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中国:対米外交の転換 と 香港:周庭さん逮捕/釈放の真の意味

2020-08-13 19:06:00 | 国際
最近、中国が「対米講話路線」に転じたようである。その裏には北戴河会議があり、そこで習近平が吊るし上げられる苦しい立場に追い込まれている、という実態があるようだ。

この件について作家で中国ウォッチャーでもある石平氏による秀逸な解説があるので、それを抄録の形で紹介したい。

2020年8月5日と7日の二度にわたり、中国の外交の責任者の二人が米中関係に関わる重要な発言を行った。それはアメリカに対して関係改善を求める内容であった。

その一人が王毅外交部長(外務大臣に相当)である。8月5日に中国の新華社の単独インタビューで語っている。その内容は「中米は分離ではなく協力によって両国関係の発展を推進すべき」というものだ。

米中関係についての王毅発言のポイントは下記の4つである。
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・「底線(容認できる限度)」を明確化して対抗を回避
・意思疎通のルートをか開いて対話を行う
・分離(切り離し)を拒絶し、協力関係を保つ
・ゼロサム的考えを捨て、責任を共に担う
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中国のアメリカに対する一種の熱烈なラブコールといった内容である。

上記の3番目に記された「分離を拒絶」というのは、恐らくトランプ米大統領の6月18日の発言「中国との完全なデカップリング(切り離し)の選択肢は維持する」に対するレスポンスであろうことは容易に想像できる。デカップリングとは今後一切中国との関わりをなくすということだ。

しかし、この王毅氏の「分離を拒絶する」というのはおかしな話である。相手(アメリカ)が中国に対して拒絶して離れていこうとしているのに、それに対して「分離を拒絶」というのは意味が通らない。王毅氏が「拒絶」という言葉を使うのは、自分のメンツを保ちながらも本音では「アメリカが去っていくことが嫌だ」「本当は付き合いたい」「相手にしてもらえないと困るんですけど」と子供がごねているようなもので、そういうメッセージをアメリカに送っている、ということである。


二人目の発言を紹介する。

中国の外交担当のトップであり共産党政治局員でもある楊潔篪(ヨウ・ケツチ)氏の発言である。
楊氏は8月7日に新華社通信に米中関係についての記事を寄稿している。その内容は王毅発言と軌を一にするもので、米中関係を維持して安定化させるべき、というものである。

楊潔チ氏が寄稿した記事内容のポイントは次の通りである。
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・米中関係の維持と安定が最重要だ
・アメリカ側は米中関係を一方的に壊してきた
・アメリカ側は過ちを改め、中国と共に意見の食い違いや対立を管理し、協力を拡大しWIN-WIN関係を構築すべきである
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王毅発言と楊潔篪寄稿の共通点は下記の通りである。

・相手の意向とは関係なく「米中関係の重要性」を一方的に表明し、関係の維持と拡大を求める
・自らの非を一切認めず、関係悪化の責任を全て相手に押し付ける
・中国が「しつこくて支離滅裂」「付き合いたくない」「嫌な奴」の典型になっている


現在のアメリカは中国に対して経済・政治・軍事のあらゆる面で制裁措置を発動しており、封じ込めを進めている。それに対して中国は「やめてください。米中関係は大事です」と、良い関係を作ろうと一方的に求めている。自分を振った相手に対して「もっと付き合いましょう」と求めているのだ。しかも振られた原因を相手側に押し付けているのもお笑いである。相手との付き合いをなくしたくないなら、今までの自分(中国)の悪いところ、至らないところを素直に認めて反省するのが本来の筋であろう。しかし誇り高い(笑)中国は「自分に非があった」とは口が裂けても言えないのである。謝るのはアメリカ側だ、と言うのだ。どう見ても理不尽な話だが、中国にはこれが理不尽であることが理解できないのである。(蔑笑)

実際、中国側の態度は「ストーカー気質で言ってることが支離滅裂で平気で責任転嫁してくる嫌な奴」の典型、と言えるだろう。


8月5日と7日に相次いで上述のような対米講話路線を突然打ち出してきた中国だが、それまでの中国はアメリカを敵視して徹底的に対抗してやる、という姿勢であった。反米プロパガンダ映画まで作って国民の反米感情を煽りに煽ってきたのである。

8月に入って中国の中で何が変化したのであろうか?
ポイントはここにある。

そのポイントとは、現在開催中の中国の「北戴河会議」であろう、と石平氏は推察する。


そもそも「北戴河会議」とは何であろうか?
それについて産経新聞がまとめた記事から内容を紹介する。

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[中国共産党の北戴河会議]

場所:河北省秦皇島氏北戴河(北京から約270キロの避暑地)

時期:通常は8月上旬頃に2週間程度

参加者:共産党中央幹部や長老、有識者ら

方式:各人の別荘などで非公式な会合や食事会を繰り返し、重要政策や人事についてコンセンサスを醸成

起源:水泳好きの毛沢東が渤海に面した北戴河を避暑地として、党幹部らも集まるようになった
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北戴河は中国共産党高級幹部専用の別荘群がある避暑地である。現役幹部と引退した長老たちが直接会ってアドバイスしたり話し合ったりする唯一の機会でもある。

これはそのまま長老たちが現役の幹部たちに現在の政治に対する不平不満をぶつける場でもあるのだ。

産経新聞の8月5日の記事では、会議が既に始まった、と伝えている。実際に北戴河会議が始まっているのは間違いないだろう。7月31日までは中国の人民日報や新華社通信の記事は毎日のように習近平主席や李克強首相たちの動静を伝えていたのだが、8月に入った途端にどの動静を伝える記事がピタッと止まったのである。党幹部たち全員が姿を消したかのような状態になった。それはすなわち全員が北戴河の別荘地に入った、ということなのである。

現役幹部たちとは別に参加する長老たちはどのような顔ぶれなのか。その顔ぶれを石平氏が予想している。

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「北戴河会議」に参加しうる長老のリスト

・江沢民(94歳)共産党元総書記、元国家主席
・胡錦濤(78歳)共産党元総書記、元国家主席
・温家宝(78歳)共産党元政治局常務委員、元首相
・朱鎔基(92歳)共産党元政治局常務委員、元首相
・曽慶紅(81歳)共産党元政治局常務委員、元国家副主席
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江沢民氏は高齢故に健康上の問題で北戴河会議に出席していない可能性もある。曽慶紅氏は江沢民氏の側近中の側近であって、江沢民の名代のような立場であり、懐刀のような存在である。


問題は今年のこの会議だが、例年と異なる状況がある。それは今年に入ってからの習近平主席の失政・失敗があまりにも多すぎることだ。それに対して長老たちが集中的に批判し責めるであろうことは想像に難くないところである。

長老たちは具体的にどのような事を責めるのか?


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長老たちが習近平主席の失政を責めるポイント

・一帯一路の失敗、香港「一国二制度」の破壊、「台湾統一」はますます不可能となっていること
・米中関係の徹底的な悪化、国際社会から孤立化
・「集団的指導体制」と「最高指導者任期制」の破壊
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香港問題については、香港をイギリスから返還させるにあたって種々の役割を果たした江沢民や曽慶紅たちから見れば、習近平がやらかした「一国二制度」の破壊は間違いなく不満であろう。これによって中共の念願である「台湾統一」も実現が遠のいたからである。米中関係の破壊もそうだし、内政については「集団的指導体制」と「最高指導者任期制」を破壊したことが気に食わないのは明らかであろう。江沢民や胡錦濤は任期制のルールに従って退いているのだ。にも関わらず、習近平は任期制を壊して終身権力者として君臨しようとしている。これは長老たちには大きな不満として映るであろう。


しかし、実は長老たちが習近平主席を批判し責め立てる最大のポイントがある。

それは「米中関係の悪化」である。
米中関係を悪化させただけではなく、それに伴う米国の制裁措置のエスカレートを招いてしまったことが長老たちには我慢ならない不満なのである。長老たち自身とその家族の「核心的利益」が脅かされるからである。

アメリカは中国高官たちや彼らの親族の財産の凍結または没収も行うとアナウンスしている。こうなると最も困るのは長老たちなのである。長老だけでなく彼らの親族はアメリカをはじめ世界各国に莫大な財産を持っている。長老たちの子孫の未来を託しているのはアメリカである。習近平がアメリカとの関係を破壊したことでアメリカが中国に制裁を加えることになると、中国がよく使う言葉で「核心的利益」というのがあるが、これが脅かされる事になって困る、ということになる。だから習近平を批判するのだ。

長老たちは一致団結して「これ以上の関係悪化は許せない。いい加減に米中関係を改善せよ」と求めるのである。さもないと長老たちは「習近平を許さないぞ」ということだ。


現在開催中の北戴河会議では実はこうした事が展開されているものと推測されるのである。だからこそ、北戴河会議が開始された直後の8月5日と7日に外交責任者二人の発言が出たのであろう。外交責任者と言っても実態は習近平の部下である。つまり、北戴河会議で吊し上げを食らった習近平の指示で二人がそのようなメッセージを発信した、と考えられるのである。

更に言うなら、そのメッセージはアメリカに対するものと言うよりも、怒り心頭の長老たちを”なだめる”目的の方が大きいのだろうと思われる。(苦笑)

図式を簡略化して説明するなら、「北戴河会議で長老たちに米中関係を破壊した事の責任を問われて吊し上げを食った習近平が怒りの長老たちをなだめて圧力を回避する為に部下である二人に関係改善という路線転換のメッセージを発信させた」ということになるだろう。


ここで最大の問題点を指摘する。

習近平は果たして本気で対米関係を改善する意志があるのだろうか?・・・ということだ。現段階ではそこまでは判らないのが実情だ。前述のように、習近平は長老たちからの圧力をかわす為だけに一種のポーズをとった、という可能性もあるのだ。

もう一つの可能性は、長老たちの大きな政治的圧力に屈することで習近平は本当に対米講話路線に転じる決心をした、というものである。


では、どこでそれを見分けたらいいのか?


8月9日にアメリカのアザー厚生長官が台湾を訪問した。そして蔡英文総統との会談を行い、トランプ大統領からのメッセージを伝えた。これは中国から見れば「底線」つまり「容認できる限度」を超えるものである。このアメリカの厚生長官訪台を中国はどのように受け止めたのか?そこが中国の姿勢を見極める試金石になるのである。

このようなケースでは中国は事前に強い態度を示して恫喝するのが通例である。案の定、8月6日に中国外務省報道官はこのアザー長官の台湾訪問に対して「中国側は有力な対抗措置を断固として取る」と発言している。報復するぞ、と言ってるのである。

8月6日から中国のメディアでは上述の報道官の言葉をタイトルに使って記事を掲載している。人民日報系の環球時報では「(厚生長官の訪台に対して)中国は場合によっては武力行使する可能性がある」と明言している。アメリカに対する軍事的恫喝である。

アメリカはそんな恫喝を無視して長官の訪台を実行した。そして長官が蔡英文総統と会談する時に中国軍機が中台中間線を超えて飛行し台湾側の領域に侵入したのである。それに対して台湾軍機がスクランブルかけて飛んでいくと、中国軍機はすぐに引き返して中国側領空に戻ったということである。これでは恫喝にもならない。

次に、8月10日にアザー長官と蔡英文総統の会談が行われたが、それについて中国外務省の報道官は「アメリカは今までの台湾に関する約束に違反した」と述べ、さらに「中国はアメリカと台湾の政府間往来に反対する」と述べている。

まだ続きがある。さらに「中国はこの件でアメリカと厳正なる交渉を行った」と発言しているのだ。これは実は中国流の言い方である。つまり中国にとってこの件は「既に終わった」と言っているのだ。この件はもう幕引きしたいのだ、中国は。


これら一連の対応を見るに、石平氏が考える結論は下記の通りである。


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アザー長官訪台で見た中国対米が意向の腰砕け

・訪台前の8月6日、中国外務省報道官「断固として有力な報復措置をとる」
・蔡英文総統と会談後の8月10日午後に中国外務省報道官「断固として反対、既に厳正なる交渉を行った」
・「報復措置」への言及は無し ←(これが大きい)
・一方的に「幕引き」を宣言
・事実上の対米降参。腰砕け外交となった
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中国がやっていたのはヤクザ・チンピラの喧嘩のやり方である。上述のように中国の対米外交は「降参」であり、腰砕け状態になっているのである。


上で「見分ける」と書いたが、中国の姿勢の変化を見きわめた結果、やはり対米講話路線への政策転換は事実であった、ということになる。


注目の北戴河会議は現在、既に終了したそうである。中国メディアの記事で中国のNo.3の高官が北京に戻って政治活動をしている記事が出たので、これはすなわち北戴河会議が終わった、ということになる。


結論は下記の通りである。

習近平は北戴河会議で長老たちに吊るし上げられた結果、対米強硬外交からの一時的な路線転換を余儀なくされた…ということである。


そして、中国はアメリカへの報復として民間人を含むアメリカ人への制裁措置を発表したのだが、アメリカ人への制裁と言ってもトランプ政権の高官は対象外で、政権に関係ない政治家や民間人が対象であり、実質的に無意味な内容となっている。

そして、先日の大きなニュースである香港に於ける周庭さんと黎智英さんの逮捕である。なぜか逮捕した翌日には保釈されたというよくわからない対応に日本でも疑問として注目されている。

このアメリカ人への制裁と周庭さん逮捕という2つの事案には何の意味があったのだろうか。

中国政府が何より気にしているのは国民の目である。国民からの支持がなければ政権は崩壊する。上で説明した通り、対米外交は腰砕けに終わり、アザー長官の訪台もある。中国としては国民の目をなんとか他に逸らしたいところだ。そこで前述の2つの案件を実行したのである。特に周庭さん逮捕のニュースは世界中で話題になり、見事中国政府は国民の目を逸らすことに成功したのである。目的がそこにあったのだからすぐに保釈しても全然構わなかったのである。国民の目を逸らして中国のメンツを保つ為の「茶番」であった・・・そういうことなのである。