川口保 のブログ

1市民として市政を眺めつつ、社会のいろいろな出来事を取り上げています。

松尾神社式年遷宮のご案内

2011-10-21 01:55:56 | 日記

 

(松尾神社の本殿)

 

 神社の遷宮は伊勢神宮のような大きな神社から、地方の小さい神社まで20年に一度行われ、珍しいものでもありませんが、遷宮に携わる関係者にとっては数年前から多くの時間と多額のお金を費やす一大イベントです。

 

3年ほど前から準備を進めてきた松阪市立野町の松尾神社の式年遷宮奉祝祭が、いよいよ明後日10月23日にとり行われます。私も御造営委員会(古市武巳委員長)の副委員長という中心的な立場で取り組んできました。造営委員は氏子総代・自治会長の現職及び経験者、我々のような一般造営委員など約60名で構成されています。2千200万円の造営予算でスタートしましたが、実際は3千万円の費用がかかることになりました。

 

◆松尾神社 

松尾神社は松阪市立野町の標高113mの山の頂上にあり、本殿まで408段の階段が続きます。頂上付近になると急な階段が120段続き、ようやく本殿に到達します。本殿のある山頂からは中部国際空港などが眺められ、また伊勢神宮、熱田神宮、橿原神宮、明治神宮、靖国神社の礼拝所も設置されています。

 

 松尾神社はもともと立野神社または立野明神と呼ばれ、神社がある立野は、平安時代の930年代に成立した「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」に飯高郡に属する郷としてあげられています。その立野郷の産土紙(うぶすながみ)(生まれた土地を守護する神)として大山咋命(おおやまくいのみこと)を祭ったのが立野神社であり、康保4年(967)に施工された「延喜式」(法律の施行細則)神名帳にも記載されています。

 北畠の家臣水谷刑部がこの立野に砦を構えたとき神領を寄進し、徳川宗貞も享保9年(1724)来松の節、社領四石七斗六合を免除しています。

 

 明治時代に1村1社を原則に神社合祀が進められ、明治40年・41年当時の松尾村村内の神社を立野神社に合祀し、名前を立野神社から松尾神社に改称されました。祭ってあるのは大山咋命を主神に29柱の神です。

昔は京都の松尾神社と同様に酒造の神と崇められたということから、酒を醸造する人たちが信仰する神社でもあります。毎日参拝する人や、三重県内はもとより県外からも多くの参拝者が訪れます

 

(参道入口 、社務所、手水所)

 

◆松尾神社奉祝祭のご案内

奉祝祭は次の日程で行われます。

 

◎御遷座祭

月日 平成23年10月22日(土)午後7時30分より

 御神体を仮殿から本殿にお移する行事です。

 

◎奉祝祭

月日 平成23年10月23日(日)

  9:00  ○稚児練り行列出発(松尾小学校体育館より)

 10:30  ○祭礼手水

 11:00  ○祭礼・浦安の舞 

     ○バザー開始

     (うどん、焼きそば、甘酒(無料)、酒(無料)、物産展)

     ○獅子舞奉納(13:00まで)

     ○お茶会

13:00   ○1回目餅まき

13:10   ○アトラクション

       カラオケ

       三川ゆり歌謡ショー

       キッドビック

16:00頃  ○2回目餅まき(行事修了時)

 

200台収容の駐車場を用意しています。皆様是非お越し下さい。

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