オール・ザット・ジャズ(1979年 映画)

2017-02-27 00:00:46 | 映画・演劇・Video
アメリカのミュージカル(キャバレー他)の監督で振付師でもあるボブ・フォッシーが自らの死期が近づいていることを知り(勘違い?)、時間に追われ、何もかもギリギリ状態の映画監督を主役とする自伝的ミュージカル風映画にした作品だ。実際には映画完成から実際にサヨナラするまで8年もかかった。

jazz


自伝的作品といえばフェリーニで生涯何作も自伝的映画(仕事に行き詰った監督が主役)を撮っている(「8 1/2」とか「アマルコルド」とか)。フェリーニの場合は病気とは何の関係もない。

主役の監督役(ギデオン)を演じるのは、ロイ・シャイダー。女優陣はたくさん登場し、監督を愛しているのか、単に自分勝手なのかよくわからない。たぶん両方なのだろう。また制作会社の役員は、芸術性より商業性に重きをおく人間たちとして描かれ、監督が過労で入院すると、そのまま死んでくれた方が保険で儲かると算盤をはじいたりする。

いずれにしろ、四六時中、酒とタバコと精神安定剤を飲み続ければ、ボロボロになるわけで、わかっていても止められずに病院超特急になるわけだ。世界の禁煙率向上に貢献した映画なのかもしれない。

なお、監督のそばには、いつも死神がまとわりついているのだが、これが美女のわけだ。美女が死神になって、「こっちへおいでよ」というのを断るのは難しいような気がする。
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ある明るい朝に(新井卓氏 写真企画展)

2017-02-26 00:00:22 | 美術館・博物館・工芸品
あざみ野の「ギャラリーあざみ野」で開催中だった『ある明るい朝に(写真展)』に。

写真と言っても普通の紙焼きではなく、ダゲレオタイプという手法。要するに写真が登場した頃の1850年ごろの技術を使っている。二種類の化学物質で画像を浮かびださせる。よく幕末の人物が首を固定されたまま30分動かなかった方式だ。

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もちろん、人間を写すのは今時は困難なので被写体は異なる。広島、長崎、福島など。要するに核物質の寿命に比べれば首の固定などは一瞬の時間であって、その時間が止まった各地の被写体を写すのにこの手法を使ったということだろうか。(もちろん現代の技術では、首の固定器は要らない)

写真は技術じゃなく思想だという考え方はあるが、新井氏は技術と思想を組み合わせたのだろう。なかなか見る方も忍耐を要する。


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同じ会場では『写真 時間の位相』が同時開催で、その1850年ごろからの写真の進化がカメラの進化とともに展示されている。上記の首固定器も見られる。私なんかとても無理だ。動かないと体が硬直してしまう。米国新大統領もそうだろう。

初期の写真の一つの特徴として、再現性がないということがある。一枚の銀板に焼かれた写真は、オリジナルであるとともにコピーは存在しない。となると、本展に登場する例えば「ボストン郵便局の局長のポートレート」なる額縁入りの写真は、おそらく本人が所有していて、没後ある時点で不届きな子孫が金策のためオークションに売り出したものだろうか、と思わぬことを考えてしまう。
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ちょっと驚いた話

2017-02-25 00:00:16 | しょうぎ
三浦九段冤罪事件に関して、ニコ動の生放送で、ある九段が次のように語ったようだ。

三浦さん本人や家族、三浦さんに近い関係者に本当に申し訳ない。まさかと思いつつ、「魔が差してしまったのか」と思ってしまった。今となっては全くの誤解で、三浦さんは全くそんなことはしていなかった。自分自身も20年ぐらい前の対局中に、持ってきていた将棋の本を読んでしまおうかと思ったことがある。このような経験もあったため、色々な説明を受ける中で三浦さんを信用することができなくなってしまった。三浦さんや関係者の方はもちろん、たくさんの将棋ファンの方にご心配、ご迷惑をかけて本当に申し訳ない。


自分にも魔が差しそうなことがあったので、疑ってしまった、ということなのだが、「(定跡をちょっと忘れたので)カバンの中の本を見て確認しようと思った」というようなことをプロが考えるというのには驚く。

逆に、アマチュアはそこまで勝負にこだわらないのでカンニングをしないということなのだろうか。前回の職団戦の時に、同じチームの一人から「相手が自分の手番の時にいなくなり、しばらくして戻ってきて痛打を浴びた。それも2回も」と報告があったのだが、まったくあぶない話だ。

プロの年配者で昼食休憩の時に将棋連盟の売店で立ち読みしたという話を読んだ記憶があるが、今回の外出禁止令でも立ち読み禁止になっていないことに気付く。

外出禁止令に違反しても、対局続行の上、対局料半減ということなので、書籍立ち読みの罰則は、「立読み本を強制購入の上、本に書いていない手を指すこと」ということかな。


さて、2月11日出題作の解答。

0225k


0225kk


並べ詰みの改造作であり、最後の捨駒だけが詰将棋らしい手なのだが、実は12手目に玉方が△4一玉ではなく△4二玉だと同手数の並べ詰みになってしまう。修正はできそうもない。失礼。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

shusei


先週が短かったので、お返し。持ち駒の歩は、毒針を持った工作員で、盤上登場時間は限りなく短い。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。

余詰め発生!4三歩を追加しました。
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ダンダダン酒場の肉汁餃子

2017-02-24 00:00:19 | あじ
この5年で急成長したチェーンの「ダンダダン酒場」だが、京王線沿線を制覇した後、都心にも進出中だ。メインディッシュが「餃子」というシンプルさで、どうなっているのだろう。

京王線の久我山に行く機会があって、ちょうどランチの時間ということで、駅から徒歩30秒の「ダンダダン酒場・久我山店」に寄る。

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あらかじめの情報としては、ランチは1種類だけ。「餃子ランチ(680円)」ごはん大盛は760円。

餃子と、キャベツの付け合わせ、温泉卵とスープとごはん。

問題は餃子で、熱い肉汁が飛び出す仕掛けになっている。餃子版小籠包。「味付け餃子なのでタレを付けなくても食べれます」と言われるが、醤油、酢、ラー油もテーブルに置かれている。

そのあたりは個人的味覚の問題だが、醤油単体を少し付けた方がいいかもしれない。酢とラー油は味の方向性が異なるような感じだ。

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そして、肉汁はうっかりすると飛び出すが、小籠包みたいな悲惨なことはない。皮はもちっとしていて、水餃子のような感触だ。

肉は特に素晴らしい味でもないが、安っぽい感じはない。よく練られていると感じる。

そして、通常の店は餃子を注文すると、餃子6個が朝の通勤電車のサラリーマンのように重なり合って出てくるのだが、ダンダダン餃子は1個ずつが分離されている。もっとも全部一体化していて、そこから肉汁が出るとしたら食べるのに大苦労だ。冷凍餃子をフライパンで焼くとバラバラになるのだが、餃子はカウンターの前の餃子専用の蓋つきタイマー付の器具で焼かれるので、冷凍品使用は一目瞭然で発覚する。

ただ、どうしてこんなにチェーンが野火のごとく急拡大しているのか、今一つわからない。やはり店名に「酒場」と付いている以上、夜専用の財布を持って行かないといけないのかもしれない。
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超古代の船の話から五輪の話にLターン(2/2)

2017-02-23 00:00:23 | スポーツ
ところで丸太船の見つかった検見川の東大グラウンドだが、近くに住んでいたことがある。前の東京オリンピックのクロスカントリーコースに使われたそうで、そのずっと後に通うことになった高校のマラソン大会の会場になっていて、このクロスカントリーコースを何回か(たぶん3回)走ったことがある。大変起伏が激しくて、時に坂に手をついて犬のように走りたくなるコースだった。


その伝説のようなクロスカントリーコースだが、2020年の五輪の時はどこで走るのかというと、あの海の森クロスカントリーコース。それを調べているうちに重大なことに気が付いた。

クロスカントリーといっても色々あるわけだ。

1. スキー
2. 陸上競技
3. 自転車(MTB)
4. 馬術

私は、自分が走っていたので、てっきり上記2の陸上競技として使われたのだと思っていたのだが、過去の資料を調べてみると、東大グラウンドで行われていたのは近代五種の中の馬のクロスカントリーだった。(普通の馬術は馬事公苑)

つまり自分で走っていて、急な坂は人間ではなく犬が走るようなコースだと感じたのは、無理からぬことだったようだ。そして、今回の海の森で走るのも、馬なのだ。周囲が海のコースで馬は驚かないだろうか。(源平合戦の時は、海の中に馬が入って戦ったのだから大丈夫だろう。新しい競技「馬泳ぎ」ができるかもしれない。)

ところで馬術競技といえば、知る人ぞ知る女性歌手の華原朋美さんが高校時代に国体で入賞していたそうで、色々と人生のイベントをこなした後、再び馬術競技を再開し、素晴らしい成績を続けて、五輪代表も狙えるところまできているそうだ。もっとも韓国で梨花女子大不正入学容疑を掛けられている女性のように調教と馬という2大要素を優遇してもらえることで成績は向上するらしいのだが、これから続く各種大会の結果が注目されていくのではないだろうか。
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超古代の船の話から五輪の話にLターン(1/2)

2017-02-22 00:00:36 | 歴史
原日本人は歩いて列島にやってきたのか、あるいは船に乗ってきたのかという大きな謎があるのだが、本当は詳しくわかっていない。アフリカ大陸を何らかの理由で飛び出した先祖は、アラビア半島からすぐに二手に分かれて南回りでインドシナ半島までたどり着いた人たちと、いったん北上し、アフガニスタン辺りから右コースの蒙古シベリア方面と左コースの欧州方面に分かれ、欧州方面コースの人はネアンデルタール人と混血したというか淘汰してしまった。

日本には、南方経由の人が先に来て、そのうち大陸から何波にもわたって第2コースの人たちが渡来。ずっと昔(つまり石器時代)には一部大陸とつながっていたのだが、その頃には世界には丸太舟が存在していた。例えば陸地としては離れていた本州と北海道の間では、すでに石器用の石の流通(交易?)があったことはわかっている。陸路と海路と両方なのだろうか。

そのあたりの海路の可能性について、横浜歴史博物館(通称歴博)では「津々浦々百千舟」展で研究結果が公開されているが、何しろ日本の古代史、あるいは先史の研究には、大きな二つのハザードがある。一つ目はご存知の「邪馬台国論争」。どうもすべての学者は他人と異なる自説を唱えないと一人前と認めてもらえない。それが古代史の終わりの頃の弥生から古墳時代の話というから困る。

もう一つは石器時代。これは非常に大事な時期なのだが、「自家製石器ばらまき先生」がいて、この藤村氏(現在は別姓)が権威だった時代に盛り上がったブームが壊滅したため、石器時代の研究は遅れに遅れをとっている。

歴史の研究は、日本書紀と古事記の研究みたいになってしまうわけだ。

しかも古代の丸太舟というのはなかなか残っていない。理由は簡単で丸太舟の運命というのは、沈むか、老朽化して薪にされるかということだっただろう。2万年先の日本人のために粘土層に埋めておいてくれたりしない。

それでもおそらくは大きな不運と悲嘆とともに沈んだ舟が、偶然にも海底深くに流され、そして土に埋まった状態から地面が隆起して、そして戦後日本の土地開発ブームで運よくシャベルカーの爪に引っかかって陽の目を見ることになる。

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今のところ、日本最古ではないかといわれるのが千葉県の市原市で発見された丸太舟で、それはかなり朽ちていて原形の一部がわかっているだけらしいが、同じ千葉県の千葉市の検見川にある東京大学のグラウンドから発掘された舟が歴博に展示されていて、撮影フリーだった。レプリカとは書かれていなかったのだが、本物を運んでくるとも思えないが、どちらでもいい。おそらく遠洋ではなく、沿岸とか河川で使われていたのだろう。あるいは浅瀬で荷物を載せて人力で引っ張ったのか。

実際には、造船技術というのは必要に迫られて進歩するようで、大陸まで渡ろうというような船は遣隋使や遣唐使の時代になって急に発展したのだが、実はその後はたいして発展しない。江戸時代だって。遣唐使と同じような船に乗っている。

ペリーがきて一挙に変わった。

この後、話が急に方向転換するので、また明日。(余計な話が長くなりそうで、ゴメン)
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影(アンデルセン)

2017-02-21 00:00:26 | 書評
アンデルセンの「即興詩人」を読んでから、気になっていた本があった。「影」というシンプルな題名の本である。童話的ではまったくない寓話であり、あまり紹介されていない短編である。村上春樹氏が講演会で紹介したこともあり、日本でも少しずつ有名になっているし、春樹氏の小説にも「影を失った男」が登場する。本書を読んだ後、思いだすと「影に逃げられた」という意味だったのだろうか。

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本書の登場人物はきわめて少ない。学者、学者の影、王女。もちろんほとんどセリフのないその他の人物はいる。

まず、前半部の意味がよくわからない。学者は何かの用で寒い国から暑い国へ長期出張のような旅に出る。寒い国は北欧で、暑い国は南欧という感じだ。あまり暑いので外に出ないうちに学者はやせはじめて、影もやせてしまうのだが、ある日バルコニーに学者が立つと、道路の向こう側の家に伸びた影が、向こうの家の中に行ってしまう。

学者はその後、寒い国に戻ったが、学者生活に恵まれず寂しい生活をしていると、数年経ってある金回りの良さそうな男が来る。それが逃げ出した彼の影が人間に扮して成功者となった姿だった。

ここまでが、驚愕の第一部で、第二部は「影」が主体になる。「影」は自分に影がないことをいいことに知能の高い学者を自分の「影」にしようとするわけだ。そして言葉巧みに連れ出して、某国の王女に近づいていく。そして学者を利用したあげく、学者のプライドを傷つけ、学者が真実を告発しようと考えたところで、狂人扱いして牢屋に送り、そのまま死に至らしめてしまった。

この寓話にはさまざまな解釈があるのだが、アンデルセン自体が登場人物の「学者」のように地味な生活を送っていたようだから、盗作でもされたのかもしれないと俗なことを考えてしまうが、違うのだろう。

常識的にいえば、「影」とは心の中の「もう一つの自分」をあらわす象徴であって、心の中の二極の相克がテーマと読むべきなのだろうか。


ところで、私自身、日常生活で自らの影を感じる時は少ないのだが、カメラの接写の時に影が映りこまないようにするときとか、ゴルフのパットを打つ時にライン上に自分の影があると、確かに邪魔なのだが、決して自分の「影」に対して、「消えて失せろ!」と思ってはいけないわけだ。
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バレンタインにギミー・チョコレートの話をした歌手

2017-02-20 00:00:55 | 音楽(クラシック音楽他)
先週、「NHKうたコン」の生放送にNHKホールに行った。券の余った人のお流れ頂戴。クラシック以外でNHKホールに行くのは初めてだが、会場には異様な感じが漂うのだが、醜い話は本題とは関係ないので省略。また、生放送だが、午後7時30分から8時15分までの放送なのに、その15分前から開演になり、15分後が終演。最初の15分は、拍手の練習他が行われる。カメラ映りが悪いということで、観客席でのマスク使用が禁止される。インフルエンザの人も花粉症の人もお構いなしだ。

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で、バレンタイン週間ということで、ステージ上にはピンクのハートがあちこちに飾られていて何か奇妙だ。観客2000人の平均年齢はどうみても60歳以上。おそらくテレビで視聴する人の年齢も同じぐらいだろう。

出演者は順不同に石川さゆり、石川ひとみ、森昌子、伊東ゆかり、伍代夏子、水森かおり、小柳ゆき、国生さゆり、Chayと、ほとんどが女性なのだが、女性ファンからは「だいちゃーん」と黄色い声がやかましいわけだ。お目当ては高音域に魅力のある川上大輔がいるようだ。

実は、直近に読んだドキュメンタリーで、ある地方出身の不幸な青年が、日勤作業員になっても森昌子の写真を持ち続けているというストーリーがあって、今回、生で見るのも奇妙な縁を感じていたのだが、57歳になっても歌は変わらないなあと思ってしまう一方、出演者のそれぞれには熱狂的なファンがついていることを実感。よく芸能人がストーカー被害に合う現実は、人気と紙一つの世界なのだろうと感じる。

で、一、二曲ずつ唄うのだが、その合間のトークタイムの時に、司会の谷原章介が女性歌手たちにバレンタインデーに関してチョコレートの思い出を聞くのだが、そもそも国生さゆりとか森昌子にとって困った話だろうし、やや迷惑的話になってしまう。水森かおりは手作りのチョコレートは全部自分で食べてしまうそうだし、盛り上がらないテーマは、伊東ゆかり(昭和22年生)の話でとどめを刺される。

私の中のチョコレートの思い出といえば、こどもの時、進駐軍の前で歌って、兵隊さんからたくさんチョコレートをもらっていたことですね。

当時の日本はなんでも米国からいただいていたわけだが、今や大統領が首相からのお土産を期待するようになってしまったわけだ。


ところで、女性ファンお目当ての川上大輔は、一曲も歌わないまま放送時間が終了してしまったし、水森かおりは他人の歌をなんとか歌っただけだし、どうしたことかと思っていたら、放送終了後、彼らが登場したわけだ。つまり、最後の15分の追加時間はNHKホールをいっぱいにするための特別ゲスト枠だったわけだ。

川上大輔の高音はとても微妙に揺れながら伸びていき、カラオケで歌いたいが歌えないもどかしさを感じて、帰宅後ネットで調べてみると、「誰も彼のようには歌えないからマネをしないように」という警告であふれていた。
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ラスコー展(科学博物館)

2017-02-19 00:00:11 | 美術館・博物館・工芸品
20,000年前の洞窟壁画が実寸大で復元され、上野の科学博物館で公開されていた。洞窟を再現するというのはかなり難しいがなんとか部屋を明るくしたり暗くしたりという手法で、復元できている。

20,000年前のクロマニヨン人は、現代人と同じDNAを持っているといわれ、要するに現代人と同じわけだ。しかし、石器時代なのだから生活をするだけで手いっぱいだったはずで、これだけの巨大絵画を描く余裕があったとは驚きだ。

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しかし、どんな時代でも、苦しくても芸術の道を突き進む人間はいるのだから、この洞窟の主も同じような根性を持っていたのだろうか。ドイツではなくフランスなのだが。

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絵を描くといっても洞窟の中は真っ暗だ。残留物から推定すると、獣脂を燃やしながら灯りを取り、何種類もの絵の具で着色していったようだ。

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絵画の意味は、大部分は解明されているようだが、一つだけ「鳥人間」という絵があり、解釈できないそうだ。

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ところで、クロマニヨン人の夫婦を模型にしたものがあったが、よく見ると先の民主党大会の大統領候補のようにも見える。男はサンダース。眺めているのはホワイトハウスで。「いきたかったな」という表情だ。厳しい表情の女性は「ヒラリー」。指さしているのはクレムリン。「あんたのおかげで大統領になれなかった」とプーチンを指さしている。
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将棋の子(大崎善生著)

2017-02-18 00:00:44 | しょうぎ
だいぶ以前の書だが、未読だった。ある元奨励会員の半生を追ったドキュメンタリーなのだが、実際、追われる方としてはどういう気持ちなのかなと感じていたし、その元奨励会員だけが特異なのかとか、それほど遠い過去でもなく、本人が成功者と言えない状況で書いてしまうというのは、かなり違和感もあった。さらに同じような境遇の方も知っていたので、この書は遠ざけていたのだ。

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ところが、その知っている方から1月にいただいた変則的な年賀状の意味がよくわからず、知人に聞いたところ、その意味はわからないのだが、その方がこの本に登場する場面があるということで、あわてて図書館に行って読んでみることになった。

読んでみて、目的はかなわなかったが、奨励会も大変な世界だなあとあらためて感じる。


最近の将棋界の目を疑うような事件についてよく言われるのが棋士の社会性の欠如ということだが、本来社会性を身に付けなければならない十代の後半から二十代の前半を厳しい修行を続けるというのは、棋士の将棋力を高める一方で、社会性を損ねることになっているのだろう。

マクロ的に考えれば、囲碁界よりプロが少ないのが、狭き門の原因なのだろうが、それは外部の世界から入ってくる財源の差と言えるのだろうが、財源が少ないのは、将棋の質や内容の高度さではなく、棋士の社会活動や公共的な共感力が不足しているためであるのだから、もっと大局的に考えた方がいいだろうか。特にAIと力勝負しても勝てなくなったわけだが、そういう時代の将棋棋士の存在の目的を考え直した方がいいだろう。

ところで、本書は2001年の上梓だが、当時では考えもつかなかったインターネットやFacebookなどの普及で、行方が分からなくなってしまった人も、案外、足取りが復元できたりする。便利なような困ったような・・・


さて、2月4日出題作の解答。

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動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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4×5の中にあるのは四畳半問題というらしいが、四畳半を少し突き出している。床の間付きだ。部屋の中で完結する。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ、正誤判定します。
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