伊豆高原シニア・ライフ日記

「老い」を受容しながら自然の恵みに感謝しつつ「残躯天所許不楽復如何」の心境で綴る80老の身辺雑記 

三金会雑記 冬号 「ユーチューブの世界」

2010年11月27日 | 三金会雑記

11月27日(土)

毎年、2月、5月、8月、11月の終わり頃になるとにわかに忙しくなる。月末の三金会雑記の締切を前にしてなんとか、雑文を書きあげねばならないからである。

「雑記」の原稿としてなら、はがき一枚程度の近況報告を書くことだけでも足りるのだが、まとまった文章を書く機会はこれを措いてないのだから、ボケ防止の意図もあり、どうってことのない文章だが数日はそのために費やされてしまう。

今回も関連事項をインターネットで調べながら長々と書いたから、いつもより余計に時間がかかってしまった。


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「ユーチューブ」の世界

尖閣諸島事件で一躍全国的に知名度を上げることになったパソコン・サイト「ユーチューブ」だが、私は随分以前からこのサイトをときどき利用していた。

今回も流出事件を聞いて、すぐさまユーチューブにアクセスし、検索欄に「尖閣諸島」と打ち込んでみたら、問題となった生々しい映像が続々と映し出されてきた。

ウエブの世界が恐ろしいほどのスピードで発展し続けている現在、ひとたび情報がウエブの世界に流れ出てしまえば強大な国家権力によってさえ、もはや止める手立てがないことを改めて実感させられた今回の事件であった。

「ユーチューブyou tube 」とは、ウェブの世界で動画を共有できるサービス・サイトである。

個人が簡単にテレビ番組のようなコンテンツ・ファイルを作って世界中に配信できる仕組みで、デジタルカメラやビデオなどの映像さえあれば誰でもが簡単な手続で手軽に映像を見たり見せたりすることができるパソコンのしごく便利なツールである。

ユーチューブができたのが二〇〇五年、日本に入って一般化したのは二〇〇八年だというから、考えてみれば私は随分早い時期からこのサイトに触れていたことになる。

私がユーチューブに初めて出会ったのは、当地に居住するK氏のブログの中の映像を見たときである。
ちょっとふざけたアメリカ製コマーシャルや面白そうなコント、短時間だが歌や落語の舞台場面などの動画をブログに載せていたのである。

個人が作るブログにこんな動画が載るなど、当時は思いも寄らないことだったから全くの驚きであった。(これは二〇〇七年のことである。)

その後K氏と知り合ったが、コピーライターの仕事をしていたとのこと、なるほどそれなら職業柄相当高度のパソコン技術も使いこなせるのだ、と当時はおおいに納得していた。

やがて、そうした動画をブログに搭載するのは決して難しいものではなく、ユーチューブというサイトを利用し、そこにアップロードされている映像をブログに共有させればいいだけのことだと知り、私も同じ手法を真似ることにした。

早速、ユーチューブ・ソフトをダウンロードしてインストールを済ませ、会員登録をした。ユーチューブの会員登録はもちろん無料である。

そこでユーチューブ・サイトにアクセスしてみると、なんと世界中から寄せられた無数ともいえる各種各様の映像を即座にみることができるのである。

テレビ番組やアニメ作品、音楽プロモーションビデオなどをはじめ、政治、経済、社会、文化各方面の映像はもとより、話題となった犯罪事件や災害現場から、隠し撮りやアダルト動画の類まで違法もしくは違法すれすれの映像コンテンツまでユーチューブの検索欄に適当なキーワードを入力すれば全くの見放題なのである。

もちろんこうした違法なコンテンツは要請があればユーチューブ側で見付け次第削除されることになってはいるようだが、誰もが無料で簡単に他人の映像をコピーしてアプロードできるのだから違法サイトが後を絶っことはなく、まさしくイタチごっこの連続なのである。

そんなユーチューブの世界だから法的にはいつも著作権がからんで問題にはなっているようだが、これも結局は場当たり的な対応をとるほかなく抜本的な対策は見当たらないらしい。(目下、問題になっているのは新作アニメの無断アプロードだとか。)

そうしたむずかしい問題に直接かかわることのない我々としては、膨大な量の映像からうまく検索しさえすれば望みの映像を手軽に手に入れることができるわけで、なんとも便利な世の中になったものだと思う。

私が最近になって特に便利だと思うことは、パソコンの操作方法が分からなくなったときやパソコンのトラブルにぶち当たったとき、ユーチューブで探すと、映像を使った手取り足取りの丁寧さで教えてくれるものを見付けることができることである。

そういえば最近のパソコンにはマニュアルらしきものはほとんど付いていないのである。
私は、この八月に新しいパソコンに買い替え、そのOS がWindows 7 になったことから、これまでのwindows XP とは違う操作になるのでなかなか慣れず難渋することが多かったが、これはおおいに助かる。

最近ではパソコンを買い替えたらどうやらその使い方はユーチューブでの映像や製造会社のオフィシャルサイトのマニュアルでの説明をみてほしいということであるらしい。

それはそれとして、K氏に刺激されてユーチューブの世界に入り込むことになった私は、自分のデジカメで撮影した動画をユーチューブにアプロードし、「共有」という手法を使って私のブログに動画を載せることになった。
静止画像だけでなくブログに動画が入ると随分と見栄えがよくなる。

そのため、これまでほとんど使ったことのなかったデジカメの動画撮影の操作を勉強しなおすことになった。

動画といえば、その撮影対象は「動くもの」という固定観念に私はとらわれていたので、最初のころは動く被写体を見付けるのに苦労していた。

私がブログに載せる映像はもっぱら自然の景色や事物を対象としており、プライバシーの関係もあって人物を撮影することを極力控えていたから、絶えず動きまわる人間を撮影対象から外してしまうと動画の被写体はきわめて限られてしまう。

近くの天城の山道を車で通るときなど、しばしば鹿の群れに遭遇するし、猿を見掛けることもある。
そんなときは動画撮影には絶好のチャンスだと、デジカメを構えようとするのだが、動画撮影への切り替え操作中に肝心の被写体が姿を消してしまうということがしばしばで、あまりいい動画を写すことはできなかった。

動画でうまくいったのは、例年二月に行われる大室山の山焼きである。
真っ青な空を背景にして黄色い山肌をめらめらと赤い炎が燃え広がっていき、真っ黒な煙を立ち上らせる様子はなかなかの出来栄えだった。

そのうち動画とは、なにも動くものを写すだけでなく、撮影者がカメラを動かすことによって写真ではとらえられない広い範囲の風景を撮影できることを知り、今はもっぱら山の頂上などで素晴らしい展望に接したとき、その全貌を写し取るという手法で動画を活躍させている。

「歩くこと」を生活の主要な軸に据えている私にとって、ウオーキングで見る素晴らしい風景は静止画像だけでは物足りず、広角レンズよりはるかに幅広い範囲をカバーできる動画はブログに欠かせないものになっている。

ところで、ユーチューブの世界に話を戻すと、私が初めてユーチューブに接した時と今とでは映像の質が全く違う。

最初の頃の動画の画面サイズは必ずしも大きなものではなく、パソコン画面の片隅に映し出されるだけだった。
その小さい映像を拡大表示させることはできるが、パソコン画面いっぱいに拡大すると画像が粗くなって、とてものこと鑑賞に堪えるものではなくなってしまう。

そんな映像だったから、音声を中心に楽しむことの方が多く、志ん生・枝雀・志ん朝・談志などの短い落語とか、その頃評判だったサンドイッチマンのコント・漫談などを聞く程度であった。

しかし、そんな画像サイズが拡大され、しかも画質が格段に改良されているのに気付いたのはいつのことだったろうか。

以前は動画再生時間が一〇分内に限られており、長いものはいくつかに分割されていたのだが、現在では映像時間は一五分に延長されたらしい(本年七月から)。
高画質でこの時間ならテレビ並みに結構楽しめる。

アプロードされている映像そのものの画質が良いものでありさえすればパソコン全画面に拡大してもテレビを見るのとさほど変わらない。

私は歌謡曲に特別の趣味があるわけではなくテレビでも歌謡番組を視聴することはほとんどないが、最近はユーチューブでは歌をきくことが多くなっている。さまざまの工夫を凝らした舞台装置の中で歌う歌手の映像も見れるのだから、CDで音楽だけを聞くのとは一味も二味も違うのである。

映像社会となった現在の芸能界のなせるわざか、最近の女性歌手は美人でないとつとまらないようで、その歌いっぷりもなかなか魅力的である。

それに有難いことに、多くの場合、歌詞が映像とともに出てくるのである。日本語の歌はともかく、英語の歌詞となると聞いていても意味がさっぱり分からず、歌の魅力を半減させてしまうが、画面に英語の歌詞が出てくると曲の味わいは一際増す。

おかげで、竹内まりや・中島みゆき・平原綾香・アンジェラアキ・一青窈・柴崎コウなど、我々世代にはおよそなじみがなく、知りもしなかったし関心もなかった女性歌手がいまは私のお気に入りとなっている。



なかでも竹内まりやの「人生の扉」というのがいける。
曲もいいし、彼女の歌い振りもなかなかのもので、すっかり気に入ってしまった。

なかでもその歌詞がいい。

「春がまた来るたび ひとつ年を重ね
目に映る景色も 少しずつ変わるよ」

という歌出しではじまり

I say it's fun to be 20
 You say it's great to be 30
 And they say it's lovely to be 40
 But I feel it's nice to be 50
 
  I say it's fine to be 60
 You say it's alright to be 70
 And they say still good to be 80
 But I'll maybe live over 90
 
 I say it's sad to get weak
 You say it's hard to get older
 And they say that life has no meaning
 But I still believe it's worth living
 But I still believe it's worth living
 
とくる。泣かせるなぁ。

我々高齢者の応援歌みたいで、この曲は八〇歳老をおおいに勇気付けてくれる。我が意を得たといえる歌の文句である。

人生の扉 竹内まりや Mariya Takeuchi



こうした美人歌手を中心にしてユーチューブの中の音楽世界を彷徨っていたら、たまたま昔懐かしい曲、フランク・シナトラが歌う「MY WAY」にぶちあったった。
なかなか聞かせるいい曲である。

この歌は1969年シナトラの大ヒットソングで、同じ歌はシナトラだけでなく、ポール・アンカやプレスビーも歌っていた。

日本では布施明の「マイウエイ」がもっとも知られており、これは結婚式での定番曲らしく、そういえば私も一、二度結婚式で聞いたような気もする。

フランク・シナトラが歌う「My way」の原詞は次のようなものである。



ユーチューブに出てくるこの詞を見ていたら、なんだか記憶にかすかに残る布施明の歌詞とはどこか違っている、いや別の歌のように思えてきた。

そこで布施明の歌詞を調べてみるとこうだ。

いま船出が近づくこの時に ふとたたずみ私は振り返る
遠く旅して歩いた若い日よ すべて心の決めたままに
愛と涙とほほえみに溢れ いま思えば楽しい思い出を
君に告げよう迷わずに行くことを 君の心の決めたままに
私には愛する歌があるから 信じたこの道を私はゆくだけ                
(「中島淳・詞」
                            
違うなぁ。これって原曲の訳ではないだろう。意訳といってもこれくらいニュアンスを変えてしまってもいいのだろうか。

英語の原詞はかなり難しい。乏しい私の英語力をもってしてはこれをうまく日本語に訳すのは難しい。まして、曲にあわせた日本語の歌詞を作るのは容易ではなさそうである。

原詞に忠実ないい訳はないかものかと、インターネットの中でいろいろ探してみたら、いくつも出てきたがいずれも直訳に近い碌な訳しか見付からなかった。

結局、この曲の持つ意味合いを忠実に歌い上げるには、日本訳でなく原詞で歌うしかないのであろう。

そうした歌手の中で加山雄三が最高によかった。画面に英語の歌詞も出てくるのもあり大変見栄えある舞台となっている。


なお、その後になって岩谷時子が訳した歌詞が見付かった。

次のようなものである。

やがて私もこの世を去るだろう
長い歳月 私はしあわせに
この旅路を今日まで生きてきた
いつも私のやり方で
心残りも少しはあるけれど
人がしなけりゃならないことならば
できる限りの力を出してきた
いつも私のやり方で
あなたは見てきた 私がしたことを
嵐もおそれずひたすら歩いた
いつも私のやり方で

人を愛して悩んだこともある
若い心ははげしい恋もした
だけど私は一度もしていない
ただひきょうなまねだけは
ひとはみないつかはこの世を去るだろう
誰でも自由な心で暮らそう
私は私の道を行く

さすがに岩谷時子である。この歌詞はかなり原詞のニュアンスを掴んでいる。

しかし、それでもなにか物足りなさがないわけでもない。原詞が持つ「強い意志」というか「逞しさ」が抜け落ちており、日本人好みにソフトで優しく表現を変えている。

ユーチューブで調べた限度では、この歌詞を使って「マイウエイ」を歌う歌手は見当たらなかった。

My way の原詞には日本人にはあまりなじまぬ「個」の強さがにじんでいるように思える。

「俺が」「俺が」という強い自己主張、My way とは「我が道」というより「俺のやり方」「俺の流儀」という方が相応しい。

この歌詞の中で「I」という字を数えてみたら、
なんと二六個見つかった。わずか三三行の中で…。


我々がまだ若かった頃、アメリカ映画にビング・クロスビーが主演する「我が道を往くgoing my way」というのがあった。

この「マイウエイ」は「自分なりの生き方で」「私が定めた道をゆく」といった意味合いで我々にはしっくりくるのだが、シナトラのDid it my wayは「俺のやり方を貫き通してきた」とでもいおうか、ある程度の成功を収めて地位を築き上げた男のやや倨傲ともいえる匂いを漂わせているように感じる。

 Did it my way と Going my way とではなにかが違うように思える。

我々の世代の多くは、そのファイナル・カーテンに前にして「俺のやり方を貫いてきた」といういささか厚かましい誇りなどは持てそうにない。

せいぜい過去を振り返り、愚直ながら自分が定めた道を一途に歩み通してきたといった、「ひたすら自分の道を歩んできた」ということにささやかな誇りを持つだけではないだろうか。

「一路到白頭」、一筋に歩いてきたらいつの間にか白髪頭になっていた、というのが我々世代の「マイウエイ」だと感じるのは私一人だけの想いだけではあるまい。

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秋の一碧湖を巡る

2010年11月26日 | ウオーク
11月26日(金)

午後、秋の一碧湖を巡る。大池と沼池を一周して歩数7000歩。陽光にきらめく紅葉というわけにはいかなかったが時期としては今が最高。

気軽なウオーキングだが、同行者はMr.ARとKZ。

家内は先の「天城越え」が少々足に応えて不参加。医者の見立ては膝の軟骨がすり減っているとか、まあ年齢並みだがこれからは大事をとらねばなるまい。












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秋の農作業はほぼ終わる

2010年11月22日 | 園芸

11月21日(日)

秋にやるべき農作業のあらかたはこの段階で終わった。見違えるばかりに整備されれた「IKOI農場」、あの荒れ果てた農場がここまで変わったか。

我が「農政改革」は大成功。これならなんとか人様にもお見せできる。

これからは各地区別の拡大配置図を別に作成して、春になったら細かい作付けの予定や実施経過などを月毎にシートを変えて記録していく積り。




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大室高原歩こう会 11月行事 日向薬師

2010年11月20日 | ウオーク
11月19日(金)

本年の「歩こう会」行事はなぜか天気の恵まれないことが多かったが、今日は本当に素晴らしい秋晴れのウオーキングとなった。

しかし、我々は二日続けてのトレッキング。「秋の天城越え」17000歩が相当に応えたらしく家内の足の動きが思わしくなく不参加。私だけの歩きとなった。

コースは伊勢原市にある「日向薬師」参詣後に日向山の登り、七沢温泉まで下るというもの。(帰途、黄金井酒造に寄り工場見学・きき酒をする)

歩数は割合に少なく10000歩、天気だけは文句なしだが、日向山頂上にわずかに展望できる場所があるだけで、ひたすら杉林を抜けて登り降りするだけの単調な道で少々物足りなかった。

「日向薬師」は日本三大薬師に数えられる由緒ある寺で万治元年1660という遠い昔に建てられた堂宇が茅葺なのが珍しい。


老杉に囲まれた古びた石畳の参道を上がると仁王門がある。




寺は小振りだが、安置された諸仏は如来2体、菩薩2体、四天王、12神将とこれは見事。





日向山を下ったところを流れる渓谷にある「弁天社」


紅葉に彩られた岸壁でロッククライミングの練習をしている人を見掛ける。
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秋の天城越え

2010年11月19日 | ウオーク
11月18日(木)/

秋色を求めて「二階滝駐車場」から旧天城道を通り「旧天城トンネル」を抜けて「水生地下駐車場」まで、さらに狩野川に沿う「踊り子歩道」を歩んで「昭和の森」に至る。

紅葉はわずかに盛りを過ぎたところか。天気は曇りがちなので燃えるような「もみじ」というわけにはいなかなったが、秋の天城越えは魅力あふれる素敵なコースである。

Mr. & Mrs.TB・TDと総勢6人・車2台利用でのトレッキング。総歩数は17000歩。

峠越えとはいえ比較的起伏は緩やかなコースだったが、それでもかなりの強行軍となった。











旧天城トンネル(明治38年完成)







二階滝
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正月用「置き雛」の完成

2010年11月17日 | 手作り
}11月18日(木)


ようやく、二組の置き雛が完成したようである。

それぞれの行き先はすでに決まっているとか……。








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IKOI農場 作付配置図の作成

2010年11月16日 | 園芸
11月16日(火)

私は、これまでパソコンの基本的なソフトであるエクセル(excel)は計算専用のソフトだと思っていた。

だから、エクセルを使ってする作業といえば、必要に応じて簡単な表を作って計算してみたり、表の数値をグラフ化してみるくらいで、たまに表形式の「住所録」とか「資料目録」をデータベースとして利用することに使ったことがあるだけであった。

そして最近はそんな作業すらすることもほとんどなくなっていた。

そんなとき、Mr.ITがエクセルを使って見事な「温室設計図」や「農場作付け管理図」を描き出しているのをみて、エクセルにはこんな使い方もあるのかと驚いた。

設計図などはさておき、「農場作付け管理図」なら、私も是非ほしいものだと思ったものの、絵描きが苦手の私にとってこうした作業はちょっと手にはおえないな、と半ばあきらめていたのである。

自家農園で野菜作りをする者にとって基本的な知識は「連作防止」、つまり毎年同じ畝に同じ作物を植えないことである。

なにをどこに植えたかという正確な記録は大切なのだが、これを適切に記録する手軽な手段が見当たらないままに、これまではもっぱら記憶だけに頼ってやってきていた。

しかし、最近はその記憶も曖昧になり、昨年どこになにを植えたかさえ思い出せないことが多くなり、まして、一昨年となると全く思い出すことができないようになっていた。

そんな状況の中で、Mr.ITにパソコンを前にして「農場配置図」の作成を直接教えてもらったら、あるいはなんとか作れるようになるかもしれないと思うようになり、一昨日、農作業が終わったところで、Mr.ITにお願いしてパソコンを前に実地指導をしてもらった。

その教えを頼りに一日かけてなんとか描き上げたのが下の図である。

まだまだ不出来で、なんとか描けたという段階だが、これを基に少しずつ手を加えていけばなんとか実用に耐えるものができそうで嬉しい。

(この図に野菜の銘柄・種類、播種の日付、発芽の日付などを記入していけば「農場管理図」は完成の域に達しよう。)




その後、Mr.ITにメールでいろいとご教示いただいたテクニックを使い作り直したのが下図。これなら満足すべき出来上がり。


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皇帝ダリアが咲く

2010年11月14日 | 園芸
11月14日(日)

春先にMr.IWから頂戴した「皇帝ダリア」が見事な花を咲かせた。

棒切れみたいな塊茎から一本の茎が真っ直ぐ立ち上がり夏には1mほどに伸びたが、それから先は一向に成長する様子はない。

夏の間は同じ姿のまま、なんじゃいこれは!と思っていたら、秋に入るや茎が急速に伸びはじめあっという間に3mを超えてしまった。

こうなると風が強い当地にあってはよほど強力な添え木がないと倒壊必至である。
心配していたら台風の前日、Mr.IWがしっかりした竹で支えを作ってくれた。おかげで吹き荒れる風にも耐え今日に至った。

その後、先端に付いた蕾がみるみる大きくなり、直径20センチもある大輪の花を次々と咲かせ始めた。

青く澄み渡った秋空を背景にこの見事な花を写したいのだが、あいにくこのところ曇空が続く。

待てないので、取り敢えず写してみる。







曇りの合間の一瞬の空。だがこの空の青さはまだ本物ではない。
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製作中の正月用「置き雛」の仮置き

2010年11月11日 | 手作り
11月11日(木)

目下、未完成ながら正月用「置き雛」をリビングの棚に仮置きしてみる。


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須崎(爪木崎)を歩く

2010年11月09日 | ウオーク
11月9日(火)

伊豆半島を含めて太平洋沿岸付近は雲一つないような秋晴れ。しかし西から吹く風は強い。

西側を山に囲まれた下田の須崎地区はそれほどのことはあるまいと、Mr.AR・KJと須崎御用邸近くの駐車場から爪木崎を抜けて海沿いに延びる須崎歩道をの半ばにある石切り場跡まで歩いてから元の道を引き返す。総歩数13000歩

風は結構強いが暖かい。観光客はほとんど居ず風の音のほかは全く静かな佇まい。沖に白波、海はこよなく青い。素晴らしい景観!




須崎遊歩道へ入る


この遊歩道を歩いたのは何年前のことだったろうか?その時に比べて道は見違えるほど整備されたいた。



石切り場跡、この角を回った先からは凄まじい風が吹き付け歩行困難、引き返す。



九十浜から須崎御用邸方面を望む


遊歩道脇に見かけた花(ツワブキ、あしたば、磯菊)






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動画で展望を捉えようとしたが、強風で静止して立つことすら容易ではなくカメラの保持が難しく、かろうじて撮影する。

M4H03465


tumekizaki 2


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松川湖一周

2010年11月07日 | ウオーク
11月6日(土)

半年ぶりに「松川湖」を訪れる。Mr.TBと。

今年4月に伊豆地方を襲った度重なる烈風と豪雨ですっかり荒らされてしまっていた湖畔をめぐる散策路もいつしかすっかり整備されており、まえより快適な散策路になっている。

静かな湖面



紅葉にはまだ少し早い






鹿が入らないように柵を設け芝桜の庭園を整備中、来年には素敵な景観が楽しめそう。


夏の豪雨で押し流された渡り石も旧に復したが、いまなお流れは早い。




湖畔を彩る白椿は今が一番美しい。
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「吊るし雛」の飾り付け

2010年11月05日 | 手作り
11月5日

最近の吊るし雛教室では、もっぱら正月用「置き雛」の製作に忙しいようだが、そろそろ本命である「吊るし雛」の飾り付けを準備する時期にも入っている。

すでに製作済みの「正月節句」と「雛節句」のための「吊るし雛」を2連、床の間に吊るしてみたら、なかなかいい雰囲気を醸し出している。




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