鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

厄介な二種

2010-08-20 18:23:56 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
ハイイロミズナギドリ 2010年7月 北海道厚岸郡浜中町)


 海鳥の多くは、白や黒、それに茶色等といったシンプルな配色をしている。それでいながら識別には手を焼くことが多い。原因の一つには、観察条件の悪さがあるだろう。岬や海岸から観察する場合、遠くの海上に浮き沈みする「点」を、そのような場所では大抵吹きすさぶ強風で揺れる望遠鏡の視野の中で識別しなければならない。船で沖合に出て観察する場合、鳥との距離は近くなるが絶え間なく押し寄せる波やうねり、風の中、人によっては船酔いも加わる。なのに鳥との出会いは大体一瞬である。
 もう一つの原因として、先にシンプルな配色のものが多いと書いたが、それが仇となって互いに外観のよく似た種類の多いことが挙げられる。オオハムとシロエリオオハム、ウミガラスとハシブトウミガラス、コシジロウミツバメとクロコシジロウミツバメ…と例を挙げれば枚挙に暇がない。それらの中でも、春から夏の北海道近海で数も多く、また非常に似ているために頭を悩ますものにハシボソミズナギドリとハイイロミズナギドリがある。
 どちらの種類も南半球で夏(すなわち北半球の冬)に繁殖し、その後赤道を越えて北半球の高緯度海域に飛来する習性を持ち、全身褐色のよく似た外見をしている。北海道近海では、渡来のピーク時期は異なるもののしばしば混在し、しかも同じ群れに両種が含まれることもあるから非常にややこしいことになる。特に、種類ごとの数を正確に把握しなければならない調査の時などは本当に悩ましい。これまでの観察や文献等から、両種を識別する際に重視している点は、下記の通りである。

1)嘴と頭部
 酷似した両種は、嘴の形態に明確な差があり、ハイイロでより長く、がっちりした嘴をしている。これは両種の標本を比較するとよくわかる。観察条件に左右される野外では、ここまではっきりと違いがわかることは少ないが、管鼻の先から嘴先端までのラインが直線的で長いハイイロの嘴は、識別に非常に有用であると感じている。
 嘴の付け根から頭頂部にかけての形状は、多くの図鑑にあるようにハシボソで額が切り立って見える。ただし、ハイイロでも着水時に頭頂部が高くなっているのが距離によっては額が切り立っているように見えることもあるし、飛翔時にも角度によっては額が高く見えることがあるから、特に目視だけで判別する時には注意する必要がある。


ハイイロミズナギドリ(上)とハシボソミズナギドリの嘴・頭部の比較(標本)
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ハイイロミズナギドリ
2010年7月 北海道厚岸郡浜中町
翼下面は見えないが、長めの嘴や頭頂部へのなだらかなライン、細長い翼等は本種の特徴である。
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ハシボソミズナギドリ
2010年6月 北海道十勝郡浦幌町
短い嘴、せり出した額、寸胴な胴体や翼等が本種の特徴。
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2)翼、特に下面
 翼はハイイロでより細長く先が尖って見える。ハシボソではそれに比べて短小で、先端はやや丸みを帯びて見える。これは全身のプロポーションにも当てはまり、ハシボソの方が寸胴な印象を受ける。
 翼下面に白色部があるというだけでは、両者を区別する根拠にはならない。ハシボソは翼下面の色に変異が大きく、ほぼ真っ黒なものからハイイロよりも広い範囲に銀白色が出る個体まで様々だが、小~中程度には白色の出る個体が多い。一方、ハイイロの中にも銀白色部が狭く、光線や角度によってはあまり目立たない個体もいる。
 下雨覆のパターンは、ハイイロの識別に有用である。ハイイロでは下雨覆、特に初列下雨覆で黒い軸斑が明瞭で、数~10本以上の縦線となって白色部に浮き出る。また次列以降の下雨覆で翼と平行な3本の黒線が顕著なのは、ハイイロに多いようである。これらの特徴は、船上や海岸での目視で確認するのは難がある場合が多いが、デジタルカメラをはじめとする機材の進歩で多数個体を撮影できるようになったので、そのような時には有効と思われる。


ハシボソミズナギドリ
2008年4月 北海道目梨郡羅臼町
翼下面が少し白っぽいが、光線の影響もある。翼端はやや丸みを帯びる。
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ハシボソミズナギドリ
2008年4月 北海道目梨郡羅臼町
翼下面の非常に白い個体。白色部の範囲も広く、次列風切にも及んでいる。嘴や頭部は典型的なハシボソ。
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ハイイロミズナギドリ
2010年6月 北海道根室市
翼下面の白色部が狭い個体。
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ハイイロミズナギドリ
2010年8月 北海道厚岸郡厚岸町
初列下雨覆の軸斑が明瞭な個体。
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ハイイロミズナギドリ
2009年7月 苫小牧~大洗航路三陸沖
初列下雨覆の軸斑や次列下雨覆の3本の黒線が確認できる。
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3)その他
 嘴の比較で顕著だったように、ハイイロの方が大型であるが、野外でそれを実感できる機会は少ない。ただし、それを反映した飛び方の差は野外識別にも有効である。ハイイロはよりゆっくりとした、力強い羽ばたき(オオミズナギドリやアカアシミズナギドリほどではないが、それらにやや近い)で飛ぶが、ハシボソはもっと軽やかな、ぱたぱたした羽ばたきで飛ぶ。ただ、強風時や飛び立ち時にはハイイロの羽ばたきも早くなる。強風時にダイナミックソアリングする際にはハシボソもほとんど羽ばたかずに悠然と飛翔するが、少なくともハシボソがハイイロのような羽ばたき方で飛ぶことはあまりないように思う。
 北海道東部の太平洋では、両種とも4月中・下旬から飛来するが、ハシボソが4月末から5月上旬に最初の渡来ピークを迎えるのに対し、ハイイロはこの時期は非常に少ない。6月下旬頃よりハイイロが多くなり、7、8月には卓越することがある。ただし、同時期に後から渡って来た幼鳥と思われるハシボソの大きな群れが出現することもあるし、北方四島周辺海域等では夏期にも両種が普通に混在しているので、時期は補助的な条件に過ぎない。
 一般にハシボソはオキアミ食性、ハイイロは魚食性が強いといわれ、確かにハイイロはしばしば同じ魚食性のウトウと、ハシボソはミンククジラなどと同所的に見られることが多いようにも思うが、これもあくまで補助的な傾向であろう。


ハイイロミズナギドリ(左)とウトウ
2010年7月 北海道厚岸郡浜中町
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 以上に記した識別点の中には広く流布しているものもそうでないものもあるが、もしかしたら間違っているものもあるかもしれないし、掲載した写真も同様である。性差や成幼の差にはまったく触れていないが、それらを踏まえながら議論できるだけの経験や知識をまだ持っていないからである。個体差や観察条件によっては、どちらか判断しかねる場合も決して少なくないことも書き添えておく。
 毎夏、多くの「褐色のミズナギドリ」を野外で、そして屋内で画像、映像という形で眺め、少し違いがわかるような気になってきた秋も深まる頃、ミズナギドリ達の多くは再び赤道を越えて南半球へ帰ってしまう。およそ半年後の翌春、北半球へ戻ってきた彼らを迎えながら頭を抱える日々がまた始まるのである。


ハシボソミズナギドリの大群
2009年5月 北海道紋別市
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(2010年8月20日   千嶋 淳)


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2 コメント

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 おはようございます。 (birrrd)
2010-08-24 08:09:06
 おはようございます。

 ハシボソ、ハイイロ、時にはアカアシまでも、識別を避けてきました。撮ったら「死蔵」か、大群ならミズナギドリ達という感じで誤魔化して。
 クチバシの感じはまだまだ自分で目安になるほどではないですし、翼下面も同様。

 過日読んだ本によると、ハイイロとハシボソではかなりの体重差があるようで、それに起因する羽ばたきの差は、何となく分かった気になっています。これは撮った後では目安になりませんが。また、観察の時期については、羅臼沖で6月とかなら概ねはハシボソというような感じで「決めて」います(笑)。

 もとより、識別については不真面目な性格を糊塗するためにも、あまり熱心にしていませんから、『褐色ミズナギ類』ということで当面やっておきます。


 またお会いしたく。


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birrdさん、こんにちは。 (ちしま)
2010-08-24 18:06:27
birrdさん、こんにちは。

「Albatorosses, Petrels & Shearwaters of the World」によれば、ハシボソの体重は480~800g、ハイイロのそれは650~950gということで、多少のオーバーラップはあれど、ハイイロが露骨に重いのがわかりますね。羽ばたきの差が現場では一番わかりやすいかもしれません。仰る通り、撮影後に使えないのがアレですが。

 羅臼沖で通年調査した経験では、6月頃までは大部分がハシボソで、7月に入るとハイイロ率が急増するように思います。太平洋側ではもうちょっと早く、6月下旬にはハイイロが優占してくるような印象を持っています。ただ、同時期にハシボソ幼鳥の大群が入って来ることもあるので、一概には言えませんが。

 一つ確かなのは、南半球から赤道を越えてやって来る「褐色ミズナギ類」の大群は、ハイイロにしてもハシボソにしても大変感動的ということでしょうか。

 またどこかでご一緒できるのを楽しみにしております。
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