無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

福寿草

2012-03-29 08:51:50 | 動物・自然
先日、椎茸を見つけた時には、固い蕾だったのが、ようやく膨らんだ。今日にでも咲くかなと思う。
実は、福寿草の鉢を探そうとして、スコップでガンとやったら、鉢が壊れてしまった。取り替えなくてはならない。今度の日曜日にしようかな。おっとエイプリルフールではないか。



当分消えないだろうと思っていた我が家の前の雪も、驚くほど体積が減っていた。
日枝神社の梅も少しだけ咲いたようだ。やっと春がやってきた。

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揺れた

2012-03-27 20:39:03 | 東日本大震災
携帯の揺れコールがけたたましく鳴った。続けざまに3回。画面を見ると岩手県沖、最大震度4。酒田で設定していたので、酒田は震度2だった。なんだ、たいしたことないなと、高をくくっていたら。揺れた。じゃっぱんじゃっぱんと水槽の水が揺れた。なんだ、おい、強いじゃないか!

酒田は震度4だった。久々に強いなと感じる。昨年の3月11日以後は、こんな揺れが何度もやってきて、日常船酔い夜酒酔い朝二日酔いが続いたものだった。←嘘だよん。
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青い鳥

2012-03-27 12:40:13 | 東日本大震災
友達のDさんと、塩麹の話になった。自然派の彼女は、以前から作っておられたようで、調味料いらずになり重宝しているそうだ。分量を聞いてみたら麹200gに塩が60gだそうだ。塩麹は昔からあったのだと思う。何故、最近になってマスコミに取り上げられるのか、作ってみようとする人が増えたのか。人間の本能がそうさせるのかなとも感じた。

ヨーロッパ向けの東北地方の日本酒の放射能を、輸入元の現地で計ったら、検知されなかったようだ。安心して輸入出来ると新聞の記事にあった。これを読んで「なるほどね。」と感じたのは、私だけではないだろう。酵母が効いているのだろうなと思ったからだ。味噌やヨーグルトの発酵食品が良いぞとの話もあったので、気にとめていたのだ。良心のあるマスコミが、面と向かって「放射能に効く」とは言えないが、食品ブームを作ることによって、緩やかに人の耳に届けば良いと動いたとしたらどうだろう。

放射能を除去するのに、ひまわりが良いだの菜の花が良いだのと、一時騒がれた。結果はたいした数値が出なくてがっかりしたのだが、あれはセシウムを基準に考えていたからだろう。きのこ、ハーブなども数値が高くなるのであれば、それを利用した除染が可能なのではないか。なんちゃらの予言に、この日本の放射能の状況を救うのに、優れた日本人が出てくるというのがあったが、それはまだ水面下で動いているのではないか。決して原子力村の東大教授や行政、大手の建設業者ではないだろうと思う。彼らのやっている除染は放射能を移動させているだけだ。福一はまだ収まっておらず、物質は空から山から水からやってくるのだ。

微生物を使っての除染の話も聞こえてきた。真実か眉唾なのかはわからないが、ダメ元でやっても良さそうな気がする。コスモクリーナーを求めて、宇宙戦艦ヤマトにイスカンダルまで行って貰わずとも、すぐ近くに青い鳥がいるのではないか。希望は無くなっていないと思うのだがどうだろう。蛍の研究をしている方も、微生物の話をしていた。



東京からのおみやげの上喜元。こんなラベルは初めて見た。とってもレトロなラベルで、純米吟醸のようだ。要冷蔵なのに、神棚へ一日置いてみた。
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夢ネット無料相談会

2012-03-25 22:26:32 | 建築・都市・港
おや、また地震があって揺れたぞ。

さて、話は変わって、3月25日日曜日、天気は雪だった。



あ~あ、こんな中、歩いて行くのかとがっかりする。と言うよりお客さんが来ないだろうとも考える。



新生の清水屋デパートで、夢ネットによる住宅無料相談会が行われるのだ。



広場を突っ切って、光丘神社の前を通ると、足場が掛けてあった。ここは去年の震災で鳥居が倒れた所だ。1年すぎたので復旧するらしい。



清水屋の6階の催事場へ向かうと、すでに準備は整っていた。今までで一番広い催しになったと思う。



せっかく酒田の杉を使って貰おうとする企画なのだから、本物を並べておかないといけないだろうと言い続けていたら、今回は丸太を始め1年2年3年物の杉の苗、10年物の杉は大きすぎて丈が詰められて立っていた。我が家の、酒田杉で作った椅子テーブルも並んでいる。



写真家斎藤政弘氏の作品展示もあった。



山形の自然、特に鳥海山の写真は美しい。ご本人にも会え、話を交わすことも出来た。奥様にも会えた。なんと妹と同級生で同じ子供会だったことが判った。



木工教室用の道具と材料。



様々な種類の木で作った積み木。鳥も指で触ると形が判り、点字で名前が書いてあった。
右の本は、器具で本をなぞると、鳥の鳴き声が聞こえる。種類別の鳴き声の違いもわかった。



イヌワシの羽は、手に持って振ると風をどのようにして受け止めて飛ぶのかが、少し解るのだそうだ。子供達が振りながら「凄い凄い!」と言っていた。



木材を使った玩具。シーソー。どのようにして揺れるのかひっくり返して見てみた。



木馬と三輪車。ふんふん、このように作るのかと探ってみる。



木工作品 その1



木工作品 その2



木工作品 その3



木工作品 その4

昼食の時、お猿さんの着ぐるみを着ていた女性達と一緒になった。「清水屋は元、パイレーツの所にあったんですか。」「そうですよ。昔は中町も人が多くてね、酒田に行くと言うと中町に行くことだったのよ。」「清水屋は名前が変わったんですか。」「いいえ、昔から清水屋だったよ。」「小袖屋じゃないの?」「小袖屋は別のデパートだったの。」「デパートが2軒もあったんですか。」「昔は大沼デパートもあったのよ。清水屋のここ(6階の催事場)はゲームセンターのようになっていて、屋上にも子供達の乗り物があったのよ。」「あ、知ってる知ってる。(4-50代女性)」「私は知らない。(20代女性」「もしかして生まれてなかった?」「うん」
清水屋がこの場所に移ったのは、酒田大火以後だったから33年は経っているのだろう。大火も昔の繁栄も知らない人も増えてきたと言うことだが、知っているのと知らないのと、どっちが幸せなのだろうか。
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塩こうじに挑戦

2012-03-24 14:12:40 | 食べ物
巷で噂の「塩こうじ」に挑戦してみた。上喜元で見た綺麗な麹にムラムラしたのと、先日の女子会で塩麹を使った肉と魚料理、砂糖を使わないリンゴジャムの話を聞いたからだ。革細工のバックを作ったsyoukoさんが、このリンゴジャムにも挑戦して「美味しいのよ、これが」と仰っていた。配合も教えていただいたが、作る時にネットで確かめようと昨日になった。



準備した物。
天然水 200cc(ちょっと暖めてぬるま湯にしてみた。)
麹   200g
塩    50g (甘めに作ってみた。)

塩麹の作り方のレシピを、色々と探してみたが、分量も様々だった。平均を出そうかとも思ったが、博多の塩が丁度これしか無かったので、まずはこれで作ってみようと思った。



器(タッパ)に麹と塩を入れる。



混ぜた物にぬるま湯を注ぐ。



混ぜる。出来上がるまで、1日1度は混ぜた方が良いそうだ。



ラップをかけて明日を待つ。水を吸い込んで麹が顔を出したときには、さらに水を入れてヒタヒタ状態にするのが良いとも書いてあった。



2日目の状態。水分を麹が吸い込んで固まったので、ゴムべらで崩してみた。思ったよりも麹がふやけていない。ヨーグルトが翌日には固まってくれるのから考えると、麹を扱うのは根気がいるようだ。室温で育てているのが寒いのかな。暖めたら良いのかな。



3日目の状態。水分に粘度が見られた以外は変化なし。今日は一日寒い室内に置かれていた為だろうか。
香りは、麹の香りだった。



4日目の状態。全体がもったりしているだけで、何の変化もない。



5日目の状態。全体的に重い粘性を感じるのだが、見た目の変化はない。香りだけが甘酒に近くなった。
もう面倒なので、ゴムべらでベタベタとつぶしたい気に駆られる。味見は、まだしていない。



6日目。見た目は殆ど変わらない。麹が柔らかくなったのか潰れた物が出て、粒が細かくなったような気がする。少しなめてみた。しょっぱい。



7日目。器を揺すっただけで、麹が崩れるくらいに柔らかくなった。たぶん完成したのだと思う。
縦の真ん中に陰が出来ているのは、外の日光と部屋の中の蛍光灯が両方から当たった為だ。



出来るだけ接写してみた。

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塩こうじりんごジャムのレシピは 九州ガスのHPが詳しい。
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日沿道開通?待てよ

2012-03-24 11:32:51 | 建築・都市・港
2012年3月24日、待ちに待った日本海沿岸東北自動車道の鶴岡IC-温海ICが開通した。今日は開通式と様々なイベントが予定されている。この区間は、国の直轄事業なので、無料で運行出来る。それはそれで嬉しいが、山形自動車道路との乗り入れが、一度国道へ降りなければならず、非常に面倒だ。初めて通る人にも解るように、親切に表示されているのだろうか。ここの国道もいつでも混んでいるので、本当に大丈夫なのかなと思っている。実は、新庄の自動車道路で、秋田への延伸に伴い酒田へ曲がる道が解りにくくなった。あれあれと思っている内にまっすぐ走りエライ遠回りだった経験がある。これは私だけでなく、知り合いの何人かが「はめられた」そうだ。現在は新庄出口の標識の下に、小さな酒田方面の矢印の看板が着いたが、近眼の人には不親切だろう。ごく近くにならないと見えないのだもの。
ま、日沿道も実際に走ってみたら解るのだろう。今度山形からの帰りにでも寄ってみよう。

地元紙の山形新聞も、大きくページをさいて特集している。日本海沿岸東北自動車道(日沿道)と書いてあるが、昨日のラジオの話だと日本海自動車道路に名前が変わると告げていた。あれれ、どっちが本当なのだろう?日本海沿岸東北自動車道は、新潟から青森までと記憶していたのだが。

今回開通した温海-鶴岡は、日本海沿岸東北自動車道らしい。今まで山形から酒田みなとICまでのが山形自動車道路で、今回の開通に伴い鶴岡IC-酒田みなとICが日本海東北自動車道路に名前を変更するようだ。なんだかややこしい。

今回開通した日沿道の特徴は、海沿いから離れた位置にあるため、トンネルや橋が多い。東北一長いあつみトンネルもある。ま、この東北一も、直に追い越されることが確定されているのだが、今現在は東北一である。日沿道が出来たことで、国道7号線が通行止めになっても遠く迂回せずに済むのは嬉しい。山形県の道路は、本当に遅れているのだから。
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宝くじ

2012-03-22 22:36:44 | 社会
5億円が当たるんだと。
売り上げの一部が、復興に回るんだと。それで、山形県の売り上げが最低だったんだと。

何十年ぶりかで、宝くじを買った。
清水屋の3階のサービスカウンターで、駐車料金の判子を貰いながら、「続き番号にする?バラにする?」と聞かれ、バラの10枚にした。下一桁が続き番号で、必ずゲッパの300円は当たるらしい。なので、1等が当たっても、5億円にはならない。絶対に(世の中には絶対と言うことがないとは言われたけど)絶対にならない。この宝くじは、神棚に上げれば良いのと今気がついたけど、買った後はずっと私のバックに入っていて、何処へ行くのも一緒だった。これは当たりっこないだろうな。

話は変わって。
午前中の会議を終えて家に戻ると、妹が冷蔵庫からクール宅急便の小包を出してきた。なんだろうと考えた。今時、クールを使って送ってくれる友達はいない。眼鏡をかけていない、ぼやけた眼で差出人を見た。読めない、なんて小さな字なんだろう。ダダダと走ってバックの中から眼鏡を出す。なので、大きくしてみた。



仕事の書類を郵便局から送った時に、レターバックにすると便利だよと教えられ、料金を払った後に1枚の紙を貰った。「締め切りまで2日しかないけど、良かったら応募してね。」と。言われるままに応募したら、当たったと言うわけだ。



「これ何?」と言わないでね。可愛いチョコ(塩付き、塩キャラメル入り)が入っていた。
あ、一個ひっくり返っているし・・・。
そうか、当たったのかと、みんなで食べた。私のくじ運は、これで終了かも知れない。

宝くじ当選発表まで、あと少し。
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国道

2012-03-19 22:39:15 | 建築・都市・港
朝の8時で酒田を出発する。



すでに松山を走っている時点で、吹雪になった。



望遠レンズでないので残念だが、最上川の中にポツンと人影が見えないだろうか。向こう岸の鉄塔の真下の点なのだが、サクラマス狙いの釣り人二人である。走っている内に随分と見かけた。寒いだろうな。(小さすぎて見えないかな。)



気温は-1℃。道路の脇を歩いているのは、JRの方で、線路の点検(雪崩)のようである。



電車とすれ違った。雪煙が豪快である。



新庄市に近づくにつれ、吹雪はますます酷くなった。明日がお彼岸だと言うのに、真冬のようである。



除雪作業が進んで道路全体が見えるようになったと思ったら、4車線の分離帯に設置したフェンスが、見るも無惨に崩れていた。
今年の積雪で、分離帯の雪は壁となり、対向車線の大型車も見えないほどに高くなった。気温が高くなると上部は雪庇となり、地面に着くほどのつららも垂れ下がった。フェンスはその重みに耐えられなかったと考える。



フェンスが破壊された箇所は、村山から尾花沢にかけて、延々と続いていた。



除雪費用も億を超すが、このフェンスの取り替えにも高額な費用が発生すると思う。
何年も山形に通っているが、このようになったフェンスは記憶にない。



ここは、国道13号線であり、県や市町村からの持ち出しはないと考えるが、フェンスそのものを廃止したらどうなのだろうか。必要はあるのだろうかと考える。雪の重みでひん曲がるフェンスなど、事故防止にもならないだろう。



新庄道路では、雪崩を阻止すべく人力作戦が行われていた。「お疲れ様です!!」



これは山形市のシンボルの文翔館(旧県庁)美しい建物である。このビューポイントが歩道ではなく車道のど真ん中なのが悲しいと、景観の委員会で話題になった。

そうそう、昨日18日夜の、BSで(どのチャンネルかは忘れたが)文翔館が出ていた。階段の映像を見ただけで、「文翔館だ。」と気がついた。天井の左官のしっくいの造形で確信を得た。時計台の時計を守っている親子2代の人の話もあった。銅町の鉄瓶も出ていた。こんな風に山形が伝えられるのは嬉しい。



帰りに天童市の菓子舗「一本杉」に寄って、揚げまんじゅうを買った。揚げまんじゅうは福島の二本松が有名なのだそうだが、この店の名が一本杉なのはわざとなのかは知らないが面白いと思う。



庄内平野へ戻り、白鳥の群れを見た。最上川での餌付けを止めて、白鳥の数は減っただろう。今年のような厳しい冬には、何とか餌付けを復活させて貰いたいものだと思う。ろくすっぽ餌も食べず、体力がないままに長い渡りは難しいだろう。やっとのことで雪が消えた田んぼでの、しばしの食事風景だ。



飛んでいく白鳥。追いかける私。白鳥の方が車の速度よりも速かった。
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みーつけた!

2012-03-18 16:31:37 | 食べ物
さくらさんの福寿草が綺麗に咲いたので、私のはどうなっているだろうかと、雪深い裏庭に行ってみた。
我が家の裏庭は、建物に囲まれていて、屋根の雪が集中して落ちる。数日では消えそうにもない雪の山だった。

福寿草の鉢が置いてある辺りの雪を払ってみた時・・・



椎茸を見つけた。でっか~い!
雪の中で、よくこんなに育った物だ。3個着いていた。
昨年、椎茸のほだ木を、庭に立てかけていたのだ。

下の青い葉っぱは、わさび。
左の茶色の鉢が、福寿草。
咲いている筈もない。
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見学会

2012-03-18 15:20:33 | 建築・都市・港
3月17日、建築士会酒田支部女性部主催の見学会が開催された。



上喜元でおなじみの酒田酒造さんの新事務所である。これはバイヤー向けの物で、内部もなかなか素敵なデザインだった。



会議室と言うか応接室というか。吹抜から製品の棚が見える。



見たことのない上喜元が並んでいる。この中の何種類かは、地元では販売されていないのだそうだ。ほとんどは首都圏へ行く。全国で数店舗しか小売りしていない酒もあるとか。勿論、海外へも輸出している。



工場の入り口はこちら。傘福を展示している山王くらぶの駐車場の隣の酒田旧市内に位置している。
日本酒の消費量は、昭和47年をピークに下がり続けている。蔵元も全国に5000あったものが現在1000に、年に各県1の割合で減り続けている。アルコール飲料そのものの消費量が減っているが、中でも日本酒が顕著なのは、多量に作り出しているメーカーの日本酒が、旨い酒を供給しないからではと言っていた。酒造りは、生き物を扱う難しい仕事で手が抜けない。それを取り仕切るのが杜氏だが、自社で杜氏を持っていず、渡り杜氏(組合を通すそうだが)を雇う酒蔵も多いそうだ。杜氏は下で働く職人とチームを組んで渡り歩くそうだが、酒造会社の社長よりも偉く、給料も1000万円からだそうだ。しかも寒い時期の半年しか働かないことになっている。農家の農閑期や漁業の冬の仕事として、杜氏を行う人が多いと聞く。

米を材料にした日本酒は、元々巫女が作ってきた。権力者が下々へ振る舞う物として酒があったようだ。それがいつの頃からか、杜氏が男性の仕事となった。酒は米と酵母と麹、水によって出来ている。何故、それが酒になるのかが科学的に判ったのが、100年ほどしか経っていないと言う。以前の酒は水が硬水だとうまく造られる。その硬水の産地の代表的なのが、上方の灘・伏見で、幕府への献上品として渡ったうまく出来た酒が下り酒、失敗した酒をくだらない酒として地元で消費された。現在使われている「くだらない」の語源が、ここから来ているそうだ。最近では硬水で作られた酒よりも、軟水仕込みの方が日本人の口に合うようになり、米所の東北へ産地が移ってきている。毎年の品評会でも東北の酒が金賞受賞が多くなったそうである。

そんな日本酒の予備知識を教えて貰って工場へと向かった。
あ、もう一つ思い出した。清酒には、純米酒や純米吟醸のように、純米と書いてある物以外は、醸造用アルコールを入れるのが当然で、そのアルコールは主に度数40度の焼酎だそうだ。酒を薄めている訳ではない。品評会へ出展する酒にも、醸造用アルコールは入れているそうだ。



暖かく木の香りもしそうな麹室に入れて頂いた。左の人物が社長さんで、自ら杜氏でもある絶対権力者だ。本当は優しい人物なのだが。
表面を削り取った酒米を蒸して、冷ましながら酵母を混ぜて麹を作っている所。温度管理に非常に敏感である。



出来た麹を寝かせている場所。味見をしても良いと許可が出て、皆で少しづつすくって食べた。ほんのりと甘みがある。これをぬるま湯に入れるだけで、美味しい甘酒が出来ると言う。欲しい欲しい!



ほらね、綺麗でしょ。



これが酵母



酒樽の中で、ふつふつと音を出しながら発酵している。造って3日目の物と、それから10日経った物を試飲させて頂いた。これを上品な「どぶろく」と言う。う~うまい!
その他、酒蒸し場、しぼりの機械、梱包場など立て続けに見せて頂いた。




さて、これからが反省会である。見学は2班に分かれての行動だったが、場所を中町に変えて一同の顔合わせとなる。この会から参加のメンバーもいた。



酒田で買えない酒も混じっている。「どれが高いの!」「高いのから飲もう!」と、まずは右の大吟醸で乾杯をする。切り子の小さなグラスに半分くらいの量が全員に行き渡った。



「次はどれにする?」「これが高いよ。」3年物の古酒である。低温で熟成を止め、動かすことも味に影響があるとかで、飲む時に一番良い状態に保つのが大変らしい。私はこれが一番美味しかった。
で、酒田で買えるの買えないの?



4つのテーブルの上を、一升瓶が舞う。そんな楽しい宴会だった。
それにしても、なんて美味しい日本酒なのだろう。
ああ、口がおごってしまう。
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2012-03-18 15:15:33 | 食べ物


写真の日付を見ると、3月13日である。余所の道路の雪は綺麗に溶けているのに、我が家の前にはまだ雪があると写したら、この雪である。



そんな時には、暖かい物を食べよう。チャルメラの醤油味は常備食だが、チャンポンは初めてだ。



キャベツをどっさりと入れてみた。以上
食べての感想は? 以上
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女子会

2012-03-11 09:29:45 | 食べ物
酒田の南ジャスコ近くの「ほたる」で、女子会が行われた。「ほたる」に行くと言ったら、「うらやましい。あそこは、なかなか予約を取るのも難しいんだぞ。」と言われた。



出てきたのは、2段重ねで左の和紙に桜の小枝が付いているのが上段だった。この場合、二の膳はどちらだろう。そしてどちら側に置くのが正しいのだろう。



ま、そんな事はともかくも、早速全体を写してみる。ご馳走は可愛い小鉢に盛られている。ご飯と味噌汁は右の膳なのだが、箸と箸置きは左の膳にある。うむむむ。そして「いただきまっす!」

昨年のこの会は、3月12日だったそうだ。私は不参加だったのだが、震災の翌日、停電の中でも10人が集まったそうだ。電話も繋がらないので、幹事さんは朝に会場へ行き、当然断られると思ったのに「料理は出来ます。予約は生きています。」と言われ、参加者にも伝えるのに苦労したそうだ。途中でガソリンも尽きたらしい。電気も来なかったのに料理を作った偉い割烹は、山居町の志幡(しばた・映画おくりびとのロケに使われた割烹小幡から暖簾分けされた店)である。集まった人たちも、TVが映らなかったので、太平洋側があれほど酷い状態だったのを知らなかったのだ。この後に、ガソリンや物資が無くなり、じわじわとボディブローのように、日常生活が犯されて来るのである。



今日のデザートのアイスクリームは、バニラと焙じ茶だそうだ。好きな方をと言うので私は焙じ茶を選んだ。バニラと焙じ茶のグループは、ほぼ半々に分かれた。アイスクリームなのに、硝子の器ではなく、こんな可愛い焼き物の器に入ってくる。 うむ、携帯のカメラはピントが甘い。(腕が悪いとも言う)



焙じ茶のアイスの上に白玉と小豆、苺が載っている。



こちらは、バニラのアイスの器だ。アイスの上に白玉と黒蜜ときな粉がまぶしてある。どちらも美味しそうだ。



メンバーの中に、革細工教室に通われた方がいた。自作のバックを見せて貰った。絵付けも自分で行ったのだそうだ。これはセカンドバック。大きなバックも自作だそうだ。良いなぁ、羨ましいと思う。実は自分にとって使いやすいバックを探すのは一苦労なのだ。丈夫でA4のファイルがスルスル入って、ポケットやペンケースも付いていて、ショルダーで軽くて丈夫で見栄えも良くて、それにあれもこれもと欲を言うと、見つからないのである。自分で作られれば良いのにと長いこと思っていたが、皮を縫う苦労も知っていたので、無理だと決めつけていた。そうか、教室に通えば出来るのか。





そして、こんな可愛いプレゼントも頂いた。沢山の種類がある中で、靴下のを選んだ。染料で絵を描くのも楽しそうだわ。
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PCその後

2012-03-09 12:03:15 | 社会
10日位で戻ってくる筈のHDは、さらに2-3週間かかると告げられて、顔色が白から青に変わった。(あたしゃデスラー総統か)
傷が付いているそうで、最悪全部のデータは取れないかも知れない。仕事のデータといい、写真の数々も、もしかすると駄目かも知れない。そうとなれば、気持ちを切り替えて、業者にDXFで渡していた図面を分けて貰って、手直しを開始しなければならない。メールアドレスも数百人分が吹っ飛んだ。痛い痛い。まだ事務所もあるし仕事も他の機器もある。震災にあった人に比べれば、贅沢は言っていられない。がんばろう。

震災も、もうじき1年になる。阪神淡路の震災の時には、2ヶ月も経たない内に、震災のニュースがオウム真理教の物に姿を変えていた。東日本大震災の場合は、震災に加えて放射能の危険があり、これは日本の何処にいても汚染されるのを止めるのは個人だったから、忘れ去られないでいる。復興の遅れは桁外れに遅れているが、都市計画からのやり直しだから仕方がない。この1年と言う区切りの時期には、沢山の特別番組が組まれるだろう。検証番組としても、これからの復興の為にも、期待したいと思う。

それにしても、連日TVなどで報道されている練炭女や自称占い師の話はいらない。そんな事よりも、東電やAIJの自分の厚生年金が消えたのを心配したらどうなんだと思うのだが、視聴率のせいでくだらない報道になっているそうだ。と言うことは、視聴者がそれだけのレベルだからだろう。自称占い師だって、名前も顔も公には出ていないが、これからも被害を受ける人間が出るのだとすれば、公表するべきだろう。コメンティターの一人が、騙される方が悪いと言っていた。ほぉ、そう言う考えもあるのか。騙す手口が大きな宗教団体と似ていると言われている。そこは何処なのか、怖くて出せないのか、マスコミってなんだかなと思う。





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2月末の出来事

2012-03-09 11:54:28 | 建築・都市・港
日和山公園で、古いトイレと動物小屋が解体されて、辺りが広くなった。敷地を整備しているようだが、もしかすると駐車場を広げるのかも知れない。映画「おくりびと」による観光客は少なめになったが、まだ来てくれる人はいるようだ。山王くらぶ用に造られた駐車場を利用していたが、日和山公園の入り口まで、バスで来たいと願う高齢者もいるようで、歩道を急遽駐車場にはしてみたが、そんなものでは足りないと言うことがわかったのだろう。バスで乗り入れても、方向転換出来ない広さだったから、誰も使わなかっただろう税金の無駄遣いの手すりを撤去し、道路を広げた。今回はその第2弾なのだろう。



もうじき、舗装工事に入ると思う。桜の咲く頃までには間に合えば良いのかなと思う。動物小屋はどうなるのかな。



閏年の2月の29日、酒田港女みなと会議がNPO法人に正式に決まったので、酒田港湾事務所の方々と、プチお祝いをした。所長さんも副所長さんも参加されて、某さんの転勤祝いも兼ねてのささやかな席を設けた。元副所長のSさんから頂いた新潟の酒を、皆で美味しいと言って飲んだら、一升瓶が無くなった。ごちそうさまでした。
皆で写ってはいないけど、顔を出してごめんね。なるべくと思って小さくしたけど、やっぱりわかるよね。今年度からは、NPO法人酒田港女みなと会議としてのHPを立ち上げ、一緒に活動してくれるメンバーを増やしたいと思う。
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PCが壊れた

2012-03-03 10:49:45 | 社会
今年になって、PC2台が次々に壊れた。1台目が壊れた時は、新しいCADをインストールして、データなど移した後だったから少しは良かったが、その移し終わったPCが10日もせぬ内にHDが回らなくなった。キュキュと悲しい音をさせている。データをPCからPCへ移しただけで、他にバックアップしていなかったから、データが読めないかもといわれた時には、頭の中が真っ白になった。仕事は、どうなるんだ。現在、そのHDは、山形市の専門家の所に送られて、何とか読んで貰うようにお願いしている。

普段、何の気なしに使っているものが使えないのは、想像以上にストレスだ。しかも、2-3月の忙しい時期に、立て続けに起きると、事務所の中に電磁波か霊道が走っているのではと、疑いたくなる。コンパスが狂うのは、建物が鉄骨で出来ているからだと思っていたが、本当にPCが壊れる。

そして、実に嘆かわしい事なのだが、自分のブログや他の会員制の所でも、自分のIDパスワードを自動入力しているので、覚えていなくて入れないのだ。どこかにメモしていれば良いのだが、それもPCの中に入れていたので取り出せない。書き込みが出来なかったのはその為だ。何度もはじかれて、やっと思い出したと言う訳だ。アナログの時には、こんな苦労はなかっただろうに、便利な世の中には大きな落とし穴が潜んでいたのだ。ああ、壊れないPCが欲しい。
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