雫石鉄也の
とつぜんブログ
地下街の雪
今年もここで年越しだ。正月を故郷で過ごさなくなってずいぶん久しい。あっちはさぞかし雪が積もっているだろう。そういえば雪を見ない冬も、今年で何回目だろうか。
寒い。温暖化で暖冬が続いているとはいえ、今年の冬は去年よりは寒く感じる。
私がこの地にやって来たころは、真冬になるとチラチラと雪も降ったが、最近は冷たい雨が降るだけ。これだけ冷え込むとチラチラしているかも知れない。ちょっと見てみよう。
雪を見たからといって何をするわけでもない。ただ故郷に想いを馳せたいだけ。
よっこらしょ。立ち上げる。痛い。腰が痛い。こういう生活を送るようになって身体のあちこちが痛むようになった。私の数少ない友だちも同じようなことをいっている。
私たちのような人間は身体を壊せばそれでおしまい。毎年冬に何人かが凍死する。
階段を上がる。夜中とはいえまだ人通りはある。急げば地下鉄の終電に間に合う。階段の端を歩いて人々の邪魔にならないようにする。
みんな階段を下りていく。この時間、地下街の商店はほとんどが閉まっている。階段を下りて来る人は地下鉄の改札口に吸い込まれていく。自分の家に帰って行くのだろう。
地上に出た。雪は降っていなかった。冷たい雨が降っている。真夜中の年の瀬の都会は墓標のような建物が並んでいるだけ。冷たい風が身体を冷やす。
階段を下がる。もうだれも歩いていない。今日、この階段を下がる最後の一人は私だろう。
私はN県K市でクリーニング店を営んでいた。父が興した店を継いで、それなり繁盛させた時期もあった。ところが地方の小都市の小さな商店街にある店。町そのものが人口が減少して、シャッターばかりの商店街となった。
子供のいない私は妻と二人でがんばった。しかし店の売上は二人が食べていけるか、いけないかといったものだった。その妻を癌で亡くした。一人になった私は店を手放し、生まれ故郷のK市を去った。借金を返済したらお金はまったく手元に残らなかった。
都会へ出てきて見つけた派遣社員の仕事も突然解雇され、今、こうして地下街で正月を迎えようとしている。
地面に段ボールを敷いて、ゴミ捨て場で拾ってきた古毛布にくるまって寝るが、その古毛布は盗まれた。新聞紙にくるまる。寒い。
地下鉄の終電はもう出た。駅の入り口はシャッターが閉まっている。そのシャッターの前で私は寝ている。こういう境遇の人間にもそれなりの縄張りがある。私の縄張りはここ。初めてこの地下街に来た時はもっと寒い場所だった。
それにしてもさっきの雨は冷たかった。都会の雨は故郷の雪より冷たい。
目の前には人通りが無くなった地下の商店街が向こうの方まで続いている。シャッターが延々と続く。ここも深夜だけは私の故郷と同じになる。ただし昼間はシャッターがすべて開き、華やかな商店街となる。そのような場所に私のような人間がいてはいけない。昼間は地上で時間をつぶす。深夜になればここに来て寝る。
深夜の地下街はまるであの世へ続く洞窟のようだ。どこまでも通路が続き、暗闇へと伸びている。その暗闇の奥の方から冷たい風が吹いてきた。段ボールと新聞紙だけでは寒い。体の芯から冷えてくる。うとうとする。
「あなた。こんな所でうたたねしていると風邪をひくわよ」
妻が私の肩を優しくゆすっている。
「お前、なぜこんな所にいる」
「何いってんのよ、早く、店を開けましょう」 妻は五年前に癌で死んだはず。
「あ、雪。初雪よ」
妻のいう通り、上のほうから小さい雪がひらひらと舞い降りてきた。地下街の天井を通して白い小さな雪が降って来る。冷たい風が吹き止んだ。
両側にシャッターが並ぶ地下街の通路は、白い点点でいっぱいになった。
シャッターが開き始めた。並んでいる店のすべてのシャッターが。こんな時間にこの地下街のシャッターが開くのを始めて見た。何かの点検だろうか。
私の前にはイタリア料理店、プレイガイド、喫茶店、ブティック、などのおしゃれな店が並んでいるはず。ところが、そこに並んでいる店はあの商店街の店だった。
手前から肉屋、定食屋、写真屋、菓子屋、そしてその隣がクリーニング屋。私が生まれた町の商店街だ。それぞれの店にはけっこう客が来ている。
いつの間にか昼になっていた。クリーニング屋の店頭では妻が接客している。若い。私と結婚した直後の妻だ。奥で仕事をしているのは私だ。私も若い。店が一番繁盛していたころだ。
空は明るい青空だが雪が降っている。雪が雨に変わった。また冷たい風が吹いてきた。商店街のシャッターが閉まり始めた。そして完全に閉まった。青空が地下街の天井に変わった。風は通路の奥から吹きつづける。
身体が冷える。ものすごく眠くなってきた。
寒い。温暖化で暖冬が続いているとはいえ、今年の冬は去年よりは寒く感じる。
私がこの地にやって来たころは、真冬になるとチラチラと雪も降ったが、最近は冷たい雨が降るだけ。これだけ冷え込むとチラチラしているかも知れない。ちょっと見てみよう。
雪を見たからといって何をするわけでもない。ただ故郷に想いを馳せたいだけ。
よっこらしょ。立ち上げる。痛い。腰が痛い。こういう生活を送るようになって身体のあちこちが痛むようになった。私の数少ない友だちも同じようなことをいっている。
私たちのような人間は身体を壊せばそれでおしまい。毎年冬に何人かが凍死する。
階段を上がる。夜中とはいえまだ人通りはある。急げば地下鉄の終電に間に合う。階段の端を歩いて人々の邪魔にならないようにする。
みんな階段を下りていく。この時間、地下街の商店はほとんどが閉まっている。階段を下りて来る人は地下鉄の改札口に吸い込まれていく。自分の家に帰って行くのだろう。
地上に出た。雪は降っていなかった。冷たい雨が降っている。真夜中の年の瀬の都会は墓標のような建物が並んでいるだけ。冷たい風が身体を冷やす。
階段を下がる。もうだれも歩いていない。今日、この階段を下がる最後の一人は私だろう。
私はN県K市でクリーニング店を営んでいた。父が興した店を継いで、それなり繁盛させた時期もあった。ところが地方の小都市の小さな商店街にある店。町そのものが人口が減少して、シャッターばかりの商店街となった。
子供のいない私は妻と二人でがんばった。しかし店の売上は二人が食べていけるか、いけないかといったものだった。その妻を癌で亡くした。一人になった私は店を手放し、生まれ故郷のK市を去った。借金を返済したらお金はまったく手元に残らなかった。
都会へ出てきて見つけた派遣社員の仕事も突然解雇され、今、こうして地下街で正月を迎えようとしている。
地面に段ボールを敷いて、ゴミ捨て場で拾ってきた古毛布にくるまって寝るが、その古毛布は盗まれた。新聞紙にくるまる。寒い。
地下鉄の終電はもう出た。駅の入り口はシャッターが閉まっている。そのシャッターの前で私は寝ている。こういう境遇の人間にもそれなりの縄張りがある。私の縄張りはここ。初めてこの地下街に来た時はもっと寒い場所だった。
それにしてもさっきの雨は冷たかった。都会の雨は故郷の雪より冷たい。
目の前には人通りが無くなった地下の商店街が向こうの方まで続いている。シャッターが延々と続く。ここも深夜だけは私の故郷と同じになる。ただし昼間はシャッターがすべて開き、華やかな商店街となる。そのような場所に私のような人間がいてはいけない。昼間は地上で時間をつぶす。深夜になればここに来て寝る。
深夜の地下街はまるであの世へ続く洞窟のようだ。どこまでも通路が続き、暗闇へと伸びている。その暗闇の奥の方から冷たい風が吹いてきた。段ボールと新聞紙だけでは寒い。体の芯から冷えてくる。うとうとする。
「あなた。こんな所でうたたねしていると風邪をひくわよ」
妻が私の肩を優しくゆすっている。
「お前、なぜこんな所にいる」
「何いってんのよ、早く、店を開けましょう」 妻は五年前に癌で死んだはず。
「あ、雪。初雪よ」
妻のいう通り、上のほうから小さい雪がひらひらと舞い降りてきた。地下街の天井を通して白い小さな雪が降って来る。冷たい風が吹き止んだ。
両側にシャッターが並ぶ地下街の通路は、白い点点でいっぱいになった。
シャッターが開き始めた。並んでいる店のすべてのシャッターが。こんな時間にこの地下街のシャッターが開くのを始めて見た。何かの点検だろうか。
私の前にはイタリア料理店、プレイガイド、喫茶店、ブティック、などのおしゃれな店が並んでいるはず。ところが、そこに並んでいる店はあの商店街の店だった。
手前から肉屋、定食屋、写真屋、菓子屋、そしてその隣がクリーニング屋。私が生まれた町の商店街だ。それぞれの店にはけっこう客が来ている。
いつの間にか昼になっていた。クリーニング屋の店頭では妻が接客している。若い。私と結婚した直後の妻だ。奥で仕事をしているのは私だ。私も若い。店が一番繁盛していたころだ。
空は明るい青空だが雪が降っている。雪が雨に変わった。また冷たい風が吹いてきた。商店街のシャッターが閉まり始めた。そして完全に閉まった。青空が地下街の天井に変わった。風は通路の奥から吹きつづける。
身体が冷える。ものすごく眠くなってきた。
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妻の顔さえぼんやりと
さきが見えぬ
夢なら覚めてくれ
うつつなら、眠らないでくれ
あらがうことの、できぬ
大きな波に
波に呑まれて、流されて
この先、どこまで行くのやら・・・。
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