東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

田布施川沿い史跡巡り往復ウォーキング(6/7) 田布施町庁舎~旧関戸橋

2014年04月22日 | 歴史探訪他ウォーキング

 田布施川沿い史跡巡り往復ウォーキングも後半です。このころになると、日差しが少しずつ傾いていることが分かります。

                 田布施町庁舎~旧関戸橋のコースと史跡


 さて、ふるさと詩情公園を降りると、田布施町庁舎前に出ました。そして、庁舎入口近くにある江良碧松の歌碑の前に立ちました。江良碧松の歌碑は確か、田布施に三か所あります。1つ目はこの田布施町庁舎前、2つ目は麻郷井神近く、そして3つ目は麻郷新川の浮島神社だったと思います。

      田布施町庁舎横を通る                庁舎前近くの江良碧松の歌碑
 

 江良碧松の歌碑をしばらく見てから、あいさつ橋の道を横断しました。そして、田布施交流館へ向かって田布施川土手沿いに歩きました。夏は緑で秋は黄色から赤色へと、葉色が綺麗に変わるアメリカフウの街路樹の下を通りました。ハミングロードの所々に、スイッチを押すと童謡が聞こえてくるBOXがあります。

     アメリカフウの街路樹の下を通過         童謡碑とその歌が流れるBOX
 

 田布施川沿いを歩いて下流に向かって歩いていると、右手に田布施町図書館が、対岸に田布施町商工会館サリジェが見えてきました。そして、巨大なモニュメントが建つさくら橋が見えてきました。今から18年前の平成6年にこのさくら橋が完成しました。この頃に交流館前の広大な広場もできたのでしょう。

                  スズメが見上げるさくら橋のモニュメント


 さくら橋を過ぎると、田布施川の右岸をもくもくと歩きました。私が中学高校の頃、確かこの堤防には道が無かったように思います。堤防から右側は広々とした田んぼが広がっていました。神和工業の建物だけが田んぼの中にポツンとありました。私が東京に行っていた40年の間に、この付近は景色がガラリと変わり商業地や住宅に変わりました。

                田布施川の右岸をもくもくと下流に向かって歩く


 しばらく歩くと、旧関戸橋袂に着きました。ここから対岸まで旧関戸橋が架橋されていました。旧関戸橋は今は無くなり、100m位下流に新しい関戸橋が架橋されています。思い出の旧関戸橋や川をせき止めていた堰堤は跡形もありません。中学生時代、私は毎日のように旧関戸橋を通学で渡りました。旧関戸橋は、記憶の中だけに残っています。

  旧関戸橋の位置、対岸左横に精米所         旧関戸橋横に流れ込む奈良台川
 

 
 八海をスタートして田布施川左岸の堤防を上流に向かって歩き、新開橋から引き返して右岸の堤防を歩いて八海へ戻りました。途中、田布施川沿いの史跡や神社仏閣を訪ねました。歩いたコースを7ヶ所に分けました。それぞれをクリックしてください。

 (1/7)八海天神社~こくぼ橋   (2/7)平生湾~灸川河口
 (3/7)川添橋~旧関戸橋          (4/7)あいさつ橋~新定位堰
 (5/7)水戸橋~詩情公園        (6/7)田布施町庁舎~旧関戸橋
 (7/7)川添橋~八海公会堂 

            田布施川沿い史跡巡り往復ウォーキングコースの概略

コメント
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