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バカが専用機でやってきた

2010-04-15 | 日記・エッセイ・コラム

                             

きょう発売の週刊文春のトップ記事、タイトルは「バカが専用機でやってきた」。バカとは、もちろん鳩山由紀夫・日本国首相のこと。アメリカは、鳩山に辟易としているようだ。とうぜんの反応だ。http://www.bunshun.co.jp/mag/shukanbunshun/


奄美群島日本復帰

2010-04-15 | 日記・エッセイ・コラム

                                                                                        

鳩山政権は、普天間基地移設問題で迷走をつづけている。まさにダッチロール状態だ。アメリカのメディアは、鳩山首相をルーピー Loopy 書いている。バカ・アホ・マヌケ・キチガイ・卑怯者、など人を馬鹿にするときの、最大級の表現のひとつだ。フジテレビ、夕方のニュースでは、(くるくる)パーといわれているようなものだ、と報道していた。ホワイトハウスの高官が、鳩山首相をこう呼んでいるのが、新聞記者にもれたのだろう、と。

 ( メディア自身の調査でも、政権の支持率が30%を割った。これでもう、メディアは鳩山由紀夫を擁護しないだろう。大多数の国民は、もう支持してないのだから、手のひら返しに政府を非難・批判しなければ、自分らがマヌケになる。客の意思(民意)に反して、いつまでも政権にすりよっていては、自分らの商売にかかわる)。

  ワシントン・ポスト紙が鳩山首相を酷評 http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20100415/plt1004151614002-n1.htm

  哀れでますますいかれた鳩山首相 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100415-OYT1T00362.htm

                   

鳩山政府は、沖縄・普天間基地の移設先の候補に、唐突に、徳之島を名指した。しかし、奄美群島の激烈な祖国復帰運動を知っていれば、徳之島に米軍基地をつくるなどという発想は出てこないはずだ。アメリカは、沖縄よりずっと前に奄美群島の統治を諦めて日本に返還しているのだ。1953年(昭和28年)のことだ。

沖縄とおなじように、戦後、奄美群島はアメリカ領になった。日本は外国だから、鹿児島に行くのも、密航になった。アメリカは、集会や出版を禁止した。

しかし、奄美群島祖国復帰運動は、激しかった。奄美の人々の日本に対する帰属意識は、強烈だった。学校では、米軍支配下の琉球政府が提供する教科書をつかわず、日本から密かに持ちこんだ教科書をつかった。14才以上の99.8%の住民が、祖国復帰嘆願書に署名をした。小学生、中学生が血判状をしたため、全島ですべての機能を停止するゼネストを決行した。青年たちは、小舟で鹿児島に密航して、東京に出て、国会や各国大使館で祖国復帰を訴えた。奄美大島祖国復帰会議の泉議長は断食をつづけ、昭和天皇に長文の電報を打って祖国復帰を嘆願した。

こうした激しい祖国復帰運動と反米運動に嫌気をさしたアメリカは、奄美群島統治を諦め、「クリスマス・プレゼントだ」と捨てぜりふを残して、1953年12月25日、日本に返還したのだ。(沖縄返還は、1972年・昭和47年)。

そういう歴史がある奄美群島の徳之島に、鳩山政権は、ふたたび米軍基地をつくろう、という。徳之島の人々が激怒するのも、とうぜんのことだ。

   奄美群島日本復帰 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/japan/amami.html