鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

厳寒の森の蛋白源

2007-02-12 19:18:39 | 鳥・冬
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All Photos by Chishima,J.
エゾシカの死体に群がるカケス(亜種ミヤマカケス 2007年2月 北海道河東郡上士幌町)


 平野部では温暖で雪の少ない今冬の十勝地方も、山間部は例年通り厚い雪に閉ざされていた。ほとんどの林道が積雪のため通行不可になっている中で、送電施設でもあるのか除雪されている道を見つけた。2月上旬の昼時、燦燦と注ぐ陽光を、雪の照り返しが増幅している森に冬の陰鬱さは感じられず、むしろ陽気な雰囲気が優占している。車を降りて少し歩いてみよう。緑黒の針葉樹は所々雪を纏い、白髭と黒髪のツートンカラーを呈している。その枝先にエナガが姿を現したと思ったら、隣の広葉樹の枝に止まり直し、羽づくろいを始めた。エナガの去った針葉樹の枝先では、今度はコガラが針状の葉の根元を、よく似たハシブトガラよりも細い嘴でつついている。

エナガ(亜種シマエナガ
2007年2月 北海道中川郡幕別町
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 カラ類やコゲラの忙しない声に包まれた林間に歩を進め、緩やかなカーブを曲がると、前方の斜面を数羽の中型の鳥がひらひらと舞うのが目に入った。カケスだ。どうやら地上近くに集まっていたらしい。よく見ようとした瞬間、カケスが群がっていた辺りの地上から、今度は大型の鳥が飛び立った。カラスよりもはるかに大きく、ゆっくりと、しかし力強い羽ばたきを繰り返す翼、それに尾には黒色の横縞が数本、明瞭に確認できる。そこまで認識した時点で、鳥は既に林の奥深くに姿を消していた。カメラはもちろんのこと双眼鏡で見る余裕すら無かったが、間違いない。あれらの特徴はクマタカの成鳥を示唆している。惜しいことをしたものだ。
 それにしても、林道脇の地上にカケスやクマタカが集まっているとはどうしたことだろう。再度、飛び立った場所に目をやると、そこには1頭のエゾシカが変わり果てた姿で横たわっていた。灰褐色の毛皮の随所から赤い筋肉や、場所によっては骨まで露出しているところから判断すると、昨日今日に死んだのではなく、しばらくの間彼らの腹を満たしてきたようだ。カケスは呆気にとられて立ち尽くす私など目に入っていないかのように、再びシカに群がり始めている。もしかしたらクマタカも帰って来るかもしれない。戻って車を取ってくると、ブラインド代わりに潜り込んだ。


エゾシカを食べるカケス(亜種ミヤマカケス;以下亜種名略)
2007年2月 北海道河東郡上士幌町
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 結局、クマタカが戻って来ることは無かったのだが、カケスたちの行動をじっくり観察することができた。カケスは当初多数いるのかと思ったが、5、6羽が入れ替わり立ち代り訪れていることがわかった。おそらく、同じ群れに属しているのだろうが、個体間では相手を攻撃・排除するような行動を示した。ただし、真剣な闘争に発展するようなケースはなく、あたかも新参者に場所を譲るように元からいた個体が立ち退くような感じだった。何がしかの順位が存在するのかもしれない。この群れのメンバーが血縁者であるのか、何の繫がりも無い他者なのか、通りすがりの私には知る由も無いが、少なくとも互いを認識しあっているようには見えた。


対峙する2羽(カケス
2007年2月 北海道河東郡上士幌町
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追い払われ(?)飛び立つ(カケス
2007年2月 北海道河東郡上士幌町
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周囲の枝で様子を窺う個体(カケス
2007年2月 北海道河東郡上士幌町
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 前述の通り、シカはかなり前から食べられていたようで可食部分は少なくなっており、毛塊ごと引き抜き、近くの枝で僅かに付着している筋肉を選り分けて食べるという、涙ぐましい努力をしている個体もいた。

毛塊をくわえる(カケス
2007年2月 北海道河東郡上士幌町
本文参照。
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 中には、「キュン、キュン」という調子外れな甲高い声を出している個体もいたが、この声に何の機能があるのかは不明である。もっとも、この声は一年を通じてそれなりの頻度で聞かれるから、一種の戯れみたいなものかもしれない。
 カケスは秋には群れを作って移動してゆくのをよく見るし、平地でも出会う機会が増え、相当数が季節的に移動していることが予想される一方で、このように山中にとどまって土地執着性を示す群れもいる。ドングリをはじめ種子食のイメージが強いカケスだが、山中に残る群れにとって、昆虫や無脊椎動物もほとんどいなくなる厳冬期に、シカの死体は貴重な蛋白源となっているのだろう。


カケス
2007年2月 北海道河東郡上士幌町
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 この場所は国立公園内なので、カケスが群がっていたシカは、飢餓等により自然死した個体と思われる。これが猟区だと、撃たれた後に必要な部分だけ取られて放置された残滓や未回収の死体も多数見られる。それらにはやはりカケスやワタリガラス等のカラス類やクマタカ、さらにはオオワシ、オジロワシも集まって来て真冬の重要な餌となっているが、鉛弾由来の鉛中毒によるワシ類の死亡が相次ぎ、カラス類やクマタカに至ってはその影響も十分に明らかになっていないのは残念なことである。


エゾシカ(オス)
2007年2月 北海道根室市
明治時代には乱獲と大雪により絶滅間際まで減少したが、近年は爆発的に個体数が増加し、農業被害や植生の破壊、交通事故等が問題となっている。
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オオワシ(成鳥)
2007年2月 北海道中川郡幕別町
朝早く、樹氷をバックに飛んでいた。
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(2007年2月12日   千嶋 淳)


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