「ミドルエイジクライシス」 30代の叫び。
厳しい雇用状況の中、追い詰められ、心の病を患い、自殺にまで追い込まれる今の日本の30代を追ったNHKの番組。
見ていて実に切ない気持になった。
そしてそんな30代に対してあいも変わらない上の世代(60代、70代)の無理解。
「甘えだ。ガンバリが足りない」などというメールを番組に送る、これら高齢者の気が知れない。
私もこれら高齢世代の1人だけど、私達の若い頃、みんながそんなにがんばったとは思えない。
少なくとも私はがんばったというほどではない。普通だ。
「普通の人が普通にしていて、普通の生活ができる世の中がいい」と私は思う。
偉そうに言う60代、70代が20代、30代の頃は日本の世の中が「高度経済成長時代」で、高卒で、工場や商店(スーパーマーケットや百貨店)などに就職して、普通に仕事をしていれば、徐々に給料もあがり、仕事も覚え、責任ある部署に就き、その間に結婚をし、マイカーやマイホームを持つこともできた。
しかし今は日本の経済成長時代は終わり、そこに経済のグローバル化がおおいかぶさって、それこそ誰かさんが叫んでいた「社会の構造改革」が必要なのに、大多数の国民のための構造改革はなされず、構造改革の名の許に進行したのは企業、特に大企業に都合のいい「規制緩和」だった。
労働の規制緩和、金融の規制緩和、市場の規制緩和等々。
そしてそんな労働・社会状況に放り込まれた世代が今の30代、そしてそれは20代に引き継がれている。
かつて日本の近代の歴史の中で「大正世代」というのが不運な世代であった。
開国し、世界の仲間入りをし、西洋列強に追いつき追い越せとばかりに驀進した明治時代を経て、やや成熟してデモクラシーの気風が漂い始めた大正時代に生を受けた人達が、昭和の戦争の時代の兵士として、徴用労働の担い手として国の犠牲になった。
そんな世代とどこか重なる30代世代。
仕事の上でも人としても最も力を発揮し、充実するはずの多くの30代が、正規雇用を拒まれ、正規採用されても人員削減の職場の中で、限度を越えた成果を求められ、心を病んでいく。
何という損失だろう。この世代の人達が40代、50代になっていく頃、この日本社会が崩壊していてもおかしくない状況だ。
その頃、偉そうにお説教をしている今の60代、70代は生きていれば、100歳以上の行方不明高齢者と同じくみじめに捨てられているだろう。お説教はしてないけれど私もその1人だ。
今の30代、20代もそうだろうが、助けを求めることを知らないし、つながることも知らない。
そのような「無知の世代」にしてしまったのも上の世代の責任だ。
かつて若者は社会に出れば、ある程度の規模の企業なら労働組合が機能していて、そこで会社側と交渉して自分達の権利を守る方法を知るし、組合の幹部達は組合員同士のつながりを作るためにそれなりの仕掛けをした。(学習会、趣味のサークル、キャンプやスポーツ交流など)。
労働組合は、一番底辺で搾取されている非正規雇用者に長い間目を向けて来なかった。
そして気がつけば、職場に正規雇用は管理職だけという状況があちこちで出て来てから「非正規雇用の労働者の待遇改善」をやっと言い出した。
あまりの遅きに失した感がある。
社会に出る前の学校でも「基本的人権」を定めた「憲法」を語る、語れる先生もいない。
愚痴を並べても仕方がないのだが、何をどう変えればいいのかはずい分見えては来ている。
あとは高齢者も含めて、一握りの権力者、金持ち以外の国民が「異議申したて」をすればいい。
見通しは立ちませんが、そのうちなんとかなるだろうと思うしかありません。
取りあえず、生きていてくれて、よかったと思っています。
しかし時代とともに、また置かれた状況によっても、人のあり方や感じ方は違うということを考慮しなくてはいけないと思います。
自分の生きてきた時代の価値観を相対化できないのは高齢者の、いや人間の特性かもしれませんが。
住むところと食べる物と気遣ってくれる人がいる、それがあれば人は生きていけると思います。