「動物集合」展

2017-05-28 00:00:21 | 美術館・博物館・工芸品
近代美術館別館で開催されていた『動物集合』について。



収蔵品からの展示ということで、ほとんどが国内の作者の手になる工芸品である。和服の柄もあるし陶芸に描かれるものもあるし、多いのは彫像だろうか。

そして、意外なことに犬の作品は少なく、猫が多い。さらに狐が多い。お稲荷さまの狐は有名だ。

犬についていえば「犬将軍」がいた国なのだから歴史的に多いのかなと思うが、あまり聞かない。ただ、西郷隆盛のお付きの散歩犬が有名だ。ネコは穀物倉庫の番人として実用動物だった。

狐が多い理由だが、人の住んでいる村や町と狐のすんでいる森が接しているところに出会いがある。西欧ではいつも戦争をしているので、街を城壁で囲って、立て籠りながら戦争を行っていた。だから、意外に森の狐は住宅地にはこない。

日本では、熊も先住動物の一つで戦闘的だが、あまり工芸品にはなっていない。熊と人間の生活圏がかぶりはじめたのは、つい最近の事だからだろう。



もっとも北海道(蝦夷)では、人間とヒグマの距離は近い。恐れるものなのか親しいものなのか微妙な関係をあらわすことばとして「おやじ」という言い方がある。

近代美術館の所蔵には選ばれなかった一品を、埃をかぶったコレクションの中から探し出してみた。
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王手角取りで失ったもの

2017-05-27 00:00:33 | しょうぎ
前の日曜に将棋連盟4Fで開催された将棋ペンクラブの関東交流会に出席。

会員を中心に数十人の出席で、プロは上野さんと井道さんが多面指しを行っていた。井道女流は石川県の珠洲市の出身ということで、将棋情報誌で紹介されていた銘酒を昨年のふるさと納税で手に入れたのだが、いわゆる秘酒という感じだった。一番教えてもらおうかとも思ったが、負けても勝っても嫌なものなので、通常コースのフリー対局ということで、3時間程度指した。

先日の職団戦ではボロボロだったのだが、その後、各種戦法とその対策を研究していたため、まあなんとか白星先行ということであったが、最終戦で相手の飛車を追い詰めた結果、よく見たら私の王と角の間に相手の飛車がいるわけだ。つまり王手角取り。

今までずいぶん指してきたが、こんなに悪い手を指したことはないだろう。サッカーで言えばバックスが相手のフォワードのドリブルを取り囲んで、ある方向に追い詰めたものの、そのままゴールに入ってしまったようなものだろう。

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ということで、色紙先取り権の順位が下がり、井道さんの色紙ではなく、森内元名人の『深思高飛』の色紙をいただく。「深く考えた結果、高飛びした」という意味だろうか。


さて、5月13日の出題作の解答。

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初手に駒取りというのは、めったにない。というか、やや邪道感があるが、個人的には、まったく気にしていない。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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少しだけ技巧的なところがある。たいして難しくはない。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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トマト生育状況

2017-05-26 00:00:11 | あじ
ミニトマトは、かなり威勢よく伸びてきて、青い小粒のトマトが大きくなってきた。気になるのは少しボロボロと落下していること。本来はミニトマトは脇芽をとらなくてもいいようだが、モサモサしてきたので指でつまんでいる。プランターの形状に合わないのが問題かな。

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問題はミディサイズのトマトの方だが、地植えしたのがいけなかったのかな。大きくならないのに一つ大きめの実がなってきた。なんとなく最初で最後の一つになりそうな嫌な予感がある。早めに諦めて、朝顔かヒマワリと植え替えようかなと、農家でもないのに弱気になる。

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両者ともに、蛎殻を焼いて粉砕した石灰を少しだけ肥料にする。
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史談 行く人来る人(綱淵謙錠)

2017-05-25 00:00:00 | 歴史
いわゆる歴史一口話集とでもいうべきかな。全327ページの中に52話が詰め込まれている。

著者のすべての作品を読んだわけではないので(少なくても1冊は読んでいたが)、本書の話が全てそれぞれ展開して一編の時代小説として完成したかどうかはわからないが、少なくても先日読んだ短編集『刑』の中のほとんどの作は、本書に調査報告書のようにまとめられている。

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しかし、気になったのは「カニバリズム」のこと。経営学では、自社の新形態のビジネスが自社の旧形態のビジネスとかぶっていて、新ビジネスの売上げや利益が増えた一方で旧ビジネスの売上や利益が減ってしまい「お疲れさま状態」になることをいうのだが、元の意味は「食人」。つまり人類の共食いである。

42ページ、7話を人肉を食うことにあてている。世界の食人史を書こうとしたのかもしれないが、なんとなく、知っていた話が多く、愉快な気持ちにはならなかった。

というのも7話の冒頭を飾るのが、「悲しい美食」という話で、例の佐川君のこと。佐川君のことはWikipediaでも調べられるが、本書ではもっともっと具体的な食人の部分にフォーカスしている。

そして、知らなかったことだが、妖刀「村正」と家康の関係。徳川幕府は「村正」を毛嫌いし、できうる限りで村正の排除を行っていたが、従来、その理由としては3点が挙げられていて、

1. 家康の長男である信康が織田信長の命により切腹させられて時の介錯に使われた。
2. 家康の祖父である清康が、様々な思い違いから横殺された時に使われた。
3. 家康本人が幼少の頃、村正の短刀で誤って手傷を負ったこと。

が挙げられているのだが、著者は4つ目の理由として、

4. 家康の父親である広忠が暗殺された時に使われたのも村正であった

ということを探り出している。さらに2の事件と4の事件も(つまり、祖父と父の殺害)、徳川家の家来である植村新六郎氏明が犯人を討ち取っている。一件目は15歳、二件目は29歳の時のこと。見事というべきか、そもそも殿の警固が甘かったというべきか。残念ながら氏明は32歳の時に徳川×織田の合戦で討死。

植村家は江戸時代初頭は旗本であったが、その後、25,000石の高取藩の藩主(つまり大名)となるが、そのプロセスは不明。幕末は無抵抗主義で幕府側から薩長側に宗旨替えした。
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景気討論会で聞いた話

2017-05-24 00:00:01 | 市民A
日経新聞と日本経済研究センターの共催で、先週、大手町で行われた景気討論会を聞きに行く。

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パネリストは、企業側から旭化成と丸紅の社長と日本総研の副理事長、日本経済研究センターの理事長。司会進行が日経新聞の専務の5人。

まず、現在、日本経済は戦後3番目に長い景気回復を続けているそうだ。その実感が誰にもない理由は、あまりにもなだらかな微増であることと、給料が上がらないため内需に力強さが足りないからということ。

現今、もっとも重要な問題は言うまでもなく半島情勢だが、当日の討論では、その話はなかったこととして進むことになった。それでいいのかというような気もする。

その給料問題の前に、雇用情勢が大変ということで、現在の人出不足は続くのかという点について討論があった。裏側にはAIとIOTといった技術革新で不足労働力が確保できるのか、あるいは逆に人間が余るのかということ。どちらかというと企業人の方は、将来は大幅に人が要らなくなる(余る)だろうと考えていること。

もっとも人が要らないということになると、需要面では大きなマイナスだ。

この問題にかかわらず討論はまとまらないことばかり。そもそも内需型企業の人を呼ばないのはなぜだろう。

意見が一致したのは、世界経済にさしあたってのリスク。トランプリスクらしい。もっとも彼らしい政策は何一つできていない。

そして中国に負けているのが、AI戦略。日本は何一つ前に進まないが、中国はやってみてから判断するということ。

やはり特区を作って単一ビジネスではなく、地域経済全体に点火すべきなのだろう。獣医学部設立のために特区を認定したとしたら大問題である。北海道全部とか四国全域とか大単位取り組んでもらいたいところである。
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森友問題、いつまでも触れられない論点

2017-05-23 00:00:42 | 市民A
森友問題も燃料が燃え尽きたようで、加計問題に移っている。

私も岡山に3年強住んでいたし、先祖は岡山なので、この学園のことは幾つか知っている。例えば、倉敷の駅近くにあるESG倉敷こども園は、もともと倉敷芸術科学大学の看板の出ている建物の一階に数年前に開設されたが、驚くことに隣の建物は大型のラブホテル。幼稚園の隣にホテルを建てることは認められないが、ホテルの隣に幼稚園を建てるのは合法らしい。(そのホテルの隣のマンションに住んでいた)

また倉敷郊外の山中にあるのがヘルスピア倉敷で、スケートリンクが中心で高橋大輔さんが練習していたことで有名だが、元々は年金施設で大赤字のため売却先を探し、格安で加計グループが入手。

表向きの話については倉敷美観地区内にある加計美術館の2階に加計一族の輝かしい歴史が展示されている。一階は傘下の芸術大学の学生の作品展示が多い。

で、話を書きたいのは加計の件ではなく、森友問題の中の一角を占める「国有地格安売却」の件。

9億の土地を8億値引いて1億で売ったというのが、手続き的に正当なのかどうかはさらに調査が続くのだろうが、そういう観点ではなく、9億の評価の土地が1億になったということ。もちろん近畿財務局は、他の土地は処分していてこの土地だけ売れ残っていたので、なんとか売ろうという基本的なスタンスだったのだろう。

一方で、国有地というものの効果を考えてみると、これが1000兆円を超えると言われる国債残高の担保になっていること。つまり借金の裏側に資産があるかどうかという点だ。

残念ながら、国有地だけで国債を担保できていない。だいたい100兆円と言われている。実際には土地以外にも建物や借地権などもあるだろう。例えば国会議事堂の建物とか。ただ、数は知れているだろうから無視してしまうと、1000兆円=国有地100兆円+日本国の信用900兆円ということになる。

8億円の値引きは少なくても国債の担保が8億円分目減りするということである。もちろん実売価格が帳簿価格より高いなら、資産として持つよりも換金した方がいいのだろうが、単に傷物だからといって評価を下げてから売るような意味はないわけだ。

さらに言うと、例えば不動産王トランプなら、安く買った土地の付加価値を高めてから第三者に売却することにより、利益を生んでいくだろう。いいか悪いかは別として、安売りすれば自ら価値を下げて同時に担保価値を失っているわけだ。
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A Tail of Magic(ミュージカル/麻布演劇市)

2017-05-22 00:00:44 | 映画・演劇・Video
劇団あまみゅ☆カンパニー第6回公演のミュージカル。六本木の小さなシアターで。数年前に同劇団で公演したもののリメイクということだそうだ。





某王国の王様が病気に伏し、放蕩息子が王冠を継ぐことになる。国民が困窮して食べ物も乏しいというのに、本人はスイーツや肉をがつがつと食い、肥満体になっている。さらに忠告した料理長は粛清されてしまう。

となると、日本近郊の某国を連想してしまう。リメイクとなったのはそういう事情かもしれない。

王子はちょっとした理由で城を出て街中を歩き回る。暴れん坊将軍みたいだが、市井で自分の悪評をさんざん聞くことになる。そして、身分を隠したまま、反政府活動に加わり共謀罪で捕まりかけてしまう。

そういった、王族対民衆の対立とは別に、この国の支配権をめぐり、人間対魔女というテーマがある。魔女は時に怒り王国を滅ぼそうとしたり、気まぐれに許したりする。北風政策と太陽政策というわけだ。

ということで、二つの対立軸が劇中で交錯するので、案外複雑なのだ。隣の席に座っていた全くの他人の小学生女子は、栄養失調で亡くなってしまった女性の娘がくさりかけたリンゴを、遺体を演じる母親の口に詰め込む場面で泣き出してしまった。笑っている人が多い場面だったのだが。

で、劇中では、魔女(米国?)が若い新国王を殺してしまうのだが、思い直してまた復活させてしまう。その必要エネルギーは最大級で、魔女は力をかなり失ってしまう。


全5回公演の千秋楽であって、役者数を数えたところ27名ということで、かなりの迫力であったが、演劇ってその無形性が演劇たるところではあるものの、千秋楽の幕が下りるまでの累積エネルギーって莫大だよね。
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茶碗の中の宇宙

2017-05-21 00:00:52 | 美術館・博物館・工芸品
近代美術館で開催中の『茶碗の中の宇宙』へ行く。ミクロコスモス イン ティーカップか。

別の名前を考えると、『樂家の人々』となる。

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茶碗がなければ、たぶん茶道は始まらない。もっとも利休なら紙コップでも一席作れるだろう。何もなくても掌二枚でもエア茶道とかやるだろう。何しろ始祖なのだから。

そしてもう一人の始祖が長次郎。茶碗師なる職業と呼んでいいのだろう。もっとも一子相伝という他には能楽の世界か天皇家(天皇家は養子相続禁止だからもっと条件は厳しい)のような世界なので、初代から15代目の当主まで樂家の人たちのうち13人が吉左衛門と名乗っている。

それでは不都合なので、本名がある。初代長次郎は吉左衛門を名乗らなかった。利休の時代だ。ろくろを使わずすべて手で成形し、土の色そのものを表現してしまう。中段に横一線のわずかなくぼみが特徴。当時の品としてはかなり多くの作品が残っているが、似て非なるということばはまさにそれらの作品群で、数十メートル離れた場所からは同じようにみえても近づけば一つとして似ていない。装飾度を数字でしめせば10段階の1か2。しかし、なんとしても欲しくなる。

展示品を欲しくなるという気持ちには、なかなかなるものではないが、もとより茶碗は手に持つものだからそういう犯罪的な気持ちになるのだろうか。

二代目は常慶。父の背中を見て育ったという典型で、初代より茶碗が大きくなる。あるいは茶碗を回し飲みすることが一般化して大きいものが求められたのだろうか。初代と二代目は好みの問題だろう。

三代は道入。三代目は何にしても重要だ。政治の世界、経営の世界も同じで祖父が首相とかね。二代目をボン、三代目をボンボンと呼ぶのだろうが、樂家の三代目は、樂焼を茶碗界随一の座に輝かせた大功績者だ。茶碗に赤や黄色をうっすらとのせてみたのだ。また、素朴から可憐、あるいは男性的から女性的というか、ますらおからたおやめというか。

茶道が都会の町人の中に溶け込んでいった時代に新感覚作品を世に問うたわけだ。

個人的にはもっとも好きな人物。とても17世紀の人とは思えない。茶碗界では、この後一樂二萩三唐津といわれる。樂は茶碗に主義を持ち込み、萩は人生のはかなさを軽みで表現し、唐津はあくまでも完成美にこだわる。三者三様。

そして、徳川宗家のように樂家もその後、後継に苦闘していき養子に頼るようになる。そして江戸末期から昭和初期まで、茶道会は低空飛行を余儀なくされる。文化は後回しの時代だ。復活は昭和40年頃からの景気回復によるのだが、現在の15代目は、まったく過去とは断絶することを決意したようだ。イタリアで学び、色鮮やかできらびやかな宇宙を茶碗の中だけではなく外側まで放出していく。装飾度10。

別に批評することではないが、イタリア(ムラーノ島)にガラス工房までもっていたガラス工芸家藤田喬平氏の後を追うのだろうか。この15代目の作品が大量に出展されているのだが、初代とはまるで逆で、なんとなく異なる意匠ではあっても、それぞれが似ているような感覚を覚えてしまう。
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未成年でも個人営業

2017-05-20 00:00:00 | しょうぎ
藤井新四段はまだ14歳で中学生である。つまり義務教育中。このまま勝ち続けると中学の卒業すら心配してしまう。順位戦では、よほど早指しで大差で勝たないと、当日帰れなくなる。今でも岡崎に住んでいるなら将棋連盟のある千駄ヶ谷駅で21時ではアウトである。20時半までに終わらせて「感想戦は無駄だからやめましょう」とか言って失礼するしかない。

考えてみれば、彼は個人営業なのだから、使用者ではないわけで、労基法他の対象外。こどもタレントとは違って何時間働いても違法行為にならない。しかも職業柄、マネージャーが必要ということでもなく、対局予定をチェックして場所を間違えずに盤の前に座るだけで、ギャラは自分の口座に振り込まれるのだろう。

連勝中ではあるが、まあ勝ち進めば超強豪が対戦することになり勝率は8割位にはなるのだろうか。そうなると、中学生でありながら学校を欠席して口座にどんどんおカネがたまるということになる。

しかも未成年なので、フェラーリを買ったり軽井沢に別荘を買ったりという契約は親の同意がないとできないし、たぶん同意されないだろう。

現在、彼にとって最も重要なことは、「近づいてくる銀行員と女流棋士に騙されないこと」なのだろう。


さて、5月6日出題作の解答。

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初手は知っていれば簡単だが、知らないと手こずる。龍を2枚で縦と横で使うと、ぴったり詰む(ように創ってある)。

動く将棋盤は、こちら


今週の問題。

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先週に続いて、造形シリーズ。

最終手は、2種類あるが、できれば「直(右)」と指してほしい。また、やはり打った駒が邪魔になる。

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わさびはどうしよう

2017-05-19 00:00:13 | あじ
竹橋方面に行ったので、某寿司店のランチをいただく(いただくといっても食べ物をいただき、対価を支払うという意味)。


づけあなご丼。

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具は、マグロのづけ、アナゴ(白ごま付き)、卵焼き、イクラ、キウリ、海苔少々、しょうが、わさび以上。

最大の問題は、この中のわさび。醤油に少し溶かしたものの、何につければいいのだろうか。

マグロとアナゴはタレに漬けたりタレで焼いたり。卵焼きとは味の方向性が違うし、イクラも味付けである。

まさかショウガではあるまい。

少し悩んだ結果、二枚のキウリをわさび味でいただくことにする。

実際、寿司店ではわさびとキウリとは至近距離に存在することが多いのだが、わざわざキウリをわさびで食べることはないだろう。

結構、いける味だ。今度、夕食に来て、キウリとわさびだけ注文しようかな。
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