駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

伊勢志摩サミット模様

2016年05月27日 | 政治経済

                      

 サミットは世界政治の問題を話し合う場だと思ったが、安倍首相は自分の都合、アベノミクス、を最優先させているように見受ける。どうも経済の成功?で国民の心証を良くして秘かな野望を実現させようという魂胆が透けて見える気がする。

 庶民の懐具合も庶民の生活も知らない人が、本当に庶民の生活改善を第一と思っているのだろうか。アベノミクスは機能していると言いながらリーマンショックの前と同じだなどと経済の不安を第一の議題としようとしている。国内政治対策にサミットを利用しているようにさえ見える。

 政治経済を学んだわけではないので学問的にはわからないが、政治というのは経済を弄るのが第一の仕事とは思われない(弄って副作用が出ることもある)。隣国との紛争を回避し世の中の混乱を避け国内外の平和平穏を模索するのが第一の仕事のように思う。わかっている、だから百年前の日本を取り戻そうとしていると言われるかもしれないが、それならばもう少しはっきりと表明してもよいと思う。

 そういえばトリクルダウンという言葉が聞かれなくなった。響きと受けを重視するから、表現とスポットライトの位置をどんどん動かしてゆく、かなり惚けてはきたが私はなんと言ってきたかを覚えている。リーマンショックと演出されたリーマンショックもどきとは違う。

 勿論、こうした見方が的を得ているかどうかは定かではない。唯、私だけではないのは確かだろう。

 オバマはトランプではないし、メルケルは賢い。六か国の大統領首相の日本の印象はどうだったのだろう。

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限りある時間を

2016年05月26日 | 人生

             

 何だか曇っているのに蒸し暑い。肝入りで選んだ伊勢志摩、天気ばかりは思うようにいかないようだ。亜熱帯ジャパンを知ってもらうには良い機会かもしれない。

 いつかなどというものは待っていてはいつまでも来ない。今度でいいや、又いつかと思って、数多い機会を失ってきた。

  バーバラストレイザンドやシルヴィーバルタンのコンサート、無理して時間を作り見にゆけば良かった。近くまで寄る機会があったのに又今度にしようと、会いに行かなかった東京の伯母さん、あっという間に心疾患で亡くなくなってしまった。もう母の子供の頃を知る人は誰も居ない。父と違い自分を語ることの少なかった母、しまったと思っても後の祭りだ。

 そうこうして学んできたから、この数年は、多少の不義理や長めの休暇は気にせず自分のやりたいことを優先するようになった。それでもはた迷惑は控えている。孔子様が指摘したように七十にして矩をこえずという訳か?、実のところは、無茶はできない脳力体力になってしまったのだ。論語を貴ぶ人は七十にして矩をこえずを辿り着いた境地とされるかもしれないが、なあに年を取って欲が減っただけと揶揄する向きもある。古来稀ではなく近頃溢れる年になった私はどちらも本当と感じる。

 しかしまあ、最近増えてきた、遠くのこと将来のことを思い悩まない何だか無気力な若者と違い、我々の世代は年を取っても、ああでもないこうでもないと考える習性を引きづっている。青春の志は忘れられないもののようだ。

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都民の声はどっち?

2016年05月25日 | 政治経済

                      

 朝、起きたら左肩が痛い。知らないうちの打ったか捻ったかしたようだ。あとから症状が出て来るのは打撲外傷の特徴だが、軽いので仕事は出来そうだ。転ばないようにといつもご注意申し上げている本人が転んでしまい面目ない。有り体に言えば、転ばないようにと注意されてもなあと言う気もする。

 ベッキーから桝添へ、話題はバトンタッチされたようだ。どちらも、見出しを目に留めてきただけなので、詳細はよく知らないが、異常な頻度だと思う。尤も桝添問題はベッキー問題よりも公的で追求する意味は大きい。それでも話題性で取り上げられているようで、辞めろという声は小さい。不思議だ。

 第三者の目でと視点をすり替えて誤魔化そうとしているが、第三者を当事者が任命してはとても信用できない。それを第三者とは言わない。もう結論は出ている、品性劣る人物だと(選挙前から察しは着いていた?)。

 なぜどうするかを、もっと議論しないだろう。辞めて貰うのか。政治家に品性は不可欠ではないと返金だけで続投させるのか。

 話題にする優先順位は妥当か、事実の確認はできているか、これからどうするかどうしてもらうかという判断が汲み上げられているか。これを吟味するのは読者の役割で、これを果たさないと間違いの片棒を担ぐことになる。もう担いでいるのかも知れない。

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転倒で気が付かされる己が年

2016年05月24日 | 小験

      

 誰しも認めたくないのは老いだろう。ネットやBSでは執拗に若さを保つ?健康食品や運動器具が宣伝されている。この異様な健康志向は、健康そうで病的だ。

 最近は廃れたようだが、半世紀前にはしばしば健全な精神は健康な肉体に宿ると体育教師が訓示をしていた。どういうものかこれを見聞きすれば健全な精神が保たれるという製品の宣伝はないようだ。健全な精神とはと問われて答えに詰まるせいか、あるいは健康ほどには需要がないのか、今のところ商機がないようだ。それに**子さんはいくつでしょうなどと若く見えるモデルならぬ、健全精神のモデルも見つけにくいだろう。何がこいつが健全の精神の持ち主なものかと、言われるのが落ちだ。

 今朝出勤途中で、転んでしまった。わずか二三センチの段差に蹴躓いたのだ。あっとと態勢を立て直せるはずが、二秒後には墜落ばったりと手をついて道路に倒れていた。幸い裏道で車の通りは少なく、車に轢かれないで済んだ。年を取ったと苦笑いしながら、起き上がったことだ。

 手を付けたので手の平を擦りむいたが顔や頭を打たずに済んだ。軽い捻挫をしたようで、足はまだ痛い。十年若ければ躓かずに済んだ。たとえ躓いても、転倒しなかったと思う。よく聞くことだが、躓いてから倒れるまでたかだか二秒の間だが、あれどうなったのだろうと思いつつ、随分たくさんのことが頭に浮かんだ気がする。どうも脳がパニックになって神経の連絡が混戦するらしい。

 人間には自分を見つめる自分が居る、その位相差から意識が生まれると言う学者もいるようだが、「転倒で気が付かされる己が年」と一句浮かぶのは古びても人間脳の持ち主である証拠と、悔しいけれども老体となったわが身を慰めたい。

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ウイキペディアの伝えるもの

2016年05月23日 | 小考

                

 昨日は日曜日といっても、かかりつけ医の研修会で7時間缶詰で講義を聞かされた。日本医師会内科学会臨床内科医会・・、など各々勝手に?これからの医療を仕切ろうとお互いに被る制度を始めている。重なっているじゃないかと抗議をしたら、中央の指令通りにしているだけで、ほかの会のことは知りませんでした。伝えておきますと恐縮していた。何とか整理できないものか。

 知らないあるいはよく知らない人物をしばしばウイキぺディアを使って調べる。今までは読んで、なあるほどとわかった気になっていたが、どうもそうでもないのに今頃気付いた。

 というのはよく知っている、と言っても作品をよく読んでいるに過ぎないが、本の世界の隣人先輩友人を何の気なしにウイキペディアで調べてみたら、何だか違う人のことのような知らない人のようなことが書いてあった。履歴が世間的重要事項に沿って並べられており、えっこんな人だったのと違和感を覚えた。私の培ったイメージと違うのだ。どちらが正しいなどと議論しても始まらない。私には私の抱いている人物像が本当なのだ。現実の親しい友人、もっと踏み込んで配偶者にさえ、知られざる一面はあるかもしれないが、それは多くの場合、驚くことはあっても受け入れられるものだろう。

 しかし、どの人物の項目もそうという訳ではないかもしれないが、ウイキペディアの違和感は軋む受け入れ難いものだった。

 ウィキペディアの伝えるものはどうも話半分がよいところのようだ。だからと言ってウィキペディアの価値が下がるわけではない。己の判断が世に絶対という訳でもない。勿論、真にプライベイトの世界は不可侵には肯う。

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暖かい夜の街には大勢の若者がたむろしていた

2016年05月22日 | 世の中

  

 昨夜、カードゲームの帰り、久し振りに夜の盛り場を通り過ぎた。土曜日の夜九時半、暖かくなってきたせいか,若者が大勢通りにたむろしていた。ミニを通り越したスカートの若い女性が何人もふらついているのも見かけた。酒気帯びのおじさんも混じっていたが、さすがに同年配は居ないようだった。
 朧気な記憶を辿れば、半世紀前、確かに私も意味もなく?盛り場をほっつき歩いた記憶がある。若さというか,リビドーのなせる業だったのだろうか、若い女性に声を掛ける勇気も才能もなく、飲み屋に入るような金もなく、ただ歩いていたような記憶がある。

 しかし、昨夜は彼等を見て一体何をしているんだろうという気がしてしまった。そういう年頃なのだろうとしか言いようがないかも知れない。生物というか動物としての若者には夕闇に群れ、だべり動き回る時期があるようだ。仲間と触れあい、連れあいを捜す意味もあるのだろう。

 今週はサミットがあり夏には参院選(同日選挙?)が控えている。熊本の地震は収束せず沖縄では又事件が起きた。どうもその割には報道は警戒態勢や選挙戦略の話題が多く、中身の議論が盛り上がらない感じがしている。宵闇にたむろする若者達の頭の片隅に、そうした状況もいくらかは認識されているだろうか。地方都市の夜の街には、あてどない平和が満ちていた。

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女性リーダーの時代か

2016年05月21日 | 政治経済

           

 昨日は朝方ちょっと涼しく照らず降らずで過ごしやすい一日だった。問題患者さんも受診されず、七十名と平均よりわずかに多い患者数で、仕事の方も順調で月に三日あるかどうかの好日だった。

 先日、台湾総統に民進党の蔡英文氏が就任した。中国との距離の取り方が注目されている。とりあえずは付かず離れずで様子見だろう。まあ、しかし中国寄りの馬英九氏とは異なる路線を取るのは間違いない。余計なことだが外見(ハンサム)で女性票を集めた?馬英九氏とは対照的に失礼ながら外見では男性票を集められない蔡英文氏の支持には政策支持の要素が強いと見ている。

 一体、蔡英文氏がどれほどの実力の持ち主かはまだわからないが、賢い人なのは間違いなさそうだ。ただ賢いだけではズル賢い人には勝てないので、これからを注目したい。日本の外務省はちゃんと読んで良い手を打てるだろうか?。論評する資格はないが賢さでもズル賢さでも今一歩に見える。

 世界ではサッチャーさん以降メルケルさん、スーチーさん、ミセスクリントン?と女性の傑出したリーダーが出てきている。蔡英文氏がこれに続くかどうか不明だが、可能性はありそうだ。フェミニストの主張は廃れてきているようだが、男女は同権でも同質ではない。優しい、細かい、丁寧、献身的といった資質がリーダーにも求められる時代なのかもしれない。

 当然次のアメリカ大統領はクリントンと思っていたが、トランプの目もありそうで、大丈夫だろうかと懸念している。選ばれてもイスラムメキシコ排除、外駐米軍費用全額負担など実際にはできない、今は不満層の歓心を買うために暴言を吐いているだけという見方もあるようだが、果たしてそうだろうか。トランプの目的は第一は自分が大統領になることなので、悪魔になけなしの良心を売ることも厭わない人物だということに気付く必要がある。国民には手の内を隠す政治家の本心を見抜くことが求められている。

 尤も人間には予想できないことを楽しむ期待する天邪鬼の性質もあるので、どうなるかはわからない。日本を飛び越えてトランプと金正恩が握手するなどという悪夢もゼロではなさそうだ。

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なんでも嫌で困るのは

2016年05月20日 | 診療

               

 少し認知が始まった患者さんの中には,理解できなくてもハイと言われる患者さんが結構多い。そうした場合はある程度こちらで類推勘案できるので問題は起きにくい。ところが少数ではあるが、どんな提案にも嫌、やらないと拒否される患者さんもいる。こうした態度は振り込み詐欺対策には良いかもしれないが、医者に診てもらう時には困ったことになることがある。

 Tさん男性77歳は十年ほど前から高血圧症で通院している。運動能力などには問題はないのだが数年前から認知が始まり、これは神経内科で診てもらっている。そこは遠いので当院でも診られますと言っても、嫌だということで併診していた。採血や画像検査などは神経内科でやっているので、当院ではほとんど検査をしていなかったのだが、ちょっと青白くなってきた感じがしたので、たまにはここでも採血検査をやらせてと説得したところ、どういうわけかまあいいかと拒否しなかった。軽い正球性の貧血があった。消化管出血があるかもしれないと、便を検査しようとするのだが、これにはとにかく嫌の一点張りでできない。容器を渡しても、毎回取れなかったと戻ってくる。看護師に、付き添ってこない妻に電話させたのだが、うちの人は惚けていますから無理ですと相手にしてくれない。困ったなあと手をこまねくうち、つい二か月半経ってしまった。先日、便秘がひどくなったというので、これはまずいと総合病院へ紹介した。さすがに便秘という症状があるせいか嫌とは言わず受診したのだが、結腸癌で手術が必要と返事が来た。

 十年間で一度だけ顔を見せた妻から怒りの電話が入り、「なんでももっと早く」と罵倒された。最後に腹の虫が収まったか「先生に言ってもしょうないか」と電話は切れた。二か月半というのは大きな遅れとは思わないが、確かに貧血を見つけた時点で消化管の悪性腫瘍の可能性は頭に浮かんだのだから、もっと強く動くべきだったかもしれない。どうも嫌だできないの一点張りについ根負けしたのがまずかった。元気そうで会話のできる認知拒否症には、特別対策が必要だと痛感した。

 スタッフは感謝されてもいいくらいなのにと味方してくれたが、なんとも後味の悪い一日を過ごした。

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家族への言葉が今を生きる我々に

2016年05月19日 | 人生

                      

 今日も晴れており、医院着いた時には軽く汗ばんでいた。郵便受けに届いていた、総合病院へ紹介した患者の返事を読む。高々四百字程度であるが、診察してくれた医師の性格と力量がよくわかる。N病院のM先生にはまた患者さんをお願いしよう。

 しばらく前になるがNHKで森山良子のファミリーヒストリーを見かけた。森山さんの父親、日系二世の久さんの数奇な運命に最後まで見てしまった。運命に弄ばれる東京ローズのことも出てきた。

 森山久さんは日本人とアメリカ人の良いところを併せ持っておられた方のようで、従容と覚悟を決めて静かにおおらかに生きようとされていたように受け取った。中で心に残ったのは、過酷な運命に対峙した時 We must live と家族に告げて生きようとされたことだ。

 生きている者生き残った者は生きてゆくのだという強い意志を感じた。余計な講釈を言わない人の心の奥に、秘かに宿っていた決意に感じるものがあった。

 自分と自分の家族へ発せられた言葉が、自然の脅威、科学の進歩と人間の愚かさが錯綜し混迷する今の世の中へのメッセージとも受け取れる。

 We must live.

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人間の尊厳、何それ

2016年05月18日 | 医療

             

 今朝は日本晴れの好天だ。そのせいか、早く明るくなり五時過ぎに目覚めてしまい、いつもより三本早い電車に乗ってきた。電車はまだ空いており最初から座ることができた。いつもの列車よりも携帯をいじくっている人が少なく寝ている人や朝ごはん?を食べている人が居た。高々四十分くらいで、乗り合わせる人も違うものだ。

 早く着き、時間があったのでマッサージ同意書を何枚か書く、そんなものを書くなという整形外科医の声が聞こえるが、敵もさるもので患者に要望させるので断りにくい。

 マッサージ同意書もそうだが、世の中の現実は机上の離論とは違う。グループホームの患者さんを少し診ている。どこの施設もそうだとは言わないが、施設によっては飼育に近い感じがする所もある。受け入れている認知症患者さんのレベルにもよるので一概に問題とは言えない。よしさんとかさっちゃんとか親しみを込めて呼びながら食事から下の世話まできちんとしているので、それでよいというか精一杯なのだろう。一日中、「いち、にっ、さん」と大声を上げている人、よだれを垂らしてうーあーとしか言えない人、車いすに座り毛布を掛けてもらい、夏も冬もいつも寒い寒いと言っている人・・・。

 世話をしている職員(ほとんどが女性、男性は大抵半年で辞めてしまう)の最大の関心事は排便睡眠がうまくいっているかどうかだ。要するに手間がかからないということが重要なのだ。視察で数時間見回りして、もっと人間の尊厳を考えて一人一人をキメ細かく大切にと注意すれば、きっと尊厳て何、私たちは精一杯やっていますよと返事が返ってくるだろう。まともな会話はできず、歩行もおぼつかない人達を暴れても縛ったりせずに、親しく名前を呼んで年余に渡り昼も夜も世話しているわけだから、一瞥の人に尊厳はと問われても、何のことと聞き返してくるだろう

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