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Altered Notes

Something New.

歌手のタイプ(声質の違い)について

2021-04-14 18:18:00 | 音楽
1~2年前くらいだったと思うが、あるTV番組でプロのコーラス歌手である今井マサキ氏(*1)が歌手の声質の違いについてレクチャーしていたのが面白かったので紹介したい。

人の声質には様々なタイプがある。声には「音」としての「芯」というか「核」になる部分(*2)があり、その「核」が歌手の前方にあるのか後方にあるのか、はたまた歌手の頭上にあるのか、という違いを今井氏は実演付きで示してくれた。これは例えば野球のピッチャーで言えば柔らかくフワッと投げる人もいれば後方から速攻でスパーン!と的に当てるように投げる人もいて、タイプに依る個性の差は非常に大きい、と。

例えば音声の「核」が頭の前方に存在する人の一例として郷ひろみ氏を挙げた。これは筆者が聞くに「地声発声」のことだと思った。「地声発声」とは「喉声」とも呼ばれるもので喉を閉じて出す音声である。やや力みが入る場合が多い。ブルガリア民謡や日本の民謡の歌唱はこの地声発声で行われる。(*3)

一方の、音声の「核」が本人の頭の後方に位置する人の一例として今井氏はEXILEのATSUSHI氏を挙げている。R&B系に多いとも紹介されていたが、これは音質に深みがあり奥行きを感じさせる音色である。これもまた筆者が聞くに、「ベルカント唱法」に極めて近いものである。平易に言えばヨーロッパの「オペラで使われる発声法」である。喉を最大限オープンにして横隔膜から空気を送り出して声を出す歌唱法だ。

余談だが、ベルカント唱法で日本語のオペラをやると、何を言っているのか聞き取りにくい。それには訳があって、欧米系の言語は子音文化の中に存在しているのであり、一方、日本語は母音文化によって成立している。ベルカント唱法というのはイタリア語と密接な関係にあり、その中で発達してきた声楽の発声法だ。すなわち欧米の言葉の環境で成立した発声法に対して言語文化が根本的に異なる日本語をアタッチさせているので、そもそも無理筋だったりするのである。

話を戻す。

今井マサキ氏はさらに興味深い実例を挙げてくれた。久保田利伸氏である。

久保田利伸氏の場合は基本的には喉をオープンにしたR&B系の深みのある音質であり、その音声の「核」は頭の後方に位置する。だが、興味深いのは久保田氏の歌唱の中で部分的に「核」がいきなり前方に出てきて聞き手に向かってスパン!と勢いに満ちた音のボールが投げられる事がある。音声のフォーカスする位置、つまり核の位置が後方から歌唱中に突然前方に移動してくるのである。この辺に久保田利伸氏の歌唱に於ける独特な個性が見られる(聴かれる)のだ。

そして、最後に今井マサキ氏はプロのコーラス歌手として大事な事を述べた。

自分がコーラスでサポートする歌手の声質のタイプをしっかり認識・把握する事で最適なコーラスが可能になる、ということである。簡単に言えば・・・音声のフォーカスする「核」が後方にある歌手のバックで地声発声(「核」が前方にある)でコーラスしたら、これは全く的はずれな事態になってしまう。つまりコーラスが変に浮き出てしまうのでサウンド的に悲惨な結果になる。なので、そうならないように、歌手の音声を見極めた上で決して歌手より前に出ることのないようにコーラスの声質を作って仕事に臨む…それがコーラス歌手の「職人としての役割」ということなのである。



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(*1)
なお、今井マサキ氏は有名歌手のバックコーラス等の他に歌手やアイドルへの歌唱指導も行っている。例えば、2020年の暮にNHKの歌番組で日向坂46の加藤史帆さんと齊藤京子さんがデュエットでザ・ピーナッツの曲を歌唱していたが、その歌唱指導は今井マサキ氏だった。

(*2)
音声がフォーカスするポジションである。カメラでフォーカス合わせをする時に焦点がしっかり合う場所、つまり合焦するポイントがあるが、歌手の音声にもそれがある、ということだ。その一点に音声の核となる部分が”まとまる”のである。

(*3)
但し、郷ひろみ氏の発声は地声発声だけでは語れず、実は奥行きと深みが感じられるテイストをも併せ持っている。よくモノマネ芸人などが郷ひろみ氏の声マネをする場合は思い切り地声発声に寄せることで観客の喝采を受けたりするのだが、実際の郷ひろみ氏の声質は前述のように深みを感じさせる部分も含まれている。モノマネになると対象の最も印象的な個性のみをデフォルメして再現する事になるので、似ているようで実は全然違っていたりするのである。




良い演奏とは~マイルスが示唆するもの~

2021-03-23 01:11:11 | 音楽
ジャズ屋の面白い側面の一つに「遠回しに本質的な事を言う」というのがある。例えば「馬」の事を語ろうとする時に「馬」とストレートに言ってしまうのではなく、遠回しに色々な表現を駆使する中で聞き手がやがて「この人は”馬”の事を言っているのだな」と自ら気づくように話を持っていくのである。

これはそのまま音楽表現の手段・手法でもある。音楽理論に(単純に)沿った演奏は整った美しさを持つ一方で解釈の余地を許さない場合が多い。解釈の余地がないということは音楽的な幅の広さに限界がある、ということでもある。ヒットチャートの音楽などはそうした形態の音楽と言っていいと思う。

何を言っておるのだ?…とお思いであろうが、下記の講演をお聞きいただきたい。

Herbie Hancock on Miles: Don't play the butter notes! (*1)

最初に上記リンクを貼った時には日本語字幕が付いた映像があったのだが、現在は翻訳字幕無しのヴァージョンしかないのでご了承いただきたい。内容は『ハービー・ハンコックがマイルスから受けたアドバイス 「バターノートを使うな」』というものである。

マイルスはハービーに対して「バターノート(音)を弾くな」というアドバイスをした。バターは脂肪がたっぷり含まれている。「脂肪たっぷりギトギト」なそれをハービーは「判りきった音」として解釈した。脂肪がたっぷりでギトギトするほど性格の明らかなもの…バターノートを最も象徴する音としてハービーは3度の音と7度の音を挙げている。

確かに3度の音はその和音がメジャー(長調)かマイナー(短調)かを分ける決定的な音である。(*2)7度の音も♭7thであればその和音がドミナントコードであることを表し、従って次に続くコードはトニック(主和音)かそれに類似するコードになることが既に予見できる音である。♮7thならメージャー7thであり、ポジティブで穏やかな雰囲気を付加する音になる。これらが和音に含まれていると、その和音の性質が明確になり雰囲気が決定してしまう(わかりきった展開が予見される)…という特徴がある。もちろんハービーが言っているのはコードだけではなくフレージングラインも含めての事である。

筆者としては、突き詰めるならバターノートの最たるものは「3度の音」だと考える。そうした余りにも性格・役割が明確過ぎる音は、鳴らした途端に聞き手にストレートに伝わってしまう。それが例えばジャズの持つイマジネーションの広がりを自ら否定し潰してしまうような面もある。イマジネーションの広がりに自ら制限枠を設けてしまうようなものである。(*3)

ハービーは最も象徴的な例として3度と7度の音を挙げたが、ジャズに限らず音楽には様々な面があり、様々な瞬間がある。なので、マイルスが言うバターノートとは

「その瞬間に和音の性格や音楽の表情を最も安易に決定付けてしまうような要素」

であり、

「そういうものを安易に弾くな」

とマイルスは言ったのだろうと思える。マイルスらしい示唆に富んだ素晴らしい表現である。(*4)




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(*1)
ハービーが語るこの話はかなり以前に音楽雑誌か何かで筆者も読んで知っていたが、こうしてハービー自身が直接語る映像が確認できたことを嬉しく思う。

(*2)
平易に説明すると・・・「ド ミ ソ」という和音を弾けばメージャー(長調)の和音だが、これを「ド ミ♭ ソ」という具合に3度の音を半音下げてやるだけでマイナー(短調)になる。この和音に他のどんなテンションを付加しようとも3度の音が「長三度ならメージャー」「短三度ならマイナー」になる、ということである。たった半音の違いで全く趣の異なる和音になる。それだけ性格の強い音程である、ということだ。

(*3)
もっとも、音楽経験の少ない人やいわゆる初心者の人にはいきなりこの話は若干難しいかもしれない。申し訳ない。3度と7度の音が和音の中でどのような役割を果たしているのかを理論的にも感覚的にも身につけてから、の話をしているからである。

(*4)
主にジャズのアンサンブルを想定しての話だが、こうしてバターノートを外したサウンドで音楽を紡いだ場合、各楽器の奏者に良き影響を与えることができる。フロント楽器である管楽器のフレージングはもちろん、ベース奏者が演奏するベースラインもまたより「飛べる」ようになるのだ。「飛べる」と言うのはバターノートが自ずと規定する音楽的な幅を超えた展開が可能になる自由が得られる、という意味である。やや余談だが、ベース奏者に最高に「ぶっ飛んだ」演奏を求めるなら、ピアノ等和音楽器は思い切って演奏を止めたらよろしい。ベースやフロント楽器は和音がなくなったらより自由に飛べるようになるからだ。(*4a) 実際にそのようにして最高の即興演奏が成された事例は数多ある。ハービーが参加していたマイルスのクインテットでもそうだった。ロン・カーターのベースはコードバッキングがなくなって、そこに(音楽的な)スペースが生じるとより自由にベースラインを創造できたのである。もちろんフロントの管楽器も同様だ。ジョン・コルトレーンの有名なカルテットでもコルトレーンのサックスによるアドリブが熱を帯びてくるとピアニストであるマッコイ・タイナーはピアノのコードバッキングをしばしば止めた。コードのバッキングが無くなるとサックスはより自由により高みに飛んでいけるのだ。(*4b)これは「バターノートを弾かない」概念の延長上にあるものである。

(*4a)
バターノートの有無に関係なく、捉え方として、そもそもコード(和音)を鳴らした時点でソロイストのイマジネーションにある種の制限枠をはめているようなところもある。

(*4b)
こうした場面ではしばしばドラムのエルヴィン・ジョーンズとの一騎打ちのような様相を呈してきてリズムのグルーヴ感とアドリブの緊張感(次の瞬間、何が起こるかわからないスリル)が味わえたものである。








ウェイン・ショーターとウェザー・リポート

2021-02-02 17:30:00 | 音楽
↑写真は黄金期のウェザー・リポート
ジョー・ザヴィヌル、ウェイン・ショーター、
ジャコ・パストリアス、ピーター・アースキン



テレビの音楽番組にせよビデオのパッケージソフトにせよ、ミュージシャンや音楽グループのコンサートを映像で記録してリリースしてくれることは、そのミュージシャンに関心を持つ人々からみればありがたいことである。ただ、そのミュージシャンの「どの時代」を記録してくれるか、は大問題である。結論から言えば、そのミュージシャンの「最も旬な時期」の記録を取って欲しいのだ。だが、映像屋さんには「いつがその演奏家の旬なのか」が判らないのだ。そもそも音楽をよく知らない人たちだから仕方ない?…では済まない気がするのだが・・・。つまり映像ソフトは商品でもあるが音楽文化の貴重な記録でもあるからだ。

今でも思い出すが、昔、毎年夏に開催されるライブ・アンダー・ザ・スカイという野外のジャズフェスティバルがあった。これを数年間だけだが日本テレビが収録して放送していた時期があった。…とは言っても数日間に及ぶライブ全体を45~60分程度にまとめた(しかもCMが入るからさらに短くなる)番組なので各ミュージシャンの演奏はほんのさわりだけしか視られない(聴けない)事になる。酷いのは日テレのポストプロダクション(撮影後の映像編集・加工処理)である。こちらは純粋に音楽家が演奏している様を視たい(聴きたい)のに映像屋は余計な特殊効果を入れることでライブ映像の価値を台無しにしてしまうのである。言うなれば映像屋のマスターベーションだ。「こんな特殊効果もできるんだぞ」という(音楽と無関係の)子供の自慢程度の処理であり、それがかえって音楽の価値をぶち壊している事に全く気が付かない阿呆な連中なのである。テレビ屋のレベルというのはこんなものだ。実に腹立たしい。

最初から話がずれている。
閑話休題。

これ↑を話の枕にしたのは他でもない、ウェイン・ショーターが大きく活躍したウェザー・リポートというバンドの最も旬な時期、最も音楽の最高到達点に達した時期の映像記録がほぼ無いからである。TV屋さん映像屋さんには判らないのだろう。実に残念なことだ。

ウェザー・リポートは結成された1970年以降、数回来日しているのだが、1972年の初来日時も非常に音楽的に素晴らしい時期だったにも関わらず映像記録は無い。(オーディオ記録はある。「ライブ・イン・トーキョー」というライブアルバムが出ている)また、ジャコ・パストリアスが加入して以後の1976年以降は数回来日しているが、このジャコが在籍していた当時のバンドとして最も最高レベルに到達した時期の映像記録もほぼ無い。映像屋さんには音楽は判らないのだ。(*0)

ここからが本題で、このジャコ在籍時の1980年に来日したウェザー・リポートの東京公演(数回あった)を筆者は全て聴きに(見に)行った。これはもう群を抜いて素晴らしかった。オープニングはジョー・ザヴィヌル(kbd)とジャコ・パストリアス(b)の二人だけで演奏する「8:30」だった。但しジャコはベースではなくドラムを演奏した。同名タイトルのアルバムでも同じくドラムを演奏している。(ちなみにアルバム「ヘヴィーウェザー」内の「ティーンタウン」でもドラムを演奏している。ジャコはドラム奏者でもある)

その「8:30」がエンディングに突入し、まだ音楽が鳴っている内に舞台が暗転して、その間に残りの3人(ウェイン・ショーターとピーター・アースキン(ds)、ボビー・トーマス・Jr(perc))が登場して次の「Sightseeing」に突入する。疾走感のある速い4ビートの曲である。ウェインの作曲だが、アドリブ区間は調性を設定せず(ソロイスト交代時に一部の取り決めがある以外は特に設定はない)に全員が即興で演奏する。その瞬間にその場で自由に音楽を作り上げていく正にジャズの醍醐味そのものが怒涛の勢いで展開されたのであった。

参考までに、このような演奏である。↓
Weather Report - Sightseeing Live 1980

↑これはカリフォルニアのサンタクルーズでの演奏だが、東京公演のそれは”これの2倍は凄かった”、と断言できる。その記録が無い事が悔やまれて仕方がない。テレビ屋やビデオ映像屋に対して「なぜこの時の公演を記録しなかったんだっ?!」と怒鳴りつけたいほど・・なのだ。(笑)

この記事のテーマであるウェイン・ショーターの演奏も非常にクリエイティブで”楽器の鳴り”も非常に良い時期だったのである。上記の東京公演の演奏もあまりに凄すぎて、もはやウェザー・リポートではなくウェイン・ショーター・クインテットではないか、と思えるほどであった。

そのウェザー・リポートだが、Wikiの説明に依ると「ジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーターの2人が中心になり」結成された旨が記されているが、これはやや違う。この2人にベースのミロスラフ・ヴィトウス(*1)を加えた3人が中心になって結成されている。当時の音楽メディアも「トロイカ体制」という言葉でこの3人を表現していたくらいである。ただ、演奏活動が進行してゆく内にジョー・ザヴィヌルの発言力が大きくなってきたこととバンドの音楽が次第にエレクトリックサウンドやファンクリズムに彩られるようになってきたことでアコースティック・ベース中心に演奏するミロスラフの居心地が悪くなってきた。なお、ミロスラフはエレクトリック・ベースも演奏はする。

ミロスラフ・ヴィトウスが脱退した後は正にジョーとウェインの二人が中心のグループになったのだが、ジョー・ザヴィヌルという人物の個性の強さはウェザー・リポートにとってメリットとデメリットをもたらした、とも言える。メリットはジョーがグループ全体のサウンドデザインを含めてプロデューサーとして貢献できたことであり、デメリットはその個性の強さ故についついジョー・ザヴィヌル色が色濃く出てしまう点であった。この辺の事情は下記のリンク先の記事に詳しいので参照されたい。

ウェザーリポートとは誰のバンドだったのか?

リンク先記事の筆者さんは1970年代後半に於いてジョー・ザヴィヌルの影響力が大きくなり、相対的にウェインの活躍度合いが減っている旨説明されているが、それには訳があるのである。これはもう音楽の話ではなくなるが…ウェインと当時の奥さんの間にはイスカという名前の小さなお子様(娘さん)が居たのだが脳に深い障害があったことで、その娘さんの子育てが尋常でなく大変だったのである。かなり壮絶だったようだ。私生活の事であるとはいえ、その状態で存分にクリエイティブな創作活動を両立させるのは相当に困難があったものと容易に推察できるのである。そういう背景があったことでこの時期はジョー・ザヴィヌルに多くを預けていた…のかもしれない…と想像されるのだ。


ところで、あまりご存じない人たちからは「ウェザー・リポートはフュージョン・ミュージックのグループ」であると認識されているが、それは間違いである。ウェザー・リポートは完全にジャズのグループだ。それもモダンジャズの最高到達点の一つとして認識されるべきバンドだ。

誤解を恐れずに言うならばロックや狭義のフュージョンは書かれた(作曲された)ものを決まったとおりに演奏する事が中心になるが、ウェザー・リポートの場合は書かれたもの(作曲された部分)は単なるモチーフ(ある種の手がかり)でしかなく、ライブで実際に演奏される内容はその時その場の考えや気分で自由に変わってゆくのである。前述の「Sightseeing」の演奏をお聴きいただいても判ると思うが、即興要素の非常に多い音楽である。もちろんその度合は曲に依って異なる訳で、「バードランド」のようなポップスのリスナーにも聴き心地の良いナンバーもある。しかしライブでの演奏は非常にジャズを感じさせるものがあり、スリリングな展開が魅力的だったのである。ちなみに1982年のプレイボーイ・ジャズ・フェスティバルではこの曲でコーラスグループのマンハッタン・トランスファーと後にも先にもたった一度だけの共演をしている。下記を参照されたい。

Birdland Weather Report Manhattan Transfer

一度ウェザー・リポートだけで「バードランド」のハイライトたる後半部分だけ演奏し一回終了する。しかし直後に再び「バードランド」のイントロが始まり、ステージ袖からマンハッタン・トランスファーの4人が登場し共演が始まる。およそあり得ない共演が現実になったことで聴衆は心底喫驚したことだろう。驚天動地の心境だ。高山一実(乃木坂46)さんなら「アメイジング!」と叫ぶところだ。それはさておき、この時期にはウェザー・リポートはこの曲をシャッフル・リズムで演奏していたが、歌唱するマンハッタン・トランスファーの為に(オリジナルのイーブンな)8ビートで演奏しているのが興味深いところだ。但し後半のリフレインのパートはシャッフル・リズムになる。このリフレインだけならシャッフルでもマンハッタン・トランスファーも対応可能だからだ。ちなみにこの時期のウェザー・リポートのドラムはオマー・ハキムである。(*2) 後にマドンナやスティングのバックバンドでも演奏した彼だ。実に音楽的にドラムを演奏できる秀逸なドラマーの一人である。


ウェイン・ショーター個人の話に戻す。

ウェザー・リポート時代のウェインはジョー・ザヴィヌルの創造性と協調する形で音楽を作ってきたのだが、1980年代の半ば近くになってくるとウェイン自身が創造したいものが具体的な形になってきて、それはウェザー・リポートの路線とは異なるものだったようである。それが一つの形として結実したのが1985年の「Atlantis」である。ここではウェザー・リポートの音楽とそう遠くはないのだがしかし非常にモダンでウェインらしい人間的な音楽を創っていると言えよう。その流れは1990年代まで続く。1980年代後半はウェインの長い音楽人生の中でも初めての自身のリーダー・グループを編成してツアーに出ている。(*3) この時に日本にも来ていて、筆者は当時の六本木ピットインとコンサートホールで2回聴いたが素晴らしい内容であった。1988年にはカルロス・サンタナとの双頭バンドでツアーに出ている。モントルー・ジャズ・フェスティバルでの演奏が下記のリンクにあるので参照されたい。

Wayne Shorter & Santana - Elegant People (Live at Montreux 1988)

ウェインとカルロス・サンタナは互いにリスペクトし合う仲であり、音楽的にも精神的にも認め合っている。サンタナ曰く「ウェインは音楽に於けるピカソだ」と。
上記の演奏者はウェイン側のメンバーとサンタナ側のメンバーがほぼ半分ずつ参加した特別編成のバンドである。レオン・チャンスラー(ds)とアルフォンソ・ジョンソン(b)はウェザー・リポート中期頃の仲間だった演奏者だ。曲はウェインがウェザー・リポート時代に書いた「Elegant People」である。

ウェイン自身のバンドでのモントルーのライブ(1996年)もある。下記を参照されたい。

Wayne Shorter - Endangered Species, Montreux 1996

ベースはアルフォンソ・ジョンソンである。ドラムの若きロドニー・ホームズが強力なグルーヴ感をプッシュしている。

ウェインの1980年代後半~1990年代はこうしたエレクトリック・サウンドとグルーヴするリズムに支えられたモダンな音楽で自身の個性と音楽の中に普遍的な価値を構築していたのだが、やがてウェインは「より即興演奏に帰依するスタイル」に変貌してゆく。アドリブを最重視した演奏であり、かつバンドのスタイル自体がアドリブを基本とするものである。サウンド面もアコースティックになり、電気楽器は姿を消した。サックス・ピアノ・ベース・ドラムに依るアコースティック・カルテットを自身のホームグラウンドとしたのだ。これが2000年のことである。下記のリンクを参照されたい。

Wayne Shorter Quartet - Live In Paris 2012

ダニーロ・ペレス(p)、ジョン・パティトゥッチ(b)、ブライアン・ブレイド(ds)がリズム・セクションを務めるカルテットはウェインが求める高い音楽性と即興演奏の能力を兼ね備えたメンバー達である。ベースのジョン・パティトゥッチはチック・コリアのアコースティック・バンドやエレクトリック・バンドでもお馴染みの名手だ。このバンドでウェインは非常に難しいテーマをバンドに与えている。それは一度作曲された曲を解体しながら同時に再構築してゆく、というものだ。楽器の演奏能力以外に豊かな即興対応能力とセンス、そして音楽を多彩に解釈できる力などが求められるのだ。突き詰めれば深い精神性という領域にも関わるものであろう。晩年のウェインが辿り着いた世界がここなのである。

グラミー賞を6回受賞しジャズ音楽家として極めて評価が高くレジェンド的な存在のウェインだが、2021年現在、病気療養中で演奏活動はしていない。2019年にはサンフランシスコのSFJAZZでカルテットでの演奏が予定されていたが、ウェインの病気によってキャンセルになった。この事態を受けた盟友のハービー・ハンコックがウェインの医療費を集めるためにトリビュート・コンサートを企画し計4回の公演を実施している。


早期の治癒・回復と音楽活動への復帰を衷心から願うものである。




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(*0)
余談だが、この1976年のニューポート・ジャズ・フェスティバルの一環としてカーネギーホールで「ハービー・ハンコックの追想」という企画のコンサートがあった。この中で”マイルス・デイビスの60年代の黄金クインテットを1回だけ復活させる”という目玉企画があり話題になった。マイルス自身は出演しなかったが代わりにフレディ・ハバード(tp)が加わってマイルス時代の黄金クインテットの演奏が再現された。メンバーはハービー(p)、フレディ(tp)の他にウェイン・ショーター(ts,ss)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)である。この夜の演奏は正に歴史的なもの(V.S.O.P.と銘打たれた)でありライブアルバムは出たのだが映像記録は筆者が知る限りでは無い。そして、1977年にはこの同じメンバーで来日している。有名なV.S.O.P.クインテットである。東京では田園コロシアムで演奏したのだが、その歴史的なライブに対しても映像記録は無いのだ。(ライブアルバムは出たが)これは本当に映像で残しておいてほしかった。映像屋もテレビ屋も真に価値のある音楽が判らないのだろう。だからこんな貴重な機会をみすみす逃しているのだ。

(*1)
ミロスラフ・ヴィトウスはチェコ出身のベーシストである。十代の時に音楽コンテストで入賞した事があるが、その時の審査員にジョー・ザヴィヌルが居た。

(*2)
当時アメリカで放送されていた夜の音楽番組「NIGHT MUSIC」でもデビッド・サンボーンらと共にハウスバンドのメンバーとしても活躍した。

(*3)
ウェイン・ショーターの長い楽歴の中でも初めてリーダーバンドを結成したのがこの時である。それまでのウェインは、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズでの音楽監督、マイルス・デイビス・クインテット(*3a)での活躍(一部音楽監督も兼ねる)、そしてウェザー・リポート等々、その存在感の大きさで知られてはいたが、自身のリーダーバンドは持っていなかったのである。

(*3a)
マイルスの楽歴の中でも最高位に位置する、俗に言う「黄金のクインテット」である。現代ジャズの最高到達点として群を抜いてハイレベルなバンドであった。


京急のドレミファ・インバーター 本当の音階

2020-12-20 02:46:00 | 音楽

京急(京浜急行電鉄)には有名な「ドレミファインバータ」を搭載した車両がある。制御装置にドイツ・シーメンス社製の VVVFインバータ制御を採用した車両のことであり、発車する時に電動機及びインバータ装置から発せられる磁励音が音階に聴こえるのが特徴である。このことから鉄道マニア界隈では「ドレミファインバータ」と呼称されている。

「ドレミファ」と言われると、何となく「メジャースケール(長調の音階)」のイメージで捉えてしまうが、実は実際に鳴っている音階は「マイナー(短調)」である。京急車両が発する実際の音を聴いてみたが、ト短調の自然短音階(ナチュラルマイナースケール)であった。(*1) 五線譜で示すと下記の通りである。



ト短調(Gマイナー)のナチュラルマイナースケール


音楽に馴染みがない人に少しでもわかりやすくハ短調(ドから始まる音階)に移調して記譜すると下記の通りである。



ハ短調(Cマイナー)のナチュラルマイナースケール


音階(スケール)が長調か短調か区別されるのは第3音がナチュラルかフラットするかで決まってくる。上記譜面をご覧頂ければお判りのように第3音はフラットしているので短調(マイナー)である。そして、ナチュラルマイナースケールの特徴として、第6音と第7音がフラットする事が挙げられる。

京急の「ドレミファインバータ」からはこのト短調(Gマイナー)の自然短音階(ナチュラルマイナースケール)を下から順に鳴らしたものが聴こえる・・・のだが、実際にはスケールの最初の音であるG(ソ)の前に2音ほど付加されており、その2音の後に続けてGのナチュラルマイナースケールが鳴らされるのである。従って、実際にドレミファ・インバータから聴こえてくるサウンドを敢えて譜面にすると下記のようになる。



「ドレミファ・インバータ」から実際に発せられるメロディー


最初の2音というのはこのスケールの第6音(ミ♭)と第7音(ファ)だ。この2音に続けてGナチュラルマイナースケールが下から順に鳴らされてゆくのである。


ところで、この京急・ドレミファインバータを扱ったWEB上の記事を見るとしばしば

『実際の音階としては「ドレミファ……」ではなく「ファソラシドレミファソー」だそうです。』

といった記述が見られるが、これは間違い(*2)であり、本当は上述のようにGマイナーのナチュラルマイナースケールに最初の2音が付加されて鳴らされているのである。(*3) WEB上の記事に準じて表記するなら
「ミ♭・ファ・ソ・ラ・シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ~」
となる。

実際の場面では電車の加速度合いに依ってメロディーが鳴るテンポが速かったり遅めだったり、色々な鳴り方になるところも興味深い。

音楽に多少詳しい人向けに付記しておくが、自然短音階(ナチュラルマイナースケール)は教会旋法(グレゴリアン・モード)に照らし合わせると「エオリアン・モード」に相当する。(*4) ちなみにハ長調(Cメージャー)のいわゆるおなじみのドレミファ~の音階は「イオニアン・モード」に相当する。シーメンス社が音楽文化が豊かな国であるドイツのメーカーであることを考えると、こうした音階や旋法を意識してあのインバータ音をチューニングしたのであろうことは間違いないところだ。面白い事である。



最後に寂しい情報を記す。
シーメンス社は2019年をもって日本から撤退したそうである。現在の日本でこのインバータ作動音が聴ける車両は減り続けており、残るは京急の車両の中でもある特定の1編成のみとなっているらしい。知らない間に絶滅危惧種になっていたようである。寂しい話だ。この楽しいインバータ音を生で体験するのであれば今のうちに…ということになりそうだ。



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(*1)
WEB上には「変ロ長調である」とする記事も見かけられたが、実際に鳴らされるメロディーがソ(G)始まりでオクターブ上のソ(G)で終わるのでト短調(Gマイナー)解釈で間違いない。なお、変ロ長調(B♭メージャー)はト短調の平行調(パラレルキー)なので構成音は全く同じである。スタート音が違うだけだ。

(*2)
ちなみに「ファソラシドレミファソー」だと「Fのリディアンスケール」であり、マイナー(短調)ではなくメージャー(長調)のスケールである。

(*3)
メロディーが前の小節からスタートしている形、すなわち音楽用語で言う「弱起(アウフタクト)」である。

(*4)
WEB上には「ドリアン・モード」とする記事も見かけるが、これも間違いである。音階上の6度がナチュラルならドリアンだが、実際に聴こえる6度はフラットしている。従ってエオリアンが正解である。



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<2021年6月27日:追記>
京急電鉄は6月25日にドレミファインバータ搭載の「歌う電車」の最後の1編成が2021年夏に引退することを発表した。
京急電鉄では引退にちなんで
「さよならドレミファインバータ♪」イベント
を実施するということである。


<2021年10月22日:追記>
「通称「ドレミファインバータ」は運行を終了しました」


<2023年4月25日:追記>
2023年4月23日深夜にBSフジで放送された番組「Let’sトレ活!」の「京急のエース車両」という特集があった。(2022年放送分の再放送)
司会の久野知美さんとゲストの土屋礼央氏(RAG FAIR)の会話の中で京急のドレミファ・インバーターの話題が出た。きっかけは久野知美さんであり、「あれはドレミファではないそうですね」と切り出した。それに対して土屋礼央氏は「あれはファソラシインバーターです」「なんかよく判らない音階です」などとコメントした。
二人共、ベテランの鉄道オタクであるにも関わらず、ドレミファインバーターへの理解があまりにいい加減であることに喫驚した。まして、土屋礼央氏はプロのミュージシャンである。音楽家であるにも関わらず、あの音階をきちんと認識していなかった事は驚きであると共に、怠慢も感じられるところである。残念なことだ。
土屋氏が「ファソラシ」と言ったのは、当記事本文中にある「ファソラシドレミファソーだそうです」という間違ったWEB記事と同じ説明であり、土屋氏がこの音階の知識がなかった事がわかるのだ。そもそも実際の音階はマイナースケール(短調の音階)なのに、土屋氏が言った「ファソラシ~」はメジャースケール(長調音階)である。根本的に間違っており、何をか言わんや、である。


<2024年3月26日:追記>
Googleの検索で「京急 ドレミファインバーター」と検索すると「~音階は?」という項目が出てきて、そこを見ると例の「ファ・ソ・ラ・シ~」という間違った情報が書かれている。驚いたものである。天下のGoogle検索結果に「嘘の情報」「間違った情報」が掲載されているのだ。もっとも、Googleは既存のWEBページの情報を収集して出しているだけなのだろうが。それにしても堂々と「嘘」を掲載しているのは困ったものである。





「マイケル・ブレッカー」というスタイル

2020-12-18 00:00:00 | 音楽
「マイコー」である。ジャクソンではなくブレッカーの方だ。テナーサックスプレイヤーのマイケル・ブレッカーである。

ジャズの世界ではオリジナルな演奏スタイルを持つ強力なミュージシャンを「スタイリスト」と呼ぶが、マイケルは正にスタイリストの名に相応しいミュージシャンである。(*1)

彼のサックス演奏に於けるアドリブ・スタイルは、メタルのマウスピースから出てくる輪郭のはっきりしたサウンドに乗せて、曲の調性からアウトしたフレージングを素早くリズミックかつメカニカルに組み立ててスピード感を持って演奏できる点にある。それが聴く者にとっては非常に新鮮であったし、彼を印象づける最大の個性と言えよう。

1970年代の前半から活動を始めた彼は兄のランディ(tp)(*2)と共にビリー・コブハム(ds)のスペクトラムに参加するなど徐々に名と演奏が知られるようになって、1970年代半ばのザ・ブレッカーブラザースで大きくブレイクした、と言えるであろう。その時期にはニューヨークのモダン・ミュージック・シーンでジャズやフュージョンのセッションから引っ張りだこの状態になる。(*3)

彼がいかに凄いスタイリストであるかを示す事実がある。なにしろ、1970年代半ば以降の世界中のジャズ系テナーサックス奏者は(ややオーバーに言えば)多かれ少なかれマイケルのスタイルに影響されるようになったからである。日本のジャズ・フュージョン界でもマイケル風のスタイルを身に着けたサックス奏者は少なくなかった。

腕の達者なサックスプレイヤーは器用にマイケルのスタイルを取り入れて調性からアウトしたメカニカルなフレーズを速い16分音符で演奏したものであるが、そのほとんどはエピゴーネンで終わっている。模倣の領域を脱することはできなかったのだ。

何が違ったのであろうか。

一概には言えないが、大きなファクターとしては綴るフレーズに織り込む「歌心(うたごころ)」であろう。マイケルのアドリブは単に早くて細かいフレーズを繰り出していたのではない。そのフレーズには彼の魂とも言える歌心がしっかり乗っていた。メカニカルな組み立てのフレージングのように聞こえて実はそこに彼の歌心(心情・感情)がしっかり織り込まれていたのだ。それは各フレーズの中にもあるし、それらフレーズ群全体の総合的な観点でも言える。彼のソロを聴けば判るが、非常にエモーショナルな演奏でありリスナーのハートを鷲掴みするパワーが有る。彼の世界に引き込まれる感覚だ。インヴォリューション(巻き込むこと)の力が働くのである。だから聴き手は単に彼の高い技術に感心するだけではなく、歌心の中にある種の心情的な”真実(魂)”を感じて心を動かされるのである。いわば情動作用が起きる、ということであり、心の琴線に触れる演奏、とも言えるであろう。(*4)

マイケルのスタイルの元になったのは間違いなくジョン・コルトレーンであろう。コルトレーンの速くて緻密なフレージングは当時「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれたが、マイケルはその模倣に終わらず、そこにマイケル自身の考えや個性を溶け込ませる事に成功した。真に凄い事である。

冒頭でテナーサックスプレイヤーと記したが、ウインドシンセサイザー(電子サックス)の演奏に於いても第一人者であり、日本のAKAIのEWI(電子サックス)を常用していた。

残念ながら2007年に病気で他界したが、彼が残した演奏は永遠に残るであろう。



参考までに彼の演奏映像を2つ紹介しておく。

Above and Below - Brecker Brothers
1992年のスペイン・バルセロナでの演奏だが、ブレッカー兄弟を囲むミュージシャンもドラムのデニス・チェンバースをはじめ全員が名うての強者ばかりである。ギターはマイク・スターンである。

The Return Of The Brecker Brothers Band / Some Skunk Funk (1992)
同じく1992年の山中湖畔で開催されたマウント・フジ・ジャズ・フェスティバルでの演奏である。上記の演奏とほぼ同じメンバーだが、ギターはバリー・フィナティーである。



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(*1)
ブレッカー兄弟が出てきた1970年代は他の楽器でもスタイリストと呼べるオリジナリティーを持ったプレイヤーが続出した。例えばエレクトリック・ベースのジャコ・パストリアスである。エレベの世界では「ジャコ以前」「ジャコ以降」という分け方ができるほどエレキベースの世界を変えてしまった男だ。ドラムではスティーブ・ガッドに代表されるルーディメンツをベースにした新しいフィーリングを持つドラマーの台頭が16ビート・リズム中心のモダンな音楽(一般にはフュージョンと呼ばれるもの)シーンにおいてあった。スティーブ・ガッドはイーストコーストの代表格だが、ウェストコーストの代表格はハーヴェイ・メイソンであろう。この二人共、ボブ・ジェームスのレコーディング・セッションで重宝されるドラマーとしても知られた。

(*2)
兄のランディ・ブレッカー(トランペット)も素晴らしい音楽家である。優れた作曲家でもあり彼の演奏も個性と歌心に溢れるもので、他所のセッションで演奏していても彼の演奏はすぐに判る。

(*3)
マイケルの先輩にあたるマッコイ・タイナー(p)やハービー・ハンコック(p)、チック・コリア(p)、クラウス・オガーマン(作編曲家)のような巨匠達からも信頼されており、彼らのマイルストーン的なアルバムでも素晴らしい演奏を披露している。

(*4)
あまり他のプレイヤーの批判はしたくないが、マイケル・ブレッカーを模倣するサックス奏者は往々にして「調性からアウトしたフレーズを高速で吹きまくる」事は技術的に上手いながらもそこに音楽的な魂(ソウル)を感じられない場合が多いのは事実だ。こう言っては申し訳ないが一種の”技術偏重”になっているのだ。もちろんそれだけでもリスナーに対する”脅かし”は充分可能だが、真の音楽的な充実と成果を得るまでには至らないのが実情である。これは比較的有名なミュージシャンの場合でもそうであり、それによって逆にマイケルの凄さ・良さがより際立って認識されるところである。