goo

鳩山氏は防衛問題を議論する下地を作った件

標題の件とは印象が異なるが、普天間移設問題のマスコミの報道は「公約違反」のみを取り上げ、沖縄の歴史を取り上げている。ところが「何故基地が必要なのか」という根本的な議論がばっさり抜けている。

根本的には(1)現状認識の同意、(2)対策案の議論、(3)合意なり判断 というプロセスが行われるであろう。例えば財政問題は(1)の議論に齟齬がある、国債発行はまだ行っても良いのか悪いのかという現状認識が一致しないので(2)で揉める。少なくとも(1)が出来ていないことは明らかである。しかし救いがあるのは無制限の国債発行はNGであるというベースは一致している。

ところが防衛問題は(1)の議論をすっ飛ばした(2)の話になりがちというかそれしかない。外交問題はFTAにしても(1)は合意できているというのに。

防衛問題を考える際の現状認識は、中国と北朝鮮はこちら側の論理で動くかどうかである。ぶちゃければ戦争や領土紛争が起きる可能性が高いか低いかである。もちろん戦争(領土紛争)が起きる確率はこちら側の対応で大きく変わる。台湾が北京と上海を灰に出来る火器を持っていれば中台海峡の緊張は低くなるであろうし、日本が北朝鮮全土を灰に出来る火器があれば北朝鮮の交渉力は低くなるであろう。後方支援が完璧であればよりその緊張は低くなるであろう。軍事緊張を抑えるためには軍備は有効だという考え方だ。

中国海軍が海上自衛隊に喧嘩を売ったり、在比米軍が居なくなったら海南島を実効支配する。また北朝鮮は核開発は止めないは、ミサイルを打つわ、韓国艦を沈めたので「彼らは信用に足らない」というのが我々側の意見では主流であろう。

一方で「軍備」が戦争を生むという考え方があり、軍備自体が必要ないという考えもあり、軍事緊張の現状はおよそ共有されていない。ちょっと論理的でなく宗教的な盲信が感じられる。その上で彼らも技術論で「基地は要らない」と説く。結果が決まっている上での技術論を宛てた感があり、どうも納得いかない。

この状態で対策を考えるのは無理と言うものだ。
というのも私は外交や軍事上「沖縄に基地が必要」という合意をした上で、「沖縄に基地は要らない」という政治配慮はあってもおかしくないと考えるからだ。まず「沖縄に基地は要らない」ありきでも、その上でどういったアプローチがあるかは考えられると思う。

ということは「相手の論理」を認めることが必要であろう。だが実際は対話を一切していない。技術論や「最低でも県外」とか偏った論理がお互い跋扈している。政治的な決着を着けたくても着けられない雰囲気だ。

 

私は個人的に「普天間はこのままではないか」と思っている。しかし逆説的にはやっとまじめに「基地は何故必要か」という議論が起こり、その「対策はどうするのか」という議論に発展することを望む。

しかしそもそも相模原市在住の私にはキャンプ座間でも相模総合補給廠でも特におおきな問題はない、飛行機がうるさい横田でも同様だと思う。厚木基地の話もあまり聞かない。横須賀の友人達も軍にそこまでネガティブな印象を持っていないようだ。なので何故沖縄が基地問題にこだわるのかは根本的に理解できないという属性があるのだけれど。

いや指令設備が何で座間と横田に必要なのかとか、補給廠はゴミ溜めだとうとかありますよ。返還問題もあります。問題が無いとは言いません。軍都相模原市はなんかそれを誇りに思っている節もあるようですし。

 

それでも結論じみたこと。防衛を政治問題として扱うのであれば技術論で語るのはナンセンスだと思う。現状認識を共有して初めて個別の問題(例えば技術論や歴史背景)が語られることが望ましい。今回はそういう意味でステップアップした気がする。福島党首は気に入らないであろうが。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )