鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

氷山の一角

2008-05-09 22:32:12 | カモ類
Photo
All Photos by Chishima,J.
ビロードキンクロのオス・若鳥 2008年4月 北海道浦河郡浦河町)


 10日ほど前、用事があって浦河まで出かけた。天馬街道の頂上部では湿った雪も舞っていたが、日高側を下り始めてじきに、冬枯れて褐色の山腹の所々を彩るキタコブシの白やエゾヤマザクラの淡紅の花に、今春のスピードの速さを実感しながらの道中であった。到着後、少し時間ができたので、港を覗いてみた。港は思いのほか大きく、冬は海ガモ類をはじめ海鳥で賑わいそうだったが、時既に遅く、少数のスズガモやカモメ類が残っている程度だった。そんな中、見落としてしまいそうなくらい岸壁の真下に浮いていた1羽のカモは、ビロードキンクロであった。一見メスぽいが、嘴に赤や黄色の部分が出かけて来て、顔も黒色みを帯びていることからオス若鳥のようだ。
 あまり多い鳥ではなく、至近距離で観察する機会は更に少ないので、しばらく観察・撮影を楽しんだが、何か腑に落ちない気配を察していた。擬人的な言い方をするなら、覇気が無いもしくは血色が悪い感じで、どこか不自然なのである。右側をこちらに見せていた体を反転させ、左側面を見せた瞬間、思わず「あっ」と声が出た。左翼の、風切羽が不自然に磨滅してほぼ羽軸だけになっているか、欠落しているのである。ビロードキンクロもその部位が気になるようで、しきりに羽づくろいを施している。しばしの羽づくろい後に羽ばたいて両翼を開くと、左右の風切のギャップは、より明白になった。


不自然な左翼(ビロードキンクロ・オス若鳥)
2008年4月 北海道浦河郡浦河町
著しく欠損した風切を気にしている。
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羽ばたき(ビロードキンクロ・オス若鳥)
2008年4月 北海道浦河郡浦河町
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 極度の磨滅で風切羽がほぼ羽軸だけになっていることや換羽でごそっと抜けて欠落していることはあるが、その場合、左右対称に進行しているはずであり、これはどう考えても何らかの事故によるものであろう。その事故は、例えば猛禽類に襲われたものの脱出して九死に一生を得たということも考えられるが、体の他の部分に目立った外傷も無く、左翼だけが傷んでいることを考慮すると、どうもこの部分に釣り糸や漁網が絡んだのではないかと推測される。
 その数日後、今度は地元十勝の漁港で、鮮やかな夏羽が多くなってきたハマシギやトウネンを観察していると、目の前に1羽の大型水鳥がぬっと浮上した。これが何とアビである。先日、岸近くで観察できて喜んだ海鳥であるが、今度の近さはその比でない。呆気に取られながらも数枚の写真を撮影している間に、アビは離れていった。そういえば、この港では少し前に釣り糸に絡まったアビが観察・撮影されている。もしかしてその個体か。


目の前に浮上してきたアビ
2008年4月 北海道中川郡豊頃町
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 シギの観察をひとしきり終え、気になったのでアビの姿を探すと、港内の砂浜部分に上陸していた。先ほどの近さと言い、上陸と言い、常態ではまず考えられない。身を低くして接近すると、かなり寄ることができた。やはり衰弱しているようだ。そして、胸部から腹部にかけて釣り糸もしくは漁網のようなものが絡まっていた。


上陸中のアビ
2008年4月 北海道中川郡豊頃町
写真ではわかりづらいが、胸から腹にかけて釣り糸か漁網が絡んでいる。繁殖期以外にアビ類が上陸するのは、衰弱したか余程海が荒れた時以外にまず無い。
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 もう少しで保護・収容かという距離まで近付くと、さすがに地面を這いずって海に入った。遊泳には特に問題無いようだが、頻繁な羽ばたきとその間の羽づくろいは先日のビロードキンクロと共通している。鳥にとって羽毛がライフラインとしていかに重要で、その損傷が鳥にとって物理的・心理的圧迫になっているかを物語っている。


頻繁な羽ばたき(アビ
2008年4月 北海道中川郡豊頃町
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 この港では、3月にもおそらく刺し網の漁網が胸に絡み、というか網の目自体に胴体が刺さり、衰弱して上陸していたクロガモを観察している。このように弱って人間の目に触れる個体は、実際に被害に遭っている鳥のごく一部でしかないと考えられる。にも関わらず、昨秋の「身勝手の犠牲者」以降も、釣具や漁具に絡んで負傷・衰弱している海鳥を幾度も観察している。これが多少の規模の違いこそあれ全国で起きていて、実際にはその何倍もの数が負傷、更には死亡していると考えると空恐ろしささえ覚える。


上陸したクロガモ・オス
2008年3月 北海道中川郡豊頃町
手前の個体の背中から腹にかけて、網がしっかりと絡んでいる。
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 漁業活動中の混獲に関しては難しい問題もあり、時間をかけて解決の糸口を探ってゆく必要があろうが、故意による漁具・釣り具の放置は厳しく規制してゆかねばなるまい。いっそのこと、発覚したら放置した物の重さ(100g単位か)×10㎞の沿岸清掃くらいの罰則を義務付けてくれないものかと思っている。そうでもしないと、海鳥たちの将来は決して楽観できるものではないはずだ。


左脚先端の欠如したウミネコ
2007年9月 北海道十勝郡浦幌町
釣り糸・テグスが巻きついて脱落したものと思われる。
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哀れ!(オオセグロカモメ・幼鳥)
2007年11月 北海道十勝郡浦幌町

電線に引っ掛かって残置された釣り具を餌と勘違いして飲み込もうとしたのだろう。発見時はまだ生きており、時折羽ばたいていたが、当然逃れることは敵わない。
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上の遠景。このカモメの後日は、敢えて確認に行っていないが、御想像の通りであろう。
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(2008年5月9日   千嶋 淳)


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