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12月31日(水) 大晦日です

 
大晦日です。ウチの大晦日の夕食は、年越しそばと、かやくごはんと決めております。
 なんだかんだと、ありましたが、2008年も終わりです。馬齢を重ねたのみの1年であったと、反省のうちに大晦日を過ごしております。とはいいつつも、多少の進歩はしたかなと、少しは自己弁護をするのであります。
 この「とつぜんブログ」は、なんとか1日も休まず更新できました。小生は、ともかくなんか書いていないと、書いたら人に読ませないと、気がすまない人間でありまして、そのような小生にとって、ブログとは実にありがたいものであります。
 ブログの方は、なんとか更新を続けておりますが、創作の執筆はあまり進んでおりません。若い頃は1週間に1本はショートショートを書いていましたが、今は月に1本がやっとであります。せめて月に2本はショートショートを書かなければと思っております。もちろん、ショートショート以外の創作もがんばる所存であります。
 この1年、この「とつぜんブログ」をご訪問くださいまして、まことにありがとうございます。2009年もまた、本年同様、ご訪問くださいませ。
 それでは、読者のみなさま、良いお年をお迎えください。
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これが加賀の治部煮でござる

 
これが治部煮でござる。加賀100万石は前田様の御城下金沢の郷土料理でござる。鴨肉を野菜といっしょに煮る。
 治部煮の名前の由来でござるが、治部衛門という人の名前だとか、ジブジブ煮るからだとか、いろいろな説があるそうな。はなはだしきは、仏蘭西料理のジビエ料理からきているとか。なんでも前田様のご家中で欧羅巴に行った御仁がおったそうな。
 本来ならば、鴨肉で作るべきなのだが、拙宅周辺のスーパーには、鍋用のヒラヒラの合鴨肉しか売っておらなんだ。これならば、昨日、お城からの帰りしなに、三宮で鴨のロース肉の塊を購っておくべきだった。本日はお城勤めはお休みでな、屋敷でいろいろ用があって、三宮まで行けなんだわ。しかたがないので、鶏肉を買いもうした。
 材料は、鶏もも肉、干し椎茸、にんじん。まず、鶏肉の皮目をあぶって、軽く焦げ目をつける。拙者が鶏肉を煮る時は、必ずこの処理をいたす。香ばしくて美味しくなる。鶏肉には片栗粉をまぶしておく。
 鍋にだしを張る。砂糖、味醂、醤油で味付けして煮立てるでござる。そこに鶏肉、戻した干し椎茸、にんじんを入れて煮る。鶏肉にまぶした片栗粉で煮汁にとろみが出るでござる。
 煮上がったら器に盛り、ゆでた春菊を沿え、わさびを乗せて、できあがりでござる。金沢には治部煮用の塗りの椀があるとのことでござるが、当家は藩よりいただく、お手当てが少のうござってな、そのような器はござらん。少し大きめの汁椀を使ったしだいでござる。
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とつぜんリストラ風雪記 20

とつぜんリストラ風雪記19 
 兵庫キャリア交流プラザで同期となった人たちとは、非常に仲良くなった。同じ境遇で、同じ痛みを持っている人たち。2004年の7月から10月までの4ヶ月間、この人たちと机を並べて、中高年になっての再就職という、困難な目標を達成するべく、みんなでがんばった。ある種同志的な結びつきを持ったグループだった。
 このグループはメーリングリストを作って、再就職活動の情報交換をしていた。交流プラザ終了後も、このグループのつながりは続き、何回か宴会をしている。またメーリングリストは4年後のいまもあり、近況報告をやりとりしている。今年も忘年会があったが、残念ながら小生は、都合があって不参加となってしまった。みなさんお元気な様子。なによりだと思う。

2004年7月26日(月)
 中津の日本T社で面談。人材派遣会社。W金属という会社を、派遣先として紹介される。板金関係の購買仕入れとのこと。

7月27日(火)
 阪神4連敗。先発投手が早々に崩れて、4番の金本が打線のブレーキというパターンが、このところ続いている。いかんなあ。

7月28日(水)
 兵庫キャリア交流プラザの初日。カリキュラムはパソナと同じようだが、パソナがマンツーマンだったが、交流プラザは20人ほどが、一室で机を囲んで行うゼミ形式。このメンバーは最後まで同じメンバーだから、うちとけやすい。
 最初に自己紹介と、どういう就職活動を行ってきたかを発表する。みなさん、それぞれ事情があって、会社を辞め、再就職活動に励んでおられる。同じ境遇の人たちだから、共感を覚える。このメンバーはみんないい人ばかりで、友人となる。

7月29日(木)
 大阪は堂島のP社で面談。ビルの小さな部屋の事務所で、社長のおじさんと女の子の二人だけの小さな人材紹介会社。空調機器メーカー大手のDの関連会社を紹介してくれる。少々手ごたえを感じる。

7月30日(金)
 交流プラザ。今日は職務経歴書作りをやらされる。職務経歴書の書き方は、パソナでも教えてもらったし、小生は実際に作成して、使用して就職活動をしてきた。しかし、パソナではマンツーマンだったので、自分で作成したものを添削してくれるだけ。
 交流プラザでは、メンバー全員が作成して、それを人数分コピーして見せあう。人の作成した職務経歴書が見れるわけ。これは大変に参考になった。人さまざまだ。

8月1日(日)
 金本がフルイニング連続試合出場の記録を打ち立てた。アニキおめでとう。しかし阪神は試合に負けた。

8月2日(月)
 交流プラザ。職務経歴書の書き方のカリキュラムが今日で終わり。じっくり、たっぷりと学んだ。これは大事なことである。
 求職者が応募先企業に接触するのは、まず書類で接触する。履歴書は事実をそのまま記載するだけだから、あまり自己PRの余地はない。結局、職務経歴書がポイントとなる。この書類によって面接まで進むか、書類審査だけで落とされるかの分かれ目になる。
 職務経歴書といっても、何年何月から、何部何課で何業務を担当する。と、いつから何をやったかを羅列するだけではだめ。
 どういう仕事して、どういう業績を上げたか。できれば数字を挙げて記載する。自分がその仕事を担当するにあたって、何を工夫し、何を改善改革したか。具体的に記載する。
 こういう仕事をやってきて、その仕事を志望企業でも担当することを希望するのか。もしその仕事に就けば、今までの経験を生かして、仕事の深度をさらに深めるべき努力するのか、気分を新たに、全く違う発想で仕事に取り組む所存なのか、仕事に対する姿勢を表明すれば、採用担当者の印象を良くなる。
 ようは、何をしてきたか。どうしてきたか。これからどうするつもりか。そして、自分が入社すれば志望先企業にどういうメリットがあるか。以上のようなことを、要領よく手短に、できればA4二枚でまとめるべし。
 最悪はダラダラと長文で自慢話を列挙した職務経歴書。長い書類を書いても、まず読んでもらえない。自慢話も反感を買うだけ。自己PRと自慢話は違う。自己PRは客観的。自慢話は主観的。

8月4日(水)
 交流プラザ、今日はメンタルへルスについての講義。女性の講師。失業中は何かとストレスが多いから、メンタル面の健康管理も大切。失業が長引くと鬱になりがち。ところで、この時の講師はなかなかの美人であった。

 
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石狩鍋


 せっかく新酒の酒粕を手に入れたのだから、今夜の鍋は酒粕を使った鍋にしよう。と、いうわけで今夜の酒のアテは石狩鍋とした。
 石狩鍋といってもいろいろあるようで、味噌味が主流だが、酒粕を使ったものもある。小生の石狩鍋は味噌と酒粕をブレンドする。
 汁は昆布と鮭のアラだしを取る。鰹節やいりこのだしは石狩鍋にはむかない。具は、まず何はなくても鮭。野菜は大根、じゃがいも、えのき、こんにゃく、もやし。味付けは、先ほどいったように、味噌と酒粕をブレンドで。あと、塩と、バターを溶かしこむ。そして、すりにんにくを隠し味に入れるとおいしい。シメはラーメンがいいだろう。お気に入りの東洋水産の鍋用ラーメンを使う。
 ところで、拙作「こわれざるもの」に真夏に石狩鍋を食べるシーンが出て来るが、あれは実話である。
 小生は、1986年に大阪府吹田市で行われた、第25回日本SF大会のいい出しっぺの一人である。その2年前、第23回大会は北海道の定山渓温泉で行われた。小生たち25回大会のいい出しっぺ一行は、大会開催立候補のため、この年の夏、北海道に来ていた。千歳で飛行機から降り、札幌の街中へ移動。定山渓までバスで行くが、SF大会会場のホテルの送迎バスが来るまで時間がある。
 何か食おうということになって、どうせなら北海道の郷土料理石狩鍋を食うことに話がまとまり、確か地下街の食堂に入ったと記憶する。北海道だから涼しいだろうと思っていたが、この年の8月の北海道は関西より暑かった。食堂のおばさんに「石狩鍋」と注文すると「へ」とびっくりされたが、出てきたので、夏でも鍋の用意はしてあるのだろう。真夏に石狩鍋を注文する客がいるのだ。
 この北海道のSF大会の帰りにこういう経験もした。この北海道のSF大会が1984年。そして小生が関わった大阪のSF大会が1986年。この間の1985年に阪神タイガースが日本1になったのだ。。タイガースはあの感激の日本一から、2003年優勝まで、長い長い暗黒時代を過ごすのであった。懐かしや。1980年代。バブル全盛で、日本中が躁状態で、お祭り騒ぎをしていた時代だった。
 
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ローストビーフ


 ローストビーフである。小生、趣味で料理している貧乏人につき、牛肉は高くてめったに使わない/使えない。とはいうものの、別にキリスト教徒ではないが、年に一度、クリスマスぐらいはフンパツして、牛肉のかたまりを料理するのである。25日は平日のため、土曜日の今日をクリスマスメニューとする。
 こんなゼータクな料理はあまりしたことがないので、電子レンジの付録のレシピ本の通りにする。と、いっても実に簡単。フライパンで表面をあぶってレンジにほおりこむだけ。だから、このローストビーフが美味しければ、小生の手柄ではない。すべては三菱オーブンレンジRO‐VF1の手柄である。RO‐VF1さんありがとう。美味しかったよ。
 ローストビーフといえばこんな話をどっかで読んだことがある。東京になんとかいう店のローストビーフが美味しいと評判。特に両端のヘタが美味しいとのこと。ところが、ヘタは一度に2個しかできない。客みんな当たらない。で、どうしてもそのヘタを食べたい人が、この店に通いづめ、店主となじみになって、やっとヘタにありついたとか。
 一見さんも常連さんも同じ味ですよ。差別しません。という料理屋の店主がいるが、あれは建て前。本当に美味しいものを食べたければ、常連になった方がやっぱりいいだろう。
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12月26日(金) うう、さむ

 定刻の午前4時に起床。朝食後、5時半には家を出る。まだ暗い。暗闇の早朝を自転車で駅に走る。うう、寒い。今季一番の冷え込みだな。
 電車に乗る。この通勤電車の中が一番の読書タイム。ところが、電車が走っている時はいいが、駅で停車してドアが開くと、寒風が入ってくる。寒さでこごえてページがめくれない。神戸市営地下鉄に乗り換える。地下は暖かくていいな。
 6時半には会社に着く。まだまだ暗い。液体酸素と液体炭酸ガスのCEタンクを点検。バルブの開放を行う。始業は8時だが、早出の連中が7時から作業するから、それまでにガスを出さないといけない。
 なにくれとなく仕事をしているうちに、もう終業時間となった。小生の仕事は朝は早いが残業はない。定時にきっちり会社を出られる。
 三宮のビゴといかりスーパーで買い物をして帰る。あと少しで今年も終わりだ。
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12月25日(木) 不思議な女

 会社からの帰りの電車の中での話。その女は三宮から乗り込んできた。30代前半と思われる。見たところ健康そう。体のどこかにケガをしている様子もない。
 にもかかわらず、さも当然のように優先座席にどっかと座る。手に持っていたバッグは自分の横の座席に置き、そのバッグから携帯電話を取り出して、しゃべりはじめる。何が面白いのか、キャハハハとけたたましく笑いながらしゃべる。ひとしきりしゃべると、携帯をしまい、化粧し始めた。ずいぶん念入りに己の顔を手入れしている。化粧が終わるころ、電車は住吉に着いた。女は電車を降りて行った。
 この女、なにが目的で化粧しているのだろう。美しくなりたいのだろうか。
世の中には不思議な女もいるものだ。

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12月24日(水) お笑いは一朝一夕ではできない

 以下の記事は、いち上方落語ファンの偏見に基づくものであることをお断りしておく。また、何かを批判しようとすると、対象物を充分に観察し、分析した上で、批判すべきであることも承知している。
 小生は、お笑いが好きだ。だから上方落語ファンを40年以上やっている。漫才も昔はよく観た。ところが、最近は上方落語以外は観る気がしない。特に最近の、いわゆる「お笑いタレント」とやらは、全く観る気がしないし、観ても全く笑えない。チャンネルを切れ替えている時とかで、何かの拍子で観てしまうが、白けるだけである。
 海パン一丁で踊るやつ。フォーといって腰を振るやつ。流行語大賞になったとかいう「グ~」とかいう女。特定の俳優の物まねばかりやるやつ。こいつらのあんな芸、どこが面白いのかさっぱり判らない。素人がわるふざけしているだけとしか思えない。あいつらよりも、「探偵ナイトスクープ」に出てくる依頼者や、番組の取材中に出てくるおっちゃん、おばちゃんの方がよっぽど面白い。
 漫才にしても、小生が面白いと思って観たのは、「ダイマル・ラケット」「いとし・こいし」「はんじ・けんじ」「柳太・柳次」「ラッパ・ひさまる」「きよし・やすし」「カフス・ボタン」「阪神・巨人」(だれか忘れているかな)まで。最近の漫才は知らないし、観ようとも思わない。
 そもそも芸で人を笑わせるのは、一朝一夕にできるものではない。小生が勝手に故桂枝雀師匠にかわり「新・浪速の爆笑王」の称号を贈った、桂雀々は枝雀師匠に入門して31年。5代目を襲名した桂米團治は米朝師匠に入門して30年。若手といわれる桂吉弥でも、吉朝師匠に入門して15年。芸で人を笑わそうと思えば最低10年はかかるわけだ。
 それが、きのうきょう出てきた「お笑いタレント」とやらの、ただの悪ふざけで笑えるはずがない。
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12月23日(火) 一人の手

 不景気風が吹き荒れている。いままでこんなことは何度かあったが、今度は様相が違う気がする。来年は世界大恐慌になるかもしれない。失業者が街にあふれるだろう。
 雇用する経営者と雇用される労働者。これは本来、対等の関係。どちらが欠けても産業は成り立たない。車の両輪である。ところが、実際は雇用する経営者の方が強い。特に、今のような不景気な時は、経営側は企業のエゴをむき出しにして、好き勝手する。人間をあたかも、不良在庫を処分するがごとく、塵芥のごとく扱い廃棄する。
 しかし、産業を動かすのに、労働者が必要なのはいうまでもない。一人の労働者を切ったとて、一人の労働者が泣くだけ。これが100人、1000人、10000人、となって、それだけの労働者が泣けば、泣き声は100倍、1000倍、10000倍となる。そして、それは力となる。
 労働組合の組織率の低下が叫ばれて久しい。小生が情報労連K電気労働組合の副委員長をやっていたころも、この問題はゆゆしき事態だった。あれから15年たった。組織率はさらに落ちているだろう。
 切られた派遣社員たちの中には、組合を結成して企業に異議申し立てを起す動きが出てきている。大変に意義のあることだ。こういう動きがもっともっと出てくるべきだと思う。こういう困難なときこそ労働運動の原点に立ち返るべきだろう。
「労働者よ団結せよ」
 本田路津子さんは小生が好きな歌手の一人だが、その本田さんの歌の中でも特に好きな歌が「一人の手」。原曲はアメリカのピート・シーガーの作曲だが、日本語の詩は本田さんの訳詩だ。その「一人の手」をここで紹介しよう。

ひとりの小さな手 何もできないけど
それでも みんなの手とあわせれば
何かできる 何かできる
ひとりの小さな目 何も見えないけど
それでも みんなの瞳でみつめれば
何か見える 何か見える
ひとりの小さな声 何も言えないけど
それでも みんなの声が集まれば
何か言える 何か言える
ひとりで歩く道 遠くてつらいけど
それでも みんなのあしぶみ響かせば
楽しくなる 長い道も
ひとりの人間は とても弱いけど
それでも みんなが集まれば
強くなれる 強くなれる
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ザ・マジックアワー


監督 三谷幸喜
出演 佐藤浩市 妻夫木聡 深津絵里 西田敏行 戸田恵子 寺島進 

 なんとまあ、映画に対する愛に満ちあふれた映画だろう。禁酒法時代のアメリカのギャング映画か、はたまた日活無国籍アクション映画か。懐かしき昭和30年代の雰囲気のただよう街・守加護(しゅかご)を舞台に繰り広げられるは、絶体絶命の大ピンチを、知恵となりゆきで切り抜けていく、いつもの三谷幸喜ドタバタコメディ。
 クラブ「赤い靴」の支配人備後は、街を牛耳るヤクザ(というより、ギャングといった方がいいかな)のボス天塩の愛人マリに手を出してしまった。本来なら、コンクリート詰めにされて海に沈められるが、幻の暗殺者デラ富樫を見つけ出したら許してやるといわれる。
 ところが、富樫は簡単には見つからない。困った備後は、売れない三流役者村田を、映画の撮影だとだまして、殺し屋に仕立てて天塩に引き合わす。
 映画の撮影だと信じ込んでいる村田。村田を富樫だと信じ込んでいる天塩。いつばれるか、もうばれるか、村田は殺人を犯さなくてはならないのか。ひやひやどきどきしながら、映画は思わぬ展開にころこんで行く。最後には、懐かしや怪傑ハリマオまで出てくる。
 いかにも映画のセット然とした街で、映画の撮影をしている(村田の中では)銃撃アクションをする役者の村田と、本物の銃を撃つギャングども。映画の中の映画、そしてそれを観ているわれわれ観客。あたかもマトリョーシカのような映画である。ラストはカツドウ屋の技術と心意気が奇跡を生む。
 ところで余談だが、日本を代表する殺し屋といえばゴルゴ13だろう。今までゴルゴを演じた俳優は高倉健、千葉真一の2名。この二人も小生が好きな俳優だが、実はこの二人はゴルゴファンの小生としては満足していない。いちばんゴルゴのイメージに近いのは、この映画にも出ていた伊吹吾郎だと思うのだが。一度伊吹吾郎のゴルゴを見てみたい。これ以上書くとネタバレになるので書かない。
 ともかく面白かった。お勧め。
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ちゃんぽん


 今日の朝食はちゃんぽん。なんでも、昔、長崎の中華料理店が、中国からの留学生に食べさせるために、安くて、ボリュームがあって、栄養があって、おしいしい料理、ということで考案したのがちゃんぽんとか。
 リンガーハットというチェーン店があり、また、梅田の阪急デパートの食堂のちゃんぽんが有名。小生、リンガーハットのちゃんぽんは食べたことはないが、阪急のはある。まあ、まずかったという記憶はないから、おいしかったのだろう。それよりも、中国道を走っていて、どこのサービスエリアだったか忘れたが、兵庫県と岡山県の県境あたりだったかな。そのサービスエリアの食堂で食べたちゃんぽんはうまかった。
 ちゃんぽんの麺は少し太め。ちゃんぽん麺だけは手に入らないので、袋物のレトルトの麺だけを使った。スープは鶏ガラでとった。具は、豚肉、イカ、キャベツ、長ネギ、にんじん、干し椎茸、うずら卵、きぬさや。
 下準備として、イカは湯とおし。うずら卵はゆでておく。豚肉は、先週、多い目に作った焼き豚の残りを使う。中華鍋で長ネギ、干し椎茸、にんじんを炒める。少し遅れてキャベツ、豚、イカを入れる。すかさず、レンジの横の火口で熱していたスープをそそぎ、同時に麺を投入。酒、塩、こしょうで味付け。隠し味に牛乳。丼に盛って、ゆでたきぬさや、うずら卵を飾ってできあがり。
 ポイントは麺、キャベツ、イカの火の通し具合。キャベツは加熱しすぎるとやわやわ、足らないと青臭い。イカはダラダラと熱を通すと硬くなる。麺はお好みの固さに仕上げたい。これらをいかにうまいこと仕上げるかが難しい。

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ほうとう


 山梨の郷土料理ほうとうである。名古屋のきしめんの親玉のような、平べったく幅広の麺を、野菜といっしょに煮込む。武田信玄ゆかりの陣中食であったとか。
 本場、甲州には様々なほうとうがある。今回は、冬においしい根菜類のほうとうを作った。肝心のほうとうは市販の物を使う。ダシは昆布といりこ。具は里芋、にんじん、大根、長ネギ、あげ、こんにゃく。鶏や豚などの動物性タンパクはあえて入れなかった。
 作り方はいたって簡単。適当にアクを取りながら、ダシで野菜を煮て、柔らかくなったら、ほうとうを投入。味付けは味噌。味噌汁より少し濃い目がいいのではないだろうか。
 寒い時期に、体がホコホコ暖まりますでな。
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12月19日(金) 産業界は知恵を出して派遣労働者を救え

 この不景気で、派遣社員などの非正規雇用の労働者が突然、失業する事例が増えている。収入をなくすばかりか、住居まで奪われ、この寒空にホームレスになる人も多いだろう。まことにお気の毒としかいいようがない。
 この問題はこのまま見過ごすわけに行かない。日本国憲法に「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」とあるように、このまま見過ごせば明らかな違憲状態である。
 国も緊急の対策を打ち出しかが、後手にまわり、しかもさして有効な対策とは思えない。見るに見かねて、各自治体が救済策を打ち出している。職を失った人を市の臨時職員として採用する。住居を追い出された人には住宅を提供する。国のやることに比べて、迅速、かつ的確だ。自治体とて、決して裕福な財政ではないだろう。それどころか、赤字で苦しんでいる自治体がほとんどだろう。にもかかわらす、このような対策を実行することは大いに賞賛しなければならない。
 これに比べて、一方の当事者である産業界の対応は、まことに冷淡かつ無責任だ。財界トップの御手洗富士夫のキャノンなどは、大分キャノンの派遣社員を切り捨てておきながら、あれは子会社のやったこと、派遣会社がやったこと、キャノン本社は無関係、と、まことに冷たい。小生のデジカメはキャノンだが、次に買う時は絶対キャノンは買わんぞ。
 地元の大分市はいち早く救済の手を差し伸べた。この大分市に対してキャノンから感謝のコメントすら出していない。釘宮大分市長に頭の一つも下げたらどうか御手洗さん。
 この問題の代表的な業界は自動車産業だろう。業界団体である日本自動車工業会は、なんらかの対策を打ち出すべきだろう。経営が苦しいから、派遣切りをやったわけだから、出来ることは限られているかもしれないが、知恵を絞れば何かできることがあるはずだ。例えば、各社の空いている社宅、保養所、研修所などを、いっときの住宅として提供するとか、派遣会社と相談して、契約途中で解雇する場合は、違約金(払われているのかな)を上乗せするとか。なにかできるはずだ。トヨタなどは、確かに売上げは落ちているかもしれないが、トヨタ銀行などといわれていたよう、お金を貯めこんでいるはず。その金の一部でも使えば有効な対策が打てるはずだ。それもできないのなら、業界団体として、救済策を打ち出している自治体に、せめて感謝のコメントでも出せ。
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地下街の雪

 今年もここで年越しだ。正月を故郷で過ごさなくなってずいぶん久しい。あっちはさぞかし雪が積もっているだろう。そういえば雪を見ない冬も、今年で何回目だろうか。
 寒い。温暖化で暖冬が続いているとはいえ、今年の冬は去年よりは寒く感じる。
 私がこの地にやって来たころは、真冬になるとチラチラと雪も降ったが、最近は冷たい雨が降るだけ。これだけ冷え込むとチラチラしているかも知れない。ちょっと見てみよう。
 雪を見たからといって何をするわけでもない。ただ故郷に想いを馳せたいだけ。
 よっこらしょ。立ち上げる。痛い。腰が痛い。こういう生活を送るようになって身体のあちこちが痛むようになった。私の数少ない友だちも同じようなことをいっている。
 私たちのような人間は身体を壊せばそれでおしまい。毎年冬に何人かが凍死する。
 階段を上がる。夜中とはいえまだ人通りはある。急げば地下鉄の終電に間に合う。階段の端を歩いて人々の邪魔にならないようにする。
 みんな階段を下りていく。この時間、地下街の商店はほとんどが閉まっている。階段を下りて来る人は地下鉄の改札口に吸い込まれていく。自分の家に帰って行くのだろう。
 地上に出た。雪は降っていなかった。冷たい雨が降っている。真夜中の年の瀬の都会は墓標のような建物が並んでいるだけ。冷たい風が身体を冷やす。
 階段を下がる。もうだれも歩いていない。今日、この階段を下がる最後の一人は私だろう。
 私はN県K市でクリーニング店を営んでいた。父が興した店を継いで、それなり繁盛させた時期もあった。ところが地方の小都市の小さな商店街にある店。町そのものが人口が減少して、シャッターばかりの商店街となった。
 子供のいない私は妻と二人でがんばった。しかし店の売上は二人が食べていけるか、いけないかといったものだった。その妻を癌で亡くした。一人になった私は店を手放し、生まれ故郷のK市を去った。借金を返済したらお金はまったく手元に残らなかった。
 都会へ出てきて見つけた派遣社員の仕事も突然解雇され、今、こうして地下街で正月を迎えようとしている。
 地面に段ボールを敷いて、ゴミ捨て場で拾ってきた古毛布にくるまって寝るが、その古毛布は盗まれた。新聞紙にくるまる。寒い。
 地下鉄の終電はもう出た。駅の入り口はシャッターが閉まっている。そのシャッターの前で私は寝ている。こういう境遇の人間にもそれなりの縄張りがある。私の縄張りはここ。初めてこの地下街に来た時はもっと寒い場所だった。
 それにしてもさっきの雨は冷たかった。都会の雨は故郷の雪より冷たい。
 目の前には人通りが無くなった地下の商店街が向こうの方まで続いている。シャッターが延々と続く。ここも深夜だけは私の故郷と同じになる。ただし昼間はシャッターがすべて開き、華やかな商店街となる。そのような場所に私のような人間がいてはいけない。昼間は地上で時間をつぶす。深夜になればここに来て寝る。
 深夜の地下街はまるであの世へ続く洞窟のようだ。どこまでも通路が続き、暗闇へと伸びている。その暗闇の奥の方から冷たい風が吹いてきた。段ボールと新聞紙だけでは寒い。体の芯から冷えてくる。うとうとする。
「あなた。こんな所でうたたねしていると風邪をひくわよ」
 妻が私の肩を優しくゆすっている。
「お前、なぜこんな所にいる」
「何いってんのよ、早く、店を開けましょう」 妻は五年前に癌で死んだはず。
「あ、雪。初雪よ」
 妻のいう通り、上のほうから小さい雪がひらひらと舞い降りてきた。地下街の天井を通して白い小さな雪が降って来る。冷たい風が吹き止んだ。
 両側にシャッターが並ぶ地下街の通路は、白い点点でいっぱいになった。
 シャッターが開き始めた。並んでいる店のすべてのシャッターが。こんな時間にこの地下街のシャッターが開くのを始めて見た。何かの点検だろうか。
 私の前にはイタリア料理店、プレイガイド、喫茶店、ブティック、などのおしゃれな店が並んでいるはず。ところが、そこに並んでいる店はあの商店街の店だった。
 手前から肉屋、定食屋、写真屋、菓子屋、そしてその隣がクリーニング屋。私が生まれた町の商店街だ。それぞれの店にはけっこう客が来ている。
 いつの間にか昼になっていた。クリーニング屋の店頭では妻が接客している。若い。私と結婚した直後の妻だ。奥で仕事をしているのは私だ。私も若い。店が一番繁盛していたころだ。
 空は明るい青空だが雪が降っている。雪が雨に変わった。また冷たい風が吹いてきた。商店街のシャッターが閉まり始めた。そして完全に閉まった。青空が地下街の天井に変わった。風は通路の奥から吹きつづける。
 身体が冷える。ものすごく眠くなってきた。
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12月17日(水) 駅員をなんぼ責めてもあかんで

 帰宅時のこと。JRに乗ったら元町あたりで車内放送。塚本のあたりでトラブルがあったとのことで、「この電車は灘で運転をうち切ります」
 三宮で降りる。阪神に乗り換えようと思って、改札で振り替え乗車券を要求したが、まだ出せないとのこと。小生はあきらめて行こうとしたが、駅員にくってかかっているおっさんがいる。
「なんで振り替え券だせへんのや」
「しばらくすると電車がうごくかもしれません」
「しばらくて、どれぐらいや」
「わかりません」
「わしゃ、はよ家かえりたいんや。仕事でつかれとるんやで」
「もうしわけございません」
「灘で運転うち切りちゅうことは、三宮で降りちゅうことやろ」
「いや、電車の中でお待ちいただいても結構です」
「いつ動くかわからん電車なんかに乗っとれるか」
「もうしわけございません」
「なんでもええから振り替え券だせ」
 改札に立っている駅員に、振り替え券を出す出さんの決断はできないと思うのだが。しかるべき所から指示が出なければ、駅員がいくら出したくても出せないのでは。そのような駅員をいくら責めても、駅員がかわいそうなだけだ。
 このような駅員の立場では、乗客に絶対逆らうことはできない。口答えは許されない。ひたすらあやまるしかできない。非常に弱い困った立場だ。そのような立場の駅員に罵声を浴びせ責め立てる。無抵抗のものを殴っているようなもの。
 このおっさん、大変に醜かった。醜態をさらすとはあのことだ。日ごろのストレスを、ええチャンスとばかりに晴らしているのではないか。  

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