完全親会社が吸収合併存続会社であり,完全子会社が吸収合併消滅会社となる吸収合併において,単純に簡易合併の要件を満たすものではないことは,再々取り上げたとおりであるが,上場企業のプレスリリースをみると,「特別損失(抱合せ株式消滅差損)の計上のお知らせ」が散見され,誤解があるように思われるので,再度取り上げる。
cf.
平成20年1月3日付「簡易組織再編」
完全子会社がいかに簿価資産超過であったとしても,抱合せ株式の帳簿価額がこれを上回る場合には,常に「差損が生ずる場合」に該当し,簡易合併によることはできない。
すなわち,簡易合併によることができるのは,
「完全親会社における完全子会社株式の帳簿価額 ≦ 完全子会社の純資産額」
である場合であって,
「完全親会社における完全子会社株式の帳簿価額 > 完全子会社の純資産額」
には,不可なのである。
前者の場合は,吸収合併によって,抱合せ株式消滅差益が生じ,後者の場合は,逆に,抱合せ株式消滅差損が生ずるのであるから,後者は,簡易合併によることができない「差損が生ずる場合」に該当するのである。
それでは,後者に該当しそうな場合に,これをクリアする策は,ないのか。
この点について,回避策としては,「決算期末に完全親会社が有する完全子会社株式について,会計上,減損処理が行われ,完全子会社株式の帳簿価額が切り下げられた後に合併が行われた場合」であると解されており(後掲・小松ほか251頁),そのような対応をとるべきである。
ただし,「子会社株式の評価損を計上するのは決算時なので,原則として合併直前に評価損を計上する機会はない・・・(また)吸収合併を予定していなくても子会社株式の評価損を計上することが合理的といえるか等を慎重に検討しなければならない」(後掲・中村47頁)という点は,留意する必要がある。
上場企業のプレスリリースでは,四半期会計期間の初日を吸収合併の効力発生日として,当該効力発生日を含む四半期会計期間に特別損失(抱合せ株式消滅差損)を計上している例が比較的多く見受けられるが,これが真は合併前の減損処理であると善解するとしても,期中の処理である点は,やはり問題があると思われる。
簡易合併の要件は,吸収合併の効力発生日の直前の時点において満たしている必要があり,かつ,それで足りる(吸収合併契約の締結時点では満たしていなくてもよい。)が,結局のところ,差損が生じるか否かが確定するのは,吸収合併の効力発生日時点であるから,判断が微妙なケースでは,簡易合併によるのではなく,通常の合併手続を選択しておくのが無難である。
cf. 小松岳志=和久友子著「ガイドブック 会社の計算【M&A編】」(商事法務)2011年2月刊
http://www.shojihomu.co.jp/newbooks/1844.html
森・濱田松本法律事務所編「新・会社法実務問題シリーズ/9 組織再編」(中央経済社)2010年5月刊 ※247頁以下
http://shop2.genesis-ec.com/search/item.asp?shopcd=17262&item=978-4-502-99370-1
中村慎二「簡易組織再編における『差損』の判定」旬刊商事法務2010年3月25日号
相澤哲編著「Q&A会社法の実務論点20講」(金融財政事情研究会)2009年12月刊 ※170頁以下
http://store.kinzai.jp/book/11545.html