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とつぜんSFノート 第39回

「宇宙」SFにとって、実に便利な言葉である。そしてSF者にとって最もおなじみの言葉でもある。なにせ、宇宙を扱ったSFこそがSFの王道といってもいいのではないか。SFにもいろんなジャンルがあるが、宇宙SFは、SFの定番かつ大きなカテゴリーだろう。
 宇宙SFというと、宇宙を舞台とするSFだが、地球人が宇宙へ行って、善からぬ事や善き事を行うSFもあるし、はなっから宇宙にいる連中が宇宙でわさわさやるSFもある。また宇宙から、なんぞが地球にやって来て、悪しき事善き事を行うのも広い意味で宇宙SFといっていいだろう。
 こうして見るに、「宇宙」とは実に便利な言葉だ。人智のおよばぬモノ、コトが有る/起こる場所は、とりあえず「宇宙」にしておけばいい。なにせ、宇宙の全てを知っている人なんて誰もいないのだから。今のところ、宇宙に果てが有って、いつごろ生まれたかが、なんとなく判るそうだが、それとて確認しようがない。だから、奇妙なモノが空からやって来た。どっから来たと聞けば、宇宙からやって来たといえば、とりあえずカタチがつく。
 そういうわけで、実にさまざまなモノが宇宙からやって来た。火星から来たタコ型火星人。人間に化ける不定形生物。フォフォフォフォと鳴く手がハサミになってるヤツ。人喰い植物。緑色の小人。
 初の人工衛星、初の友人宇宙飛行、初の月着陸、初の惑星探査。宇宙開発で「初」がつくことが行われるたんびに、いわれてきたことだが、「これでSF作家はおまんまの食い上げだ」バカかと思っていた。SFの取り扱い分野は人智のおよばぬ物事だけだと思っているのか。SFとは新しいモノの見方ともいえる。新しい見方を発見すれば、人智の範囲のモノだって立派にSFのネタになるのだ。たとえばそのへんに生えているぺんぺん草を使ってもSFはできる。ぺんぺん草を植物と見ないで、地面に差し込まれた栓と見たらどうか、北海道のぺんぺん草が沖縄のぺんぺん草と遠距離恋愛はできるのか、死んだぺんぺん草は地獄極楽どっちに行くか。そこから連想してあの世に植物は生えているか。地獄のぺんぺん草は悪行したのか。極楽のは善行したのか。だいたい、ぺんぺん草の悪行ってなんだ。そやつは何をしたんだ。
 例え、この宇宙のすべてが判ってもSFはいくらでもできる。この宇宙がいっぱいになったとて、あの宇宙もその宇宙もある。
 世にSFのタネはつきまじ。
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さらば探偵ナイトスクープ

 小生はあまりテレビは観ない。主に観ているのは落語番組と阪神タイガースの試合だ。だいたいこんな番組を観ている。ドラマとバラエティは観ない。小生が観ている、ゆいいつの民放のバラエティが「探偵ナイトスクープ」だった。ずいぶん昔から観ていた。上岡龍太郎が局長で越前屋俵太が探偵でおったころからだから、もう20年ぐらいになるだろうか。
 この「探偵ナイトスクープ」はもう観ない。面白くなくなった。確かに以前は面白かった。大笑いした回もあったし、感動してウルッときた回さえあった。ヤラセなしで、ごく自然に市井の人々とからむ面白さはこの番組ならではのものだった。また、この番組以外では絶対に取り上げないようなネタもあった。個人が造った観光施設?を「パラダイス」という言葉で表現したものこの番組だ。民放のバラエティ番組のまったく新しい形を作り上げた。放送業界にとっては大きな功績のある番組だったのではないか。
 盛者必滅。有為転変。どんなモノにも寿命がある。どんなモノにも旬がある。この「探偵ナイトスクープ」もそろそろ寿命かなと思えてきた。この数回、まったく面白くない。本来は小ネタでやるようなネタを、水増しして、薄めて、伸ばしてやっている。明らかにネタ切れだ。正直、もはや旬を過ぎた番組ではないか。
 関係者には、今まで楽しませてくれてありがとう、という感謝の言葉を贈りたい。
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固定電話を撤去した

 小生宅の固定電話を撤去した。家族全員1人1台携帯電話を持っているので、固定電話は必要ないと判断したわけだ。考えてみれば、ずいぶん金と手間をムダにしていた。手間は当方もムダであったし、相手方にも余計な時間を取らせてしまった。
 固定電話が鳴る。目的の人物が出ればいいが、外出していたり、在宅していても入浴中や、手が離せない用事をしていれば、架けなおしてもらうわけだ。携帯電話なら本人に直通だから、こういう余分な手間や時間はいらない。固定電話の基本料金分だけ、いらぬ金を使っていた。架けるのも受けるのも、ほとんど携帯電話だから、固定電話は電話台の上に鎮座しているだけだった。置いておくだけで金のかかる置物だったわけだ。
 かような事に、ふと気がついて固定電話の契約を打ち切った。事務所や会社で業務に使う固定電話なら必要だろうが、これだけ携帯電話が普及すれば、一般家庭では固定電話を持つ意味はないだろう。
 ただ心配なこともある。地震のような巨大な災害の時、通信手段が携帯電話だけだと、どうなるのだろうか。これも電話機そのものが壊れてしまえば同じだ。阪神大震災の時、小生は携帯電話は持ってなかった。自宅の電話は黒い固定電話だった。その電話機は倒れた食器棚の下敷きになって壊れてしまった。長蛇の列に並んで、公衆電話で各方面に自分と家族の無事を伝えた。
 電話といえば、鉄腕アトムでこんなシーンがあったことを記憶する。空を飛んでいたアトムが突然着陸。とことこと近くの家に行って「すみません。電話を貸してください」
 あの手塚でさえ、携帯電話の普及は予想していなかったのだ。それにアトムの七つの力に通信機能はなかったな。
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テルマ&ルイーズ


監督 リドリー・スコット
出演 スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス、ハーヴェイ・カイテル

 平凡な主婦のテルマ。独身でウェイトレスのルイーズ。二人とも若くはない。おばさんといってもいい。テルマはダンナと、ルイーズは恋人とあんまりうまくいってない。最近ストレスがたまっている。気晴らしに二人で飲みに行った。
 飲みに行ったバーでとんでもないことに。テルマを強姦しようとしたすけべ男をルイーズが射殺してしまった。ここから、女二人の暴走が始まる。
 サンダーバード・コンバーチブルに打ち乗り、強盗を働き、まとわりつく、うっとおしいタンクローリーを爆破し、警官を車のトランクに拉致監禁し、パトカーの群れとカーチェイスを繰り広げ、荒野を疾走してメキシコへと逃亡を図る。
 鬱屈した女二人の心象風景と対極をなすような、どこまでも広がる大平原。狭い所にいた二人は、初めて広い所に出て自由を得たのだろうか。サンダーバードの行き先は自由の国か。ここアメリカには自由はないのか。彼女らはどこへ行こうとしているのか。ほんとうはメキシコではないのだろう。そこへ行くには飛ぶしかない。
「イージーライダー」「バニシング・ポイント」「明日に向かって撃て」などに連なるアメリカン・ロード・ムービーの傑作だ。
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切干大根の煮物


切干大根の煮物だ。小生の料理は家事ではない。趣味でやっている料理だ。よそのご仁がゴルフや釣り、お鉄をやっているところを料理をやっているのだ。趣味の男の料理というと、金に糸目をつけず、うんと高価な食材を使って、びっくりさせるような派手な料理という先入観があるかも知れないが、このブログをご覧になっている方なら、お判りになると思うが小生は、かような料理はあまりしない。貧乏人ゆえ食材にあまり金を使えないことが一番の理由だが、地味で定番の料理を極めたいと思う。料理の道は奥が深いのだ。例えば、卵をゆでるだけでも難しい。小生は料理を趣味として20年ぐらいになる。プロだったら花板なりシェフになっていてもおかしくない年数だ。そんな小生でも、今まで満足の行くゆで卵は一つも作ったことがない。
 この切干大根の煮物も単純な料理だ。切干大根を戻して、戻し汁で煮るだけ。味付けは酒と醤油だけ。
 戻す時間はどれぐらい。戻しすぎると旨味が出てしまう。戻し足らないと硬い。煮るための戻し汁の量。酒と醤油を投入するタイミング。そして煮る時間。汁気がなくなるまで煮るのだが、どのあたりを煮あがりと判断して火を止めるか。こんな地味で単純な料理でも、調理していると実に面白いのだ。
 男の料理というと、でっかい肉を豪勢に焼いてステーキにするとか、作務衣など着こんで、しかつめらしい顔して薀蓄をたれながら蕎麦打ちをするご仁もいるだろう。それはそれで結構な趣味だ。でも、こんな地味なおばんざいを作るのも男の料理なのだ。
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冬のお弁当


 今日のお昼はお弁当にしました。冬の食材を使ったお弁当です。左下のご飯は大根めしです。大根を細かく切ってあげといっしょに昆布だしで炊き込みました。味付けはお酒と塩です。左上は里芋サラダです。里芋を皮ごと電子レンジで加熱します。600Wで7分ほど加熱すればいいでしょう。加熱すれば皮をむきやすくなります。フォークでつぶして、三つ葉を混ぜて、マヨネーズで味付けします。ゆずこしょうでちょっとアクセントをつけました。ねっとりとして、じゃがいものポテトサラダとは違う食感でおもしろいサラダになりました。
 右はメインのおかずのカキフライです。この時期、旬のカキを使ったカキフライはぜひ食べたいですね。パン粉はフードプロセッサにかけて細かくしました。粉は強力粉を使いました。高温の油で短時間で揚げます。
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時の地図


 フェリクス・J・パルマ 宮崎真紀訳      早川書房

 19世紀のイギリスはロンドンで、人々の人気を呼んでいる旅行社がある。マリー時間旅行社。この旅行社は時間を航行する乗物を持っており、西暦2000年に連れて行ってくれる。今まで、2回ツアーが出発したが、2回とも大人気。また、ちょうど時を同じくして、H・G・ウェルズという作家が「タイムマシン」という時間旅行をテーマにした小説を発表。ウェルズの小説人気もあいまって、時間旅行はロンドンでちょっとしたブームになった。
 19世紀にタイムマシンは実在した。人々は時間旅行を楽しむことができた。と、まあ、時間モノSFであると思って読んでいただきたい。もちろんタイムパラドックスもある。それをどう解決しているのかが、SFもんとしては興味を引かれることだと思うが、決してハードSF的な解決はしていない。これを肩すかしと怒るか、なるほど、こりゃあお父さん一本取られた、とカカと笑うかは人さまざまだが、小生は喜んだ。ジェフリー・ディーバーのファンなら喜ぶだろう。おっとこれ以上いうとネタばれになるから、いえないが、もう一つヒントを、この本の表紙および背中をよっくご覧あれ。
 三つのお話で構成されているが、登場人物も共通しているし、長編のパート1パート2パート3といっていいだろう。この三つの話をつなげる串となる人物が二人いる。まず、作家のH・G・ウェルズ。そうあのSFの父ウェルズだ。世界で初めて時間旅行をテーマとした「タイムマシン」の作者として責任を取らされる。なんとウェルズ先生、ベッドシーンまで披露して大活躍。もう一人がギリアム・マリー。マリー時間旅行社の社長。この会社のツアーで行ける場所は一ヶ所だけ。西暦2000年5月20日。ついこの前だ。ちょっと日記を見ればどんな日かお判りになるだろう。
 人類は自動人形に支配されていた。この自動人形に敢然と立ち向かったのが、人類軍の総司令官、英雄デレク・シャクルトン将軍。2000年5月20日とは、シャクルトン将軍と自動人形の帝王ソロモンの一騎打ちがあった日なのだ。
 このシャクルトン将軍にひとめぼれしたセレブなお嬢さんがいたり、将軍自身も深い悩みをかかえているのだ。

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早期退職した先生を非難できるか?

 小生は早期退職者である。定年前に前の会社を辞めた。決めの退職金にいくばくかの上乗せがあった。この件について小生を非難する人はいない。小生が退職して、ほどなくその会社はつぶれた。「雫石、お前、ええ時に辞めたな」と、誉めてくれる人さえいた。
 小生は、民間企業でリストラにあったのだから、同じ問題とはいえないが、学校の先生方が仕事を半ばで、職務を放棄して早期に退職したといって、非難している人がいる。確かに、担任を受け持っている先生なら、子供たちも少なからぬ動揺を受けるだろう。教頭や学年主任といった管理職の先生が、年度途中で辞めてしまったら、学校の運営にも支障をきたすだろう。だから、かような先生方は無責任との非難も理解はできる。
 しかし、先生といえども人間である。生活しなくてはならない。住宅ローンが残っている人もいるだろう。家族が病気でお金がいる人もいよう。年老いた親をかかえて、少しでも条件の良い施設に入れたい人も。また、年金制度の未来は明るくない。老後の心配がない人はいないだろう。こういうことを考えるに、早期に退職した方が退職金が多い、だったら早期に退職しよう。こういう決断をした先生を非難できるだろうか。小生は非難できない。子供たちがかわいそうだ。聖職者としての責任を全うせよ。といっている人は、非難の対象たる先生方の老後に責任を持てるだろうか。
 子供たちのことを考えて、早期退職はしない。こういう先生も多くいるだろう。そういう先生の中にも、一人暮らしの老母を抱えている人もいるだろう。妻は病弱で動けない。老母の一人暮らしも限界。認知症も重症化してきた。幸い世話になっているヘルパーさんの紹介で、良い施設が見つかった。ところが老母を入居させるには150万足らない。ああ、あの時、早期退職していたらなあ。と後悔する人もいるだろう。非難している人は、そういう人に150万融通してあげるか?
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阪神 岩屋


  阪神電車本線は東西にしか走ってない。この岩屋も本線の駅だ。この写真は駅の真西から撮った。駅の出入り口は西を向いている。こんな駅はこの岩屋だけだ。阪神電車の駅の出入り口はおおむね南北に向いている。線路が東西に伸びているのだから当然だろう。だったら、この写真を撮っている小生の背後には西に伸びる電車の線路があるはずだが、ここで後ろを振り返っても線路は見えない。
 阪神本線は地上を走る電車である。ところがお日さんに当たっているのは背中だけで、頭と足にはお日さんは当たっていない。阪神本線の両端は地下にもぐっているのである。東の端の梅田も西の端の元町も地下駅だ。梅田はそこで終わりだが、西は元町より西も線路が続く。しかし、元町から先は、神戸高速鉄道と山陽電車の線路で、阪神電車の線路ではない、阪神の車両は走っているが。
 阪神は、西はここ岩屋から地下にもぐる。東は福島から地下である。この岩屋のすぐ北にJR灘がある。そのすぐそこには阪急王子公園がある。この三つの駅はほぼ南北に一直線に並んでいる。王子公園駅のすぐ西に神戸市立王子動物園がある。この王子動物園から、兵庫県立美術館を結ぶ南北のルートを、神戸ミュージアムロードという。神戸文学館、横尾忠則現代美術館など文化施設が並んでいる。そのミュージアムロードの一番南の駅が、この阪神岩屋である。
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グラインダーの神様

 524番船。いや、進水式も済んで命名も終わっているから、早龍丸と呼ぶべきか。その早龍丸も、あと二週間後には引き渡しだ。艤装工事もあらかた終わり、納品が遅れていた電装品の取り付けと、機関室の一部の塗装が残っているだけだ。
 僕にとっては思い入れのある船だ。この造船会社に入社して、初めて僕がメインになって設計した船だ。それまで、設計補助ばかりだった。マストの一部とか、船底のバラストタンクだけとか。
 早龍丸は船のデザインから、メインエンジンの選定、ペラの形状、マストの高さ、といった船そのものの設計を僕がやった。もちろん、図面のチェックは設計部長にやってもらったが、この船は僕の仕事だ。
 会社の正門に着いた。正門をくぐってタイムカードを押す。今日は設計者として最終的なチェックを行う予定だ。大幅な手直しがない限り、予定通り早龍丸は、二週間後に船主に引き渡される。
 なにか社内が騒がしい。騒然としている。何か重大な事故が起きたか。無災害記録を一年以上続けているのに。
 横を営業部長が青い顔をして走っていく。「部長。どうしたんです」
「えらいこっちゃ」
「事故ですか」
「見ればわかる。桟橋へ行け」
 艤装工事用の桟橋に行った。そこには早龍丸が係留されているはずだ。
 早龍丸は、確かに昨日と同じく、桟橋に係留されていた。ただし、昨日とは似ても似つかぬ姿になっていた。
 電柱が突き刺さっていた。500トンの汎用作業船のマストの根元に、コンクリート製の電柱が突き刺さっていた。太さ30センチ長さ10メートルほどの電柱だ。かなり大きな電柱といえる。ブリッジのある上部構造を貫き機関室にまで達しているかも知れない。だとするとエンジンも無事ではあるまい。
「こんな電柱どっから飛んできたのですか」
 隣で呆然とたっている工場長に聞いた。
「判からん。えらい損害や」
 ここは造船所だから、もちろん海の際である。山までは遠い。近くに高台もない。電柱はそんな所から落ちてきた物ではない。天から落ちてきたとしか思えない。
 だったら宇宙ロケットか。いいや。これはどう見てもコンクリート製の電柱だ。軽くティーパーがついていて、太い方には作業員が上るための鉄製の足置きまでついている。
「工場長」
 早龍丸の船内を見てきた作業員が戻ってきた。
「どうだった」
「エンジンはダメです。完全に破壊されています。船底を突き抜けて、先は海底にとどいています」
「ともかく電柱を抜こう」
「浸水しますよ」
「あそこの深度は」
「3メートル」
「早龍丸の喫水は」
 工場長が僕に聞いた。
「6メートルです」
「だったら着床するな」
「機関室が水浸しになります」
「エンジンは修復可能か」
「無理です」
「だったらいっしょだ。抜こう」
 70トンのジブクレーンが桟橋の根元まで移動してきた。玉掛け作業員が2人安全帯を装着して、電柱の先端に上った。幸い鉄製の足置きは上の方にある。電柱は先端を下にして船の突き刺さっている。
 玉掛けワイヤーが下がってきた。ワイヤーの先端のハッカーを足置きにひっかけて固定する。
「よし」
 玉掛け作業員が頭の上で手をグルグル回す。巻き上げの合図だ。ワイヤーがゆっくり巻き上がって行く。電柱が引っ張られて、だんだんと抜けて行く。
「ようし、待避」
 工場長が指示した。玉掛け作業員2人が電柱から離れた。
 電柱が完全に引き抜かれた。クレーンのジブの先から、ぶらんとぶら下がる。

「舳先と艫は無事です。マストも無事。船体中央の上部構造と船底、ようは船の中ほどの船殻は全部作り直しということです」
 対策会議が開かれた。工場長が社長の問い掛けに応えた。
「営業部長、客先は引渡しをどれだけ待ってくれる?」
「一ヶ月です」
「どうだ工場長」
「無理です」
「なんとかならんか」
「社長」
「なんだ業務部長」
「今日、山形発動機にエンジンを発注しました。6000馬力のあのタイプは、最短で納期二ヶ月かかります」
「工場長、二ヶ月ならどうだ」
「二ヶ月あればOKです」
「営業部長、二ヶ月待ってくれるよう申し入れてくれ。業務部長、山形さんからも口添えをしてくれるよう頼んでくれ」
「で、設計部長、図面は用意したか」
「はい。おい」
 部長が僕の脇腹をつついた。あわててホルダーから図面を取り出した。
「その図面の通り造りなおせばいいんだな。図面の修正は必要か」
 社長が聞いてきた。
「この図面のままでOKです」
「よし。業務部長、ただちに部材と鋼板を発注してくれ」
 船体のど真ん中に大穴が開いた早龍丸は、台船に搭載されて、艤装工場から本社工場に曳航された。本社工場の船殻課の手で舳先と艫が切断され、二カ所の定盤に置かれた。穴の開いた中央部は廃材として産廃業者に引き取ってもらった。
 船の建造はペーパークラフトを同じだ。紙の替わりに鋼板を使って実物大の実物を組み立てる。だから、無事だった舳先と艫はそのまま使える。ただし、電柱が突き刺さった時の衝撃で、鋼板が歪んでいる可能性が大きい。船穀各所の寸法を精密に測定して、歪みを直さなければならない。修正不能の部分は、新たに鋼板を購入して、NC加工と曲げ加工、溶接作業をもう一度行う必要がある。
 会社としては大きな出費となるが、この出費を船の建造費にプラスして、船主に請求するわけにはいかない。海に関係する仕事に従事する者は縁起をかつぐ者が多い。建造中に電柱が突き刺さって大破した船など、引き渡しを拒否されても致し方ないところだ。
 工事はおおむね順調だ。会議では図面の修正は不要といったが、実際に修復工事に取りかかると、小規模な図面修正が必要な所が出てきた。
 舳先と艫に、新たに作った中央部を接続するのだが、船殻は図面通りに製作できる。問題はエンジンだ。エンジン本体は破損したものと同じだ。ところがエンジンを船底に据え付けるマウント部分が前回とは少し違う。
 エンジン本体を先に造って、それにあわせてマウント部分を製作するのだが、マウント部分に半月かかる。納品が半月遅れると山形発動機から連絡があった。汎用品のマウントなら山形に常時在庫がある。
 汎用のマウントを使わざるを得ない。前回は船底にあわせたマウントだった。汎用マウントに乗ったエンジンを搭載するには、船底を中心に中央部分の設計を変更しなければならない。
 エンジン本体は同型だから、寸法は同じ。そのエンジンを積むマウントだから、汎用といってもそう大きな寸法違いはない。
 山形から早急に汎用マウントの図面を取り寄せて、船の図面の修正に取りかからなければならない。
 図面の修正はすぐにできる。しかし、実際にエンジンを搭載する段になれば、思わぬ箇所が修正を施さねばならないかも知れない。 船造りは自動車造りとは違う。自動車は型でポンポンと造っていく煎餅と同じだ。船は船主の注文によって一隻一隻違う。ほとんど手作りといって良い。鉄板の曲げ、溶接、切断などの作業は、造船工の経験と勘による職人仕事なのだ。
 現場は設計者が引いた図面通りに仕事をすれば良い、という設計者は船の設計はできない。船の基本の性格はしっかり守りつつ、現場の意見を聞き、図面の修正を臨機応変に行う柔軟性も必要なのだ。
 二ヶ月で船主の引き渡さなければならない。現場は昼夜三交代で突貫工事に入る。設計者は、現場の声を聞くため、常に待機しておかなければならない。二ヶ月間、会社で泊まり込みとなる。
 会社に泊まり込んで一ヶ月半。この間、家に帰ったのは一回だけ。弁当、おにぎり、パン、インスタント食品。このコンビニの食べ物はほとんど食べつくした。なにか食べてないものはないかと、陳列棚を見ている時、携帯電話が鳴った。
「ここのボルトが締まらないんだ」
 エンジンから変速機を経て、船尾までペラ軸が通っている。そのペラ軸を受ける貫通金物が固定できない。調べると、貫通金物の底はまっすぐだが、そこの船底はミクロン単位だが、ごくわずかに曲がっている。図面では真っ直ぐのはずだ。そのためボルトがボルト穴に正対しない。これではボルトが締まらないはずだ。
「ここの歪み取りはしなかったのですか」
「これを見ろ」
 現場のボースンが図面を見せた。歪み取りを指示する記号が記入されていない。
「わたしのミスです。申し訳ありません」
「どうする」
 貫通金物の底を船底にあわせてカーブを付けるか。船底の歪みを取って真っ直ぐにするか。そのことをボースンに聞いた。
「船底の板の歪み取りをやるには、ペラ軸が邪魔だ。ペラ軸を取り外して、また設置するとなると一週間かかる」
 貫通金物を加工するしかない。しかも、船底の歪みにぴったり密着するような加工が。
「貫通金物をグラインダーで削ろうか」
 ボースンがいった。
「そんな精密な加工ができるんですか」
「できる。興津のじいさんなら」
 興津誠三。研磨の神様とかグラインダーの魔術師と呼ばれた男だ。今は引退してこの造船所にいない。ベビーグラインダーでミクロン単位の研磨ができる。
 興津じいさんが在職中、そのワザを見たことがあった。長さ300ミリの3枚の鉄板。
1枚目の鉄板にグラインダーをかけた。グラインダーで鉄板を二、三度なでただけだ。続いて2枚目3枚目にかけた。
 触って見ろという。手で鉄板の表面を触った。ごくわずか曲がっている。
「Rをつけた」
 マイクロメーターで計った。一枚目。鉄板の中央が縁より1ミリ高くなっていた。2枚目。中央より右に200ミリの箇所が1ミリ高くなっている。3枚目、左に270ミリが1ミリ高い。
「今は2011年2月22日午後2時2分だ」
「最後の70は」
「ワシは今年で70になる」
 興津のじいさんは酔っぱらっていた。お気に入りのワインを一本開けたことろだ。じいさんはワイン党らしい。
「ワシが行ってやってもいいが条件がある」「なんですか」
「こいつが空になった。もう一本買ってくれ」「判りました。すぐ来てください」
 じいさんの手を引っ張り、押し込めるようにリアシートに座らせた。
「だいぶん酔ってますが、だいじょうぶですか」
「なあに、会社に着くまでに覚める。ところで一本といったが、ワンケースにしてもらえんじゃろか。ワシの年金ではあんなワインなかなか飲めん」
「ワンケースでもツーケースでも。なんならワインセラーごと買うよう会社にいってあげますよ」
 興津のじいさんの名人芸のおかげでペラ軸も無事設置できた。ちょうど二ヶ月で修復工事は完了した。
 引き渡し式のあと、早龍丸は無事出航していった。沖合に航跡を引きながら、小さくなっていく船を見ながら、僕は少し涙が出た。いろいろあって苦労したが、やっと一隻の船ができあがった。僕が初めて設計した船だ。
 ポンと背中をたたかれた。部長だった。
「ごくろうさん。よくやってくれた。ちょっと飲んで行ってくれ」
 部長に連れられて食堂に行くと、簡単なオードブルとビール酒といったアルコールが用意されていた。ワインもワンケース置かれていた。社長や工場長、関係者も全員そろっていた。
「みなさん、ご苦労さん。興津さんに三ケース贈った。おすそわけだといってワンケースくれた。まずはこのワインで乾杯だ。工場長、乾杯の音頭を」
 社長がいった。
「いろいろありましたが、なんとか今日引き渡しもすみました。ワイングラスを持ってください。乾杯」
 ワイングラスを傾けた。さすがに興津さんが愛飲するだけあって、うまいワインだった。
 いろいろあったが、とりあえず今はほっとしている。電柱?電柱がどうしたって?
 
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巨人や大鵬は別に好きやなかったで

 大鵬が亡くなった。それに関連して、大鵬が横綱だった頃の子供が好きだったモノとして「巨人、大鵬、卵焼き」というフレーズをよく聞く。小生も当時は子供だったけれど、卵焼きはともかく、巨人も大鵬も好きではなかった。なぜか。面白くなかったから。小生は相撲や野球は別に人生の糧を得ようと思って観ていなかった。娯楽として観ていたのである。楽しみのために観ていたのである。大鵬なり巨人なりが勝つのを観るのが楽しいのならば、好きというご仁もおられよう。しかし、小生は彼らが勝っても面白くない。別に彼らが勝つから面白くないのではない。勝ちようが面白くないのだ。
 大鵬は確かに強かった。しかし大鵬の相撲は面白くなかった。強いから勝つのではなく、負けないから強いのだ。確かに偉大な横綱ではあるが、ただ単に勝ってただけじゃないか。やっぱり勝つにしても負けるにしても面白い、キャラの立った相撲取りが好きだった。うっちゃりの北葉山、潜航艇岩風、胸毛の朝潮、大鵬よりこれらの相撲取りの方が好きだったな。
 巨人もそうだ。V9時代の川上野球のどこが面白い。こちらも大鵬と同じ、ただ勝ってるだけじゃないか。相撲にしても野球にしても、おもろいのが一番。野球はなんといっても1985年の阪神やな。真弓、バース、掛布、岡田。5点や6点負け取っても、あっという間に逆転や。実に痛快やったな。
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ペーパームーン


監督 ピーター・ボグダノヴィッチ
出演 テータム・オニール、ライアン・オニール

 白黒映画である。1973年の映画だからカラーでつくることも可能だが、監督のボグダノヴィッチはあえて白黒にしたとのこと。この判断は良かった。レトロでほんわかとした映画になっていた。
 この映画でテータム・オニールはアカデミー助演女優賞を最年少で受賞しているが、この映画はほとんどテータムを観る映画だといっていい。テータムはそれほどのはまり役だった。
 大恐慌禁酒法時代のアメリカは中西部。聖書の押し売りや、壷算もどきの小詐欺でしのいでいるモーゼ。詐欺師ではあるが根っからの悪人ではない。お人よしでやさしい男だ。そのモーゼが死んだ女友だちの娘をおしつけられた。9才の女の子アディを遠くの親戚まで送り届けてくれとのこと。
 このアディがただの女の子ではない。おそろしく頭の回転が早く、したたかで抜け目がない。詐欺師のモーゼの上を行く詐欺の天才だった。
 テータム扮するアディは9才の少女だが、年齢相応のあどけなく、ほんのがきんちょに見えるし、苦労を重ねた大人の女にも見える。実に魅力的である。
 しっかり者の小さい女の子と、お人よしの大人の詐欺師が、不景気真っ只中のアメリカの田舎を旅するロードムービーである。名画である。
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白菜の炒飯


 富くじのネの1365番が当たったら買いたいものがいろいろある。その中に業務用の高カロリーガスレンジがある。中華料理店でプロの料理人が使っている、ゴーといって青い火を上げる強力なバーナーのヤツだ。こいつで炒飯を作りたいのである。
 今は家庭用のガスレンジを使っている。以前使っていたレンジは、大きい方の火口にはセンサーが付いていなかった。これが良かった。ガスレンジを買い換える時、センサー無しのを探したが、そんなモノは無かった。今使っているレンジは大小両方の火口にセンサーが付いている。そんな余計なものがついているから、勝手に火が消える。まったく余計なお世話である。特に強火で一気に調理する中華料理に場合、調理中に火が消えて実に困る。いちいちボタンを押してセンサーをOFFにしなくてはならない。面倒だ。
 炒飯は作るのも食べるのも好きだから、余計なお世話ガスレンジをだましながら、よく作って食べる。今回は白菜の炒飯である。
 白菜をきざんで塩でもんで20分ほど置く。中華鍋を油ならしして、カンカンに熱くする。センサーをOFFするのを忘れぬよう。卵を入れ、追って、ご飯を投入。あとは強火で炒める。鍋をあおって、空気をふくませる。こうすることによってパラッとして炒飯になる。長ネギのみじん切りと白菜を加えて、塩こしょうして、白ゴマを振ったらできあがり。余計なお世話の家庭用ガスレンジでもなんとかすればそこそこの炒飯ができる。
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カキの昆布蒸し


 蒸し料理はおいしい。素材のおいしさをストレートに味わうには蒸し料理は一番だろう。そして、素材を最もおいしく食べたいのなら、旬に食べるべき。寒い今が旬の海のミルク、カキ。カキ食べ方もいろいろある。カキフライ土手鍋炊き込みご飯佃煮など。これらの料理もおいしいが、決定版ともいえるのがこれだ。カキの昆布蒸しである。
 カキは片栗粉をまぶして塩水で洗う。黒い汚れが取れる。竹の皮の上に昆布をしいて、酒を塗る。その上にカキを乗せて昆布ではさんで竹の皮で包む。これを蒸し器で7分ほど強火で蒸す。ポン酢で食べる。カキのおいしさを満喫できる。熱燗のアテに最高。カキが旬のうちにぜひお召し上がりを。
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SFマガジン2013年2月号


SFマガジン2013年2月号 №683 早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター

1位 エコーの中でもう一度     オキシタケヒコ
2位 無政府主義者の帰還(第1回) 樺山三英
3位 クリストファー・レイブン   鈴木潤訳 シオドラ・ゴス
4位 コラボレーション       藤井太洋
5位 ハドラマウトの道化たち    宮内悠介

インタビュー

ケイジ・ベーカー 〈カンパニー〉の時間をはじめよう! 
中村仁美訳 ローカス編集部

連載

椎名誠のニュートラル・コーナー(第35回)
北極圏のフリカケはどうしてみんなピチピチ跳ねるのか。 椎名誠
星条旗よ永遠なれ 怨讐惑星(第25話)        梶尾真治
人間廃業宣言(特別編)〈第45回シチェス・ファンタ・レポート〉
アジア日本編                     友成純一
SFのある文学誌(第14回)             長山靖生
是空の作家・光瀬龍(第13回)            立川ゆかり

 2月号は毎年恒例の日本人作家特集。昔は2月号というと、創刊N周年記念特大号と称して、通常号よりかなり増ページして、日本人作家オールスター揃いぶみをやった。例えば、1972年2月号1971年2月号1970年2月号は、ご覧のような陣容だった。さすがに、今は日本人SF作家オールスターは無理だろう。しかし、もう少し増ページして、収録作家を増やす算段はできないだろうか。さすがに4人じゃ少ない。それに近年は新人作家メインで、この2月号特集で組まれている。山田正紀、谷甲州、菅浩江、草上仁、山本弘といったベテランのお出ましを願えないか。
 今月号は5編の読み切り短編が掲載された。日本人作家4篇。海外作家1編。正直、レベルの低い号であった。
「エコーの中でもう一度」軽快なエンタティメントに仕上がっていた。音響SFといっていいかな。シリーズ物になりそうな作品だ。この作者、軽いミステリーなどを書けば上手くなりそう。
「無政府主義者の帰還」樺山氏の新シリーズ。3号連続掲載予定だとか。関東大震災直後の大正時代。奇妙な建築物を訪れたアナキストO。そこで世界的な建築家と出会う。
「クリストファー・レイブン」いわゆる「学校の怪談」モノ。なんのひねりもない幽霊ばなし。
「コラボレーション」ネタを料理もせずにポンと放り出しただけ。小説になっていない。
「ハドラマウトの道化たち」「盤上の夜」で素晴らしい才能を見せてくれた宮内だが、このDXシリーズはもひとつである。その中でもこの作品はいただけない。激励の意味をこめて5位とする。 
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