YS Journal アメリカからの雑感

政治、経済、手当たり次第、そしてゴルフ

冬の鷹:吉村 昭

2012-12-02 02:05:54 | 書評
四十代後半からオランダ語の研究を始め、医学書『ターヘル・アナトミア』の翻訳書『解体新書』の中心人物、前野良沢を描いた本である。

良沢は学究肌だっただけに、『解体新書』の訳者として世間に名が売れ経済的にも恵まれた杉田玄白、大山師であった平賀源内との対比が鮮やかで、真摯であるが息苦しい人生が描かれている。

伯父である養父の「人の顧みぬこと」をオランダ語の研究と信じて、辞書の編纂から始め医学書を翻訳する作業は凄まじい。その上『解体新書』の完成度に満足せず、訳者として記されることを拒んでいる。オランダ語の第一人者になったにもかかわらず、弟子も取らずひたすらに研鑽を深めていく。

晩年は子供の死、経済的な貧窮があり、目が衰えた事で研究もままならなくなって人知れず亡くなっている。

一方玄白は、『解体新書』の翻訳作業、出版準備、その成功の取り込みに類い稀なマネイジメントの才能を発揮し、隆盛、栄華の中で人生を終えている。

脇役として登場する平賀源内は、才能、湧きこぼれる好奇心に自らを御せず、最後は詰まらない事で殺人を犯し獄死する。

年をとっても全霊を傾け第一人者になれるものに出会えるチャンスがある。自分に訪れた偶然の社会的な意義を正しく理解する事で成功する可能性がある。自分の才に囚われたままの人生もある。

最近本を読む意欲が萎えており、日本に行っても特に購入をする事も無くなっていたが、好きな作家とは言え、偶然空港で手にした吉村昭の著作は、題材も内容も素晴しいものであった。それよりも読書意欲が蘇ったのがうれしい。


関連エントリー

NHK テレビ時代劇 『天下御免』 (11-25-12)
プリズンの満月:吉村 昭 (1-29-11)
大黒屋光太夫:吉村 昭 (11-29-10)
アメリカ彦蔵:吉村 昭 (1-2-10)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿