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思想としての近代経済学:森嶋通夫

2011-07-25 07:01:49 | 書評
経済学をちゃんと理解しておきたいという思いが常にあり、数年前に偶然、再読した小室直樹の「経済学をめぐる巨匠たち」が結構役に立ったのだが、その中で紹介してあった、当時一番ノーベル経済学賞に近い日本人と言われていた、森嶋通夫の「思想としての近代経済学」を読んだ。(森嶋と小室は師弟関係にある)

残念ながら、森嶋通夫は2004年に亡くなっており、日本人のノーベル経済学賞受賞は遠い夢になりそうだ。

「経済学をめぐる巨匠たち」は、基本的に「思想としての近代経済学」の二番煎じである。そして、一番茶の味は格別であった。

本書は、近代経済学を最も重要なのは、「セイの法則」(供給はそれ自身の需要を創造する)を公理とするかどうである、という事を軸に、代表的な経済学者を紹介する形の内容となっている。公理とすれば古典派になり、否定すればケインズ派となる。

森嶋は、「セイの法則が成立する経済」から「セイの法則が成立しない経済」への転換がいかにして起こるのかを、「耐久財のジレンマ」で説明している。消費財にも生産財にも、消耗財と生産財があり、耐久財は数回、数年に渡り、繰り返し使える財と定義する。耐久財は生産した分だけ売れる事が無い上に(セイの法則が成立せず)、所有とレンタル市場が存在し、この市場が同時に均衡しないので、価格の市場調整機能が上手く働かない。セイの法則を公理としないので、彼自身はケインズ派に近いのだが、2つの学派を飲み込んでいるのが凄い。

数式が登場せず、シンプルなモデルで説明してあるので、理解しやすい。又、経済学を、社会学、歴史学と一体として考えており、それぞれの理論背景の考察が鋭く、現代をどのように理解するか切り口が随所に示唆されており、使える経済学(本来の姿)としての輝きがある。

私自身がケインズを全く分かっていない事を思い知らされたインパクトも強かった。ケインズは、イノベーション等で投資ブームが生ずれば、投資の国家管理を中止して経済を自由化させるべきだと考えており、投資が旺盛であればセイの法則が完全復活し、古典的な経済理論が正しいと述べている。政治的な保守派の立場で、ケインズ的な政策に批判的であったが、政治として一時回避的な政策提言と考えれば筋が通っている。(但し、深い経済的な認識が無ければ、上手く機能しない事は日本が証明している)

ケインズは、第一次世界大戦後ヴェルサイユ平和会議にイギリス代表団の一員として出席しており、賠償金問題を通してのヨーロッバの平和問題への提案などの解説を読むと、経済問題としての戦争を正しく認識しており、事後処理についても、平和の為に(経済的にも)バランスをとろうとしており、経済学という狭い領域に留まっていない事も刺激的である。

経済学とは何ぞやという事が俯瞰出来るので、計量モデルでコンピューターをオーバーヒートさせる様な事をしている研究者から、私の様な数学が苦手なアマチュアまで、一度は読んだ方が良いのではないかと思える名著である。

この本を手に取ったのは、全くの偶然であった。日本人補習校図書部が不必要(多分貸し出しが無いという事だと思う)になった本を、無料配布と言う形で処分するブックフェアで入手した。誰かが、補習校に寄贈した本の様だが、それがこうして、私の手にあるのも、何とも不思議なものである。


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