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新長田駅前にて街の復興について考える

 新年になって、会社の敷地に足を踏み入れていない日は、元日と3日だけ。正月の2日はCEタンクの点検のため出社していた。6日は親戚の葬式のため有給休暇を取ったが、朝のうちは会社に行っていた。土日はずっと休日出勤。さすがに休みが欲しくて、今日はなんにもない日だが有給休暇を取る。と、いっても例によって、液体酸素と液体炭酸ガスのCEタンクのバルブ開放に朝だけ出社。小生は特定高圧ガス取扱い主任の有資格者だからやむを得ない。物理的に小生が無理なら同じく有資格者の工場長に頼むが、身体が動く限り小生が行うつもり。CEタンクの担当者というのは、養豚業や農業と同じ、生き物相手の仕事と心得た方がいい。休みとか、人間の都合はCEタンクにとっちゃ、知ったことではない。正月であろうが真夜中であろうがトラブルを起こすときは起こす。酒飲んでくつろいでいる時に、警備員からタンクの様子がおかしいと電話、夜中に処置に行ったこともある。
 ちゃちゃと用事を済ませて会社を出る。健康のため、会社からの帰宅時には散歩しているのだが、このところ歯医者に行ったりして、散歩してない。朝で寒くはあるが散歩する。JR新長田まで散歩。
 新長田駅前。17年前の阪神大震災ではこのあたりは大きな被害を受けた。今はすっかりきれいになった。しかし、これでいいのかと思う。小生の住まいおる東灘もそうだが、地震の前と後では街の景観が大きく変わった。子供のころから親しんだ景色は二度と戻らない。また、ここは地震の前は何があったんだろうと、どんな景色だったのかと、忘れていることもある。
 新長田の駅前も、地震の前は全国どこでもない、神戸の長田の街の風景があった。ところが今は、見た目はきれいになったが、全国どこでもある駅前再開発の、ただの駅前になってしまった。行政はこれで、震災前より街を良くしたつもりかもしれないが。全国どこでもある街にすることがいいことだろうか。
 復興も大切ではあるが、復活も大切なのではないか。元より良くしようとして、顔のない街をつくるよりも、人間の生活の汚れ、臭い、色、雰囲気といった、その土地ならではの街を復活させることも大切ではないか。
 東日本大震災で被害を受けた東北の街々も復興していくだろう。復興にあたっては、東北の街ならではのものを復活させてもらいたいものだ。全国どこでもある街がこれ以上増えても、日本の街の景観が味気なくなるばかりだ。もちろん防災を第一に考えるべきだが。
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大鹿村騒動記


監督 阪本順治
出演 原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、松たか子、佐藤浩市、三国連太郎

 先般亡くなった原田芳雄の遺作である。小生は、原田芳雄というと、ヤクザや素浪人といった印象の強い俳優だったが、本作は、そういった原田のイメージとはちょっと違う。お人よしで、周辺の隣人とのつながりを大切にする温厚な人物となっている。本作の企画立案者はその原田芳雄だ。
 長野県の山村大鹿村。その村で鹿料理店を営む風祭善は300年続く、村伝統の「大鹿歌舞伎」の役者。歌舞伎公演まであと5日。その大鹿村にリニア新幹線の駅ができるかも知れないとの話が来る。賛成反対、村民の意見はまとまらず、歌舞伎の役柄にリニア駅の話をからめる者もいたりして、村はバラバラ。
 善はこのたび、男か女か判らないアルバイトを雇ったが、長い間一人暮らし。妻は駆け落ちして18年前、村を出た。その妻が、駆け落ち相手の治とともに帰ってきた。善と治はかって親友でもあった。妻貴子は認知症を患っていた。
 大鹿歌舞伎で主役を張る善の心に大きな動揺が。女形のバスの運転手は事故でケガ。リニア問題で村民はまとまらない。こんなことで歌舞伎ができるか。
 結末は判っている。歌舞伎は立派に公演され、主役の善の相手役の女形の代りもできた。それは善が最も息があった人。公演はおひねりが乱れ飛ぶ大盛況のうちに終る。
 遺作というと、原田を兄と慕った松田雄作の遺作「ブラックレイン」は松田の凄まじい演技が印象に残っている。松田本人も死期を覚っていたとか。またヒース・レジャーも遺作「ダークナイト」でのジョーカー役は圧倒された。ところが原田は、遺作の本作では、とても癌を患っている俳優には見えなかった。まったく健康そのものに見えた。原田芳雄すごい俳優さんだ。

 原田芳雄さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
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チーズケーキ

 
 小生は酒も飲むが、甘いものも嫌いではない。ケーキや和菓子もときどき食べる。ではあるが、血糖値が少々高い目と健康診断のデータに出ている。幸い糖尿病ではないが、予備軍だと医者にはいわれている。とはいいながらも、たまにはケーキを食べてもいいだろう。
 そんなわけで、休日を使ってチーズケーキを焼いた。小生でも時々はケーキ作りもするのだ。
 まず、タルト生地を作る。バターと卵黄を室温に戻しておく。薄力粉とベーキングパウダーを振るっておく。
 バターをクリーム状に練り、塩、粉砂糖を加え均一に混ぜ合わせる。卵黄、牛乳、バニラエッセンスも入れる。粉類を加えて切るように混ぜる。ラップで包んで冷蔵庫に最低1時間寝かせる。麺棒で伸ばして180度のオーブンで焼く。
 次にチーズ生地。クリームチーズを室温に戻しておく。焼いたタルト生地を型に入れラム漬けレーズンを散らす。
 鍋に牛乳とバターを入れて加熱。それとは別に、卵黄、牛乳、コーンスターチを混ぜる。
 加熱した牛乳とバターが沸騰したら、卵黄、牛乳、コーンスターチを加えて、手早く混ぜ合わせる。とろみがついたらただちに、クリームチーズを入れて、ダマにならないようによく混ぜる。
 別のボールに卵白を泡立て、途中で砂糖を入れる。柔かめのメレンゲを作る。全部を混ぜて、つやが出るまで混ぜる。型に流し入れ、200度のオーブンで30分焼く。ちょっと焦げ目が強すぎたかな。
 冷蔵庫でひと晩寝かせる。しっとりとした、おいしいチーズケーキのでき上がり。
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揚げだし豆腐


「豆腐百珍」という本があるぐらいだから、豆腐の料理方法は色々ある。豆腐は実に便利な素材で、煮ても焼いても揚げても、いかように調理してもおいしい。夏は冷奴にビール、冬は湯豆腐に熱燗と、暑くても寒くても豆腐はお酒の格好の友となってくれる。もちろんご飯のおかずも立派に務めてくれる。それに豆腐は食事の主役もはれるし、脇役もOKだ。豆腐は優等生なのだ。
 その豆腐で1品作ろう。揚げだし豆腐を作る。まず、豆腐の水切りだ。いろんな方法があるが、小生は巻すを皿の上に置いて、そこに切った豆腐を乗っけて半日ほどおく。
 この豆腐に片栗粉をまぶして高温の油で揚げる。表面がカリッとするように。表面はカリッ、中は温かい。というぐあいに揚げよう。
 揚げる前に、豆腐にかけるあんを用意しておこう。昆布と鰹節で濃い目の出汁を取っておく。醤油と味醂で味付け。片栗粉でとろみをつける。
 揚げた豆腐の上にあんをかけて、三つ葉をちょっと乗せて出来上がり。
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天冥の標Ⅱ 救世群

 
 小川一水  早川書房

 これは傑作だ。小松左京の「復活の日」以来の日本製パンデミック小説の傑作である。全10巻の2作目だが、本作だけでも単独の作品として楽しめるから、1巻目を未読の人でも安心して読める。それに、1巻目は遙か未来の遠い他の惑星の話だったが、本作は21世紀、現代の話だ。
 南太平洋はミクロネシアのパラオで未知の疫病発生。国立感染症研究所の医師児玉圭伍と矢来華奈子が調査におもむく。現地は死体の山だった。生存者は日本人少女檜沢千茅、カナダ人少年フェオドール、黒人青年ジョプたちわずか。
 恐るべき死亡率と強力な感染力を持つその疫病は冥王班と名付けられた。疫病は爆発的に世界に蔓延した。世界各地でアウトブレイクが発生。千人万人単位で死者が出た。東京でもアウトブレイクが起こり、とても通常の病院では処理しきれない。新宿御苑のような広大な場所に診察施設を造って、陽性陰性を診断する。長蛇の列で5時間6時間並ばなければ診察は受けられない。
 冥王斑は恐るべき疫病ではあるが致死率100%ではない。発病しても回復する者もいる。回復者は症状は出なくなってもウィルスは体内に保持したまま。だから、回復者は厳重に隔離される。彼らは「合宿所」に集められ集団生活をする。
 主要な登場人物は医師の児玉圭伍と矢来華奈子。回復者の檜沢千茅。特に千茅はこの物語の心棒ともいうべき人物。ほとんど危篤状態の女子高生だったが。回復し合宿所に入れられるが、だれに対しても優しく、若いながらもリーダーシップを発揮して、回復者たちのまとめ役になる。そして日本の回復者を代表して、日本冥王斑患者群連絡会議代表に就任。最終的には世界的な回復者たちのための政府が樹立され、彼女は初代の元首となる。本作は一人の少女の成長の物語でもある。
 冥王斑の正体は後半にあきらかにされる。この2巻目は全10巻の「天冥の標」なる物語の、いかなる位置に収まるのか。完結した時、どんな物語が読者の目の前に広がるのか楽しみである。
 
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とつぜんSFノート 第27回

 大昔、小生はコピーライターをした経験があるが、編集者の経験もある。編集といっても雑誌や書籍の編集ではない。小学生向けの家庭学習用問題集の編集だ。家庭に配布する形式の問題集だ。
 これが大変な仕事だった。半年ほどやったのだが、徹夜続きでまともに家に帰ることは少なかった。正月も仕事をした記憶がある。仕事の量が多く、期限が限られている仕事だった。
 国語、算数、理科、社会、漢字の5教科で、1年生から6年生まで。小生は国語担当だった。この5教科の中で国語が一番大変。国語の教科書の主な出版社は光村図書、東京書籍、教育出版、学校図書の4社。この4社それぞれの教科書に準拠した問題集を作る。1ヶ月分確か5ページぐらいだったと記憶する。
つまり6×4×12×5=1440ページ。これを来年の新学期に間に合わせなくてはならない。教科書を元に問題を作成するわけだが、来年の教科書が入手できるのは9月ごろ。だから、半年ほどの期間しかない。
 編集部は8人いた。算数、理科、社会、漢字の担当が一人づつ。国語は小生と、もうひとり女性編集者が担当についていた。あと、進行管理、イラストレーター、それに編集長。編集部員だけでは手が足らないからアルバイトが30人ほどいた。
 原稿執筆は大阪市内の小学校の教師に依頼していた。本当は、教師のこんな仕事は禁止されているはずなのだが。この執筆者の紹介、それに一刻も早く来年度の教科書入手にために、大阪の小学校の校長のボスの何人かに尽力してもらった。この有力校長の接待も、小生たち編集部員の仕事であった。このおり、大阪市内の有名な料亭に出入りしていた。かような所に入ったのは、後にも先にもこの時だけだ。
 この先生たちの原稿、ないしょでしている仕事だから、小生たちが学校に取りに行くわけにはいかない。先生の自宅へ取りに行くか、持参してもらうわけだが、これがなかなか原稿ができない。何人もの先生の自宅を巡って、一晩中、大阪市内を車で走り回っていた。また、小生たちのようなわけのわからん人種に自宅に来られては困る先生もいる。そんな先生は原稿を持って来てもらうわけだが、まともな時間に来る先生は少ない。深夜の2時とか3時に原稿を持ってくる先生も何人かいた。
 さんざん苦労して原稿を入手すると、ただちにレイアウト、印刷の段取りに行きたいが、その前にやることがある。答えあわせである。原稿は問題と解答の2種類書いてもらっているが、解答がその問題の正しい解答かどうかチェックする必要がある。自分で問題を書いて、自分で解答を書いても間違うことがある。間違った解答の問題集などなんの価値もない。この答えあわせは外注にだしていた。主に教師の経験がある主婦に頼んでいた。他の教科は1つの原稿に一人でいいが、小生担当の国語は、正解とも間違いとも解釈できる解答例がよくある。小生と相方で見て、それから二人の人に1つの原稿を見てもらっていた。
 答えあわせが済むと、ただちにレイアウトして写植指定して写植屋へ。大特急で写植を打ってもらって、後は版下作り。写植やイラストの貼り込みなどの版下製作は製版屋にやってもらっていた。大幅な修正手直しは写植屋や製版屋に差し戻していたが、簡単なものなら小生たちがカッターを持ってやっていた。
 原稿の量を減らすため、原稿の流用をやった。例えば光村版5年生5月の原稿を、東書版5年生7月に流用したりした。これが国語の問題の流用は複雑怪奇で、きっちりした流用表を作成しないとごじゃごじゃになってしまう。
 算数なら、違う出版社の教科書でも、鶴亀算なら、どこの出版社の問題と答えは同じ。3×6はどの教科書でも答えは18。ところが国語はそうはいかない。使っている教材の文章が違う。当然、答えも違う。そうはいっても同じコンセプトの問題で、当然答えも同じ。流用可能な原稿がある。原稿の流用をすれば、流用元と流用先をきちんと整理しておかなければならない。
 こうして校正刷りまで、やっと持って行って、校正も外注でやってもらっていた。もちろん、最終校正は小生たちがやった。
 編集長という人が、詩人で、南の島出身の人で、のちに南の島に関する書籍を出す出版社を作って、その方面では実績を作った人だ。この人が外で飲んでワーというのが好きな人だった。激烈な忙しさをかいくぐって、大阪のキタだのミナミだのと、よく飲み歩いた。徹夜で仕事して、翌日、深夜までハシゴ酒といったムチャをやった。
 9月に来年度の教科書を入手と同時に、編集部員募集に応じて、翌年、3月に完成。それと同時に編集部解散。メンバーは小生のようなコピーライター、業界紙の記者、書籍の編集者、デザイナー、イラストレーター、元俳優、塾の講師など。頭目は南の島の詩人。その問題集を編集するためだけに集まったようだった。まさに水滸伝の梁山泊だった。疾風怒濤のような半年だった。面白かった。
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いつまでもアメリカ野球の下請けでいいのか

 ダルビッシュがアメリカへ行く。かってはアメリカ野球へ行くぐらいなら野球を辞めるといっていた、なぜ心変わりしたのか。
「真剣勝負がしたい」「モチベーションが下がってきた」とのことだそうだ。彼のこの言を聞いて、日本野球の打者は発奮しなくてはいけない。
「お前らではオレの相手にならん」「お前ら相手に本気は出せん」「日本には強い打者はおらん」といわれているのだ。いいか、新井よ、金本よ、内川よ、T岡田よ、村田よ、森野よ、中村よ、お前らじゃ相手にならん。やる気が出ん、といわれているのだぞ。腹が立たんか。
 腹がたったら今シーズンは思いっきりレベルの高い野球をやって、日本のプロ野球を見捨てたダルビッシュを見返してやれ。そして打者ばかりではなく、投手たちもいっそう奮起せよ。日本のプロ野球がアメリカ野球の下請けのままでいいのか。
 日本野球は確かにWBCで2度頂点に立った。しかし、あのシリーズでアメリカの選手たちが本当の真剣勝負をやっただろうか。疑問だ。
 日本プロ野球のレベルを思いっきり上げて、アメリカ野球の選手たちが、日本野球にあこがれて、日本にやってくるぐらいにしてやろうというぐらい覇気のある選手はいないのか。
 
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PTAはいらない?

 子供を持つ人でPTAと無関係ですませてきた人は、ほとんどいないだろう。子供が学校に行けば、必ずその学校のPTAに参加してきたのではないだろうか。そして、子供がその学校に在学中にPTA役員の番が回ってきて、時間と手を取られた経験をお持ちだろう。
 子供が学校に入学すれば、親はその学校のPTAに入会しなければならいと思っておいでではないか。実はPTAの入会脱会は自由なのだ。子供が入学しても親はそこのPTAに入会する義務はない。この件に関して、1967年に文部省がまとめた報告書によれば「会の趣旨に賛同する親と教師が、自主的にできるだけ多く参加することが望ましい」とある。子供が入学すれば、親はその学校のPTAに入会しなければならないという法律はない。
 それまで、習慣や、保護者仲間のつきあいで、また、子供を学校に人質に取られているように思っているのか、義務のようにPTAに入り、仕事を休み、お金も時間も使ってストレスをためる。はなはだしい場合は、PTAの役員をしなければならないから、仕事を辞め、収入を減らし、生活苦におちいる人もいるとか。PTAはそこまでして入会する必要はないのである。
 PTAは元はアメリカが発祥。アメリカはご承知の通り、荒野を切り拓いてできた国。荒野に人が入植する。教会ができる。子供もできた。子供には教育が必要だ。住民たちが校舎を建て、教師を呼んで、学校を始める。校舎と教師だけでは学校は運営できない。そこで住民たちが、自分たちの手で学校の運営を全面的にサポートする。PTAとは、こういう性質のものではないだろうか。
 ところが日本は違う。日本の学校は国、県、市といった官が官費で造ったものだ。また福沢諭吉や大隈重信、星一といった、志ある個人が造る。アメリカのように無名の市民が作ったのではない。だからアメリカ発祥のPTAをそのまま日本に持ってくるのは無理があるのだ。
 割り切った見方をするのなら、日本の学校にPTAはいらない。税金で賄っている公立学校は、学校の運営はすべて官費で行うべき。また、安からぬ授業料や入学金を取っている私立学校は、親の手を借りるのは、ある意味、怠慢といえるのではないか。学校に協力したい親がいれば、あくまでボランティアとして、協力すればいい。
 PTAなるものの存在は、そろそろ見直した方がいいのではないか。
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八日目の蝉


監督 成島出
出演 井上真央、永作博美、渡邊このみ、小池栄子、余貴美子

 おしい。体操競技でいえば、うまくワザをこなし、このまま行けば金メダル間違いなし。ところが着地に失敗して銅メダルに終る。そんな映画だった。着地は失敗したがメダリストであることは間違いない。
 劇映画である。ドラマである。人間ドラマの基本は葛藤。そういう見方をするのなら、この映画をひとことでいうと「育ての親か産みの親か」ということではないだろうか。
 希和子は妻子ある男と不倫して身ごもる。お腹の子は流産。不倫相手の男と妻に女の子が産まれた。恵理菜と名づけられている。
 希和子は親がいない時に、不倫相手の赤ん坊を見に来る。自分は子供ができない身体。赤ん坊を誘拐した。彼女はその子に薫となづけた。薫は、希和子の見果てぬわが子の名前だ。
 希和子は母として深い愛情で薫=恵理菜を育てる。とはいえ誘拐犯だ。妙なカルト教団に入ったりして逃亡をつづけ、小豆島に落ち着く。薫も友だちもできて、美しい瀬戸内海の自然の中ですくすくと育つ。
 ところが、ついに希和子は逮捕され、薫は両親の元に戻って(果して戻ったといえるのだろうか。薫にとっては希和子が母で小豆島が故郷だ)/引き取られて成人する。
 21歳になった恵理菜は、小豆島を訪れる。
 希和子、薫=恵理菜、恵理菜の母恵津子、3人とも不幸だ。希和子は確かに犯罪者だ。しかし、子供を産めない空っぽの身体になって、薫に精一杯愛情をそそぐが、一時も気が休まることがなかっただろう。自業自得と簡単にいえるだろうか。
 薫=恵理菜は、母(偽りとはいえ)を取り上げられ、故郷(同じく)の小豆島を追われ、知らないおばさん(恵津子)が突然母になる。
 恵津子はお腹を痛めて産んだ子を、すぐ誘拐され、4歳までという一番かわいい時期の子育てを知らない。
 ラストで、小豆島の写真館で薫と希和子の17年前の家族写真を観た恵理菜が泣き崩れるところでいきなり終る。途中で切り断ったような終わり方だ。もう少し別の終わり方なら、思いっきり泣けたのだが。残念。
 永作博美、ものすごくうまい女優さんだな。永作博美に拍手。
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カキの佃煮

 
 カキはおいしいですね。フライ天ぷら炊き込みご飯土手鍋お好み焼き、どのようにしてもおいしいです。もちろん生のカキにちょっとレモンをしぼったのもいいですね。生ガキにきりりと冷えたシャブリなんぞあれば最高です。今のうちに食べておかなければ、暖かくなると食べられなくなります。カキもいいですが、日持ちがしません。買って来てすぐ食べなくてはなりません。
 いつでもカキを食べたいものです。だったら佃煮にしておけばいいのではないですか。カキの佃煮です。
 カキは片栗粉をまぶして汚れを取って、塩水でさっと洗います。必ず海水程度の塩水です。真水ですと、浸透圧現象でカキの旨味が外に出てしまいます。アサリの砂だしにも使いますが、料理でよく塩水を使いますが、塩水は海水を基準に覚えておくといいでしょう。海水は生命の大元です。地球上の生命は全て海水から産まれたのです、私は水産学科出身ですから、若いころ、さんざん海にはまりました。ですから海水の塩辛さは身にしみています。でも、海になじみのない人は海水の濃度はあんまり判らないのではないですか。海水は想像している以上に塩辛いですよ。夏に海水浴に行った時、海水を口にふくんで、その感覚をしっかり覚えておきましょう。
 と、いうわけでカキの汚れを取ったら煮て行きましょう。小鍋にお酒、砂糖、味醂を入れて加熱します。沸騰したらしょうがを入れカキを入れ、アクを取りながら煮ていきます。醤油を入れます。何度かこのブログでもいってますが、味付けは必ず、砂糖、酒、味醂といった甘味の調味料を先に入れ、醤油、塩といった塩っけの調味料は後です。塩っけを先に入れると味が素材に染み込みにくくなります。
 そういうわけで、醤油を入れ、汁っ気がなくなるまで煮ればできあがりです。こうしておけば何日か日持ちがします。お酒の肴に、ご飯のお供にと、重宝しますよ。
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あんかけうどん


「オレがこんなに強いのもあたりマエダのクラッカー」というおっさんが大昔いたな。あれはあんかけの時次郎というおっさんやった。
 あんかけ。スープや出汁にとろみをつけて、なにかにかけることやろ。あんかけ料理は優しい。あったかい。冬に食べるにはええな。
 ちゅうこって、今朝はあんかけうどんを作って食った。出汁はいつものうどん出汁の取り方で取る。具はあげと干し椎茸。干し椎茸は前日から水につけて戻しとくんや。この干し椎茸の戻し汁で、あげと椎茸を煮るんや。調味料は砂糖、味醂、醤油。煮えたら、出来たら半日ほど置いといたらええで。味がしみてうまなるで。
 そんでもって、出汁に片栗粉でとろみをつけるんやが、水溶き片栗粉ちゅうけど、水で片栗粉を溶いて味付けした出汁に入れると、出汁の味が薄うなるやろ。そやから味付けした出汁で片栗粉を溶くんや。そん時な、熱い出汁に片栗粉を入れたら固まってもて、あんじょう溶けへん。出汁を冷ましてから片栗粉をとかさなあかんで。
 この出汁でといだ片栗粉を出汁に入れるんやが、鍋の出汁を充分に熱しながら、かき回しながらちょっとづつ入れるんやで。鍋の中の様子を見ながらちょっとづつや。最初はサラッとしとるけど、ある一線を超えると、どっかんと粘性を増すで。粘性が強すぎて半分固体になりかけた出汁はあかんで。足らんかったら足すことはでけるけど、入れすぎたら引くことはでけへんで。様子を見ながら慎重に片栗粉を入れていくんや。
 うどんをゆでて、どんぶりに入れて、あんをかける。青ネギをふって、すった生姜をのっけたらできあがりや。寒い冬の朝にゃ、生姜のよう効いたあつあつのあんかけうどんがなによりのごっそうや。
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SFマガジン2012年2月号


SFマガジン2012年2月号 №671     早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 ウエイプスウィード(前篇) 瀬尾つかさ
 以下の4作は評価に値せず
   ヨハネスブルグの天使たち  宮内悠介
   小さな僕の革命       十文字青
   不思議の目のルーシー    片理誠
   真夜中のバベル       倉数茂

新連載評論
是空の作家・光瀬龍     立川ゆかり

連載
椎名誠のニュートラルコーナー第29回
海浜自由生活者はいまどこをさゆらうか  椎名誠
輝きの七日間(第10回)        山本弘
七十六分の少女 怨讐星域(第21回)  梶尾真治
十五夜物語 14章           夢枕獏―寺田克也
完璧な涙(第22回)          東城和実/神林長平
現代SF作家論シリーズ 監修 巽孝之
第13回 星新一論「なぜ一〇〇一話なのか?」 宮野由梨香

 毎年2月号恒例の日本人作家特集。今年はSFマガジン初登場にして、いろんな新人賞受賞者ばかり5人の競演。これから日本SFを創る若い作家たちだ。大いに期待して読んだ。結論からいおう。失望した。まだまだだ。若いから未熟なのは当然である。彼らのこれからを見よう。ただ、瀬尾、宮内の二人は才能を感じる。精進して欲しい。
「ウエイプスウィード(前篇)」25世紀の地球。ほとんどが海。人類はわずかに残った島で暮らす。海にはウエイプスウィードという海藻が繁茂して生態系を支配している。木星圏から調査に来た科学者は、地球の巫女の少女の協力を得てウエイプスウィード海域に潜水艇で潜る。後編が楽しみだ。
「ヨハネスブルグの天使たち」地獄と化した近未来の南アフリカ。故伊藤計劃を彷彿とさせたが、期待はずれ。作品として判りづらい。
「小さな僕の革命」このどうしようもない世の中。若いもんがネットを使って、世直しをたくらむ。ガキのいたずらで世直しができれば苦労しない。
「不思議の目のルーシー」パラレルワールドもの。アメリカ50年代SF風で、途中まで良い雰囲気だが、余計な説明が入る。こんな作品にハードSF的解説を入れるのは興ざめもいいところ。ヤボの骨頂。
「真夜中のバベル」どんな言語でも短時間で完璧にマスターする超能力言語能力少年。幼なじみの少女と逃げる。中途半端な話だ。
 新連載評論の「是空の作家・光瀬龍」が楽しみだ。作品には数多く接しているが、光瀬龍という人はよく知らない。小生は古くからのSFもんで、たいていの作家は、動いてしゃべっているところを知っている。ところが光瀬龍はあまりSFのイベントに出てこない人だった。眉村さんはもちろん、小松さん、星さん、筒井さんといった人たちとは、お会いしたこともあるし、言葉を交わした事もあった。ところが光瀬さんはよく知らない人だった。ほとんどの作品は読んだけれど、どんな人か知らない。
 第1回目だけれど大いに期待できる。最相葉月の「星新一 1001話をつくった人」に匹敵する評伝となることを期待する。
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なぜ変化したらいけないのだ

 昨日の大相撲で、全勝の大関把瑠都が立会いで変化して、大関稀勢の里に勝ったと、観客のブーイングを浴びていた。また、結びの一番の横綱白鵬VS大関日馬富士の取り組みでも、白鵬が日馬富士の変化に破れている。放駒理事長も苦い顔をしたとか。
 別にいいのではないか。反則ではないんだから。変化もワザのうちではないのか。立会い一瞬の勝負。これはこれで居合の達人同士の立会いを見ているようで、緊迫感があって面白い。
 一瞬で勝負がつくのを観るのが嫌だったら、相撲ではなくプロレスを観ればいいのではないか。プロレスだったら、相手のワザを受け、こっちのワザを出し、といったワザの応酬をたっぷり見せてくれる。プロレスだったら一瞬の立会いで勝負が決まることはない。
 八百長はいかんといいながら、勝ちに行く相撲を取れば叱られる。力士はどうしたらいいか判らないだろう。把瑠都は「自然に身体が動いた」といっている。真剣に勝ちに行く相撲を取っていたからこそ、あんな相撲を取ったのだろう。把瑠都をほめてやるべきだと思うが。
 いつぞや、藤川が清原にフォークボールを投げて打ち取り、「××××ついとんのんか」と清原にいわれていた。投球の基本はストレートだといわれる。なぜ変化球がだめなんだろう。変化球の勝負はそれでそれで面白いと思うが。
 立会いの変化や、変化球はなぜあまりいい顔されないのだろう。豪速球のストレートやがっぷり四つの大相撲ばかりが面白いのではないと思う。相手を幻惑する変幻自在の勝負も面白い。
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とつぜん対談 第36回 岩との対談

 ふう、やっと着いた。ここはかなり山奥です。今日の対談相手はこの山奥におられます。道なき道を歩いて、やっとここまで来ました。あ、あそこにおられます。あの大きな岩です。あの大きな岩が対談相手です。

雫石
 こんにちは。


 おう。

雫石
 ずいぶん山奥ですね。


 昔はここも海だった。

雫石
 大地が隆起して山になったのですね。ずいぶん昔からここにおられるのですか。


 そうじゃ。

雫石
 どれぐらい昔ですか。


 わからん。

雫石
 毎日何をしているのですか。


 何もしとらん。

雫石
 退屈でしょう。


 退屈じゃ。

雫石
 何かしたらどうですか。


 ワシは何もせん。

雫石
 どうして、そこにいるのです。


 いるから、いるのじゃ。

雫石
 岩にも寿命があるのですか。


 わからん。

雫石
 寿命が尽きたらどうなるのです。


 死ぬだけじゃ。

雫石
 岩が死ぬとどうなるのですか。


 岩でなくなるのじゃ。

雫石
 砂になるのですか。


 そうかも知れん。

雫石
 毎日、何を考えて暮らしているのです。


 何も考えとらん。

雫石
 岩さんぐらい長生きだと、いろんな人間を見てきたでしょう。


 ワシは人間には興味はない。

雫石
 では、なぜ私との対談に応じたのですか。


 お前がそう求めたからじゃ。

雫石
 求めれればなんでもするんですか。


 ワシにできることならばな。

雫石
 どんなことができるのですか。


 わからん。

雫石
 大きいですね。重そうですね。


 大きいぞ。重いぞ。

雫石
 これからどうするのですか。


 わからん。ワシは山奥の岩じゃ。

雫石
 それではこれで失礼します。


 うん。
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食卓

「あなた、ごはんよ」
 テレビでニュースを観ようとしたら、ダイニングから裕子が呼んだ。肉じゃがとワカメのみそ汁、漬物、ご飯がテーブルの上に並んでいた。
「ちょっと一杯飲まない?」
「そうだな。賛成」
 裕子は備前の徳利を出してきて、剣菱を入れた。
「あなた、どうぞ」
 裕子が酌をする。
 飲んで、今度は、私が裕子に酌をする。
「何年に成るかな」
「24年よ」
「あと1年で銀婚式だったんだな」
「そうね」
 食事が終った。食器のあとかたづけを終った裕子が、自分の食器を段ボール箱に詰め始めた。ひとつひとつていねいにプチプチで包んでいる。全部箱詰めしてガムテープで閉じた。
「そろそろ行くわ。荷物は明日引越し屋さんといっしょに取りに来るわ」
「明日でいいじゃないか。もう一晩ここで寝て行けよ」
「決心が変わるから嫌よ」
 裕子はさっさと家から出て行った。

「こうして4人で食事をするのも、これで最後だな」
「香織、お父さんにあいさつした」
「いいよ。あらたまってあいさつなんて。こッ恥ずかしい」
 娘の結婚式もいよいよ明日だ。娘がこの家で食事をするのも、これで最後だ。少しは涙腺がゆるむかなと思っていたが、案外サバサバしている。花嫁の父なんて、実際はこんなものかも知れない。
「ところで食器はやっぱり持って行くのか」
「うん」
「せっかくの新婚なんだから、新しい食器を買ったらどうだ」
「これからお金がたくさん要るんだから、余計な出費はさけたいわ。博さんも自分の食器を持って来てるし」
「そうか」
「で、お父さん、お願い。新婚旅行行ってる間に、私の食器を新居に運んでおいてくれないかしら」

 長男の配属先が決まった。徳島の研究所だ。長男は薬学部を卒業。この春大手製薬メーカーに就職した。
「どうだ。徳島のマンションは」
「なかなか快適だよ。家賃も半分会社が出してくれるし」
「お前がこの家で夕食を食べるのも今夜が最後だな」
「そうですね。去年、香織が嫁に行って、明日から耕平もいなくなりますね」
「そうだな。明日からお前と二人での食事だな」
「ごちそうさん。ぼくの食器、宅急便で徳島に送るよ」
「高給取りなんだろ。食器ぐらい買えば」
「もったいないよ。それに使い慣れた食器の方がいいよ」

 裕子は午前中に荷物を引き取りに来た。家の中ががらんとした。もうこの家の中には一人分の家具しかない。
 日も暮れた。夕食を食べなくてはならない。外食してもいいが、乏しい年金で生活しているわけだから、そんな贅沢はできない。これから初老の一人暮らしをしなくてはいけない。離婚を決めてから、裕子が料理を教えてくれていた。簡単な料理ならできる。
 食卓に湯豆腐、ホッケの開き、春菊のゴマ和えを並べた。酒も1本つける。3年前の今ごろは4人で食卓を囲んだ。今夜から男一人の夕食だ。
 1本のつもりが、4合も飲んだ。酔っぱらって食器の後かたづけがめんどうになって。そのまま寝てしまった。
 朝になっても、食卓の上には食器が一人分置かれたままだ。

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