YS Journal アメリカからの雑感

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プリズンの満月:吉村 昭

2011-01-29 10:01:39 | 書評
吉村昭は多分一番好きな作家なので、このブログでも彼の本の書評が多い。(といっても、随分と限られた数だが)いつか全集(出るのだろうか?)を揃えるつもりでいるのだが、去年は『アメリカ彦蔵』、『大黒屋光太夫』と読んでいる。

週一回のペースで飛行機での出張があるのだが、新聞、雑誌、購入したまま積読となっている英語の本を読む事が多い。今週はメキシコ出張で時間も取れるので、日本語の本を読了してやろうと思い『プリズンの満月』を持っていった。飛行時間の半分ぐらいは寝てたと思うが(なぜ飛行機に乗るとあんなに眠いのだろう?)、行き帰りでちょうど読み終えた。

この本は、巣鴨プリズンの事を書いた小説あるが、あとがきで著者自身も変則と書いている様に、主人公の刑務官、鶴岡は全くの想像人物で、プリズンを中心とした出来事はすべて真実との事だ。

変則2階建てだが、それぞれは非常に良く書けている。鶴岡は、妻との肉体関係をも含めて非常にストイックな人物像や引退後の日常生活の描写が鋭い。巣鴨プリズン、特に戦犯者の行動ついては、いつもの様に資料や証人への取材が丁寧にされており、出来事やエピソードなどが具体的である。

しかし、鶴岡が巣鴨プリズンで刑務官として勤務している中核の部分は、取って付けたような印象である。鶴岡が刑務官を退職後、巣鴨プリズン跡地に建設中の警備会社に勤務すると言うアイデアは良かったが、巣鴨プリズンの事実が重くて、切実なために、想像された架空の主人公、鶴岡の影が薄い。8年間巣鴨プリズンに勤務した事が定年退職しても心に重くのしかかるのは理解出来るが、その間の出来事がなぜ鶴岡への心理的圧迫感になるのかの描写が甘く、今一ピンと来ない。

小説としては、巣鴨プリズンでの出来事の詳細や歴史的を描いているものの、比較的簡単にまとまっており、気軽(?)に読めた。

巣鴨プリズン、同様に東京裁判に関しての私の知識は皆無と言って良い。刑務官として勤務する鶴岡の話なので、裁判の事についてはバックグラウンドとしてしかでてこない。収容されている戦犯についても軍の役職で表しており、実名をほぼ使っていない。出来事が真実であるだけに、特定個人と罪状(?)に興味が湧く。

殆どの巣鴨プリズンの戦犯達に戦争責任は無く、終戦から時間が経つに連れ、東京裁判自体が不当なものなのだという事を、連合国側、日本政府、世論が認識していく変化が、大きな流れとして横たわっている。

俄然、東京裁判、巣鴨プリズンについての興味が湧いてきた。折しも、アメリカは対テロ戦争中(?)なので、キューバの収容所に200人近い戦犯(?)が、もう10年も裁判を待っている。Military Tribunal (軍事裁判)とは何ぞや、そしてその意義と目的。東京裁判が不当であるなら、今後テロリストはどのような審判が下されるべきか、東京裁判を過去の出来事としてではなく、考えていけそうだ。

巣鴨プリズン跡地に建設された高層ビルは、池袋サンシャインである。大学が近かったので、展望台に上ったりした事もある。処刑台のあった所に置かれた『永久平和を願って』の碑なども、当時は、全然知らなかった。何処までも救いの無い、馬鹿学生であった。