鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

オオバンとオカヨシガモの奇妙な関係

2007-11-21 00:27:32 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
オオバン(左)とオカヨシガモ 以下すべて 2007年11月 北海道中川郡豊頃町)


 オオバンは、十勝地方では不思議な出現の仕方をする鳥である。4月中旬に渡来し、海岸部や河川沿いの湖沼で少数が繁殖する夏鳥なのだが、秋も深まってくる9月半ば~10月頃にかけて著しく数を増し、あちこちの沼で数~数十羽の群れが見られるようになり、場所によっては100羽を超えることもある。クイナの仲間なので繁殖期には隠棲していたのが開水面に出てきた、あるいは幼鳥の出現による増加ではとても説明できない増え方で、季節的にはどこかから南下してきたとでも思いたいのだが、本種はサハリンでは南部で稀な夏鳥、千島列島やカムチャツカには分布していないことから、北からの飛来の線は薄そうだ。そんなわけで、秋の十勝のオオバンがどこからやって来るのかは、謎に包まれたままである。
 すっかり緑の抜けた抽水植物群落を映した秋色の水面が美しい、海岸近くの小さな沼で30羽ほどのオオバンが頻繁に潜水しては水草を食べていたのは、11月に入って間もない、ある晴れた日だった。午後の早い時間だったが、西南低くから入射する陽光は既に白日のものではなかった。北国では、晩秋や初冬には正午を過ぎると一気に夕方の空気が漂う。水面には他に100羽近いスズガモや各々数~十数羽のヒドリガモ、ヨシガモ、オカヨシガモ、ホシハジロなどの姿もあり、面積の割に多くの水禽類で賑わっているこの沼でしばらく観察を続けることにした。時折発せられるオオバンの「ピッ」という甲高い声や、スズガモが水浴びする音を除くと沼は静かなものである。季節の変わり目はこんなにも穏やかだったものか。


秋色の中のオオバン(成鳥)
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ヨシガモの一群(後ろの左側のみオオバン
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 沼はさして深くないのだろう。オオバンが頭から勢い良く逆立ちするように潜ると、数秒で水草を口一杯にくわえて浮上してくる。水面で水草を振り回しているのは、引きちぎって食べやすくするためか、それとも水を切っているのか。そんな情景を飽くことも無く眺めていると、オオバンの傍らに1,2羽のオカヨシガモがいることが多いのに気が付いた。最初は単なる偶然かと思ったが、その行動に注目すると決して偶然ではなく、オカヨシガモの方から積極的にオオバンに近付いていることがわかった。


潜水の瞬間(オオバン
海鳥ほど水の抵抗を少なくできる形態をしていないので、潜るには勢いが必要。
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オオバンと2羽のオカヨシガモ(左後の1羽はスズガモ
オカヨシガモはどちらもメスに見えるが、手前の個体は胸部に黒斑が集中していること、肩羽に栗色の細長い羽毛が出始めていることなどからオス(エクリプスか幼鳥)であろう。後はメスか幼鳥だが、背や肩羽の丸みは後者であるかもしれない。
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 実は、オカヨシガモはオオバンが水底から持ってくる水草が目当てだったのである。上記のようにオオバンが振り回してちぎれた水草や、あまりにも大きくてオオバンが水面に置いてから食べる水草の一部を、上手いこと食べているようだった。オオバンはオカヨシガモに見事に利用されているにも関わらず、攻撃するような素振りは見せなかった。それくらいの収奪は気にならないほど餌が豊富であるか、自分より体の大きなオカヨシガモを攻撃するコストの方が大きいのだろう(オオバンの体重650~700g前後に対して、オカヨシガモの体重は900g前後)。


水草を振り回す(オオバン
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オオバンに追随して採餌するオカヨシガモ
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 と、ここまで書いて過去のオカヨシガモに関する記事(「足踏みするオカヨシガモ」)を読み返すと。「オカヨシガモの一風変わった採餌法が、ドイツから報告されている。秋に水深が深くなってしまう水域に住む約300羽のオカヨシガモは、その時期オオバンが(おそらく潜水して)水面に持ってくるシャジクモの1種に完全に依存しているそうである。」との一文があった(恥ずかしながら、完全に失念していた)。規模や微細な環境条件は異なるが、今回の事例とよく似ている。今回の沼では、やはり水面採餌が中心のヒドリガモやヨシガモが、オカヨシガモより多く(各10~15羽前後)見られたが、それらの種によるオオバンへの寄生的行為は観察していない。もしオカヨシガモに固有の行動なのだとしたら、それはオカヨシガモとオオバンの長い歴史の中で確立された生得的なものなのか、オカヨシガモが優れた観察眼(?)を持ち、ある条件下で学習しうる後天的な行動なのか、そしてそれに対してオオバンはどのような態度を取ってきたのかなど、興味は尽きない。


オオバンの持ってきた水草を食べるオカヨシガモ(背後はスズガモ
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(2007年11月20日   千嶋 淳)


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