がするのは、錯覚だったのだろうか。

子供の頃は、お正月の楽しみはお年玉を貰うぐらいで、断然クリスマスの方が楽しかった。三人姉妹でお小遣いを貯金し、三段重ねのクリスマスケーキを近所のお菓子屋さんに注文していた。きちんと三等分出来るように、バラの花やチョコを付けてくれていた。ここのケーキはバタークリームで、クリームは甘く、スポンジは重かったから、三等分された自分の分を平らげるのに、2-3日もかかった。

クリスマスの音が街の中に聞こえてくると、お菓子売り場にサンタの靴が並べられていたのを思い出す。最近ではスーパーでもコーナーを作って並んでいるが、何故子供の頃、あの靴が欲しくてたまらなかったのだろう。母に「中身も少ないし、何で欲しいの。」と言われても、欲しかったのだ。不思議でならない。何故だったのだろう。
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沙羅

2007-12-15 11:06:23 | 動物・自然
ナツツバキ(夏椿)別名:沙羅の木

朝一番にS氏が「シャラの種、いる?」と聞いた。シャラって、沙羅って、あの沙羅!と思い即座に「いる!」と答えた。私が本格的に沙羅を知ったのは、ごく最近の事で、マジマジと見たのは鎌倉での出来事だった。東京での朝からの講習会に参加するので、前日に東京へ向かい、鎌倉で時間を過ごした。丁度梅雨の頃だったが、紫陽花寺などを探索した時のことだった。

 名月院の丸窓

 名月院の丸窓の裏手

雨に煙る鎌倉の町を歩いていると、透き通るような白い椿が目に入った。野生の椿を小型にしたような、凛とした美しい花だった。(鎌倉で撮した写真の中に、きっと入っている筈だと探したが、他の花は見つかっても沙羅だけはなかった。)その時は名前も判らず、帰宅してから事典で調べてみた。ナツツバキで簡単に調べる事が出来たのだが、別名の沙羅にちょっと感動した。平家物語の冒頭に出てくる、あの沙羅だったのかと、妄想は過去の日本から、お釈迦様のいる天竺にまで及ぶことになった。

 沙羅の木は映っていないようだ。

 まさか、円空作じゃないよね。

私は椿の花は好きだ。最近は種類も多く、八重やまだらや花びらの先がレースのようになっている物もあるが、私の好きなのは単純な藪椿(野生種)だ。私の住んでいる辺りが北限だと、昔聞いた事があったが、温暖化も進み広い範囲で生息しているのだと思う。とても繁殖能力が高く、バラバラとこぼれた椿の種は、殆どが芽を出す。我が家の庭にも1本あって、可哀相だが、毎年のように苗を引っこ抜いて捨てる事が続いている。

さて、本題の沙羅だが、S氏の親戚が最近引っ越しされた。以前住んでいた家の庭には、大きく育った沙羅の木があって、毎年美しい花を咲かせていたそうだ。その種を分けてくれるのだそうだが、最初は鉢植えから育てた方が良いらしい。興味のある方、育てて見たいと思った方は、コメントか、habanero-hu@mail.goo.ne.jpまで連絡を下さい。
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落とし物

2007-12-12 18:27:15 | 社会
平成19年12月10日から、改正遺失物法が変わって、保管期間が短くなり、どんどん処分されるようになった。また、インターネットを使って、落とし物を捜す事が出来るようになった。この法律が出来たのが100年前、大幅な改正が昭和33年以来と言うから、新しく頭の切り替えも必要になって来るのだろう。

政府公報オンラインより

日本人が物を大切にしなくなったのか、落とし物も年々増えて、保管する場所を確保するにも大変なのだそうだ。通常は3ヶ月保管期間を設けると言われているが、大量の安い物は、2週間を目安にして、さっさと売却するのだそうだ。今までは、落とし物を拾って6ヶ月経てば、自分の物になった物でも、個人情報保護法も出来たので、処分される物も出来たとか。本当に大幅な改正なので、一度読んでみる事をお薦めしたい。

私には経験がないが、父と妹は大金の入った財布やバックを拾った事があったそうだ。父は、酔っぱらった大工の棟梁が落とした家一軒分の代金。落とした本人が目の前を千鳥足で歩いていたから差し出すと、本人真っ青になって酔いが覚めてしまったとか。妹は売上金の入ったバックで、交番で落とした本人と会った際、警官から礼金を渡すように言われて「いらない。」と断ったけど渡された。ところが交番を出ると「貴方、いらないって言ったよね。」と取り替えされたと言う話だった。会社のお金じゃ、払えないだろうなとも思う。父の場合も、礼金は入らなかったそうだ。
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