湘南ライナー日記 SHONAN LINER NOTES

会社帰りの湘南ライナーの中で書いていた日記を継続中

きっとそれはプレゼント

2008-12-25 23:33:45 | あんな話こんな話家族編


今夜はもう眠れそうにない。そう思っていたのに、いつの間にか寝入ってしまったようだ。だから、その電話のベルも、夢の中で聞いた気がした。暗闇で受話器を取る。

「もしもし、久美子ですけど。生まれちゃいました。3264Kg、男の子よ」
いきなりしゃべり出した声の主は、まぎれもなく妻。でも、寝ボケた頭には、言葉の意味が飲み込めない。
第一、 子供を生んだばかりの本人が電話をかけてよこすなんて…。
「何時だい?」
「4時13分」
 後でわかったのだが、このとき僕が尋ねたのは現在の時間で、彼女が答えたのは子供が生まれた時刻だった。
 そんなちぐはぐなやりとりをしていると、妻の声にオーバーラップするように、フギェー、フギェーという赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるではないか。そしてその声はどんどん大きくなって、あっという間に受話器いっぱいに広がってしまった。
何なのだ、一体これは!まだ夢の中をウロウロしているような、そんな不思議な気分のまま、僕は車で産院に向かった。

 静けさに包まれた夜明け前の国道。まるで魔法のように、信号が次から次へと音もなく青に変わってゆく。さっきは、あんなに赤につかまってばかりだったじゃないか!
 実は5時間ほど前にも、僕は同じ道を走っている。夜半前、「破水した」という連絡を受けて、あわてて産院にかけつけたのだ。ところがそのときは、暗い玄関で看護婦さんに「出産は昼間になりそうなので」と門前払いをくっている。それで仕方なく、家へ帰ってウトウトしていたというわけだ。
 でも、今度は玄関には灯りがともり、僕を温かく迎えてくれた。

 部屋のドアをあけると、ベッドに横たわった妻がこちらを向いてほほえんだ。そして、突然の破水の驚き、陣痛や出産の激しい痛みの様子を、ひとつひとつかみしめるように、そのくせやや興奮気味に話してくれた。
 先生からは「安産だったね」と言われたそうだが、ツヤの失せた顔、かすれた声、点滴を受けているその姿が、出産というものの壮絶さを何より物語っていた。
 さて、我が子はというと、廊下をはさんで向かいの新生児室でスヤスヤと眠っていた。その顔は、ヌメリとした膜のようなものでおおわれている。まるで、母親の体から水分という水分をすべて吸い取ってしまったかのようだ。お世辞にもカワイイとは言い難いが、どことなくニクメナイ顔つきをしている。
 ふつうならこのへんで、父親になったぞという実感がこみ上げてきて、感動に胸を熱くするところなのだろう。しかし、なにしろ妻子が苦しい思いをしているときに、グースカ寝ていた僕だ。情けないやら、申し訳ないやらが先に立って、ちっともそんな気持ちが湧いてこない。それでも、これからの毎日が今までとは変わるのだということはハッキリ感じた。
 こんなに小さな体なのに、それを確信させるだけの存在感の大きさはスゴイものだ。

「フギェー、フギェー」
 突然、赤ちゃんが目を覚まし、頭皮まで真っ赤にしながら泣き出した。
「フギェー、フギェー」
そうだ、さっき受話器から聞こえてきた泣き声は、君だったんだね。あの何とも不思議な電話―――。

 出産直後、「夜中にダンナさんが来てくれたのよ。心配しているから、かけてあげなさい」と看護婦さんからコードレス電話を渡されたのだという。 そんなタネあかしをされた今でも、思い出すたびに鳥肌が立ってしまうほど幻想的で、どこか神聖な雰囲気さえする、本当に不思議な電話だった。
もしかしたら、煙突のない我が家に、サンタクロースは電話線を伝ってやって来てくれたのかもしれない。ステキなプレゼントを手に。
1991年12月25日。
それは明け方の出来事だった。


『ベビーエイジ』(婦人生活社)1992年12月号の「父親たち~ずいひつ~」に投稿し掲載されたものを原文ママで転載しました。現在は休刊していますので、いいでしょ。ちなみに原稿料は1万円でした。
それにしても「コードレス電話」とは、時代ですねぇ。
とってあるこの本は、息子が結婚する時にでも持たせようと思っている。



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4 コメント

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Unknown (愛読者)
2008-12-26 09:04:46
こんにちは。

ブログを読んで素敵なクリスマスプレゼントをひとつ
もらったような温かい気持ちになりました。

管理人さん、ご家族の皆さんが
佳き新年をお迎えになられますように。

今年もたくさんの素敵なお話をありがとうございました。
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一日遅れでメリークリスマス (湘南折り畳み自転車男)
2008-12-26 12:34:59
愛読者さん、いつもありがとうございます。

17年も前の話で恐縮です。
でも、文章は今とあまり変わってませんね(笑)。

愛読者さんにとっても
よい年でありますように…
って、まだ5日もありますよ!
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Unknown (末吉)
2008-12-26 22:48:02
やっぱり同世代なんだろう..
長女の誕生日は12/23(天皇誕生日!)
次女は1990年生まれ
あとカミさんに共通点があるけどヒミツです。

長女は確か午前2時ごろだったかな。ずっとそばに居たような気がします。
次女は自宅で夕飯中に産気づいて確か数時間後には出産だったかな。

娘に渡すなら最高ですけどね..
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Unknown (湘南折り畳み自転車男)
2008-12-27 23:55:20
末吉さん、ありがとうございます。

共通点って何でしょう?

息子は印象的な誕生でしたが、娘はごく普通に。
でも、昼間でしたので、分娩室の前で待機。
産声を聞くことができました。
ついでに、聞いたことがないような妻の悲鳴と
ドクターや看護婦さんたちの声も。
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