エッセイ お祖母ちゃんの味 課題【食べる・飲む】2010.11.12
つつじのつぶやき・・・
9年前の作品です。遠い記憶の底にあるお祖母ちゃんの漬物の味。
暗い土間を入ると、背戸から、ちろちろと水が流れ落ちる音がする。
以前は木小屋だった小さな家に祖母は住んでいた。
祖母は長生きだった。大抵日の当たる縁側で縫い物をしていた。
「お祖母ちゃん」と声をかけると、目をそばめて笑顔になる。
眼鏡は無くても縫い物は出来るといっていたが、「丁度良かった、針に糸を通してくろ」という。
何本もの針に糸を通して針山に刺した。
祖母はいつも黒っぽい木綿の着物に、長い前掛けをかけていた。
腰が大分曲がっていたから、歩く度に前掛けがひらひらしていた。
髪の毛は、ひっ詰めておだんごを作り櫛を挿していた。
その櫛を水にぬらして前髪をなでる。
時々「裏に行くか?」と言うことがある。
杖を付きながら歩く祖母について行くと、沢沿いの先に、湧き水がしみ出た窪地がある。
蕗や三つ葉などの山菜が生えていて、それを籠にいっぱい採って帰った。
あの頃、祖母とどんな会話をしたのだろう。
私は小学校に入ったばかりの頃、麻疹に罹った。
弟も続けて罹り、その後重病の肺炎になり、母が付き添って入院した。
山の家から祖母が出てきて、治りかけた私の面倒を見てくれた。
いつも側にいて、布団をはぐとすぐに首まで引き上げられた。
熱が下がった時、ご飯の上に、小さく刻んだ菜っ葉の漬物をのせて食べさせてくれた。
食欲が戻ったのか、沢山食べた。
真っ白いご飯と緑色の漬物、あの味はずーと記憶に残っていた。
後に母が作った漬物で思い出し、聞くと大根の間引き菜の一夜漬けだと分かった。
私は一時期、小さな家庭菜園を借りていた。
間引き菜を採るため大根の種を多く蒔き、一夜漬けを作ってみた。
あの時のお祖母ちゃんの味には届かなかった。