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ことわざ亡国記

「デカ長」
「こんどはなんだ」
「西山町のアパートで死体が出ました」
「ふうん。で、ホトケはどんなんだ」
「はい。口が伸びてます」
「口が伸びる?」
「ビローンと口が伸びて、目まで届いてて、伸びた口が目を噛んでます」
「死因は。そんなことで死ぬのか」
「わかりません」
 これで今月に入って3件目だ。3体の遺体はいずれも不可思議な死に方をしていた。
 最初に発見されたのはパチンコ屋のトイレだった。女の首吊り死体。個室トイレのドアに付いているフックに、うどんをひっかけて、うどんで首を吊って死んでいた。
 2番目は頭部打撲による脳出血で死んだ死体だ。発見場所は料亭の物置部屋。頭部から血を流して死んでいる若い男だ。遺体のそばに豆腐が落ちていた。この豆腐に頭をぶつけたのが死因だ。
 そして今日、西山町のアパートで発見された目を噛んで死んだ遺体。警察はこの3件とも自殺と断定した。
 西山町の遺体の身元は、この部屋の住人で小椋重三(45歳)保険会社の営業。保険の契約がとれず、上司に「目噛んで死ね」と叱責を受けていた。
 パチンコ屋の女。専業主婦、小池あけみ(39歳)パチンコ依存症。亭主が入れる金では足らずサラ金で借金してまでパチンコ屋通い、本人は止める意志はあったが止められず、亭主から「お前なんか、うどんで首吊って死ね」といわれた。
 料亭の若い男は、そこの調理師見習い。鶴沢次男(22歳)覚えが悪く、しょっちゅう板長に叱られていた。死んだ日も「お前なんか豆腐の角で頭打って死ね」とこっぴどく叱られた。
 鶴沢の遺族は上司による連日のパワハラが次男を自殺に到らしめたと民事訴訟を起こし労基局には労災認定を求めた。小椋の遺族は鶴澤家の連携の呼びかけによって検討中である。

「先生」
「はい。次も頭部打撲の犬か」
 頭に、でっかいたんこぶをこしらえた柴犬が入ってきた。これで今日は7頭目だ。
「歩いてて何かに頭をたたかれたのですか」
「散歩してたら何かに頭を殴られたようです。そばに棒が落ちてました」
「ようです?見てなかったのですか」
「なんかボーとしてたんです。そしたらとつぜん、この子がキャンキャン泣きだして」
「先生。庭までお願いします」
 助手の呼ぶ声で獣医は庭にでた。大きな馬がたたずんでいる。
「せんせえさま。おら馬方の権助ちゅうもんだ。最近、おらの馬がぜんぜんいうことを聞かねえだ」
「どうして馬に話しかけている」
「おらは、前の馬のときからずっとこういうだ」
「ちょっといってみて」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「先生、こんどは猫の患者です」
「小判か額か」

「首相、この混乱、手の打ちようがありまあせん。ここはいったん解散総選挙です」
 すももの生産量全国一のK県のすべてのすももの木の下に帽子をかぶった人があつまって、ひがな一日中大勢の人が帽子をさわっている。農家はすももの世話ができず生産量ががた落ちとなった。
 M県のY川が氾濫。別に豪雨が降ったわけではない。川のいたるところで木の葉が川底に沈み、川底が上昇、川の水が堤防を越えて流れ出した。その流れに大きな石が浮かんでいて、各所に大きな被害が出た。
 そして国の根幹をゆるがす大きな問題となっているのが、全国各地で頻発する大火災。火元、失火原因不明の火事が同時多発的に発生。死傷者も多数出て大災害となった。まったくなんの火の気のないところから煙りが立ち、それが見る見る炎上。大きな火災となる。どこで、いつ火事が起こるかわからない。どんなに火の用心をしてても、煙が立ち火事となる。政府としても手の打ちようがない。
ところがA首相が辞任したら、それまでの異変はパタッと止まった。
「ウソも方便」
「身から出たサビ」
「仏の顔も三度」
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青い墓標

「さ、出かけるよ」
「ちょっと待ってよ。おはぎ、もうちょっとでできるから」  
 佐代子は大あわてで、おはぎを弁当箱につめて風呂敷で包んだ。
「おかあちゃん。おはぎは帰ってから食べるんじゃないの」
 和之が疑問に思ったのは当然だ。年二回のお彼岸、墓参の後、家に帰って、ホッとして熱い渋茶でおはぎかぼたもちを食べるのが慣例だからだ。
「うん。きょうは、じいちゃん、ばあちゃんにごあいさつしたあと船に乗るんだ。その中でおはぎを食べようね」
「なんで船に乗るの」
「じいちゃんのじいちゃんの、そのまたじいちゃん。ずっと昔のご先祖にもきょうは、ごあいさつに行くんだ」
「船で行くお墓参り。ずいぶん遠いんだな」
「そうよ。船で行くお墓参り。行きたい人が多くって、やっと抽選に当たったのよ」
「うん。それにその遠くのお墓参り。今回が最後なんだ」
「なんで」
「その、遠くのお墓が壊されることになったんだ」

 第三都市間チューブの中間点から枝分かれした第四支線は国際墓苑に通じている。この第四支線は毎年「三月」と「九月」になると日本人の自家用シャトルでいっぱいになる。公共の大型公共シャトルも運行されているが、墓苑に着いてからが楽なので、自家用シャトルで行く人が多い。
「おしっこ」
「う~ん。困ったな。こんな所で停められない。もう少しで墓苑に着く。がまんできないか」
「がまんする」
 墓苑前のターミナルに着いた。シャトルはそのまま横にスライドしてチューブから出た。後はシャトルは車輪で走る。
「おしっこ」
 和之は墓苑入り口のトイレにかけこんだ。すぐ出てきた。
「さて、行こう」
 国際墓苑日本地区Fの五。ここに墓がある。墓のすぐ前までシャトルで来れる。
 少し赤みを帯びた墓石だ。花を手向け線香に火を灯す。花はクローン培養の菊をメインに秋の草花が仏事用に束ねられている。いつもは造花だが、今回は少し贅沢した。線香は先端に赤いLEDが灯り、炭酸ガスの煙と人工香料の香りが出る。
 三人は墓に手をあわせた。墓石の下には、彼らの祖父母のDNAのデータが書き込まれたLSIが埋め込まれている。
「さ、行こう。今度は春のお彼岸ね」
 シャトルは第四支線から第三都市間チューブに戻る。高速チューブをシャトルは時速六〇〇キロで走る。チューブは透明だから外界が見える。近景はすごいスピードでうしろに流れていく。遠景には赤いメサが見える
 初めてここを通ったアメリカ人がニュー・モニュメントバレーと名づけた。彼らの故郷でシネマの舞台ともなったモニュメントバレーとよく似た風景の場所だ。
 高速チューブを二時間ほど走る。赤い砂漠に一カ所だけ緑の土地がある。港である。ちょうど船が到着したところだ。
 巨大な船体がゆっくりと地面に接触していく。
「あの船に乗るんだよ。あの船でお墓参りに行くんだ」
 三人はシャトルを降りた。港のゲートをくぐり、管理棟に入る。
 受付カウンターに立つ。
「古田ですが」
「古田義之さん」
「はい」
「ご家族三人ですね。お急ぎください。搭乗が始ります」

 青い惑星が見える。地球だ。いまは空っぽの星。人類全員、テラフォーミングが完成した火星に移住した。さらに地球上の全生命の移設が完了した。九月二三日、おりしも日本でいう彼岸の中日、用のなくなった地球は爆破される。
「和之、ごらん、あれがぼくたちみんなのご先祖のお墓だよ」
 丸い青い墓標がフッと消えた。               


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乾杯

「こんばんは」
 このバーに来るのも久しぶりだ。キープしてある山崎はまだ少しのこっているはずだ。
「ごぶさた。マスター」
 3ヶ月ほど海外に赴任していた。インドネシアの川に橋を架ける仕事だ。設計は日本国内で完了。図面を持って私が出張した。実際に工事する施行業者の選定。施行費用の算出と見積もり。建設資材の手配。人員の手配。工事が始り、工程表に則って工程を消化している。工事は軌道に乗った。私の仕事はそこまでだ。あとは現地の人間だけで橋を完成する。
 あの橋は私の最後の仕事となった。会社にこのプロジェクトの報告書を提出したら私は定年退職だ。あとはクニへ帰って長年の念願であった小説を書こうと思っている。
 先客が一人いる。私と同年配の男だ。ときどき、ここで会う。言葉は交わしたことはないが、目があえば会釈する。カウンターの端に座ってグラスを傾けている。目があった。目礼した。
「ストレートですか」
 マスターの鏑木が山崎のボトルを持って聞いた。あと少しだ。グラスに半分ほどだろう。
「うん。ストレート」
 鏑木が山崎をグラスに注ぐ。ボトルが空になった。
「お、空になったか。ちょうど良かった」
「どうしてですか」
 鏑木が少しさみしそうな顔をした。
「うん。オレ、定年なんだ。この街ともお別れ。クニへ帰るよ」
「おクニはどこでした」
「うん。播州赤穂なんだ」
「マスター」
 先客が鏑木を呼んだ。小さな声でなにかいった。鏑木はうなずいた。棚から山崎のボトルを出してグラスに注いだ。それを持ってきた。その山崎も空になった。
「あちらのお客さまからです」
「ん?」
 私が聞く前に先客から話しかけてきた。
「まことに失礼とは思いますが、私からの1杯受けてもらえませんでしょうか」
 目があえば会釈する程度の知り合いから、おごってもらう理由はない。
「あなたとは、そういうご縁はないはずですが。失礼ですが、どちらさまでした」
「ご不審をいだかせました。申しわけありません。実は私も定年退職なんです。そして私もクニの佐賀に帰ります」
「あなたもここを去るのですか」
「はい。この街に三年いました。私はこういう人間です。会社仕事関係以外友人知人は一人もできませんでした」
 そういえば、この男無口で無愛想とっつき悪そうな男である。
「あなただけが、この街でできた知人です。どうかこの街でできたただ一人の友人として、その1杯、飲んでください」
「判りました」
 そのグラスを飲んだ。
「マスター、鏑木さん。山崎を1本開けてくれないか」
「山崎12年があります」
「それをグラス三つに入れてくれ」
 鏑木は山崎12年を三つのグラスに注いだ。
「グラスを持ってください。マスターも」
「ではお別れです。新しい人生がより良きことを祈って」
 その晩は二人で山崎のボトルを1本空けた。そのボトルの代金は、二人のワリカンとした。
「楽しかった。この街の良い思いでができました」

 2ヶ月ぶりだ。もうこの街に来ることはないだろうと思っていたが、思わぬ用ができた。1泊してあすには赤穂に帰る。久しぶりの海神だ。
「こんばんは」
「こんばんは」
「もうオレのボトルはないんだな」
「はい」
「山崎。ストレート」
 テレビでニュースをやっている。インドネシアの川に橋が架かったニュースだ。かなりの難工事だったようだ。
 私はその橋の完成を祝しグラスを上げた。
「マスター、もう一杯」
 2杯目は佐賀にいる友人に乾杯した。
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まことに申しわけございません

 大惨事である。5両編成の列車は5両ともスクラップと化した。700人の乗務員と乗客は全員ひき肉。時速600キロで走行していた列車が脱線したのである。リニアモーターカーに脱線という言葉は適切であるかどうかはわからないが。
 博多行き超特急イダテン109が淀川鉄橋を越えたところで、とつぜん大きくジャンプ。JR在来線の塚本駅近くに落下。イダテン109に乗っていた700人と、落下地点にいた住民300人が死亡。死者1000人の大惨事となった。
 東海道のリニアモーターカーは成功した。日本で開発された新磁性体は、製造コストは従来の半分以下、磁性は3倍。半分の値段で3倍強い磁石ができるようになったのである。リニアモーターカーは浮上も推進も動力は磁石の反発力と引力。
 膨大な予算が必要なリニアモーターカーが格安で高性能なモノができるようになった。それまでJRの独占であったリニアモーターカーが、私鉄でも認可された。JRと並行して私鉄のリニアモーターカーが開業してしばらくたった。
「この磁性体に過電流が流れたのです」
 事故調査委員会技術主任が机の上に置いたのは、黒く焦げひしゃげた形の長方形の金属だ。
「これはレール側です。そして、こちらが列車側です。こちらも同じように黒く焦げてるでしょう」
 技術主任はもう1個ひしゃげた金属体を机の上に置いた。
「これにも大きな電流が流れたのです」
 リニアモーターカーはレールの上に並べられた磁性体と、列車の下腹に装着された磁性体が反発して浮上し、引っぱられて進む。その磁性体は同じ引力であるから列車はスムーズに進む。
「淀川鉄橋通過300メートル地点に、その磁性体があったのだな」
「はい、調べたら、こいつだけ他のモノより電導効率が高いことが判りました」
「と、どうなる」
「リニアモーターカーは並べられた磁性体によって動いています。そんなかに1個だけ磁力が違う磁性体があったのです」
「だから、どうだというんだ」
「とつぜん反発力が大きくなるのです。列車ははね飛ばされます」
「開業以来あそこは多くの列車が通ってるんだぞ」
「レール側だけなら列車が揺れる程度ですが、列車側の磁性体も異常だったのです。異常が二つ重なったのが事故原因です」

「淀川鉄橋を渡ったあたりで列車が揺れるという報告が、2週間前からありました」
「なぜそれを報告せん」
「本格的に調べようとすれば、最低3日は列車の運行を止めなければなりません。いいんですか」
「うう」
「資材倉庫の磁性体在庫を調べました」
「なにか判ったか」
「はい、わが社で使っている磁性体は、レール用がHDKのTW50S、移動体用が同じHDK製のNS03Hです。ところが事故現場から回収した実物をごらんください」
「焦げててよくわからんが菱形のマークが見えるな」
「はい、それは四菱のDW100とLB26Vです。うちで使っている磁性体はHDK製だけのはずです。四菱は主にJRに納入しています」
「なぜ四菱製の磁性体がうちのレールと列車に使われていたのだ」
「四菱の営業が売り込みに来たとき、サンプルにとDW100とLB26Vを置いて行ったのです。その実物を倉庫の在庫管理担当者が、TW50SとNS03Hの棚にポイと置いたのです。その担当者に聞くと、持ち帰り、子供の夏休みの自由研究用にするつもりだったのが、退社まぎわに飲みに誘われ忘れてしまったそうです」
「それがなぜあそこのレールとあの列車につけられたのだ」
「当該事故現場のレールのメンテナンス工事は2週間前に終わりました。その時、1個だけTW50SをつけるべきがDW100をつけてしまったのです」
「列車は」
「イダテン109のNS03Hが1個不具合が発見されたのが出発30分前の最終点検の時です。きゅうきょ良品と交換して出発しました」
「その良品というのがLB26Vだったのだな」
「なぜ確認しなかったのだ」
「列車の出発時間がせまっていて、いそいで交換する必要があったのです。現場の係員は手渡された磁性体をただちに列車に装着したのです。列車の遅れは許されませんからね」

「と、いうわけが事故原因でございました。まことに申し訳ございません。このような事後を2度と起こさぬよう、再発防止に全社をあげて取り組む所存でございます」
 社長は10回頭を下げた。1回100人分である。11回目はさらに深く頭を下げた。イダテン109には時の首相が乗っていたのである。
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二人だけになったね

 今夜はめずらしいことに、にぎやかであった。六人も客が来た。海神ではめったにないことだ。
 その六人、みんな鏑木の後輩である。市立S高校の元生徒たちが、三十年ぶりに集まった。
「へー、マスター、先輩だったんだ」
 並木がいった。水泳部で県の記録を持っていた。ひょっとするとS高始って以来のオリンピック選手かといわれたが、大学に進学してから並みの選手になった。
「お、こんな時間か」
 並木が席を立って出て行った。五人残った。
「ねえ、知ってる知子。並木くん、あんたが好きだったのよ」
「ふうん」
 青木知子は、少し顔を上げただけだった。
「お、こんな時間か。あたし帰る」
 橋田友枝が席をたった。 
「もうちょっといいじゃない。友枝」
 山口悦子が橋田の服のスソをつまんだ。
「ダンナにしかられるわ」
 橋田友枝が出て行った。
「まだ9時じゃないの。友枝のダンナ嫉妬深いんだ」
 山口がグラスを開けた。
「マスター水割りおかわり」
「そういうあんたはいいの。おそくなっても」
「いいのよ。どうせあいつも酔っぱらってるんだから」
 携帯電話が鳴った。
「あ、あたしだ。あいつからだ」
 山口がハンドバックからスマホを取り出した。
「わかったわ」
「あたし、帰る。あいつめずらしく酔ってない」
 山口が席を立った。
「木下くん。あたしの水割り飲んどいて」
「ぼくも帰るよ」
「ええ、木下、もう帰るのか。もうちょっとええやんか」
 高木義洋がいった。
「オレ、お邪魔虫なんだよ」
 木下が立ち上がりながらいった。
「え、お邪魔虫」
 高木が首を傾けながらいった。
「高木くん。知子と二人だけになったのよ。何年ぶりかな」
 そういうと、山口悦子が手をふって海神を出て行った。
「待てよ。山口、俺も駅に行くからいっしょに行こう」
 木下も出た。海神には青木知子と高木義洋の二人が残った。
「あの二人、なんかあやしいな」
「あら、知らなかったの。あの二人できてるのよ。山口、離婚するのよ」
「へー。マスター、おかわり。こんどはロックで」
「高木くん、なに飲んでるの」
「ダルモアの12年」
「どこのお酒」
「ちょっと上等のスコッチ」
「わたしもそれちょうだい」
 二人はダルモアのグラスをあわせた。10時を回っていた。
「高木くん、こんなに遅くまでいいの。奥さんは」
「オレ、独身」
 高木はひといきにグラスを開けた。そこそこ酔っている。
「青木さんこそ、ダンナにしかられないか」
「あら。あたしも独身よ」
 二人の間に甘酸っぱい香りが流れた。
「マスター、鏑木さん、ダルモア、おかわり」
 二人は充分に酔った。

星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞ、ご覧になってください。


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盆力発電

午後の四時になった。
「ようし。巻き上げやめい」
 班長が手を上げて叫んだ。六人の巻員が作業を終えた。
「ようし。全員、巻棒から二メートル以上離れろ」
 四番巻き棒担当の若い小林が、棒に手を置いてボーとしている。彼は新入社員で巻き上げ作業は今日が始めてだ。
「小林くん、棒から二メートル以上離れろ」
 六人全員が巻棒から離れた。安全が確認された。
「五号巻き場準備良し」班長がインカムで報告した。
「了解」六つある巻き場全部の準備が完了したということだ。
巻き揚げ器の中心軸には大きな鉄の盆が装着されている。直径五メートル重量二十トンの鉄の盆が回る。その盆のすぐ下からワイヤーが伸びていて、そのワイヤーが軸に巻き取られていて、それがほどけて引っ張られている。
 明石第二盆力発電所。鉄の盆を回して発電する。この明石第二盆発には十七基の発電機が設置されている。発電機の同軸には直径十五メートル重量五百トンの巨大な鉄の盆が固定されていて、その下には強力なぜんまいがあって、それが巻きもどり動力となり発電機を回している。
 発電機の軸からは六本のワイヤーが伸びていて、それぞれ六つの巻き揚げ器につながっていて、その巻き揚げ器を六人の男がまわしている。その六本のワイヤーが発電機の軸を回してぜんまいを巻く。
明石第二盆発は六一二人の人力で発電しているのだ。

「小林は今日も休みか」
 近畿電力明石第二盆力発電所。第一五番発電機五号巻き場には六人の巻き員がいる。その六人で午前九時から、昼休みを入れて、午後四時まで巻き揚げ器を巻く。四時に巻き揚げをストップ。発電機のぜんまいはいっぱいに巻き締められている。午後四時から翌朝の午前四時までぜんまいの動力で発電する。明石第二盆発は夜間に発電する。明石第一盆発は第二とは逆で夜間にぜんまいを巻いて昼に発電する。近畿電力はこうして近畿圏全域の電力供給を担っているのだ。
「応援を要請するか」
 小林の欠勤はこれで四日目だ。六本の巻棒を五人で巻いていた。五人の疲労はもう限界だ。応援の巻員が来なければ、この五号巻き場を休止させなければならない。こうなると第十五番発電機の発電停止ということになる。五つの巻き場だけで発電機のぜんまいを巻くことは不可能だ。第二盆発の発電量がノルマに達せなくなる。
「ご安全に。こちら五号巻き場の高村です。欠員一名。応援要員の派遣を願います」
「第一五番発電課長の保川だ。応援要請を了解した。善処する。ご安全に」
「十五番発電機の保川です。所長、現場から応援要請です。一名です」
「ううむ。これから電力不足の季節だ。発電機は一台も止められん。かといってウチの発電所に人員の余裕はない。第一のこの前の借りを返してもらうか」
「第二の浜山です。所長の水野さんをお願いします」
「はい水野です。あ、浜山さん、それはお困りですね。判りました。ほかならぬ浜山さんの頼みだ。なんとかしましょう」
「あ、社長、明石第一の水野です。一名人員の都合をお願いします。あの件、女房にはいいますから」
「ううむ。困ったな。水野の女房のオヤジは経産省の事務次官だ。舞鶴第四の建設の件で便宜を計ってもらわにゃならん」
「はい。関東電力社長室です。は、あ、近畿電力の金山社長。はい判りました。土本につなぎます」
「社長。近電の金山社長からお電話です」
「近電の金山。なにか頼み事だな。ヤツからは去年の夏電気を融通してもらっているいし」
「はい。土本です。ううん。困ったな。判った。なんとかします」
「はい。関東電力の土本です。知事お願いします。小林知事です」

「これ。良一。お父さんから電話ですよ。なんでもあなたが会社に行かないとエライことになるんですって」

「おお。小林君。よく来た。早速、四番巻き棒についてくれ」
「さあ、巻き揚げ開始」
                  
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おいしいシェフ

「ここだよ」
「へー、なかなかおしゃれなレストランじゃない」
「うん。ここは基本はフレンチなんだけど、リクエストすれば和食、中華、イタリアン、エスニック、たいていの料理は出してくれるんだ」
 若い男女が、その店の前に立った。男が女をエスコートして店に入る。
「お二人ですか」
「うん、席を予約しておいた牧野だけど」
 ウェイターが二人を窓際の席に案内する。私鉄に駅から少し離れた住宅地。いわゆる「隠れ家」的な店である。グルメガイドのたぐいにはあまり載らないが、知る人ぞ知る店だ。その美味しさは口コミで広がっている。
「ぼくの大学院の研究室の先輩が、見つけたんだ。この店。肉料理がおいしいんだ。ぼくも3度目なんだ」
「あら、わたしは3人目なの」
「最初は先輩、次が会社の上司、2回とも男だよ。ぼくがごちそうになったんだ。この店、1日1組の客しかとらないんだ」
 コックコートを着た料理長が席に来た。
「いらっしゃいませ。牧野さま」
「あれ、シェフが替わったの」
「はい、土井シェフはいまはこの店にはおりません。私がいまのシェフの野崎でございます。今日の献立はいかように」
「シェフにおまかせで」
「あ、わたしも」
「はい。あとでソムリエをよこします」
 野崎シェフは厨房の方にいった。小太りの肉付きのいい男である。
「ソムリエの若林です」
「ぼくたち、シェフにおまかせを頼んだんだ。それにあわせてワインもおまかせで」
「はい」
「だいじょうなの」
「なにが」
「お金」
「きょうは由貴のお誕生日祝いなんだ。それに予算は席を予約するときいってある。シェフもソムリエも予算を知っているからだいじょうだよ。それにな」
「なあに」
「きょうは大事な話があるんだ」
 由貴はそれがどんな話か判っている。もちろんOKするつもり。そうなったら、こんな贅沢はたびたびできない。きょうぐらいいいかなと思った。
「ぼくの知ってるだけで、さっきのシェフで3人目なんだ」
「そんなにシェフが替わるお店、味はだいじょうぶなの」
「だいじょうぶさ。ここのシェフはおいしいんだ。さっきの野崎シェフもきっとおいしいよ」
 出された肉料理はぜんぶが絶品であった。ヒレ肉を使ったサラダはさっぱり。もも肉のステーキは香ばしく、和風の醬油味のソースがよくあっていた。
「おいしかったわ。でも、この肉、なんの肉かしら」
「そうだな。聞こうか」
 ウェイターがコーヒーを運んできた。
「シェフ呼んでくれない」
「申し訳ございません。野崎は急用で店を離れました」

「うん。こんどの野崎はけっこううまかったな」
「はい。私の友人でひどい糖尿の男がいます。料理はできませんが」
「うん、次はそいつがシェフだ。糖尿の男の肉は甘くてうまいかもしれん」

 この店のシェフはおいしいので評判だ。シェフが調理する料理がおいしいのではない。シェフそのものがおいしいのである。
  
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せがれと酒を飲む

「なあ、マスター、若い女の子が好む酒はどんなんかな」
 白州のロックを傾けながら林田が鏑木に聞いた。
「さあ。若い女性といってもいろいろおられますから」
「オレの娘なんだ」
「理沙さんは、バーボンがお好きですよ」
「なぜ知ってる」
「ときどき来られますよ」
 林田はチッといって白州をあけた。一瞬、何かを考えているようなそぶりを見せた。
「おかわり」
「はい。もう、このボトルからです」
「そうか。あいつめ。女だてらにバーボンなんか飲むんか」
「女性でもバーボンが好きな人はいますよ」
「白州はからか。じゃ、次は理沙が好きなバーボンをくれ」
 鏑木は棚からワイルドターキーの8年を出した。
「なあマスター。男親というモノは息子が生まれたら、こいつが二十歳になったら、酒を酌み交わそうと楽しみにするもんだ。ところがウチはあいにく女の子でな」
「お孫さんが二十歳になるのを楽しみにすればいいじゃないですか」
「あいつは独身だ。結婚しても子供をつくるかどうかわからん。それに、オレ、そんなに長生きできるかな」
 カラン。海神の入り口のカウベルが鳴った。
「女の子で悪かったわね。おとうさん。二十歳をだいぶん過ぎたけど、おとうさんの夢を叶えてあげる」
 理沙は林田の隣に座った。
「マスター、2杯ね」
 鏑木がワイルドターキーの入ったロックグラスを2杯置いた。
「さ、おとうさん、かんぱい」
 とつぜん娘の理沙が隣に座ったから、林田は妙にたじろいだ。
「なにしてるの。グラスを持って。おとうさん。息子じゃないけど、子供とお酒を飲むのよ」
「あ、ああ」
 林田はグラスを持った。
「じゃ、かんぱい」
 父親と娘はグラスを合わせてバーボンを飲んだ。理沙はグラスを手に持ったまま席を1つ移動した。林田と理沙の間に空席ができた。
「息子とのお酒も実現させてあげる。義理の息子だけど」
 男が海神に入ってきた。理沙の仕事仲間だ。林田は1度会った事がある。好感が持てる青年だと思っていた。林田と理沙のあいだに座った。
「きみは、たしか」
「孫ともかんぱいできるかもしれないわ」
「え、どういうことだ」
「結婚するの。マスター、グラスもう1つお願い」
「すみません。おとうさん」
 青年が首をすくめながらいった。
「なにをあやまる。ともかく、かんぱいだ」
 高校も大学も仕事もなんでも1人で決めてくる娘だ。結婚まで事後承諾だ。あまりのことに林田は娘の勢いにのまれてしまった。
「あんまり飲むな。お腹の子にさわるぞ」
 それだけいうのがせいいっぱいであった。 
 
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釣られた

「それでは二週間後に納品させていただきます」
 基盤用ディップスイッチ三百個の注文である。このK電子工業は、私が電子部品の営業を始めた当初からのお得意だ。そんなに大きな会社ではないが、確実に月に八十万以上の売り上げを私にもたらしてくれる。
 この会社から車で十分も走ればT電機。配電盤を造っている会社だ。ここには主にリレー、端子盤、コネクタを納品している。世界的なコネクタメーカーのH電機のコネクタを最も多く購入してくれるのがT電機である。
 このT電機の道の向かい側がI精機。計測機器のメーカーでダイオードやトランジスタ、ICなど半導体を買ってもらっている。
 JRの快速停車駅の駅前商店街を北の方に抜ける。そこは、ところどころに畑があり、いくつかの工場が点在している。大きな工場はない。いわゆる工業団地といっていい。行政が主導して、この地域に工場を集めたわけではない。自然発生的にできた工業団地である。
 電子部品専門商社に途中入社して五年。それ以前はデパートの外商にいた。紳士服を三年間売っていた。デパートの前は食品会社の営業。とろろ昆布、塩昆布など昆布食品を関西いちえんのスーパーへ納品していた。
 私は営業職以外は知らない。モノを売る仕事をずっとやってきた。その経験で得た営業の極意がある。
「お得意は近くでまとめろ」
 移動時間ほどムダな時間はない。一軒で営業して、移動に一時間。また一軒。この移動の時間は何も生み出さない。もっと効率の良い営業活動ができないか。常に考えていた。
 今の会社に入って、この工業団地を見つけた。最初は飛び込みでK電子工業に売り込みをかけ小口の注文を取った。その後だんだんとK電子工業の売り上げを育てて、この工業団地の会社を順々に開拓していった。
ここでの売り上げが、私の取扱いの九五パーセントを占める。
 ディップスイッチ三〇〇個。基盤用の小型スイッチである。一〇〇個入りの箱が三つ。両手でかかえて持てる。それを持ってK電子工業の事務所に入る。
「まいど。関西電商です」
「はい」
 事務所で入り口に一番近いところの女子社員が返事をしてくれた。
「川添さん、お願いします」
 購買担当者を呼ぶ。
「少しお待ちください」
 女子社員が席を立って奥へ行った。川添がいる資材部は、この建屋の奥、倉庫に隣接するところにある。外部の者は資材部には入れない。資材部の持つ数字は企業秘密だ。部品部材の仕入れ単価は外部に漏れてはいけない。
 おかしい。いつもは、すぐ応接室に呼ばれるのだが。なかなか呼ばれない。
 女子社員が戻ってきた。
「川添は来客中です。お待ちください」
 しばらく待つ。奥から知らない男が出てきた。この会社の社員ではない。初めて見る顔だ。そのすぐ後ろから川添が来た。
「それじゃ。川添さん、よろしくお願いします」
 知らない男が川添に手を振った。
「失礼」私の横を通って出て行った。
「お待たせしました」
 川添が応接室に招き入れてくれた。ディップスイッチを納品書といっしょに渡す。受領書にサインをもらう。
「こないだ見積もり出してもらったICソケットですが、今回はちょっと単価があいませんでした」
「え、すると、あれより安い見積もりを出した所があるんですね。信じられません」
「まあ、そうです。また今度なんかで埋め合わせしますから」 
 そういうと川添はそそくさと自分のデスクに戻っていった。次に行ったT電機でも同じようなことがあった。また、あの男とすれ違い、注文をよそに取られている。あいつだ、あいつが私のお得意を侵食している。
あいつとI精機の駐車場でばたったりハチ会わせした。こっちから先に仁義をきってやろう。
「すこしお話しませんか」

「まいど。近畿電子です。川添さんお願いします」
 釣られてしまった。「あいつ」今の私の上司。近畿電子商会の購買課長だ。この工業団地に目をつけていた近畿電子商会に私は、お得意ごと釣られたというわけだ。

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ゴミ分別師

「いいですか。このびんは確かにプラスチック製ですが、ここを見てください。『PETマーク』がついているでしょう。ですからこれは『缶・びん・ペットボトル』に分類されるんです」
「あ、パソコンはだめです。市では回収しません」
「この扇風機は燃えないゴミではありません。大型ゴミです。45リットルのゴミ袋に入らないでしょう」
「その扇風機はOKです。袋に入ってますね」
「あのう、首を引っ込めただけなんですが」
「袋に入ればいいんです」
 日曜日の午前10時。月に一度のゴミ分別講習会である。マンションの集会所に住民が集められて、ゴミ分別師の講習を聞く。
 やく1時間の講習が終わった。
「並んでください。今月のページを開けておいてくださいね」
 このマンションの各家庭の代表者が手帳を持って並ぶ。
「はい全員おられますね。手帳にハンコがないお宅は来月までゴミを出せませんよ」
「2018年5月度。ゴミ分別講習受講」
 ここに講習を終えたゴミ分別師のハンコをもらう。この手帳をコンビニやスーパーなどに持って行って提示すればシールをくれる。そのシールを貼らないとゴミの回収はしてくれない。不法投棄すれば300万円以上の罰金もしくは懲役5年だ。

「あなた。困ったわ」
「どうした」
「私、勤務のシフトが変わったの。第一日曜が仕事になったわ」
「それがなんで困る」
「このマンションのゴミ分別講習会は毎月第一日曜なの」
「そんなもんに出なくちゃならんのか」
「あなたは出たことないから知らないでしょう。あれに出てハンコもらわないとゴミ出しができないのよ」
「ううむ。そりゃ困るな」
「あなた出てくださらない」
「だめだよ。オレの休みは水木なんだ」
「土日か日月に変えられないの」
「そんなことできん」
「困ったわね」
「ゴミ分別師のハンコが手帳にあればいいんだな」
「はい」
「だったらお前、ゴミ分別師の資格をとれよ」

「はい。確かに受講料半年分50万円受領しました。これが領収書です。では来週の木曜日から講座が始まります」
 市立文化会館第4会議室。講座が始った。第一日目は「都市廃棄物処理学概論」講師はこの市の外郭団体「ゴミ適正処理推進協議会」の理事長。
「ちょっと、あの人、アレじゃない」
 講座で仲良くなった、隣の席の高瀬さんが小声でいった。数ヶ月前、市の幹部職員であったが、女性職員にセクハラを働き、市民の糾弾を受けて辞職したF氏である。 
「そうね。こんなとこに天下りしてたんですね」
 あとで判ったことだが、ゴミの分別を厳格にして、ゴミ分別師なる資格をつくり「ゴミ適正処理推進協議会」なる団体でゴミ処理にまつわる利権を創出したのは、すべて市や県の環境関係の職員の天下りの受け皿とするためである。

 半年後。朝の8時30分から始まり、昼食休みを挟んで午後5時まで。長い1日が終わった。午前中は学科テスト。物理、化学、生物といった自然科学系から社会学、経済学、工学、法律などなど多岐にわたるジャンルの問題が出される。ゴミ問題に関する小論文まで書かされる。
 午後は実技。ゴミ収集車に実際に乗って、埋立地に散乱してあるゴミを収集して、的確に分類しなければならない。
 実技試験場の埋立地から文化会館に戻ってきたのが午後の5時。会館を出たところで高瀬さんに声をかけられた。
「お時間がありましたら、ちょっと夕食、ごいっしょしない」
 今夜は夫は出張で不在。コンビニで弁当でも買って夕食にしようと考えていた。つきあうことにした。
「乾杯」
 焼き鳥屋。会社の人とは来た事があるが、女同士でこんな店に来たのは初めて。軽くビールでもという高瀬さんに賛成した。テーブルの上には、焼き鳥の盛り合わせが塩とタレ二皿。冷奴、出し巻きが並んでいる。
「ねえ、高瀬さん自信ある?わたしはダメだわ」
「ここだけの話だけど、20万ほど3日以内に用意できる」
「は?」
「今日の試験の結果、1週間後でしょ」
「はい」
「明日から採点にはいるわけだけど。20万出せば合格よ」
「どういうことですか」
 高瀬さんはつくねの串をほうばりながらいった。
「あたしの主人は市の総務課なの。主人の元上司って人がゴミ協に天下ってるの。ゴミ分別師の資格、相場は30万だけど、あなたは特別、20万で話をつけてあげるわ」

 あの時の焼き鳥屋の支払いはワリカンであった。ゴミ分別講習会でいつもいっしょだった、隣の奥さんと駅前のスーパーであった。
「奥さん、講習会、出てます?」
「あら、わたし、ゴミ分別師の資格を取ったのよ」
「わたしも」
「あの試験をよく合格しましたね」
「ここだけの話だけど、友だちのご主人がね」
 高瀬さんが隣の奥さんにも賄賂をもちかけていたことが判った。話を聞いてみると15万だった。最初は20万だったが、すぐ出せないというと15万に負けてもったとのこと。
 
 今月はこれで4人目。1人5万。20万のへそくりができる。お、携帯の着信だ。高瀬さんだ。
「OKですね。ではいっておきます」
 隣の奥さんの妹さんがゴミ分別師の資格を取りたいそうだ。25万でゴミ協に話を通じてあげるといって了承をもらってある。高瀬さんには20万渡す。5万は私の収入だ。ゴミの分別はしっかりしようね。あ、私もゴミか。
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ワンコイン・クリニック

「どうしたの。ねぼうして」
「うん。なんかゾクゾクする。きょうは会社休む」
「お医者さんに行ったら」
「うん。引っ越して来たばかりでよく判らん。近くに病院あるか」
「駅前のスーパーの隣に病院があるわ」
「そこの評判聞いてるか」
「わたしも、まだご近所さんとあまりつき合いがないから、よく判んないけど、こじんまりした病院よ」
「ふうん。ふつうの開業医はないのかな。病院だったら待たされるだろ」
「開業医?知らないわ。こんど、お隣さんにでも聞いておくわ」
「しかたない。その病院に行こう」
 小さな病院だ。看板を見ると診療科目が書いてない。なんの病院だろう。不安になってくる。建屋は平屋建てだ。入院の設備もないように見える。
「サス・クリニック」という病院名のロゴの下に「ワンコイン・クリニック」とある。
 ドアを手で押して開けて入る。今どき自動ドアでないなんて。故障してるのかなと思ったが、そうではないようだ。中に入る。狭い。病院の待合室のようには見えない。粗末なパイプ椅子が三つ並んでいるだけ。先客は初老のおじさんが1人。温厚そうな人なので話しかける。
「あのう。私、先週この街に引っ越して来たばかりなんで、この病院初めてなんですが、ここはよく来られるんですか」
「わたしは病院の常連に見えるほど病弱にみえますかな。それにここは病院ではありません。20床以上の入院設備がないと病院とはいわないと医療法に定められています。ここに入院はできません」
 どうも理屈っぽい人のようだ。話しかけるのは判断ミスだった。
「あ、どうも失礼しました」
「いいえ。あなた整理券を取りましたか」
「いいえ」
「整理券を取らないといつまでたっても呼ばれませんよ」
 入り口の横に小さな箱が置いてある。そこに名刺ほどの厚紙があり数字が書いてある。「3」だ。「3」を取る。
 ガタ。奥のドアが開いて中年の女性が出てきた。その箱に手に持った番号札を入れている。
 尿意をもよおしてきた。
「すみません。トイレはどこですか」
 おじさんに聞く。
「ここにトイレなんかありません。駅の横の公衆便所に行きなさい。おっと行かなくちゃ」
 女性が出てきたドアの上に「2」の紙切れが張ってある。そのうえに手書きのきたない字で、「この番号の人どうぞ」とある。
 銀行なんかにある整理券を発行する機械はないらしい。待合の椅子は三つ。整理券は女性が「1」おじさんが「2」私が「3」どうもこのクリニックは3人しか患者を待たせないのだろうか。
 おしっこはがまんする。おじさんはすぐ出てきた。おそろしく患者の回転が速い。
 カタン。ドアの上の紙切れがはってある所が回転した。「3」になった。私の番号だ。しかし、このクリニックには受付はいないのだろうか。看護師もいないようだ。二人の患者以外だれも見てない。
 ドアを開けて診察室と思われる部屋に入る。不精ヒゲの男がいる。Tシャツにジーンズだ。白衣は着てないがこの人が医者だろうか。
 男は座っているが患者が座る椅子はない。
「あのう。座りたいのですが」
「すぐすむから立っててください」
 そういうと男はやにはに私の額に手を当てた。
「BT38度。あーん」
「うむ。ノドの奥に軽い炎症」
「はい風邪。そこに500円置いて帰ってください」
「あの診察はこれだけですか」
「そう。ウチは風邪専門です。あなたは風邪」
「薬は?薬局に持ってくカルテは」
「そんなもんは出しません。あなたは風邪です。どこかで風邪薬買ってください。はい。次の患者さんが待ってます。500円置いて出てください」
 そういうと男は壁にある木の棒を押した。そこからひもが部屋の外に出ている。これで番号が替わったのだろう。500円玉を1個ころんと置いて部屋を出た。

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さようなら。おとうさん

 ドアが開いた。桜の花びらが1枚、風とともに店内に舞いこんだ。男が入ってきた。老人だ。
「こんばんは。マスター」
「いらっしゃい。長塚さん」
「お、桜の花びらが。こんな商店街の中なのに、どこに桜の木があるのかな」
 長塚が花びらを拾って手のひらにのせた。カウンターに座る。先客が1人いる。先客は若い男だ。
「また、この季節が巡ってきたな」
「はい。あれから3年です」
 マスターの鏑木が棚からボトルを出した。白いラベルに木の葉のイラストのラベルだ。
イチローズモルトだ。あいつが初めて飲んだウィスキーだ。あいつが大好きだった」
「ぼくもこのウィスキー好きです」
「ストレートですね。お二人とも」
 鏑木がイチローズモルトのキャップを開けた。二つのティスティンググラスに注ぐ。
「どうぞ」
 チェイサーの水とともに二人の前にグラスを置く。淡い琥珀色が輝いている。鏑木が手に持っているイチローズモルトのボトルが空になった。そのボトルには「智美」と書かれたタグが下げてある。
「乾杯」
 二人はグラスを軽く鳴らす。
「博之くん」
「はい」
「会うのは、これで終わりにしよう」
 博之は長塚から視線をそらし、しばらく下を向いていた。
「はい」
 博之の瞳は潤んでいる。
「さ、飲もう。智美の酒を」

「おとうさん。ここです」
「ここか。君が智美とよく行ったバーは」
「はい」
「それから、私は君のおとうさんではない。君のおとうさんになりそこなった男だ」
「長塚さん。いや、長塚部長」
「君の部長でもない。もうずいぶん前に退職した。今はただの隠居だ」
「いや。長塚さんは私の生産管理の師匠です。ぼくに生産管理の仕事を教えてくれたのは部長です」
「で、なんだ」
「はい。谷口精工、ご存知ですね」
「よく知ってるよ」
「あそこの社長が会社を閉めたいといって来ました。なんでも大病を患っていて、会社に資産があるうちに、従業員に給料と退職金を支給し、取引先に支払いを済ませて、各方面に迷惑をかけないうちに会社を解散したいそうです」
「あの社長は高齢の上に子供がいない。会社は自分の代で終わりだといってたな」
「困りました。ITVの筐体の製作ではあそこが一番なんですが」
「うううむ。君が継げ。あそこの社長はどうも君にほれ込んでいるぞ」

 博之と長塚は、その後もここバー海神で何度かあうようになった。幼いころ父を亡くした博之は、仕事のこと、人生のことなんでも年長の長塚に相談した。息子がいない長塚も博之を自分の息子のように思っているのか、親身に博之の相談に乗っていた。
 二人が海神で飲む酒は必ずイチローズモルトだ。タグの名前はなぜか「智美」だった。

「おいしい。智美さんのようですね。やさしくって、早春の野をわたるそよ風のような人でした」
「きみも谷口精工の社長になるんだろ。君に教えることはもう何もない。智美は3年前に逝ってしまった。君も新しい人生を歩め」
「はい。最後におとうさんと呼ばせてください」
「断る。もう一人のお義父さんを見つけろ」
 二人はグラスを空けた。
「じゃあな。オレはもう、君の部長でも師匠でもない。もちろんお義父さんでもない」
 長塚は立ち上がって、博之の肩をポンとたたいた。
「たっしゃでな」
 店から出る長塚の背中に博之はふかぶかと頭を下げた。座りなおして鏑木にいった。
「マスター。ぼくはしばらくここで飲んでいたい」
「なににします。イチローズモルトですか」
「いや。バーボンがいいな。バッファロートレース
 新たなボトルキープをしない海神にプレミアム・バーボンのバッファロートレースのボトルキープが1本入った。名前のタグには「谷口博之」と書いてある。
 

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まぶたの星

「好きにさせてあげてください」
 診察を終えた先生は、悲しそうな表情でいった。
「あと、どれぐらいですか」
「長くて半年」
 覚悟はしていたが、さすがにショックだ。あれほど元気だった父が、わずか三ヶ月で、これほど深刻な病状になるのだろうか。
 最近は、一日のほとんどをベッドですごしている。
「おおい」
 父が呼んでいる。
「それでは先生、ありがとうございました」
「お父上の望むことは、できるだけ叶えてあげればいいと思いますよ」
「なんですか、お父さん」
「星が見たい」
「え?」
「星が見たいんじゃ」
「ほしって、あの空の星ですか」
「そうじゃ」
 考えこんでしまう。何かが食べたいとか、何かが欲しいというのなら、なんとしてでも手に入れてやるんだが、「星が見たい」こればかりは無理だ。星ではなく、虹が見たいとか、雲が見たい、というのであれば、お金を使えば可能だ。ところが星となると、ここでは不可能だ。ここにはそういう設定が成されていない。
「兄さん。茂子さんから聞いたけど、お父さん、そんなに悪いのか」
 弟がビールを注いでくれながらいった。
「職業病じゃないの。療養費は軍から出るんでしょ」
 妹は、なにかと金勘定を心配する。
「うん。先週、主計局に行って来た。退役軍人福利厚生課の大尉に聞いたら、全額、軍から出るそうだ」
「ふーん。それなら安心ね」
「その大尉、オヤジの後輩なんだ。ちかぢか、見舞いに来るといっていた」
 玄関のチャイムが鳴った。来客だ。ドアを開けると制服を着た軍人が立っていた。先日の大尉だ。
「こんなかっこうで失礼します。私服に着替
える時間がありませんでした」 
 大尉を父の部屋に連れていく。
「中佐、失礼します。お体をこわされたと聞きました。いかがですか」
「ワシは中佐ではない。元中佐だ。自分の身体のことは判っておる。ワシはもう長くない」
「そんなことはありませんよ。お元気そうじゃないですか」
「気休めはいい。ワシはもう船には乗れん。せめて星が見たいんじゃ」
 父の部屋を出た大尉は、茶菓子を丁重に断り、玄関に行き靴をはきながらいった。
「軍務の合間に抜け出してきました。早々に失礼します」
「あのう、父は『星が見たい』といってますが」
「なんとか叶えてあげたいと思います。中佐は輸送船のパイロットとしては超一流でした。先のベルガ戦役では中佐が指揮する輸送船キタマエは、護衛艦なしでたった一隻で十五光年を八連続ワープで航行。孤立したベルガ守備隊千五百名の命を救ったのです」

 惑星アタゴは夜のない星である。三つの太陽を持つアタゴの表面には、常に太陽の光が当たる。地球からの移民が暮らすこの星の空一面には青い幕が張られていて、いつも青空である。少なくない金を払えば虹や雲を空に映写できるが、星の映写はできない。
 長年の宇宙船乗りの職業病というべき宇宙線障害におかされた父の最後の願いは星をみること。現役時代は星の海を駆け巡った父は、生涯の最後に、現役時代の想い出にひたりたいようだ。

 父をキャスター付のベッドに寝かせた。ガラガラと押して庭まで出る。庭では大尉が待っている。
「さあ。お父さん。星空ですよ」
 大尉がパチと指を鳴らすと、空がかき曇り真っ黒になった。次の瞬間、満点の星が輝いた。父の目に涙が浮かんだ。
「大尉。どうしたんですか」
「隣のラグン星系にダイソン環が設置してある惑星があります。ダイソン環の素材は極薄のカーボンファイバーです。それをもらってきて、上空を覆って、穴を開けたのです」
「あの穴は、この星の昼がもれているのですね」
 父は満足した表情を見せた。閉じたまぶたの裏にも星が映っているのだろう。
 大尉が静かに敬礼した。父は、いった。星の海へ。
 

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くっしゃみ金メダル

「ヘ、ヘークション」
「これ。サキ。女の子でしょ。もっとおしとかに、くっしゃみしなさい」
「おーい。オレのネクタイ知らんか」
「あなた。そこにおいたじゃない」
「あ、あった。サキのくっしゃみで、こんなとこまで飛んでた。すごい、くっしゃみやな」
 
天満天神繁昌亭。この月の昼席は女性噺家月間である。いつになく客の入りが良い。柊五月が出演して「くっしゃみ講釈」をやる。これはなんとしても「体験」したいという人で千客万来である。
柊五月。人間国宝柊麦秋の孫弟子。師匠柊吉秋は上方落語のホープといわれて麦秋の名跡を継いで4代目柊麦秋となることが決まっていたが、惜しいことに胃癌のため早世した。吉秋の3番弟子の柊五月は上方の若手人気女性噺家である。その五月の十八番は「くっしゃみ講釈」上方落語ファンの中には、五月の「くっしゃみ講釈」は6代目笑福亭松鶴の「らくだ」か大師匠麦秋の「百年目」に匹敵するという人もいるぐらい。 
「持ち口、持ち口を間配(まくば)ったりしが、今や遅しと相待ったるところ、
関東方の同勢五万三千余騎、辰の一点より城中めがけて押し寄せたりしが、
なかにも、先手(さきて)の大将……」
 柊五月の「くっしゃみ講釈」も佳境に入った。「みなさま溶接面をおつけください」極めて異例のことだが落語の途中で場内アナウンスが流れた。客は全員溶接用の面で顔をおおった。五月が「くっしゃみ講釈」をやる時は入り口で客に溶接用の面が配られる。
 くるぞ。くるぞ。
「ヘ、ヘークション」
 繁昌亭の建屋全館がゆれた。客席は五月の発する風速30メートルの強風が吹きぬけた。風圧でメガネが破損。顔を負傷した客がいた。それから客に溶接面を持たすようになった。
「辰の一点より城中めがけて押し寄せたりしが、なかにも……、先手の大将
その日の出で立ちいかにと見てやれば、黒皮縅(おどし)の大鎧(おぉよろい)、
白檀磨きの籠手(こて)臑当て(すねあて)、鹿(か)の角前立て打ったる五枚錣
(しころ)の兜をいただき……、ヘェ~、ヘェ~クシンッ!」
 窓ガラスがビリビリとゆれた。客は椅子ごとゆらされる。すさまじい風圧と振動。ピン。椅子を床に固定していたビスが外れて飛んだ。もう、ここは寄席ではない。デズニーランドかUSJのアトラクションの場となったのである。

 202X年XXオリンピック。女子スニーズ決勝。先に競技するのは、アメリカ代表オクラホマのトルネード・クイーン。ドロシー・キャラハン。シャトルの前に立ちました。ものすごい胸板です。バスト130はあるといわれてます。手に香炉をもっております。香炉の中のこしょうに点火されました。こしょうの煙がただよってまいります。
「Ah-ah-ah-achoo!」
 シャトルは50メートルラインをはるかに超し60メートルに迫っております。結果が出ました。50メートル86。世界新記録です。
 さあ、日本の中川早紀の登場です。すでに銀メダル以上が確定しています。あとは金か銀です。
 中川早紀、柊麦秋事務所所属。本職は柊五月という高座名のプロの落語家です。2020年の東京オリンピックで採用になった新種目女子スニーズの日本の第一人者です。
 中川、シャトルの前に立ちました。着物姿です。中川の前には見台ひざ隠しが置かれています。見台の上には香炉が。香炉には、とんがらしの粉がいれてあります。多くの選手がこうしょうを使うが中川はとんがらしの粉を愛用してます。
 中川、見台の前に座りました。パン。小拍子を打ちました。
「さて、お古いところを一席お付き合い願います」
「なかにも、先手(さきて)の大将……」
「はああ、くしょーーーーーん」
 中川、すさまじい大くっしゃみです。シャトルは目にもとまらぬスピードで飛んでいきました。落ちません。なかなか落ちません。70メートルラインを超えました。70メートル35。世界新記録です。中川早紀金メダル。
 スタンドでは応援に駆けつけた、桂あやめ、笑福亭鶴瓶、桂吉弥、桂南光といった落語家仲間が大喜びしています。

 政府はこのたび女子スニーズで金メダルをとった中川早紀選手に国民栄誉賞を授与することに決定しました。

「はあはあはあ。はあっくしょーーーん」
 みんな飛んじゃった。

  
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ラフロイグの香り

「ロックでいいですか」
「そうだな」
 カウンターに座った高木は小さくためいきをついた。
「もうすぐ春だな」
「はい」
 鏑木はブラックニッカのボトルを開けてグラスに注ぐ。高木はグラスに口をつけて、ひと口飲んだ。グラスを置いて、ふっと息をはいた。
「今井さんはまだこの町にいるのかな」
「1年ほど前に来られました」
「あれから20年か」
 高木は地元のK電機を2年前に退職。今はシルバー人材センターで週に3日ほど公園の樹木の手入れなどをしている。その帰りに、時々、ここ海神に立ち寄る。
「そういえば、あのころ高木さんと今井さんはよく二人でお見えになりましたね」
 20年前。高木はK電機の労働組合の副委員長で、今井は常務取締役だった。
「あの時の春闘は苦労したよ。5月になっても妥結しなかった」
 高木はグラスを開けた。2杯目のロックはひと息に開けた。
「オレのボトル、あとどれぐらい?」
「そうですね。あとワンフィンガーといったところです」
「もう1杯ロック」
 3杯目はゆっくり、いつくしむようにグラスを傾ける。
「マスター。鏑木さん。新しいボトルはキープしたくないんだろう」
「はい。でも高木さんなら」
「オレ、シルバーの仕事は今週一杯で終わりだ。完全隠居だ」
 高木はさみしそうな顔をした。グラスを傾ける。グラスの中で氷がゆれる。
「考えてみたら、オレがやった仕事で一番大きな仕事は、あの春闘を終わらせたことだな。今井さんと二人でな」
 鏑木が棚の奥から1本のボトルを取り出した。スコッチのシングルモルト、ラフロイグの10年。
「これは?」
「今井さんの置き土産です。高木さんが来たら渡してくれって」
「ストレートですね」
「もちろん」
 鏑木がテイスティンググラスにラフロイグを注ぐ。高木は香りをかぐ。独特の香り。スコットランドはアイラ島で蒸留されるラフロイグは個性の強いシングルモルトウィスキーである。独特な香りがする。ピートの香り。人によっては正露丸のような臭いだという。飲む人を選ぶウィスキーである。高木はラフロイグに選ばれたようだ。
「うまいな。久しぶりだ。小遣い1万の身の上じゃラフロイグなんてめったに飲めん」
 20年前の春闘。高木は組合側の主席交渉委員。今井は会社側の主席交渉委員だった。連日深夜まで団交を重ねるが、なかなか妥結点まで到らなかった。
 高木と今井は主席交渉委員どおし、二人だけでこの海神で会って、なんとか組合会社双方譲歩できるぎりぎりの線を見つけ出した。その時、二人でよく飲んだのがこのラフロイグだ。20年前はスコッチのシングルモルトは入手しにくかった。今井の妻がイギリス旅行の手土産に買ってきたモノだ。
 高木は初めて今井に飲まされた時はウェといった。しかし、何度か飲んでいくうちにラフロイグの魅力に取り付かれた。ラフロイグを飲みながら二人で遅くまで話し合った。そのボトルが空になった時に妥結点を見出した。その後、今井は会社を去った。高木も退職した。今井とはその後一度も会ってない。
「今井さん、どうしてるかな。鏑木さん、知ってるか」
「存じません」
 ラフロイグのボトルからアイラ島の海底の香りが漂ってくる。
「あの仕事がオレの仕事で一番大きな仕事だった」

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞご覧になってください。
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