孤独の自由と欲張らない実践=頑張らない~楽になるブログ

個人意識丸出しながらも、欲張らない、見栄張らない、頑張らない、無理をしないで楽に生きる実践

使命感や達成感や克服感の「思い感情」の価値観とは異なる=<実質的>な価値・価値観があります。

2016年09月17日 | Weblog
不平不満が「原因」であり、自己満足が「結果」の関係になります。
然るに私たちはその自己満足の「結果」で生きているところがあります。

またその結果を見て此れではダメだの不平不満と、何とかしなければの欲でもって生きているところがありますから、常に不満と欲でもって生きていることになります。

だからその不平不満が諸悪の根源・原因となっています。
となると真の精神世界は=原因=である不平不満を無くすることが基本になります。

ところが巷の精神世界は原因よりも結果を表にだして人集め金集めをしているところがあります。
然るにそれが神懸かり超能力・念力・手かざしの類でもって施し成すこと・結果を出すことでパンダの客寄せが如くの人集め金集めになっています。

と言うことは原因の不平不満を無くすることではなくして、集まっている人たちに結果を出し見せて(魅了させ・引き込んで)その人心を惑わしている偽善・インチキカルトになります。

しかも矛盾偽善のある信じるか否かや飴と鞭の使い分けでもって精神世界を語り説くことからしてハチャメチャな・ヘンテコな・中途半端な精神世界にもなっています。

だから先ほど書いたように・・・真の精神世界は原因である不平不満を無くすることが基本だと自覚認識していなければ・・・矛盾偽善の精神世界に巻き込まれて被害者になったり、その被害者が同じ被害者を作り続ける加害者になったりもするのです。

ところで使命感や達成感や克服感や開放感や罪悪感といった「思い感情」の価値観とは異なる<実質的>な価値・価値観の違いに気付きました。

然るに実質一万円の価値・価値観が低くなる人と高くなる人がいるように、
皆さんが当たり前のように毎度味わうビールよりもホームレスの人が味わうビールのほうが価値が高いはずです。
また古びたセーターをカカシに着せる価値と、そのカカシよりも古びたセーターを着ている私のほうが(同じセーターであっても)その価値が高くなります。

然るに実質的な価値・価値観が高まれば(古びた着衣が)「ありがたい」ことになるのです。
ところが当たり前の価値・価値観であれば「ありがとう」の感謝が出ればいいほうでしょう。

ところがそれよりも価値・価値観が低くなれば不満にもなります。
だからそれよりも美味しく・より楽しく・より美しくと、その思い価値観を追求することにもなるのです。

しかもそれを一度味わえば「切りもなく」追及し続けることにもなるのです。
然るにファッションだのグルメ・レシピとかで追及しています。

そして時代は進化し豊かになるが、しかし自然界はハチャメチャになり、また人心が乱れ(ありがたいが消えて)不満の闇意識が切りもなく続き危機的な状況にもなるのです。

然るに少しづつでも元に戻る・元に帰る自己縮小の実践をし続けて素朴謙虚にして生きていくことで自然界にやさしくもなり、また楽ちんにもなり精神の安定にもなるのです。