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5月31日(木) ナシゴレン

 定刻通り4時起床。昨夜は10時に布団に入り11時まで読書して就寝。睡眠時間5時間。少ないように思うがこういう生活パターンに身体が慣れているので別にしんどくない。二日酔いでないかぎりきっちり4時に目が覚める。
 炊飯器のスイッチを入れ朝刊を取る。昨日は久しぶりに阪神が勝ったのでご機嫌極めてうるわしい。
 メール、お気に入りブログ、HPをチェックしてWordを起動して6月のメニューを作成。6月は中華料理月間なのだ。こういう文書はWordで充分。エッセイ、小説は一太郎を使っている。
 中華料理なので本場の素材を求めて、神戸南京町に立ち寄ろうと思うが、いま、中国産の食材を使うのはためらわれる。
 公募の川柳を1つ考えてネットで応募。こづかい稼ぎに公募の川柳、俳句、標語、ショートショートなんかを考えてせっせと応募しているが、なかなか成果が上がらない。ずいぶん前に島根県の自然総合学習センターの愛称募集に応募して1万円もらった。3月に「公募ガイド」という雑誌のショートストーリー公募に応募して掲載されて5000円もらった。最近の成果はそんなところか。あんまり効率が良いこづかい稼ぎとはいえない。
 5時から朝食つくり。インドネシアのナシゴレンをつくる。と、いうよりナシゴレン風だ。インドネシアの食材、調味料は入手困難につき、近所の関西スーパーで手に入るものばかりでつくる。
 具はえび、厚あげ、ピーマン、パプリカ、玉ねぎ。調味料は、ナンプラー大さじ1 オイスターソース大さじ1 コチジャン小サジ1 カレー粉一つまみ、
塩、胡椒。
 中華鍋で具を炒めて取り出しておく。ご飯を炒めて、ほぐれたら具を鍋に戻す。皿に盛り目玉焼きをのせ、えびせんを添える。これでナシゴレンらしきものができるはず。
   
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5月30日(水) 食い放題はいやだな

 以前勤めていた会社で飲み会の幹事をよくやらされた。食い意地のはっている連中が多かったので、飲み放題食い放題のリクエストが多かった。小生もできるだけご希望にそうべく、そういう店をさがした。夏は梅田のトップビアガーデンを使うことが多かった。
 最初はいい。ところがアルコールが回ってきて食欲もおおせいになると、連中、皿にてんこ盛りに食べ物を取ってくる。宴も終わり、さて、おひらきという時になると、小生、いつもいや~な気分になる。
 テーブルの上を見ると食べ物が食い散らかしてある。いくら取ってきても支払いは同じだから、取れるだけ取らな損とばかりに取ってくる。あげくの果てに食べ残しの山。なぜ自分が食べられる分だけ取ってこないのか。小生はそこに人間の非常に醜い、むき出しの欲望というか、いやな部分をみる。
 このブログをご覧になっている方はご存知だと思うが、小生は料理が趣味で食べることも大好き。だから食べ物を大切にしたい。このように食べ物を粗末にするヤツは許せない。食事には人格があらわれるのだ。

 阪神VS西武。阪神久しぶりに勝つ。点は今岡と桧山のホームラン。ヒットを連ねて勝ったわけではないので、あまり手放しで喜べるわけではないが勝ちゃいいか。下柳、いつもの下柳が出でよかった。ウィリアムスが離脱して後半不安だったが久保田打たれながらも仕事する。藤川みごと。あっぱれ。
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5月29日(火) この世で最も大切なもの

 松岡農水相が自殺した。報道によると松岡氏は何かと問題の多い人物らしい。本人が鬼籍に入ってしまった今となっては真実はわからない。だからここでは同氏をほめることはもちろん、けなすこともしない。ただ、ご冥福を祈るとしかいいようがない。もし存命ならばいずれ司直の手にかかったと思われる。彼岸に逝ってしまったからは閻魔の裁きを待つしかない。
 小生がこの事件の報道を聞いて、まず思ったのは、モノをたくさん持っている人はなんと弱いのだろう、ということ。同氏は農林族のボスとして君臨し、ついには大臣にまで登りつめ、位人臣を極めた人物である。地位、名誉、カネ、と、いっぱいモノを持っていた。だからこそこのような末路となったのだろう。小生のような中高年リストラおやじなら、これらのものはなんにもない。ないから失うこともない。強いものである。
 彼は何を失いたくなかったのだろうか、また何を守りたかったのだろう。それは命と引き替えにしてまで守らなければならない大切なものだったのだろうか。それが何かは知らないが、そんなものは無いと断言できる。この世に生き物の生命より大切なものは無い。

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腕売ります 1

「あなたの左腕を売ってくれませんか」
 彼はこういった。お互い名前も知らない。言葉を交わしたのは今日が初めて。彼の顔は少し以前から知っている。このハローワークでたびたび見かける人物だ。年齢は私と同じぐらいの五十を少し超えたぐらい。特別印象に残るような人物ではない。あ、あの人また来てるな、と、ちょっと気にかける程度。ハローワークに来ているのだから失業中の身の上なのだろう。彼も私同様恵まれない境遇にあるわけだ。同じ境遇にあるものとして親近感を感じていた。とはいうものの別に私の方から声をかけるつもりはなかった。
 今日たまたま私が使っていた求人検索用パソコンの隣の席に彼が座った。
 東大阪の機械部品会社に面接に行ってから一ヶ月が過ぎた。昨年の十月にリストラされて九ヶ月だ。景気は回復してきたらしいが、私たち中高年の再就職は相変わらず難しい。私の条件を設定してパソコンで検索しても条件に合致する案件そのものが少ない。それぞれの案件の詳細を画面に映して検討したらプリントアウトすべき案件は一件か二件。それを就職相談のカウンターに持って行く。ハローワークの職員に相手企業に電話してもらって面接のアポを取ってもらう。この時点で断られることが多い。断られる理由のほとんどは私の年齢。五十を超しての正社員への再就職を果たすには奇跡が必要だ。
 ひと通り検索を終えて、ふ~とため息をついた。隣の席で彼も私と同じようにため息をついている。ふと視線が合った。
「五十を過ぎるとむつかしいですね」
 彼の方から声をかけてきた。
「そうですね」
 うなづきながら私はプリントアウトした求人票を持って立ち上がった。        あまり条件は良くないが、とりあえず応募書類を送ってくれとのこと。これで家に帰っても裕子のくもった顔を見なくてすむ。ハローワークには午前中に行くことにしている。帰宅は十一時ごろになる。玄関に入ると裕子は「お帰りなさい」のあとに必ず「どうでした。どっかええ所ありました」と聞く。「いいや」と答えることの方が多い。口には出さないが顔がくもっていく。そのあとの昼食はまずい。きょうはなんとかおいしく昼食を食べられる。
 ハローワークを出たところで彼とあった。「もうお帰りですか。ええ案件はありました」
「ええ。なんとか」
 このまま手だけ振って別れるのは何か気が引ける感じがした。少しだけ会話をしよう。
「あなたはどこかありましたか」
「いやあ、なかなか」
「やっぱりあなたもリストラ」
「いや、まだ会社は辞めてませんが在職中に次を見つけようと思いまして」
「私も二十七年いましたが、人事部長に、いま早期退職制度に応募して退職金に割り増しを付けるか、月が変わって指名解雇されるか選べといわれました。一晩だけ考えて書類にハンを押しました。あっさりしたもんです」
「まったく会社はあてにできませんね」
「それではまた」
 駅の方に歩きだした私は後から呼び止めらた。
「時間がお有りならちょっとお茶でも飲みませんか。求職者どうし情報交換といきましょう」
 時間はある。今日の仕事は、見つけた案件の書類を用意するだけ。履歴書、職務経歴書などは常に数セットは用意してある。それを封筒に入れ宛名書きしたら買物のついでに郵送してくれと裕子に頼めば夕食まで昼寝でもしていればいい。好印象を与える人物だし求職活動をしばらく続けなければならないならば同じ境遇の友人がいた方がいい。
 駅前の喫茶店に入った。二人ともコーヒーを注文した。正直いうと私はとりとめのない世間話が苦手。でも彼は積極的に私に話しかけてきて私に気を使わせない。お互い五〇を過ぎて定職を失った/失いつつある。彼の子供は大学生。私の子供はまだ中学生だ。彼はまだ家のローンが残っている。私は妻が持病で働けない。二人とも一刻も早く次の職を見つけなくてはならない。これだけ同じ悩みを持っているのだから意気投合しない方がおかしい。
 結局一時間ほど話し込んだ。彼は誠実で実のある男と私は見た。その彼が思いもかけないことを切り出した。
「腕を売れといっても私は手になんの技術も持ってませんが」
「いや、そういう意味ではありません。あなたの左腕そのものを売ってほしいのです」
「よく意味がわかりませんが」
「あなたの左腕を切断させてほしいのです。三〇〇〇万差し上げます」
 何か悪い冗談だろうか。ところが彼の表情は真剣そのもの。彼の人柄も冗談をいうようには見えない。
「では私は三〇〇〇万と引き替えにこれから片腕の人生を送らなくてはならないのでは」
「そうです」
 さらっと肯定した。退職金とあわせて三〇〇〇万あれば確かにあと数年は無収入でも生活できる。ぜいたくしなければ年金がもらえるまでもつ。しかし片腕と引き替えなんて簡単にはできない。それにしても人の片腕なんてなんにするのだろう。
「私の片腕を買い取って何に使うんですか」
「あなたの片腕には用はありません」
 このあと彼からひととおりの説明があった。ある程度は信用できそうだ。とはいっても私のほぼ十年分の人生と片腕を交換していいものかどうか。
「お帰り。遅かったわね」
「うん、ハローワークが混でてね」
「どっかええとこあった」
「うん」
「どんなとこ」
「東大阪の電機会社」
「で、いつ面接」
「いや、とりあえず書類を送ってくれということや」
「書類選考やったらまた年齢だけ見てペケちゃうの」
「ハローワークの人に聞いてもろたら年齢は気にせえへん会社やそうや」
「ほんまやろか」
「ほんまゆうと年齢を選考基準にしたらあかんねんで」
「そんなこというても企業は他の理由で断るからそんな法律へでもないわ」
「ハラへってんねん。早よメシ食わしてえな」 
夫婦差し向かいでソース焼きソバを食べ始めた。平日の昼下がり。子供は学校。妻と二人でNHKの昼のニュースを見ながら食べる。こんな昼食を食べ始めて半年近くが経つ。それ以前はもちろん会社で給食会社の給食を食べていた。
 TVが映すニュースは裕子の興味を引くモノではなかった。話をむしかえした。
「で、こんどこそほんまに行けそうなの」
「行けそうな気がする。なんか風が吹いてきた感じや」
「ほんまがんばってね。失業保険はあと半年で切れるんでしょ。退職金も音を立てて無くなっていくわ」
 そんなこと裕子にいわれるまでもなく充分にわかっているつもりだ。前の会社を退職して三ヶ月ほどは良い骨休めと、会社が契約した再就職支援会社に行ったりしながら比較的のんびりすごした。そのころはどっかに就職できるとの希望を持っていた。ところが就職活動を続けていくうちに現実がイヤというほどわかってきた。五十を超えると正社員での求人案件は皆無。派遣、契約、パートなどの非正社員の案件は少しある。しかし条件は最悪といってもいい。年収は二百万あるかないか。とても一家を構えて生活できる収入ではない。本当に裕子のいうとおり退職金が底をつけば一家三人餓死だ。どうにかしなくてはならない。しかしどうにもならない。生活保護を受けるという手も考えた。試しに匿名で市の福祉の窓口に問い合わせてみた。五十代前半で健康なら、まず生活保護は認定されない。ではどうすればいいのか突っ込んで聞いてみた。職を見つけてくださいとのこと。職が見つからないから困っているのだ。では、そういうあんたが就職先を世話してくれといいたい。
「行ってくる」
「行ってらしゃい」
 朝八時ハローワークへ出かける。家から電車で二駅の距離だ。ハローワークの業務開始は八時半からだから求人検索用パソコンの空きを待たずに使える。周囲を見回したが彼はまだ来ていない。心配は無用だ。この前携帯の番号を教えてもらっている。
 パソコンで求人検索を始めたら携帯が鳴った。待合いロビーに移動した。応募書類を送った電機会社だった。明後日午前十時に面接とのこと。  
 応接室で待たされて三十分たった。十時と指定してきたのは相手方だ。とはいうものの会社の就業時間中だからなにかと取り込み中だろう。五分や十分なら求職者の方が待たなければならない。それが三十分とは待たせすぎだ。それなら最初から十時三十分と指定すればいいのに。
 面接担当者は「お待たせしました」ともいわずにいきなり始めた。
「あなたのこれまでの経歴を簡単に説明してくれますか」
 そんなことは郵送してある履歴書と職務経歴書を読めば分かることではないか。もちろんそんな疑問は表情には出さずに私は説明した。われながらポイントを整理したうまい説明だと思う。
「わかりました。あなたの経歴と弊社が必要とするスキルは少しずれています。残念ですがご縁がなかったのですね」
 三〇分待たされたあげく私が十分間しゃべって、あっさりNG。書類選考だけで不採用の連絡をくれればいいものをどうして面接に呼んだのかわからない。こっちは失業者が交通費を使って時間をかけてハローワークにも行かずに来たのだ。
「どうだった」
「あかん」
 裕子はそれ以上聞かなかった。二人でまずい昼食を食べた後、午後は昼寝して目が覚めたのは夕方六時だった。夕食後にナイターを見た。阪神は十三対一の惨敗。
 私が応募できそうな案件そのものが少ない。あっても年齢ではねられる。ハローワークに行ってもボウズで帰る日々が続いた。あの日以来彼も見かけなくなった。人材紹介会社も何社かまわったが、この手の会社は五十歳以上は相手をしてくれない。いちおう丁重に登録は受け付けてくれるが、まず、求人案件の紹介はない。
 雇用保険はあと三ヶ月で切れる。早期退職制度への応募だったので、少しばかり割増がついてはいるが、退職金はあと三年もしたら底をつく。
 彼の話を真剣に考えてもいいかなという気持ちになってきた。携帯に電話した。会うことにした。 
「私の片腕に用がないならなぜ切断するのですか」
「実は私はこういう者です」
 名刺をくれた。名前は吉崎幸三。会社名は河野義肢株式会社。肩書きは新製品開発部長となっていた。
「私がリーダーとなって画期的な義手を私の会社が開発しました。この新製品が成功すれば私は職を失わなくてすむ。各種のテストもすみ後は最終テストを残すだけです」
「最終テストといいますと?」
「実際に人体に装着して使い心地を報告してもらいます」
「それを私にやれと」
「そうです」
「健常者の私の腕をわざわざ切断しなくても、片腕を失って困っている人はたくさんいるでしょう」
「そういう最初から片腕のない人はだめなんです。いま、片腕を失ったばかりの人でないと正確なテストはできません」
「なぜです」
「新製品は画期的な義手です。装着すれば元の自分の腕と全く違和感はありません。ついさっき腕を失った人でも、まだ自分の腕が有るのと変わらない義手がこの義手です」
「それでその義手はどれぐらい保つのです」
「ノーメンテナンスで六〇年。失礼ながらあなたが死ぬまで使えるでしょう」
「手術は」
「当社が契約している外科病院で行います。執刀医は非常に腕のいい外科医で、麻酔から覚めたらあなたの左腕は義手に変わっています。なんの苦痛もありません。入院も一週間。報酬は三〇〇〇万円です」
 裕子には、短期のアルバイトが見つかった。報酬はいいが一週間ほど泊まり込みでやる仕事だといっておいた。アブナイ仕事じゃないの心配して反対したがなんとかいいくるめた。三〇〇〇万という具体的な数字はいわなかった。こんな金額をいうと絶対に家から出してくれなかっただろう。だれだって犯罪に巻き込まれたと思うだろう。 

                               (最終は6)


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腕売ります 2

 幹線道路から少し入った住宅地にその病院はあった。病院というより少し大きな個人開業医の医院だ。外科、形成外科、皮膚科の看板が掲げている。古い三階建てで一階が待合室と診察室、二階三階が病室といったところだろう。
 吉崎と二人で待合室で待つ。患者は年寄りばかり十人ほど。五分ほどしたら受付の事務員がどうぞこちらへと別室に案内してくれた。豪華な応接室である。看護師がコーヒーを持ってきてくれた。びっくりするほど美人の看護師でびっくりするほど美味しいコーヒーだ。私はこの医院にとって大切な客ということなのだろうか。私ではなく吉崎が大切な客なのかも知れない。
「お待たせしました」
 コーヒーを飲み終えたころ白衣の男が入ってきた。五十代後半の上品な男だ。
「私が院長で執刀させていただく相田です。あなたが患者の山本さんですね」
 私はいたって健康で外科医のやっかいになるようなケガもしていない。だから患者ではない。しかしそのことをいいたてたら吉崎にとって都合が悪そうだから「はい」と返事をした。
「手術は明日午前十時からです。大丈夫ですからね」
 いたって健康な腕を切り落としてなにが大丈夫なのかよく分からないが、この医者は本当に大丈夫だと思わせる。
 病室は個室でこの病院で一番良い部屋とのこと。担当の看護師はさっきコーヒーを持って来た美人看護師だ。私がこの病院で一番大切にされている入院患者らしい。あるいは河野義肢が破格の契約金を支払っているのだろう。別に消化器系の疾患ではないので夕食は普通食だった。いや普通ではない。ものすごく豪華なフランス料理が供された。美人看護師の話では有名なフレンチレストランのシェフが病院のキッチンまで出張して作ってくれたとのこと。美人看護師に夜中にベッドまで来いといえば来るかもしれない。裕子にも悪いし、さすがにそれはがまんした。
 下にも置かぬもてなしとはこういうことをいうのだろう。しかし、これは当然といえば当然で、報酬があるとはいえ、親からもらったなんの不都合もない私の大切な左腕を切り落とさせてやろうというのだから、これぐらいの待遇を受けてあたりまえだ。
 手術台に登るのは生まれて初めて。ドキドキする。麻酔医が注射をした。スーと眠くなった。
 目が覚めた。手術台の上ではなく病室だった。どういうことだろう。私は手術を受けるためにさっき手術台に登ったはずだが。とりあえずナースコールを押す。美人看護師が来た。何度見てもべっぴんである。
「私の手術はどうなりました」
「無事終わりましたよ」
「でも左腕は元のままですよ」
「それは河野義肢さんの義手です」
 私は相田医師の手術の腕と河野義肢の義手の精巧さに驚愕した。まず相田医師。全く痛みがない。腕を切断して義手をくっつけたのなら皮膚を縫合したはずだ。当然縫ったあとがあるはずだが一針もない。指を動かした。普通に動く。手の甲をつねった。痛い。神経も完璧につながっているようだ。驚くべき手術の腕だ。相田医師はブラックジャックを遙かにしのぐ外科医だ。
 次に河野義肢の義手。私自身の左腕と寸分違わない。ホクロの数、大きさ、場所。BCGの跡。爪の形。私の腕そのものといっていい。ここで私は疑問点に一つの結論を出した。私の左腕は切断されなかった。これは義手なんかではない。私が親からもらった腕だ。
 相田医師と吉崎が来た。
「ご気分はどうです」
 相田医師が血圧を測りながら聞いた。
「気分はいいですが私の頭の中は疑問符でいっぱいです」
「本当に手術はしたのでしょうか。この腕は義手ではなく私の腕でしょう」
「いいえ。それは確かに当社の新型義手に間違いありません」吉崎がいった。
「だったら切断した私の腕を見せてください」
「山本さんの左腕はまだ保管してあります。いずれ医療廃棄物として処理します。たってのご希望ならお見せしますが、医者としてお勧めしかねます」
「なぜです」
「自分の切り落とされた腕を見せられれば、たいていに人はショックを受けます。心が傷を受けることになりますよ」
「確かに山本さんの左腕は切断されました。今の左腕は当社製の義手です。その証拠に三〇〇〇万円は振り込んでおきました」
 一週間が過ぎた。外科手術のあとのリハビリは大変につらいと聞いていたが、私の場合はそんなにつらくはなかった。左手を主に使う軽い運動をするだけ。正直いうと極楽のような一週間だった。食事は最初の日はフレンチだったが、中華、和食と様々なジャンルのプロの料理人が腕によりをかけて作ってくれる。病院の周辺で短時間なら散歩もOK。病室にはもちろん液晶テレビ。DVDプレイヤーもあって頼めば近くのツタヤでDVDやビデオを借りてきてくれる。当然パソコンもある。もちろんインターネットし放題。本が読みたいといえば希望の本を調達してくれる。入院生活の最大の敵「退屈」は完全に撃退されている。これらもろもろの世話は例の美人看護師がやってくれる。ベッドのお相手は頼んではいないが、たいがいのわがままは聞いてくれた。
 相田院長と美人看護師が玄関まで見送ってくれた。吉崎が運転する高級セダンのリアシートに乗る。この病院にはもう来なくていいとのこと。
「退院おめでとうございます」
「もうあの病院に行かなくていいといわれたんですが本当でしょうか」
「はい。あとは二週間に一度私がお会いして義手の様子をうかがいます。私はそれをレポートにして会社に報告します。山本さんのおかげでたくさんの腕を無くされた人が助かるんです」
「ただいま」
「おかえりなさい。あなたどんな仕事してたの。銀行に通帳の記帳に行ってびっくりしたわ。あんなたくさんのお金」
「どんな仕事してたのか契約上いえないんだ。もし他言したことが会社に分かればあのお金は全額返却させられる」
「まさか犯罪に加担したのでは」
「それは絶対に大丈夫。おれを信じてくれ」
「で、これからどうするの。求職活動を続けるの」
「うん。まとまったお金も入ったことだし一年ほどゆっくりしようと思ってる。探したってどうせ就職口なんぞないしな」
 久しぶりに朝九時まで寝た。もうハローワークに行かなくていい。布団の中でしばし解放感にひたる。裕子はベランダで洗濯物を干している。
「おはよう」
 ベランダに声をかける。
「あら、起きたの。朝ごはん、テーブルの上にあるから食べてね」
 テーブルの上にはシシャモの焼いたのと納豆が置いてあった。ジャーからご飯をよそい、ガスレンジの小鍋のみそ汁を温めて、遅い朝食を食べた。食べ終わると十時近くなっている。テレビをつける。ワイドショーをやっていた。司会者が社会保険庁のいいかげんさについて青筋たてて怒っていた/怒ったふり/をしていた。こんな時間にこんな番組を見るのは全くの久しぶりだ。
「買物に行ってきます」
 裕子が出て行った。子供は学校だし女房は買物。平日の午前に良い年をしたおやじが一人で家でテレビをながめている。なんともしまらない図だ。履歴書でも書こうかインターネットで求人検索でもしようかと思ってハタと気がついた。そうだ私はもう就職活動をしなくていいんだ。そう思ったとたん大きな解放感に包まれた。
 この解放感と引き替えに失った物は大きい。改めて私は自分が片腕を亡くしたことを思い出した。思い出した!そう、思い出したのだ。今まで自分が片腕の男になったことを忘れていた。
 この一週間のできごと。ハローワークでの吉崎との出会い。相田医師、美人看護師、そして片腕切断の手術。今になって考えるととても現実のこととは思えない。私の左腕は確かに亡くなっているはず。その証拠に私の銀行口座には三〇〇〇万円が振り込まれていた。そのおかげで、私は失業者のくせにこうして平日の午前中、寝っ転がってテレビを見ていられるのだ。
 左腕を見る。上腕部で切断されているはずだが一筋の傷跡もない。指を一本づつ動かす。少しのストレスもなく動く。小学生のころ木の工作をしていて小刀で左手首を切ったことを思い出した。何針か縫う切り傷だった。大人になっても薄く傷跡が残っていた。今でも残っているはずだ。目を凝らしてよく見る。あった。かなり小さくなっているが、かすかに傷跡が見えた。間違いないこれは私の腕だ。ではあの三〇〇〇万は何なんだろう。
「久しぶりです。いかがですか左腕の調子は」
 昼下がりの喫茶店。客は私と吉崎の他はおばさんどうし、おじさんどうしの二組の客がいるだけ。吉崎に今回の話を持ちかけられたのがこのハローワーク近くの喫茶店だ。二週間に一度この喫茶店で会ってその後の経過を彼に報告することとなった。
「ものすごく調子いいです。自分の腕と同じです」
「それはよかった。山本さんの勇気と決断力には感服しました」
「腕の調子がいいのはいいんですが、何度考えてもおかしいんです」
「なにが」
「もう一度聞きます。この腕は義手ではなく、本当は私の腕でしょう」
「ありがとうございます。弊社の技術に対する最高のほめ言葉です」
「義手ですか」
「もちろんです。山本さんの左腕は切断しました。代わりに弊社製の義手を装着させてもらいました。その証拠に約束の三〇〇〇万円が入金されていたでしょう」
「確かにお金は振り込まれていました」
「では問題ないでしょう」
「私は子供のころ左手首に何針か縫う怪我をしました。よく見れば小さな跡が残っています。このことは小学校の同級生と担任の先生、私の親しか知らない。その傷跡がこの腕にもあります」
 私は袖口を上げ腕時計をはずして手首を吉崎に見せた。小さなかすかな傷跡が見えた。
「切断する前に山本さんの腕はミクロン単位で走査にかけられデジタルのデータとしてコンピューターに保存されました。手術の直前に義手の骨組みの上に人工筋肉と人工皮膚をかぶせる時にそのデータを元に復元されたのです。ですからその義手は山本さんの左腕を完璧に復元したものといっても過言ではありません。もちろんそんな傷跡も見逃すはずがありません」
 私と吉崎の前にコーヒーが置かれた。二組の客は出て行き店の客は私と吉崎の二人だけになった。コーヒーを置いたウェイトレスは奥に引っ込んだ。カウンターの向こうのマスターは所在なげに週刊誌をめくっている。平日の昼下がりの喫茶店とはこんなものか。初めて吉崎とこの店で相対した時は店の様子などを感じる余裕はなかった。
 吉崎は腕だけではなく私の体調全般について質問し、熱心にノートを書いていた。必要なことは全部聞いたのかノートを閉じて水をひと口飲んだ。
「ありがとうございます。今日の面談はこれで終わりです。これは些少ですが交通費です」
「え、そんなものまでいただけるのですか」
「ご足労いただいたのですから当然です。ではまた二週間後に」
 吉崎はそういうと伝票を取って店を出ていった。封筒を開けると一万円入っていた。

                                (つづく)


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腕売ります 3

「おでかけですか」
「パチンコ」
「また。このところ毎日ね」
「ええじゃないか。別にすることもないし」
「就職したら」
「この歳では無理や」
「別に正社員のくちでなくてもアルバイトみたいなものやったらあるんでしょう」
「雀の涙ぐらいの金もらうのにしんどい目するのいやだ」 
「昼ご飯は」
「ラーメンでも食う」 
 私はそういうと家を出た。このところ毎日こういう口論をしている。裕子は私がパチンコばかりしているのが気に入らないらしい。私自身も良いことだとは思っていない。しかし他にすることがない。自由というものは扱いなれない者が持つと持てあます。     九時五十分にパチンコ屋の前に着く。十時開店なので店の前では先客が列を作って待っている。私も列の最後尾に並ぶ。何人かの顔なじみもできた。数人と目だけであいさつをした。
 開店と同時に列を作っていた連中がドッと店内に流れ込む。すばしっこい奴らが良い台(と思われる)を確保していく。私はそんなにガツガツしていない。まず玉を買って、それから空いている台の中から、これはと思う台の前に座る。釘の見方なんかは知らないからほとんど勘である。隣にヤクザみたいな奴が座ったら移動する。美人が店に入ってくればその隣に移動する。ようはどんな台でも良いということ。
 勝って金儲けをしようとは思わない。金なら有るのだ。一日時間がつぶれれば良い。ハローワークのパソコンで求人検索をしているよりパチンコしている方が楽しく時間がつぶれる。私のパチンコはそういうパチンコ。
 十一時半になった。そろそろ昼食にしよう。
近くにラーメン屋が三軒、牛丼屋が一軒、回転寿司屋が一軒ある。最近の私の昼食はこの五軒をローテーションで回っている。今日は
回転寿司屋の番。ビールを飲みながら寿司を腹いっぱい食べる。パチンコ屋の隣の喫茶店でコーヒーを飲んで私の昼休みは終わりとなる。昼から玉を弾く仕事に戻る。だいたい午後五時近くまでパチンコをする。ごくたまに
勝つがほとんどは負ける。多いときは一日で五万円近く負ける。
 パチンコ屋を出て本屋をのぞいて家までブラブラ夕方の散歩。午後六時に帰宅。入浴のあと夕食。あとは水割りをちびちび飲みながら阪神タイガースの試合を観る。
 これが最近の私の一日。基本は家とパチンコ屋の往復。変化は昼食がラーメンになるか牛丼か寿司になるかの違い。また阪神の試合相手と勝ち負け。最も大きな変化は私がパチンコに勝つこと。
「どうです。その後は」
 手術後に吉崎と会うのはこれで三度目。
「調子はいい」
「それは良かった。毎日どうしてます。就職できましたか」
「就職なんかしない。お金はあるんだ」
「それでは毎日退屈でしょう」
「毎日パチンコしてるよ」
「勝ちますか」
「負けることの方が多いな」
 私の体調と肝腎の左腕の話は最初の数分で終わる。後はもっぱら世間話。私は元来世間話というのは苦手で、何を話したらいいかわからない。吉崎は初めてハローワークで出会った時と変わらぬフレンドリーな態度で接してくれる。彼となら世間話も気を使わずにできる。今の私の生活は単調だ。毎日パチンコと家を行き来しているだけだ。私は友達も少ないし近所に知り合いもいない。会社を辞めれば言葉を交わす相手は家族以外だれもいない。そんな中で吉崎の存在は貴重だ。二週間に一度の会合が待ち遠しくなった。彼はただ一人の友人といっていい。
「それではまた二週間後」
 吉崎が伝票を持って立ち上がろうとする。
「吉崎さん。今晩あいてますか」
「別に予定はありませんが」
「今晩一杯やりませんか」
「うれしいですね。山本さんが誘ってくれるなんて。もちろんおつきあいさせていただきます」
 午後七時。駅前の居酒屋。時間までパチンコをしていた。珍しく勝った。のれんに手をかけた時吉崎が来た。さすがに時間に正確だ。 カウンターに座る。おしぼりで顔と手を拭いてからビールと焼き鳥を注文する。
「乾杯」
 グラスをあわせる。
「もう三ヶ月になりますね。私が片腕になってから」
「そうですね。あれからすぐあの義手は各地の病院に納品されましたよ」
「で、どうでした」
「子供のころに事故に遭われ腕をなくされた方が何人かおられました。みなさん新しい人生が開けたと大変喜んでおられました。義手の具合は山本さんもご存じの通りですから」
「あんな画期的な義手なら新聞に載ってもいいのでは、と気をつけて見ているのですが出ませんね」
「我が社の生産能力には限りがあります。一度に大量の注文が来ても対応できません。ですからマスコミには情報を流してません」
 二人でビールを三本空けたところで日本酒へと切り替えた。つまみも鍋を注文した。吉崎は杯を空けるペースを私に合わせてくれているようだ。本当は私よりももっと飲めるクチと見た。
「さっ、どうぞ今晩はじゃんじゃん飲みましょう。遠慮なさらずに飲んで食べてください。今晩は私がおごります」
「それはいけません」
「いつものコーヒー代は吉崎さんが持ってくれてるでしょう。あれ会社の経費じゃないですか」
「そうです。山本さんとお会いするのは会社の業務ですから」
「これは業務じゃないでしょう。友人として飲んでいるわけだから私におごらせてください。パチンコも勝ちましたし」
「そうですか。それではごちそうになります」
 結局、二人で三軒ハシゴした。したたかに酔っぱらいて、彼にタクシーで家まで送ってもらったことはぼんやりと記憶にある。
 朝になった。九時半だ。ひどい二日酔い。頭がガンガンする。十時からパチンコ屋が開くが布団から出られない。今日はパチンコは休もう。
 裕子は買い物にでも行ったらしい。しかし失業者とはありがたいもので二日酔いだったら誰に遠慮することなく自由に休める。サラリーマンだったころは二日酔いなんかでは休めなかった。もうサラリーマンに戻るつもりはない。確かに収入はなくなったが私はかけがえのない物と引き替えに三〇〇〇万円を得た。私の左腕一本三〇〇〇万とは、安いといえば安い。しかし、代わりの腕が充分に元の腕の代わりをしてくれている。いや、元の腕より疲れにくく具合がいい。
 それにしても三〇〇〇万とは中途半端な金額だ。贅沢しなければなんとか老後まで暮らせるという額だ。せめて一億はほしい。それだけあればこれから豊かな生活が送れる。
 ビギナーズラックというものだろうか、生まれて初めて買った馬券が大当たり。万馬券を取った。馬が走るのは全く興味がないので場外馬券売り場に馬券を買いに行った。思いがけず十数万の金を手にした。
 ビギナーズラックとは続くモノだろうか。初めて株を買った。証券会社とは縁がなく証券会社の営業マンにも知り合いはいない。でも、一度株なるのものを買ってやろうという気になったのは、三〇〇〇万を少しでも増やしてやろうという算段があったからだ。吉崎に相談したら反対はしなかった。彼に紹介してもらった証券マンが勧めた食品会社の株を買った。買った翌日からジリジリと値を上げ始めた。それから数日後証券マンから電話。いまが売り時とのこと。売った。一〇〇万を超える利益があった。次の株を勧められた。その株を買った。
 パチンコだけだった私の生活に競馬と株が加わった。
 ビギナーズラックは文字通りビギナーだけの幸運だった。競馬も株も初心者がホイホイ的中するほど甘くはない。株は証券マンが勧めるのを買えば、そこそこ損はしないが、私はさらなる大もうけをねらって、彼のいうことをあまり聞かない。パチンコの負けとはケタが違う金額が銀行口座からなくなっていった。こんなことに妻の裕子が気が付かないはずがない。
「あなた。このところ毎日何をしているの」
「パチンコや」
「お金がものすごく減っているの」
「最近のパチンコはよおけお金を使うようにできとるんや」
「うそでしょ。パチンコだけであんなにお金を使うはずないでしょう。今月だけで五〇〇万近くが減っているじゃないですか」
「パチンコやて。それにちょっと贅沢なところに飲みに行ってるんや」
 まさかパチンコだけじゃなくて競馬や株にまで手を出しているなんていえない。これじゃギャンブル依存症だ。
「どっか若い女でもできたんでしょう」
 そっちの方を疑っているのか。ギャンブル狂か女狂いかどっちの方がまずい。どっちにしても妻に対しては非常に具合が悪いが、外に女がいないことは確かだ。ギャンブルは確かにしている。預金口座の大幅減という事実があるのだか、両方否定しても裕子の疑惑を深めるばかり。ここは正直に告白した方が良いと判断した。
「実は競馬と株をやっている」
「私が働きに出ればいいんだけど、椎間板ヘルニアで働けないのは知ってるでしょ。あなたの収入だけで私と浩一を養っているのよ。リストラされて失業したからあとは貯金だけが頼りなのよ。それがギャンブルだなんて」
「だから三〇〇〇万円稼いでやったじゃないか」
「そんなお金、今みたいな使い方したらすぐなくなるわ」
「そしたらまた稼いできてやる」
 右手がピックと動いた。
「そんなワケの分からないお金だからあなたがギャンブルなんか始めたんだわ。退職金をあてにして少しでもいいから月々の収入が有る方がよっぽどいいのよ。お願いだから働いてちょうだい」
「働きたくても働けないやないか。半年間ハローワーク通いしたけどこんな五〇すぎた中高年リストラおやじなんぞはどっこも雇うてくれへんんわ」
 正直いうと私は再就職したくない。三〇年サラリーマンしてきて人に雇われるということがほとほとイヤになった。だから会社が早期退職制度の募集した時、喜んで応募した。あの時応募しなかったとしても早々に肩たたきにあっていただろう。そうなると退職金の割り増しはない。だからあの時の決断は正しかったと思っている。
 求職活動中も熱心にハローワークに通いはしたが本気で就職先を探していたか、というとそうではない。どうも私の本心はこのまま求職中という状態がずっと続いて欲しいと思っていたようだ。求職活動という活動そのものが面白いと感じているフシがある。
 退職金が割り増し分も入れて二〇〇〇万ほどあった。四年か五年は無収入でもやっていける金額だ。では、四年か五年経ったらどうするか。年金をもらえる六五歳までのブランクをどうするか。そんなことは全く考えていなかった。あの時は会社を辞められたという解放感でいっぱいだった。

「近い将来石油がなくなるのはご存じでしょう」
 メタルフレームの眼鏡をかけたその男は、いかにも秀才といった感じ。子供のころはきっとクラス委員長でもやっていたんだろう。私にとって得になる人間、といって吉崎が紹介した男だ。どういう男で、何が得になるのかは吉崎は具体的なことはいわなかった。
 さして興味は引かなかったが、吉崎にぜひにと勧められたので今、ここにこうしていて、目の前にその男がいるわけだ。名刺には財団法人日本新エネルギー開発協会とある。
「いくら失業者でも新聞ぐらい読んでる」
「失礼しました。で、石油に変わるエネルギーは各国で開発されていますが、どれも決定的なものはまだありません。それに私どもの調査では石油の枯渇は予想されているよりも早いことがわかりました」
「そうか」
「最も有力な代替えエネルギー候補がメタンハイドレートだといわれています」
「なんやそれ。知りませんな」
「メタンガスが低温高圧によって結晶化したもので、深海の海底に埋蔵されています。一見して氷に似ていますが燃えます。そのため石油に代わるものといわれていて、日本近海には世界最大の埋蔵量があるといわれています」
「それじゃ日本はエネルギー資源大国やな」
「そうです。ところがメタンハイドレートは液体の石油と違って固体なので深海から掘り出すのに膨大なコストがかかって採算がとれないんです」
「それじゃあかんな」
「石油が枯渇するとメタンハイドレートに頼らざるをえません。純粋にコストだけの問題なので石炭から石油に代わったように、世界のエネルギー源が完全にメタンハイドレートに切り替わると商業的に成り立つようになります。それに実は、当協会では極秘で大幅にコストダウンしたメタンハイドレートの掘削方法を研究しておりまして、あとわずかで完成します」
「で、私になにをせえという」
「私どもの研究は近未来の世界情勢を一変しうるものです。ですから極秘でプロジェクトを進めております。政府からも秘密の予算で補助をもらっていますが資金が足りません。そこで極秘でこれはという人にこの話をしているわけです」
「私がこれはという人か。私はただのリストラオヤジやぞ。で、なんぼ出せゆうんや」
「一口二〇〇万円でお願いします」
「今はとりあえず財団法人という形をとっていますが、いずれ政府出資の株式会社になる予定です。その時は出資者には優先的に上場前に株を配布させていただきます。私どもの研究が完成し世界のエネルギー源がメタンハイドレートに完全に切り替わったときの株価は天文学的なものになるでしょう」
 一週間迷った。良くできた詐欺かも知れない。しかしクラス委員長を紹介したのが吉崎だ。彼は信頼できる男だ。その彼が紹介した男だ。信頼できるに違いない。
 石油がなくなりかけていることぐらいは知っている。その代替えエネルギーを牛耳れば巨万の富を得られることは想像に難くない。
一口二〇〇万が二億にも二〇億にもなるだろう。
 もしこの話が本当ならば私は億万長者になるチャンスをつかんだことになる。確かに常識的に考えてこんな話が一介の失業者である私のところにくるはずがない。ところが私は片腕を三〇〇〇万で売るという、常識ではないことをやった男だ。さらに常識外れの義手を付けてもらっている。これだけ常識外れを経験したのならば、もう一つぐらい常識外れが有ってもいいだろう。
 常識外れで得た金だ。常識外れに投資してやろうという結論に達した。
 一週間後に再びクラス委員長とあった。相変わらず優等生然とした表情で待ち合わせの喫茶店でココアを飲みながら待っていた。
「考えてくれましたか」
「うん。考えた」
「お話をうかがいます」
「五口投資する」
「賢明なご決断です」
「いつごろ私の一〇〇〇万が化ける」
「三年後にはメタンハイドレートの採掘を商業ベースに乗せる予定です」

                             (つづく)


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腕売ります 4

「貯金が一〇〇〇万になったわ」
「そうか」
「そうかって、人ごとみたいね。あなたが使ったんじゃないの。二ヶ月で三〇〇〇万使ったのよ」
「元にもどっただけや」
「なにが」
「ワシの退職金が一〇〇〇万。退職直後の状態にもどっただけや」
「何で得たお金か知らないけれど、あの三〇〇〇万が入ったおかげで、わたし、正直ホッとしたのよ」
「それはその時だけでもホッとして良かったやんか。あの三〇〇〇万は無かったものとして考えて」
「そんな。一〇〇〇万じゃ年金もらうまで届かないのよ」
「一〇〇〇万あれば節約すれば三年は生活できるやんか」
「三年経ったらどうするの」
「三年のうちにワシがどうにかする」
「どうするの。就職するの」
「そんなアホなことはせん」
「アホなことって。私や和之のことも考えてくれたの。あなたが働いてくれないと私たちは飢え死によ」
「ワシはこう見えても怠けもんやない。働くで。働くけど人には使われとうないちゅうこっちゃ」
「会社でも作るの」
「ちゃう。実はワシ今も働いているんやで。それも世界的なでっかい仕事やで」
 裕子にメタンハイドレートのことなんかいえない。
「あなたどうかしたの。何を夢みたいなこといってんの。ちゃんと就職してよ」
「もうサラリーマンはいやや」
「久田電機で二七年間まじめに勤めたじゃない。電子部品の資材購買の専門家としてのキャリアがあるんでしょ。その経歴を生かしたらどっかの電機会社の資材部にでも入れるんじゃないの」
「なんぼキャリアがあっても五〇を超えたらあかん。確かに中高年でも、人材銀行に行けば電機関係の資材業務の求人もある。しかし、ほとんど資材部を統括する部長職の求人や。ワシは管理職の経験はないしする気もない」
「じゃ、どうすんのよ」
「ワシにまかせときゃええんや」
「あなたを信じてええのね」
「ええ」
 思えばこれが裕子の私に対する最終警告だった。
 失業者とはいえまだ口座に一〇〇〇万ほどお金が残っている。それに三年後に億万長者になる予定だ。あくせく求職活動して、むなしいだけの面接に行く気には今さらなれない。
 今日もパチンコ。裕子は「お昼は」と聞かなくなった。だから私の昼食は牛丼かラーメンか回転寿司。これらの外食は飽きる。いいだしにくかったが思い切って裕子に頼んでみた。「弁当を作ってくれないか」と。
「お弁当持ってパチンコに行くの」
 裕子はあきれながらも作ってくれた。
 パチンコ屋から少し歩くと小公園がある。自販機でお茶のペットボトルを買って、公園のベンチで弁当をひろげた。大変に豪華な弁当だ。
 私はサラリーマンの時は会社出入りの給食屋の弁当を食べていたが、時々、裕子の作る弁当も食べていた。その時分のことを思い出してみても、こんな豪華な弁当はなかった。
 裕子はなんらかの「意志」を弁当によって私に伝えようとしている。会社へ働きに行く時は質素な弁当、パチンコ屋に遊びに行く時は豪華な弁当。これは何かの皮肉なのだろうか。
「おい。あの弁当はどういう意味だ」
「あら、お口に合わなかったかしら。腕によりをかけて作った特製お弁当よ」
「久田電機時代にもお前に時々弁当を作ってもらったが、あんな豪華な弁当はなかったぞ」
「いいじゃない。おいしかったでしょう。貧相なお弁当やゆうて文句いわれるんやったらわかるけど、豪華やゆうて文句いわれるのは理解できないわ」
「なんで、会社へ行くときは質素でパチンコ行く時は豪華やねん」
「今のあなたのお仕事はパチンコでしょ。お仕事がんばってるから豪華なお弁当作ってあげたのよ」
「それ皮肉か」
 パンと音がした。私が裕子のほほを平手で叩いた音だ。これが私が妻に手をかけた最初だった。そして最後でもあった。妻は子供を連れて実家へ帰った。
 貯金が底をつくのはアッという間だった。いままで裕子がブレーキをかけていたが、そのタガが外れた。私は自分自身がこんなに金遣いが荒かったのかと正直驚いた。久田電機は給料の安い会社だった。その安い給料で家族三人暮らしていかなければならなかった。
 裕子の口癖は「お金がない」だった。小遣いは月に一万円。車が欲しかったが買えなかった。欲しい物がいろいろあったが我慢した。一万円の小遣いじゃ外では飲めない。家で飲む酒も、日本酒は二リットル一〇〇〇円の紙パックのもの。ウィスキーは一〇〇〇円のブカックニッカ。ビールはもちろん第三の雑酒。ひと言アレが欲しいといえば五言お小言をいわれた。裕子が出ていった翌日五〇〇万円の新車を買った。一〇〇万円でホームシアターの設備を買った。三〇万円で最新のパソコンをそろえた。そして一ヶ月後、貯金がゼロになった。
「おりいってお願いがあります」
 吉崎の杯に酒を注ぎながら切り出した。
「なんでしょう」
「私を河野義肢で働かせてもらえないでしょうか」
「どうしました」
「お恥ずかしい次第ですが、お金がなくなりました」
「あの三〇〇〇万もですか」
「はい」
「新エネルギー開発協会に投資したのですか」
「しました」
「どれぐらい」
「一〇〇〇万」
 吉崎は少し複雑な表情をした。
「五口ですか。多いですね。一口か二口で良かったんじゃないですか」
「あそこは吉崎さんが紹介してくれたんですよ。まさかあの金が戻ってこないなんてことは」
「いいえ。それはないです。あそこはいずれメタンハイドレートの採掘を一手に引き受けることになっています」
「それは何年後かでしょう」
「はい」
「それまで私も食べていかなくては」
「わかりました。会社に戻って当たってみましょう」
 貯金が無くなったとはいえ、そこそこの金はまだ手元にある。私一人食うぐらいはできる。パチンコもまだできる。とはいえ以前のように万円単位で負けはできない。私のパチンコも少しは上達したらしく、勝ちはしないがあまり負けなくなった。
 裕子が出ていって一週間後、会いたいというので駅前の喫茶店で会った。離婚届を持っていた。いわれるままに印を押した。 
 パチンコをしていない時はピカピカの新車でドライブしている。夜はホームシアターでDVDを観る。食事はほとんど外食。独身に戻った解放感を満喫している。
 まるで手枷足枷が外れたようだ。会社、仕事、妻、子。私を拘束していたものが全部なくなった。あとは私一人が私の人生を楽しめばいい。そのためにもっともっと金が欲しい。
メタンハイドレートの件で金が入ってくるのはまだ先。それまで待てない。そこで私はある決断をした。
「申し訳有りません。人事部に問い合わせたり、心当たりを当たりましたがどこも欠員がなくて」
「いいんです」
「そうはいきません。山本さんは私の、というよりわが社の大恩人です。この件は社長の耳にも入れてあります」
「いいんです。それよりも私の右腕また買ってくれませんか」
「え、右腕ですか。この前左腕を切ったばかりでしょう」
「お金が欲しいんです。河野の義肢と相田先生の手術の腕は、身を持って理解しました」「腕は山本さんのおかげで開発が成功しました。ですから今は腕のサンプルは必要ないんです。でも、義足の開発に取りかかっているところです。ですから足ならば会社は今、欲しがっています」
「お願いします。私の足を使ってください」
「このあいだ腕を切ったばかりなのに足まで切るんですか」
「はい。河野の義肢はすごいです。左腕を義肢に替えたら、がんこな肩こりがすっかり治りました。一週間ほど前、右足をねんざして足首の痛みがとれません。医者に長引くといわれました。こんな右足はいりません。河野さんの義足と替えてください」
「ご自分の手足をそんなに気軽に考えてはいけません」
「お説教はいいです。お金が欲しいんです」
「分かりました。会社に持ちかけてみましょう」
 日本新エネルギー開発協会の福山から電話があった。例のクラス委員長のことだ。会いたいというので、少し上等の居酒屋を待ち合わせ場所に指定してやった。
 さすがに手持ちの金が少なくなった。サラリーマン時代に飲んでいた酒しか飲めなくなった。久しぶりに上等の酒を飲んで旨いものを食いたい。もちろん金は福山に払わせる。 彼はカウンターの端に座っていた。私は約束の時間より五分遅れた。
「すまない。遅れた」
「いえ」
 相変わらず優等生然とした雰囲気の男だ。彼は学生時代本当に優等生だったのか、見てくれだけで大したことなかったのか知りたいもんだ。案外私の方が優秀だったりして。よし今夜確かめてみよう。
「とりあえずビールでいいですか」
「はい。エビスを」
「ビール二本。エビスで」
 福山はカウンターの向こうの女将に注文した。四〇半ばのちょっといい女だ。
 ビールが来た。女将が注いでくれた。福山とグラスの縁をあわせる。一気に飲む。うまい。やっぱり発泡酒よりエビスビールのほうがうまい。
「肴は何がいいですか」
「そうだな。ちょっとぜいたくしようか」
「いいですね。たまには」
「女将。松茸の土瓶蒸しを」
「はい」
 福山は少し首を傾げた。一瞬何かを計算したようだ。
「ぼくも」
 久しぶりの松茸だ。胸のすくような香りがする。二人でビールを三本ほど飲んで日本酒に切り替えた。天狗舞の山廃大吟醸を頼んだ。
「ところで話ってなんですか」
 どんな話かおおかた想像はできるが、とりあえず聞いてみた。
「いいにくいんですがあと二口投資してくださるとありがたいのですが」
「どうした。資金不足で計画が頓挫するのか」
「協会の事業は極めて順調です。ただ」
「ただ、なんです」
「私のノルマが達成できないんです」
「ノルマがあんのか」
「はい。あと五口足らないんです。三口はなんとか集めたのですが、あと二口がなんともならないんです」
「あんたの所未来のエネルギーを開発してるとこでしょ。なんか証券会社か保険会社みたいだな」
「何をするにも金はいります」
「わかった。あと二口投資しよう」
「ありがとうございます」
「ところであんた高校はどこ」
「県立K高校です」
 県下の公立高校ではトップの高校だ。
「大学は」
「W大学です」
 私立の名門大学だ。確かめたかったことが分かった。福山は私なんぞは足下にもおよばない秀才だ。見かけだけではなく本当の優等生だった。
「私の学校がどうかしましたか」
「なんでもない。なかなかいい学校のご出身で」
「いえいえ」
「ところで投資だが。今はできない。お金がない」
「え」
「心配しなくていい。しばらく待ってくれたら必ず投資する」
「お願いします」
 それから福山と二人でたらふく飲んで食った。勘定はもちろん福山が持った。彼個人で払ったのか、協会の接待費で落とせるのか知らない。
 それから一ヶ月ほどして吉崎から連絡があった。いつもの喫茶店で会う。
「新しい義足の試作品ができました。一週間前にできあがって、昨日基本的なテストがひととおり終わりました」
「それを私に付けてください」
「はい。人体への装着テストは実施しなくてはなりません。しかし最終テストがまだ残っています」
「そのテストは必要なんですか」
「九九パーセント試作品は完成しています。しかし人体に装着するには完璧なものでなくてはいけません。山本さんの左腕には完璧なものを付けました」
「最終テストを省略して義足を付けた後不具合が出るとどうなるのですか」
「まず大丈夫だと思いますが、最悪びっこを引いて歩かなければなりません」
「最悪でびっこですか」
「はい」
「義足を付けた後に不具合の修正はできますか」
「できます」
「明日にでも手術してくれますか」
「あと一週間待ってくれますか。そうすれば完璧な義足を付けて差し上げます」
「わかりました」
「なぜそんなに急ぐのですか」
「金がまったく無くなりました。すみませんが五万ほど貸してくれませんか」
 吉崎は財布から万札を五枚出した。
「これを使ってください。義足の謝礼の前渡しということにしておきます」
「ありがとうございます。ところで謝礼は義手の場合と違いますか」
「当然、違います」
「足の場合いくらになります」
「五千万です」

                              (つづく)


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腕売ります 5

 この病院に来るのは久しぶりだ。待合室に入ると、腕の時と同じように年寄りの患者が数人待っているだけ。ここの院長の外科医としての腕は驚くべきものだ。それは私が身を持って知っている。そのわりには病院ははやっていない。院長の医者としての能力と病院の患者数は比例しないものだろうか。
 この前と同じ美人看護師がこの前と同じものすごくおいしいコーヒーを出してくれた。「しばらくお待ちください。院長はすぐ参りますので」
「久しぶりだね。相田さん」
 彼女の名前はこの前の入院の時胸の名札で知った。形の良いバストに付いているネームプレートには「相田」とあった。院長と同じ苗字だ。
「あんた。院長と同じ名だな。親戚か」
「父です」
 あの院長にこんな美人の娘がいるのか。
 ほどなく院長がやって来た。足の手術について一通り説明をしてくれた。大筋では腕の時と同じだったが今回は足。入院期間が一週間多いとのこと。そのことについて承諾を求められたが私は一向にかまわない。前回の入院のようであれば、できればずっとここに居たいぐらいだ。
 手術は一ヶ月後と決まった。明日一日かけて各種検査と切断する私の左足の詳細なデータの採取が行われる。そのデータを元に私の義足が作られる。腕の時のことを考えれば、それは義足というより私の足の復元といった方がいいだろう。
 手術承諾書にサインして帰宅した。吉崎の話では今回は手術まで日が開いているので、まず謝礼の半額が支払われるとのこと。手術後にあとの半額が支払われる。
 銀行に行ったらまだシャッターが閉まっていた。時計を見ると九時五八分。開店と同時にカウンターに行って二五〇〇万円振り込まれているのを確認した上で、四〇〇万円現金で引き出した。
 正午に福山と待ち合わせている。こんな時間を指定したということは彼は私と昼食を一緒に取るつもりだろう。もちろん彼の接待費払いだ。
 鰻が焼ける匂いが食欲をそそる。一度ちゃんとした鰻屋でちゃんとした鰻を食べてみたかった。貧乏サラリーマンが食べられる鰻といえばスーパーで売っている中国産のパックの蒲焼きぐらい。
 福山が昼飯のリクエストを聞いたのでこの鰻屋を指定した。店に入って注文をいって二〇分が経つ。「遅い」というと、福山がいうには、良心的な鰻屋は鰻を割くところから始めるので三〇分ぐらいは待たされるとのこと。
「鰻が出てくるまでに用事を済ましておこうか」
「はい」
 福山は顔を輝かせた。用は彼が期待している通りの用だ。
「今日は現金で用意した」
 分厚くふくらんだクラフト紙の封筒を手渡した。
「振り込んでくだされば良かったのに。こんな大金持ち歩いて緊張なさったでしょう」
「自分の身を削って作った金だ。金を持っている実感を味わいたかったのでな」
 鰻が来た。ふっくらと焼き上がっていて、私がいつも食べている「鰻の蒲焼き」と称するものとは次元が違うおいしさだ。
 朝の六時に目が覚めた。きょう入院だ。入院といっても総て病院でやってくれるのでなにも準備することはない。それでもこんなに早く目が覚めたのは私が入院を楽しみにしているからだろう。
 痛くない。苦しくない。もちろん命に別状はない。おいしい食事。世話を焼いてくれる美女。高級ホテルの客室のような豪華な病室。肝腎の手術は眠っているまに終わる。しかも五〇〇〇万の謝礼がもらえる。こんな入院があっていいものだろうか。
 午前十時に吉崎がベンツで迎えに来た。天国での二週間はアッという間に過ぎた。腕の時と同じで、切断されたはずの片足は私の胴体にちゃんと付いている。腕の手術をする以前の私ならばこれが義足といわれても信じなかっただろう。
 相田親子の見送りを受けて病院の駐車場で待っていると吉崎がベンツで家まで送ってくれた。
 パチンコ屋に入る前に銀行に立ち寄る。残りの二五〇〇万円は約束通り振り込まれていた。福山に四〇〇万渡したから四六〇〇万円が私の口座にある。かなり贅沢をしてもあと五年は遊んで暮らせる。
 私はスナック、バー、ラウンジといった所ではあまり酒は飲まない。赤ちょうちん、立ち飲みの方が好きだ。と、いうよりスナック、バーは高いから行けない、といった方が正直だろう。サラリーマン時代、会社帰りに飲むのはたいてい立ち飲みだった。私がもらっていたサラリーではそれが精一杯。ところが今は金がある。スナックなどで飲むのもいいだろう。ところが私はそんな所はよく知らない。吉崎に案内してもらおう。彼なら知っているだろう。
 いつもの喫茶店のいつもの席で吉崎は待っていた。
「お待たせしました」
「山本さんからお誘いとは珍しいですね。入金は確認していただけましたか」
「確認しました。吉崎さんにおごってもらってばかりなんで、今日ぐらい私におごらせてください」
「お気使いなく。あれは会社の接待費で落ちますので」
「分かってます。でも今日は友人として吉崎さんにおごりたいのです」
「それはどうもありがとうございます」
「ただの失業者だった私が大金を手にすることができたのは吉崎さんのおかげです」
「いえ。私の方こそ助かったのです。ところで山本さんご希望のお店。私に心当たりがありますからご案内します」
 その店は駅から少し離れた雑居ビルの地下にあった。「ゆり」という清楚な名前の店だ。
カウンターとボックス席が三つのこぢんまりとした店。客はカウンターに三人。
「いらっしゃい。あら、久しぶりね」
 カウンターの向こうから四十代半ばの女性が吉崎にあいさつした。美人ではないが愛嬌がある。。
 吉崎と私はテーブル席に座った。ママがおしぼりを持ってきた。
「スコッチ。新しいボトルを入れて。銘柄はママにまかせる」
「ぼくも」
「あら。こちら初めてですね」
「そう、初めてだ。吉崎さんに連れられてな」
「どうぞごひいきに」
 ほどなく別の女性がジョニ黒を二本持ってきて私の横に座った。若い。二〇代と思われる。美人、というより美少女といった方がよさそう。清楚で可憐。こんな仕事をしているような娘には見えない。
「お二人とも水割りでいいですか」
「はい」
「久しぶりだね。ゆかりちゃん」
「お久しぶりです。吉崎さん」
「きみも飲め。あ、紹介しとこう。山本さんだ」
「ゆかりです。よろしく」
 ゆかりははずかしそうに自己紹介して、三杯の水割りを作った。
「それでは。乾杯」
 いつも安物の日本酒を飲んでいる身にとって、久しぶりのウィスキーは格別うまかった。
「山本さんは吉崎さんの会社の人?」
「いいや」
「お二人はどういうご関係」
「友だち」
 ゆかりは素人っぽい受け答えで女子大生がアルバイトでやっているようだ。水商売が板に付いていない感じ。聞いてみると本当に女子大生だ。音大でバイオリンを勉強しているとのこと。深窓の令嬢。その深窓の令嬢がどうしてこんな店で水商売のアルバイトをしているのか。なんでも実業家の父親が莫大な借金をかかえた。けれども自分はバイオリンの勉強を続けたい。人それぞれわけありだ。
 隣に座っているので彼女の身体が私に触れる。若い女性の肉体を感じる。
 その後私は「ゆり」の常連となった。目当てはゆかり。すっかり彼女に入れあげてしまった。ゆかりは自分の娘といってもいい年齢だ。
「ゆり」は決して安い店ではない。その店にこの所毎日通っている。今の私は金には困っていないのだ。
「帰る」
「おやすみなさい」
 店の外は雨だった。あいにく傘を持ってきてない。
「ママ、傘を貸して」
「あ、今からわたし帰るから」
 ゆかりが声をかけた。
「そうだな。ゆかりちゃんとあいあい傘で行こうかね」
 外はかなりの降り。出口で待っていると、ほどなくゆかりが傘を持って店の奥から出てきた。
「お待たせしました」
「さっ行こうか」
 ゆかりと肩を並べて雨の中を歩きだす。あいあい傘なんて女房以外の女性と初めて。それもゆかりみたいな美人の女子大生と。生きていれば良いこともある。 
 ゆかりの肩が触れる。腰が触れる。若い女性の肉体を感じる。
「君みたいなお嬢さんが大学行きながら夜も働いて大変だな」
 われながらもう少し気の利いたことがいえないのだろうか。
「はい」
 ゆかりはポツッと返事したまま黙り込んだ。震えている。
「どうした」
「寒いの」
 肩に手をまわした。そっと抱き寄せる。彼女は身体を密着させてきた。肩にまわした手を少し下に下げた。腰に手を当ててさらに引き寄せる。女物の小さな傘の下で身体を寄せ合って夜の街を歩く。雨はますます強く降り出した。
「どこかで雨宿りしようか」
「はい」
 周囲を見回した。夜も遅いので適当な店は開いてない。
 少し先に玄関に明かりを灯している建物がある。ホテルだ。いわゆるラブホテルというたぐいのホテル。ここで私は信じられない幸運に恵まれる可能性を感じた。
 正直にいう。私は妻以外の女性を知らない。そんな、リストラされた中高年のおじさんが、こんな清純可憐な女子大生とデキるかも知れない。チャンスを逃す手はない。誘ってみよう。久しぶりにドキドキと胸のときめきを感じた。雨がさらに強くなった。非常に都合がいい。
「雨も強くなったしあそこで休んでいかないか」
「はい」
 部屋は極めてシンプルな部屋だ。シンプルなインテリアにダブルベッドがあるだけ。ゆかりはベッドに腰掛けて緊張している。
「まさか初体験じゃないだろ」
「初めてです」
「本当か。なんで君みたいなお嬢さんがぼくみたいな中年のおじさんと」
「わかりません」
 ゆかりの両肩に手を添えてそっと立たせた。衣服を1枚ずつ脱がしていく。ブラとパンティだけにした。白い下着がまぶしい。彼女を向こう向きにしてブラをはずした。パンティを脱がす。白い形の良いお尻だ。こちらを向かした。
 一糸まとわぬ全裸のゆかりはうつむいて片手で胸を片手で性器を隠している。その手をどけた。ツンと上を向いたお椀型のきれいなバストだ。下の毛は薄い方で局部がかすかに見える。そのままあお向けに寝かす。私も全裸になってゆかりの上に覆いかぶさる。閉じられたゆかりの股を開ける。久しぶりに全力で勃起した私の男性器をそっとゆかりに挿入した。
 毎日「ゆり」に通うようになった。目的はもちろんゆかり。店のカンバンまで飲んで、ゆかりと二人で店を出て、あのホテルでセックスする。ゆかりなしではいられなくなった。リストラされたなんの取り柄もない、中高年オヤジの私に娘のような若い恋人ができた。私とてバカではないつもり。自分がどんな男かよく分かっている。どう考えてもゆかりのような可愛い女子大生が処女を捧げてくれるとは思えない。ところがその夢のような事が現実となった。ゆかりは何を考えているのか、私の要求は決して拒まない。いつでも身体を開いてくれる。
 なんの取り柄もない中高年といったが、私には金がある。文字通り私の身を削って作った金だ。片手と引き替えの金は使ってしまったが、片足の金はまだたっぷりとある。せっかく手に入れた宝を、確実に私のものにするためにこの金を使い始めた。
 ゆかりはどんな物をプレゼントしても喜んだ。一個一二〇円のショートケーキを買ってやったら喜んで食べる。二〇万円の腕時計をやっても同じぐらい喜ぶ。
 ゆかりの喜ぶ顔を見るのが私の一番の喜びとなった。私には金もあるけれど時間もたっぷりある。何をすればゆかりが喜ぶか。そればかり考えた。
 店をやめて学業に専念したいといった。学費と毎月の生活費を負担してやった。彼女が住んでいるマンションの家賃も出してやる。父の借金を少しでも軽くしたいといった。一〇〇〇万用立ててやった。新しいバイオリンを三〇〇万で買ってやった。
 スポンジが水を吸収するようにゆかりは私の金を吸収していった。五〇〇〇万程度の金はあっという間になくなった。金がなくなるとゆかりは私の前から姿を消した。もちろん必死で探し回った。「ゆり」の関係者をはじめ、心当たりを全部あたった。ゆかりの行方はまったく分からない。
 どうもゆかりは私が思っているような女ではない。そのことに気が付くまで、ゆかりがいなくなってから一週間の時間がかかった。われながらお人好しだ。私はゆかりにだまされて有り金全部盗られたわけ。
 不思議とゆかりを憎めなかった。有り金盗られたが私もいい思いをさせてもらった。なんの取り柄もないリストラ中高年おやじが二十一歳の女子大生を愛人にすることができたわけだ。三ヶ月だった。五千万円で三ヶ月間若い肉体を堪能できた。高いといえば高い、安いといえば安い。

                               (つづく)


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腕売ります 6

 文無しになったが私にはまだ片手片足が残っている。
「義手義足の開発は次の段階に入りましたので、山本さんにご協力いただくことはもうありません」
 吉崎がいった。
 目の前が真っ暗になった。
「どうしました」
 吉崎は私の片手片足を提供した男だ。いまさら隠し事をすることもないだろう。
「金が欲しいんです」
「この前の五〇〇〇万はどうしました」
「女にだましとられた」
「あなたがゆかりとつき合っていることは『ゆり』のママに聞いて知っています。ゆかりがあんな女だったとは私もおどろきました」
「私がバカだったんです」
「ママもあの娘にはだまされたといって怒っています」
「しかし、ま、私もいい思いをしたから」
「義手義足の開発は一段落しましたが、実は極秘で進めている研究があるのです」
「なんですか」
「絶対に秘密厳守できますか」
「私は吉崎さんの会社に片手片足をやった人間ですよ。河野義肢に見離されたら、もし義手義足に不具合が発生した時に困るのは私ですよ」
「ではいいます。人工首です」
「人工首?」
「文字通り人間の首を作るのです」
「脳はどうなります」
「移植します」
「脳の移植ですか。そんなことができるのですか」
「できます。脳死した人から生きている心臓や肝臓を移植することは今では確立された医療です。これとは逆に身体全体が死んで脳だけが生きている人を助けるのが人工首です」
「SFみたいな話で信じられない」
「倫理関係の問題があるので極秘で開発を進めてきましたが一応のめどが立ちました」
「それを私にやれと」
「いや、手や足と違い今度は首です。慎重に事を進めなくては」
「河野義肢の技術力の高さは私が身を持って知っている。で、報酬はどれぐらいです」
「首を切断するのです。社長の決裁は下りてませんが会社は十億以上は出すつもりです」
「ぜひ私にやらせてください」
 執刀医は今度も相田医師。この病院に入院するのはこれで三度目。美人看護師の相田院長の娘ともすっかりなじみになった。入院期間はさすがに手や足と同じというわけにはいかなくて、今までで最長の三ヶ月。
 相田医師の説明があった。
「首の切断といっても心配はいりません。切断した瞬間に脳と人工心肺装置が接続され、血液と酸素は一瞬の途切れもなく脳に送り込まれます。脳は接続されたまま人工首に装着されます」
「あの、目や鼻はどうなります」
「元のまま。いやそれ以上のものになります。山本さんの目耳鼻を調べさせてもらいました。目は老眼、鼻は蓄膿でした。装着する人工首の目耳鼻はまったく欠陥がない一〇〇パーセント健康なものです」
「顔は元のままですか」
「山本さんの顔そのままです。ご希望ならぜんぜん違う顔にもできますが」
「ということは別人に変身することもできるわけですね」
「そうです。どうします」
「この顔のままでいいです」
「そうですか。手術は明日午前十時からです。それまでどうか安らかな気持ちでお過ごしください」
 三度目とはいえ手術台に上がるのは緊張する。ましてや今度は首の切断手術だ。河野義肢の技術力と相田医師の手術の腕には全幅の信頼を寄せている。しかし万が一ということがあれば今度は死ぬ。前回前々回の場合は身体障害者になるが、今度は死ぬ。そんなことはないだろう。報酬は今度は十億だ。ドキドキしながら手術台に上がった。麻酔がかけられた。

 手に保冷ケースを持った男たちが手術室に駆け込んできた。心臓、肺、肝臓、腎臓、角膜、骨髄をそれぞれケースに入れて大急ぎで病院の駐車場に走った。駐車場にはエンジンをかけたままの車が待っている。
 病院の応接室に六人の男女がいる。吉崎、相田、相田の娘、福山、「ゆり」のママ、そしてゆかり。
「ドナー死亡直後のあれだけ新鮮な臓器が一度に複数提供できるのだからいい商売になるな」
 相田がいった。皮肉ではなさそうだ。
「福山、ゆかり、山本が支払った三〇〇〇万と五〇〇〇万は会社の口座にもどしたか」
「わたしは車やバイオリンなんかを買ってもらったので少し目減りしてますが」
「山本の臓器は全部で五億になったろ。おれの取り分はいつもの通りだな」
 相田が吉崎に聞いた。
「もちろん」
 そのころ手術室には主要な臓器が抜かれた、首のない山本の死体が横たわっていた。その左腕と左足は彼自身のものだった。

                                  (終)

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5月28日(月) あかんな阪神

 どうもあきまへんな。何がって。いやあ阪神のことでんがな。昨日のロッテとの試合、杉山がKOされた時点でテレビのスイッチを切ってしもた。小生はたいてい、逆転を信じて最後まで観戦するのだが、さすがに昨日はテレビを消して昼寝した。今の阪神はどうひいきめに見ても逆転するだけの力はあるように見えへん。せいぜい金本か林のホームランで1点か2点返すのがせいいっぱい。勝つ試合はとにかく先取点取ってJFKで薄氷を踏む思いで勝つ。これしかあれへん。
どうも今年の優勝はムリみたいやね。優勝どころかプレーオフ進出の3位以内もしんどいやろ。ヤクルトと最下位争いするのが現実とちゃうやろか。
 岡田はんは選手思いの人やと思う。だから育てることは上手でも「勝つ」ことはヘタなんちゃうか。鳥谷を育てたんは岡田はんやし、いま活躍してる連中も岡田はんが2軍監督時代に育てた選手や。だからほんまは2軍監督をやるべきお人で「勝つ」ことが求められる1軍の監督には向いてへん。
確かにご自分の考えポリシーをしっかり持った監督さんや。先発のメンバーにしても相手投手の左右を一番の要素に考えて、他の要素はあんまり考えてへん。三原マジックや仰木マジックならぬ岡田マジックなんてことは要求せえへんけどもうちょっと臨機応変な選手起用をせなあかんのとちゃうやろか。こんなんやから2005年にロッテに4タテをくわされたんや。短期決戦がヘタやから奇跡が起きてプレーオフに出たとしてもあかんのとちゃうか。今考えると2005年の優勝は星野さんのまいた種が芽生えただけかもしれんな。
 それではどーする。まず井川に帰ってきてもらう。そして監督を星野さんにやってもらう。北京オリンピックの監督は長島さんにやらせとったらええのんとちゃう。本人もやりたいのやろ。あかんかったらアテネと同じ中畑にでもやらせとけ。日本のメダルより阪神のAクラス。
キャッチャーは先取点とるまでは狩野が矢野のお面をかぶって、先取点取ったら矢野が素顔でキャッチャーする。で、だれでも塁にでたら赤星のお面をかぶって、うろちょろして相手投手にプレッシャーをかける。1塁走者赤星、2塁走者赤星、3塁走者赤星、こんなんやったらごっついプレッシャーやで。投手は全員が藤川のお面かぶって1イニングづつ投げる。岡田はんに現役復帰してもろて、金本にバースの、林に掛布のお面かぶってもろてバックスクリーン3連発なんてのはどうや。

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グフの火祭り

「おじいちゃん、呼んだ」
「ああ、呼んだ。そこへ座れ」
 近郷近在の十二の村を束ねる総村長のギギに呼ばれて少年パキは緊張した。
「そんなに固くならんでもええ。まもなくグフの火祭りじゃ。今回はお前に伝令を頼むことにした」
「なんでぼくが」
「お前も十二歳になった。その資格はある。お前はワシが見込んだ子じゃ。いずれ村長、いや、ワシの後を継いで十二ヵ村を束ねる総村長になる子じゃ。お前ならできる」
「わかった。で、どの村を回るの」
「エブ、アビ、イノの三つの村じゃ」
 パキはその日のうちに出発した。この三つの村を回れば九日はかかる。山間部、砂漠、湿地帯が多く、十二歳の子供が旅をするには過酷な行程だ。
 この地方には十三の村がある。ギギやパキが住むワグ。ワグを中心として円を描くように十二の村がある。二十年に一度行われるグフの火祭りとは円周上の十二ヵ村で選ばれた村、数ヵ村で行われる。三ヵ村選ばれることがほとんどで、大昔、一度だけ十二ヵ村全部で火祭りが行われたという言い伝えがある。十二ヵ村全部で火祭りが行われると、この世の総ての人が幸せになるという。また、中心のワグを入れて五ヵ村の場合はこの世の終わりが来るとされている。どのパターンになるかは総村長のギギが神のお告げによって決める。
 もう少しで最後の村イノだ。この山を越えるとイノの村落が見えてくる。峠を過ぎて林道を行く。これで役目を終われると思うと自然に足も速くなる。その時、木の間から男が三人飛び出してきた。
「ぼうや、グフの火祭りのお使いだね」
「そうだよ」
「今回も三ヵ村でやるんだろ」
「そんなことはいえないよ」
「おじさんたちの願いをきいてくれないか」
「なに」
「十二ヵ村全部回ってくれないか。願いを聞いてくれたらこれをあげる」
 男は少なからぬお金を見せました。
「そんなことできないよ」
「おじさんたちは今回の火祭りこそ十二ヵ村 で行われると思って大金を賭けているんだ」「そんなことぼくの知ったことじゃないよ」「生意気なガキめ。痛い目にあうぞ」
「火祭りの使いのぼくに手を出すと神罰が下るよ」
「そんなことは迷信だ」
 男がパキにつかみかかろうとした。その時、天から三本の光線が降ってきて三人の男に降り注いだ。男たちは蒸発した。
「天の神様は本当にいたんだ」
 パキは腰が抜けてしばらく立てなかった。話には聞いていた。火祭りのお使いを邪魔する者は、その場で神の怒りにふれて命を落とすと。彼も今の今まで半信半疑だった。それが目の前で瞬時に三人の人間が消滅した。
 パキはグフの火祭りに対する神の強い意志と、それのお使いをする我が身の責任の重大さに身震いした。
 それから三日後、エブ、アビ、イノの三つの村では盛大に火祭りが行われた。それぞれの村の広場ではうず高く薪が積まれ、日没から日の出まで天をも焦がす勢いで火を燃やし続ける。火の周りでは人々が飲み、食い、歌い、踊り、一晩中ハメをはずして大騒ぎ。
「今回はどうだ」
「三角だ」
「そうか、この星もまた処分保留か。一度マルだったこともあるのにな」
「まだこの星の見張りを続けなくちゃならんということさ。もう一度マルが出たら合格で、われわれも次の星に行けるのだが」
「マルどころか、情報収集班の連中の話ではひょっとすると次あたりバツを出すかも知れないとさ」
「と、いうことはこの星も消滅処分か」
 地球上空のラグランジュ・ポイントにその船が停泊して四〇〇〇年が経つ。船でやって来た彼らは二班に分かれている。一班は地球人になりすまし世界各地で人類を観測して判定して中継人に伝える。中継人は地上で火を灯して船にサインを伝える。船の班はサインによって定められた行動をとる。
 マルは合格。今後はこの星の観測は不要。三角は処分保留。観測を継続。バツは不合格。ただちに星ごと消滅処分。
 新しい総村長になったパキの元に、次のグフの火祭りのお告げが伝えられた。パキの顔色が変わった。 
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5月27日(日) トルコ料理

 
朝食は「ガンボ」おくらの煮こみ料理。カリブ海地方の料理。おくらはアフリカ大陸が原産地。明治初期に日本にも入ってきた、奴隷となった黒人とともにアメリカ大陸へ。アフリカ系住民が多いカリブ海沿岸で盛んに食べられているのがこの料理。
 にんにく、玉ねぎ、ベーコンを炒めてホールトマトを入れてしばし煮こむ。おくらを多い目に入れてさらに煮こむ。
 昼食はピッツァを焼く。強力粉、薄力粉、オリーブ油、ドライイースト、塩、ぬるま湯を混ぜてこねる。手でこねるのがベストだが、フードプロッセサーを使っても良い。今日はシンプルにナポリターナ。刻んだにんにくとオレガノ、オリーブ油のソース。具はアンチョビーとトマト。チーズを乗せバジルをトッピング。
 300度のオーブンで5分ほど焼く。できるだけ高温で焼く。前のオーブンは250度しか出なかったので苦労した。オーブンを買い換えてピッツァがうまく焼けるようになった。
 夜はトルコ料理でビール。鶏肉の串焼き。青豆のピラフ。トルコ料理はフランス料理、中華料理とともに世界の3大料理のひとつ。
 串焼き。鶏もも肉をすりおろした玉ねぎ、クミン、コリアンダーで下味をつけて、トマト、ナス、ピーマンとともに串で直火で焼く。炭火で焼くのがベスト。
 玉ねぎを炒めて米をパラパラ。白ワインを入れてさらに炒める。これをスープで炊く。米が炊き上がったらバターを入れて香りをつける。バターはいいものを使いたい。小生はカルピスの特選バターを使っている。ピラフは炒飯と似ているがまったく違うジャンルの料理。炒飯は炒めるが、ピラフは炊き込みご飯。ピラフはもともとトルコ料理。
 これで5月の料理企画「料理で世界一周」は終わり。
 

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5月26日(土)  夜の海

 落語に「饅頭こわい」という落語がある。噺の登場人物が最初にこわいもんを色々聞かれるが、小生にとって何が一番恐かったか考えた。
 お化け幽霊の類には強い方だ。高校生のころは夏休みにキャンプに行った。夜は定番のキモ試し。夜の墓場を歩いたこともあったが、あまり恐くなかった。
 墓場より真夜中の神社の方が恐い。墓場は住民が死人とはいえ人知のおよぶ範囲で、あまり恐くない。真夜中の墓場は妙にザワザワしているようで、なにか馴染みがある。神社は神の領域なので人知の外、シーンと静まりかえっている。こっちの方が恐い。
 幽霊とUFOを一度は見てみたいと思っている。表六甲ドライブウェイで死亡事故があった現場に幽霊が出るということなので、昔、真夜中に車で走ったことがあったが何にも出なかった。人が死んだ場所に幽霊が出るならば、小生が住んでいるここは幽霊だらけのはず。ここは阪神大震災で一番たくさん人が亡くなったところなのだから。
 やっぱり一番恐いのは夜の海。大学は海の関係の学科だった。実習で漁船に乗った。真夜中に海に落ちたことがある。ただちに救助されたが、10分ほど真っ暗な海を漂流した。このあいだが小生が生涯で最も恐い時間だった。
 海はすべての生き物の故郷とはいえ、私たち陸の生物にとって縁を切った場所。いてはいけない場所だ。そこに光のない夜になんの装備もせず一人でとり残される。物凄い恐怖だった。深い海の中から「何か」が出てきて引きずり込まれるよう。
これに比べると陸上ならいくら恐いといってもたかが知れている。試しに、今度、泊りがけで海水浴にでも行った時、真夜中の海に泳ぎ出てごらんなさい。沖のどのへんまで行けるかな?
 これが宇宙ならもっと恐いだろう。宇宙遊泳なんか絶対したくない。もしロープが切れて宇宙を漂流なんてことになったら。永遠の名画「2001年宇宙の旅」でそういうシーンがあったが、見てるだけで恐怖に打ち震えた。

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5月25日(金) コメントできません

 2年ほど前、耐震偽装事件があった。大問題になり国会で証人喚問も行われた。そこでコンサルタントとか称するおっさんが喚問を受けた。おっさん、答えられない質問をされた。で、「必ず調べてただちに返答します」といった。あれ、返答したのだろうか。返答したけれどマスコミが報道しなかったのだろうか。返答しなかったけれど、そのままにしてゆるしたのだろうか。それとも小生が報道を見落としたのだろうか。気をつけて見ていたつもりだが。 
 よく問題をおこして訴えられた企業が「訴状を見ていないのでコメントできません」また不祥事を起こした企業の広報担当が「現在、責任者不在につきお答えできません」といっている。これ、その後どうなったか、フォローした報道をあまり見た記憶がない。訴状を見てから、責任者が責任ある発言をしてから、どういったかをぜひ報道してもらいたい。これだけ次々報道すべき事件が発生するので新たな事件を追いかけるのに忙しいのは理解できるが、その後どうなったのかの報道にも少しは力を入れてもらいたい。
「コメントできません」というコメント聞かされてもなんにも意味がない。 
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星新一 1001話をつくった人

最相葉月 新潮社 

 星さんには2度ほどお目にかかったことがある。最初は30年以上昔、確か名古屋であったSFフェスティバルの合宿で。2度目は星群祭で。作品も一通り読んでいる。だから小生なりの星さん像を持っていた。星さん個人に関してはノッポの茫洋としたボソッと面白いことをいうおじさん。作品に関しては、ピーナッツかかっぱえびせん。気軽にちょっとつまめる。口に入れるとおいしい。またつまむ。おいしい。つまむ。やめられない、とまらない。本書を一読後、この星さん像が変わった。知らなかったことがいっぱい書いてあった。
 大藪春彦と星新一に接点があったとは知らなかった。星新一はSFファンの小生にとって大切な作家。大藪春彦は好きな作家。かたやSFショートショート、かたや活劇小説。それに大藪は孤高の作家という先入観があって他の作家との交流がないと思っていた。それが星さんと同じミステリーのクラブに所属し、星さんの結婚式にまで出席している。星さんも大藪も江戸川乱歩に見出されたという共通点は知っていたが、これはちょっとした驚きであった。
 星さんの冗談の面白さはSF界では有名。小生も冒頭で書いたSFフェスティバルの合宿にて生で聞く幸運に恵まれた。ファンダムの噂や、またSFマガジンなどに掲載された豊田有恒や平井和正のエッセイで読んだりして知っていた。この星さんの冗談。星さんのその場の思いつきでポンポン出てくるものと思っていた。実は入念な事前の仕込みと準備の賜物とは知らなかった。
 1001篇目のショートショートを書き上げた星さんは悠悠自適の楽隠居をしておられると思っていた。「その後」の星新一は小生にとって過去の作家だった。星さんには充分に楽しませてもらった。星さんはもういいや。それよりも山田正紀、田中光二といった新たに出てきた作家を追いかけるほうが面白かった。正直言うと星さんのことは忘れていた。知り合いに「星さんが危ないらしいよ」ということを聞いて星さんのことを思い出したぐらいだ。本書を読んで「その後」の星さんがそんなに苦しんでおられたとは知らなかった。星さんを「ショートショートの神様」に仕立て上げたのは読者たち。そういう意味では小生も星さんを苦しめた共犯者の一人だろう。その共犯者としていわせてもらえれば「ショートショート」は星さんの仕事量の中で大きな部分を占めているとはいえ、あくまで星さんにとって仕事の一部であって他の仕事と同列だと思っていた。ところが本書を読んで星さんは、一読者である小生が考えている以上に、ショートショートに対して執念を燃やしておられた。知らなかった。
 本書は星新一の評伝であると同時に日本SFの評伝でもある。40年以上SFファンをやっている小生にとって非常に興味深く有益な本であった。
 なお某誌のブックレビューで「本書がSFプロパー以外の人によって書かれたことを寂しく思う」との感想を述べているSF関係者がいるが、それは見当違いではないか。小生も含めてプロダム、ファンダムに関わらずSF界の人間は星さんに対して、なんらかの先入観を持っている。最相葉月さんは生前の星さんには会ったことがなかったとか。そういう人だからこそ本書のような名著が書けたのだ。別にだれが書いても良い本ならいいんじゃないの。こういう排他的な発言はいかがなものか。


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