伊豆高原シニア・ライフ日記

「老い」を受容しながら自然の恵みに感謝しつつ「残躯天所許不楽復如何」の心境で綴る80老の身辺雑記 

「吊るし雛」部品の一部完成

2013年07月29日 | 手作り

7月29日  (月)   

年内を目途に新しく「吊るし雛」を作ろうと家内が毎日頑張っている。時間はかかるが、それだけ丁寧な仕上げとなっている。

私は畑での野菜作りか書斎での苗育て、それにパソコンに向ってなにがしかの作業、家内はもっぱら雛作りに専念。

双方戸内外で別々の作業だが、それぞれが集中してやれる仕事があることは 老夫婦にとって良いことなのだろう。

家内が、これまでに作った新「吊るし雛」の部品を構成する個々の雛を撮影してブログに載せる。これも私のパソコンにおける仕事。

 

這い子

金魚


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トウモロコシの初収穫

2013年07月28日 | 園芸

7月28日  (日)   

今朝、朝食用にトウモロコシ2本を初めて収穫する。

まだ、心持早すぎたか。でも小粒の実ながらぎっしり詰まった黄金に輝く珠が、食欲をそそる。

こらからはトウモロコシの大盤振る舞いの日となる。朝とれのトウモロコシが楽しみ。

 

茗荷も取れ始めた。茗荷は家内が喜ぶ。

 

 

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シャボテン公園を歩く

2013年07月27日 | ウオーク

7月26日  (金)  

最近は梅雨期に逆戻りしたような天気が続く。暑さを忘れたような毎日だが、湿気が多く、霧がしばしば一面に立ち込める。

散歩に相応しい晴の日になかなか巡りあえないので、曇り空だが散歩をかねて、ながらくご無沙汰だった「シャボテン公園」に散歩をかねて家内とでかける。

雨こそ降らないが白い霧が流れる園内を小一時間ほど歩いたが、蒸し暑く肌がじっとりと汗ばむ快からざる散歩となった。

これではメインとなる「シャボテン室」に入る気にはなれない。

人出が少ないからか、天気が悪いからか、動物たちの動きは鈍いので撮影しやすい。

観光客が少なく景気がまだ回復していないからか、動物の数も以前より少なくなったような気がした。

 

 

 

 高齢化地域となってしまった大室高原ではおよそ見かけることがない誠に珍しく貴重なかわいい生き物の群れ。なんという「動物」?

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「金柑」の花

2013年07月20日 | 園芸

7月20日  (土)  /

誠に迂闊な話だが、柑橘類の花はすべて初夏の頃に咲くものだと思っていた。しかし、「金柑」の花は今頃咲く夏の花のようである。

IKOI農園の一隅に今を盛りに咲いているのを見付けた。初めてじっくり見たようにも思う。毎年人に気付かれることもなく片隅で健気に咲いていたのであろう。

この樹を植えた頃、実った金柑の実を砂糖漬けにして食べたことがあったが、その後は金柑に見向きもしなかった。さほど魅力的な柑橘類ではないと思ったのである。

この花をよく見ると真白く清楚でなかなか綺麗な花、「姫橘」ともいうらしい。急にいとおしくなり、花を見直しただけでなく、今年の秋には久方ぶりに金柑の実を食べてみようと思いはじめた。


ところで、最近になって急に気付いたことは柑橘類の花が沢山咲く傾向にあることである。(これは当地だけの現象かもしれないが……。)

蜜柑にしろカボスやスダチにしろ、昔はこんなに沢山花を付けることがなかったような気がする。

それはそれで結構なこと、嬉しいことだが、その一方で咲いた分だけ実になるとは限らない、いや、年によっては、また種類によっては、「花は咲けども実はならぬ」で、どうかすると全く実が付かないことが間々あることである。

昨年の温州蜜柑と花柚がそうであった。花はしっかり咲いたのに、実は全くつかず、収穫はほとんどゼロであった。他の柑橘類はびっしりと実を付けているのに……。

今年のレモンの樹(2本)に花は驚くほど多く咲いたが、今みると大きいレモンの樹に結実したものが見当たらない。小さい樹の方には南側にだけ実がわずかに付いている。

なんともおかしな現象だ。

昨年の温州蜜柑もそうだった。花柚も同じく全滅。

しかし今年はどちらも花が多く、実も例年以上に沢山付けている。甘夏ミカン、柚子、スダチ、カボスはまあまあというところか。

確かに、自然が変調をきたしているように思える。これが一時的なもの、局地的なものでなければいいのだが……。

 

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君臨するトウモロコシ

2013年07月18日 | 園芸

7月18日   (木)  

待望の夜来の雨がたっぷり降り、IKOI農園の野菜たちは見違えるように元気になった。なかでも沢山植えられたトウモロコシが圧倒的な存在感を示している。

現在はトウモロコシの受粉の時期、幹を揺さぶると先端に伸びた穂から粉のような花粉が一面に飛び散る。これを幹の中ほどにある柔らかな糸の固まりのような雌花が受けて、やがて美味しいトウモロコシが結実するというわけ。

この糸の固まりのような雌花一つ一つがトウモロコシの実になるのだから、花粉は万遍なく糸の固まり全体に振り注がねばならない。そのため列を多くするほどトウモロコシの実りがしっかりする。

トウモロコシを一列だけで育てると失敗する確率が高い。横に流れた花粉で雌花が受粉の機会を失い、実りの悪いぶつぶつのトウモロコシになってしまうことも多いのである。

また、最大の脅威は鳥やリスの食害。そのままだと食べ頃になる寸前に確実にやられてしまう。そのためネットで周囲を厳重に囲い、上部は糸を張りめぐらして侵入を防ぐ措置が不可欠となる。

もちろん、これは本当に大仕事。だが、Mr.IW、ITがすべてやってくれた。あとは結実の状態を見極めて収穫するだけ。

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収穫期を迎えた野菜

2013年07月15日 | 園芸

7月14日  (土)   /

本格的な暑さの到来とともに夏野菜の収穫期を迎えた。今は、特に胡瓜は目下全盛期である。

一昨日までは適量の瑞々しい胡瓜の収穫で家庭菜園の醍醐味を味わっていたが、今日は一転、むしろ取れ過ぎを悩むという事態になった。実を見つけても捥ぎとるのが大変だが、それより悩みは貰い手を急ぎ探さねばならないこと。今日スーパーで買ってきたので、などと言われるとがっかりしてしまう。

胡瓜だけでなくさや隠元も同様、取れ過ぎ。

いずれにせよ、この暑さの中、短時間の作業であっても汗まみれになる。

7月12日の収穫(適量)

7月14日の収穫(適量を超える)

それなのに、性懲りもなく胡瓜の苗を相変わらず書斎園芸工房で育てっている。種からの発芽、そして小さな苗が日に日に大きく育っていく姿を見る楽しみは捨てがたい。

これは今年第4回目の苗であるが、うまく育ち定植後も順調に伸び、秋作として実を沢山つけることができれば、胡瓜としての価値が高まることを期待している。

 


 ほかに、茄子、トマト、ミニトマトはまだまだ。つるムラサキは収穫しようとすればいくらでも。

野菜ばかり食べてるわけにはいかないが、とにかく、食べるのに忙しい。

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IKOI農園「なりもの」の記録

2013年07月12日 | 園芸

7月11日  (木)   

大室高原の暑さも30度をこえるようになった。

この気温ではもう農作業は無理だ。 畑に出かけるとしても当分の間はコンポストへの生ごみ投入とみつくろった野菜類の収穫くらいが限度となる。それに写真撮影もなんとか……。

とにかく、最近の気象異常は半端なものではない。記録的な云々という言葉には聞き飽きた。

思うに、地球温暖化をはじめとする自然を脅かす人間の愚行が抜き差しならぬ段階に来ているのではないか。

「不都合な真実 An Inconvenient Truth 」の説得力が、比較的恵まれた地球環境、その中でも特別の場所と思われる当地でも肌身に感じ始めた。

今年は私を悩ましてきた蚊がほとんど出現していない。畑の作物を害する虫もなんだか少なくなっているようだ。それは結構なことだが、蝶の飛ぶ姿も少ない。蝉もまだ鳴いていない。

鳥はよく鳴いているが、ふっとレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を思い出した。なにか不気味でもある。

このような変化の中に居て、この時期の畑の「なりもの」の現状を記録に残すことにする。

来年の園芸に役立てることが直接の理由だが、このような瑞々しいなりものがいつの年にも見ることができることを願う。

 

 

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梅雨明ける

2013年07月09日 | 園芸

7月9日 (火) 

昨日、東海地方の梅雨が明けたという。一昨々日は関東地方が九州を飛び越え早々と梅雨明け宣言されている。当地は東海地方というよりむしろ実質的には関東地方に近いから、数日前から梅雨期を脱していたようだ。

実際に数日前の雨模様が一転、お天気続きと気温の急上昇、さらにはこれから一週間続く天気予報は晴マークを連続させており、本格的な真夏の到来であることは疑う余地はない。

これまで肌寒ささえ感じていた早朝に比べれば、この暑さへの様変わりはただごとではない。

だが、暑いといっても海抜250mの高原だから日本各地の30数度という猛暑に比べればどうということはない。室内で窓さえ開けておけばエアコンを必要としない。(だだし、二日前から一階よりも温度が上がる寝室では就寝時にエアコンを入れている。)

真夏日の日中となれば、高齢者は農作業を避けなければならない。熱中症を警戒するだけでなく、体力的にも無理になってきている。

そんなことで、三日前から早起きをして朝食前に1-2時間ほどIKOI農園の農作業をやっている。これなら、疲労はさほどあとに残らずその日の残りの時間を有効に過ごすことができる。

農作業も「大作業」はやらない。野菜を収穫したり、雑草を除去したりする軽作業にとどめている。

しかし、それでも作業服は汗でしとどに濡れ、作業を終えて入浴するため汗で身体にへばりついた作業服を脱ぎ捨てるのにも一苦労する。

IKOI農園が猛々しい緑一色に変貌しようとしているこの時期、やるべき作業は少なくないがあまり頑張らず気長に作業をすすめようと自分に言い聞かせている。

ところで、IKOI農園では、梅雨でたっぷり水分を吸っていた土が俄かに乾き始めている。これからは水遣りという作業も加わることになる。

幸い、IKOIメンバーがどこから仕入れてきたのか浴槽が二つ、IKOI農園の片隅に水槽として設置してくれているので、水遣りもいまは軽い作業になっている。

ジョロを水槽の中にどっぷり漬け、ボウフラ退治のために入れた金魚をジョロに掬い取らないよう気を付け汲み取るだけでいい。水道の蛇口からちょろちょろジョロに注ぐのに比べれば随分と楽になっている。 

  

水遣りといえば、我が家の庭でも一工夫。夏の間はスプリンクラーを使って芝生と花壇に夕刻に 水をやる。

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雛の夏姿

2013年07月05日 | 手作り

7月5日 (金)  

相変わらず雨が降り続く日々である。梅雨だから致し方ないが室内にいるのに飽き飽きしている。

室内にあっては、パソコン、TV、読書くらいしかやることがない。いや、書斎の掃除と整理があった。だが、これは心を決して踏み込まねばならない大仕事である。重い腰を上げて頑張る気と先延ばしする気と半々!?


その前に、玄関の棚に置かれた「雛の夏姿」だけは家内のために写してやらねばならない。「置き雛」と「吊るし雛」。

毎年、この時期に置き換えているが、その構成部品に新しいものが少し増えるだけで特段変わり映えするものではないのだが……。

  

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菜園の代表選手たち出揃う

2013年07月03日 | 園芸

7月3日 (水) 

早すぎた梅雨入りも、7月に入って梅雨期後半に差し掛かったようだ。

梅雨が明けてからの真夏の烈日は人間様には少々困るが、菜園の野菜たちはそれを待ち望んでいる。

曇と雨の日が続いているが、IKOI農園の野菜たちはなんとか順調に育ているようだ。本格的な収穫はまだまだ先だが、早目にもぎ取るものもでてきた。

家庭菜園の夏の代表選手といえば、「胡瓜」、「トマト」、「ナス」というところになる。素人でも苗を買ってちょっと手を加えてやればみずみずしい実を収穫することができる。

収穫する量は少ないが、この時期に栽培者だけに与えられる貴重な食味である。

今日は午後から雨が降りそうなので、早目に収穫、早速賞味することにした。

 

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富士山讃歌

2013年07月01日 | 三金会雑記

7月1日 (月)  

先月22日、ようやく富士山が世界文化遺産に登録され、本日は登録後初めての山開きだという。お天気はいまひとつ冴えないが、登山道には人があふれかえっているに違いない。

これまで居所を転々としてきた割には富士山に縁があった私だが、今にして思えば、若く元気がいいときに一度だけでも富士山頂をきわめておくべきだったとちょぴり残念だ。だが、こう齢を重ねてしまったからにはもう遅い。

ところで、富士山を見たいと思えばいつでも見ることができる恵まれた当地に住んで23年、毎度ながら秀麗な富士の姿には心を癒されている。

カメラを持っておりさえすれば、変わることのない富士の眺めだがついその姿を写して写真にとどめてしまう。

顧みると、当地に来てからこれまでに一体何度富士の姿をカメラで捉えてきたことか。

いつ見てもこれほどまでに人を魅了する山がこれまで世界遺産登録されなかったことに日本人の大多数は疑問に感じていたのではないだろうか。

この半年の間だけとってみても、富士山に触れ写真に写した回数を拾い上げてみたら6度、ブログに取り入れたのは3回もある。

取りあえず、そうした写真を取り出しコラージュしてみた。

2013/1/29  「伊豆長岡の史跡をめぐる」  http://blog.goo.ne.jp/tengoro7406/d/20130131

2012/11/22 「箱根ウオーク」  http://blog.goo.ne.jp/tengoro7406/d/20121123

2013/4/8 「絶景大室山頂上」  http://blog.goo.ne.jp/tengoro7406/d/20130408

2013/3/11 「伊東市ショッピングプラザ デュオ 屋上駐車場から」 


 

美しい富士山の姿を脳裏に描きながらあれこれ考えていたら、かつて「三金会雑記」に書いた記事があったことを思い出した。

パソコンでPDF化された「三金会雑記」の中から探し出したら、今から18年前、当地に住んで5年目になる「三金会雑記32号」に「富士山麓オウム泣く」と題して一文を寄せていた。

オウム真理教事件が世間を騒がせた頃のもので、あまりにも古く、なんとも時代には合わないが、これが私の「富士讃歌」であることは今も変わらない。

PDF文書からテキスト文書に変換するのは簡単なので、これを貼り付けてみた。

 

   富士山麓オウム泣く

一年で最も美しく自然が息づく爽やかな五月だというのに、このところ雨模様の日が多く、農作業ができないまま家に引きこもることが多い。

そのため日頃は余りTVを見ることが少ない私だが、サリン事件をはじめとするオウム真理教が引き起こした一連の事件の報道を、同じことの繰り返しだとブツブツ文句を言いながらも、午前、午後、そして深夜まで、ひっきりなしにチャンネルをあちらこちら変えながら見ることになってしまった。

これは全く奇怪至極な事件で、その規模の大きさ、事件内容の複雑・多様さ、そして事件に登場する人物の異様さなどは劇画そのもので、日本犯罪史上に類をみない妄想軍事集団が引き起こした恐るべき組織犯罪であるようだ。

この不可解な事件によって、これまで刑事法上ほとんど学問的関心を惹くことがなかったといえる内乱罪や破防法などに関する論議が高まることになり、学者諸先生の甲論乙駁、勝手気ままな論議が関係文献の紙数を埋めることになるであろうが、こんな機会だからこそ坂口裕英大先生なども奮起し、「雑記」の中で「女のおっぱい」などと白昼夢みたいなことを言うのはやめにして大いに論陣を張り、法学者としての名を高めて欲しいものだと願っている。

ところで、この事件の主要な舞台は上九一色村である。TV報道では繰り返し繰り返し、この村に存在する一群のサティアンとやらいう怪しげな建物を富士山を背景に映し出している。

そのためか、あの秀麗な富士山が、いつのまにかオウム専用の山であるかのような印象を与えてしまい、なにか禍々しい不吉な山に感じられるようになったのはなんとしたことか。

オウム真理教はあの秀麗な富士山をすっかり貶め汚してしまっているようだ。

この上九一色村だが、この村名は今やオウム真理教によって日本全土に知れ渡ることになった。

だが、実は私個人はこの村を今回の事件で初めて知ったというわけではない。

今から20年も前になるが、甲府に2年間勤務したことがあり、ちょうどその時期、自動車の運転免許を取ったものだから、車を運転することが楽しくて、毎週のように休日には山梨・長野県下の観光地を車で徹底的に走り回ったことがあった。

そうした観光地の中でも、特に富士山を湖面に映す富士五湖は、甲府市から御坂トンネルを抜けるか、精進湖有料道路を通れば、1時間もあれば行き着け、2,3時間のドライブコースとしては絶好のところだった。

そんな富士五湖の中でも本栖湖は大きい方に属し、また東京からもっとも外れたところになるため、観光施設とは無縁で当時は人工の手がほとんど加えられていず、五湖中もっとも水深があるというその青い湖面に、自然のままの素朴な樹林を麓に据えた富士山の姿は私の最もお気に入りのものだった。

その本栖湖付近から広々した朝霧高原にいたる一帯があの上九一色村なのである。

昭和50年の元旦には、その上九一色村の朝霧高原で富士山の麓から立ち昇る初日を拝もうと家族を引き連れ深夜に出かけたことがあった。

前日の大晦日に下見をして、ここぞと決めておいたポイントの高台は漆黒の闇だったが、そこに車を停めて、東方の暗い空を背景に黒々と聳え立つ富士山の影を見ながら日出を待った。

やがて、次第に暁の空が赤みを増し、周囲が徐々に明るくなっていくにつれ富士山の影は刻々とその色彩を変えていき、間もなく裾野近くの稜線から元旦の太陽が真っ赤に燃えて姿を現す。

そして、その太陽がやがて白銀の輝きに変わる頃、雪を頂いた秀麗な富士山の全容が圧倒的な迫力を以てくっきりと浮かび上がってくる。

真冬の高原の早朝だから寒気だけは物凄く、車の暖房がなければとてもおられるものではなかったが、その感動的な一瞬の光景は今でもまざまざと思い出すことができる。

今回の事件は、そうした貴重な思い出のある場所の富士山をすっかり汚してしまったのである。誠に苦々しい限りである。

そんな想いの中で「富士山麓」とか「オウム」とか何気なく口の中で 呟いていたら、ふっと、この言葉、どこかで聞いたことがあるという奇妙な思いにとらわれたのである。

いつだったろうか、どこだったろうか、古い記憶の糸をたどり寄せ、どこか記憶の襞に潜んでいるかもしれないものを探っていたら、ついに思い出したのである。

そうだ、中学時代の数学だ。古い記憶の底から浮かび上がってきた言葉。それは「富士山麓鸚鵡鳴く」。

平方根、そうだ平方根だと思ったら、突如一連の数字の記憶が甦ってきた。

ルート2は「一夜一夜に人みごろ」 √2=1.41421356 、ルート3は「人並みにおごれや」 √3=1.7320508 、そしてルート5とは「富士山麓鸚鵡鳴く」 √5=2.4360679 ではなかったか。

驚くべきことだが、50年以上も前に中学生の頭に叩き込まれた一連の数字、以後は文系に進んだため二度と思い起こす必要もなくまったく忘れていた数字が忽然と頭に浮かんだのである。なんと昔の中学校の詰め込み教育はすごかったんだなァ。

それにしても、これは誠に奇妙な一致だ。まさにXデーまじかの現状は「富士山麓オウム泣く」ではないか。

まさかオウム真理教がルート5を意識してこの土地を選定したわけでもあるまいに……。

世の中には不思議な一致があるものだと仰天する想いだが、このことに気付いていた人、ほかにも誰かいるのだろうか。

 

(注)ここで思い違いがないか念のため検算してみた。ところが「フジサンロクオームナク」2.4360679を2乗してみたら、5の近似値にはならないのである。記憶した文句に間違いはないはずだがと、身近なところにいる理系の元秀才上野君に電話で聞いてみた。
さすがである。「フジ……」の「ジ」は「4」ではなく、「次」つまり「2」だよと。
2.2360679×2.2360679 でなるほど正解となった。暗記用の言葉は正しく記憶していても肝心の数字を誤っていてはどうにもならない。かくて文系頭脳のお粗末さを改めて思い知らされた。


ところで、こんな風に、今はすっかりオウムに汚されてしまった霊峰富士山だが、この機会に私の「富士山讃歌」を書いて、その名誉回復を図ることにしたい。

私と富士山との縁は、九州人にしては特に深いものがあるといっていいであろう。子供の頃年に何回か高台から遠く富士山を望めた東京の荻窪に居たことがあり、20年前には山合から頂上を覗かせた富士をいつも見ることができる甲府市の宿舎に2年間住んだことがあり、そして今は富士を望める伊豆東海岸の高台を永住の地として23年になる。

山梨県から見る富士山を「裏富士」といい、静岡県から見る富士山を「表富士」というようだが、昔からこの両者の間ではどちらがより美しいかもめぐってそれぞれ地元の身贔屓もあって激しく競われている。

江戸時代の酔狂人だった太田蜀山人に有名な狂歌がある。

「裾野より 捲り上げたる富士の山 甲斐で(嗅いで)みるより 駿河(するが) 一番」

だが、これは猥雑な言葉遊びの類で、この美人コンテストの客観的評価ではない。

実際は、駿河からみる「表富士」は、宝永年間の大噴火でできた宝永山がなだらかな稜線の一部をそのでっぱりで崩しており、減点されることは明らかだ。

しかし、同じ「表富士」でも伊豆から眺める富士山となるとこれは文句なく美しい。特に戸田や土肥といった伊豆西海岸からの眺めは駿河湾を隔てて富士山が高々とそびえ、宝永山の隆起は前面にくるから稜線を乱すことなく素晴らしい眺めである。

海岸からでなく高台からの眺めとしては、私は西伊豆スカイラインに入る手前の達磨山レストハウスからの展望を推奨したい。

そこからの富士山は、いつだったかの万博に写真が出品されたとの説明板があり、なるほどさもありなんと納得させられる見事さである。

同じ伊豆でも私の住む東海岸では、いながら富士山を望むことは難しい。しかし、大室山や小室山では頂上だけでなく麓付近でそれなりにかなりの大きさで見ることができる。

我が家から歩いて30分ほどのところにある大室山麓にある駐車場へ向かう坂道を登り切った前面には、おおかたの予想を超える大きさで富士の全容をみることができる。

こうした優美な「表富士」に比べて、山梨県側から見る「裏富士」は山襞が深く切れ込み荒々しく男性的な厳しさを見せているが、こちらを好む人も結構多い。

甲府市街からでは前山の御坂山系が邪魔して頂上付近しか見えないが、河口湖に向かう御坂トンネルを潜り抜けると、暗い視野が俄かに開けて、眼前一杯に広がる河口湖の上に聳え立つ富士の威容に接すると初めての人は必ず感嘆の声を上げる。

また、太宰治の「富士には月見草がよく似合う」という句碑のある旧道の御坂峠から眺める富士山は、朽ちかかった峠の茶屋が廃屋としてその頃は残っており、辺りの鄙びた味わいにマッチする独特の美しさがあった。20年も前のことだから、あの茶屋が現存しているとは思われないが……。

その他には、かつての500円札の裏に印刷されていた三ツ峠山からの富士の姿もよく知られている。いずれにせよ、「裏富士」は野性味を帯びた美しさがその魅力である。

ところで、富士山という山は一年中いつでも見えるというものではない。季節としてよく見えるのは空気がよく澄んでいる冬で、春と秋はよく晴れたさわやかな日、そして夏の間は月に数度、よほど機嫌がいいときに顔を見せる程度で、それも頂上付近に雲がかかって、全身を見せてくれるようなことは少ない。

時間帯でいえば、早朝が最もよく、午後になると雲が出て山頂を隠してしまうことが多い。

そして「表富士」では朝日が白い雪の衣をピンクに染め上げる明け方が絶品で、これは一般に「赤富士」と呼ばれている。

この「赤富士」の現象は「裏富士」では夕日に映える姿となり、韮崎辺りの国道でたまに見かけたが、これもなかなか見応えがあった。

思うに、富士山の知名度はあまりにも高く、そのためその美しさも却って通俗的なものにとられがちである。銭湯の富士山の絵もそうだし、「来てみれば 聞くほどもなし 富士の山 ……」と富士山をコケにする歌があるのもその反映であろうか。

しかし、美しいものはやはり美しいと素直に認めるげきであろう。

日本だけでなく、おそらく世界でもこれほど完璧な美しさを持つ山はないのではなかろうか。

こんな山をこの極東の小さな島国に持てた日本という国は、本当に自然に恵まれた国、オウムの神ならぬ本物の日本古来の神が作りたもうた比類なき山、そして国だとこころから思うのである。

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