無題・休題−ハバネロ風味−

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

議会開設120年記念式典

2010-11-30 22:29:29 | 社会
11月29日、天皇皇后両陛下、秋篠宮殿下ご夫妻ご臨席のもと、参議院本会議場にて、議会開設120年記念式典が開催された。国会の節目ともなるべき行事だったが、参院事務局によると、衆参両院の国会議員721人(衆院は欠員1)のうち、出席したのは約370人で、党として欠席した共産党(15人)以外にも、330人以上が欠席したのだそうだ。これは国会議員としての自覚のない人間が多いことに他ならない。

この式典があった事は、式典の最中に自民の逢沢国対委員長の携帯電話が鳴ったのを、ニュースで聞いて知った。実は、28日の遊佐混声合唱団のコンサートの途中でも、合計2回携帯電話の着信音が聞こえた。常識のない人がいるなとその時は感じた。始まった際にも、幼い1歳未満だろうと思われる赤ちゃんが、ぎゃんぎゃん後ろで泣いていた。親御さんはホールを出たり入ったりしていたが、子供連れとコンサートの問題は古くて新しい。そんな地元の和気藹々の催し物と違って、国の代表として天皇皇后両陛下を迎えての行事で、着信音を鳴らすのはとても恥ずかしい事だと思う。

そんな恥ずかしい事が吹っ飛ぶニュースも入ってきた。秋篠宮殿下ご夫妻が先に入場し、天皇皇后両陛下が入られるのを待っている間、ご夫妻はずっと起立されていた。すると「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか。」と言うヤジが、国会議員の中から飛んだ。それは誰だとネットで大騒ぎになったが、民主党の中井洽前国家公安委員長らしい。

私たちは、本当に国民の代表として恥ずかしくない人間達を選んでいたのだろうか。「あの親にしてこの子有り」と言う言葉があるが、あの国会議員に対してこの国民有りとは、言われないだろうか。そもそも、国会という大事な会議の席で、野次を飛ばすのを認めるのは、品性がないと私は思う。様々な会議には出ているが、野次が飛ぶのを一度も経験したことがないからだ。
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遊佐混声合唱団

2010-11-29 09:00:22 | 音楽・芸術・文学
11月28日、遊佐混声合唱団第35回定期演奏会が、遊佐町生涯学習センターで行われた。
遊佐町に着いたのが開演ギリギリ、車を駐車場に入れられなくて、ホールに入った時には始まっていた。その時に流れていた曲目は「待ちぼうけ」であった。(^^;



酒田混声合唱団はよく知っている。遊佐混声合唱団は知らなかった。第35回定期演奏会と言うからには、随分と長く続いているのだろう。知り合いのKさんご夫婦も団員だと知らされ、初めて演奏会を観に行ってみた。旦那様の方はすぐに分かったのだが、奥様の方が見つからない。一番後ろの席から、目の悪い私が「あの人かしら、この人かしら。」と探したが、よく見えない。ちなみに、このご夫婦は酒田市民である。



遊佐町子供合唱団「スマイルキッズ」も参加した。「シーラカンスをとりにいこう」と言う曲目だった。子供達より、親御さん達がドキドキしているだろうなと思った。

第2部では、遊佐町混声合唱団による朗読や組曲が歌われた。



最後は、全員が揃って「遙かなる鳥海山」が合唱された。この曲は、芥川賞作家の森敦が、小説「鳥海山」で書かれた初真桑からの文章に、「千の風になって」の作曲家・新井満が曲をつけたものである。素敵だった。

混声合唱団の男性の中に、なんだか遊佐の町長さんに似た人がいた。どう見ても似ている。コンサートが終わった後にお会いしたら、ご本人だった。「いや〜、時間が無くてね。5回しか練習していないのよ。」と練習に出られないのを嘆いておられたが、結果は大成功だった。Kさんの奥様は体調を崩されたとかで、今回参加できなかったらしい。これは残念だった。
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野次馬

2010-11-27 11:57:58 | 社会
その1 ヨーグルトの話

下の写真が、櫛引の産直あぐりで買ったカレールーと鳥海高原飲むヨーグルトだ。



噂によると、カレールーは本格的な味がするらしい。中辛と辛口の2つがあったが、どちらも1つづつ買ってきた。単独ではなく、混ぜて使う予定である。
ヨーグルトも、飲むヨーグルトなのに飲みにくいと言われている。それで早速飲んでみた。とろみが強すぎて、胃カメラの時のバリウムのようだと言う人もいる。甘味も入っており、牛乳その物が濃くて美味しいのだろう。確かに比重が重くて、コップの底にこびりついたのが、吸っても落ちてこない。
日本では、ヨーグルトはデザートとして、蜂蜜やジャム、砂糖をかけて食べる。飲む場合もそれが多い。トルコでは料理のソースとして、またレストランで飲む時もヨーグルトを水で薄めて、塩を入れる時もある。さっぱりといただける。私は普段プレーンなものばかり買っていたので、味がついていないのが良いかなと、個人的には思った。好きずきなので、家族の中には断然美味しいと言う者もいた。


その2 火事の話

ともさんから、私の近所で火事があったみたいよと教えて頂いた。夜、そんな音を聞いたかも知れない。ただ、風が強い日だったし、我が家は風上でもあり、ともさんのコメントで驚いたのが現実だった。朝になって、S氏から電話で「火事は持地院だったらしい。」と聞いて、コートを羽織って、妹と一緒に出かけてみた。井戸のすぐ傍から、墓場へ抜ける道がある。持地院の墓場は、子供の頃の遊び場だった。懐かしいなと思いながら歩くと、随分と新しい墓に変わっているのが見えた。古い墓には立て札があり、「関係者は連絡を」と電話番号が記されてあった。永代供養や墓参りをする人の途絶えた数の多いと言うことなのだろう。むやみに墓をほかす訳にもいかないが、このままだと寺の経営にも影響があると、墓場のリサイクルの方向に向かっているものと思う。各地の寺で、江戸時代以前鎌倉時代の墓も見てきた。無名の墓も見てきた。銘があっても現代の一般市民の墓は、家の崩壊で消えてしまうのか。
と、まぁ様々な思いを巡らしながら、持地院の前に出た。広場に立ち入り禁止のテープが張ってあり、消防署員と思われる人がホースの後片付けをしていた。本堂には損傷がなかった。本堂とコンクリートの防火壁で遮断された庫裡(寺の住宅部分)が、外見はそのままで中が燃えてしまったようだ。怪我人もあったと聞く。気の毒なことだ。


その3 頑張れ!日本行動委員会の話

会場入りした時には、DVDが始まっていた。各地で行ったデモや大会の様子が流されていた。人が少ないなと思いながら、前の方に座った。終わり頃には随分と人の数も増えていた。大方が男性で年配者が多かったと思う。講演は、チャンネル桜の水嶋さんの話が面白かった。ただ、私はインターネットを通じて、様々な情報を仕入れているので、取り立てて目新しい事はなかったように思う。ネットに繋げない人達には、脅威の話しに映っただろう。

中国が日本を密かに侵略している。このままでは日本が無くなってしまうと危惧している。日本の土地が、中国人に買われている事は知っている。新潟市に中国の領事館が建てられる計画であること、その場所が小学校跡地と言うことも知っていた。新潟市に中華街を造る計画は知らなかった。どこの都市でも中心商店街が寂れている。そこにつけ込んで、街の顔となる部分を中華街に変えようとしている。名古屋市で国有地3000坪が中国人に売られようとしていることは、今回話されなかった。

日本の水源地も、続々と買われていることも知っていた。土地の値段にすれば二束三文の原野であろうが、水源地と言う発想が恐い。これから21世紀は、水を巡っての戦いが起こると言われている。ある日突然、水が使えなくなったらどうするのか。灌漑用水も水道の水も、使用料を払えと言われて止められたらどうするのか。日本政府は脇が甘い。水は天の恵み、使うのはお互い様と言う概念は、日本人にしかない。最も恐いのは、中国の国家総動員法(正確な名前かどうかは分からないが)だそうだ。兵役のない国は珍しく、隣国は殆どが、この自国防衛の為の兵役義務を持っている。国家が一度号令をかければ、研修生だろうが留学生、在日人に至るまで自国の為に戦う。つまりはスパイであり、テロや兵士になると言う訳だ。水源地へ毒を流す事も出来るだろう。争乱を起こすことは、北京オリンピックの時の長野の聖火リレーで実験済みだ。あの時、赤い旗を振って争乱を起こした中国人を警察は止めなかったが、日の丸を振った日本人を逮捕した。

日本のマスコミからしか情報を得られない人達は、マスコミが株式によって中国や朝鮮半島の物になっていること、日本で大切な事が報道されないシステムに気が付かないとも話されていた。それにもまして、現政権が外国人の参政権を認める方向にいることは、日本を特定の外国の物にする手助けをしているに他ならない。尖閣の漁船の話、VTRもしかり、日本の対応も某国の代理として動いている。尖閣は単なる布石で、沖縄を独立させ中国に組み入れようとしている。それより先に本土が中国に奪われるかも知れない。

これは話には載らなかったが、最近の中国の動きは、日本に留まらず、アフリカでもその勢力を伸ばしている。えげつない方法で、貴重な鉱山を着々と中国資本で押さえている。米国が世界の警察気取りで勢力を伸ばすのと違う方法だ。

と、まぁ、国民がそれに気が付いて行動を起こすべきだと言う大会だった。
西村氏の戦争賛美と、愛国の例としてのイスラエルの話はいただけなかった。

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山形のワイナリー

2010-11-25 23:27:50 | 食べ物
山形県は、自給率が高い。農作物だと米が多いが、果物も採れる。さくらんぼやラ・フランス以外でも、リンゴや葡萄や桃などが、全国でも上位を占めている。果物を使ったお酒も造られている中で、こんなに山形県内にワイナリーがあったのと、実は私も驚いた。山形県の観光課から送られてきた山形の旅・ワイナリーに出かけように詳しく載っている。

山小屋では、今年初のボージョレを頂いた。山形のワインも、これから続々と出荷されるだろう。一足先に、巡ってみるのも面白そうだ。庄内は、少ないなぁー。

地図では、山形県が白の線で4つの地域に区切られている。海辺の庄内地方と、新庄を中心にした最上地方、山形市を中心の村山地方、そして米沢と高畠のある置賜(おきたま)地方。果物の中でも葡萄にとって、寒暖の差のある所が美味しくなるのだろう。ワイナリーの数も、ごらんの通りである。

 山形県観光情報総合サイトより
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櫛引の産直・あぐり

2010-11-25 02:20:19 | 食べ物
天澤寺を出て、地図で産直を探してみた。国道112号線をさらに南へ走ると良いようだ。鶴岡市でも櫛引は、果物の産地として有名だ。



「くだもの祭」の看板が掲げてあった。噂には聞いていたが、ここに来るのは初めてだった。



店内を隠し撮りする。小さなデジカメなら気にならないのだろうが、私のような、いかにもカメラは、どうも気が引ける。堂々と撮影の許可を取ればいいのに、それもしない。出来上がったのが、この写真である。なんだかよく分からない。この店舗に入りきれない果物や魚介類が、外のテントやポーチを厚手の透明ビニールシートで囲んだ場所で、売られていた。客層は遠方からの観光客と言うより、近くの住民が多いのではと思われた。

果物は確かに安くて良い物があった。高速道路の櫛引パーキングの売り場とは、まったく違う。寒河江のPAとも話しにならないほどの差である。ここではまだまだ新鮮な葡萄も並んでいた。



キノコは主流がナメコになっていた。天然の物が大方だったが、栽培物も負けじと並んでいた。ナメコや椎茸のほだ木も売られていた。そのキノコ売り場で「でっけ〜〜!」と声が出るような椎茸があった。私の手と比べて貰いたい。肉厚で焼いて食べたら美味しそうだ。椎茸と言わずに、ステーキで出したら、肉だと思われそうだ。1人で一枚は食べきれないだろう。

美味しいと評判の「あぐり特性カレールー」を見つけて、中辛と辛口を買ってきた。飲みにくいと言われる「飲める鳥海高原ヨーグルト」も、大瓶を買ってきた。皆で味見をしてみよう。
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天澤寺(てんたくじ)

2010-11-25 02:02:11 | 
天澤寺の落ち葉の絨毯の上を歩いてみた。カサカサ、サクサク・・・。



天澤寺の本堂の柱に、庄内十三仏の文字があったように思えた。今年の10月末に終わった庄内札所三十三霊場・開創三百年祭と関係があるのかなと見てみたら、天澤寺のそれとは違っていた。

ならば、庄内十三仏とは何だろうとググってみると、このお寺の名前が出てきた。

 第01番   福王寺   不動明王    山形県酒田市南千日町 1-30
 第02番   昌洞院   釋迦如来    山形県庄内町肝煎字前田 46
 第03番   龍巌寺   文殊菩薩    山形県酒田市中央東町 4-50
 第04番   青龍寺   普賢菩薩    山形県鶴岡市青竜寺字金峯 6
 第05番   田種院   地蔵菩薩    山形県鶴岡市横内字伊勢郷 17
 第06番   龍頭寺   彌勒菩薩    山形県飽海郡遊佐町上蕨野字松ヶ岡 45
 第07番   天澤寺   薬師如来    山形県鶴岡市丸岡字町の内 36
 第08番   青原寺   観世音菩薩  山形県酒田市亀ヶ崎 4-1-23
 第09番   西方寺   勢至菩薩    山形県東田川郡三川町横川字隠里 20
 第10番   正覺寺   阿彌陀如来  山形県鶴岡市鳥居町 33-46
 第11番   大善寺   阿閃如来    山形県酒田市漆曽根四合目 129
 第12番   南岳寺   大日如来    山形県鶴岡市砂田町 3-6
 第13番 黒森山南光院 虚空蔵菩薩  山形県鶴岡市田川乙 17

どちらの霊場にも、名を連ねているお寺があるのを知った。青龍寺にも行ってくれば良かったかな。
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丸岡城跡と加藤清正公墓碑

2010-11-23 18:02:31 | 
熊本への旅行以来、気がかりだった「加藤清正公の墓」に行く事にした。iPhoneで地図を見る。清正公の墓のある天澤寺は、高速道路の鶴岡ICとあさひICの丁度中間で、旧櫛引町(現在鶴岡市)にある。我が家から、一番近いルートを検索すると、おとなしく国道7号から112号へ入れと出た。休日の国道は混んでいる。



国道112号線を鶴岡から月山の方へ向かうと、右側に標識が見えた。



国道から、標識に従って右に入り、ゆるいカーブを曲がると、丁字路に案内板があった。左に曲がれと書いてある。曲がるとすぐそこには、幅の広い道路の半分に白いラインが引いてあるだけの駐車場になっていた。
私のGPSだと、天澤寺はもう少し先にあるので、そのまま車を走らせてみた。アクセルをほんのひとふかしで、すぐに入り口の標識と、門と狭い小路が見えた。これはイカンと慌ててUターンする。



車を駐車場に置き、歩いて目的地へ向かう。
集落には普通に民家が並んでいる。



天澤寺(てんたくじ)に入るには、幅員が3mを切る狭い小路を進むようだ。
門の右側には天澤寺、左には加藤清正公の墓と名が付いていた。



小路を進むと十字路になり、境内の入り口の前には、案内板が立っていた。
黒い線は道路、青い線は水路や堀のようだ。
現在地から杉並木を抜けると、天澤寺だ。



これがその杉並木。
入り口の右手にはお地蔵さまが、道の中程の両側には、様々な動きをした比較的新しい像が立っていた。(十六大阿羅漢らしい。)



大銀杏と本殿。黄色に色づいた葉が美しい。



さて、ご挨拶をと思ったが、扉は閉まっている。



本堂の左を廻って、小さな門をくぐる。
本堂の裏手に、武士達の古くて小さな石の墓地がある。



少し逆光ぎみだが、これが五輪の塔。手前には、石で作られた虎が見える。
この右手に古い墓が沢山あった。歴代の寺の住職達の墓のようでもある。
清正公の奥方と一緒に出羽に来られた医者の墓もあった。



戻って、門の脇に並んでいた清正閣にお参りする。



寺の左手に広がる丸岡城跡に向かう。この水路は浅い堀になっている。



丸岡城跡は、一段高い丘の上にある。そこから寺を眺める。



城跡の礎石が並んでいる。城はそんなに大きな物ではなさそうだ。



渡り廊下を使って、城の建物はコの字型に建っていたようだ。



清正公の遺骨と、奥方が埋葬されていた場所らしい。



案内図では御書院と書かれてあるが、何だか分からない。



金峰山を借景にした庭があり、池があった。



穏やかな地だった。この静けさはなんだろう。天澤寺の後ろの墓のある場所の空気も、とても澄んでいた。熊本54万石から、出羽酒井家に1万石で身柄預けとなり、この地に骨を埋めた加藤忠広公。戦国の世の儚さを嘆いただけだろうか。熊本では神のように崇められている清正公の遺骨を、密かに持ち出したのは、身内としての情なのだろうか。清正公は、それを良しとしたのだろう。

厚い雲の切れ間から、一筋の光が差していた。金峰山の優しさは、今の世も変わらない。
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平田のめんたま畑

2010-11-23 10:28:36 | 食べ物
旧平田町の産直の店は、「めんたま畑」と言う。山形県の形が人の顔に似ていて、その目の部分が旧平田町だった。そんなことから、「めんたま畑」と名前が着いた。

日曜日、鴨鍋を食べる会で、漬け物も必要だと言うことになって、通りがかりの「めんたま畑」に寄った。こんな朝早くには行く事も少なかったのだが、その客の多さに驚いた。多かったのは客だけではない。並んでいる品物も種類が豊富で、午後の終わり頃とは比べものにならなかった。そうか、これが本当の姿なんだなと感心する。

この店のレジの女性は親切で、私が塩あずき餅を買ったとすると、レジを打つ手を止めて、「これは甘くないですよ。」と声を掛けてくれる。「ええ、これで良いんです。」と応えて、お金を払う。聞くと以前に間違えて買った客から「甘くない」とクレームが来たのだそうだ。ちゃんと「塩あずき」と書いてあるのにである。書いてある文字が小さいとでも言うのだろうか。最近では、その「塩あずき」の文字が、緑の蛍光ペンで大きく丸で囲まれていた。

そんな女性なので、私が買った柿を「これは渋柿ですよ。」と教えてくれた。私は渋柿を承知で買ったのだった。干し柿にしようと思ったからである。大きな柿が5個で180円だった。庄内柿に比べればずっと安いと思う。アビオスも売られていた。寒河江や尾花沢の道の駅の価格よりも、ずっと安かった。客達は次から次へと、新鮮な野菜をカゴに入れていた。Sさんが「生産者によって、味に違いがあるよ。」と教えてくれた。調理された総菜も並んでいる。炊き込みご飯や寿司や総菜は、昼頃には売り切れになるそうだ。



皮を剥いた渋柿と、アピオス(他の産直では、同じくらいの量なのに倍の値が付いていた。)
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鴨鍋を食す

2010-11-22 09:00:10 | 動物・自然
秋晴れの日曜日、山小屋で鴨鍋を食べることになった。



Aさんから「鴨が手に入った。」との連絡に、当初計画していたキノコ鍋は、鴨鍋に変更になった。他の材料を買い込んで、総勢6名で山小屋に向かう。雪を頂いた鳥海山も月山も、綺麗に見える秋晴れの日である。



山小屋の玄関先が調理場になっている。水タンクを運んで設置する。Sさんが調理の腕を振るってくれた。



山小屋の周辺だけが、雑木林になっている。もう少し時期が早ければ、この周辺にも茸が沢山採れるのだが・・・。



時期が少し遅かったチャナメツムタケ。なめこに似た味がする。



ストーブの上には、椎茸やフランベした鴨肉が、良い香りを漂わせている。
鍋の中は、鴨鍋の下拵え。完成した時には、食べるのに夢中で、写真を撮り忘れている。



ボージョレと鴨肉のフランベ。うう〜〜〜んまい!



暖かな日曜日である。

 おまけ:ニーハオトイレ
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ウコン・その後

2010-11-21 07:39:36 | 食べ物
ウコンをスライサーで薄切りにし、ざるに載せて窓辺で乾燥させてみた。
薄切りにすると、中からウコン色の鮮やかな黄色が現れる。



実は、私はスライサーに弱い。使っているスライサーも買ったばかりの頃、多量にサラダを作る必要があって、何十本ものキュウリをスライスした。調子にのって、2回も指をスライスした。ナイフで切るのと違って、血はなかなか止まらなかった嫌な思い出がある。

それで、最後残り少なくなると、切るのはすぐに放棄して、摺りおろしてみる。



摺りおろした物をグラスに入れ、水を注いでみた。綺麗なオレンジ色の液体が出来た。
飲んでみると爽やかなウコンジュースの出来上がりである。この後、何度も水を入れたり、お湯を入れたりと楽しんだ。暖かなウコン茶も美味しい。ウコン茶は癖があるとか、苦いと思った方にはお薦め出来ないが、私的には買って良かったと思った。急須で出したら、綺麗なお茶に仕上がるだろう。

ただし、摺りおろした時の指先に着いたウコンが、黄色のまま洗っても取れなかった。染料にも使う植物だもの、さすがだなと思った。
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インパール作戦

2010-11-19 12:28:23 | 社会
11月17日付けの河北新報の記事より(写真有)

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第2次世界大戦・日英和解訴え 英在住女性が酒田など訪問 

和嶋さん(中央)ら関係者と会談するマクドナルド昭子さん(左)
 日英の戦争和解活動を続けている英国ビルマ作戦協会のマクドナルド昭子会長(59)が16日、山形県庄内町と酒田市を訪れ、第2次世界大戦のインパール作戦を指揮した同町出身の佐藤幸徳中将の墓碑などを訪れた。
 昭子さんは同町の乗慶寺で、佐藤中将の墓と元部下が建てた追慕碑に参拝。酒田市の東北公益文科大では、戦没者慰霊など民間レベルで行ってきた活動を紹介し、相互理解の重要性を訴えた。
 父親の浦山泰二さん(88)は旧日本軍の陸軍中尉で、佐藤中将が指揮した師団でインパール作戦に従軍。佐藤中将は上官の命令に背いて兵を撤退させ、1万数千人の兵を救った。
 「佐藤中将の英断がなければ、わたしは今ここにいない」と昭子さん。「英国には偏見による反日感情はあるが、すべての日本人が残虐だったのではない。両国がもっと仲良く交流できるよう役立ちたい」と話した。
 庄内町内の飲食店では、インパール作戦から生還した同町の元日本兵、和嶋考一郎さん(89)らと懇談。和嶋さんは悲惨な戦場の記憶に触れ、「戦争は勝っても負けても、ひどい目に遭う」とおえつを漏らしながら訴えた。昭子さんも「わたしの父も死にかけた。戦後も元兵士たちは相当な苦労をした」と語った。
 東京都出身の昭子さんは英国人と結婚後、渡英。今回は約2週間前から帰国しており、17日は庄内町職員を前に講演し、帰京する。
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ローカルニュースで、マクドナルド昭子さんが佐藤中将の墓参りをする様子が映し出されていた。日英の戦争和解活動とは、どんなものなのだろう。地道に活動しているのだろうか。彼女は駆逐艦「雷」の工藤艦長の事を知らないのだろうか。
彼女は英国で、トップセールスウーマンと言われているそうだが、マスコミの扱いが上手いと思う。「英国ビルマ作戦協会」をググってみたが、よく分からなかった。英国の方と結婚されたようだが、英国へ渡って初めて、日本軍に対する英国民の憤りを感じたのだろう。
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これ、何だ?!

2010-11-19 09:48:39 | 食べ物
COOPへ石鹸シャンプーを買い物に行く。台所洗剤も、実は石鹸を使っている。合成洗剤はなるべく買わないようにし、ちょっぴり自然派の真似事をして、20年以上は経っている。勿論、COOPの会員でもある。
最近のスーパーの野菜売り場の傾向として、トレイサビリティとでも言うのだろうか、地元の生産者の分かる野菜を、別コーナーで売っている。で、こんな物を見つけた。(ピントが甘くて、ごめんね)



里芋でもない。ショウガでもない。キクイモでもない。
山形産のウコンだった。よせば良いのに、珍し物好きの私は、早速買ってきた。
さて、どうやって使おうか。と、ネットでググってみた。

乾燥させて粉にして使うのが大半らしい。生で切って、カレーにでも入れられるのかと思ったら、そうでもなさそうだ。生で摺りおろして、ジュースを飲むなんてのもあったが、これでは薬草のような扱いだ。薄切りにしてポテトチップのように油で揚げるのと、甘酢生姜のように漬けると言うのもあったが、どちらにしても、飛び切り美味しそうには見えない。買うのを失敗したかな。おっと、ウコン酒と言うのもあるぞ。
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酒田港振興戦略推進大会

2010-11-18 09:24:07 | 建築・都市・港
酒田港が重点港湾に選ばれてから、行政だけでなく民間が動かないと、数年後には見直しで外されるかも知れないよと言われてきた。今回「酒田港振興会議」の立ち上げと共に、官民挙げての「酒田港振興戦略推進大会」が、11月17日、酒田市の総合文化センターで開催された。



30年後の未来の酒田港を目指して活動していた「酒田港長期構想委員会」の人数と部会があまりに広がりすぎたため、発展的解消をし、コンパクトに詰めて活動をし易くしたのが、この酒田港振興会議である。記念講演に、長期構想の委員長であった(社)日本港湾協会会長の栢原英郎(かいはら)氏に「酒田港の未来」を語って貰った。



これは開会前の様子



その後、リレートーク方式で、東方シルクロード貿易促進協議会の新田嘉一氏を始め、山形県副知事の高橋節氏、東北地方整備局副局長の宮本卓治郎氏、酒田市副市長の本間正巳氏、東北公益文化大学の黒田昌裕学長が、各々の立場からコメントをなさった。興味深い内容だった。



実践の発表では、酒田リサイクルポートの加賀谷氏が、現状と新しい取り組みを話された。


21世紀はアジアの時代。他のアジア諸国は元気なのに、何故日本が落ち込んでいるのか。日本の円が110円台なら国内に工場を置いても採算が取れるが、80円台では成り立たない。庄内の強みは何なのか。TPPをうまく利用して行くことが大事である。諸外国に工場を移さなければならない企業の他、どうしても日本に置かなくてはならない企業もある。エネルギー。特に新エネルギー供給がそれだ。基地が必要になるのか、ロスを省く為に散らばる方が良いのかはこれからの検討である。港を活かすには荷物をいかに集めるか、道路とセットで進めて行くことが重要であろう。
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右見て左見て

2010-11-18 09:17:25 | 社会
道路を渡る時に、右側ばかり注意して渡る人はいない。左側だけと言う人もいない。
それなのに、世の中を渡るのに、片側だけ見る人は多い。
様々な所から情報を集めて、最後には自分で判断するのが一番だと思う。

と、言うわけで、こんなパンフレットと入場券が送られてきた。
無料なので、事前に入場整理券を手に入れてでも、多分当日でも入れるだろうと思う。

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携帯の中

2010-11-16 17:30:03 | 建築・都市・港
月曜日、東京で開催された日沿道の建設促進大会に参加した。JRでの移動だった。
往復8時間の電車での旅で、東京にいたのが3時間ほど、食事も電車の中でお弁当を食べることになった。お天気を気にして傘だのなんだのと騒いでいたら、いつも持ち歩くはずのカメラをすっかり忘れてしまった。



ならばと、携帯で会場を撮す。あら、カメラで撮るよりも、綺麗に写っているじゃない。
促進大会は、秋田−山形−新潟の3県合同で行っている。繋がらなければ高速道路ではないと、皆が考えている。県境が一番途切れたままなのである。来賓の国会議員の皆さんは、自分の発言が終わると急いで帰っていく。国会開催中なので、来られない人もいたようだ。

まぁ、そんなこんなで無事に大会宣言を終えて、東京駅へ急ぐ。電車内での時間が長かったので、ついに「イザベラバードの日本紀行」の下巻を読破出来た。めでたしめでたし。読み終えるのに何年もかかった代物だった。

携帯から画像を取り出すと、いつの間にやら入っていた物が続々と現れた。



これは、ソーラーパネル製作の後、酒田に帰ってきてNさんとSさんと3人で行った店の焼酎。これは、美味しかった!
名前を覚えられないので、証拠として写す。



酒田北港に浮かぶ潜水艦。日付は今年の8月7日になっている。
名前も覚えていない。早めに整理しないと、こんな事になる。
過去の記事を見たら、出てくるかな。

8月7日に、記事は書いていた。潜水艦名は「あさしお」。
夕方に見に行って、近くで撮せないので、次の日に再度出かけたようだ。そしてカメラを持っていくのを忘れたものと思われる。
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