Altered Notes

Something New.

ディープ・パープル「ファイア・ボール」(DEEP PURPLE "FIREBALL")

2020-08-02 09:00:00 | 音楽
イギリスの有名なロックバンド「「ディープ・パープル」」に「ファイア・ボール」という曲がある。

1971年7月に発表されているのだが、筆者はこの曲がディープ・パープルとの出会いであった。あの名作アルバムとして知られる「マシン・ヘッド」が出る前の時代である。この曲自体はファンの間でもそれほど評価はされていないようで、ディープ・パープルの歴史が語られる時には曲名が出てこない(省略される)場合も多々ある…というくらい、地味な存在の曲である。

だがしかし…。

確かに作曲的な面では特に「音楽的な作品」とは言えないものだが、この曲の真価は実は”演奏”にある。リズムのグルーブ感(ドライブ感)が秀逸なのである。リズム…特にドラムである。バンドの創立時から在籍しているイアン・ペイスが演奏するドラムが生み出すリズムのグルーブ感はこの曲の最高の魅力である。

イアン・ペイスは非常に上手いドラマーだ。まず技術的に大変しっかりしており、ジャズ的な技術・センスもマスターしている。(*1)そしてドラムという打楽器を非常に音楽的に演奏できるドラマーなのである。ディープ・パープルはいわゆるハードロックと呼ばれているが、イアン・ペイスのドラミングは全く力み(りきみ)がなく、必要最小限の力でスムーズにリズムを刻み、そして圧倒的なグルーヴ感を醸し出す。そして軽快かつスリリングにフィルインを決めていく。筆者にとって「ディープ・パープルとはイアン・ペイスのことである」と言っても過言ではない。

この曲(Key=Bm)のヴォーカルがスタートして17小節目(A7のところ)から8小節分のパートでドラムは16小節目までのリズムとは若干形を変える。この曲はそもそも速いテンポでスタートするが、その速さにも関わらず、17小節目からの8小節は非常にゆったり感を感じさせる4ビート的でややシンコペーテッドなリズム型(スネアが表拍と裏拍交互に打ち込まれる)になって心地よいグルーヴ感がある。そのせいで一緒に鳴っているベースも4ビートを演奏しているようなイメージで聴こえてくる。ここがジャズ的で浮遊感があり、大人な雰囲気を感じさせる部分として気に入っていたのである。 

普段のイアン・ペイスは1バス(バスドラムが一つ)で演奏するが、この曲を演奏する時だけ2バス(バスドラム2つ)で演奏する。この速いテンポでバスドラムを8分音符で打たなければならない曲なので2バスが必要だったのだ。もっとも現代なら1バスでもスピードペダル(*2)を使うことで同じ演奏は可能ではある。(*3)


参考までに、ディープ・パープルのコンサート映像も紹介しておく。ここでは恐らくアンコールの場面で「ファイアーボール」を演奏する為に新たに追加のバスドラムを持ってきてセッティングして2バス体制に変更している様子が映っている。

Deep Purple - Fireball (Live)




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(*1)
ディープ・パープルが出てきた頃のロックドラマーはたいていジャズを演奏した経験を持っている。彼らにとってのアイドルもジャズドラマーだったりする。例えばEL&Pでおなじみのカール・パーマーのアイドルはバディ・リッチである。実際にカールの演奏スタイルにはバディ・リッチ的なイデオムが見られる。今の時代ならロックドラマーがアイドルとする先達はやはり同じロック畑のドラマーである場合がほとんどだろうが、ディープ・パープルなどが出てきた1960年代から1970年代の時代だとお手本になる先達はロック畑にはいなかったのである。なぜなら、ロックという音楽自体が成立・成熟に至る途上の過程にあったからだ。したがって当時のロックドラマーがお手本にしていたのは必然的にジャズドラマーである場合が多かったのだ。

(*2)
1バスを2つのビーターで打つことができる仕組み。通常はバスドラムには一つのペダルが設置され一つのビーターがバスドラムを打つ。しかしスピードペダルでは一つのバスドラムに対してフットペダルが2つ用意され、左足をハイハットシンバルからバスドラ用の第2ペダルに移して両足で交互に踏むと1バスなのに2バスのような連打が可能になる。1バスを左右両足で打つスタイルである。なお余談だが、イアン・ペイスは左利きのドラマーなので、彼の場合は普段ハイハットシンバルを踏んでいるのは右足である。

(*3)
比較的新しい演奏(2016年頃?)で、ジャム・セッションとされているが、楽器のアンサンブル授業の模様のようにも見えるビデオ映像があった…のだが、現在は非公開になっているものがあり、それが視聴可能な時代に見た限りではイアン・ペイスは1バスで”FIRE BALL"を演奏していた。足元を見ると、案の定、スピードペダルを使用している事が確認できたのだ。また、バスドラは必ずしも八分音符で打ちっぱなしではなく、曲の場所によってはバスドラのパターンを変えて、その部分はハイハットも踏んでいたりする。音楽なので、こうした演奏のヴァリエーションもその時の状況や成り行きによってはあるのである。[2023年11月21日修正]