嵯峨野には多くの古墳が集まっています。
平安京より前、嵯峨野は土地の支配者・豪族を葬る聖域とされ、多くの古墳がつくられました。
嵯峨野古墳を歩く、第5回をは大覚寺古墳群1号墳〜3号墳です。
北嵯峨高校周辺に分布する4基からなる古墳群です。
撮影は2020年の初夏です。
1号墳(圓山古墳)
北嵯峨高校の北隣にあり、現在宮内庁が管理しています。
周濠をめぐらした径50mの大型円墳で、京都でも有数の大型横穴式石室が完存しています。
全長15.5m、玄室長5.5m、幅3.2m、高さ4.2m、羨道長10m、幅2m、高さ2.2mの両袖式、奥壁は巨石を上下二段に積み、側壁も巨石をやや持ち送って高い空間を創り出しています。
玄室には大型の家形石棺二基が破壊されて残っていました。
石室の見学はできません。




2号墳(入道塚古墳)
北嵯峨高校の校舎の南、ほとんど校庭内にありますが、ここも入道塚陵墓参考地として宮内庁が管理しています。
30m×25mの方墳で、封土が流失して、横穴式石室の天井石が露出しています。
内部は埋まっていますが全長12m、玄室長約4.6m、幅2.5m、羨道長7.4m、幅1.6mの両袖式で、家形石棺の蓋石の破片が見つかっています。






3号墳(南天塚古墳)は北嵯峨高校グラウンドの地下に埋められてしまいました。