「収穫祭」を12名でおおいに楽しむ。
TIKOHI農園 収穫祭
10月29日(月)☀
雲一つない秋晴れの一日。芋掘りをメイン作業にして「IKOI農園」を改称した「TIKOHI農園」の収穫祭をおこなう。
メンバーの頭文字を並べた「TIKOHI」だが、すこしばかり長くなり過ぎた。このブログでは面倒なので「Ik農園」と略称することにする。
オールメンバーMr. & Mrs.IT・IW・KD・TB・HR・ON12名の勢揃いはちょっとした壮観?である(カメラマン2名が外れている)。130坪の農地では不足?なんだか狭くなった感じ。
まずは芋掘り作業。害獣除けのネットを外して、芋が掘り出せるように繁った葉を取り除く。
芋を掘り上げる。
掘り上げた芋(品種は紅あずまとズマと安納芋の2種類)
跡地の耕耘と玉葱苗への整地
宴会準備
会食
改称に伴い「TIKOHI農園運営規則」「何処にでも行こう会規則」改正とか。
10月26日(金)☁/☀
高齢化のもたらすところ、近時は体力だけでなく知能も大分衰えてきている事実は率直に認めないわけにはいかない。
だが、その状態を徒に放置せず、しかるべき努力を怠らなければ身心の退化を遅らせることができると聞かされている。
私は身体の衰えはウオーキングで、頭の呆けはパソコンやiPhoneなど電化製品の扱いでその努力をしたいと心掛けている。
今日、なにごとであれ集中し事を成し遂げることは「前頭葉を働かせ」ることになり、呆けの進行が少しでも遅れるだろうと思い定め、終日パソコンに向かって去る10月21日ウオーキングで撮影した動画を元にビデオ編集に取り組んでみた。
その成果がこれ。自分なりにそこそこの出来上がりだと思っているのだが……。
対島滝と橋立吊橋
10月22日(月)☀
昨日に続いて素晴らしい秋晴れの日。
定例の月曜IKOIウオークは「奥野渓谷ウオーキング」。参加するのはMr. & Mrs.IW・IT・TB・0N、それにIKOIグループ新人となったMr. & Mrs.HTの10名。こんな大人数でのウオーキングは本当に久し振り。
帰ってから過去の記憶をたどってブログを調べてみたら今から5年前にIKOIグループで同じ道を歩いていた。
2013年12月4日 ブログ 「松川源流から松川湖まで(モーニング・ウオーク)」
今回と全く同じく10名で同じようなやり方で初冬に実施していたのだが、決定的に違ったことは同じコースを歩くのに前回はなんの抵抗もなく歩けたのに今回は仲間に皆さんに遅れに遅れて最後の段階ではMr.IWが私達夫婦を心配して車で迎えに来てくれたこと。
いつの間にか歩けなくなったんだ。かつての9370歩が5764歩しか歩けなかっただけでなく、ウオーキングが終わった時点では二人ともくたくたに疲れ果てていた。
私達夫婦の上をよぎった歳月の流れはかくも身体を老い衰えさせてきたのか。
こんな有様では月曜IKOIウオークから離れざるを得ないときが近いかもしれない。
身体だけではない、頭の方にも衰えが……。5年前には気軽に書いていたブログだったが、この文章にも呆けの気配がにじみ始めているような。
「終末期」にあることを思い知らされた今回のウオーキング!
(途中で写真を写す余裕もなくこんな写真しか)
10月21日(日)☀
今年になって初めてみる本格的な秋の空。
天気予報が明日は全国各地とも快晴に恵まれるとのことなので、昨夜Mr. TBに電話入れて伊豆高原駅から海に流れ下る対島川沿いの遊歩道を下って相模の海を展望するウオーキング・コースを選定、10:00出発を約束する。
朝起きて書斎の窓から外を窺えば雲一つない青空の下に広がる相模の海面が陽光をきらめかせ、利島や新島のみならず神津島までを浮き上がって見せるという絶好の散歩日和。
伊豆高原駅の裏手にある駐車場に車をとめて、対島川沿いの遊歩道を海に向かって下る。Mr. & Mrs.TB・ONの4人。
先日来の雨で対島川の水量はおおく、音をたてながら流れ下る。
川の両側に繁る緑の葉の間から漏れ射す陽の光が作り出す明暗の絵模様。
木漏れ日の歩道を歩く。
対島川が勢いよく海に流れ落ちる。
対島の滝展望台から。
老松の間から見る海と島。
足元に目をやれば鮮やかな葉を従えたツワブキの黄色い花。
「橋立吊り橋」前で。
吊り橋から見下ろす断崖に寄せる波。
素晴らしい秋晴れの日の散歩となった。
伊豆高原駅裏手にある「ケニーズハウスカフェ」で昼食をしてからスーパーで買物少々。歩数は5000歩を超える。
10月19日(金)☀
先日の東京駅隣にある大丸12階のレストランで年一回行われた元職場のOB会での写真が送られてきた。
紙に印刷された写真を見るのは本当に久し振りである。最近の写真はすべてiPhoneかPCの上で見るだけなので、紙の写真は珍しくちょっとした違和感さえ感じたのは思いがけないことであった。
時の流れはかくも古きものを押し流し新しいものえと変えていくのか……。
時の流れを思いながら、私が漠然と「OB会」といっていた「この集まり」とは何かに思いを寄せることになった。
毎年、この日この時刻に同じ場所で行われてきたこの集まり(日や場所に特別の意味があるわけではなく、記憶力が弱くなった老人が集まりを忘れないようにという気配りから)、今回の出席者は12名、昨年と全く同じ顔触れが揃ったのは私を最年長とする後期高齢者の会としては初めてのような気がする。つまり全員がこの1年を無事元気ですごしてきたということで誠にめでたい。
私は勝手に「OB会」と称していたが、正式の名称は「〇〇の会」(〇〇は店の名)になっていることに今回初めて気が付いた。
忘れかけている遠い昔の記憶を辿ると、最初の頃は名称などない小さな集まりから始まったのであろう。やがて人数も増えて仰々しい「〇〇OB会」を名乗った時期もあったような気がする。(一番多かった時期でも10数名だったであろう。)
毎年少しづつ増減、といっても近時はほとんど「減」だがを繰り返し今日に及んでいる。
だが思うに、この年に一度、ほぼ会員全員が確実に集まってくる「会」とは一体なんだろう。OB会といっても今は元職場に絡む話など皆無で、皆の元気を確認しあいながら個人的な近況を語り合うだけの2時間ばかりの会合である。
改めて考えてみたら現会員いずれも定年退職するまで30数年同じ職域で働いてきた仲間であり、その範囲はというと、たまたま手元にあった「全国歴代〇〇名簿」を繰って分かったのは、ほとんど全員が同じポストを最後に退職していたことである。
退職後はそれぞれ第二の仕事の道を歩んだが、S君のように某大学の学長まで経験した人もいる。だが現在は全員後期高齢者、悠々自適?の生活にある)
そうだったのか。私が退職して数年後から始まったらしい集まり、だから数えてみれば少なくとも20数年続けられてきた「会合」だった。
毎年欠かすことなく往復数時間かかる東京まで出掛ける「会合」、私にとって唯一となった「〇〇の会」、来年も元気で出かけたいと思う。
(写真に添付されていた「名簿」には、この2年続けて欠席となった2名を加えて14名。このうちメール・アドレスを持つものがなんと8名。そううちの一人から写真とは別に後刻メールで画像が送られてきた。)
に10月16日(火)☁
お天気はあまり良くないが、足腰に負担のかからない平坦地「池地区」の軽い散歩で里山の秋色を愉しむ。
刈入れた後の稲藁を燃やす白い煙がなびく様、里を守る山神社には秋祭を迎えるノボリバタが立てられた光景は、田舎に育った私ではないのだが、なにか郷愁のような思いをわき起こさせる。
10月8日(月)晴
IKOI恒例の秋のウオーク、ススキの名所細野高原にある「三筋山」に登りそこから雄大な展望を愉しむ。参加者はMr. & Mrs.IW・TB・ON、それにIKOIの新規の参加者Mr.HI、Mr. & Mrs.ITは所用で不参加。9:30にIKOI農園前を出発。
細野高原入口に着いたら駐車場はがらがら、いつもある入山受付所も設けられていない。そのまま進んで細野高原の出発基地に向かう。
なんだか様子がおかしいと、近くで休んでいる作業員風のひとに聞いてみると、「秋のススキイベント」は10月10日からとのこと。二日早かった。
当然のことながら、いつもはここから出る細野高原を経由して三筋山下にある駐車場までのシャトルタクシーは運航されていない。しかし、今はイベント期間でないので自家用車の細野高原の出入りは自由だと。
これは当方にとってはまことに好都合、入山料600円は要らないし、高原内の道路を自家用車で自由に走らせることができる。
ここ数年、すすきイベントが盛んに喧伝されシャトルタクシーが運航されるようになって三筋山からの眺望は手軽に楽しめるようになったもののシャトルタクシーは直行運転、途中での上下車はみとめられないとのことになので、三筋山からの雄大な展望だけがメインになり、ススキの繁る通路からみる見事な光景を見るためには徒歩でかなりの距離を歩かねばならなくなっていた。ススキに囲まれた通路を車でとおれるとは願ってもない幸運!
山下駐車場から三筋山頂上を目指すにはかなりきつい勾配を歩かねばならない。病み上がりの我々夫婦二人は頂上はパスし、その手前にある展望絶佳の丘で休憩しながら頂上に向かった仲間の帰りをまつ。頂上まで行っても展望は同じ。
そこで全員昼食。
帰途、細野高原を抜ける道からは両側に広がるススキを見る。しかし、以前に比べてススキの丈、穂波はなんだか小さくなったようで、往年の圧倒的な迫力がない。
なぜか、その理由は分からない。
いまから10年前のブログから再録した。あの煌めくススキは消えてしまったのか。
Mr.HRは細野高原の湿原を見たことがないので、「中山湿原」にも立ち寄る。
まだなにかとお仲間の手足纏になりがちだが、これでなんとか歩く自信が付いた。
麓にはいつの間にか沢山の車と人が群れていた。あの早朝の静けさは嘘のよう。
10月7日(日)晴
今年の夏風邪には本当に参った。もともと風邪はあまり引かない、引いても3日もすれば元に戻る体質だと軽信していたが、今回は半月、いやそれ以上経つというのに未だに完全復調にいたっていない。いまもなにか体調がおかしい。
この半月、風邪の一般的症状といわれる、微熱・せき・痰・喉の痛み・鼻水・下痢・四肢のこわばり・発汗異常などすべて経験してきたが、そうした症状が消えてしまってもなんだかすっきりしないのである。
この間、元気がない、食欲が今一つ、なにごとにもやる気が起こらない。ただだらだらと過ごしてきた。その間に戸外に出たのは病院までと必要最小限の買物のためのマーケットだけ。
それに決定的だったことは一週間おくれで家内にも風邪を感染させてしまったことだ。重篤の病ではないものの二人してダウンするとは……。
今夏の風邪は人に感染しやすいようだ。そのため夫婦とも家に閉じこもって人との接触を絶った。二人して家から出ることもなく人との会話も全く途切れた。せいぜい寝椅子に寝そべって(終日、ベッドでねることはなかったが。)TVを見たり、新聞や本をぱらぱら読んだりの単調な生活は全く無為そのものの生活でなんとも空しい。(家内は体調不良を押して簡単な家事をこなしてくれたが……。)
外に出ないのでこの時期に咲く秋の花をカメラで写す機会もなく、またそうした気力もわかなかった。
辛うじて二階の書斎の窓から散り終わって庭先を黄色く染めた金木犀をカメラで写し取っただけ。毎年心を慰める金木犀の香ばしい匂いも嗅ぐことのない秋だった。
だが、ようやくこんな状態もそろそろ終わりに近づいたか。今日はすこし元気が出たので、半年ぶり、いや9月前半は猛暑だったこともありウオーキングと無縁だった一月振りの散歩に出掛ける。Mr. & Mrs.TBに誘われて秋が訪れた池地区を半周することになった。
歩けるか?最初は少し不安だったがトボトボ歩きながら4000歩を記録する。池地区の稲は半ば刈り取られていたが青い秋空がとても美しい。
田圃の縁を彩つていただろう彼岸花の群落はべて散り果て醜い茎だけがわびしく立っていた。
稲田はなかば刈り取られたが、これも秋の里山風景。なかなかにいい。
都会児童の稲刈りの実習体験?子供たちが嬉々として稲刈りを行っていた。気持ちが和む風景。
なんとかブログを書く気持ちに戻った。 本当に1月振りである。
今までブログを見てくれていた人の中には長い間途切れてしまったのでブロガーが死んだのではないかと心配してたくれた方もいたとか。
ブログを書かなかったため殺されてしまうのも困るが、思えば90歳に近づきつつある超高齢者のブログである。いつ終わっても不思議でない。
かつて旧知のMr.KNが私がブログ書きをやめる時には、最後のサイトにしかるべきコメントを、と冗談交じりに言ったことを思い出した。
これからも身体に留意して死ぬまでブログを書き続けることができればと思っている。