暘州通信

日本の山車

◇00972 隠岐水若酢神社祭

2009年05月30日 | Weblog
◇00972 隠岐水若酢神社祭

島根県隠岐の島町(旧五箇村)
水若酢神社(みずわかすじんじゃ)
□祭神
ミズワカスノカミ 水若酢神
ナカコトノカミ 中言神
スズゴゼン 鈴御前
□祭は五月上旬。
山車を曳く。
□汎論
 水若酢神社は隠岐一ノ宮で、延喜式神名帳に記載される古社。
『続日本後紀』によると、承和九年(八四二)に隠岐國の他の三社とともに官社に列しているがそれ以前の祭祀は不明とされている。
 和歌山市神前(こうざき)の福峯山の山麓に中言神社がある。おなじ和歌山市津秦には津秦天満宮(つはたてんまんぐう)があるが、祭神は菅原道真公チハヤヒメノカミ(知波 夜比賣神)、ナカコトノカミ(中言神)が配祀されている。
中言神とは、ナグサヒメ(名草姫命)のことだとある。和歌山県の郡名名草郡でも知られるとおり和歌山県に相当の支配権を持つ呪術を行う、シャーマンあるいは巫女的な女神だったようである。
このほか名草郡には中言神社の祭神をナグサヒコノミコト(名草彦命)、ナグサヒメノミコト(名草姫命)の夫婦神とするものがある。
 紀州(和歌山)の中言神社は伊太祁曾神社に近く、古代出雲系氏族の栄えた地であり、両社が互いに近いのは相互に認識があったといえるだろう。
 伊太祁曾神社は西は瀬戸内にあって、大山祇神社と接している。東は岐阜県に達する同名社がある。海神氏につながると想像している。
 和歌山市の中言神社は神社庁の傘下に入らない孤高をまもっているのは、旧出雲の國譲り以来これを受けいれないという、皇室の支配する神社に下らない思想が継承されているようである。
 水若酢神社の古代の創祀は出雲惠氏族であろう。社殿は大社風で、「隠岐造」の名がある。隠岐と紀州は古代にはともに出雲系氏族の支配下にあった。
 祭には、童子らが「蓬莱山」とよぶ山車を曳く。



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